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HORNETさん
平均点: 6.31点 書評数: 1089件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.1089 8点 あなたに聞いて貰いたい七つの殺人- 信国遥 2024/07/15 16:21
 年若い女性ばかりを残酷な手口で殺害し、その様子をインターネットラジオで実況中継する「ラジオマーダー」。その正体を一緒に突きとめようと、しがない探偵・鶴舞に依頼してきたジャーナリストのライラは、対抗して「ラジオディテクティブ」を始めることを提案する。かくして、殺人者VS探偵の戦いが、ラジオを介して公開で行われることになった。前代未聞の展開の中、少しずつ真相に迫りつつある2人だったが―
 劇場型犯罪VS劇場型捜査。派手な舞台設定だが、本作の真骨頂はそんな作品の外観だけではない。しがない探偵・鶴舞に事件の真相解明を持ち掛けてきたジャーナリスト・桜通ライラの真意は何なのか?彼女は本当に味方なのか?そして、ラジオマーダーを名乗る犯人の目的は?・・・などなど、飽きさせることなく提示されていく謎と動的な展開に、引き込まれるように読み進められた。
 なかなかの驚愕のラスト、ちょっと飛躍的な展開ではあるにせよ、読み物として十分魅力的な一冊だと感じた。

No.1088 10点 地雷グリコ- 青崎有吾 2024/07/15 16:13
 勝負事にやたらと強い女子高生・射守矢 真兎(いもりや・まと)。学園祭の場所取りをかけ、お馴染みの階段ジャンケンゲーム「グリコ」をアレンジした勝負に挑んだり(「地雷グリコ」)、かるた部の雪辱を晴らすため、百人一首絵札の神経衰弱に挑んだり(「坊主衰弱」)。お気楽ちゃらんぽらんキャラなのに、次々と強者を打ち破る真兎の、勝負の先に待ち受けるものとは――本格頭脳バトル短編小説、全5篇。
 殺人のない「日常の謎」系連作短編集ながら、「本格ミステリ大賞」「日本推理作家協会賞」受賞も納得の傑作。ゲームの駆け引き、水面下にある緻密な計算、ひょうひょうとした主人公・真兎の立ち振る舞い、本当に面白かった!
 作品によってややこしさは多少あるものの、よくこんな「+αゲーム」のネタを考えるなぁ、と素直に脱帽。特に一編目「地雷グリコ」と四編目「だるまさんがかぞえた」がよかった。
 読者の好みによって評価は分かれるかもしれないが、私は断然「好き」なほう。副次的なストーリーとして展開される、真兎と絵空、鉱田の物語の着地点も心地よく、十分に満足した。

No.1087 4点 ハートの4- エラリイ・クイーン 2024/07/15 16:05
 絶大な人気を誇るハリウッドの名俳優と大女優、そしてその息子と娘が、不可思議なトランプの犯罪予告に悩まされた末、事件に巻き込まれていく。当初、ハリウッド映画の創作に携わる予定で滞在していたエラリーが、探偵役として事件の解決に乗り出す。

 いうまでもなく初期の国名シリーズの作風とは一線を画し、華々しく騒々しい雰囲気が作品を満たしている。トランプによる犯罪予告という劇場的な要素がさらにそれを盛り立てているものの、ただそういう演出以上の役割は果たしていない。そもそも犯罪者の心理に立った時に、この犯罪予告は何も利することがなく、かえって手がかりを与えているだけのように感じるが・・・



 <ネタバレあり>
 物語中では事件の「動機」解明が真相解明の大きなカギとされているが、偏屈な老人、トーランド・スチュアートの遺言状をエラリイが見つけたときから、動機は完全に察しが付く。そしてそれはいたって俗的な動機であり、意外なものでもない。また、その動機で考えたとき、真犯人とは別にもう一人、強い動機をもつ者がいると思うのだが、それについて推理が一切めぐらされていないのも不思議(タイとボニーの結婚に最も難を示す者)。
 全体的に、必要以上に長く、読み進めるにつれてダレてしまう感じだった。

No.1086 4点 真鍮の家- エラリイ・クイーン 2024/07/15 15:41
貴金属商の資産家、ヘンドリック老人が、お互いに面識もない6人に、自分の遺産を譲りたいと提案し、一堂に呼び寄せた。そのうちの一人は新婚のクイーン警視の妻・ジェシイ。大いに猜疑心を抱えながらも招待に応じたクイーン夫妻だったが、ヘンドリック老人が何者かに襲われる―

 手垢のついた、というかある意味定番の舞台設定。それなりに雰囲気も作られていて、前半はなかなか面白かったのだが、今回の探偵役・クイーン警視のやきもきする立ち回りと、次第にメインになって来る「真鍮はどこに?」の謎にイマイチ興趣が乗らず、後半は惰性で読むような気分になってしまった。
 事件のからくりもそれなりに工夫を凝らしてはあると思うが…もってまわった解決への道のりに、ちょっと疲れてしまう感じだった。

No.1085 6点 ガール- 奥田英朗 2024/06/16 20:14
 総じて、30代の女性の様々な生き様を絶妙に描いた短編集。
 夫より収入の多い女性課長、独身のまま30代を迎えた働く女性、バツイチ子持ちのシングルマザー、超イケメン新入社員の教育係を仰せつかった女性職員…。
 さまざまな立場から、「30代」という年代にある女性の心理、葛藤を詳らかにし、それぞれに強く生きていく姿をハートフルに描いた良作短編集。
 女性読者に支持されそう。
 楽しめた。

No.1084 5点 彼女がその名を知らない鳥たち- 沼田まほかる 2024/06/16 20:06
 あまりに感情に任せた主人公・北原十和子の生き様に、呆れや反発を感じながら読み進める。そんな十和子のわがままを無条件に許容し受け入れる陣治にも、何だか嫌悪を感じながら、それでも作者特有の複雑な心理描写の巧みさに魅入って読み進めてしまう。
 十和子が疑いを抱いている、「黒崎殺し」の真相がミステリとしての核だが、それについては…それほど驚天動地の結末という感もなかった。
 独特な世界観に、高く評価する向きもあるようだが、自分としては「まぁ楽しめた」。

No.1083 8点 七つの会議- 池井戸潤 2024/06/16 19:58
 第一話では、営業部の出世争いと派閥のような話で始まりながら、短編を重ねるうちに巨大な不正隠ぺいの話へと展開していく。それを、各話で主要人物を設定し、それぞれに読ませる良質な短編に作り上げながら進めているのが素晴らしい。非常に高い作者の力量を感じる。
 奇しくも、自動車業界での不正がニュースで取りざたされている中で読んだので、それもいい具合に読み進める促進剤になった。
 企業の体質を題材にして描くのは作者の十八番といったところか。
 先日行った古フォンフェアで手にして購入したのだが、いい買い物をしたと満足できた。

No.1082 6点 署長シンドローム- 今野敏 2024/06/16 19:51
 「隠蔽捜査」シリーズの竜崎伸也の後に、大森署に赴任したキャリアは、絶世の美貌を誇る藍本小百合。原理原則に基づきブレない「竜崎哲学」に感じ入り、尊敬の念を抱いていた副署長・貝沼は、新署長はどんな人物なのか、不安を抱いて仕えるが…。そんな貝沼の不安をよそに、武器密輸の摘発案件が舞い込み、大森署が捜査の前線本部に。大きな事案を抱え、新署長・藍本小百合の手腕が試される―

 男性社会の警察において、幹部たちを腑抜けにする美貌の署長とか、瞬間記憶能力を持つ新任刑事の山田とか、本筋「隠蔽捜査シリーズ」よりはややエンタメ寄りな雰囲気。
 薬物銃器対策課の馬渕課長と、厚労省麻取りの黒沢がものすごい嫌な奴で、その2人の不毛な口論を客観的に楽しんでいる貝沼の様子が面白い。最終的には各面々が能力を発揮し、大捕り物を無事完遂する大団円。
 一気に読めるし、楽しいエンタメ警察小説。

No.1081 7点 絶叫- 葉真中顕 2024/06/05 23:27
 生まれた時代に翻弄される中、生き抜く方策として(自然に?)犯罪に手を染めていく女性の姿をモチーフとした魅力的一作。
 とにかくこの作者は、登場人物の生き様を通して、題材とした時代の世相を描くのが非常に得意。それが青春時代(古い?)に重なる読者にとっては、ミステリとしての技巧抜きにして楽しめる作品である。

 どうやら、このあと「Blue」「鼓動」へと続いていく奥貫綾乃を主人公としたシリーズの初作品らしい。
 「孤独死」とも思われるある女性の死の捜査に当たっていた綾乃が、被害女性の身辺や過去を洗っていくうちに、とてつもない大事件へ辿りついていく。この「〇〇金殺人」という題材は、まさに時代を如実に映し出している。連続殺人の犯人はほぼわかっている状態での展開でありつつ、それが明らかになっていくにつれ冒頭の孤独死の真相への謎が高まる。
 読者目線で非常に上手く物語を組み立て、十分にそれを味わわせてくれる快作。堪能した。

No.1080 6点 本性- 伊岡瞬 2024/06/05 23:08
 お見合いパーティで「サトウミキ」なる女性に出会い、ぞっこんになった40歳独身・尚之。順調に見えた交際が、結婚の話が進むにつれて不穏な雰囲気に。第二章では、アルバイトで食いつなぐ若者の前に、誘いをかける妖艶な女性として「サトウミキ」が登場。章を追うごとにさまざまな姿で現れる彼女とその物語が、やがて過去にあった一つの事件に結び付いていく。

 リーダビリティの高い筆致で、動的な展開に惹かれ続けて読み進めた。章が進むにつれ、漠然と全体の仕掛けは見えてきて、しかもおおよそハズれていないので、意外性という点では高くはない。さらに終盤では、事件を追ってきた刑事・安井の隠されていた過去がやや急に開陳され、そのことによって物語が急展開する。
 総じて読ませる魅力的な展開であることは間違いなく、楽しい読書体験ではある。ミステリとしては「順調に」(言い方を変えれば強い意外性はなく)まとまっているサスペンスといえ、この評価が落としどころ。

No.1079 7点 樹林の罠- 佐々木譲 2024/06/05 22:53
 轢き逃げの通報を受け、臨場した北海道警察本部大通署機動捜査隊の津久井卓は、事故ではなく事件の可能性があることを知る。それは被害者が拉致・暴行された後にはねられた可能性が高いということだった。その頃、生活安全課少年係の小島百合は、駅前交番で保護された、旭川の先の町から札幌駅まで父親に会いたいと出てきた九歳の女の子を引き取りに向かう。一方、脳梗塞で倒れた父を引き取るために百合と別れた佐伯宏一は、仕事と介護の両立に戸惑っていた。そんな佐伯に事務所荒らしの事案が舞い込む…。それぞれの事件がひとつに収束していく時、隠されてきた北海道の闇が暴かれていくー。(「BOOK」データベースより)

 シリーズメンバー(津久井、佐伯、新宮、小島ら)がそれぞれの管轄で担当事案にあたっているうち、偶然にも同じ一つの事件に結び付いていく、という展開はある意味「相変わらず」だが、こちらもそれを織り込み済みで読んでいるところがあるので、そう考えれば期待どおり。
 道警に煙たがられている面々が、その捜査能力と嗅覚で、本人たちには図らずとも結果的には煙たがっている連中の鼻を明かしていくさまは、本人たちにその気がないからこそ余計に痛快。他作でもちょくちょく見る「国有地買取詐欺」を題材としながら、そこに目を付けた反社会勢力の企みという構図がよく考えられていて面白い。
 シリーズの完結(?)となる「警官の酒場」が最近刊行された。本当に完結してしまうならさみしい限りだが、読破してきたファンとしては、心行くまで楽しみたい。

No.1078 8点 事件は終わった- 降田天 2024/05/19 22:14
年の瀬に起きた「地下鉄S線無差別殺傷事件」。犯人はその場で取り押さえられ、事件は終わった。が、一目散に逃げる姿がSNSで拡散された青年は引きこもりに、最初に切り付けられた妊婦は心が病み、駅の階段から転落した高校生は進路が閉ざされ…。その場に居合わせた人たちの「その後」がそれぞれに描かれる、連作短編。

 2015年「女王はかえらない」で「このミス」大賞を受賞した、コンビ作家。著者の作を久しぶりに読んだが、よく作り込まれた連作だった。
 凄惨な事件に居合わせた人たちの「その後」を題材とした着眼も面白いし、一編一編が丁寧にミステリとして仕上げられている。さらに、各話総じてよい結末で、読後感もよい。最終話「壁の男」では、各短編での伏線を回収しつつ、のどに刺さった骨のように気になっていた、身を挺して犯人に立ち向かった男性の真実についてきれいな着地がなされていて、見事だった。
 もっとフィーチャーされてもいい作家のように思う。

No.1077 7点 トランパー- 今野敏 2024/05/19 19:42
 大量の商品を注文して代金を支払わない「取り込み詐欺」に横浜管内の暴力団・伊知田組が関与しているらしい。県警本部の永田二課長から問い合わせを受けたみなとみらい署刑事第一課暴力犯対策係係長・〈ハマの用心棒〉諸橋夏男は、県警本部と合同で張り込みを開始、情報を得て倉庫へのガサ入れをするも、倉庫はもぬけの殻。警察内部の誰かが情報を洩らしたのか!?さらに捜査を進めるうち、懇意にしていた暴対課の警部が、死体となって発見され――

 中国マフィア、公安などが絡む大きなスケールでの犯罪捜査になる様相は、横浜を舞台とした警察小説らしく読み応えがある。信頼を寄せていた同僚への内通者の疑い、その殺害事件、県警本部、外事二課との捜査の綱引き…などなどノンストップで疾走する展開は筆者らしく、非常に面白い。
 組織犯罪のからくりを辿っていく内容なので、推理云々という感じではないかもしれないが、これぞ警察小説という色味と内容で、変わらず楽しめるシリーズ最新作。

No.1076 8点 冬期限定ボンボンショコラ事件- 米澤穂信 2024/05/19 19:28
 大学受験を控えた時期に、轢き逃げに遭い病院に搬送された小鳩君。手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、小市民として「互恵関係」を結ぶ小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。いっぽう小鳩君の頭には、小山内さんと出会ったきっかけとなった、中学時代の苦い思い出がよみがえり…

 中学時時代、まだ虚栄心に満ちていたころの小鳩君が小山内さんと出会ったのは、今回と同じ道路で、似た状況で起こった同級生の轢き逃げ事件だった。当時名探偵よろしく立ち振る舞った小鳩君は、結果的にその同級生を傷つけた。その顛末が現代と並行して描かれ、それぞれに解き明かされていく構成の長編。
 シリーズ読者には、2人のなれそめが描かれている過去の物語も一興。しかも現代の小鳩君の轢き逃げと、その中学時代の過去との両者がそれぞれに謎解き物語となっており、微妙にリンクしながらもそれぞれの結末へと収斂していく。さすがの手腕である。
 どちらかというと中学時代の過去の物語の方が、謎解きとしては印象的だったかな。とはいえそれぞれに施された仕掛けと謎解きの過程も上質で、ミステリとして十分に一級品である。
 前作「巴里マカロン」が、秋から冬にかけての短編集だったから、てっきりこの「季節限定シリーズ」の冬版かと勘違いしていたら、ちゃんと「冬期限定…」長編として出てくれて嬉しい限り。
 これでホントに一区切りなのかな?

No.1075 8点 ロスト・ケア- 葉真中顕 2024/05/19 19:11
 戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫びー悔い改めろ!介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味…。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る!全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 今まさに社会問題として深刻な、介護問題。そのことを題材としたミステリやその他小説は雨後の筍のごとく林立しているが、この時期にその先鞭をつけた本作は、その点でもやはり秀でている。
 展開の中で、真犯人と目される人物に素直に目が行く中、最終的な「どんでん返し」もミステリとして上々。ミステリー文学大賞新人賞受賞もうなずける傑作である。
 著者はさまざまな領域に渡り、昭和から令和までの各時代を切り取り、世相風俗を克明に描きながらミステリに仕上げるのが本当に上手い。
 高いリーダビリティに支えられた厚みのある一作。とても楽しめた。

No.1074 8点 凍てつく太陽- 葉真中顕 2024/05/06 22:12
 昭和20年、終戦間際の北海道。実際の戦況は既に詰んでいるにも関わらず、「皇国臣民」の掛け声のもと、お国のために尽くすことが正義と信じて疑わなかった人たち。また、先住民でありながら、その流れに入っていくことを受け入れたアイヌ。混沌する時代状況の中、軍需工場の関係者が次々殺されていく。

 著者は、その時代の世相風俗を克明に描きながら、魅力ある物語にまとめ上げる手腕に本当に優れている。本作であれば、戦時下の人々のさまざまな価値観をそれぞれの登場人物に託し、時代の混迷を見事に描いている。
 また次々に「愛国第308工場」関係者が殺されていく、その真相を追う展開は、ミステリとしても一級である。私は正直、別の登場人物を真犯人「スルク」だと思っていたので、完全に騙された。
 最新作「鼓動」を書評した際に、サイトでの評価が高かったため手に取ったが、大正解だった。

No.1073 8点 風に立つ- 柚月裕子 2024/05/06 21:54
 小原悟は、南部鉄器工房の長男にして職人。仕事一筋で決して良い親とは言えなかった父に反発を感じながらも、職人としては尊敬する存在として日々を過ごしていた。ある日、そんな父が、少年の更生のための一時預かり制度「補導委託」を勝手に引き受け、非行歴のある少年を受け入れることに。「自分には愛情を注がないくせになんで…」納得いかぬまま少年を迎え、工房で共に働くことになった悟だが、同じ屋根の下で暮らすうちに、悟の心にも少しずつ変化が訪れて……。

 ぶっきらぼうで、分かりやすい愛情を示さない父に反発と嫌悪を感じる主人公と、そのもとにやってきた非行少年。「なんでこんな面倒を抱えてきたんだ」と距離を置こうとする主人公が、次第に変化していく中で、それが父親との関係性ともリンクしていく。物語を編み込む手腕はさすがである。
 事件が起きたり、謎解きが据えられたりしているわけではないので、ミステリではない。が、少年・春斗が抱えているものはなんなのか、父・孝雄の過去には何があったのか…など、事の真相を探っていくという要素はある。ミステリの採点サイトという性質を踏まえて評価を差し引いても、このぐらいはつけたくなる一作だった。

No.1072 7点 そして誰かがいなくなる- 下村敦史 2024/05/06 21:36
 大雪の日、大人気作家の御津島磨朱李が細部までこだわった新邸のお披露目会が行われた。招かれたのは新人作家、編集者、文芸評論家と探偵。和やかな会合となると思いきや、顔合わせの席で御津島が「今夜、あるベストセラー作家の盗作を暴露する」と言い、不穏な空気に。そして直後に、御津島が忽然と姿を消し―

 と、設定的にも雰囲気的にも、手垢のついたような定番の物語展開。とはいえ本格好きは何度でも定番を楽しめるのだから問題なし。ましてや今や気鋭の作家・下村敦史が仕掛ける物語なのだから、一筋縄のわけがない・・・との期待に応え、今回も他に類を見ないぐらいの仕掛けを施してくれた。
 なんといっても本作の舞台は、実在する下村氏の自宅らしい。巻頭に示されている間取り図も本当で、ある意味著者の本格愛を確かめられた嬉しさもあった。
 「覆面作家」である御津島との初対面…という時点で、前半に怪しまれる偽者説はミステリファンなら同様に思い至るところ。最終的にはそれよりさらに一歩進めた「盲点」をついてきたわけだが、こちらも割と早めに思い至ってはいた。
 物語的なご都合主義を感じないわけではないが、入れ代わり立ち代わり、招待客それぞれの視点から描かれながら進んでいく展開に「真に怪しいのは誰なんだ?」と疑心暗鬼を掻き立てられながら読み進めてしまったのは事実。結果として「かなり楽しめた」。

No.1071 6点 氷の致死量- 櫛木理宇 2024/04/30 22:28
 私立中学に赴任した教師の鹿原十和子は、自分に似ていたという教師・戸川更紗が14年前、殺害された事件に興味をもつ。更紗は自分と同じ無性愛者ではと。一方、街では殺人鬼・八木沼武史が“ママ”を解体し、その臓物に抱かれていた。更紗に異常に執着する彼の次の獲物とは…殺人鬼に聖母と慕われた教師は、惨殺の運命を逃れられるのか?『死刑にいたる病』の著者が放つ、傑作シリアルキラー・サスペンス!(「BOOK」データベースより)

 序盤から描かれるシリアルキラー・八木沼武史のサイコっぷりと、性的マイノリティという社会問題を包摂した主人公側の物語とが、奇妙に融合して魅力的な一編になっていた。あまりに偶然の符合が多いというご都合主義はあるにせよ、OBが保護者、教員に多く集う名門校という設定を鑑みれば目をつむってもよいかな。ラストが近づくにつれ、うすうす真相は見えてきた感はあるものの、飽きのない展開でリーダビリティを維持する筆力は作者らしく、楽しく読み進めることができた。

No.1070 7点 さえづちの眼- 澤村伊智 2024/04/30 22:14
 個人的なことだが、ずいぶん久しぶりの比嘉姉妹シリーズ。中編3本がまとめられているが、1話目が真琴、2話目は辻村ゆかり&湯水、3話目は最強霊媒師の姉・琴子の話。ということでスピンオフ的な要素も感じられ、シリーズ愛読者には好評なのでは。

 3話それぞれに意外な結末へと展開する仕掛けがあり、小粒ながら良作ぞろいの作品集であった。中でもやっぱり表題作が印象に残ったかな。
 このあとにまた最新作が出ているらしいし、久しぶりに読者復帰をしようと思える一作だった。

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HORNETさん
ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.31点   採点数: 1089件
採点の多い作家(TOP10)
今野敏(50)
有栖川有栖(44)
中山七里(40)
エラリイ・クイーン(36)
東野圭吾(34)
米澤穂信(21)
アンソロジー(出版社編)(19)
島田荘司(18)
柚月裕子(17)
佐々木譲(17)