海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

[ SF/ファンタジー ]
スカイ・イクリプス
スカイ・クロラシリーズ
森博嗣 出版月: 2008年06月 平均: 4.00点 書評数: 1件

書評を見る | 採点するジャンル投票


中央公論新社
2008年06月

中央公論新社
2008年11月

中央公論新社
2009年02月

No.1 4点 Tetchy 2021/12/01 23:36
完結した『スカイ・クロラ』シリーズでは語られなかったエピソードを描いた短編集。

その中にはシリーズの内容を補完する物もあれば、他愛のない日常を切り取ったスナップ写真のような作品もある。

そう各編で語られるのは起承転結のない日常風景だ。いわば日記のようなものだ。
しかし登場人物たちの日常を描くことでシリーズには書かれなかった部分が徐々に明らかになってくる。そしてそれまで曖昧なままで閉じられていたシリーズの謎がほとんど解かれることになる、重要な短編集ではある。

一方で飛行機乗りしか判らないようなリアルな描写もある。
例えば空を飛ぶとき、重力から解放されている彼らは少し酩酊状態にある。従って地上に降りて重力を感じるようになると現実感が起こり、そしてもし仲間が亡くなっていたりすると重い失望感に襲われていく。

またパイロットは地上ではケンカしないと述べる者もいるが、これは嘘だ。血気盛んなパイロットは映画でも殴り合いのケンカを繰り広げているではないか。
永遠の若さと命を持つキルドレだからこその心情だろう。彼はその永遠の子供であることに絶望しており、唯一死ねる場所、空での交戦を楽しんでいる。
それは彼ら彼女らにとってケンカではなく、ゲームであり、ダンスなのだ。そう命の取り合いや争いをしている感覚はない。ただ単純に戯れているだけだ。そしてその結果命を落とそうが悔いはない。いや寧ろ死ねるからこそ空を飛ぶことを愛するのだ。

従って空では自分たちが行っている空中戦が命の取り合いだと彼らは思っていない。しかし地上でリアルに人を撃ち殺すと自分が殺人を犯したと暗鬱になる。
人を殺すという意味では同じなのに空と地上とでは全く異なる。それは空では戦闘機という機体を介しての殺人であるのに対し、地上での殺人は生命そのものと相対するからだろう。これはキルドレだけでなく、飛行機乗り全てに共通する感覚なのかもしれない。

あと興味深かったのが整備士ササクラの心情が垣間見れたことだ。パイロットから絶大な信頼を受ける腕を持った整備士のササクラもまた影の主役と云える人物だろう。

彼だけがエース・パイロットのクサナギの散香を整備することができることを知らされる。またそれは自分が整備した機体が戻ってくる確率が高いことを意味する。丹念に整備した戦闘機が必ずしも無事に生還するかは解らない。どれだけ手を加えても戻ってこなかったら無になるからこそ帰還の確率が高いエース・パイロットの機体の整備や改造は実に遣り甲斐がある仕事であることが解る。

しかしPR撮影に臨むクサナギに眼帯を付けた方が宣伝効果が高いだろうと思ったササクラはエヴァンゲリオンの綾波レイのファンなのだろうか?

読み続けるにつれて感じたのは森氏が発見したお話ではないだろうかということだ。

シリーズは完結したが彼の中でクサナギ・スイト、ササクラ、ティーチャ、カンナミ・ユーヒチらは生きており、彼らの語られなかった物語を発見したのだ。そしてそれをここに綴ったのではないだろうか。

正直、中には書かれなくてもよかった話もある。

ただ後半はシリーズの後日譚だ。
フーコのその後。
成長したクサナギ・スイトの異父妹ミズキのその後。
そしてクサナギのその後の物語。

率直に云えば本編を補完するにはこの最後の3編だけがあればいいのではないか。いや「ドール・グローリィ」と「スカイ・アッシュ」2編だけで本編の登場人物たちの謎は氷解する。

森氏が代表作だと意識している『スカイ・クロラ』シリーズだと述べていることは既に知られている。つまりシリーズを補完する2編以外の、それぞれの登場人物の生活の点描や本編で一行、一文だけ書かれた何気ないエピソードについて膨らませて書いたのは作者自身が抱いたこの世界から離れがたい名残惜しさだからではないだろうか。

最後の短編「スカイ・アッシュ」で再会したクサナギとフーコがお互い呟く。夢みたいだ、夢のようだという言葉はこのシリーズそのものについて作者が抱いている感慨ではないか。

飛行機好きの趣味を思う存分、自分の美意識の中で書き、そして最後まで書けたこと自体に対する思いがまさに「夢のよう」であること。

そして森氏の多くのシリーズ作品では他作品へのリンクが見られるがこの『スカイ・クロラ』シリーズは永遠の子供キルドレという設定ゆえか、全く独立したシリーズである。つまりこのシリーズの物語そのものが作者が見た夢そのものであったのではないか。

独特の浮遊感と力の抜けた、敢えて足さない文章で浮世離れした感のある登場人物たちで織り成されたこのシリーズそのものが常に夢見心地だったように思う。

本書の表紙の色は真っ黒だ。それは星一つない夜空を示しているかのようだ。夜の訪れは一日の終わりを指す。夢のようなシリーズだっただけにその終わりは夜空が相応しいだろう。

読者も作者もそして登場人物たちも同じ空を飛び、同じ夢を見たようなシリーズだった。


キーワードから探す
森博嗣
2024年04月
何故エリーズは語らなかったのか?
平均:7.00 / 書評数:1
2023年10月
情景の殺人者
平均:5.00 / 書評数:1
2022年10月
オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei’s Last Case
平均:6.00 / 書評数:4
2021年10月
歌の終わりは海
平均:7.00 / 書評数:1
2020年10月
馬鹿と嘘の弓
平均:5.00 / 書評数:1
2018年05月
ψの悲劇
平均:7.00 / 書評数:1
2018年02月
血か、死か、無か?
平均:6.00 / 書評数:1
2017年05月
ダマシ×ダマシ
平均:4.00 / 書評数:1
2016年05月
χの悲劇
平均:6.50 / 書評数:2
2016年01月
魔法の色を知っているか?
平均:4.00 / 書評数:1
2015年10月
彼女は一人で歩くのか?
平均:4.00 / 書評数:1
2015年01月
暗闇・キッス・それだけで
平均:6.00 / 書評数:1
2014年11月
サイタ×サイタ
平均:4.00 / 書評数:1
2014年06月
ムカシ×ムカシ
平均:5.00 / 書評数:1
2013年11月
キウイγは時計仕掛け
平均:3.33 / 書評数:3
2013年07月
赤目姫の潮解
平均:6.00 / 書評数:1
2013年06月
神様が殺してくれる
平均:5.00 / 書評数:3
2013年04月
スカル・ブレーカ
平均:7.00 / 書評数:1
2012年11月
ジグβは神ですか
平均:6.00 / 書評数:3
2012年05月
実験的経験
平均:6.00 / 書評数:1
2012年04月
ブラッド・スクーパ
平均:7.00 / 書評数:1
2011年04月
ヴォイド・シェイパ
平均:8.00 / 書評数:1
2010年10月
喜嶋先生の静かな世界
平均:7.00 / 書評数:2
2009年04月
ZOKURANGER
平均:5.00 / 書評数:1
2008年09月
目薬αで殺菌します
平均:5.75 / 書評数:4
2008年08月
僕は秋子に借りがある
平均:6.00 / 書評数:1
2008年06月
スカイ・イクリプス
平均:4.00 / 書評数:1
2008年01月
タカイ×タカイ
平均:4.40 / 書評数:5
2007年09月
キラレ×キラレ
平均:5.25 / 書評数:4
2007年08月
ゾラ・一撃・さようなら
平均:7.00 / 書評数:1
2007年07月
ZOKUDAM
平均:6.50 / 書評数:2
2007年06月
クレィドゥ・ザ・スカイ
平均:5.00 / 書評数:1
2007年05月
イナイ×イナイ
平均:4.83 / 書評数:6
2007年01月
ηなのに夢のよう
平均:4.60 / 書評数:5
2006年09月
λに歯がない
平均:3.67 / 書評数:6
2006年08月
少し変わった子あります
平均:5.50 / 書評数:2
カクレカラクリ
平均:7.50 / 書評数:2
2006年06月
フラッタ・リンツ・ライフ
平均:7.00 / 書評数:1
2006年05月
εに誓って
平均:5.14 / 書評数:7
2006年01月
レタス・フライ
平均:5.50 / 書評数:4
2005年09月
τになるまで待って
平均:4.62 / 書評数:8
2005年06月
ダウン・ツ・ヘヴン
平均:7.00 / 書評数:1
2005年05月
θは遊んでくれたよ
平均:5.78 / 書評数:9
2005年04月
どきどきフェノメノン
平均:3.67 / 書評数:3
2004年12月
工学部・水柿助教授の逡巡
平均:3.00 / 書評数:1
2004年09月
Φは壊れたね
平均:4.58 / 書評数:12
人間は考えるFになる
平均:6.00 / 書評数:1
2004年06月
ナ・バ・テア
平均:6.00 / 書評数:4
2004年04月
探偵伯爵と僕
平均:5.18 / 書評数:11
2004年03月
四季 冬
平均:5.25 / 書評数:4
四季
平均:7.30 / 書評数:20
2004年01月
四季 秋
平均:6.75 / 書評数:4
2003年11月
四季 夏
平均:6.33 / 書評数:3
2003年10月
ZOKU
平均:7.00 / 書評数:2
2003年09月
四季 春
平均:6.67 / 書評数:6
2003年06月
迷宮百年の睡魔
平均:7.38 / 書評数:13
2003年01月
虚空の逆マトリクス
平均:5.30 / 書評数:10
2002年09月
赤緑黒白
平均:6.21 / 書評数:19
2002年07月
奥様はネットワーカ
平均:4.50 / 書評数:4
2002年05月
朽ちる散る落ちる
平均:5.65 / 書評数:17
2002年01月
捩れ屋敷の利鈍
平均:5.65 / 書評数:26
2001年11月
アイソパラメトリック
平均:7.00 / 書評数:1
2001年09月
六人の超音波科学者
平均:5.27 / 書評数:15
2001年06月
墜ちていく僕たち
平均:3.30 / 書評数:10
スカイ・クロラ
平均:7.42 / 書評数:19
2001年05月
恋恋蓮歩の演習
平均:6.42 / 書評数:19
2001年01月
今夜はパラシュート博物館へ
平均:6.12 / 書評数:16
2000年12月
工学部・水柿助教授の日常
平均:5.88 / 書評数:8
2000年09月
魔剣天翔
平均:6.52 / 書評数:21
2000年06月
女王の百年密室
平均:6.37 / 書評数:19
2000年05月
夢・出逢い・魔性
平均:5.68 / 書評数:22
2000年01月
月は幽咽のデバイス
平均:4.90 / 書評数:20
1999年09月
人形式モナリザ
平均:4.91 / 書評数:23
1999年06月
そして二人だけになった
平均:5.67 / 書評数:49
1999年05月
黒猫の三角
平均:5.57 / 書評数:30
1999年01月
地球儀のスライス
平均:6.94 / 書評数:17
1998年10月
有限と微小のパン
平均:7.33 / 書評数:64
1998年07月
数奇にして模型
平均:6.22 / 書評数:36
1998年04月
今はもうない
平均:6.67 / 書評数:58
1998年01月
夏のレプリカ
平均:6.36 / 書評数:36
1997年10月
幻惑の死と使途
平均:7.23 / 書評数:43
1997年07月
まどろみ消去
平均:5.34 / 書評数:29
1997年04月
封印再度
平均:6.15 / 書評数:68
1997年01月
詩的私的ジャック
平均:5.35 / 書評数:48
1996年09月
笑わない数学者
平均:6.64 / 書評数:72
1996年07月
冷たい密室と博士たち
平均:5.82 / 書評数:57
1996年04月
すべてがFになる
平均:6.74 / 書評数:179