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[ 短編集(分類不能) ]
女ともだち
ルース・レンデル 出版月: 1989年04月 平均: 6.50点 書評数: 2件

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角川書店
1989年04月

No.2 6点 HORNET 2022/08/13 17:45
 人の心の暗部や恥部を掬い上げ、サスペンスに仕立てることを得意とした作者の短編集。
 秘かに女装を趣味としている男、何十年も前に離婚した元妻に無性に会いたくなった七十男、殺人が起きた家として格安な物件に住むことにした夫婦、狼のコスプレを秘かな愉しみにしている四十のマザコン男……。舞台は日常的で、一見普通の生活を営んでいるような中で、奥底に渦巻いている偏執的な心理をさまざまに描いている。物語は各20~30pほどで、端的にまとめられた話の中で「仕掛け」を楽しむことができる。(前評でTetchyさんが書かれているように、最後、「真実がどうであったか」が明記されず、読者の読みに委ねられる書き方のものもいくつかある。)
 「ダーク・ブルーの香り」「四十年後」「フェン・ホール」「父の日」の終わり方が、ゾッとしてよかった。「ポッター亭の晩餐」は、オチのつけ方がうまいと思った。

No.1 7点 Tetchy 2021/05/26 23:27
レンデルの第3集目となる短編集は1985年に本国イギリスで刊行された物で、バーバラ・ヴァイン名義であるの第1作『死との抱擁』が発表される前年に当たる。
ヴァイン名義の作品は犯罪を扱いながらも純文学に寄り添った作風であるのが特徴だが、その志向が滲み出ているせいか、本書収録の作品も純文学に寄り掛かったミステリが多いように思える。内容的には人間の心が思いもかけない行動を起こす物が多いように感じるのだ。

それは各編が男と女の関係の纏わる皮肉な結末を扱っているからだ。

特殊な不倫関係、別れた妻との再会を望む男、出征中の夫を持つ妻の不倫、曰く付きの家を購入した夫婦、父親の敵の浮気現場を見つけた息子、家主に隠れてセックスを交わす若い男女、40を超えたカップルと息子離れしない母親、価値観の違う夫婦、綺麗になった妻に子供と一緒に逃げられやしないかと恐れる夫。
そして内容は自分を変えたと錯覚したがゆえに陥った過ちだったり、幼い頃のトラウマとなったことが年月を経て判明した事実で自分の抱いた推測が確信に変わったり、噂だと一笑していたのにいつの間にかそれに取り込まれてしまったり、プライドを護ろうとしたことが相手に格の違いを見せつけられ、卑しき虚言者に陥る者や相手の寛容さを利用して金を騙し取ろうとしたが逆に罠に嵌る者もいる。

その中でも最も変わったのが「狼のように」に出てくるコリンとその母親だ。獣の被り物をして獣ごっこに興じる性癖がいつの間にか模倣が心の中で真実味を帯び、行動のみならず心理も獣と同化し、潜在的に疎ましく思っていた人物に襲い掛かる。

後半に行くと更に真相は曖昧になる。
例えば「フェン・ホール」では口論の絶えない夫婦が共同作業で事故に遭い、妻を亡くすが、それは果たして事故だったのか、故意だったのか不明のままだ。「父の日」でも妻が他の男と駆け落ちして出て行ったと云いながら、人が落ちる危険のある崖にある特徴的な傷を掌に負っていたことから果たして妻は本当に出て行ったのか、それとも夫が殺したのか不明のままだ。

収録作品中男女の情愛はないのは「時計は苛む」と「ケファンダへの緑の道」だ。前者は仲の良い老人仲間の話でそこにしかしそこには長らく築いた友好関係が存在するのだが、微罪によってそれが崩壊し、そして痴呆症が始まる、実に皮肉な様が描かれている。
この「ケファンダへの緑の道」は本短編集の中の個人的ベストだ。

全ての作品に共通するのは錯覚であれ、疑問であれ、懸念であれ、それらは最初はほんの些細な火種に過ぎない事だ。
それがしかし各人の心の中で肥大し、暴走し、そして取り返しのつかないほどまで成長する。そしてそれが過ちへと繋がる。それは我々一般読者でも抱くような小さな火種で決して他人事ではない。つまり日常と非日常の境は斯くも薄い壁で遮られているのだということ思い知らされるのだ。

しかし各編ページは少ないながらもなかなか入り込むのに手間取った感がある。長い物でも30ページ前後でほとんどが20ページ前後と実にコンパクトだ。
しかしそれでも読むのに時間がかかったのはレンデルの創作作法にある。

導入部がいきなり渦中から始まるため、各登場人物の設定やシチュエーションが頭に入ってこず、把握するのに何度も読み返す必要があったからだ。しかも案外各編の設定は特殊なため、なかなかその世界に入り込むのに苦労した。きちんと状況は書かれているが、数ページしてようやく設定が判ってくるため、それまでの地の文などに書かれた時間軸や場所、更に登場人物の相関関係、果ては性別までもが後からついてくる形となり、結構手こずった。

しかしそんな困難さが逆に物語の味わいを深めるのも確か。特に最後に収録された「ケファンダへの緑の道」を読むと主人公の口から小説をいかに読むかを示唆され、また悪意ある書評に対する作者への非難も行間から読み取れ、レンデルが目の前で訓辞を垂れているかのような錯覚までに陥る。

そしてこの作品の結びのように作者の思いが読者に届くことこそ小説家の本望だろう。私にはその思いは確かに届いた。

しかし作者の思いが届くには物語が読み継がれなければならない。レンデルの死後、彼女の作品の大半が絶版状態で読めなくなっている。英国女流ミステリ作家の大御所だった彼女でさえ、そんな悲惨な状況だ。

今なお未訳作品も多いレンデル=ヴァイン。是非ともジョン・ディクスン・カーのようにいつか全作翻訳され、そして新訳復刊されるようになってほしい。


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ルース・レンデル
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