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スパイを捕えろ
エリック・アンブラー編
アンソロジー(海外編集者) 出版月: 1981年03月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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荒地出版社
1981年03月

No.1 7点 クリスティ再読 2018/04/28 10:40
アンブラーが編んだスパイ小説短編のアンソロである。ただし、収録作品は「アシェンデン」のエピソードから(モーム)、「ディミトリオスの棺」のエピソードから(アンブラー自身)、「薔薇と拳銃」(007)と、容易に入手できるものが大部分で「お買い損」なアンソロなんだが...それでもね、このアンソロの「売り」はアンブラーによる序文「ごく短いスパイ小説史」が必読級に示唆的なことと、日本ではほぼ未紹介のコンプトン・マッケンジーの「最初の特使」(これ自体長編「三人の特使」の1/3ほどのエピソード)が素晴らしいことである。
序文は「スパイは人類でも最古の商売であるにもかかわらず、なぜ19世紀末にならないとスパイ小説は登場しなかったのか?」という「謎の提示」が素晴らしい。「スパイ行為」は「軍人の名誉」ともっとも対蹠的な概念であるがゆえに、小説家が着目しなかった、という説を述べている。つまり、スパイ小説での最大のテーマはアンチヒーローにならざるを得ない「主人公のモラル」なのだ。
この視点を徹底的に敷衍したのが実は「最初の特使」であり、多分本作がこのアンソロのメインディッシュで、編者的にはあとの作品はオマケなんだろう....「最初の特使」の主人公は第一次大戦中の中立国ギリシャで活動するイギリスのスパイ網の現地担当者である。中級幹部、ということになるから、アシェンデンみたいな末端でもなく、スマイリーみたいな中央官僚でもなく、同盟国のフランスの諜報担当者とも交渉しつつ、自由裁量もある程度はあって主体的に作戦を立てていく。ドイツ側に付きたい国王派と、英仏に付きたい政治家とが暗闘している最中に、ドイツ側になるべく失点をつけてギリシャを英仏側に立たせようと主人公は画策する。状況は非常にドラマチックなのだが、本作はプロットを軸にした作品というよりも、「アシェンデン」風の皮肉で気の利いた日常描写主体の作品で、大したプロットがあるわけではない。「最初の特使」の最後で主人公は「砂はえ熱」で高熱を出して寝込む。高熱による錯乱を利用して主人公は副官に自身の真情を吐露する...これこそが「スパイ小説」の最大のテーマである「主人公のモラル」を表現しきった内容なのだ。

今、この瞬間、この俺にはっきりしていることがある。それは、ここの国民をドイツとの戦争にかりたてる何の権利も、われわれは持っていないということだ。この地獄のような帝国主義はみんな悪だ。

「最初の特使」と序文だけでも、本作は読む価値アリ。


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