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スパイ入門
グレアム・グリーン&ヒュー・グリーン編
アンソロジー(海外編集者) 出版月: 不明 平均: 8.00点 書評数: 1件

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No.1 8点 クリスティ再読 2022/04/20 11:02
原題は「The Spy's Bedside Book」で「スパイ枕頭の書」。いやグレアム・グリーンの翻訳作品集成でこれを見つけて、その大量の収録作品にびっくり。一体これは何の本なんだ?という興味で図書館で探してみたらあった。
計38作、しかも名前だけしか聞いたことのない、ウィリアム・ル・キューが9本、オッペンハイムも1作収録されていて、興味がそそられるじゃあ、ありませんか? 実物は、というと...

要するに、グリーンとその実弟のヒューが編んだ、さまざまなスパイ小説のサワリを抜き出して、「スパイの心得の必携書」といった体裁のシャレの効いた本である。グリーン本人もル・キューが好きだったようで、そんな献辞も入っている。
だからいわゆる「アンソロ」と言うよりも、グリーンの「エディトリアルな作品」という風に見た方がいいだろう。収録作品について軽く説明すれば、

・ジョン・バカン「だた一人で」 「緑のマント」の冒頭
・サマセット・モーム「すごく面白い小説」 「アシェンデン」の導入部
・グレアム・グリーン「I spy」 同題のグリーンの短編の結末部分
・ジョセフ・コンラッド「なぐるコツ」 「西欧の眼の下に」のクライマックス
・アーサー・モリスン「盗まれた設計図」 「ディクソン魚雷事件」をフル収録
・エリック・アンブラー「推理小説を書く」 「ディミトリオスの棺」のハキ大佐のエピソード

こんな感じで、「スパイ入門(勧誘)」「スパイの受難(ピンチ!)」「スパイの余暇」「スパイのトリック」といったテーマを立てて、それに適切なスパイ小説やら本当のスパイの体験談、あるいは公文書などのサワリを抜粋収録して組み立てた本になる。
じゃあ、「本当のスパイ」というとどんな人か?といえば、たとえばロバート・ベイドゥンポウエル(ベーデン=パウエルのが馴染みがある、ボーイスカウトの創設者)、T.E.ロレンス(「アラビアのロレンス」)の回想からエピソードを拾っていたりするのだけども、

わたしたちがこのアンソロジーに筆者の名前を出さなかったとしたら、果たしてどれだけの読者に実話と創作の区別ができるか、わたくしは疑問に思う

と「プロローグ」で編者のグリーンに言わしめるように、虚実の曖昧なまさにそのあわいで「スパイ」というものが成立するのでは?という洞察さえ示すのだ。いや実際、「スパイ活動の成果」のどれが本当の情報か、あるいは敵が仕組んだニセ情報なのか、二重スパイが自分の食い扶持を稼ぐためにでっち上げたものなのか、それとも誤解・思い込み・妄想のタグイなのか...どうやって検証するのだろう?

なのでそういう「虚実のあわい」をユラユラと揺れるような話が、やはり面白い。リチャード・ハーディング・デイヴィスの「ダブル・スパイ」はおそらくフル収録(HMM601号に別訳が載っている?)で、何が本当かよくわからないダブル・スパイの肖像を描いて極めて面白い。このディヴィス、戦場ジャーナリストのハシリみたいな人物だそうだから、本職のスパイでも別に不思議でもないし、実話めいた真相不明の面白さを感じる。

まあ、スパイなんてものは、「スパイ・ノイローゼ」(ベジル・トムソン:第一次大戦下のロンドン警視庁CID責任者)に描かれたように、緊張下の庶民が抱く妄想の産物であることも極めて多い、という事実を冷静に指摘もする。そういう「スパイ」を巡る虚実をエディトリアルなかたちで示してみせたグリーン兄弟の手腕が光る本である。

スパイの心は人間の精神の実験室である。

と訳者の北村太郎は総括する。まさに「スパイとは文学」。
(ちなみにル・キューはギャグ・マンガみたいな豪快さが面白い!)


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