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短篇集Ⅱ 日本推理作家協会賞受賞作全集8
永瀬三吾「売国奴」、日影丈吉「狐の鶏」、角田喜久雄「笛を吹けば人が死ぬ」
アンソロジー(出版社編) 出版月: 1995年05月 平均: 9.00点 書評数: 1件

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双葉社
1995年05月

No.1 9点 クリスティ再読 2025/08/06 12:15
「売国奴」やりたくってね。
しかし、永瀬三吾はマイナー作家だから、大陸書館の「売国奴」みたいな個人別短編集はなかなかお目にかからない。というわけで「狐の鶏」も河出の「日影丈吉傑作館」でやり漏らしているし、「笛を吹けば人が死ぬ」も好きな作品だし...でこの協会賞短編集でやることにした。

「売国奴」はこの時期では珍しい本格スパイ小説。というか、敗戦で日本人は萎縮して内向きになっていた部分があるから、外地を舞台としたエンタメって書きづらい側面があったんだろうな。戦時中に天津で新聞社を経営した作者が、実体験を生かして書いたスパイ小説である。まさに天津が舞台で、この街に蠢く怪しい人々の相克の物語。日本出身だがバルカンの中立国であるC連邦の国籍を持つコスモポリタンとして、レストラン「コスモ」を経営するマダム・チェリー(桜子)、チェリーともワケアリで東洋美術研究家の触れ込みで策動するやはりC連邦籍のラムンソン、大陸浪人の典型のような楢橋、戦争の行く末を静観しつつ陰で怪しい動きをする資産家の馬、シガラミありでチェリーを追う憲兵の森原、主人公のジャーナリストはこれらの怪しい人々の陰謀にしだいに巻き込まれていく...「売国奴」とは誰のことだったのか?
でこの陰謀のスケールがバカみたいに大きい。戦争の先行きが危うくなって、和平派の一部が天皇を推戴して中国に蒙塵し、紫禁城に入って「国土なき日本人」の国家を作るという構想や、そのための資金として「最古の勾玉(八尺瓊勾玉?)」を密かに売りさばく...こんな怪しい話とかつて天津で起きた新聞社社長の二重暗殺事件を絡めて描いている。いやとにかくスケールの大きさに圧倒される作品。日本人もこういうアナーキーでコスモポリタンなスケール感をかつてはもっていたんだよね...武田泰淳の「風媒花」のミステリ版というべきか。

で日影丈吉「狐の鶏」。千葉?の海沿いの寒村で、折り合いの悪い妻の他殺体に出くわして「自分が夢の中で殺したのでは?」と疑う農夫の話。イエ制度のなかで「オジモン」として疎外される主人公の悲哀を描き、日影丈吉らしい土俗的な生活のリアリズムが、幻想的なあたりにするりと滑り込んでいく。ここらへんの呼吸感が絶妙。そして根底にはしっかりしたミステリの骨格がある。永瀬三吾は「文学派」の旗頭の一人だったわけだけど、最上の「文学派」って実は日影だったようにも思うんだ。ストーリーテリングとミステリがオリジナルなかたちで融合していることでは、松本清張に匹敵する唯一の作家だと思うよ。

角田の大名作「笛を吹けば人が死ぬ」。これはもうヒロインの名犯人、三井絵奈の肖像が傑出。ホントは「笛を吹けば人が死ぬよ」と作中で絵奈が嘯くその言い方でタイトルにしたいくらい。ミステリ論的には「操り」テーマになるわけだけど、下品で知能も低い?しかし、悪知恵と悪意だけは天才的なこのアンチヒロインの肖像がどうにもこうにも魅力的。今回読み直して、実は本作はシムノンの「男の首」の角田版じゃないかと思ったんだ。ラストシーンでハイヒールにつまづく絵奈の姿と、「失敗したな」と処刑台に登る姿をメグレに評されるラデックとがどうしても重なるのだ。たしかに「男の首」にも「操り」要素は存在するわけだからね。

というわけで、どれもこれも大名作。戦後の探偵文壇の百花斉放な盛り上がりっぷりが窺われる。


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