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日本傑作推理12選(Ⅰ)
エラリー・クイーン編
アンソロジー(海外編集者) 出版月: 1977年01月 平均: 7.33点 書評数: 3件

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1977年01月

光文社
1985年12月

No.3 7点 バード 2019/08/19 22:58
古い時代のミステリは現代から見ると古臭く感じるものも多く、本作もそういった側面が当然ある。(私の平均点は6点弱。当時のファンが読めば+1~2点といったところか。)
その一方現代視点でも上手い!と感じさせる作品も多数あり、クイーンの選球眼の良さが伺える。

戸川さんの「黄色い吸血鬼 THE VAMPIRE」が少しホラーテイストだが、他にはポーや乱歩の好きな怪奇趣味全開の話はなく、ほぼ全てがリアルな舞台設定の話である。これは当時のミステリのはやりを反映しているのだろう。
60~70年代のミステリが系統的にまとまっている上で、クイーンや編集委員の説明もしっかりある本書は、当時の作家の個性を把握できる良本である。ということで総合点は各話の平均点+1の7点で。

(以下個別の書評)

石沢英太郎 「噂を集め過ぎた男, TOO MUCH ABOUT TOO MANY」 7点
全員が共犯というわけではないが、腹に一物ある連中が部分的に本当のことを言えず、それによって殺害動機が隠蔽され、警察が困るという点が面白い。最終的に犯人がぼろ(?)を出すが、金をせしめる手口はお見事。犯人が被害者の筆跡を真似た手紙を送るシーンがあるのだが、筆跡というのはどのレベルまで模倣すると警察を欺けるのだろうか。これは話のあらではないけど疑問に思いました。

松本清張 「奇妙な被告, THE COOPERATIVE DEFENDANT」 8点
普通犯人は警察に捕まらないように試行錯誤するものなのに、あえて警察に捕まってから無罪を勝ち取るために工夫をこらしていたというパターンは初めて読んだ。なので本当は7点くらいの面白さだけど、初めて補正分1加点。ただし現代で同じような策を講じてもほぼ100%失敗するだろう。科学捜査の発展により、直接証拠を完全に隠蔽するのがとても難しい時代になりつつあるからね。

三好徹 「死者の便り, A LETTER FROM THE DEAD」 4点
好きな人には悪いがオチが気に入らない。主人の敵を討つのに新聞社に手紙送ってもしょうがないような気がしてならない。手紙の消印の仕掛けはシンプルで良いと思う。

森村誠一 「魔少年, DEVIL OF A BOY」 5点
読みやすい文章でさくさく読めた。その点は加点ポイント。しかし、本作はオチがかなり序盤で読めてしまった。短編なのでしょうがない側面もあるが、ミステリで先を完全に読まれるのはやはり手痛い失点だろう。実は英語タイトルのA BOYが結構なネタバレなのよね。魔少年が素直に大野宗一をさすならTHE BOYになるもんな。こういうの見ると、やっぱり日本語って英語に比べて曖昧で、人を騙しやすい(つまりミステリ向きな)言語だなぁ、と思ったり。

夏樹静子 「断崖からの声, CRY FROM THE CLIFF」 5点
事件の真犯人は元々容疑者が少ないので明らか。この話のメインの謎は一見アリバイが成立する中どうやって殺したかという点。トリック解明部分を読んで文句はないけど、特に面白いとも思えなかった。

西村京太郎 「優しい脅迫者, THE KINDLY BLACKMAILER」 6点
非常に読みやすい小話で、オチも明快。保険金目当てであえて殺されるというのは、現代視点だと目新しい話とは言えないが、短編でさくっとまとまってる本作は高評価。ひき逃げしてるし、自業自得なのかもしれんが、結果的に人を殺めることになった床屋の店主は災難ね。現実でやましいことをネタに脅迫されたらどのように対処するのが正解なんだろうか?ま、まぁ私にゃあ脅迫されるネタなんてないけどね!はは・・・(冷や汗)。

佐野洋 「証拠なし, NO PROOF」 7点
未必の殺意の一種だけど、こういう事件ってどのくらい現実であるのだろう?もし、現実でこういう感じで人を殺したら、罪人にならないにしても、それ以前と同じようにのほほんと暮らせるのかな?なんとなく江戸川乱歩さんの「赤い部屋」に似たしかけと感じた。(話の雰囲気は大分違うが。)

笹沢左保 「海からの招待状, INVITATION FROM THE SEA」 6点
もう少し事件を複雑にすれば長編にも使えそうな設定(イニシャルに共通点がある見知らぬ男女が集められて、過去の事件について討論する)で、社会派全盛の中で古き良き探偵小説の雰囲気を感じた。短編だからしょうがないかもしれないが、解決があっさりしすぎで、少し物足りない。招待主(久留米鈴子の姉)が招待客の中に混ざっているというのは途中で予想していたパターンの一つだった。一つ、招待状の名前に海を使った理由だけが最後まで読んでも分からなかった。(読解力が足りないのぉ。)

草野唯雄 「復顔 FACIAL RESTORATION」 6点
復顔法にあまりなじみがなかったので新鮮だった。ググったところ復顔の際にネックになるのは耳(軟骨のため白骨化すると残っていないことが多い。)と瞼(一重か二重かで顔の印象が大きく変わる)らしい。現在はこれまで作り上げてきたデータを用いたコンピュータグラフィックスによる「復顔像作成システム」が導入されているそうなので、本書の主人公のような職人はおらんのかも。これ復顔法について調べただけで、話の書評じゃないかも・・・(汗)。

戸川昌子 「黄色い吸血鬼 THE VAMPIRE」 4点
おどろおどろしさがでており本短編集の中で一番ホラー色が強い作品。私は雰囲気重視のホラーよりミステリはそれほど好みじゃないのでこの点数。吸血鬼の正体が最初の数ページで分かったのもあり、うまいと思えなかったのも評価が低くなった要因。ただ、世界観がはまる人はぞくっとできると思う。

土屋隆夫 「加えて、消した WRITE IN, RUB OUT」 8点
漢字の形を上手く使っており、しかけは全く見破れなかった。クイーンも短評で触れているが、海外のミステリファンにうまくこのしかけを伝えるのは大変そうだ。前半から中盤にかけては主人公による妻の他殺を疑わせるように誘導しつつ、地の文で自殺を強調し、読者を(いい意味で)混乱させ、ラストに探偵が見破れなかったネタ晴らしをして読者に上手いと思わせる構成がお見事。短編ミステリのお手本のような構成かと。本短編集で一番好き。

筒井康隆 「如菩薩団 PERFECTLY LOVELY LADIES」 4点
調子のぬけるマダム?達の大胆な犯行からのえげつなさ。この普通じゃない組み合わせは筒井さんらしく面白い。
しかし、面白い設定なのだが、終わりの唐突感がすごかった。起承転結の"起"で終わってないかこれ?ブラックユーモア的なお話と思えばありだけど、ミステリの一つとして見るとあまりにも、投げっぱなしだろう。既読の筒井ミステリ(「ロートレック壮」と「富豪刑事」)よりもその点で下かと。

No.2 6点 蟷螂の斧 2019/08/09 17:24
「加えて、消した」土屋隆夫 9点・・・妻が遺書を残し自殺。遺書には妻の妹、佳代さんをよろしくとあった。妹は自分のことを「佳代さん」などと書くはずはないと言い出す。
「奇妙な被告」松本清張 8点・・・高利貸しを殺したとして逮捕された男は犯行状況や凶器について素直に自白した。決定的な証拠はなかったが・・・。裁判では一転して無罪を主張し出した。
「噂を集め過ぎた男」石沢英太郎 7点・・・誰からも相談を受けるような人のいい人物が毒殺された。動機がまったくわからない。
以下採点のみ
「死者の便り」三好徹 4点
「魔少年」森村誠一 6点
「断崖からの声」夏樹静子 6点
「優しい脅迫者」西村京太郎 8点
「証拠なし」佐野洋 6点
「海からの招待状」笹沢左保 6点
「復顔」草野唯雄 4点
「黄色い吸血鬼」戸川昌子 5点
「如菩薩団」筒井康隆 3点
エラリークイーン氏の寸評に「日本ではSF作品が推理小説に混じって発表されるケースが多く、この両者の境界は従来必ずしも明らかでなかったきらいがある。・・・」そうなんですよね。推理小説要素がいくら濃厚でも、SF要素が少しでもあれば、それはやはりSFでしょう?(笑)。

No.1 9点 Tetchy 2019/02/07 23:32
エラリー・クイーン存命中、アンソロジストとしても活躍していたアルフレッド・ダネイ氏の許に日本版『黄金の12』を選出する企画が始まった。東京にEQJM(エラリー・クイーンズ・ジャパニーズ・ミステリー)委員会が編成され、1970年以降に発表された短編ミステリの中から厳選された作品を英訳し、クイーンの許に届けられ、更にそこからクイーンのお眼鏡に適った12編を基に組まれたアンソロジーが本書である。その後この企画は3回続き、全3巻のアンソロジーとして刊行されている。
その第1集が本書である。カッパ・ノベルスとして刊行されたものの文庫版が本書で、ノベルス刊行時は1977年。70年に活躍したミステリ作家の歴々がその名を連ねている。それは平成の今なお映画・ドラマなどで映像化された際に番組名にその名が冠として付く錚々たる面々であり、今なお売れ続けているベストセラー作家たちもいる。やはり彼らのネームヴァリューは伊達でなく、本格ミステリの伝説的存在クイーンにも、いや世界にも通用する実力を兼ね備えていたことを証明するようなアンソロジーでもある。

欧米その他海外諸国のミステリは積極的に翻訳され、日本に紹介されているものの、逆に日本のミステリが全く海外に向けて発信されていない現状があった。世界への門戸は入ってくるばかりの一方通行であったのだ。そんな現状を変えるためにクイーンの鑑識眼を通して、海外ミステリの名作・傑作と遜色ない作品を世界に問い、発信するための試金石となるのが本書編纂の大きな目的でもあった。
私が感心したのは篩分けを行うEQJM委員会が評論家ではなく、ミステリのコアなファンや推理小説通として認められている経歴の持ち主5人によって構成されていることだ。往々にして評論家や研究者が選びがちな、作品の背景に隠された歴史的意義や当時の作者の心境など深読みしなければ、もしくは時代背景や私生活にまで踏み込まないと解らないような行間の読み方をすることで得られる読書の愉悦にこだわった作品ではなく、純粋にミステリとして面白い作品がファンの立場で選ばれていることがいい結果に繋がっているように思う。それほどまでに本書収録の各短編のクオリティは高い。
そんな粒ぞろいの短編集。全く駄作はない。全て水準を超えており、中には一読忘れられないほどの印象強い作品もある。

またこれも時代だろうか、男性作家の女性に対する描写も生々しく、平成の今なら書かないであろう一線を超えて、本能を露わにして書いているように感じた。艶めかしく、色香が溢れ、女性の欲求不満ぶりや男を惑わす身体をしていると云った、性的描写が濃厚。中にはセックスシーンをも盛り込んでいる作品もある。
あとやはり高度経済成長期を経たことで誰もが一番を目指すことを要求された学歴社会による弊害から生まれた作品もあれば、その後の第1次オイルショックといった急激な物価上昇を経験した時代であることから、将来を約束されたものと思われた大学出のサラリーマンが経済苦に瀕し、高卒の商売人が裕福になるといったいびつな経済格差社会を反映した作品もあり、また生命保険殺人など、世相を色濃く反映しているものも見られ、昭和の時代を知る意味でも興味深い側面があった。

また当時を知るという意味では松本清張ブームで推理小説が活発化している時期であったことも興味を惹かれる。クイーンによる序文によれば商売繁盛どころの騒ぎではなく、毎月平均30冊、40編の短編集が出版され、年間2,000万冊以上の販売数であるとのこと。ウェブ社会の発達で書籍離れ、もしくは紙の本から電子書籍へ移行し、年々閉店と倒産が続く出版業界の現在を思うとまさに時代の花形であり、夢のような時期だったことが解る。
しかし70年代の、つまり昭和の時代の作家の筆致は何と濃厚なのだろうか。ミステリ作家と呼ぶには軽すぎて昔ながらの推理作家の呼称の方がしっくりくる。行間から立ち上る登場人物の息吹や生活臭がむせ返るほどに濃密で高度経済成長期で整備が追い付かない未舗装路から巻き起こる土埃やエアコンのない時代の蒸し暑さと汗ばんだ皮膚から発散される体臭までもが感じられるようだ。
登場人物皆がギラギラし、人と人との距離が近く、暑苦しささえ感じる。
そしてそれぞれの家庭に独特の生活臭があるように、それぞれの作家の短編の1ページ目を開ければそれぞれ異なる色合いと風合いを感じさせる。
それはまだやはり作家たちに終戦が経験として地続きであることが起因しているのではないか。実際本書においても終戦直後のことが盛り込まれた作品もあり、それを知らない戦後世代との会話も登場する。この戦後の混乱を経験した作家に根付いた人間に対する観察眼はやはり非常に土着的で、そして野性的であるように感じる。それが登場人物に厚みと汗臭さをもたらしているのではないか。
平成は醤油顔が奨励され、濃い顔の男たちはソース顔と揶揄され、敬遠されたが、各編に出てくる登場人物たちはそんなあっさりとした面持ちを持たず、日々成長する当時の日本社会を象徴するかのように野心を持っており、翳を備えて、陰影に富んだ濃い顔の持ち主ばかりだ。

さてそんな珠玉揃いの短編。石沢英太郎氏の「噂を集め過ぎた男」、松本清張氏の「奇妙な被告」、土屋隆夫氏の「加えて、消した」が印象に残ったが、個人的ベストは西村京太郎氏の「優しい脅迫者」だ。じわりじわりと強請りの金額を吊り上げる脅迫者と絶望感に苛まれる被害者。溜まらず最後の一線を超えた先に見えた意外な真相。読中は脅迫者のねちっこい強請りに終始心が粘っこくなるような嫌悪感を覚えたが、読み終えた時はその結末の温かさに思わずため息が漏れてしまった。初期の西村氏の作品には傑作が多いと云うが、本作もまたその中の1編であると云えよう。

まさに当代きっての日本を代表する推理作家が揃った短編集であるが、冒頭の本書刊行の経緯を記したEQJM委員会の序文によれば傑作でありながも日本独特の言語・習慣・歴史・風俗に基づいた作品は敢えて外されたとのこと。これも70年代当時の世界からの日本の認識度から考えれば仕様のないことだが、COOL JAPANとして外国人への日本文化の関心と認知度が増した現代ならばどうなっていたかと興味深いところではある。

世界に日本のミステリを!その第一歩となった名アンソロジスト、エラリー・クイーン編集による短編集は期待値以上の読み応えがあった。この後まだ2冊も残っている。つまりあと24編あるわけだ。24回、読書の愉悦を堪能できる、なんとも贅沢なその時を待つこととしよう。


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