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メルカトルさん
平均点: 6.02点 書評数: 1683件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1683 5点 日々の暮らし方- 評論・エッセイ 2023/09/28 22:29
「正しい散歩の仕方」「正しい自転車の乗り方」「正しい風邪の引き方」など、身近な作法が分からないで毎日を困惑と不安で過ごしているアナタ。人に聞くのをためらっているアナタ。物事はすべからく前向きに考えようではありませんか。来し方を反省するも良し、来るべき未来に思いを馳せるのもまた良し。充実した人生をと願うすべての人に捧げる、45項目に及ぶユニークでユーモアに溢れた別役版「正しい日々の暮し方」。
『BOOK』データベースより。

『主婦の友』のお友達のようなタイトルのエッセイ集。ですが、経験談を基にそれを多少脚色したものをエッセイと呼ぶのなら、本書はエッセイではありません。著者は確固とした信念に基づいた持論で日々の何気ない、何処にでもある事柄を題材とし、独自の理論を展開しています。しかし、それらははっきり言ってしまえば嘘八百であります。まあこれを真面に受け取って、じゃあ実践してみようと思う人はいないでしょうが。ある意味本書を「日常の謎」の方向へ強引に持って行っているのは著者自身で、ありもしない法則や定理、史実をさも現実の様に書いているいかさまの如き偽書です。

ミステリに寄せていると思われるものは『正しい誘拐の仕方』『正しい死体の取り扱い方』『正しい死刑の仕方』の三編。ある誘拐事件を取り上げて、誘拐犯をなっていないと叱ったり、死体が玄関の前に転がっているのを見て、警察に通報するでもなく生ごみとして処理しようとしたり、法務省に電話して「是非この手で死刑執行をしてみたい」と宣ったり。
なるほどそういう事なのか、ではなくなるほどそういう考え方もあるのか、という捉え方というか読み方もありますので、どうせなら本書をそんな形で楽しんでしまったほうが得策と言えるでしょう。そうじゃないだろう、不真面目だと怒り出す人が正常な感覚の持ち主かも知れません。

No.1682 6点 怖い食卓- アンソロジー(出版社編) 2023/09/26 22:31
筒井康隆作〈定年食〉が物語るように、定年を迎えた男は最後に一家団欒の食卓上にて家族の胃袋へと消えて役目を終える。美味に酔う家族の笑顔が祝祭日にふさわしい。エロスの根源から湧き起こる人肉食への快美な誘惑。
『BOOK』データベースより。

カニバリズムばかりかと思いきや、そういう訳ではありませんでした。人肉かと思わせておいて実は・・・だったり、逆に植物に人間が取り込まれたりと様々な食に特化したホラー・アンソロジー。
当初7点にしようかと迷いましたが、意味不明なのが何作か混じっているので、その分を差し引いて6点としました。

印象に残っているのは最初の筒井康隆『定年食』、これは短い中にもストーリー性や家族間の機微を重視しながら、ストレートな表現力が生きています。他に作者らしいファンタジー色の強い、安倍公房の『魔法のチョーク』。流石の文章力とエンターテインメント性が前面に押し出された、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』。ウルトラQ的な怪奇譚、ジョン・コリア―の『みどりの想い』。これは訳者が数多のミステリを翻訳した事で有名な宇野利泰であり、ここでも見事な仕事ぶりを見せています。他に既読ながら水谷準の『恋人を喰べる話』、村山槐多の『悪魔の舌』も良かったですね。

No.1681 7点 鵼の碑- 京極夏彦 2023/09/24 22:11
殺人の記憶を持つ娘に惑わされる作家。
消えた三つの他殺体を追う刑事。
妖光に翻弄される学僧。
失踪者を追い求める探偵。
死者の声を聞くために訪れた女。
そして見え隠れする公安の影。
Amazon内容紹介より。

内容が内容だけに、刊行が延ばされたのは分かりますが、それにしても17年は長かったですよ。まあ2、3年は駄目だったろうなとは思います、しかしせめて5年くらい空けて出して欲しかったですね。
まず本書を手にして確認したのは、次作が告知されているのかどうかでしたが、どやらシリーズは続くものとみて間違いないようで、正直ホッとしました。いつ出るかは作者のみぞ知るところですが、2年に一作位は出してもらいたいです。

さて本作、薄味との意見もあるようですが、十分濃いです。特に京極堂の蘊蓄には相変わらず付いて行けません。ただ、事件が現在進行形ではなく、過去に起こった出来事を追うものなので、スリリングな展開は望めません。この辺りはHORNETさんに全面的に賛同します。そして、個人的に榎木津の出番が少なすぎて物足りなかったりしました。まあその分、緑川という女医がなかなか物言いとか堂々としていて、好感が持てましたが。過去に関口らとどんな出会いがあったのか気になるところです。あと、チョイ役のセツという「悪いけど」が口癖のメイドが面白い存在でしたね、どうでもいいですけど。
物語やプロットは良いんだけど、ミステリとしては弱いよね。

No.1680 6点 すげ替えられた首- ウィリアム・ベイヤー 2023/09/17 22:20
酷暑にあえぐ8月のニューヨーク。マンハッタンの東と西で、女性教師とコールガールが同時に、それぞれの自室で死体となって発見された。だが、驚くべきことに、二人の生首はおたがいにすげ替えられていた―。あまりに常軌を逸した犯罪に、捜査は難行する。ユダヤ系移民の初老の警部補ジャネックはこの巨大な都市、人間の欲望が歪み、きしみあうこのニューヨークの裏側に踏み込んでいく。エアロビクスのインストラクター、写真家、スプラッター映画の監督、コールガール組織―。ジャネックと若手女流写真家キャロラインとの心の交流を、サブストーリーとして、描き出される都会の現在。現代の異常さを、犯罪者の心の奥底にまで迫って描ききったこの作品のなかには、どこよりも危険で、どこよりも熱い大都会ニューヨークの魔性がつかみとられている。
『BOOK』データベースより。

真面目に書かれた作品だとは思いますが、衝撃とか驚愕とか意外性とかとは無縁の世界です。どちらかと言えば地道に捜査して犯人に辿り着く警察小説ですね。派手なタイトルに期待してはいけません。何故ならそこにはトリックや特記すべき理由がある訳ではないから。最後に語られる犯人の告白には納得は行くものの、動機に目新しさはなく、まあそうだろうなと思うばかりです。でも犯人像はなかなか魅力的です。

犯罪の決着は特別捜査班の手柄とされていますが、肝心の本件の捜査本部には全く触れられておらず、そんな筈はないだろうと思ってしまいました。まさかこのようなセンセーショナルな大事件を極秘捜査していたなんて事はないでしょうねえ、え?また刑事の誰も彼もが単独捜査なのはおかしくないですか。他にも鑑識の仕事が雑過ぎな点も気になりました。何だか文句ばかり並べてしまいましたが、二つの事件を追うことになる主人公のタフさには感心しました。

No.1679 7点 陰陽師- 夢枕獏 2023/09/14 22:37
平安時代。闇が闇として残り、人も、鬼も、もののけも、同じ都の暗がりの中に、時には同じ屋根の下に、息をひそめて一緒に住んでいた。安倍清明は従四位下、大内裏の陰陽寮に属する陰陽師。死霊や生霊、鬼などの妖しのもの相手に、親友の源博雅と力を合わせこの世ならぬ不可思議な難事件にいどみ、あざやかに解決する。
『BOOK』データベースより。

端正で白い顔、赤い唇で長身の陰陽師安倍晴明と、無骨だがどこか愛敬のある武士源博雅。二人のバディが平安の世に蔓延る異形の者達を調伏し、事件を解決する時代小説。と言うか、本質はミステリそのものです。つまり構成としては晴明が探偵で博雅が助手であり、奇妙な話を持ち掛けるのがほぼ博雅となっています。
思ったより現代的な文体で会話文も堅苦しいものではありません。そして素晴らしいのが情景描写で、これは最早名文と呼んでも間違いではないと思います。

本書を読む切っ掛けは地上波で観た映画ですが、本シリーズがこれほど長く続いているとは思いも寄りませんでした。勝手に長編だと決めつけていましたが、意外と短めの短編集で、その点でやや物足りなさを覚えもしました。しかしそれはそれで味わい深く、まるで平安時代にタイムトリップした様な感覚でした、ちょっと大袈裟ですが。
こういうのが好きな人がもっと高い評価を付けたとしても、私は驚きませんね。事実シリーズを通してAmazonでの評点が高いのも納得出来ます。

No.1678 7点 完全なる首長竜の日- 乾緑郎 2023/09/12 22:36
第9回『このミス』大賞受賞作品。植物状態になった患者とコミュニケートできる医療器具「SCインターフェース」が開発された。少女漫画家の淳美は、自殺未遂により意識不明の弟の浩市と対話を続ける。「なぜ自殺を図ったのか」という淳美の問いに、浩市は答えることなく月日は過ぎていた。弟の記憶を探るうち、淳美の周囲で不可思議な出来事が起こり―。衝撃の結末と静謐な余韻が胸を打つ。
『BOOK』データベースより。

読みやすいのは良いですが、淡々と起こった出来事だけを描いていて、面白味も何もあったものじゃありません。そして人間が描かれていない、もう少し何とかならなかったものかと思います。こういうのは綾辻行人に任せておけば、かなりの名作になったのになあとか思いながら読んでいました。
たまに起こる不可解で不自然な出来事にあれ?そして同じ事柄を何度も繰り返し念押しするしつこさに、何だかなあと感じてしまいました。

終盤まではこんな感じで、作者は一体何がやりたいのかが私には理解できませんでした。しかし、最後でばら撒かれたピースの一つ一つが収まるべきところに収まる快感に溺れることになろうとは、まさか思ってもみませんでした。まんまと作者の目論見に嵌められた私は、狙い通りの理想の読者だったと言えるでしょう。こんなに簡単に騙された私がボンクラだったのが、却って私的には良かったのだと言えましょう。
評価が割れるのも分かる気がします。

No.1677 6点 いぬの日- 倉狩聡 2023/09/10 22:19
わたしの名前はヒメ。家族はわたしを「犬」と言う。でも「犬」って何?飼い主一家に愛されず、孤独に日々を過ごすスピッツ犬のヒメ。流星群の夜、不思議な石を舐めて驚く程の知能と人の言葉を得た彼女は、一家の末っ子、雅史を支配下に置いて…。飼い犬たちの暴走、町に響く遠吠え、巨大な犬の影、そして続発する猟奇殺人。史上最高にキュートでおぞましい「犬のカリスマ」ヒメ登場。彼女が命を懸けて欲したものとは…。
『BOOK』データベースより。

主人公はメスの飼い犬のスピッツ、ヒメ。一人称ではありません(全体を描き切れない為と思われる)が、視点の多くは彼女です。しかし、性格が悪く可愛げのない犬なので、感情移入は出来ません。
人間の言葉を話すことを覚えたヒメが、最初は些細ないたずらから始まって、次第に犬や猫を簡単に捨てる人間達に復讐する為、下僕を引き連れてさらにエスカレートする様はホラーと言うよりパニック小説ですね。

『かにみそ』がやたら面白くある意味切ないホラーだったので、期待し過ぎた為かやや肩透かしを喰らいました。それでも5点は忍びないので6点としました。ただし、犬好きが読んで楽しめるかと言うと、首を傾げざるを得ません。しかし、飼い主と固い絆で結ばれたミコトの存在は大きいです。また猫好きの私としてはどうしても黒猫のスズちゃんに好感を抱いてしまいます。
そして解説で初めて知った、作者が実は女性だったという事実に最も衝撃を受けました。

No.1676 7点 怪盗フラヌールの巡回- 西尾維新 2023/09/07 22:14
亡き父親の正体は大怪盗だった――!? 長男の「ぼく」は、傷ついた弟妹と愛する乳母のため二代目怪盗フラヌールを襲名。持ち主にお宝を戻す“返却活動”を開始する。次なる標的は、天才研究者が集う海底大学。忍びこめたかと思いきや、初代怪盗フラヌールを唯一捕らえたベテラン刑事と、新世代の名(ウルトラ)探偵が立ちはだかり、不可能犯罪まで発生! 二代目怪盗フラヌールは、数多の謎を解き明かし、任務を完遂できるのか!? 衝撃の怪盗ミステリー、ここに開幕!
Amazon内容紹介より。

久しぶりに西尾維新の本格ミステリを読みました。『クビキリサイクル』を読んだ時の衝撃を思い出しながら、一寸感傷的な気分になったりして。まず今さら怪盗と云うのはどうなのかと思われる向きもあるでしょうが、それには深い訳があります、色々と。それらを一々論うのはネタバレにもなり兼ねませんので避けます。
不満があるとすれば、やはり女名探偵の存在ですかね。思わせぶりな言動ばかりで何もしないじゃないかと。もみじまんじゅうばかり食べていて、これはネタなんですかね、ボケなんですかね。

作風としては、本格ミステリのど真ん中のストレートと思わせておいて、実はストンと落ちるフォークだったみたいな感じです。新味はないものの、様々なギミックを駆使して読者を欺こうという意気込みを感じます。結局そういうオチかとも思いましたが、途中ダレルことなく読ませ、読後感も悪くないのは作者の力量だと思いました。個性と個性のぶつかり合いも読みどころのひとつでしょう。

No.1675 5点 空を切り裂いた- 飴村行 2023/09/04 22:35
徴兵されながらも戦争を生き抜き、
戦後、文壇の寵児としてもてはやされた孤高の作家堀永彩雲。
しかしその後半生は、絶望と狂気に彩られていた。
50で自害した作家の作品は、世間からは忘れ去られたが、
一部熱狂的な読者を生み、育んだ。

世紀末日本を舞台に、
彩雲に魂を奪われた五つの嬰児(みどりご)が、
真の目覚めを迎える!
Amazon内容紹介より。

感想と言っても何をどう書いて良いのか、私にはその手立てが見つかりません。兎に角掴み所がなく、一読しただけでは所々の断片が思い出されるくらいで、全容が見えてきません。だからと言って、令和の『ドグラ・マグラ』と謳って読者を煽る様な事は許されないと思います。この惹句に釣られて思わず読んでしまう読者もいるでしょうし。まあしかし、訳の分からない小説であることは間違いないですね。二度三度と読めば味わいが出て来るのかも知れませんが。

これは堀永彩雲という作家に魅入られて、人生が狂ってしまった者達の物語で、一応連作短編という形を取られています。しかしどれも「それで?」という終わり方をしていて、続きがどうなるのかが判然としない、未完成の体を成しています。結末で辛うじて納得できたのは最後の短編だけですね。
色々起こりますが、ストーリー性はほとんどなく、その起こった出来事を漫然と描いている印象を受けます。又散文的でもあります。ただこの作者得意のグロ要素は少なめながら健在で、そこだけは特徴が出ているなと思いました。

No.1674 7点 ケイゾク/小説 完全版- 西荻弓絵 2023/09/01 22:22
本篇では解き明かされなかった数々の謎が今、ひとつになり真実が姿を現す。迷宮入り事件のみを扱う警視庁捜査一課弐係。IQ199東大卒の警部補・柴田純、元特殊捜査班の真山徹を中心に風化した難事件を呼び起こしていく。「特別篇」と未発表の「断片化された無数の想い」を加え新たに書き下ろした1冊。深まる謎の数々。秘められた過去は少しづつ彼らの人生を浸食していく。
『BOOK』データベースより。

ドラマ『ケイゾク』のノベライズ作品。二段組みで398ページ、その世界観にどっぷり浸る事が出来ました。何よりも素晴らしいのが、主要キャストの人物造形が十分確立されている事でしょう。柴田純と真山徹の主役二人の他にも魅力的なキャラが多数おり、誰に感情移入するかは読者次第です。出番は少ないですが、泉谷しげる演じる右足の不自由で破天荒な壺坂がいい味出していましたね。まるで彼をモデルにした様なキャラです。
前半はトリッキーな本格ミステリで、主にフーダニットに重点を置いています。全てが解き明かされていない欠点は見られるものの、それぞれ違ったテイストの短編が並びます。その中で、真山に関係した過去の事件の真犯人が見え隠れしており、それが後半に繋がります。

後半はそれまでと雰囲気がガラッと変わって、ユーモアが混じっていた前半に比べて一気にシリアスになり、ストーリーが二転三転します。もう誰が味方で誰が敵なのか分からなくなりそうなほどヒートアップしていきます。ミステリと言うよりサスペンスですね。その臨場感は半端なく本当にドラマを観ている様な感覚に陥りました。
24年前の作品ですか、しかし全く色褪せていませんね。

No.1673 6点 時空旅行者の砂時計- 方丈貴恵 2023/08/28 22:30
瀕死の妻のために謎の声に従い、二〇一八年から一九六〇年にタイムトラベルした主人公・加茂。妻の先祖・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった「死野の惨劇」の真相の解明が、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの四日間。閉ざされた館の中で起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は二〇一八年に戻ることができるのか!?“令和のアルフレッド・ベスター”による、SF設定を本格ミステリに盛り込んだ、第二十九回鮎川哲也賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

序盤は期待しかありませんでした。これは何かやってくれるんじゃないかと思いましたね。しかし、次第に本格ミステリをSFが上回ってしまい、余り望んでいた方向へ進んで行っていない気がしてきます。
これがデビュー作であった為とは思いませんが、どこか文章がこなれていない印象を受けました。そして、特に第一の殺人の詳細な説明が成されていない様に思いました。やたら不可能犯罪と連呼していますが、余りに囃し立てても逆効果で、こちらとしては冷めてしまう面もあります。それに加えて、見立て殺人に仕立てる必然性があるとは思えません。

好みの問題もあるでしょうが、私的にはどうもややこしくてSF要素が邪魔になって、読者への挑戦状が挿まれても、どうせタイムスリップが絡んでるんだろうとしか思われません。犯人に関しては最初の方で見当は付きました。まあ当てずっぽうでこいつしかいないだろう位でしたけどね。
余談ですが、鮎川哲也賞の論評で辻真先が、後に刊行される事になる紺野天龍の『神薙虚無最後の事件』のネタバレをしていますので注意してください。

No.1672 6点 二歩前を歩く- 石持浅海 2023/08/25 22:24
ある日、僕は前から歩いてくる人に避けられるようになった。まるで目の前の“気配”に急に気がついたかのように、彼らは驚き避けていく…。(表題作)とある企業の研究者「小泉」が同僚たちから相談を持ちかけられ、不可思議な出来事の謎に挑む。超常現象の法則が判明したとき、その奥にある「なぜ?」が解き明かされる!チャレンジ精神溢れる六編のミステリー短編集。
『BOOK』データベースより。

面白いんだけど、何か物足りなさも覚えます。それぞれの超常現象は不可思議で、一体何が起きているんだろうと興味を惹かれます。謎を解く小泉はなかなか魅力的な人物で好感が持てますし、悩みを持ちかける同僚や会社の先輩、後輩はそれなりに真摯にそれらに向き合おうとします。でもどこか脱力した様な感覚が拭えません。




【ネタバレ】




超常現象自体が起こるシステムは残念ながら明かされません。唯一表題作だけは何となく、その絡繰りが解明されますが。しかし、それも十分に納得の行くものとは言えません。
では何が真相として明かされるのか?それは相談者自身の後ろめたい過去です。その因果として超常現象が何故起こるのかが、明らかにされます。言ってみれば、悩みを抱えた人達自身が加害者であり、被害に遭った人の「意志」により様々な不可解な謎が呼び起こされるという仕組みです。だからまあ、自業自得なのですね。これでハウまで解決されたら、超傑作だったと思いますよ。無理ですけど。

No.1671 7点 藍坂素敵な症候群 - 水瀬葉月 2023/08/24 22:36
私立千歳井高校。那霧浩介が転校初日に連れていかれたのは医術部というちょっと奇妙な部活だった。部長・藍坂素敵。ちっちゃくて白衣を纏いメスを持ち、やたらと元気な女子。部員その1、宵闇ヶ原陰子。傘を異常に溺愛するお嬢様。部員その2、黒崎空。いつもご機嫌斜めな金髪ヘッドホン女。三人ともかわいいのはいいのだけど、藍坂はなぜか手術をさせろと迫ってくる。一方、街では“耽溺症候群”なるものが蔓延していて、その影には“おはなしやさん”の存在があり―。『C3‐シーキューブ‐』の水瀬葉月が贈るフェチ系美少女学園ストーリー。
『BOOK』データベースより。

ラノベの見本の様な佳作。最初にボーイミーツガールがあり。バトルあり。萌え要素あり。コメディ&シリアスなタッチ。キャラ立ちは勿論、それぞれ個性的で描き分けがキッチリ出来ている。そして色んな出来事がテンポよく起こり、しかしそれがゴチャゴチャせずに非常に上手く纏まっているのもポイントが高い。これだけ読ませる要素が揃っていたら面白くない訳がありません。

別に重要な場面ではなくオマケの様なシーンですが、最も印象深いのが、ある事情でドミノ倒しの駒を地道に立てる合間のワンカット。差し入れの、吉野家の牛丼(特盛、つゆだく)を女子高生たちが姉さん座りで頬張るのを描いたシーン。このミスマッチ感が堪りません。
主役の素敵やお嬢様なのに言動が過激な陰子(かげるこ)、金髪ヘッドフォン装着で言葉の悪い空(くう)、優等生で美少女の伊万里ら、誰を推すもあなた次第。いやー、こんな高校生活もありですねえ、一つの憧れとして私の目には映りました。
全3巻なので全て読むつもりなのは言うまでもありません。

No.1670 8点 十戒- 夕木春央 2023/08/21 22:03
浪人中の里英は、父と共に、伯父が所有していた枝内島を訪れた。
島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。
島の視察を終えた翌朝、不動産会社の社員が殺され、そして、十の戒律が書かれた紙片が落ちていた。
“この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。守られなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる”。
犯人が下す神罰を恐れながら、「十戒」に従う3日間が始まったーー。
Amazon内容紹介より。

誘拐物や立て籠もりは別として、孤島ミステリで犯人にある程度自由は約束されているものの、犯人の指示に従って行動しなければならないという発想は面白いし新しいと思います。『方舟』と比べるとどうしてもワンランク落ちる感は否めませんが、個人的に8点より下は色々考え併せて付ける事が出来ませんでした。

重厚さなどはありません。しかし、これくらい軽めの雰囲気の作品の方が受ける時代なのかも知れません。各所で高評価を受けているのも納得の出来でしょう。何だかんだ言っても、結局今年の各ランキングレースを賑わすのは間違いないと思いますね。ロジックも確りしていますし、成程の結末にも納得です。

No.1669 7点 星の牢獄- 谺健二 2023/08/19 22:58
海上に建てられた私設天文台“星林館”。流星群の観賞会がひらかれた夜、死が相次いで降り注いできた。隕石に撃たれて焼死した男、顔を赤く染め上げて墜死する老人、大時計の針に貫かれて磔にされた男…。この異様な死は何を意味するのか。そして誰の意志によるものなのか。あらゆる謎が解き明かされたとき、すべての事実が反転する奇想と衝撃の本格ミステリー大作。
『BOOK』データベースより。

遠い惑星から来た蟹に似た雌雄同体の宇宙人イレムが、人間の男に変身し探偵役と主人公を一手に引き受ける異色のミステリ。所謂孤島物で、外部から断絶されたクローズドサークルで不可解な連続殺人が起こり・・・。
やや文章が硬い感じがするとか、登場人物の半数位が無個性でややこしいとか、トリックが使い古されたものであったり、外連味が無さ過ぎて盛り上がりに欠けると云った瑕疵は見られますが、それらを差し引いても良作であることは間違いないと思います。

特に第一の事件はこのストーリーの特異性をはっきり表しており、仕掛けが明かされた後では成程と感じ入らずにはいられません。やや長すぎる気もしますが、読んで損はないですね。世間に知られていない、隠れた珍品ってところですか。

No.1668 6点 未来の記憶- エーリッヒ・フォン・デニケン 2023/08/15 22:53
18世紀に描かれた正確な南極の地図、ピラミッド、南米のケツアコル伝説等の謎に対し、太古の神々=宇宙人という大胆な仮説で挑み、G・ハンコックなど数々の追従者を生んだ伝説の書。74年刊角川文庫の単行本化。
『BOOK』データベースより。

これは小説ではありません。敢えて言えば学術書や小論文に近い内容となっており、よくあるトンデモ本とは全く違います。
ピラミッドと円周率の関係やピラミッドの高さによる太陽と地球との距離の数式(こじつけっぽいが)、何故あのような巨大で精密なな建造物が太古の昔に造る事が出来たのか。各地に残る宇宙飛行士の壁画。イースター島のモアイ像の謎。ナスカ平原の巨大直線は何を意味するのか。等々、多岐に亘る世界中の不思議な痕跡を写真を記載した上で、著者は明確に地球外生命体の存在を示すことなく暗喩しているのです。

正直本書は高尚過ぎて私などには半分ほども理解の及ばない代物であり、もっと知性のある、例えば博士や教授などの肩書を持つ人が読むべきなのかも知れません。逆に、そうした人達の協力がなければこの本は書かれなかったに違いない訳で、その意味でも評価に値する書物だと言えましょう。
最後に訳者の仕事は素晴らしいものがあったと思います。知らずに読んだら翻訳物だとは判らなかったはずです。                                                   

No.1667 1点 走馬灯交差点- 西澤保彦 2023/08/13 22:13
殺人事件を捜査中の刑事が、何者かによって橋から突き落とされてしまう……。気が付くと目の前には“自分の幽霊”が――!?
怒濤のどんでん返しがラッシュする“特殊設定ミステリ”!
Amazon内容紹介より。

はっきり言って駄作だと思います。1ミリも面白くないし、読みどころも一つもない、オチもなければ捻りもない。褒めるところが皆無です。そもそも設定が自身の『人格転移の殺人』の焼き直しでしかなく、それ以上でもそれ以下でもないという全く進歩が見られない救いのなさ。更に登場人物が多い上に血縁関係のややこしい事、それに加えて同じ事柄を何度も違う表現で繰り返す文章のくどさに辟易します。全体にとっ散らかっていて、一体何がやりたいのか、作者の意図がが理解できませんね。

帯には大森望の賛辞の言葉が躍っていますが、そもそも私は彼の事を信用していません。それに加えて安っぽい装丁。Amazonの評価が高かったのだけを信じて読んでみましたが、後から考えれば上記の理由だけで回避する事は可能なはずでした。悪いけど、時間の無駄でした。ああ、それと、どんでん返しなどどこにも存在しませんから。

No.1666 8点 私のすべては一人の男- ボアロー&ナルスジャック 2023/08/10 22:49
これは面白い、これは笑える、まさにバカミスの一級品だ。とは私の心の声であります。何故この傑作が今まで文庫化されなかったのか不思議でなりません。この作者の作品は三冊目ですが、未読も含めておそらくこれが最高傑作だと思います。
早々にこの実験的なミステリの概要は語られるので、ネタバレにはならないでしょうが、一応未読で今後読むかも知れない方の為、以下ネタバレ注意としておきます。




【ネタバレ】注意





本作は頑健な男の死刑囚を四肢、頭部、胸部、腹部の七つのパーツに分け、それぞれの部位を事故で無くしたり、切断せざるを得ない状態の男性六人、女性一人に移植するという現実的にあり得ない物語。そして手術後のそれぞれの人物をルポの様に追っていくというもの。章立てはしていないので、少し表現が違うかも知れませんが、最終章では正直感動しました。そしてエピローグでその皮肉なエンディングに唖然とさせられ、読後暫く何も手に付きませんでした。SFと本格の融合と言うべきでしょうか・・・。
ただ、誰がどの部位を移植されたのかが途中で判らなくなったりしたので、主な登場人物一覧が欲しかったです。それだけが残念でした。

No.1665 7点 有限と微小のパン- 森博嗣 2023/08/08 22:43
日本最大のソフトメーカが経営するテーマパークを訪れた西之園萌絵と友人・牧野洋子、反町愛。パークでは過去に「シードラゴン事件」と呼ばれる死体消失事件があったという。萌絵たちを待ち受ける新たな事件、そして謎。核心に存在する、偉大な知性の正体は…。S&Mシリーズの金字塔となる傑作長編。
『BOOK』データベースより。

そもそもこのシリーズを過去3作しか読んでいない私が語れる作品ではないでしょう。でもまあ楽しめましたよ。長かったけど、それなりの内容なので冗長とは思いません。取り敢えず、惜しみなくキャラを出してくるサービス精神は良しとすべきでしょう。
それにしても、相変わらず森博嗣の文体は無機質ですねえ。いくら理系ミステリと言っても少しくらい情緒というものを見せてもいいんじゃないですかね。ただ終盤のあるシーンは、確かに情景が浮かんできて美しいとさえ思えましたが。

第一第二の事件はなかなか興味を惹かれました。しかし、それに比して真相はかなり貧弱な気はしました。まあ天才が多すぎて、彼らの考える事に付いて行けなかったのも情けないですが、この無難な評点を付けてしまう己の凡才ぶりに嫌気が差します。

No.1664 7点 小酒井不木集 くらしっくミステリーワールド 第6巻- 小酒井不木 2023/08/03 22:49
普通の単行本より一回り大きく、文字がデカい。しかも全ての漢字にルビが打たれており、親切過ぎて逆に読み難かったりします。最早短編集を読んだ気がしません。もっと大作を読んだ後の様な充足感があります。
収録作は『闘争』『恋愛曲線』『愚人の毒』『安死術』『人工心臓』の5作。一番面白かったのは最初の『闘争』ですね。これが最も本格度が高く、意外性という点でも高評価に値するでしょう。古臭さを感じさせない筆致と言い、全ての短編で医学者でもある作者の知識を駆使し、医療ミステリとして完成度の高さを誇示している異色の作品集だと思います。

また、『恋愛曲線』と『人工心臓』は姉妹作との位置付けと考えても良いでしょう。後者の実験的な作風を前者で昇華させたと云った関係性が見られます。どちらも医学に詳しくなければ書けないもので、心臓に対する作者の並々ならぬ思いがギュッと詰まった佳作にして怪作と言えそうです。

メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 他多数
採点傾向
平均点: 6.02点   採点数: 1683件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
島田荘司(25)
西尾維新(24)
京極夏彦(22)
綾辻行人(21)
アンソロジー(出版社編)(20)
折原一(19)
中山七里(19)
清涼院流水(17)
日日日(17)