皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格 ] 惨劇のヴェール ウェクスフォード警部 |
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ルース・レンデル | 出版月: 1989年12月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 2件 |
角川書店 1989年12月 |
No.2 | 7点 | nukkam | 2023/08/13 15:32 |
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(ネタバレなしです) 1981年発表のウェクスフォード主任警部シリーズ第14作です。この作者の作品は大別するとウェクスフォードシリーズの本格派推理小説と非シリーズのサスペンス小説と思います。私は本格派ばかりを偏愛している偏屈読者なのでほとんど前者しか読んでませんが。しかし本書は終盤でのウェクスフォードのどんでん返しが連続する推理説明がまさに本格派ならではですけれど、一方でサスペンス小説家としての実力も垣間見える作品だと思います。ネタバレになるので詳しくは書きませんけど、追う立場の人物が追われる立場になったかのような後半の人間ドラマが実にスリリング(そして不気味)です。決着のつけ方もとてもインパクトがあります。 |
No.1 | 7点 | Tetchy | 2019/05/31 23:11 |
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事件自体はショッピング・センターの駐車場で見つかったごく普通の夫人の絞殺死体の犯人を巡る地味なものだが、なんとウェクスフォードは途中で爆弾事故に巻き込まれて重傷を負うという派手な展開を迎える。
しかもそれが女優である次女のシーラのポルシェに仕掛けられていた爆弾だったことから一転して不穏な空気に包まれる。 さらにその後も彼女に手紙爆弾が送られ、更に不穏な空気は募る。 しかし爆発に巻き込まれながらも—というよりほとんど直撃と云ってもいいくらいだが—ウェクスフォードはタフな不死身ぶりを見せる。なんとその週の週末には退院して仕事復帰しているのだ。ページ数にして僅か80ページ。いやはやどれだけ頑丈なんだ。 そしてもう1つ大きなエピソードがあり、それは遺体の第一発見者でありながら、警察に通報せずに現場から逃走したクリフォード・サンダースと彼を容疑者とみなすマイク・バーデンの捜査を巡るうちに異様な方向へと向かう意外な展開だ。このバーデンのクリフォードに対する執着は初めてウェクスフォードとの対立を生み出す。 さて本書の原題“The Veiled One”は作中に出てくる容疑者の1人クリフォードの心理療法士サージ・オールスンが話す“ヴェールで顔を隠した人”、≪エンケカリムメノスの虚偽≫というエピソードに由来する。即ちいつも見ている人物もヴェール1枚包めばその人と認識できない別人になるという意味だ。 カーテンを掛けられた遺体はそれを発見した親子はそれぞれそれが母親だと思い、息子だと思ったと述べる。 人は皆仮面を被って生活している。いやここは本書のタイトルに合わせてヴェールを被っていると表現しよう。 外向けの貌と内向けの貌。外向けの顔が虚構に彩られたさながらヴェールを被った貌は自宅に戻るとそのヴェールをはぎ取り、本当の貌をさらけ出す。いや、さらに秘密を持つ者は自宅においても他の家人たちに外向けのヴェールの下にもう一枚被ったヴェールのまま、相対する。これはそんな物語だ。 そして本書でそんな虚飾の下に隠された秘密をさらけ出すアイテムとして使われるのが雑誌に投稿される人生相談。驚くことに自分が抱える悩みを率直にさらけ出す人生相談は匿名ばかりでなく本名での投稿も多い事が明かされる。そしてそんな他人の秘密を取り扱う仕事に携わる人間の中に軽率な人間がもしいたら、というのが事件のトリガーだ。 最近、企業の持つ顧客の個人情報の流出が問題となり、それが誰もが知り、利用者数の多い会社の物となれば大きな社会問題に発展している。その原因がハッカー、クラッカーと云ったサイバーテロリストによる、いわば外部から脅威だけに留まらず、金欲しさに流出した内部による犯行も増えている。本書はまさにこの情報化社会を先取りした犯行に起因する殺人事件と考えることも出来るだろう。 レンデルの紡ぎ出す物語はさながら様々な因果律が描くタペストリーのようだと今回も感じ入った。それぞれの人物が糸のように絡み合い、編み物のように丹念に織り込まれながら、惨劇という大きなタペストリーを見せるのだ。 ショッピング・センターの駐車場で起きた1人の婦人の死。 そこは様々な種類の店が並んだ複合施設。いわば複数の店という糸が寄り集まって出来たタペストリーだ。 そこにはいろんな店があるがゆえに色んな人も集まっていく。 そこにはゴシップ好きの婦人がおり、その婦人と親しく話していた若い女性がいた。 そこには毎週木曜日に買い物に来ては心理療法士のカウンセリングを受けた息子が迎えに来る婦人もいた。 更には当世風な、慣習に囚われない結婚をしたことで、単純な偏見で見られ、まともに子供なんか授かりっこないとまでそのゴシップ好きな婦人に云われた若い女性もいた。 それらの人たちが糸のように寄り集まり、やがて駐車場での絞殺死体へと収束する。 そしてその場に居合わせた人たちにはそれぞれ隠している過去があり、秘密がある。ヴェールを被って外に出ながら、そのヴェールを無理矢理剥がそうという人がいる。それが被害者のグウェン・ロブスンだった。 そしてそれらの過去や秘密によって新たな因果律が生まれ、惨劇へと発展していく。 この事件の容疑者について426ページからウェクスフォードが様々な事件関係者を容疑者に見立てて開陳する推理は誰もが動機があったことを思い知らされる。因果律の応酬だ。 壊れた物はまた元に戻せばいい。過去の失敗はまた取り戻せばいい。全てにやり直しが利くのだ。 しかし失敗を恐れ、自分自身のみの必然性に従ったために起きたのが今回の事件だ。いや、事件とは押しなべてそのように起きるものなのだが、レンデルの筆致はその当たり前のことを鮮烈に思い知らされる。それだけ登場人物たちが息づいているからだろう。 ああ、やはりレンデルは読ませる。まだまだ未読の作品があり、そして未訳の作品がある。人生劇場とも云えるレンデル=ヴァインの諸作がいつの日かまた復刊され、訳出されることを願う。 |