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[ サスペンス ] 警告 ジャック・マカヴォイシリーズ |
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マイクル・コナリー | 出版月: 2021年12月 | 平均: 9.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 講談社 2021年12月 |
![]() 講談社 2021年12月 |
No.1 | 9点 | Tetchy | 2025/04/02 00:44 |
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最近はハリー・ボッシュとレネイ・バラードの2人のコンビのシリーズ作品を発表しているマイクル・コナリーが久々にジャーナリストのジャック・マカヴォイを主人公にした作品を書いたのが本書だ。そしてマカヴォイにとって運命の銃弾と云える相手レイチェル・ウォリングを登場するが、ボッシュそしてそのシリーズの登場人物は今回登場しない。
今回マカヴォイが対峙するのはDNA産業の暗部とそのデータを悪用して連続殺人を行う百舌と呼ばれる殺人鬼だ。 ところでこの作品の前に読んだ新宿鮫シリーズの『暗約領域』の感想でコナリー作品からの影響が垣間見えることについて述べたが、一方でかつてハリー・ボッシュシリーズに新宿鮫との共通点についても述べたが、やはりこの殺し屋のネーミングを考えると逢坂剛氏の百舌シリーズを想起させることから、コナリーは日本のミステリを読んでいるのではないかと思われる。 いやもしくはコナリーには創作のためのブレイン集団がいると思われるのでその 中の誰かが日本のミステリを読んでいる、もしくは映像作品を観ているのかもしれない。その真偽は解らないがもし日本のミステリがこの現代アメリカのミステリの雄に影響を与えているのだとしたらこれほど嬉しいことはないだろう。 話がそれたが、本書で描かれるDNA犯罪は殊更に恐ろしい。個人的なDNA情報が漏洩することでその人物の趣味嗜好が手に入れられ、そして欲望を満たすために利用されることが容易になるからだ。そしてそのDNA情報を容易に提供するのが消費者というのもまた恐ろしい。自分たちのルーツを知るために安価にDNA分析を行うGT23社―23ドルという値段で分析を請け負うことから社名が付いている―から全てが始まる。 連続殺人鬼百舌がターゲットとするのはDNA情報を基にした女性たちだ。今ではDNA研究もかなり進んでおり、本書ではアルコール依存症、病的肥満、不眠症、パーキンソン病、喘息やその他多数の病気や不調を遺伝子情報から得られると書かれている。そしてそれらの情報を薬物療法や行動療法に活かしたり、製薬会社や健康食品会社、更には化粧品会社まで入手し、商品開発に活用して莫大な利益をもたらしているようだ。そんなDNA情報の中にはダーティー・フォーと呼ばれるDRD4遺伝子を持つ男性や女性は危険行動とセックス依存症の傾向が見られることも解っており、百舌はこのふしだらな女性たちに制裁を加えることを至上の悦びにしているサイコパスだった。 このような個人情報の漏洩がまかり通っているのはDNA技術がまだ早熟の分野であり、確とした法整備がなされていないことによる。アメリカでは遺伝子分析産業の規制を食品薬品局(FDA)に委ねられているがほとんどスルーだという。多分彼らにしてみればどこにも回せようにないことを専門外でもあるのに自分たちに押し付けられた思いがあるのではないだろうか。 なので上に書いたように気軽に自分のDNA情報を提供したりすると匿名であってもその他の情報から個人を特定できることが容易であるという。その被害を被ったのがマカヴォイが容疑を掛けられることになった犠牲者ティナ・ポルトレロで、彼女はハモンドによって流出された自分のDNA情報から、いわゆるセックス依存症の気があるとみなされ、バーで声を掛けた男がまるで自分のことを知っているかのように振舞われて怖い思いをしていたのだった。 今回衝撃的なのは警察でDNA分析をしている人間がその情報を悪用してセックス依存症女性たちを紹介する出会い系サイトを設営していたことだ。更にハモンドはレイプ犯の容疑を掛けられていたオレンジ・ナノ研究所の設立者ウィリアム・オートンのDNA情報をすり替えて彼の容疑を晴らす手伝いをしていた。 情報を使用する者は私欲に塗れず聖人でなくてならない。まさか法の番人である警察を信用してDNA情報を提供したのにそのように悪用されていたとは何も誰も信用できない世の中になったものだ。 本書によればDNA技術が発達したことでそのデータバンクを活用することで自分のルーツを探るビジネスがあり、そしてそれを利用する若者が増えているらしい。本書の犠牲者たちはそれぞれ生き別れの姉妹や遠縁の親戚を辿り、再会してSNSに挙げている。またどこから来た移民の子孫なのかを知るのに関心があるようだ。一方でその行為は両刃の剣であることも書かれている。犠牲者ティナの母親は娘が生き別れの姉を探し出したことで夫にも秘密にしていた若かりし頃の過ち、即ちその姉は彼女が未婚の時に産み、養女に出した娘が知られることになり、今は別居に至っている。世の中には知らなくてもいいことがあると思い知らされる話である。 確か90年代終わりから2000年代初頭にかけて自分探しが日本でひところブームになったが、アメリカでは2020年代の今、そのブームが来ているらしい。しかしその手法は20年前と全く異なり、実に科学的だ。しかし考えてみれば今NHKで『ファミリー・ヒストリー』というルーツを探る番組が放映されていることを考えれば日本も同じなのかもしれない。流行は20年で回ると云うがそれを象徴するようなエピソードだ。 そしてそのブームによって自分のDNAを提供する人々が増え、そしてそれを悪用する人々が現れる。行っていることは一昔前とは変わらないがネット社会になってからはそれは更に複雑化し、巧妙化されていることを思い知らされる今回の事件である。 それはつまり今はネットを無視してはリアルな犯罪小説、警察小説は書けないことを意味している。 そしてマカヴォイシリーズで忘れてならないのはレイチェル・ウォリングの存在だ。彼女はFBIを辞め、私立探偵業をしている。但し刑事事件は扱わず、身元調査などを主に行って経営は順調のようだ。 しかしマカヴォイがもたらした百舌事件が彼女のプロファイリング技術を呼び起こし、かつてのヒリヒリしたスリルに身を委ねた自分を思い出し、マカヴォイに協力を申し出るのだ。 新天地で新たなビジネスに踏み出し、そして成功したレイチェルも根っからの捜査官だったということだ。 そしてこの2人は運命の銃弾とお互いが認めているように付いては離れを繰り返す。私の経験上、結婚もしていない男女は一度仲たがいをすればそこからはそれぞれの人生を歩み、その後交わることはない。ふと思い出したように連絡を取っても未練の無い方は―主に女性の方だが―過去を懐かしみこそすれ復縁は望まない。 しかしレイチェル・ウォリングは違う。彼女はマカヴォイと何度も修復不能なまでの諍いを起こしながらも、本書では4年前のロドニー・フレッチャー事件でマカヴォイが情報源を明かさずに留置場に拘留されているのを彼女が明かして釈放されたエピソードがあるが、再会すればまたくっつく。今回もマカヴォイの家に何度も泊まり、愛を交わすぐらいだ。 これはお互いが独身であるからだろうか。正直自分の記事に固執し、周囲を不快に思わすほど自己顕示欲の強い彼をこれほどまでに愛する彼女の真意は解らない。いや周囲が理解できないからこそ2人は運命の銃弾という関係なのだろうか。 さてマイクル・コナリーがジャック・マカヴォイを主人公にした作品を定期的に著しているのは自身がやはり元新聞記者であることが大きな要因だろう。 かつては花形職業であった新聞記者がインターネットの普及で斜陽産業になっていることが悔しいからだろう。情報を簡単に得られる一方でしっかりとした裏付けや根拠を取らないまま、情報が垂れ流しにされ、フェイクニュースが蔓延し、それがゆえに誠意あるジャーナリストも含めてマスコミは十把一絡げで胡散臭い眼で見られていると本書でも述べられている。それは受け取り側の我々もキャッチーなニュースに飛びつくのではなく、その情報を咀嚼して真贋を見極める鑑定眼や思考力が問われているとも云える。 またマカヴォイの移ろいはそのまま新聞記者の現在を示しているように思える。 ジャック・マカヴォイはフェアウォーニングというニュース・サイトの記者になっているが、これもまた新聞記者の選択肢の1つだろう。そしてそのサイトの創業者マイロン・レヴィンはかつてLAタイムズ時代のマカヴォイの同僚だ。 ところで今回マカヴォイが所属するニュース・サイト、フェアウォーニングは作者あとがきによれば実在し、創業者のマイロン・レヴィンは実在し、そして作者は取締役会の一員だとのこと。やはりこのことからもマカヴォイシリーズはコナリーの新聞記者へのエールだ。 しかしこのサイト名は本書の原題でもある。“まっとうな警告”という意味であるこのサイト名をそのまま小説の題名に持ってくることで読者への宣伝をもしているのだ。コナリーのやることは本当に卒がない。 更にこのシリーズのコナリーが示すのは今後のジャーナリストの新たな道筋の1つだ。 今回の百舌事件でニュース・サイトのフェアウォーニングを退社し、百舌逮捕のための情報を募る『マーダー・ビート』というポッドキャストを立ち上げたマカヴォイはそこで11年前に誘拐され、殺害された姉妹の事件の調査を依頼してきたことをきっかけに未解決事件にレイチェルと組んで再調査に取り組むビジネスを提案する。ネット社会の情報の波に押しやられた新聞記者の、ジャーナリストのある意味逆襲と云えるだろう。 そして事件捜査という新たなフェーズに活路を見出したジャック・マカヴォイのシリーズは今後も続きそうだ。 |