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[ 本格 ]
殺人者と恐喝者
HM卿シリーズ
カーター・ディクスン 出版月: 1959年01月 平均: 5.62点 書評数: 13件

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東京創元社
1959年01月

原書房
2004年03月

東京創元社
2014年01月

No.13 6点 ことは 2023/07/17 17:47
カーにしてはめずらしく、2組のカップルがラブコメ風に描かれて、どちらの展開もなかなか楽しい。他にもH・Mの自伝の話など、楽しい話が取り込まれていて、全体的に読みやすくしあがっている。
それに、催眠術をつかった状況での事件発生の設定は、なかなかサスペンスもある。この辺はかなり好み。
ただ、メイン・トリックは、残念かな。まあ、カーにはこういったxx的なものも多いのだけど。
あの叙述については、それをメインに押し出しているようには読めないので、ファン向けの細かな拾いどころの1つと感じた。なので、フェア/アンフェアについても、重要ではないと思う。私の判断をいえばアンフェアだけど、同程度のアンフェアは、カーは、他作品でも多かった印象がある。個人的には、アンフェアでも全然問題ない。

No.12 5点 クリスティ再読 2022/07/07 21:57
なぜか手元に別冊宝石63号があって、これに「この眼で見たんだ」「一角獣殺人事件」「盲目の理髪師(後編)」が収録されている。20世紀だったらレアで楽しい本だったけどもね...
で新訳とちょっと読み比べ。「この眼で見たんだ」は本作の原題が Seeing is Believing (百聞は一見に如かず)の訳題としては「殺人者と恐喝者」よりもナイスな気はするんだ。訳者は長谷川修二なので、創元の旧版と同じものだろう。とくに抄訳とかそういうことはない。
旧訳はHMの自称も「乃公」だし、あれも「不精〇〇〇」だったりする。そういうあたりに味がある。

作品的には HOW で興味を引っ張って...なのにどれも腰砕け感のある詰まらない方法。種明かしされてガッカリする、という悪い意味で「手品的」。例の反転の真相もそう魅力的とは思えないなあ..叙述トリックと言えばそうかもしれないけども、やや不手際。客観描写にしたことで、アンフェアにしかならないわけだ。ヴィッキーの一人称で描いたらサスペンスもあって良かったのでは。

この時期、HMのキャラ小説化が進んでいる印象がある。そのせいで読みやすい。

どうでもいいお楽しみ。スコットランド弁の医者のセリフ(12章末尾)。

(旧訳)「何や!薬のいりそうな坊(ぼん)がいるやないか!これ、坊、しつかりしいや!そないな―」「死んだんですか?」「何いうてんねん!」
(新訳)「このぼうず、薬がいるような顔してるじゃねぇか!しっかりしねぇか。おめぇは―」「あの人は死んだんですか?」「なに言ってやんでぇ!」

大阪弁から江戸弁に訳が変わった!(苦笑)

No.11 4点 弾十六 2020/11/25 00:35
JDC/CDファン評価★★★☆☆
1941年出版。創元文庫の新訳(2014)で読了。
完全にこれはダメ。事前の知識は全く無く読んだのだが、冒頭から凄く良くて第5章までは素晴らしいシチュエーションの一言。でも良すぎて、着地が心配になった。大傑作なら幻の作品にならないよね… それで読むのを辞めて幻の未読傑作としてしまおうか、と思ったくらい。JDC/CDの台無しっぷりを今まで何度も経験してるからね。
まーでもJDC/CDの駄目加減っていうのも憎めないので読んじゃいましたよ。そして第20章でふざけんな!まーよくも… ああいう手しかないならともかく、作者の腕ならあんな風な小細工は不要でしょうが! 魔がさしたのか、戦争でどうでも良くなったのか? 次作『嗅ぎタバコ入れ』(1942)では随分と工夫されてるから、バウチャーの罵倒も結果オーライだろう。
もう一つの方は、いかにもJDC/CDらしい脱力系。ハハハと笑うしかない。
全体的に楽しめたけど、JDC/CDに馴染んでいなけりゃ怒るよねえ。
ところでもう一つ気になったのは、登場人物の心理描写。これすごい事件な訳ですよ、当事者にとっては。でもこころのうちを全く書けない。書くと犯人がわかっちゃうから。探偵小説って、こーゆー場合、とても不便だなあ、とつくづく感じた。(主要登場人物の心理サスペンスものとして書き直して欲しいなあ。)
さて物語の舞台は戦前(1938)、ドイツ軍のロンドン空襲は1940年9月からだから、結構大変な時期の執筆だったのだろう。H.M.も過去を懐かしんでるくらいだ(死に直面すると昔を想うよね)。少年時代のアレコレは作者の実体験というより理想像だろう。JDC/CDって自分をヤンチャ者に見せたい痛痛さがあると常々感じています…
トリビアは後で完成させます。原文未入手。
銃はウェブリー38口径リヴォルバーが登場。表紙の絵でもカッコ良く描かれているが「象牙の握り以外は磨き抜かれた黒い金属製」のはずなのに絵では木製グリップに見えるのがちょっと気になる(←あんただけ!)。象牙グリップは軍用ではないと思われるが、当時Webley Mk IV拳銃はEnfield No.2拳銃に軍制定拳銃の座を奪われていて、民間用に販路を拡大していたようだ。その後Enfieldはパクリだとしてウェブリー社が英国政府を訴えることに。この銃の弾丸は38/200弾として知られる(床井さんの『弾薬事典』では「.380ブリティッシュ・サービス弾」)がダムダム弾違反を避けるため、軍用としては1938年6月以降、弾頭が鉛からフルメタルに変更されている。
p7 レーヨン
p8 縫い取り♣️当時は名前を衣類などに縫い付けるのが一般的か。よくこういう描写があるよね。
p9 一ポンド♣️ 英国消費者物価指数基準1938/2020(67.75倍)£1=8952円。
p12 ブリストルのコルストン・ホールでベニャミーノ・ジーリが歌う♣️ジーリには1937年5月、1938年2月&6月、1939年5〜6月にロンドン録音が残っている(NAXOSで聴ける)。Webで探すとColston Hall, Beniamino Gigli recital 1952-4-20という記録があった。1938年7月15日コンサートの実在は調べつかず。
p20 八月二十三日水曜日
p24 凶運の影は…
p26 晩餐を二度続けて?
p27 精神分析医(サイカアトリスト)
p31『君が眼にて酒を汲めよ』♣️「訳注 イングランド民謡」
p32 離婚にはXの同意が必要だ
p34 晩餐時の正装の決まり
p38 アヒルの鳴き真似♣️出し物としてポピュラーだったのか?(p27でも同様の描写)
p39 ジェスチャーゲーム♣️回答者は一旦ホールに出て皆が打ち合わせるのを待つのだろう
p49 真新しい1シリング硬貨♣️=448円。当時のOne shilling銀貨はジョージ6世の肖像(1937-1947) .500 Silver、重さ5.6g、直径23mm。
<未完>

No.10 6点 2020/06/11 08:57
 一九三八年八月二十三日の蒸し暑い午後のこと、英国チェルテナムのフィッツハーバート街に住む美貌の若妻ヴィッキー・フェインは、同居人ヒューバート叔父から、弁護士の夫アーサーが自宅のソファーで、十九歳の少女ポリー・アレンを絞殺した事実を告げられる。
 事件が起きる前から夫を激しく嫌悪するようになっていた彼女だが、工兵連隊大尉フランク・シャープレスに惹かれているとはいえ、まる二年連れ添った夫を告発することは出来なかった。明日はそのシャープレスが他の客人たちと共に夕食に訪れるのだ。ゆすり屋のヒューバートは居直り、ヴィッキーの消耗に拍車を掛ける。
 一方、シャープレスの友人で伝記専門のゴーストライター、フィリップ・コートニーは、フェイン夫妻の隣人アダムズ少佐の来客になっているヘンリー・メリヴェール卿の口述を聞き取り、彼の一大回想録を代筆していた。友人にヴィッキーへの想いを打ち明けられ、今夜問題の人妻の住む〈憩いの場所(ザ・ネスト)〉で行われるという催眠実験に、一抹の不安を覚えながら。
 それから間もなく州警察長官レース大佐からH・Mの元に、ザ・ネストでアーサー・フェインがその夫人に刺殺されたとの連絡が入る。しかもそれはある意味ヴィッキーを含むその場の誰にも不可能な、特殊状況の下での犯行だった――
 1941年発表。『九人と死で十人だ』に続くメリヴェール卿シリーズ第12長編で、同年には『連続殺人事件』『猫と鼠の殺人(嘲るものの座)』などのフェル博士ものも執筆されています。今回の使用テキストは原書房の森英俊訳。まあこれが一番無難なのではないかと。
 小技の組み合わせといった感じである意味しょうもないトリックしか使われていませんが、鮮やかな反転とそれを補強する作劇が達者。問題部分の描写は少々疑問符付きですが、他の所で埋め合わせてあるのでまあ良しとしましょう。正直催眠術関連がムリクリなのではと危惧してたんですが、そんなに違和感無かったです。合間に挟まるH・Mの悪ガキ回想シーンもスパイスになってて読み易いし。
 それよりも難点なのは犯行が綱渡り過ぎるとこですかね。室内の目線があの瞬間ただ一点に集中するのは納得できますが、あれほどの短時間で一連の動作がこなせるとは思えません。また実験に完全にタイミングを合わせるのは難しいのではないかな。焦りもあるだろうし。かなりの意欲作なのは間違いないですが、そのへんは減点対象。
 小ぶりな割にはなかなか面白いけど、佳作ではないですね。ややおまけして6.5点。アン・ブラウニングが襲われるシーンを付け加えたり、ラストの活劇でもまだ騙してやろうとしてるところは好きです。

No.9 6点 レッドキング 2020/02/07 23:16
左手でトリックを仕込む際には、右手に観客を惹きつけるってのが手品の鉄則と知ってるが、目を凝らして読んでても騙される。あの緊迫の場面での来客闖入が手品の目くらましとは分かるが、ネタバラしには茫然。トリック、〇〇ο〇ハ〇〇って・・・嗚呼!! もう一個の手品の方はオーソドクスにして地味に見事。
ヘンリ・メリヴェール卿の自伝口述に無茶苦茶爆笑。

No.8 6点 青い車 2016/08/24 23:14
 叙述のフェア、アンフェアの概念がまだ定まっていなかった頃の作品であるためか、確かに今読むと反則すれすれです。ただ、それでも最後の逆転は見事ですし、邦題の付け方も上手く、読みながら推理してやろうというタイプではない僕は十分満足できました。催眠術に便乗して殺人を起こすという犯行は面白いものの、種明かしされてからその状況を想像するとかなりヘンテコです。しかし、それもこの作者なら許せてしまえます。傑作とまでは言いませんが読んで損はありません。

No.7 5点 斎藤警部 2016/05/23 11:35
オルガンのパイプを分からないように並べ替える悪戯って。。ギターの変則チューニングじゃないんだから(笑)。「それはグレープフルーツですか?」「グレープフルーツです。」ギャハハハハハハ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆しかもその会話を弾劾する理由ってのがまた!!いやー参った、HMのドタバタを中心とした攻撃的ユーモアの切れと豪腕がいつにもまして強力!それでも5点しか付けられないのは真相にどうにも感心しないのとメインとなる殺人(凶器すり替え)トリックのあまりの浅さにずっこけるせい(目立たない殺人未遂トリックの方は主役級でないだけにまずまず)。文庫解説の麻耶氏が書いておられる様に、真犯人から疑いの目を逸らす手法は私も理論上は鮮やかと思うが、(不謹慎な言い方をすれば)小説上「0次会」的な第0の殺人を巡るミスディレクションも理論上は大した大規模トリックだと思うが、更に言えば満載ユーモアの一つの中にトリックの核心が潜んでいたのには実際感心もしたけれど、結果どうにもガツンとは来ないわけですよ。いかにも心理の罠が入り込む隙がありそうな不可能状況はかの『緑のカプセル』をも彷彿とさせる際どい魅力に満ちているのだがねえ、そのトリックがこれじゃあねえ。犯人云々真相云々の方でトリックの小ささをぶっ飛ばしてくれればむしろ逆トリックのノリで問題無かったのかも知れないけどさ、先に書いた理論上の感心は「ほほゥ」で止まっちゃう程度だから。でも面白可笑しさは本当に特筆もの。 

No.6 5点 あびびび 2015/10/28 12:19
舞台設定はわくわくするほど楽しく、指摘された謎も興味津津だったが、解決してほしくなかった。犯人についてはまったく問題なしだったが、あのトリックは?

(ネタばれ注)あのドタバタの中で、皆が注意をそらしている時に、あの位置から、あの道具で、うまく凶器をすりかえることができるかどうか?タイミング的にも、操作的にも、90%の確率で失敗すると思う。

だからどうなんだ?と言われればそれまでだが…。表題のミスディレクションについては、別に気にはならなかった。

No.5 5点 nukkam 2015/08/22 06:17
(ネタバレなしです。但し作者によるネタバレの紹介をしています)  1941年発表のH・M卿シリーズ第12作の本格派推理小説で、H・M卿の半生に関する記述があったりしてシリーズファンには見落とせない作品です。但し要注意なのは作中で過去作品の犯人名をばらすという反則をやってしまっていること。これはアガサ・クリスティーやF・W・クロフツもやっているし、ナイオ・マーシュなんか何度もやっているのですがやはり好ましくありません。ネタバレされた作品は「黒死荘の殺人」(1934年)、「孔雀の羽根」(1937年)、「読者よ欺かるるなかれ」(1939年)で、これらを未読の方は本書を後回しにすることを勧めます。さて肝心の謎解きの方ですが名評論家であるアントニー・バウチャーがアンフェアだと噛み付いたらしく、ぎりぎり微妙ですが私もバウチャー支持票を投じたいところです(それよりも前述の過去作品ネタバレの方がショックでしたが)。無理矢理不可能犯罪に仕立てたのがこの作者らしく、使われたトリックには意表を突かれました(これもかなり賛否が分かれそうですが)。

No.4 6点 了然和尚 2015/06/14 09:21
この翻訳タイトルはやっぱり反則ですね。タイトルと本文1行目で全てがわかってしまいますよ。今回は初読なのでまあいいのですが、10年、20年後に再読した時に「あ。これか」って感じになりそうです。再読時に備えてカバーとタイトルのページは破り捨てておこうと思います。 文庫本の麻耶雄嵩氏の解説は良かったですね。「カーが単独犯に拘る」とか犯人の印象の消し方は、なるほどという感じでした。それにしても、カーの作品で使われるトリックは空間認識が必要ですよね。私は数学でも幾何的なものは苦手だったので、どうも読んでいるだけでは、場面が浮かびにくく、本作でも改めて最初から読み直して問題の部屋や窓を書き出してみましたが、うーん。。。 「震えない男」では、落書きのような簡単な平面図が実に重要な図面で驚きました。「アラビアンナイトの殺人」では、複雑すぎて理解不能でしたが、たまたま見つけた英語の原書には詳しい平面図が付いていて、細かな設定の作り込みに改めて感動しました。他にも翻訳時に省略されていることがあるとするなら残念です。以後カーを読む時は間取りとかをこまめにメモしながら読まねば。

No.3 6点 E-BANKER 2015/02/01 20:49
1941年発表。原題“Seeing is Believing”(=百聞は一見に如かず)
昨年、東京創元社より出された新訳版にて読了。
もちろん探偵役はHM。

~美貌の若妻ヴィッキー・フェインは夫アーサーがポリー・アレンなる娘を殺したのだと覚った。居候の叔父ヒューバートもこの件を知っている。外地から帰って逗留を始めた叔父は、少額の借金を重ねた挙句、部屋や食事に注文をつけるようになった。アーサーが唯々諾々と従っていた理由がこれで腑に落ちた。体面上警察に通報するわけにはいかない。催眠術を実演することになった夜、衝撃的な殺害事件が発生。遠からぬ屋敷に滞在し回想録の口述を始めていたHM卿の許に急報が入り、捜査にあたることになったのだが・・・~

カーらしいといえば、実にカーらしさの窺える作品。
何より舞台設定がいかにも「らしい」のだ。
衆人環視のなか、催眠術の実演により、夫にナイフと銃を向けることになった若妻。
間違いなくゴム製のナイフだったはずなのに、夫は刺殺されてしまう! いったいいつナイフはすり替わったのか?

いやぁー実に刺激的で魅力的な謎!
HMも当初は若妻の自作自演を疑っていたのだが、若妻の毒殺未遂事件を契機として、事件の裏の構図が浮かび上がってくる。
プロットそのものは実にシンプルというか、「それ!」っていう奴。(だからこの邦題だったのねぇー)
HMがやたら動機に拘っていた理由も腑に落ちた。

麻耶雄嵩氏の巻末解説もなかなか秀逸。
(ただしネタバレだらけなので注意が必要)
麻耶氏も言及しているとおり、本作の冒頭部分がフェアかアンフェアかというとかなりグレーな気はする。
私みたいな素直な読者だと、この文章を読んでしまうと本作の仕掛けは決して見抜けなくなるのは確かだからなぁ。
あと、メイントリックのアレ(あの道具)はどうか・・・
麻耶氏もフォローしているとおり、この時代では真面目に取り上げられるものだったのかもしれない。
(今だったら下手するとバカミスになりそう)

ということで、他の佳作に比べれば評価が低くなるのは致し方ないかな。
でも決してつまらないわけではなく、カーらしい稚気やミステリーの楽しさを十分味わえるのではないかと思う。
(本作でのHMはかなりドタバタ・・・っていつもと同じか!)

No.2 7点 Tetchy 2013/11/02 18:09
本書の謎は2つ。まずは犯罪方法としての物だ。それは衆人環視下における凶器のすり替えはいかにして成されたか?
もう1つは催眠術下にある人物は殺人を教唆されたら術者の云う通りに実行するのかという物だ。
まずは後者の謎は本編を彩るガジェットとして使われている。催眠術といういかがわしい代物に懐疑的な人々はその存在をなかなか認めようとはしない。それでは百聞は一見にしかず(なおこれが本書の原題となっている)とばかりに実演してみせることになる。

カーが巧みなのは、この前段に夫が浮気の末に若い娘を殺害したことを妻が知らされていることが冒頭で読者に知らされていることだ。果たして不貞を働いた夫を妻は許せるのかと云うバックグラウンドを盛り込んで、この催眠術による殺人教唆のスリルを盛り立てている。
その設定から一転、明らかに人を殺せない凶器がいつの間に本物にすり替わって、被験者が皆の目の前で殺人を犯してしまうというショッキングな謎にすり替わるのだ。この辺の謎から謎への移り変わりの巧みさはまさにカーならではだろう。

メインの凶器すり替りのトリック、また2番目に起きる毒殺未遂事件双方のトリックに共通するのは手品で云うところのミスディレクションであることだ。これは本書のモチーフである催眠術にも同じことが云える。人に暗示をかけ、誘導する、つまりディレクションを示すことが催眠術である。つまり本書では人の心や興味は容易に操れるのだということになろうか?
さらに突き詰めていけば、タイトルにもなっている殺人者と恐喝者の立場が最後に逆転するのもまた物語全体に掛けられたミスディレクションなのだ。

これについては解説で訳者の森氏も触れており、やはり当時も物議を醸しだしたことが書かれている。果たしてこれをフェアと採るかアンフェアと捉えるかは読者のカー・ファン度の強さ、もしくは本格ミステリに対しての寛容さが試されることだろう。正直私の判断は微妙だ。

そして本書の原題“Seeing Is Believing”は邦訳では前述のとおり、「百聞は一見にしかず」という意味だが、本来ならば最後に“?”が付くことが本書における意味を最も示しているように思う。見ていることが必ずしも真実ではないのだと、カーは本書に仕掛けられたミスディレクションの数々で示しているように思えてならない。

No.1 6点 kanamori 2010/04/25 21:30
非常に大掛かりなトリックが仕込まれていますが、アイデア倒れという感じでしょうか。
チェスタトンは短編なので不自然さは目立たず、逆説的奇想と評価されるのかもしれませんが、長編で同じことをやるとアンフェアなどと言われかねません。
原書房から出た新訳では、表現方法など相当工夫されていますが、やはり無理があるような気がします。


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カーター・ディクスン
2001年09月
第三の銃弾<完全版>
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