[ 警察小説 ] ブラックボックス ハリー・ボッシュシリーズ |
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マイクル・コナリー | 出版月: 2017年05月 | 平均: 10.00点 | 書評数: 1件 |
![]() 講談社 2017年05月 |
![]() 講談社 2017年05月 |
No.1 | 10点 | Tetchy | 2019/07/09 23:41 |
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コナリー25作目である本書は作家デビュー20年目という節目の作品となった。
それを意識してか、内容も20年前にボッシュが関わったロス暴動に巻き込まれた女性外国人記者殺害事件の再捜査になっている。 しかしそこはコナリー、物語はそれだけに留まらない。20年目の25作目と作品数も数を重ねているにも関わらず、その精緻なプロットには全く以て舌を巻いてしまった。 いつもながら物語の発端はシンプルながら、事件の捜査が進むうちに判明してくるプロットは複雑で実に混み入っているが、謎が謎を呼ぶ展開は全く以て飽きさせない。 注目したいのが事件の動機が湾岸戦争へと繋がっていくことだ。 ボッシュシリーズの幕開けはヴェトナム戦争時代の戦友の一人ウィリアム・メドーズ殺害事件だった。つまりそれはハリー・ボッシュという男がヴェトナム戦争のトンネル兵をしていた帰還兵であることを強く意識した幕開けであり、その後もこの元ヴェトナム従軍兵という過去はボッシュの中のトラウマでありつつ、闇を見つめ続ける宿命として描かれる。 そしてこの20年目の作品で再び扱われるのは戦争に纏わる忌まわしい過去。 しかし既に21世紀になった今、戦争はもはやヴェトナム戦争ではなく湾岸戦争なのだ。この20世紀末に起きた湾岸戦争に従軍したある一隊、カリフォルニア州兵部隊が起こしたスキャンダルが事件の正体なのだ。それはやはり20年目の25作目という節目を意識した原点回帰的作品ことの証左でもある。 さて私が本書のタイトルを刊行予定で見た瞬間に思ったのは、久々にコナリー作品のタイトルに「ブラック」の文字が躍ったということだ。 初期のコナリー3作品は原題、邦題それぞれに意識してこの「ブラック」が使われていた。 1作目の『ナイトホークス』の原題が“The Black Echo”、2作目が邦題、原題ともに『ブラック・アイス』、3作目は邦題が『ブラック・ハート』と、原作者、訳者ともにボッシュの持つ、ヴェトナム戦争帰還兵という経歴に由来する、心の奥に蟠る暗い情念を意図してこの「ブラック」が使われていた。 そしてそれから18年(原書では19年)を経て久々にこの「ブラック」の文字を冠したのは勿論作者としても意識的だったことは間違いない。 なぜなら本書は作家生活20年目の集大成的な作品の趣を備えたオールスターキャスト登場と上に書いたようにボッシュの原点回帰的な内容になっているからだ。 そしてもはやシリーズのオアシス的エピソードとなっているのがボッシュと娘マデリンとのやり取りである。親子の少し不器用で子煩悩なボッシュとのやり取りが実に面白い。 このエピソードが胸に心地よく響くのは娘マデリンがボッシュを父親として好いていることが解るからだ。 今回囚われの身となったボッシュが処刑されるのを覚悟した時に頭に思い浮かべるのは娘の車の運転練習をした時のエピソードでその時彼女が自分も警察官になりたいと云ったと描かれている。野獣のようだったボッシュにとってマデリンはこの上もなく大切な存在であり、そしてマデリンも父親を一人の刑事として尊敬していることが更に物語に厚みをもたらしたように思える。 コナリーの作品が面白いのは過去の因果がボッシュの現在に及ぼしていることだ。それはつまり過去にこそ作品の種は蒔かれており、それを忘れずにコナリーは育つのを待ち、そして時が来た時に刈り取っているからだ。そうすることで物語と作品の世界に厚みが生まれ、そしてハリー・ボッシュを、登場人物たちに血肉を与えることに繋がっている。それがシリーズに濃いドラマを生み出し、そして常に傑作レベルの水準を保っているように思える。 こう書くとコナリーと同じようにすれば誰もが傑作を掛けるのかと勘違いしてしまうが、そうではない。そういう眼を持っているからこそ、このコナリーという作家は優れているのだろう。 また遅まきながら25作目において今回痛烈に気付いたのはボッシュが相手にしているのは法ではなくあくまで人だということだ。 無慈悲なまでに殺された人がいる。自分の都合で人を殺した奴がいる。その人が殺されたことで哀しむ人がいる。そんな人達を目の当たりにし、相手にしてきたからこそ、ボッシュは正義に燃えるのだ。 彼は悪に対して異常なまで憎悪する。悪事を働きのうのうと生きている輩に対して鉄槌を落とすことを心から願っている。従って犯人を捕まえるためには多少のルール違反も厭わない。そうしないと捕まえることのできない悪人がこの世にいるからだ。 ボッシュは事件を解決する。それは犯人が解らないまま事件が葬り去られる遺族の無念を晴らすためであると同時に悪がのさばっている現実を良くしようとするためだ。 しかし犯人が逮捕されても被害者遺族の無念は続いたままであることをボッシュはその都度思い知らされるのだ。 それでも彼が犯人を追う。“それが私たちのしていること”という信念に従って。 その被害者の北米人特有の色の白さから白雪姫事件と名付けられた今回の事件。 事件は解決したが童話のように幸せな結末とはならなかった。無念が、犯人への怒りが遺族とボッシュ自身にも残ったままだった。 これがコナリー版白雪姫。 殺人事件にハッピーエンドはないと痛烈に突き付けられた思いがした。 |
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