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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1896件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1896 4点 ストリート・キッズ- ドン・ウィンズロウ 2025/06/15 22:11
1976年5月。8月の民主党全国大会で副大統領候補に推されるはずの上院議員が、行方不明のわが娘を捜し出してほしいと言ってきた。期限は大会まで。ニール・ケアリーにとっての、長く切ない夏が始まった……。元ストリート・キッドが、ナイーブな心を減らず口の陰に隠して、胸のすく活躍を展開する! 個性きらめく新鮮な探偵物語。
Amazon内容紹介より。

正直イマイチでした。ハードボイルドでありながら随分マイルドなのも、面白さを半減させている一因だと思います。
打てば響く様な軽快な文章は良いのですが、一ページ丸ごと改行無しのびっしりと埋まった説明文にはうんざりさせられました。物語は単純で、ただ家出娘を探して期限までに連れて帰る事。これだけの内容で500ページ超えはあり得ませんね。本来なら半分以下の分量で済んだはずなのを、無理やり引き延ばして冗長に仕上げてしまったのは、どう考えても無謀でしょう。

それぞれのキャラも主役以外はあまり個性的ではなく、読んでいて全く心が動きませんでした。こんなの読んでる時間があるのならDVDでも観てたら良かったなあ。
高評価をされた方には申し訳ありません。しかし、自分に正直になるべきだと考え忖度することなく評価しました。私の読解力では本作の面白さが1ミリも理解出来ませんでした。残念。

No.1895 7点 黙過- 下村敦史 2025/06/10 22:55
“移植手術"は誰かの死によって人を生かすのが本質だ――新米医師の葛藤からはじまる「優先順位」。
生きる権利と、死ぬ権利――“安楽死"を願う父を前に逡巡する息子を描いた「詐病」。
過激な動物愛護団体がつきつけたある命題――「命の天秤」など、
“生命"の現場を舞台にしたミステリー。
Amazon内容紹介より。

色々勉強になるし、考えさせられる医療ミステリでした。
ずっしりと重いテーマだけに重厚でありながら、読み易さも兼ね備えた良作だと思います。予備知識なしで読むのが一番ですが、ある程度の範囲なら許されるでしょう。其々の登場人物が、其々の立場から何をどう捉えているのか、今何を考えているのかがありありと理解できるように描かれているのも好感が持てます。特に二人の准教授の対決姿勢がバチバチで、裏で表での心理戦が最早清々しく感じる程です。

第三話の『命の天秤』などは、舞台が珍しい事もあってなかなか興味深く読めました。などと呑気に書いている私が、まさかあんな事になるとは思いも寄りませんでした。ある種の予感はありましたが、本作をそれを軽く超えて来ました。ミステリ読みばかりでなく、多くの方にお薦め出来る作品です。一読の価値ありと思います。ラスト3ページも非常に印象深いです。

No.1894 5点 だから捨ててと言ったのに- アンソロジー(出版社編) 2025/06/07 22:26
こんなことになるなんて!
1行目は全員一緒、25編の「大騒ぎ」。

早起きした朝、昼の休憩、眠れない夜ーー。
ここではないどこか、今ではないいつかへ、あなたを連れ出す7分半の物語。
Amazon内容紹介より。

最初の一行は飽くまで書き出しであり、それをテーマにした作品は多くなく、ストーリーがどう転ぶかは書き手次第です。強く印象に残るものはあまりありません。最後の作者のプロフィールを読むとほとんどがメフィスト賞受賞作家でした。そんな事は考えるまでもない事ですが、だからイマイチ面白くなかったのかと納得しました。別に皮肉で言っている訳ではありません、まあ偶々だと思いますけどね。しかし他の黒猫?シリーズのアンソロジーと比較すると多少レベルが低いと言わざるを得ません。

まずまずだったのは麻耶雄嵩の『探偵ですから』、荒木あかねの『重政の電池』、にゃるらの『ネオ写経』の三作。いずれもメフィスト賞作家じゃないじゃん。メフィスト賞に肯定的な私ですが、何だか鼻白む思いです。もう少し本気を出して頂きたいですね。

No.1893 6点 タダイマトビラ- 村田沙耶香 2025/06/06 22:25
母性に倦んだ母親のもとで育った少女・恵奈は、「カゾクヨナニー」という密やかな行為で、抑えきれない「家族欲」を解消していた。高校に入り、家を逃れて恋人と同棲を始めたが、お互いを家族欲の対象に貶め合う生活は恵奈にはおぞましい。人が帰る所は本当に家族なのだろうか? 「おかえり」の懐かしい声のするドアを求め、人間の想像力の向こう側まで疾走する自分探しの物語。
Amazon内容紹介より。

村田紗耶香は特別感がありますね。発想力、表現力、描写力、文章力全てに於いて他を圧倒し、抜きん出ている気がします。皆どこかおかしいです。真面な人間はほとんど出て来ません。それが歪んだ世界を全身で表現しているようで、作者の正気を疑いたくなります。何を書かせても異常な物語を紡いでしまう、それが村田紗耶香なのです。狂っていると言っても良いでしょう。

ラストの怒涛の展開には瞠目すべきものがありました。それまでの狂気とはまた質の違う新たな世界へのトビラ。そのトビラの向こうは果たして本当の新世界なのか、或いは気の狂った世界なのか。そこには私の様な凡人の想像の付かない、正常とも異常とも付かない、誰も見た事のない世界が広がっているのでしょう。
尚、文庫本の解説は非常に腑に落ちるもので、とても親近感を覚えました。

No.1892 5点 天空高事件 放課後探偵とサツジン連鎖- 椙本孝思 2025/06/03 21:59
私立天空高校の校舎屋上から、一人の女生徒が飛び降り自殺をした。騒然となる中、白鷹黒彦は、なぜか「天空高探偵部」部長の夢野姫子に目をつけられ、調査をすることに。果たしてこれは本当に自殺なのか!?
Amazon内容紹介より。

まあまあですね。主な登場人物のキャラ設定は確りしていて、それぞれ個性的で読み易いです。やや長尺ですが会話文多目なので苦になりません。しかし、どこか既視感があり新味がありませんね。過去の作品で動機と言いプロットと言い、似たようなものが幾つもあった気がしてなりません。

動機に関して言えば、どうしてそこまでする必要があるのかなと思わざるを得ませんでした。もう少し穏便に済ませるやり方はいくらでもありそうなのに・・・。わざわざ連続殺人事件に仕立て上げて真相がこれでは、さすがにミステリ読みとしては納得いかないでしょうね。
まあ読み物としてはそれなりに面白かったですよ。しかし、ダイイングメッセージの件が納得いかない点があったり、警察の介入を完全に封印してしまうのは如何なものかと、疑問に思いました。警察は何していたんだろうなあと余計な詮索をしたくなります。

No.1891 5点 人質の朗読会- 小川洋子 2025/05/31 22:06
遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた――慎み深い拍手で始まる朗読会。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは……。しみじみと深く胸を打つ小川洋子ならではの小説世界。
Amazon内容紹介より。

いやー、苦手なんですよね、こういう小説を解読するのは。本作は正に読者にどう読み解くかを迫る、読み手の懐の深さを測る様な、私にとってはとても嫌らしい作品でありました。人質達のそれぞれの朗読はしんみりとした静かな感動を与える物が多いのですが、非常に低刺激で私の記憶には残らないであろう代物です。正直申しますと、これが登録されていたとは思いも寄りませんでした。非ミステリを結構私自身登録してきましたが、この作品は最もミステリから遠いと言えるでしょう。

随分前に購入した古本ですが、何故これを選んだのか今の自分にはよく理解出来ません。多分Amazonの評価が高かったからだと思います。今後はAmazonの評価をあまり参考にしない様にします。何度も裏切られながら、結局安いからまあいいかと思い買ってしまっていましたが、もう沢山です。読書メーターも見乍ら、何でもかんでも衝動買いするのは止めにしたいと思いました。特に広義のミステリに入らないものに関して、ですね。

No.1890 6点 思いあがりのエピローグ- 斎藤肇 2025/05/28 22:18
まず文章について。時折一瞬の煌きを捉えた清冽な表現力にハッとさせられました。シリーズ二作に関してはかなりの酷評を受けて、本作に至っては今まで長きに亘って誰も書評していません。既に見切られたと考えても良いでしょう。しかし、これに限っては悪くないと思いました。全体を通して名探偵の存在意義を読者に問いかけている様に感じます。その為、結果的に衝撃のエピローグが冒頭に配置されているのです。

トリック自体はショボいし、解決編があっさりし過ぎていて物足りません。斎藤肇と云う人はもっとデキる人だと思っていましたが、結局いつも裏切られて非常に残念でなりません。ただ本格ミステリ愛は十分伝わってきました。欠点ばかり目立つような物言いになってしまいましたが、決して凡作ではないと思います。目を瞠るような文章力や的確な人物造形、凝った構成に謎めいた連続殺人事件は新本格マニアにとっては注目すべき点も多いです。又最後に配された名探偵論はなかなかのものだと思いました。ちょっと洒落たオマケもついていますし、愛すべき本格ミステリと言わざるを得ません。

No.1889 7点 月蝕島の信者たち- 渡辺優 2025/05/25 22:32
後藤は大学サークルの女友達・金子とネットで活動する新興宗教BFHを立ち上げ、大バズりした。礼拝施設を建設するためのクラファンツアーを実施し、岩手の無人島・月蝕島に重課金信者を集める。
上陸翌日、信者のYouTuberが首なし死体となって殺され、その後も次々と信者が殺されていく。犯人はいったい誰なのか? 船は3日後まで来ない。極限状態で信じるべき神の存在とは? そして最後は、誰も――。
『私雨邸の殺人に関する各人の視点』で話題となった探偵不在のクローズドサークル・ミステリー、再び!
Amazon内容紹介より。

またしても探偵不在のミステリらしいです。その為どうにも締まりがありません。一応視点となる人物はいるのですが、次々と起こる殺人事件には伏線回収も何もありません。よって読者による推理の余地がありません。その意味では本格ミステリと言うよりサスペンスに近い感覚だと思います。もっと言えば『そして誰もいなくなった』の亜流ですね。

首なし死体のホワイは今一つ工夫が足りません。まあ在り来たりと言って良いでしょう。それに死体に施された装飾の意味もほとんどありません。
しかし終盤の真相には圧倒されました。連続殺人事件の裏にはそんなものが隠されていたとはねえ。途中は物足りなさを覚えましたが、最後には強引に納得させられた感じです。世間的にはあまり高評価は期待できない作品なのかも知れませんが、個人的には好みの範疇なのでオマケでこの点数にしました。

No.1888 5点 いまさら翼といわれても- 米澤穂信 2025/05/22 22:13
「ちーちゃんの行きそうなところ、知らない?」夏休み初日、折木奉太郎にかかってきた〈古典部〉部員・伊原摩耶花からの電話。合唱祭の本番を前に、ソロパートを任されている千反田えるが姿を消したと言う。千反田は今、どんな思いでどこにいるのか――会場に駆けつけた奉太郎は推理を開始する。千反田の知られざる苦悩が垣間見える表題作ほか、〈古典部〉メンバーの過去と未来が垣間見える、瑞々しくもビターな全6篇。
Amazon内容紹介より。


初めての古典部シリーズです。6作目を最初に読むのはやはり間違いだったと思います。何だか各キャラの個性がイマイチ把握出来なくて最初は戸惑いました。次第に慣れた頃にはもうほとんど終わりに近かったです。それはそれとして、文章は相変わらず上手いですね。しかし、これといって特筆すべき短編が見当たりませんでした。日常の謎でももっと刺激的な話はいくらでも描けるはずだと思うんです。

まあ私としては一応期待していたんですが、その期待を上回る事はありませんでしたね。古典部って一体どんな活動をしているのかも分かりませんでしたし、何となく消化不良気味です。シリーズの他作を読みたいとは思えません。

No.1887 7点 片翼のイカロス- 野島夕照 2025/05/19 22:36
島田荘司選第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。
上空500mでヘリと人間が衝突⁉ 奇々怪々な謎と華麗なロジック――本格要素てんこ盛り。
相模湖畔に立つ豪邸に新人メイドとしてやってきた麻琴。その館には当主である碇矢コーポレーション代表の加州ほか、その華麗なる一族が住んでいた。レジャー開発の成功で莫大な資産を築き上げた加州だが、生まれつき足が不自由で、ギリシア神話のイカロスのように大空を飛び回ることを夢見ていた。館内で次々に起こる不審な事件……麻琴は生まれ持ったある能力を使い、不可思議な謎に挑む。
Amazon内容紹介より。

如何にも島荘が好きそうな作品ですが、選評を読んでみると褒めているのか貶しているのかよく判りません。まず上記の様な奇怪な謎をどう解くのかに注目されがちだと思いますが、正直なところ拍子抜けでした。まあどう考えても人間が飛ぶなどあり得ないので、このトリックは致し方なかったでしょうが。リアリティを尊ぶ読者には到底お薦めは出来ません。下手すれば壁本ですね。

しかし、本作からは色々学ぶ事が多く、幾度も成程と頷きながら読み進めました。更に麻琴の心情がその都度、起きた事例を解説する様に描写されているので、とても親切設計だと思いました。その為非常に読み易く複雑な人間関係にも混乱することなくストレスフリーで快適です。又メインのトリックだけではなく、ロジックや動機、特殊設定等細部にまで気を配っているのが伝わってきます。橋本環奈の件など、確かにそうだなと思いました。

No.1886 6点 コドクな彼女- 北田龍一 2025/05/16 22:31
大学生・叶のもとに、転がり込んできた正体不明の少女。
そのただならぬ気配に、身の危険まで感じる叶。
だが相対した彼女から紡がれたのは、悲痛で、弱々しい叫びだった。

「独りは……いや、です。一緒に、いて」

この言葉をきっかけに、叶は少女を迎え入れ、奇妙な同棲生活が始まる。
「赤瀬奈紺」と名付けられた少女は、孤独のない居場所を叶の隣に見出すのだが……?
Amazon内容紹介より。

異色作との事ですが、ラノベにはありがちな設定で特に突出した部分があるかというと、決してそうではありません。まあ面白いんですけどね。叶(かなえ)と少女奈紺の出会いはかなり変わっていて、こういうのは初めてかも知れません。私が読んで来たラノベの中では、ですが。それがなかなか微笑ましいというか、牧歌的でほのぼのしたもので好感が持てました。その後の二人の触れ合いは、いわゆる男女の恋沙汰云々ではありませんが、逆にそれが新鮮で良いのです。

あまり書くとネタバレしそうなので書きませんが、緩急を付けてのストーリーの流れは飽きることなく読めました。一応一話で完結していますが、次巻があってもおかしくありません。それが出たとして喜んで飛びつくとは思いません。
いずれにせよAmazonのラノベに対する評価は過大なものが多いので、あまり当てにしない方が無難だと思います。

No.1885 7点 未来図と蜘蛛の巣- 矢部嵩 2025/05/13 22:45
二十五編の物語。
表題作「未来図と蜘蛛の巣」及びそのシリーズ(講談社「tree」で連載)に加え、既発表の掌編と書き下ろしを収録。

矢部嵩の小説に説明は不要。
矢部ワールドに足を踏み入れたが最後、あなたはそこから出られない。
Amazon内容紹介より。

折に触れ思い出すのは作者の『〔少女庭国〕』である。3点というあり得ない点を付けたのを、本当にそれで良かったのかと今更ながら疑問に思うのです。いつか再読してもう一度書評を追加で書こうと考えている次第です。

さてそんな矢部嵩の本作ですが、評価は是か非かで決める事にしました。まずはぶっ壊れているかどうかでしょう。ぶっ壊れていれば是そうで無ければ非となります。更に進んでそのぶっ壊れ方は良い意味での壊れ方か否か。他にも判断基準として、面白いか否か、不条理であるか否か、文学的であるか否か、グロいか否か、そのグロさは正しいか否かなどが挙げられます。この全ての項目に是と私は考えるので、この点数にしました。流石に8点以上は無理ですが。
個人的に最も心に響いたのは『山道の階段』でした。他にも『フォロー』など多くの問題作はありますが、いずれも常人の感覚とずれており、どう云った思考回路をしていたらこうした作品群を書けるのか、畏怖すら覚えます。正に鬼才の仕事と言って良いでしょう。

No.1884 5点 あの日、タワマンで君と- 森晶麿 2025/05/10 22:16
山下創一は配達員をしながら日々を食いつないでいる。ある日、高級レストランから料理を届ける仕事が入った。依頼人は六本木でもっとも高いタワーマンションの最上階に住む多和田という男で、創一が到着すると、強引に部屋に上がらせた。戸惑う創一だったが、窓の外に広がる地上47階の景色に心を奪われてしまう。さらに、そこに現れた人物に驚く。それは高校時代、密かに想いを寄せていた静香だった。リビングに入ってきた女は「玲良」と名乗り、多和田は自分の婚約者だと紹介した――。
Amazon内容紹介より。

全てに於いて現実味に乏しく、その為か胸に刺さるものがありません。我々庶民には手の届かないタワマンの最上階の生活、しかしそこには人に知られてはならない秘密があり・・・。まあ色々起こる割りには低刺激ですわ。どうにも煮え切らない内容に苛立ちが募ります。それでもエピローグになんとか救われました。これが無かったら4点止まりでしたね。

ミステリと言うにはその要素が少なすぎるし、一種の恋愛小説と捉える事も出来ますが、あまりにもぎこちない人間関係にうんざりします。やはりこの人には本格ミステリが似合うようですね。あまり一般受けする作品を書こうとするからこうなるのであって、読者に迎合する必要はないと思うんですけど。

No.1883 7点 撮ってはいけない家- 矢樹純 2025/05/07 22:16
「その旧家の男子は皆、十二歳で命を落とす――」映像制作会社でディレクターとして働く杉田佑季は、プロデューサーの小隈好生から、モキュメンタリーホラーのプロットを託される。「家にまつわる呪い」のロケのため山梨の旧家で撮影を進める中、同僚で怪談好きのAD・阿南は、今回のフィクションの企画と現実の出来事とのおかしな共通点に気付いていく。そして現場でも子どもの失踪事件が起こり……。日本推理作家協会賞短編部門受賞『夫の骨』著者の最新作!
Amazon内容紹介より。

正にノンストップホラーの見本の様な作品。最初から最後まで非常に良く練られ、サプライズもあったりして細部まで神経が行き届いた好篇に仕上がっています。序盤から謎の連続で、これら全てをどう回収するのか不安になる位、何もかもが謎めいています。徐々に不可思議な現象が解き解されていく様は、読んでいて爽快感すら覚えました。ホラーとしてはほとんど怖さはないので、そこはちょっと物足りないかなとは思いましたが、それは贅沢というものでしょうね。

流石にミステリ作家だけあって伏線の回収は見事の一言。一つひとつの怪異や事件が混然一体となって読む者を圧倒します。物語は変遷しながらも予期せぬ方向へ向かって進み、意外な真相の絵図を描きます。一瞬の予断も許さないホラーの秀作です。

No.1882 7点 食刻- 柾木政宗 2025/05/05 22:25
早乙女真琴(さおとめまこと)は新進気鋭のアーティスト。高校在学中に美術評論家・影塚孝志(かげづかたかし)の薫陶を受け、日本最高峰の美術大学の絵画科で銅版画を学び頭角を現した。影塚は画壇に君臨し、評価した作品は軒並み価格が高騰、作者は時代の寵児となることが確約されるほどの力を持っていた。影塚の援助とその代償を払い早乙女はさらなる高みを目指すが……。
Amazon内容紹介より。

人間を描くというのはこういう事なんだと思いました。しかしながら決して人には薦められません。その理由は後で述べます。もし奇特な方が読もうとするなら、気力体力が充実している時に読まれる事をお勧めします。
デビュー作からは考えられない、暗くて重いトーンの作品です。これは最早純文学と称しても良いのではないかと思う程品位があります。それなのに内容は暴力と腐蝕に満ちた、ある意味危険なものであり、ミステリ的仕掛けすら施されています。これが征木政宗の本当の姿なのか見極める為、今後も注視していきたいと思います。






【ネタバレ】







まあネタバレというほどではないかも知れませんが、一応本作を語る上で重要なピースだと判断しここで書く事にしました。
この作品では主人公である早乙女真琴とそのパトロンである影塚高志の、男性同士の性行為が克明に何度となく描かれています。エロティシズムと言って良いと思いますが、そう云った描写が苦手な方は注意が必要です。
又、ある種の叙述トリックが用いられています。そしてエピローグでは衝撃的な結末を迎えます。ここで伏線が回収され事前に用意された何気ない事柄が生きて来ます。

No.1881 6点 名探偵たちがさよならを告げても - 藤つかさ 2025/05/03 22:10
教師の傍ら執筆活動を続け、ミステリ作家として一世を風靡した久宝寺肇(きゅうほうじはじめ)が癌で亡くなった。恩師である久宝寺の死と時を同じくして母校に国語教師として赴任した辻玲人(つじれいと)は、彼の遺稿を入手する。それは不可能状況での殺人を描く短編ミステリのプロットで、解決編のない状態だった。「探偵」になるのが夢だという女子生徒・あずさと協力して、遺稿の続きを探す玲人。しかし校内で女子生徒の死体が発見され、その死の状況は遺稿プロットとまるで同じだった。
Amazon内容紹介より。

Amazonのレビューでは4人とも★5つだって。凄いですね、この人達の読解力は。あくまで個人の感想ですが、どうもこの作者の文章は未熟な感じがして非常に読みづらかったです。言い回しがくどかったり、妙な表現が散見されたり、とにかく一々引っ掛かってなかなか先に進めませんでした。
遺稿と言っても単なるプロットで暗号の様なもので、陰惨な事件の筋が描かれているものだとかと勘違いしていたのが間違いでした。そこからもう本作に対する願望の様なものは薄れて、漠然と読み進めるもストーリー自体に面白味がないので、余計にダラダラ感が加速します。

解決編からはまずまず面白かったです。事件そのものに魅力はありませんが、素材自体は悪くないのでもう少し上手く料理すれば秀作になった可能性は捨てきれません。
しかし何しろ文体が私には合わなかったので、とても残念でした。他の実力を伴った作家が書けば多分もっと評価は上がったと思います。まあ私の頭が弱いのでこの点数になっただけで、普通の読者なら更なる高得点を得られたかも知れませんね。全ては私が悪いんです。どなたかに読んで頂き、どのような評価をされるのか恐る恐る見てみたいです。

No.1880 6点 黒猫を飼い始めた- アンソロジー(出版社編) 2025/04/30 22:19
ルールは一つ。全作家が「黒猫を飼い始めた」の書き出しで始めること。秘密の手紙を運ぶ猫、悪神が乗り移った猫、猫ではないかもしれない猫……。二行目から一変する世界に息を呑み、結末に言葉を失う。愛も驚き恐怖も全部詰まった、会員制読書クラブMRCで大好評のショートショート企画が待望の文庫化!
Amazon内容紹介より。

最初の三編目まで読んだ時点で7点は堅いかと思いました。作家で言うと潮谷験、紙城境介、結城真一郎。しかしその後なにこれ?って感じのものがあったり、平均点位のまずまずの掌編が見られ、この点数に落ち着きました。ミステリ作家が多い事もあり、叙述トリックや最後の一行、ダイイングメッセージなど、ミステリ的ガジェットが結構駆使されている作品がありました。掌編とは言えバカに出来ません。

幾つかこれは!と思われる作品があったり、記憶に残りそうな作品があったり、結末が判然とせずあとは想像に任せます的なものがあったり、とにかく色んな味を楽しめるのは間違いありません。以前読んだ『これが最後の仕事になる』よりはレベルが上がった感じがしました。黒猫とミステリは相性が良いのでしょうかね。

No.1879 6点 案山子の村の殺人- 楠谷佑 2025/04/29 22:33
案山子だらけの宵待村で、案山子に毒の矢が射込まれ、別の案山子が消失し、ついに殺人事件が勃発する。現場はいわゆる雪の密室の様相を呈していた――。“楠谷佑”のペンネームで活動する合作推理作家の大学生コンビが謎に挑むシリーズ第一弾。本格推理の俊英が二度に亙る〈読者への挑戦状〉を掲げて謎解きの愉しみを満喫させる、渾身の推理巨編! 叢書ミステリ・フロンティア20周年記念特別書き下ろし作品。
Amazon内容紹介より。

全403頁で殺人が起こるのが150頁目くらい。その間退屈なところも少なからずありました。全体的に正直冗長とも感じました。無駄な描写が多く、そこに伏線が張られていたとしたら大したものだと思いますが、私は頭が悪いので多くの伏線が潜んでいたとは考えられませんでした。文章も洗練されているとは言い難いです。

「読者への挑戦状」を読んでも、解ける訳がないと初めから諦めていました。第一に雪の密室のトリックが想定外で、成程とは思いましたが、それ程虚を突くものではなくあまり感心しませんでした。動機に関してはそうだったのかと感じ入りました。これは良かった。
蛇足ですが従兄弟同士でコンビ作家間の会話で「~でしょ」はないんじゃないでしょうか。凄く違和感を覚えました。まあしかし、他の書評者の方の評価が高いので、私が色々と読み落としていた部分があったかも知れないとも感じました。

No.1878 6点 一次元の挿し木- 松下龍之介 2025/04/24 22:58
ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく--。
Amazon内容紹介より。

なかなかの力作だとは思います。作者はこのミス大賞受賞の自信があったのに、文庫グランプリ受賞に留まって落ち込んだそうです。随分な大言壮語と言うべきでしょう。私自身は新人としてはまずよく書けていると感じましたが、そこまでとは思いませんでした。かなり入り組んだ話なので、焦点が定まらずどこで驚いてよいのやら、どう云った方向性で読み進めたらよいやら見当が付かず、少しばかり難渋しました。

それはそれとして、本作はまず人間が描けていないのが気になります。目まぐるしく視点が変わり、登場人物が多く各々が個性に乏しいです。そして色々起こり過ぎて纏まりに欠けるのもなんとなく気になります。
ジャンルとしては本格ミステリよりサスペンスに近いと私は思います。冒頭で語られる謎は強烈で果たしてどんな結末を迎えるのか・・・それは読まねば分かりません。ネタバレになりそうなので。しかし、驚愕の展開とかどんでん返しの連続とか、そういうものとは無縁であり、そこに期待すると裏切られます。へえーとは思いましたけどね。はい?とかえぇー!とかではありませんので。ただその分堅実ではあるでしょうね。

No.1877 7点 毒入りコーヒー事件- 朝永理人 2025/04/22 22:09
自室で毒入りコーヒーを飲んで自殺したとされている箕輪家長男の要。
遺書と書かれた便箋こそ見つかったものの、その中身は白紙だった。

十二年後、十三回忌に家族が集まった嵐の夜に、今度は父親の征一が死んだ。
傍らには毒が入ったと思しきコーヒーと白紙の遺書――要のときと同じ状況だった。

道路が冠水して医者や警察も来られないクローズドサークル下で、過去と現在の事件が重なり合う!
Amazon内容紹介より。

単純そうな事件かなと思いましたが、意外とロジカルで良く出来た作品でした。同じような状況で時を経て起こる二つの事件は、どう関係してくるのか、自殺か他殺か、二人の迷い人の正体とは、探偵役は誰なのかなど様々な謎が解決編で見事に収斂します。畳み掛ける様な推理の連続で意外な事実が明らかになる過程は、スリリングで読み応えも十分です。

ただ、最後に交わされる男女の会話はやや勿体ぶっていて、読者に対して不親切な感が拭い切れませんでした。勿論それも作者の計算の上に成り立っているものなので、決して齟齬があるとかという訳ではありませんが。そういったエンディングも粋で良いんじゃないかという意見もありそうですが、どうせなら最後に全てを明かすのもサービスとしてアリだと個人的には思いました。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1896件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
西尾維新(25)
島田荘司(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
日日日(19)
中山七里(19)
折原一(19)
清涼院流水(18)