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[ サスペンス ]
地獄の湖
ルース・レンデル 出版月: 1986年05月 平均: 7.00点 書評数: 2件

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角川書店
1986年05月

No.2 7点 Tetchy 2021/03/02 23:16
この何とも云えない気持ち、読後感。レンデルのミステリを、物語を読むといつもそんな気持ちにさせられる。
さてこの思いをどうやって言葉に綴ろうかと。

殺人衝動を持つ男フィンと独身の会計士マーティン・アーバンの話が並行して語られる本書は最初どのような方向に話が進むのか皆目見当がつかなかった。
この全く交じり合わないであろう2人がマーティンの母親の言葉で交錯し、そしてフランチェスカとティム・セイジに騙されていたマーティンにフィンが関わりいくその様はまさに詰め将棋を観ているような美しさを感じた。
しかしそれはロジックの美しさに感動する類ではなく、運命の皮肉がカッチリ嵌り過ぎて怖くなる物語としての美しさだ。寒気が背中に走るほどの。

これぞレンデル。この容赦なさこそレンデルだ。よくもまあここまで運命の皮肉という詰め将棋を思い付いたものだ。
ほんの悪戯心と些細な復讐心から起きた詐欺が思わぬ効果を上げたかと思えば、そのビッグディールがまさに目の前で手元からすり抜けていく。全く思いもかけない方向から。
悪事が大きくなればなるほど払う代償もまた大きくなる。悪事と代償の作用反作用の法則、もしくは等価交換の原理をまざまざと見せつけられたかのような思いがした。

最後の最後の最後までレンデルの残酷劇場は止まらない。こんな物語を読まされた後では、もはやありきたりな運命の皮肉という言葉ばかりが浮かんでしまう。しかし私が今抱いているのはそんな5文字には収まらない何とも云えない感情なのだ。


全てを明かし、マーティンと格闘したティムが彼の純真さに呆れて笑う。
そう、もはやこの世は純真では生きていけないのだ。人を騙す、人を利用する強かさを備えていないと生きていけないほど世界は汚れてしまっているのだ。
新聞記者のティムの強かさは世間の汚さを代表した、いや世間を生き抜く人そのもの、我々こそがティムなのかもしれない。

その彼が云う。「新聞記事なんて人間が書くものさ。正真正銘の真実を伝えているわけではない」

人の書くものはその人に意思が宿る。それが公に出て、そして売れていく。このティムの言葉の新聞記事を小説に置き換えると、レンデルの言葉そのままにならないだろうか。

これは小説さ。人間が書くものさ。正真正銘の真実を伝えているわけではない。

つまりここに書かれている悲劇は人の書いたものだから、そんなに世を悲観するのではないよと読者に向けた慰めの言葉なのではないか。

だからこそ彼女は数々の皮肉を書く。人が救われない、報われない物語を書くのは正真正銘の真実を伝えているわけではないのよ、と云いながら。

本書のタイトル『地獄の湖』は殺人を犯すフィンが隠れる街灯の光が届かない暗闇を指している。原題も“The Lake Of Darkness”とほぼそのままだ。
それはつまりこの世はこの地獄の湖ばかりであるという風に取れるのである。そしてその湖こそがレンデルが覗く闇であり、描く人の闇なのだ。

たった286ページに凝縮された残酷劇場。またもレンデルにはやられてしまった。
年を取るとレンデル作品はかなり面白い。

No.1 7点 HORNET 2020/05/17 15:28
 マーティン・アーバンは友人のティムの勧めで買ったサッカーくじで10万4千ポンドをあてた。ティムの言うがままに勝敗予想をしたところ、大当たりをしたのだ。そのことをティムに伝え、いくばくかの分け前を渡すべきか?…悩んだ末言いそびれてしまうマーティン。マーティンは、当選金の半分は私財にせず、困っている人たちに寄付することにしようと考えた。
 一方、電気工のフィンは、カイアファスの婉曲的な依頼を受けて邪魔な存在を消す「殺し屋」を裏の稼業としている。母親にバレないように、事故に見せかけてカイアファスの依頼に応じ、毎回多額の報酬を受け取っていた。

 まったく違う二つのストーリーが終末に重なり合い、悲劇を生む。これは著者のパターンの一つでもあるが、本作はその前のマーティンの恋物語にも仕掛けがあって面白かった。人妻であるフランチェスカに夢中になるマーティンの純朴さというか愚かさに、呆れたり同情したりしてしまう。特にハメられていることがはっきりした後半からは、可哀想に思いつつ、興趣も乗って来てしまう。
 典型的なレンデルの作風が表れている作品ではないだろうか。
 


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