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[ ハードボイルド ] 慈悲深い死 マット・スカダー |
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ローレンス・ブロック | 出版月: 1990年07月 | 平均: 6.50点 | 書評数: 2件 |
二見書房 1990年07月 |
No.2 | 6点 | E-BANKER | 2018/05/25 23:08 |
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マット・スカダーシリーズ第七作目。
前作「聖なる酒場の挽歌」のラストシーンで明らかにされた“飲まなくなった男マット・スカダー”が描かれる本作。 原題“On the Cutting Edge”(=切っ先の上に立つ?)。1989年の発表。 ~酒を絶ったスカダーは、安ホテルとアル中自主治療協会(AA)の集会とを往復する日々を送っていた。ある日スカダーは、女優を志してニューヨークへやって来た娘を行方を探すように依頼される。ホームレスとヤク中がたむろするマンハッタンの裏街を執念深く調査した末に彼が暴いた真相とは? 異彩を放つアル中探偵を通して、大都会ニューヨークの孤独を哀切に描く!~ 前作「聖なる酒場の挽歌」では、まるでスカダーの酒に対する挽歌(エレジー)のようだと書評したが、本作では完全に酒を断ったはずのスカダーが、実は“on the cutting edge”=際どい切っ先の上に乗っているようなものと表現され、ちょっとした拍子に酒に溺れる生活に戻りかねないというあやうさが作品世界のひとつとなっている。 本作の物語は実に静謐で何とも哀愁に満ちたものだ。 とにかく、終盤も終盤を迎えるまで、さざ波のような静かな展開が続いていく。 事件はふたつ。ひとつは紹介文にある、田舎からNYに上京した女優志望の娘の失踪事件。そしてもうひとつが、AAの仲間の死亡事件。 ふたつともとにかく曖昧模糊としていて、このままでまともに解決するのだろうかと、思わず心配になるほど。 それが急転直下。特にふたつ目の事件については、結構なサプライズが用意されている。 そこで語られるのが、邦題である「慈悲深い死」・・・というもの。 これこそが大都会NYの闇ということなのか? マンハッタンに聳えたる摩天楼も実は“砂上の楼閣”であるということなのか? いずれにしても、印象深いラストを迎えることになる。 本作では、後の作品でレギュラーとなるミッキー・バルーが初登場。スカダーと親交を深めることとなる。 名作「八百万の死にざま」以降、更なる進化を遂げることとなる本シリーズの重要な分岐点ともなる本作。 やはり必読の名シリーズだという思いを深くした。 残りの未読作品も楽しみ・・・ (読み順がバラバラになってるのが、いいのか悪いのか・・・) |
No.1 | 7点 | Tetchy | 2014/10/29 21:46 |
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今回マットが関わるのは2つの事件。1つはインディアナ州で車のディーラーを経営しているウォーレン・ホールトキから失踪した女優志願の娘ポーラの捜索。もう1つは上にも書いたAAの集会で知り合った友人エディ・ダンフィの死の真相だ。
前者の結末は田舎から出てきた女優志願の若き女性の末路としては言葉にならないほど哀しくも無残な結果。都会の片隅ではこんな死がゴマンとあるのだろうか。 後者は意外な犯人とそれを知ったスカダーの心情を思うと実に心が痛む。ここにもまた心を病んだ者がいる。 しかしこれは非常に危うい物語だ。断酒をして3年以上のマットだが、いつまたアルコールに手を出すのか終始冷や冷やさせられる。原題“Out On The Cutting Edge”は作中の台詞でもあるように「刃の切っ先に立っている」状態、即ち断酒をしながらもいつまた酒を飲むか解らない不安定な心理状況を謳ったものだ。そして“Out”とはつまりそこから堕ちることを意味している。 そんな彼の前には飲酒で誘う因子が捜査の過程に付き纏う。例えばミッキー・バルー。アイルランド系の用心棒から成り上がった通称“ブッチャー・ボーイ”と呼ばれたこの男はニューヨークの闇社会でドンと呼ばれる男の1人だが、かつての溜り場での常連だった縁ゆえか、長い間盃を酌み交わす―マットはコーラだが―ことで親密な関係を築き上げていく。それは酒飲みだけが分かち合える時間と空間。そんな雰囲気がマットに酒への憧憬を甦らせる。 常に果たしてまたマットは酒を口にするのか?『八百万の死にざま』で前後不覚になり病院に運ばれたマットに待ち受けるのは死であることを知っている読者は心中穏やかでない。 私には『過去からの弔鐘』でマット・スカダーという元警官の無免許探偵を見つけたブロックはその後3作の物語でこの男がどんな男なのかを探り、『八百万の死にざま』で彼がアル中でありながらそれを認めようとしなかった弱い男だったことを解き明かす、それがこのシリーズの流れのように思える。そして『聖なる酒場の挽歌』でアルコールを介して知り合った仲間のエピソードを語ることでアルコールへの未練を断ち切り、過去を振り返っていた男が未来に向けたマットの物語をブロックが進行形で描き出したのが本作。 過去の過ちから酒に逃げていた男の物語として始まったマット・スカダーの探偵物語。云わばマットと云う人物の根幹を成す設定を敢えて放棄することで物語を紡ぐことは作家にとってかなり大きな冒険であろう。その後シリーズは巻を重ねていること自体が今さらながら驚かされ、しかもそれらの作品群がシリーズの評価を高めているのだから畏れ入る。逆に枷を着けることで作者のチャレンジ精神が昂揚したということか。何はともあれ、シリーズの新たな幕明けとなったいわばマット・スカダーシリーズ第2部が楽しみでならない。 |