人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2199件 |
No.1659 | 5点 | 首切り島の一夜 歌野晶午 |
(2022/11/14 18:46登録) (ネタバレなし) 某県にある共学校・永宮東高校。その卒業生の男女と恩師が、40年後の同窓会を開いた。会場は東海灘の離島で「星見島」の別称がある弥陀華島(みだかじま)。かつてそこを修学旅行の行き先とした一同は、同じ島の民宿「千江浪荘(ちえなみそう)」に宿泊し、三泊続けて旧交を温めあった。そんななかで、参加者のひとり、久我陽一郎が、かつて母校や自分の生活に不満があり、現実の周囲の者たちをモデルにした殺人ミステリを書きかけていたことを、話題にする。そして悪天候に閉ざされた島のなかで、実際に殺人が? 特に歌野作品ファンでもなんでもないつもりの評者(さすがに『葉桜~』くらいは呼んでるが、ほかの代表作らしいものはほとんど手つかず)で、この数年、評者自身のミステリ熱がぶり返してからの新刊を何冊か読んだくらいの浅い読者だが、今回の新作は数年ぶりの、そして著者最大の紙幅の長編、十年ぶりの書き下ろし……とか色々と鳴り物入りなので、イソイソと手にとった。 島に集まった元生徒の男女(みんな今は五十代の末か)や老教師、そのなかの十人弱の連中が高校時代からこれまでの半生を回顧し、それが順番を追うごとに少しずつ読み手の情報を増していく半ば連作? 短編の寄せ集めみたいな構成。ちょっとウールリッチの『聖アンセルム923号室』や『運命の宝石』とかを思わせる作りで、割とお気に入り。語られる挿話のなかにはダークなものもあれば、意外に(少なくともそのエピソードを読み終えた時点では)しんみりとハートウォーミングする話もあり、個人的には二つほど、好みの話に出会えた。 で、ミステリとしては……うん、まあ……これはいわゆる<(中略)型>の長編でしょうね。評者もそうだったが、読み手の大半がたぶん(中略)するのは必至だと思う。 (年季の入った歌野ファンが読むなら、また違うかもしれんが。) そう考えるなら、大仰な惹句も、このボリューム感もすべて作者の思惑通り、なんだこれはといって怒るにあたらな……どうしよう(汗)。 良くも悪くもかなりシンプルな裏技作品で、これでもし、作者や本書の編集者、営業などが、話題作続出、群雄割拠の今年の国内ミステリのなかで上位を狙おうとホンキで考えているのならかなりズーズーしいが、単品で読むなら、まあ無数にあるミステリのなかでタマにはこんなのもいいんじゃないかと。評点はこんなもんしかあげられないが、キライな作品ではない。 |
No.1658 | 7点 | 無慈悲な鴉 ルース・レンデル |
(2022/11/13 15:13登録) (ネタバレなし) レジ(レジナルド)・ウェクスフォード主任警部の自宅の隣家、ウィリアムズ家の主婦で40代半ばのジョイが、ウェクスフォードの妻ドーラに相談を願い出た。大手塗料会社の上級外交職である夫ロドニーが、行方不明だというのだ。ウェクスフォードが同家に赴いて事情を聞き、捜索を始めると、やがて何ものかに殺されたロドニーの死体が見つかる。だが驚いたことに、少し離れたところに暮らす30代初めの美女ウェンディ・ウイリアムズもまた、被害者は自分の夫でふたりの間には娘もいるのだと訴えてきた。事件の周囲には、ウーマンリブ活動の関係者が続々と登場。そしてロドニーの事件と前後して、当の地域では謎の女性ヒッチハイカーによる男性を狙う傷害事件が起きていた。 1985年の英国作品。ウェクスフォード主任警部の第13作目。 先日、ブックオフでたまたま購入した一冊で、久々にレンデルでも、と読み始める。 ポケミスで280ページちょっと、そんなに長くないし、吉野美恵子の翻訳は快調なので読みやすいが、とにかく登場人物が多く、名前のある者だけで80人以上、名前が出ないがちょっと劇中の叙述に関わるものを入れれば90人前後になった。 なお本作ではレンデル、いつものウェクスフォードもの以上に? 警察小説っぽい書き方をしている感じで、メインの事件の合間の別件の詐欺事件などの話題などもとびこんでくる。リアリティ、アクチュアリティは物語の厚みに寄与はしているが、読むのにそれなりにカロリーを使った。 二重生活していた夫という、クイーンの『中途の家』を思わせる被害者像(前半それなりに早めにわかるし、ポケミスの帯やあらすじにも書いてあるので、ここまでは書かせてほしい)の一作だが、その上で、英国ではまた80年代半ばに盛り上がったらしいウーマンリブ運動(日本でその話題をするなら、70年代の後半という感じだが)も話に大きくからみ、並行する案件である謎の女=ヒッチハイカー通り魔事件との関連性も討議される。 さらにウェクスフォードの相棒であるマイク・バーデン警部の妻ジェニーの近づく出産(これもまた、くだんのウーマンリブ問題にからむ)もサイドストーリーとして相応に読者の興味を刺激し、とにかく小説としてはこってり。 本気出したらイカれまくるレンデルの著作のなかではウェクスフォードものは基本的にそれなり口当たりがいいとは思っていたが、今回は結構ヘビーだ。 とはいえ真相はかなりの意外性で、中盤から仕掛けられた大技も最後に炸裂。気が付くヒトは気がついちゃうかもしれないが、評者はまんまと乗せられた。最後の最後のドンデン返しで露わになる犯人像の異様さも、なかなかのショッキング。 ……と書くとけっこうホメているのだが、いっぽうで何しろ前述のように劇中キャラが膨大、あとで事件の真相の主軸から逆算していくと、雑駁とも思える叙述も多くなってしまうので(むろんそのなかには、読者をふりまわすミスディレクションの意味合いもあるわけだが)その辺をどうとらえるか……が本作の印象や評価につながる。 秀作だとは思うが、もうちょっと整理しても良かった? いや、この分量や叙述の累積は、伏線や手掛かりを忍ばせるために意味があるだろ? との思いが相半ば。 まあ力作だとは思うけれど。 |
No.1657 | 6点 | 平和を愛したスパイ ドナルド・E・ウェストレイク |
(2022/11/12 15:16登録) (ネタバレなし) 1960年代半ばのニューヨーク。朝鮮戦争時代に徴兵反対を掲げて発足した平和団体(実はそれを口実にしたセフレ探しの集団)「市民独立連合」は現在、「私」こと32歳のJ・ユージーン(ジーン)・ラクスフォードが代表を務めていた。17人のメンバーの大半は会費も払わない幽霊会員で、ジーンの周辺には連合の会員だかなんだか微妙な立場の恋人(で、死の商人を父に持つ、美人でいささか頭の弱いお嬢様)のアンジェラ・テン=マークと、友人の弁護士で非会員のマレー・ケッセルバーグがいるだけだ。そんなジーンのもとに、怪しい中年男モーティマー・ユースタリーが来訪。思想や信条を問わず、国内の少人数の政治活動団体に声をかけまくっているというユースタリーは、そんな小規模な組織の力の結集で、何かことを起こそうと考えていた。ジーンは、ユースタリーに誘われるまま、アンジェラとともに、ジーンが主催する集団「新たなる始まり同盟」の集まりに参加するが。 1966年のアメリカ作品。 今年、新訳発掘されたウェストレイクの旧作(嬉)の二冊目(さらに嬉)。ユーモアミステリ路線への転換をはかっていた時期の作者が、スパイ小説ブームの渦中のなかで書いた、同ジャンルをからかったような戯作。 とはいえそれなりにフツーのエスピオナージュ、またはスパイ活劇ものらしい見せ場もふんだんに盛り込まれ、その辺は良いバランスで作品全体が仕上がっている。 (あえていえばジョン・ガードナーのボイジー・オークスものみたいな雰囲気……といってもいいが、それよりは、のちに定型化したウェストレイクのユーモアミステリ路線の原石をスパイ小説の枠内で……というのが一番いいような。) 巻末の解説でも指摘されているように、読者目線(一人称主人公のジーンの視線)で、物語の興味を牽引する大きな謎(誰が真のスパイか、とか秘密のマクガフィンの所在は? など)は特に用意されていない(あえていえば謎の組織の目的だが、それはそれなりは早く明かされてしまう)。 物語の大筋は、謎の集団「新たなる~」との接触を経て、さらにまた別の事由からテロ組織? への潜入スパイとなっていくジーンの成り行きの方に重点が置かれる。 アマチュアのジーンが即席のスパイとなるため特訓を受けるくだりなど、いかにもウェストレイクらしいギャグが豊富(やや薄口だが)で、ここでのちのちの伏線なども張られている。 登場人物はそれなりに多いが、ジーンが出会うメインキャラの出し入れや運用などは達者で、それなりのサプライズも用意されている。 ただしのちにケン・フォレットとかクィネルあたりなら、この倍の紙幅で書いただろうなあ、というシークエンスをかなりシンプルに書いちゃってる感じもあり、その辺は読みやすい一方で、物足りない印象もなくもない。 評者がこれまで読んだウェストレイク作品と比較するなら、個人的には『我輩はカモである』と同程度の佳作、というところか。 フツーにじゅうぶん楽しめるが、ドートマンダーもの初期編のあの、これでもかこれでもか感を期待すると、ちょっと裏切られるかも。作者が作者だけに、評点は7点に近いこの点数で。 もちろん翻訳発掘してもらって良かった一冊ではある。 |
No.1656 | 7点 | バッファロー・ボックス フランク・グルーバー |
(2022/11/11 15:07登録) (ネタバレなし) 1942年のハリウッド。蔵書家でアメリカ史に詳しい元弁護士の私立探偵サイモン・ラッシュは、助手の青年エディ・スローカムに、依頼人を追い返せと命じた。それは、いかにも採掘師風の外見の赤毛のヒゲの老人である依頼人が「ランスフォード・ヘイスティングス」と名乗ったからだ。ランスフォード・ヘイスティングスとは、西部史に残る大規模な遭難事件で飢餓のなかで仲間の死肉まで食したという、1846年に起きた悲惨な「ダナー事件」の重要関係者の名前であった。それでも強引に事務所に押し入ってきた男は、複数のバッファローの細工が表面にある箱を持った男を捜してほしいと依頼を請うが。 1942年のアメリカ作品。 第二次世界大戦の序盤の時期に刊行された作品で、さる件から日本のことも話題になるが、もはや行き来が難しいような叙述がある。戦争の影はその程度に匂わされるが、出兵してる者がいるとかそういう話題も特にない。当時のアメリカ国内の雰囲気の一端が窺えるかもしれない。 グルーバーにしては珍しく純粋な私立探偵の主人公、しかもインテリでそれなりに行動派のラッシュのキャラクターはなかなか魅力的。 事務所の経営者としての立場ゆえか、外注の探偵を使ったり、小者から情報を得るためなどのお金をギリギリまで出し渋るのも、いかにも、作者自身が安い稿料で働く創作者である苦労人グルーバーの生み出したヒーローという感じ。 物語はかなりテンポがいい反面、数十年単位のアメリカ近代史に話が広がっていき(あらすじに書いた「ダナー事件」は現実に生じた悲劇だそうな)、主要関係者の何世代も前の人物たちとの関係性まで話題が及ぶので、とても錯綜している。 読むつもりなら絶対に、最低でも登場人物メモ、できれば家系図を複数作る心構えでのぞんだ方がいい。 (逆にいうとRPGゲームなどでマッピング作業をすること自体が楽しめるタイプの人なら、なかなか楽しめそうな作品かも。) さらに現在形1942年のミステリとしてもそれなりに複雑で、物語の中心といえるダナー事件がらみの大きな謎と並行して、殺人事件の真犯人探しがあるが、こちらはちょっと気を抜くとごちゃごちゃしそうな気配がある一方、最後の意外な? 真相も正直、あまり面白くない。 いや、作者グルーバーが作りこんでミステリ的なサプライズを読者向けのサービスとして盛り込んでいるのはとても感じられるのだが。 ちなみに読後に諸氏の本作の感想を拾うと、Twitterなどでは川出正樹が「既訳フランク・グルーバーの中でも一頭地を抜いて面白い作品」と賞賛。一方で小林信彦などは「地獄の読書録」で、前半は面白いが後半はオソマツ、と評価(100点満点で75点だから、そんなに悪くないんだけど)。 評者的には、力作で楽しめた部分も少なくないんだけど、謎解き部分が高めのファールという感じでそこはイマイチであった。 川出評のほかにもどっかで本作をホメていた感想を以前に読んだ記憶があり、グルーバーの未読の作品のなかではそれなりに期待していたが。 でまあ、サイモン・ラッシュがシリーズキャラクターになったのかどうなのかは知らないが、その絶大な機動力と、古書マニアで読書家という人物造形はかなりスキになったので、もし他に主役編があるなら長短編問わず読んでみたい、とは想う。 そういえば本作はたしか、パシフィカの名探偵読本シリーズの「ハードボイルド」編にも記載、紹介されていたと記憶する。いや、まったく異論はないね。 好き勝手なライフスタイルにこだわり、経費をケチりながら、おのれの求めるままに事件の謎を追うラッシュのキャラクターは完全にハードボイルド私立探偵じゃ。 【2022年11月13日追記】 おっさん様からのご指摘で、サイモン・ラッシュはシリーズ探偵で、本作は二番目の長編ということもご教示いただきました。ありがとうございました(嬉)。 |
No.1655 | 7点 | 嫌われ者の矜持 新堂冬樹 |
(2022/11/10 05:47登録) (ネタバレなし) スキャンダル記事を売り物とする写真週刊誌「スラッシュ」。その主力記者である35歳の立浪慎吾は、業界では肉食獣「リカオン」の異名で知られる辣腕編集者だった。人気タレントや有名人のスキャンダルを飽くなく追い続ける立浪だが、その胸中にはかつて芸能人の醜聞を追い求めながら表向きは自殺の形で殺された同業の父・正藏の復讐をしたいという強靭な思いが潜んでいた。立浪は、仇と目する芸能界最大の大物で、政界や暴力団とも密な関係のある「帝都プロ」の二代目代表・大河内に挑むため歩を進めるが、その前には予想を超えた事態がいくつも待っていた。 「文春砲」だの「忖度による報道自主規制」などのワードが幅を利かす21世紀の現実を背景に、復讐の念から自らの手も汚しながら巨悪に挑む主人公の物語。 新堂作品は5~6年くらい前から、適当にその年その年の新刊のみ、つまみ食いで読んでいて、たしかこれで4~5冊目。 人間の裏切りに恐怖とバイオレンス、しかし最強のストーリーテリングぶりで、どれもおおむね読み出したら止められない。まあ通俗小説なんだろうけど、二転三転の話の転がし方には、ミステリファンが読んで楽しめる部分もあるし。 でまあ、今回もお話の捻り具合や転がし具合は見事だが、ドギつさに関しては意外に地味でおとなしく(これまでちょっとだけ齧った新堂作品に比べれば、で、あるが)、あ、ラストもそういうまとめ方? という印象。 なんかお話をまとめるために(中略)という概念を盾にとったようで、ちょっとコシャクだ。 一方で、自分が読み始める前の前世紀~2010年代前半の全盛期? の新堂作品は、近作とは比べ物にならないくらいドス黒かった、とは、よく新堂ファンの述懐で聞くところなので、たぶん今回の作品など、それなりにバイオレンスな場面があろうと、トータルではさほど大したことはないのであろう。 しかしその程度の薄口の分、ドギツさに頼らずに二転三転するお話の方をしっかり楽しませてもらった感触もある。 新堂作品の旧作は、こわいものみたさでいつか手にとってみたいとも思うが、自分のような読者には、この程度に作者らしさが希釈? された仕上がりの方がいいのかもしれない。 いずれにしろ、読んでる間はフツーに面白かった。佳作~秀作。 |
No.1654 | 7点 | 殺し屋テレマン ウィリアム・ハガード |
(2022/11/09 06:40登録) (ネタバレなし) 1950年代の後半。地球の裏側にある英国の植民地で、地図にも載ってない小島セント・タリー島。そこに巨大な石油鉱脈が発見され、英国の石油会社「ユニバーサル社」が油田の設置を進行していた。だが島の隣国ララモンダの独裁者クレメンチは、セント・タリー島は本来は我が国の領土なのだと主張。小国ララモンダの背後にはその黒幕となる大国の影もちらつき、英国政府は島に派兵するか否かの緊張を高めていた。そんなさなか、国際的に有名なテロリスト、テレマンが、ララモンダ側の工作員として島に上陸。テレマンは油田設置に協力する現地人に揺さぶりをかけて開発計画を妨害する一方、36歳の英国人石油発掘技師デイビッド・カーの暗殺までも請け負っていた。だが裏の世界のなかで、あくまで彼なりの騎士道的な流儀を尊ぶテレマンは、標的であるはずのデイビッドに親近感を抱いてしまう……。 1958年の英国作品。渋くて地味な(でもソコが面白いかもしれない、そうでないかもしれない)チャールズ・ラッセル大佐シリーズで世代人ミステリファンには有名(?)なウィリアム・ハガードの著した二冊目の長編で、完全なノンシリーズ編。 どっかのなんかの描写や設定で、作者の別作品の世界とリンクするかもしれんが、少なくとも本書を単品で読む限り、ラッセル大佐ものとも特にカンケーはない。 国際紛争の火種になりそうな新興油田がある孤島を舞台に、そこを蹂躙しようとする凄腕テロリストと、成り行きから防衛戦に臨む主人公の青年石油技師(と彼と親しい現地の部族)とくれば、かなり正統的な(半ば巻き込まれ型の)冒険小説である。 ただし本書の場合、この手のアウトロー(テロリスト)としては、フェアプレイを重んじ、人間的なマトモさを堂々と表に出す副主人公テレマンのキャラクターがあまりに個性的すぎて、なんかオカシイ。主人公デイビッドの前に最初に顔を出しておのれの立場を述べるくだりから、前もって標的の素性を調べていたら、殺すのは惜しい人のようなので、できればこの場から立ち去ってほしい(大意)、である。 ……いや、こーゆーキャラはスキだが、しかし作中のリアルからするなら、お人好しの甘ちゃんすぎて、とても裏の社会で一流のテロリストなんかになれそうもないよな。その辺はよほどうまく書き込んでキャラ造形をしないと説得力がないが、実際にはかなり大雑把。 (最終的にテレマンとデイビッドにはある種の因果があったらしいことは暗示されるが、その辺もまたもうちょっと詳しく教えてよ、という感じであった。) 中盤でデイビッドが複数の刺客の奇襲を受けて窮地に陥り、負傷した際も、その直後にテレマンが顔を出し、こういう目に合わせるのは自分の本意ではないと釈明。デイビッドの方もそんな相手の言葉にウソがないと認め、たしかにこういう頭数に頼って相手の隙をつくのは「テレマン流」じゃないんだな、とフォローまでしてあげる。 なに、この殺す側と殺される側の、温和な関係!? ちなみに本作の原題「The Telemann Touch(テレマン流)」はココに由来。 それでもお話そのものは、デイビッドの実兄でメインキャラのひとりエドワードが当時の英国内閣の国務大臣という設定で、英国内閣内に巧妙に根回しし、政治的・経済的価値がある(そして弟がいる)セント・タリー島に英国軍の派兵を促すあたりとか、そのデティルの積み重ねにおいてなかなか読ませる。この辺が正に、のちのラッセル大佐シリーズに繋がっていく感じ。 さらに現地でも半ば対立しかける二つの現地部族との関係を整え、一方の親しい方の部族の長の娘ジャラと恋人関係になる(さらにそういう関係がクラマックスにつながっていく)主人公デイビッドの描写なども非常に面白い。 巻末の解説で厚木淳も書いているが、本書は評者がこれまで読んだハガードの数冊のなかでは最も直接的なアクション、戦闘描写の豊富な長編でもあった。 山場で銃弾の雨のなか、さらっとデイビッドが目的の行動を完遂しちゃうあたりの軽い描写はちょっと苦笑したが、本作のタイトルロールである異色の敵役キャラ、テレマンとデイビッドの最終的な対決までふくめて、物語のノリそのものは意外に悪くない。300ページちょっとの物語を、テンションを落さずにイッキに読めた。 たぶん、くだんのテレマンというキャラクターをクセのある敵役として愛せるまたは受け入れられるか、はたまたそれとも、ナニ、この、いくらフィクションでもありえないトンデモキャラ! と見なしてたじろぐか、その辺で大きく評価が割れそうなところ。 評者の場合は……なんつーか、1950年代当時のリアルな国際的な力関係の場にまぎれこんできた、オーパーツのサムライ(または騎士道)キャラという感じで、ぎりぎり微笑んで(といつつ若干だけ苦笑して)読み終えたけどね。 とにもかくにも変わったモノを読めてそれなりに楽しめたのは、マチガイない(笑)。 あー、もしかしたら、人気のイケメン声優とかにボイスドラマでデイビッドとテレマンを演じさせ、もうすこしBLもの風に脚色したら、21世紀の新規のお客さんを釣れるかもしれん(笑)。そーゆー可能性のある作品でもある。 |
No.1653 | 7点 | 連鎖犯 生馬直樹 |
(2022/11/08 06:11登録) (ネタバレなし) 新潟県の一角で、32歳の美人シングルマザー、戸川尚子のふたりの子供、中一の娘・凛(りん)と、小六の翔が誘拐された。謎の誘拐犯人の要求する500万円の身代金を払う当てもなく尚子が困惑していると、やがて誘拐されたふたりは無事に解放された。だが事件の周辺は、さらに意外な方向へと展開してゆく。 初めて読む作者だが、平明かつどこかリズミカルな文章は非常にリーダビリティが高い。 捜査陣、被害者家族、謎の誘拐犯、そして……とそれぞれにキャラクターも立っている。語りたいテーマについてはこの場ではあえて伏せておくが、21世紀の我が国では非常に切実なもので、その主題への踏み込みの深度はともかく(ことさら悪いとも浅いとも思わないが)、少なくともメッセージ性を作品の軸にすることには成功している。 終盤の強烈な意外性はかなりのもので、捜査のなかで伏在していた謎がほぐされてゆく辺りは、ヒラリー・ウォーの諸作とかに近いものを感じた(評者の主観だぞ)。 ただし真犯人の思惑は傍から見ると相応にリスキーなものでもあり、万が一の場合を想定してないのではないか? という気にもなった。まあここではあまり詳しく書けないが。 言い換えるなら、なかなか面白いミステリ的な着想で捻り具合だが、いささかの強引さを見過ごせないというところ。それでも登場人物たちはそれぞれ、まともな人間はもとより、悪役や場合によってはイヤな奴にまで、妙なキャラクター的な魅力があり、この作者はそういう部分がうまいのだと思える(味のある脇役はそれなりに登場する)。 重い昏いテーマを扱い、きびしい叙述も散見するが、それでも読後感がどこかさわやかなのもいい。 一見で手に取ってみた作品だが、佳作~秀作。これからこの人の作品も、ちょっと注目していこう。 |
No.1652 | 6点 | 緑の無人島 南洋一郎 |
(2022/11/08 03:26登録) (ネタバレなし) 昭和初期。世界的な真珠の産地である、オーストラリア西海岸の町ブルーム。そこで9年前から現地人や日本人を相手に雑貨商を営み、成功を収めていた日本の実業家・山田正造(45歳)。彼の家族は妻の春子(36歳)、そして「僕」こと15歳の長男・康男をはじめとする三男一女の子供たちだ。正造は今後のことも考えて、幼い娘・玲子(8歳)を除く三人の息子を祖国にいる父母(康男たちの祖父母)のもとに預け、日本で勉強させようと考えた。山田家の6人は、雑貨店の店員でマレー人の青年トミーとともに客船で太平洋を渡航するが、途中で大嵐に遭い、避難が遅れた山田家は難破船と化した客船に乗ったまま、近隣の孤島に接近。島でのサバイバル生活を始めることになった。だがその島は、数メートルの体躯を持つ巨大な爬虫類「巨竜」が何匹も棲息する世界でああり、さらに島にはまだ大きな秘密が秘められていた。 昭和12年に「少年倶楽部」に連載された、ジュブナイル秘境冒険譚。本作登場の前年昭和11年の「少年倶楽部」では、あの遠藤平吉さんもデビューしており、これやそれやの少年少女向けエンターテインメントがいくつも掲載されていれば、そりゃ当時の国民的な雑誌になるわけだわな、という感じである。 家族そろって孤島での生活を始める山田家は「ロビンソン・クルーソー」譚に倣ってサバイバルの日々を送るが、山田氏が話題にしたデフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719年)は、すでに江戸時代の幕末から日本に紹介されていたようで、60年以上経過した当時の昭和初期ならすっかり日本人になじまれたものになっていたのだと、本作の読了後に改めてざっと再確認した。 なお評者と本作『緑の無人島』の最初の接点は、少年時代に読んでいたミステリマガジンの石上三登志の連載エッセイ「男たちのための寓話」の冒険小説を語る回で。そこで戦後版の本作の書影が紹介され、それが密林のなか、二本足で直立する恐竜めいた怪獣(つまりは本作の「巨竜」だ)の表紙画で、怪獣ファンとしてエラく心を惹かれたこと。 しかし実際の本作の作中に登場する「巨竜」は実のところ、どのような恐竜なのかどのような生態系で生きていたのかの観測もされない、とても地味で大雑把な扱いでしかも最後には、ほとんど登場人物たちの念頭から忘れられてしまう。……まあ、いいか(苦笑)。 それでも細かいイベント(今の目で見れば、おおむねのどかなもの。一~二件だけ悲痛な箇所はあるが)を続発させていく作者の手際は、なるほどのちの南洋一郎ルパンの作者だけのことはあり、後半の展開など、良い意味で秘境冒険ジュブナイルのお約束要素を並べた印象。 登場人物同士の内面のわずかな機微の動きで、主人公一家が窮地に陥ったり、また逆の流れになったりする辺りは、ちょっとだけながらテクニカルな作劇の妙を感じたりもした。 物語の舞台となったこの島の最終的な扱いは今の目で見るとなんだかな、ではあるが、昭和初期の日本の見識からすれば、ソンなもんだったのだろうとは思うので、文句には当たらない? あくまで当時の国風なども踏まえながら、楽しむべし。 クラシックジュブナイルなのでお話そのものが古いのは当然として、もうちょっと(中略)のキャラクターは描き込んでほしかった感じはある。 その点、何のかんの言っても乱歩の少年探偵団シリーズは全般的にキャラ立てがうまいので、時代を超えて読まれるのだとも思う。 評点は、少しだけオマケして、この点数くらいで。 まあ戦前からの少年小説の体系をごく大雑把にでも探る気があるなら、一度は読んでおいて無駄ではない作品だろうとは思うけど。 |
No.1651 | 6点 | ヨーク公階段の謎 ヘンリー・ウエイド |
(2022/11/07 14:50登録) (ネタバレなし) 第一次大戦を経た英国。「フラットン銀行」の頭取で金融界の大物ガース・フラットン卿は、旧友の元陸軍将校ハンター・ローン卿から相談を受ける。その内容は、ハンター卿が会長を務める金融会社「ヴィクトリー・ファイナンス」の重役に就任してほしいというものだった。一度は応じたガース卿だが、その後、今度の話を再考。ガース卿は友人の銀行家でユダヤドイツ系のレオパルド(レオ)・ヘッセルにどうすべきか意見を求める。ふたりはロンドンの名所「ヨーク公階段」の近くを歩くが、そのとき速足の若い男がガース卿に接触。若者は最低限の詫びを残すとそのまま立ち去った。だがしばらくしてガース卿は近隣の場で急死。もともと心臓が悪かったガース卿は、先の接触事故もあっての病死と思われるが、やがて徐々にその死の周辺に事件性が浮上する。ロンドン警視庁の若手ジョン・プール警部は、この案件を捜査するが。 1929年の英国作品。 ウェイド(ウエイド)はこれで3冊目の評者だが、ようやく日本でもやや知られたシリーズキャラクターのジョン・プールものに対面した。 本作でデビューのプールは、オックスフォード大学を卒業した元苦学生で弁護士の経験もある独身の若者。ちょっとだけキャラクターに存在感を見やる。本作では、事件の関係者の女性にほんのりと胸をときめかせてしまう描写もあり、モース警部や評者の大好きなあのアメリカの警察官のようで、その人間味に好感が持てる。 お話は、とにかくそのプールが事件関係者の間から足で証言をかき集めていく描写にほぼ徹しており、丁寧な捜査警察小説なのはいいのだが、正直、退屈さと紙一重というところ。会話が多めの文体と、翻訳がとても良いことでけっこう救われている。 それでも事件の最大容疑者が浮かび上がり、それをフックに読者の興味をひき、後半のさらなるいくつかの仕掛けにもっていく手際などよく出来てはいる。 結局は、終盤で、こういうトリックというかミステリ的なネタまで用意していたか! と軽く驚かされた。 巻末の丁寧な解説によると、有名なミステリ同人誌「ROM」基幹の加瀬氏(故人)や小林氏がウェイドの大ファンだというが、なるほどこういう方向の作品が多いというなら、それもわからなくはない。 といいつつ評者などは『死への落下』はそれなりに面白かった、『リトモア』はやや期待外れだった、という感じで、まだそんなにウェイド作品が面白い、とは思えない方なのだが。 トータルな楽しめ度でいうなら、今回の作品は『死への落下』と同じぐらいかな。良作だとは思うが、とにかく中盤の冗長な感じ(それなりに楽しめるのだが)でちょっと減点して、7点に近いこの評点というところで。 |
No.1650 | 7点 | 由仁葉は或る日 美唄清斗 |
(2022/11/06 16:13登録) (ネタバレなし) 目の不自由な人たちがメンバーの多くを占める文芸サークル。参加メンバーは随筆や俳句、短歌や小説などそれぞれ関心の向く分野で活動し、一部の者は公的な文学賞・文化賞を受賞の栄誉に輝いていた。そんななか、「私」こと外科病院でベテランの物理療法士(マッサージ師)を務める42歳の明石馨は、サークル仲間で同じ盲人学校の友人だった末畑淳一が事故に遭い、耳が損傷したかもしれないという悲報を聞いた。それと前後して、サークルは晴眼者(視力の健常な人)である20代後半のOL・苦瓜由仁葉(にがうり ゆには)を、仲間に迎えるが。 第五回鮎川哲也賞で、最終選考にまで残った作品。ちなみにそのときの受賞作品は、愛川晶の『化身』で、のちに愛川は本書の作者・美唄清斗(びばい さやと)と合作作品を著している。 眼の不自由な方(盲人、蔑視的な意図はまったくなく、その呼称を使わせていただく)が登場、あるいは主役探偵や主人公を務める作品はいくつかの類例があるが、本書は盲人の方々が集う(健常者の仲間もいるが)文芸サークルを舞台にしたかなり特異な長編ミステリ。実は作者ご自身も若い時から眼が不自由だそうだが、それでも努力されて東西のミステリを含む無数の文学作品に接し、創作者としての力量を育てられたそうである。 聞くところによると当時の鮎川哲也自身は『化身』よりも本作を受賞作品に推挙されたそうで、その辺の興味もあって、本書を手にしてみた。 物語は、ある作中作(短編小説)を全文紹介するプロローグを経て「私」こと主要人物のひとり、明石の述懐で開幕。以降は章ごとに話者が交代しながら、ストーリーが進んでいく。 非常に平明でかつ起伏に富んだ文章と筋立てで、ある種のキーパーソンとなるタイトルロールのヒロイン・ゆには(劇中でも次第に、ひらがな表記で名前を記述)に自然に重点が置かれていく。 人との親和テクニックが巧みな一方で、どこかファム・ファタール的なゆにはのキャラクターは物語をある部分で牽引するが、全体的には群像劇的な性格も強い作品で、中盤で殺人事件が発生。 後半は加速度的にいくつかの謎を織り交ぜながら、クライマックスに向けて物語が進行する。 いくつかの中規模な(大技っぽいものもある)ミステリギミックと、読ませる小説的な活力を兼ね備えた作風は、昭和でいえば新章文子あたりに近いものを感じたが、終盤の反転の構図とその切れ味、さらに何とも言い難い殺人の動機(というか事件の形成の経緯)はなかなかの手ごたえ。 ラストのエピローグ、小説そしてミステリとしての仕上げぶりまで踏まえて、相応のミステリセンスを十二分に感じさせる良作だったと思う。 御当人のご事情か、本作のあとは、前述の愛川との共著を残されたのみで文壇から去られてしまったようだが、実は第五回鮎川賞以前にも最終選考に残った別の長編を執筆されていたようで、本書のレベルからするなら、可能ならそちらも読んでみたいとも思わされた。秀作。 |
No.1649 | 7点 | 録音された誘拐 阿津川辰海 |
(2022/11/05 06:27登録) (ネタバレなし) 資産家である実家を離れ、大学の後輩である美女・山口美々香たち二人の助手と、しがない事務所を営む28歳の私立探偵・大野糺(ただす)。その糺が誘拐され、実家の大野家に3000万円の身代金の要求がある。誘拐計画には、裏社会の謎の犯罪コンサルタント「カミムラ」が関わっていた。超人的な聴覚の主として周囲に知られる美々香は山口家に赴き、捜査陣とともに大野救出のため尽力する。だが、そんな大野家には何か秘密が潜み、そして同家の周囲で殺人事件が生じた。 評者は短編集『透明人間は密室に潜む』はまだ未読なので、この探偵コンビとは初対面。もともとシリーズキャラにするつもりはなかったものの、生みの親に愛着が生じて再登場させたのだという。よきかな、よきかな。 誘拐される(された)名探偵という設定を聞くと、ホントーならいくつか類似の趣向の作品が思い浮かぶハズだが、なぜか現状でぱっと頭にタイトルが出てこない。すぐ出てくるのは未訳長編で、ドラ・マールに救われるポール・ベックくらいだな。 あー「囚われたポール・ベック(未訳)」どこかから翻訳して出してくれ! (※註釈) でまあ、例によって非常に練り込まれた作品で、最後に明かされるサプライズのてんこ盛りと、そこに至るための膨大な伏線の数々には唖然としました。 でもまー、文生さんのおっしゃるとおり、フーダニットパズラー的には犯人は丸わかりですな。このミスディレクションにひっかかる読者はそうそういないだろうし。というか作中で(中略)が、ソレをそのままスイスイ受け取り、念入りに裏もとらないのが、なんだかなあという感じであった。 とはいえたぶん作者も、ソコは弱いとわかっていたからこそ、終盤にゲップが出るほど、アッチの方向での仕掛けのカベを厚塗りしたんだと思う。その量感と熱量には、まちがいなく感服。 ただ、この主役探偵が誘拐されるという設定、もうちょっとシリーズが進んで、読者にしっかりキャラがなじまれてから御馴染み路線の変化球として放った方が良かったんでないの? とも考えた。 まあ葛城シリーズでも二作目から「名探偵の実家で起きる連続殺人」というオドロキの趣向を採用し、劇中の名探偵のポジショニングには実にクセのあるところを見せる作者なので、その辺はさっさとやってみたかったのかもしれない。 さらに重要なこととして、美々香のキャラクター設定をミステリファンに十全に浸透させるためには、大野の誘拐~大ピンチという趣向は実に都合がよかったであろうし。 前述の、とにかく犯人当てとしては弱い、というウィークポイント以外は、いろいろと盛り込まれた秀作。 なお作者の阿津川先生、Twitterで日々のご近況を窺うとお体の御具合があまりよろしくないようなので(詳細は明かされていないが)、どうぞくれぐれもお大事にと、ファンの末席からひとこと述べさせていただきます。 【註釈】……レビューを一回書いた直後、国内とか海外とかで、長編の該当作品をいくつか思い出した。ネタバレにはならんものが多いと思うが、あえて作品名はどれもあげないでおく。東西で五つ以上あるよネ。 |
No.1648 | 5点 | 鬼の都 西村寿行 |
(2022/11/04 14:41登録) (ネタバレなし) その年の夏。新宿の市街で、体を6つにバラバラにされ、そして局部を切除された男性の死体が見つかる。凄惨な凶行は繰り返され、謎の犯人者は「鬼」または「情鬼」と呼ばれた。警視庁の刑事・中丘記文(きふみ)、検見(けみ)保行たち捜査陣は犯人を追うが、恐怖と狂気に包まれた関東の周辺では「鬼」の模倣犯らしき犯罪が登場。さらにレイプや殺人、強盗などの事件が続出し、人の心を失った犯罪者は「マン・イーター」と総称される。そんななか、公安の幹部・左岸高則は、とある可能性に着目。そして「鬼」を標的「第20号」と定めた、政府も半公認の闇の自警団「私設刑事裁判所」の「特別処刑人」たちも殺人鬼狩りに乗り出すが。 光文社文庫版で読了。 最初の1ページ目から世にも陰惨なバラバラ死体の登場で開幕。フツーならヘキエキするところだが、こっちはもう、あの『わが魂、久遠の闇に』も『峠に棲む鬼』も読んでるのである。猿の軍団、猿の軍団、いや西村寿行の作品、何するものぞ、という感じで読み進む。 寿行作品としては、あとの方の一作。 謎の殺人鬼「鬼」(劇中には当人が結構、早く登場するが)の連続凶行のなか、無数の民衆たちの人心が失われていく文明的な荒廃の描写、さらにけっこう早めでのかなり予想外の展開(文庫の解説でネタバレされてるので読まない方がいいよ)など、中盤まではなかなか面白い。 しかし主人公コンビの捜査が「鬼」捕縛に向けて実を得ないうちに、別の力関係の公安や「私設刑事裁判所」などが劇中に台頭。特に後者は、元・法務大臣やら法曹界の大物連中が幹部を務める「法律で裁けない悪を自ら裁いて殺す」、仕置人もしくはワイルド7みたいな闇組織で、作者はそっちの方を書く方が面白くなったのか、作品全体が段々といびつになってくる。 でもって「鬼」の正体と扱いは、たぶん後期の寿行作品にありがちなよくも悪くもスピリチュアルな方向にいってしまう感じで、よく言えば読者にあれこれ想像を任せる仕上げ、悪く言えばしごく適当な叙述で済まされてしまった思い。そして、主人公の文芸設定は……なんでしょうな、コレは。 それなりにネタも用意され、書き込まれているのだけど、もはやこの時期の寿行は手慣れたものを書き飽きたのか、中盤以降が全体に緊張感がなく、情報は多いけれど、ゆるい感じの一作であった。 もちろん評者なども未読の寿行作品は山のようにあるけれど、これほど当たりはずれが大きいとは……まあ十分に予想内の範囲ではあるな(笑)。『白骨樹林』みたいに、世の中の高評と自分の評価がまるで一致しない作品なんかもあるし。ま、傑作も駄作もひっくるめて、寿行の世界ではある。 |
No.1647 | 8点 | 殺人鬼登場 ヘンリー・スレッサー |
(2022/11/03 05:51登録) (ネタバレなし) 1959~60年頃の夏季のニューヨーク。各地にいくつもの支店を持つ不動産会社の社長で56歳のエドワード・コプリィ・ブランドシャフトは、休暇を利用して遠方にひと月の魚釣りの避暑に向かう。だがひとりではなく、しばらく前に会社に雇い入れた20代半ばの美人社員ディーロレンス・メイスンを同伴してだ。だがブランドシャフトがディーロレンスのアパートに彼女を迎えに行くと、そこに彼女の夫ジョニイ・ロドリゲスがいきなり登場。もみあいの中で銃声が響き、ブランドシャフトは不倫相手の夫を殺した殺人者として逮捕されてしまう。そして。 1960年のアメリカ作品。スレッサーの第二冊目の長編作品。 プロローグ編にあたる物語の序盤部(「序幕」と章立て)、その直後、話が急転。くだんの「序幕」部はたった一章分のみなので、あらすじはそのあとの前半部~最初の流れくらいまで書いてもいいかとも思ったが、やはり一応はネタバレ防止で秘匿しておいた方がいい(というわけで本レビュー、上掲のあらすじは、その数ページ分の「序幕」部分のみ)。 本編の第一章以降はまったく別の登場人物が、メインキャラクターというか主人公として物語を進め、さる案件に関わる彼とその仲間たちの行動が、非常に緊迫したハイテンションのなかで(さらにちょっとだけ苦いユーモアも交えて)綴られていく。 あー、本作の作品ジャンルは(中略)だったのか? と軽く驚きながら読み進めていくと、主要登場人物、そのそれぞれの心の機微を巧みに掬い上げながら、ストーリーは起伏豊かにスピーディに展開。サスペンス要素も豊潤で、実にかなり高い求心力で、ページをめくらせる。 そして強烈な加速度でクライマックスに向かったのち、終盤で(中略)。ここで息を呑む。 いや、予想以上の優秀作~傑作であった! 本書(ポケミス)刊行当時のミステリマガジンの連載月評「極楽の鬼(地獄の仏)」の中で、石川喬司は「スレッサーといえば短編作家として傑出して有名、とても人気がある分だけ、そっちと毛色の違う長編はあまり本領でないような印象があるが、実のところ自分は長編も評価している」という主旨のことを言っていたはずだが、その見解に実に納得。 いやまあ処女作『グレイ・フラノ』の方はそんな秀作だとも思わないが(悪い作品ではないけど)、本作『殺人鬼登場』の方は、おお正に、そんな石川喬司のホメ言葉に偽りなし、という感じで最後まで楽しめた。 ラスト最後の1ページの、しみじみした、でも(中略)な余韻のあるクロージングも心に残る。 スレッサーって、長編はこの二作しか翻訳がないけれど、実はまだまだ未訳の長編の原書があり、70年代の作品なんか当時、木村二郎氏がミステリマガジンの連載エッセイのなかでかなり面白そうに紹介していたりしている。その辺、翻訳されないかなあ。 昨今のクラシック、準クラシック発掘路線にまた割と活気が出てきたので、どっかでこの辺も目を向けてくれると嬉しいんだけど。 |
No.1646 | 8点 | 正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子 田村和大 |
(2022/11/02 16:18登録) (ネタバレなし) 福岡在住の一坊寺陽子は、個人法律事務所を営む40歳で独身の弁護士。以前は東京の検察官だったが、彼女なりの考えでかなり前に退官し、九州で今の仕事を始めていた。そんな彼女のもとに、同期の弁護士で今は公益活動家(NPO法人と連携して弱者を支援する者)でもある桐生晴仁から、二件の仕事を手伝ってほしいと依頼がある。そしてその内の一件は、桐生自身の弁護士としての資格を問う、弁護士会宛の「懲戒請求」に関するものだった。 古参ミステリサークル「SRの会」は隔月で会誌「SRマンスリー」を発行。その最近号で今年2022年の半ばまでの新刊ミステリ(国内、翻訳)を俯瞰した記事があり、その中で「これは本当に驚かされた(大意)」と紹介されていたのが、この作品であった。 評者などは完全に未知の作者で、当然、著作は初読み。そもそもタイトルからして、いかにも一時間ものの連続ドラマ化をあてこんだキャラクターものの二流ミステリみたいなので、もしかしたら何も言われなければ、かなり高い確率でスルーしていたと思う。 (ちなみに本作は現状ではシリーズものではなく、あくまで単発の作品、今後シリーズ展開される可能性はあるが。) で、根がスノッブな評者などは、そうしたいかにも安っぽい? タイトルの作品の中に秀作、優秀作があるなら、それはぜひともヒトより先に読んで「あ、まだあれ、読んでないんですか? まあ、題名が題名なので、ノーマークなのは仕方ないですねえ……」とかなんとか、ウエメセでのたまいたい正直な欲求がある(性格悪いね。すみません・汗)。 ということで、イソイソと読んでみたが、うーん、これは確かになかなか……! まず、主人公の弁護士・陽子をはじめとする各登場人物の書き分けが結構なレベル。大半のキャラクターが素直な善人というわけではないが、その分、清濁の人間味を併せ持った厚みのある書き方をされている。 (特に中盤から登場し、陽子の相棒役となる某年配キャラが実にいい。) しかしそれ以上に唸らされたのはやはり、話(というかメインの事件)の意外な構造と、それを少しずつ露わにしてゆく作劇の達者さ。 ミステリとして、事件の奥行きの深さを大きな評価要素とするなら、今年の国産ミステリでもたぶん間違いなく上位クラスに入る一本だろう。でもって、最後の最後のさらなる……(以下略)。 いや、ウワサ&期待通りの優秀作であった。 なお作者は現役の弁護士らしいが、なるほど、法律関連のロジックや発想力を駆使し、こういう作品も書けるという種類の作品でもある(かといってそんなに敷居の高い内容ではなく、無学なシロウトにもとても呑み込みやすいもの)。 あと(中略)は(中略)だという、ミステリファンの盲点をついた? (中略)トリックはお見事。ミステリの創意としてはココが一番、賞味部分かもしれない。 ちなみにAmazonのレビューではそれなりに高い評価を獲得。コメント付きのレビュー(現状では2つしかないが)ではどちらも☆五つである。さらにTwitterで感想を探ると6月ごろに、今年の(現時点までの)ベストワンではないか、との声がひとつあるだけ。 このままだと、ほとんど誰もチェックしない今年の埋もれた秀作、というポジションに落ち着くオソレもあるが、まあそうなったらそうなったで、オレ(と実際に本書を読んだどっかのヒト)だけがこーゆーひそかな秀作を知ってると隠微な愉悦に浸れる楽しみもあるので、それはそれでいいかな、と(笑)。 (エンターテインメント作品としてはリーダビリティも高く、かなり敷居の低い作品だけどね。) 最後に、陽子主役のシリーズ化は是非とも希望。 |
No.1645 | 6点 | あなたへの挑戦状 阿津川辰海 × 斜線堂有紀 |
(2022/11/02 04:02登録) (ネタバレなし) 神奈川県の大型ゲストハウス「アクエリウム」。そこは壁面に巨大な水槽を誇ることから、近隣の人々から「水槽城」と呼ばれる建築物だ。その中で、奇妙な? 殺人事件が発生する。 (『水槽城の殺人』) 「僕」こと24歳の青年・丹内一寿(かずひさ)は、芸大受験のために実家から出てきた19歳の妹・千百合を宿泊させる。そんな矢先、一寿の勤務先のビジネスホテル「エクスール」で、予期せぬ殺人事件が起きる。そしてその犯行現場には、不可解な謎が残されていた。 (『ありふれた眠り』) 阿津川辰海が執筆した中編パズラー『水槽城の殺人』と、斜線堂有紀の執筆による中編パズラー『ありふれた眠り』の二編を収録。ともに今年の「メフィスト」誌の同じ夏季号に掲載されたもので、書籍の巻末には二人の作者による特別書き下ろし原稿が追加されている。 ……評者が本書について言いたいことは、本サイトで先にレビューされたフェノーメノさんが実に丁寧に明快に語ってくださっているので、あまり付け足すことはない(汗・笑)。両方の作品の感想も、それぞれほぼ同様。 自分もミステリ小説としてのトータルの旨味で『ありふれた眠り』の方が面白かった。なんか昭和期の日本推理作家協会の、年間ベスト国産短編アンソロジーに収録されていそうな感じだけど。 『水槽城』の方は、阿津川センセ、狙いはわかりますが、それじゃもろもろの意味でウケは取れないです……という思いが。掛けた労力ほどの効果があがってないし、面白さにもつながっていないのでは。 でもって、もったいぶって巻頭に袋とじまでして、実のところ本書(この中編二本)のメイキング事情はソレ(その程度のありふれたこと)かい? というのが正直なところ(……)。 巻頭の袋とじは、古本屋で本書を買わせないための、単なる商売上の方策でしょう、たぶん。いや、出版不況の昨今、そういう仕掛けを絶対に悪いとは言わないけれど、あんまりこういうのを乱発すると読者(ミステリファン)が現在形の国産ミステリから離れていくのでは? といささか心配になる。 (あと、一応はネタバレ? を警戒して書くけど、先人として欧米のあの二人の作家の名前は両先生の念頭に上らなかったのかね? 少なくとも阿津川先生の方は、120%心得ていると思うが……。) どちらの中編も佳作以上にはなってるとは思うが、これは企画そのもの~書籍全体のハッタリ具合が、いささかハジケすぎた一冊では? |
No.1644 | 8点 | 眼下の敵 D・A・レイナー |
(2022/11/01 05:05登録) (ネタバレなし) 1943年7月。ゲーリングの密命を受けたドイツ海軍の潜水艦U21が、アフリカ海域を潜行する。だがその存在は、海上の英国海軍駆逐艦ヘカテ(艦長は32歳で甘党の青年ジョン・マレル)に発見され、U21側の気づかぬまま長時間の追尾を受けることになった。そしてU21艦長でドイツ貴族出身のペーター・フォン・シュートルベルクは、ついに敵駆逐艦の追跡を認知。ここにUボートと英国駆逐艦との一対一の正面勝負、激しい海戦が開始された。 1956年の英国作品。 作者D・A・レイナーは1908年の英国生まれ。1925年に英国海軍に入り、第二次世界大戦中には英国史上最初の駆逐艦艦長に就任。二度の受勲を経て戦後もそのまま海軍に残り、中佐にまでなった筋金入りの戦艦乗りという。 本作はロバート・ミッチャムとクルト・ユルゲンスの主演で映画化され、評者の当家では少年時代に家人が日曜洋画劇場? などで何回か鑑賞し、非常に気に入っていた思い出がある。 とはいえ評者自身は、名作と評判のくだんの映画はいまだ未見(汗)。ネットで映画版の噂を拾うと大筋はほぼ原作と同一なものの、ヘカテの所属が米国海軍に変更。またラストなども相応に差異があるらしい。まあいつか、観る機会もあるとは思う? というわけで今回は(今回も)あくまで原作小説のみの感想、レビュー。 ちなみに評者は、本邦最初の邦訳本、パシフィカの元版「海洋冒険小説シリーズ」(1978年)で読んだ。 なお本作は同叢書の通巻ナンバーの1冊目で、書誌リスト上はトップバッターとなっていた。 で、後年の創元文庫版がどうなっているかは現状で知らないが、パシフィカの叢書は基本的にかなり図版が豊富。本作の場合も、主役の二隻~駆逐艦&潜水艦の内部図解をはじめ、両船の航跡、各戦局局面での船体の行動図、さらには山場での船体のダメージ状況まで図示してくれる、誠に親切な作り。おかげで物語や状況の理解が、本当に楽であった(笑)。 本文の文章は、逐次の戦闘描写や戦いの局面を綴るために必要なこと以外はほとんど触れず、主要人物の内面描写も本当に必要最低限な分だけ語りながら、ストーリーをぐいぐい進めていくつくり。 艦長や乗員たちの心情を覗く叙述がまったくない訳ではないが、とにかく饒舌になるのを恐れつつ、それでも書きたいポイントだけは堅実に押さえていく感じだ。ある種のハードボイルドめいた文体に、近いものすら見やる。 (なんというか、野球小説なら、試合でグラウンドに立つ選手の一挙一動を必要な分だけ書いて、それで読者視点の緊張感を絶対にゆるめさせない、そんな絶妙な手際とでもいうか。) 現代のソナー技術の前身的な索敵装置「アスディック」機構の重要性とか、一発が2トンもあり、装填に数十分以上も費やす魚雷の慎重な扱いとか、正に海戦の現場を知り尽くした作者ならではのリアリティもいろいろ興味深い。 (船体サイズはUボートの方が駆逐艦の大体10分の1、海中上下への移動ができる分、機動性に優れるが、一方で火力の総力は駆逐艦の方がはるかに勝る、という、一種の異種格闘技ともいえる面白さを十二分に堪能できる。) でもって、すんごく面白い! しかし当然ながらこれはガチガチのシリアスな戦争海洋冒険小説(それでもあくまでエンターテインメントであろうが)……と思いながら読んでいると、いっきょに最後で、ある種のキャラクターものの小説としてハジける(この辺は、これ以上詳しく言わない方がいいな)。 あー、こういう部分も含めて踏まえて本書は「名作」なんだね、と心底からニヤリ♪ とすることに。 パシフィカ版で本文220ページほど。創元文庫版も現物を見たことあるけど、けっこう薄目。 しかし非常に(尺数に比して)コストパフォーマンスの高い優秀作だとは実感。 北上次郎などはパシフィカのこの叢書のなかでは、イネスの作品と並べて筆頭の上位に推してるらしいが、まあ、そうでしょう、そうですよね、という率直な感じ。 なおレイナーの海洋ものは、ほかにも邦訳があるみたいで、ネットの感想を拾うと本作より良いものもある、という主旨のことを言っているヒトもいるみたいだ。ならばそのうち、他の作品も探して読んでみよう。 |
No.1643 | 7点 | 九人の偽聖者の密室 H・H・ホームズ |
(2022/10/31 18:17登録) (ネタバレなし) 1940年3月のロサンゼルス。失業中で作家志望の27歳の青年マシュー(マット)・ダンカンは、8年ぶりに学友グレゴリー(グレッグ)・ランドールに再会。さらにそのグレッグの彼女である17歳の少女メアリー(「コンチャ」)・ウルフの家族とも知り合う。ウルフ家は裕福なLAの名士で、そしてコンチャの父A・ウルフ・ハリガンは、宗教学上の一種の義侠心から、インチキな宗教家たちの不正を暴くことに血道を開けていた。そんなA・ウルフの現在の主な標的は、水晶玉を使う占い師スワーミと、別口の宗教団体「光の子ら」を率いる教祖アハズウェル。スワーミとアハズウェルはそれぞれともにA・ウルフを憎み、特に後者は天界の天使たちと歴史上の偉人の力を借りた「ナイン・タイムズ・ナイン」の呪殺法まで施していた。そんななか、ついにウルフ家で殺人が発生。しかもそれは密室としか思えない状況下での不可能犯罪だった。 1940年のアメリカ作品。 めでたく再発進した叢書「奇想天外の本棚」版で読了。 実は1~2年ほど前に自宅の書庫で旧訳を掲載した「別冊宝石」を発見。じゃあ読もうかと思っていたら、新訳刊行のウワサが聞こえてきたので、そっちの実際の刊行を待って、このたびようやく読んだ。さすがにスラスラと読みやすい。 ホームズ(バウチャー)の長編は『シャーロキアン殺人事件』しか読んでない(家の中にあるはずの『ゴルゴタの七』が見つからない)のだが、あれやこれやとネタがいっぱいで楽しく、しかし思い付きを盛り込み過ぎてゴチャゴチャとしがちな猥雑な作風は、それなり以上に印象に残っている。 今回も基本的には正にそんな雰囲気だが、いろいろとワケありそうな人物が賑わう物語のなかにまぎれこんでいく主人公マットの道行きが意外に軽快で、思っていたよりずっと読みやすい。 J・D・カーの「密室講義」(『三つの棺』)がサンプルテキストになるという趣向はかねてより有名な作品だが、どのように登場するのかというと、なかなか意外なタイプのミステリファンが劇中に持ち出してきて、その辺りの、人を喰った一種のコメディ感覚もなかなか楽しい。 霊的な遠隔操作によるオカルト犯罪? も視野に入れながら、お話にはグルーミーな印象はまったくない。どちらかというと薄味のアイリス&ピーターもの(クェンティンン)というか、ヘレン&ジェイクもの(ライス)みたいなラブコメ、ライトコメディの趣もある。いとゆかし。 でまあ、謎解きのフーダニットパズラーとしてはソンナに大傑作であろうはずもなく、そこそこの、良い意味でのB級パズラーであろうと思っていたので、その辺は正に予想通り。 21世紀に発掘(再発掘)される80年も前のクラシックパズラーなんて、こーゆーものでいいんだよ、とこちらの期待値のラインをクリアしてくれた。 トリックに現実性がない? いやまあ、活字で構築されたフィクション世界ならギリギリ、アリでしょうという類のもので、そういう種類のトッポさもとても好ましい(笑)。 なおシリーズ探偵役となるシスター・アーシュラの登場作品については、大昔にミステリマガジンに邦訳掲載された短編をひとつ読んだ記憶があるんだけど、さすがにもう何も覚えちゃいない。 それで今回の長編で、彼女の出自と前身、なんでアマチュア探偵としての資質があるのかなどが語られ、へー、そうだったの、と軽く驚く。 もともとは(中略)を志望しながら、結局は修道院に入ったヒロイン探偵。この設定は、ちょっと萌える(笑)。 シリーズ第二作『死体置場行ロケット』もいずれ新訳が出るみたいなので、楽しみにしていよう。 秀作に一歩二歩足りない、でも十分以上に佳作。 |
No.1642 | 7点 | サブウェイ・パニック ジョン・ゴーディ |
(2022/10/30 06:44登録) (ネタバレなし) 1970年代のニューヨーク。元・傭兵のライダーは、元地下鉄運転士で41歳のウォリー・ロングマンとともに、前代未聞の犯罪計画を立案。それは、さらに二人の男を仲間に加え、地下鉄レキシントン・アベニュー線の列車車輛をハイジャックするものだった。乗客を人質に、NY市から100万ドルの身代金を要求。かくして同レキシントン・アベニュー線のベルハム123号車、その先頭車輛が機関銃を持った4人の男に占拠され、運転士と乗客の計17人が人質になるが。 1973年のアメリカ作品。 三回映画化されており、それらの中で最初の映画版では、捜査陣側の登場人物が相応に整理されていることなども知っているが、実は評者はそれらの映画版は一本も観ていない(笑)。 特にその第一作目の映画版は、監督があの名作SF映画『地球爆破作戦』のジョセフ・サージェントだから、観ればかなりの確率で面白いのだろうとは思うが? 閉鎖空間にこもる犯人側と地上の捜査陣・行政側との駆け引き、密閉された場での人質と犯人の緊張感、さらには地下鉄の路線という定まったコースの上を疾走する車輛のなかで、犯人はどのように強奪計画を完遂し、逃走するつもりなのか? あるいは……!? という作劇上の要素がそれぞれ強烈な訴求力となり、一気読みはまず必至。 物語の流れを追う三人称のカメラアイが縦横無尽にこまめに切り替わるが、名前がちょっとでも出る登場人物の総数は70人前後。このタイプの作品としてはそんなに多くはなく、うまい具合にキャラクター配置がされているといえる。 (元版の邦訳書、ハヤカワ・ノヴェルズのハードカバー版で読んだが、この内容の割に本文のページ数は約260ページと結構、少な目だ。) ちなみに17人の人質のキャラクターの全部が全部、しっかりドラマに活かされる訳ではないし、さらに言うと(中略)という観点で一部の登場人物のポジションが先読みできちゃう面もあるが、それはそれでそこからまたさらなるヒネリがあって面白い。 派手めなクライマックスを経ての渋めのクロージングも味があって良かった。 作品の全体の雰囲気としては、かの『シャドー81』または初期カッスラーや初期ラドラムなどの、いわゆる70年代半ば~80年代あたりに隆盛した「ニュー(ネオ)・エンターテインメント」の先駆的な一本で、その辺の興味をコンデンスにした感じ。 そのニュー・エンターテインメントの前の娯楽フィクション(小説、映画を問わず)の時流であった「パニックもの」の、広義の一本ともいえるか。 先日たまたま、ネットの某所で本書の作者ジョン・ゴーディの名前を目にして、そーいや大昔に『ザ・スネーク』(NYの市街を猛毒を持った蛇が逃げ回り、市民が恐怖におびえるパニックサスペンスもの)は楽しんだけど、いちばんメジャーなこの作品は読んでなかったな、と思い、このたび読了。 期待どおりというか予想通りにフツーに面白かった。 良い意味で登場人物たちを駒にしてストーリーを進めるお話の作りがとても達者だな、と思いきや、随所に、そして終盤に、妙に小説的に作家の物言いたげなキャラクター描写も出てきて、その辺の作品の厚みには普遍性を感じる。 評価は、かなり8点に近いこの点数ということで。 |
No.1641 | 6点 | 仕掛島 東川篤哉 |
(2022/10/29 06:37登録) (ネタバレなし) 1995年3月の瀬戸内海。夜釣りに出ていた三人の中学生は、世にも奇妙な事件に遭遇した。それから23年。関西出版界の大物、西大寺吾郎が病死し、その莫大な資産は、異形の孤島・斜島に集まった遺族たちに分配される。だがその島で、怪異な殺人事件が発生。遺言書の執行役である若き女性弁護士・矢野沙耶香と、行方知れずだった遺族の一人を島に連れてきた私立探偵・小早川隆生は、台風で閉ざされた奇妙な建築構造の館の周囲で、複数の事件の謎に向かい合うが。 作者のかつての人気作『館島』の世界観(縁者の登場人物、類似の事件の舞台)を引き継ぐ新作。 (今回の主人公探偵コンビの男性の方が『館島』の探偵カップルの息子で、母親が開業していた私立探偵事務所を継承しているという設定である。) 東川作品はまだ片手の指程度の冊数しか読んでない評者だが、本当にたまたま、ほぼ一年半前に気が向いて『館島』は読んでいたので、良かった。 まあそっちを読んでなくても、全く問題ない新作だが。 とはいえミステリとしては、コテコテの新本格パズラーにしてバカミス、しかしパワフルな娯楽作であった前作と比べちゃうので、どーしても分が悪い。 作者の著作の中での最長の長編ということも新作のセールスポイントらしいが、どちらかというとお話や事件の密度に比して、冗長な印象。 で、肝心の「仕掛け」に関しては、確かに現実の世の中に、それなりにありふれたものの延長のギミックではあるものの、作者と読み手の駆け引きの中で頭に浮かんでくる類のものとは思えず、真相がわかったあとのサプライズにインパクトも響くものもあまりない。はあ、そういう仕掛けですか、オチですか、という程度の感じであった。 むしろ個人的には、お話や事件の細部を固めた脇の中小のネタの方が、まだ良かった。 『館島』のダイナミズムの再来を期待すると裏切られちゃうので、どっちも読んでない人は、もしかしたら、こっちから先に手に取った方がいいかも? 佳作にはなってると思うけれどね。 |
No.1640 | 5点 | 闇からの狙撃者 鷹見緋沙子 |
(2022/10/28 06:48登録) (ネタバレなし) 埼玉県の農家・大河原家で起きた、土地の売却金2億円を奪った強盗事件。だが二人組の犯人の間でトラブルが発生し、一方が相棒に傷を負わせた上、2億円の現金を持って逃げた。それから5年の時が経ち、中堅企業「P繊維」では、会社の内外で複数の男女のひそかな欲望と思惑が渦巻いていた。 (表題作) 文庫オリジナルの一冊で、徳間のミステリ専門誌「ルパン」に掲載された表題作(かなり短めの長編)と、短編『覆面レクイエム』の二本を収録。 その双方に警視庁捜査一課の刑事で、興梠(こおろぎ)警視が登場する(とはいえ、ほとんど脇役で、特に表題作の方は最後の数行に名前が出るくらいだが)。一応は、同一の世界観での、広義の連作シリーズ。ほかにも鷹見作品のなかには、このシリーズに該当するものが、まだあるのかもしれない。 覆面作家・鷹見緋沙子の正体が複数の作家チーム(大谷羊太郎・草野唯雄・天藤真たち、中島河太郎が企画プロデュース)の合同ペンネームであり、作品によってその作家が参加したりしなかったりの連携で、数冊分の著作をものにしたことは、すでに多くのミステリファンの知るところ。 中でも天藤真が主力で関わった作品は、その天藤名義で創元文庫に現在は入れられているので、逆に言えば本書の二編は、残りの作家たちの実働によって著されたことになる? 長編、短編ともに、男女間の愛欲や欲望をからませあったサスペンス編だが、それぞれラストまでにはそれなりのサプライズまたはどんでん返しが用意されている。 ともにサクサク読める、昭和っぽいB級~Cの上級のサスペンス読み物ミステリというところ。評点はこんなものだが、そういったB~C級リーグの枠内では、それなりに楽しめたかも。 (なお、評者的にはもうひとつ、本書の二編に共通するミステリのタイプカテゴリー名を言いたい気もあるのだが、それを言うともしかしたらネタバレになってしまうオソレもあるので、やはりナイショにしておく・笑。) 紙幅が短い分、無駄な? 昭和風俗描写などもほぼ皆無。両編とも、とにかく絡み合う登場人物の図式だけで物語が構成され、その辺はある意味で潔い。 21世紀のいま、その辺の筆慣れした作家なら双方それぞれのプロットで、倍の長さに平気でしちゃうかもねえ。 しかし表題作のタイトルは、なんとなく浮いてるというか、内容と微妙に反り合ってないような……(いやたしかに、該当のシーンはあるのだが)。まあこの表紙(徳間文庫版)で、このタイトルという妙なマッチングぶりも味ではあるけれど。 |