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ミステリの祭典

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このやさしき大地

作家 ウィリアム・ケント・クルーガー
出版日2022年10月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 人並由真
(2023/02/16 18:03登録)
(ネタバレなし)
 大恐慌の災禍に全米がさらされた1932年。ミネソタのネイティブアメリカン専門の孤児院「リンカーン救護院」には、特別に二人だけ白人の兄弟がいた。その弟の方で「ぼく」こと12歳のオディ・オバニオンは、16歳の兄アルバート、スー族の友人モーゼズ(モーズ)そして6歳の少女エアライン(エミー)・フロストとともに、「黒い魔女」ことセルマ・ブリックマン院長が恐怖で治める救護院からの脱走を図るが、そんな4人の前には多くの人々との出会いと別れが待っていた。

 2019年のアメリカ作品。
 作者クルーガーの著作はこれが初めての出会いで、すでに紹介されているシリーズものなども全く知らない一見の読者の評者だが、非常に面白く、そして強い感銘を受け取りながら読了した。昨年2022年度の翻訳ミステリで自分が読んだ作品の中では、『真珠湾の冬』とともに、これが現時点でのトップ2だ。

 作者の当初の構想は『ハックルベリー・フィンの冒険』だったというが、正にその通り、主人公たち4人の旅路の軌跡は大河を下って、兄弟の縁者がいるはずのセントポールに向かうもの。その道中で実に多くの起伏に富んだ挿話が用意され、そのひとつひとつが絶妙に面白い。
 登場人物も良い意味で何ら臆することもなく、ほぼ聖人といえる善人(それでもどこかダメ意味での人間味がある)から極悪人(こちらもまた、非常に奥深い部分にではあるが、一端の同情の余地がある~それでもやっている非道の肯定はまったくできないのだが)まで惜しげなくお話を紡ぐために導入し、そんな極端ともいえるふり幅の中で、悪い人かと思ったらそうでもなかった、またはその逆、などの反転が実に効果を上げている。

 二段組で480ページ弱。最初の100頁あたりで、これはもう最後まで一気読みだなと予見し、その通りになった。翻訳も良いのだろうが、全体の美文調の文章もとても味わい深い。
 なお、およそ80年前のアメリカの一角を舞台にした作品だが、その後、この本で語られた主軸の物語の時代から、21世紀の現在に至るまでの現実の世相の推移を展望すると、さらにいろんなものが見えてくるような気もする。そういう感興を読む者の心に求めて託す、作品でもある。優秀作。

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