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本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド
喜国雅彦/国樹由香
事典・ガイド 出版月: 2016年11月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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講談社
2016年11月

講談社
2020年08月

No.1 7点 Tetchy 2024/06/12 00:38
ミステリ誌『メフィスト』で足掛けなんと9年掛けて連載されたブックガイドであり、なんと「第17回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)」まで受賞したのが本書。
私の意見は授賞に値するブックガイドであり、評論であったと素直に認めよう。

まえがきによれば今の本格ミステリ好きな読者はいわゆる乱歩の影響を受けて海外の本格ミステリに触れて、自身で本格ミステリを書き始めた、いわゆる新本格と呼ばれるミステリ作家たち、乱歩チルドレンの紡いだ作品に触れるのみで、海外の古典と出会うチャンスが減っているのではないかと思い、そんな〈新しい古典の読者〉のために古典ミステリを紹介したいとの意図で書かれたもので、興味を惹くために単なる古典ミステリのガイドブック的な紹介に留まらず、全てが統一されているわけではないが、一応5つのコーナーで手を変え品を変え、面白おかしく書かれている。

鉛筆でなぞる本をパロッた 「エンピツでなぞる美しいミステリ」、相田みつをの詩集をパロッた「ほんかくだもの」、あと自分が気に入ったミステリ作品の一シーンをイラストにした「勝手に挿絵」(これも北上次郎氏の『勝手に文庫解説』のパロディかもしれない)、本格ミステリの研究家坂東善博士と女子高生のりこが本格ミステリについて語り合う「H-1グランプリ」と最後は妻国樹由香氏が語る夫喜国氏について語る「本棚探偵の日常」である。

本書のメインであるH-1グランプリは、それまでの他のコーナー同様、タイトルはM-1~、R-1~のパクリだと思われるが、坂東善博士と女子高生りこの冗談も交えながらの対談形式で進められているが、内容的にはそれまでのガイドブックや評論では見られなかった観点からの鋭い指摘もあり、なかなか骨太である。

俎上に挙げられる作品は有名どころから無名な作品、もしくは現在入手困難なものまで多岐に渡っており、しかも女子高生のりこに与える本も喜国氏の蔵書からなので、例えば新訳が出ているものでも旧訳版、もしくは既に倒産している出版社のものだったりと、恐らく古書マニアにとっては堪らないアイテムが登場する―現代教養文庫の『ミステリ・ボックス』シリーズまで登場する―。

このコーナーではミステリ初心者である女子高生のりこに先入観なく世評高い古典ミステリの傑作とされる作品を読んで率直な感想を忌憚なく語ってもらう趣向になっており、その内容はその趣旨を一切違えることなく、本当に遠慮のない感想が書かれているのが面白い。

例えばクロフツの『樽』はさほどでもなく、クリスティーの『そして誰もいなくなった』はあっさりしすぎと酷評である。りことクリスティーの相性は悪いようで、『オリエント急行の殺人』では登場人物が多すぎて頭に入らないとこれまた酷評。
りこのこの一気にたくさんの登場人物が出てくる作品は苦手という傾向はこのH-1グランプリでは終始一貫して変わらないため、世の傑作で同様の作品は押しなべて評価が低い。個人的にはセイヤーズで一番好きな『学寮際の夜』も同様の理由で酷評だったのにはガックリきたし、一方で私としてはさほどでもない『ナイン・テイラーズ』を高く評価しているところに驚かされた。あの難解な鳴鍾術をよく理解できたな、と。しかしカーの特集では個人的ベストである『曲がった蝶番』が全てが好みであると評価したのは素直に嬉しい。
一方でエラリー・クイーンの1932年の奇跡の傑作4作については全てにおいて評価が高いのはさすがというべきか。

また回を重ねるごとにりこの本読みとしてのスキルが伸びていくのが判るのも面白い。視点の話や有名なカーの『三つの棺』に収録されている密室講義の分類が今読むと甘い、『薔薇の名前』を一番面白いと思う―映画を観ていたことが助けになったとはあるが―、などなど。
あと意外とミステリの豆知識が放り込まれているのも思わぬ収穫だった。
リレー小説の『大統領のミステリ』では当時の大統領ルーズベルトが自分の考案したミステリのネタの解答が思いつかないことから世のミステリ作家に解決してもらおうと発端で、しかもそのプロットが前もってあっただけに一番面白く読めたこと―リレー小説の回はとにかく散々な結果でベスト選出はなかった。私は昔からリレー小説に懐疑的であったが本書でその判断が正しいことを確認した―などがそれにあたる。

またりこが読書量が増すにつれ、りこがそれまでのガイドブックや評論家が気付かなかった見方を示してくる。これが実に意外であり、さらには全く新しい着眼点であることに気付かされるのだ。
例えば『エジプト十字架の秘密』はエラリーがいなくとも解決できた作品だったとか、『三つの棺』の密室講義が実は密室が主眼でないことを隠すために書かれたミスリードだったとの慧眼を示したり、ブランドの『暗闇の薔薇』の図に隠された騙しのテクニックを見出したりと次から次へと新説を開陳するのだ。

坂東善博士は喜国氏そのものと思ってはいたものの、女子高生のりこは最初は喜国氏が対談形式のミステリ評論をするために生み出した架空の存在だと思っていたのだが、読み進めるうちに斬新な切り口でミステリを語るので実は本当に女子高生に読ませて感想を云わせているのではと思ったくらいだ。
実際どうなのだろう。

例えばカーの『火よ燃えろ!』の警視が惚れる女が女のイやな部分だけを誇張したようで鬱陶しいとか『ビロードの悪魔』の主人公の恋の鞘当て行動が気に入らないとか―個人的には『ビロードの悪魔』はカー作品の中でもベスト5に入る傑作なのだが―。

またガイドブックでありながら課題図書を全て読み切れずに途中で断念しているものもあるのもこの作家の特徴か。
カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』とルブランの『813』の訳が気に食わないと云って『続813』は未読と案外自由奔放だ―ところでハヤカワ文庫がルブラン全集を出すと云って数冊で終わっていることに触れているのは小気味よかった―。

あとは歴史に残る作家は全てが平均点を出す作家よりも傑作と凡作が混在する作家の方が記憶に残るといった意見やピーター卿シリーズであった、登場人物に関心がないとシリーズを追うごとに発展していく2人の関係性などは全くどうでもいいなども考えさせられた。

ここに1人の本格ミステリ好きがミステリをこよなく愛して色々な試みをして、存分に楽しんでいることを見ると一ミステリ読者としては喜国氏のバカバカしくも楽しい企画を後押ししたくなる。私もやはり若いミステリ読者は歴史を学ぶように古典ミステリは読むべきだと思うし、また出版社も古典ミステリを絶やしてはいけないと思うからだ。

確かに古典ミステリを読むことは現代ミステリのリーダビリティと比べると華やかさや読書のけん引力に欠け、いわゆるお勉強と云われるような苦難を強いられるかもしれない。
しかしその中には確かに現代まで評価される何かが潜んでいるのだ。しかし正直世評ほど面白いかどうかは各人の好みによるだろう。本書においても私が好きな作品が酷評された機会が案外あった。

本書は確かにこれから読む古典ミステリの中で面白いものを選ぶ指針にはなろうが、本書の評価が全てではない。
これから古典ミステリを読まれる読者は読むときに自分の感想と本書の内容を比較してみてはどうだろうか?
貴方は自分の評価はりこと同じかどうか、比べてみるとそれもまた楽しいではないか。

それを可能とするためにも出版各社は翻訳本の存続を続けてほしいと切に願う次第である。
いやあそういう意味では本書が「本格ミステリ大賞(評論・研究部門)」を受賞したのは意義があったのだ。
天晴!


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