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[ ハードボイルド ] 償いの報酬 マット・スカダー |
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ローレンス・ブロック | 出版月: 2012年09月 | 平均: 5.50点 | 書評数: 4件 |
二見書房 2012年09月 |
No.4 | 6点 | E-BANKER | 2022/01/28 22:32 |
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毎回楽しみに読んでいたマッド・スカダーシリーズもついに残り2作品となってしまった。
本来なら第16作目「すべては死にゆく」を読むべきなのだが、作品世界の時系列でいうと本作が「昔」に当たるということで、先に17作目となる本作をチョイス。いわゆる「回想」作品なんだね。 2011年の発表。原題は”A Drop of the Hard Stuff” ~禁酒を始めてから三か月が経とうとしていた。いつものようにAAの集会に参加したスカダーは、幼馴染みで犯罪常習者のジャック・エラリーに声を掛けられる。ジャックは禁酒プログラムとして、過去に犯した罪を償う”埋め合わせ”を実践しているという。そんな矢先、銃弾を頭部に撃ち込まれ何者かに殺されてしまう。スカダーはジャックの遺した”埋め合わせ”リストの五人について調査を始めるが・・・。名作「八百万の死にざま」後をノスタルジックに描いたシリーズ作!~ 紹介文のとおりで、本作全体に漂うのはひたすら「ノスタルジー」だと思う。そして、スカダーとは切っても切れない関係にある「酒」。 すでに禁酒を始めており、もうすぐ記念すべき「禁酒一周年」を迎えるという状況にもかかわらず、いや、だからこそなのか、「酒」に対する想いや記述が作品の多くを占める。物語の終章、真犯人と目される人物が、スカダーの暮らすホテルの部屋に忍び込み、ベッドをバーボンまみれにしてしまう(銘柄はメーカーズマーク)。情緒がやや不安定になっていたスカダーは、充満するバーボンの匂いに気が狂いそうになる・・・このシーンが最も印象的だ。 当事件の中心人物となるエラリーも、禁酒をしており、昔ひどい酒飲みの頃に起こした多くの事件の被害者へ謝ろうとしている。つまりは、「酒」「酒」「酒」の話・・・ 河島英五ではないが「男はなぜ酒を飲むのか?」。舞台はアメリカ・NYのはずなのに、浮かんできたのは日本の古い歌謡曲だった。(アレ? これって、他のシリーズ作品のときにも書いたような・・・。評者自身も酔っぱらってる?) 「横溢なノスタルジー」と「尽きない酒への想い」・・・これは本シリーズを貫くテーマなのは間違いない。前作で一応シリーズに結末をつけた作者なのだが、もう一度ペンを取る際には、やはりこのテーマへと原点回帰するしかなかったのだろう。そのためには、過去の事件の回想という形しかなかったのだろう。 当時恋人だったジャンとの別れや、NYの街に漂う寂寥感がスカダーの心をむしばみ、孤独にさせていく。そんな渇いた街、渇いた時代を経て、エレインという愛妻やミック・バルーなどの友人に恵まれ、70歳を超えた現在。人の人生って何だろう? 何のために生きているのか? それでも人は生きていくetc いろいろな感情が無規律に湧いてくる、そんな読書になった。(酷い雑文のような文書になってしまった・・・) えっ? 本筋はって? どうでもいいじゃないですか。きっと作者もそう思ったのでしょう。本作には結末という結末はつかず、静かに物語の幕は降ります。ということで、いよいよ次はシリーズラストの読書となる。ひたすら淋しい。 |
No.3 | 5点 | Tetchy | 2016/07/31 23:12 |
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時代は遡って『八百万の死にざま』の後の事件についての話。幼馴染で犯罪者だったジャック・エラリーの死についてスカダーが調査に乗り出す。マットが禁酒1年を迎えようとする、まだミック・バルーとエレインとの再会もなく、ジャン・キーンがまだ恋人だった頃の時代の昔話だ。
AAの集会で再会した幼馴染ジャック・エラリーの死にマットが彼の助言者の依頼で事件の捜査をするのが本書のあらすじだ。 マットは警察という正義の側の道を歩み、翻ってジャックはしがない小悪党となってたびたび刑務所に入れられては出所することを繰り返していた悪の側の道を歩んできた男だ。 かつての幼馴染がそれぞれ違えた道を歩み、再会する話はこの手のハードボイルド系の話ではもはやありふれたものだろう。そしてマットが警察が鼻にもかけないチンピラの死を死者の生前数少なかった友人の頼みを聞いてニューヨークの街を調べ歩くのも本シリーズの原点ともいうべき設定だ。 しかしなぜここまで時代を遡ったのだろうか?ブロックはまだ語っていないスカダーの話があったからだと某雑誌のインタビューで述べているが、それはブロックなりの粋な返答だろう。 恐らくは時代が下がり、60を迎えようとするマットがTJなどの若者の助けを借りてインターネットを使って人捜しをする現代の風潮にそぐわなくなってきたと感じたからだろう。エピローグでミック・バルーが述懐するようにインターネットがあれば素人でも容易に何でも捜し出せる時代になった今、作者自身もマットのような人捜しの物語が書きにくくなったと思ったのではないだろうか。 しかしそれでもブロックはしっとりとした下層階級の人々の間を行き来する古き私立探偵の物語を書きたかったのだ。それをするには時代を遡るしかなかった、そんなところではないだろうか? 2013年からシリーズを読み始めた比較的歴史の浅い私にしてみても実に懐かしさを覚え、どことなく全編セピア色に彩られた古いフィルムを見ているような風景が頭に過ぎった。私でさえそうなのだから、リアルタイムでシリーズに親しんできた読者が抱く感慨の深さはいかほどか想像できない。これこそシリーズ読者が得られる、コク深きヴィンテージ・ワインに似た芳醇な味わいに似た読書の醍醐味だろう。 物語の事件そのものは特にミステリとしての驚くべき点はなく、ごくある人捜し型私立探偵小説であろう。しかしマット・スカダーシリーズに求めているのはそんなサプライズではなく、事件を通じてマットが邂逅する人々が垣間見せる人生の片鱗だったり、そしてアル中のマットが見せる弱さや人生観にある。 古き良き時代は終わり、誰もが忙しい時代になった。ニューヨークの片隅でそれらの喧騒から離れ、グラスを交わす老境に入ったマットとミック2人の男の姿はブロックが我々に向けたシリーズの終焉を告げる最後の祝杯のように見えてならなかった。 |
No.2 | 5点 | あびびび | 2015/03/24 22:23 |
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あのミック・パルーがかなり年下の女性と結婚し、アイリッシュウィスキーを控えるシーンは、思わず笑ってしまった。ライオンが、どら猫になった瞬間だった。マットとの夜の会話も少なくなったが、この夜は久しぶりにマットの回想録を聞く。
悪行三昧だった犯罪者のジャック・エラリーが、アルコール中毒を治癒する機会に、過去に迷惑をかけた人々に謝罪して回る。そのなかには強烈な怒りを含むものが多く、迷惑や拒絶が生まれたが、もっと悪い「過去の秘密」を暴露する種類のものがあった。そこに殺人事件が起こるのは必須だった…。 今回は少し長すぎた。結末もすっきりしなかった。 |
No.1 | 6点 | kanamori | 2012/10/29 21:20 |
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断酒を始めた頃の30年前の事件について、老境に入ったマット・スカダーが友人ミック・バルーに夜通し語り明かすという回想譚のシリーズ最新作。
禁酒集会仲間で幼なじみの元犯罪常習者ジャック・エラリーの殺害事件に関わったスカダーが、残されたリストをもとに5人の”関係者”を訪ね歩くプロットは、懐かしの私立探偵小説の様相です。ただ、同様の回想譚だった「聖なる酒場の挽歌」の謎解きミステリ+ハードボイルドといった趣向と違って、本書の結末のつけ方は消化不良でやや疑問が残ります。 リアルタイムのシリーズ愛読者には、女性彫刻家ジャン・キーンやジョー・ダーキン刑事などの懐かしい人物が登場するのがうれしいし、いつもながらの淡々とした語り口は読み心地がいいのですが。 |