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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2289件

プロフィール| 書評

No.2289 6点 仮面の情事―プラスティック・ナイトメア
リチャード・ニーリィ
(2026/01/02 06:41登録)
(ネタバレなし)
 1978年のアメリカ作品。

 数か月前に、出先のブックオフの100円棚で遭遇。
 思い起こせばニーリィを読むのは、2014年にリアルタイムの新刊で『リッジウェイ家の女』を手にして以来である。
 で、これは読み残しの一冊で、久々に……という気分で購入。元旦が過ぎた深夜、1月2日の早朝から読み始めた。ちなみに映画の方は未見。
  作中の時系列での重要なイベントの自動車事故が大晦日の深夜の直後、その年の元旦の早朝に起きていて、妙な暗合に笑った。

 で「さすがに、真相の大ネタはこれしかないだろう!?」という予断で読み進み、それに関しては、まあムニャムニャ……だった。
 が、ストーリーテリングの妙で読ませ、さらに良い意味での力業で唸らせる。
 ただしその一方で、法医学がさらに進んだ21世紀の現在なら……だろうな、とも思う。
 
 クロージングの独特な余韻はいいかも。


No.2288 8点 あるフィルムの背景(角川文庫版/ちくま文庫版)
結城昌治
(2026/01/01 21:30登録)
(ネタバレなし)
 少し前の古書市の一冊50円均一のワゴンで見つけた、旧版の角川文庫版で読了。よくよく考えたら、これもすでに何十年も前に買ってあったかもしれない。まあいいか。

 全8編、どれも昭和のクライムストーリー&奇妙な味、系の短編として一定以上のレベルで面白い。冒頭の『惨事』からして、魂を掴まれる。
 ベストは……その『惨事』ほか『蝮の家』『あるフィルムの背景』『孤独なカラス』『私に触らないで』『みにくいアヒル』『老後』『女の檻』。……どれも佳作の上~秀作だな。自薦傑作選の触れ込みは伊達じゃない。
『私に触らないで』のオチはミステリとしては他愛ないが、そこに行くまでの話の曲のつけたかたがハンパじゃない。
『女の檻』は、なんか抜け道があるのでは……とあれこれ考えたが、やはり(中略)であろう。
『老後』は暗い結晶感が絶品だな。
『みにくいアヒル』は心に響く。原作版『いじわるばあさん』の「男としての(中略)」の回を思い出した。
 表題作がある意味で毛色の変わった感じで、結城ハードボイルドの系譜。さらに解説でも名が出たシムノンの雰囲気にも似てる。

 昭和ミステリのノンシリーズ短編集好きなら、一読の価値はある。


No.2287 8点 松本清張編 密輸品
アンソロジー(国内編集者)
(2026/01/01 16:26登録)
(ネタバレなし)

 1970年代後半にEQ(ダネイ)が来日した際に、その縁で集英社から刊行された、海外の短編ミステリアンソロジーシリーズ「海外推理傑作選 松本清張編」全6冊の4冊目。
 
 本国版「ヒッチコック・マガジン」系のアンソロジーをベースに日本で組み替えた内容のようで、清張自身のセレクトというのも、たぶん口上のみ(個々の作品を読んでのコメントは本人のものだとは思うが)。
 叢書総体の詳しい情報については、数年前の例の「ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション」に記述があったはずだけど、本の山に埋もれてすぐ出てこない。

 そもそもこの今回のアンソロジーも、もともと全6冊のうち4冊くらい買ってあったハズだが、出先のブックオフで端本が1冊200円の帯付きで3冊あったので、ダブってもいいやと買ってきた。

 で、この4巻『密輸品』の収録作家・作品は以下の通り。

催眠術師 / ヘレン・ニールセン
事実と判決 / オーガスト・デーレス
密輸品 / ジェイムス・ホールディング
骨董品 / ハル・エルソン
満潮 / リチャード・ハードウィック
中身は死体 / C・B・ギルフォード
ある日花咲く庭で / フレッチャー・フローラ
マレーボーンへ3マイル / ヘンリー・スレーサー
感度のいい陪審員 / リチャード・デミング
捨て台詞 / ボーデン・ディール

『マンヴィル(マニー)・ムーン』で旬の話題のデミングを含めて50~70年代当時のヒッチマガジン系作家が大半で、ほぼ全編が活字で読む「ヒッチコック劇場」のようで、面白かった。中ではデーレス(ダーレス)のソーラ・ポンズものだけが異彩だが、これは本国版ヒッチコックマガジンの旧作・再録路線の反映か? 
 そのポンズものも、殺人容疑者に常態的に寛容な裁判官の周辺で起こる謎の裁きの殺人? というテーマで、なかなか面白い。
 ベストは「ああ……」と思わず最後に溜息が出た表題作と、ブラックユーモア&落語のような『中身は死体』。フローラやデミング、ディールも面白い。
 というかハズレがない。スレッサーは少し長めでいつものコンデンス感とはちょっと違うけれど、なんか一時間枠版のアンソロジードラマみたいな感じで、まあこれはこれで佳作以上。

 昔の翻訳ミステリ雑誌、日本版「EQMM」~80年代辺りまでのHMM,日本版「マンハント」、同「ヒッチコックマガジン」さらには「別冊宝石」の一部まで、は、(多少方向性に幅があるとはいえ)こーゆー楽しさを毎月提供してくれたんだよな。
 もうあんな時代は二度と来ないだろう。

 他の巻も読むのが楽しみ。


No.2286 6点 セブン殺人事件
笹沢左保
(2025/12/28 18:29登録)
(ネタバレなし)

 忙しい時にミステリ好きが、就寝前に喝を癒す、笹沢短編集。
 なんかオリジナルの元本も大昔に買ってあったような気もするが、結局、今回、ブックオフの100円棚で買った美本の双葉文庫版で、初めて読了。

①「日本刀殺人事件」……トリックは予想の範疇内だが、笹沢には似合ってるよね、このネタ。

②「日曜日殺人事件」……犯行のバレる経緯は、よくありそうだが、これはこれで。

③「美容師殺人事件」……被害者が殺された動機が(……)。余りに切なく、その意味で妙に心に響いた。チェスタートンに通じるものもある?

④「結婚式殺人事件」……当該の人物は、その段階に至る前にいくらでも、とは言わないにしても、希望のデータを得る機会はあちこちにあったのでは? どーも納得できない。

⑤「山百合殺人事件」……ミステリとしては底が浅いんだけど、これも笹沢ミステリの枠内で読むとちょっと違う含意があるよね。まあまあ。

⑥「用心棒殺人事件」……殺人トリックよりも動機が、印象的。③と並ぶそっち方面の佳作。

⑦「放火魔殺人事件」……ストーリーテリングとして見るなら、B級ミステリとして一番よくできてるだろう。

このシリーズ、これで終わりなのか。もうちょっと読みたかった。作者のロマンチシズム志向を背負った送り手の分身的なキャラとして、宮本が地味にいい。


No.2285 5点 小路の奥の死
エリー・グリフィス
(2025/12/28 09:31登録)
(ネタバレなし)
 読んでる間は結構、面白かった。
 さらに良い意味であれやこれやと読者を振り回しながら、終盤に向けて少しずつキャラクタードラマを整理していく話の作りはなかなか達者だと思える。

 で、まあ、肝心の真犯人は確かに意外だが、一方で正にnukkamさんのおっしゃる通り、そんなモン、後出しされてもナー、という気分である。1920年代辺りの、謎解き小説としての整合性なんか二の次で、とにかく読者を「あ」と言わせればいいんだ、というような感じの作品。

 アニー・ウィルクス(キングの『ミザリー』の)あたりが本書を読んだら、「そんなのおかしいわよ!」とマジメに怒るのではないか(うんうん同感)。
 ミステリ作家としての作者の心得違いを、現在形のCWA所属の面々が「あのね、グリフィスちゃん、そもそも謎解きミステリというのはね……」と諭してあげてください。

 シリーズ第4作目がどんなモンになっているか、楽しみな反面コワイ、いやコワイ反面、楽しみです。


No.2284 5点 国会採決を告げる電鈴
エレン・ウィルキンソン
(2025/12/24 11:30登録)
(ネタバレなし)
 1932年の英国作品。
 確かに裏表紙の通り、二つの世界大戦の間のリアルな国情は感じられるし、翻訳の良さもあって序盤はそれなりに面白い。
(特にメインヒロインのひとりのアネットが、問題発言を放つあたりまで。)

 ただ中盤からはフツーの素人探偵たちが足で事件を追い回す流れの上、いかにもお約束的にお話の中だるみを押さえました、という感じで起きる小さな事件など、本当にどっかで(というより悪い意味であちこちで)読んできた、水準作~佳作のミステリのパッチワークという印象。

 終盤の事件の真相はちょっと面白かったが、nukkamさんのおっしゃる通りにその情報の大半は後出しで、ミステリの完成度としてはあまりホメられたものではない。気の抜けるようなトリック(といえるのか?)は、実はまあキライではないのだが。

 他種業作家の書いた、それなりに商品性のあったセミプロミステリというところ。
 佳作の中くらいかな。


No.2283 8点 乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO
青柳碧人
(2025/12/20 07:57登録)
(ネタバレなし)
 二日前に読了したが、なかなか感想が書けない。
 
 おおざっぱな物言いをしてしまえば、もちろん歴史ドキュメントでもなんでもなく、むしろ「忠臣蔵には中村主水が関わっていた」「桜田門外の変にも中村主水が関与していた」「中村主水が平賀源内と知り合いだった」(←もういいです)と同質の、歴史史実ものに見せかけた(?)それっぽいフィクションのお話エンターテインメントだが、それはともかくとして実に面白かった。

 乱歩と杉原千畝という、実際にはいくら何でも接点なんかねーだろ? と思える両人の関係性を、良い意味で最大限に強引に手繰り寄せ、相応の想像力と資料の読み込みで築き上げた本書。
 その中身は、大正~昭和中盤までの時代のオールスターものでもあり、そういう意味での興趣も尽きない。
 一番評価されるべきは虚実をまぜこぜにしながら作中人物たちの縦横自在な人間関係を組み上げた、作者の破格の構成力だろう。

 ほぼ全編が良かったが、一番グッと来た(死語)のは第7話の、あの人もあの人も……のくだりかな。山村正夫のあの本に通じるトキメキがある。本書のそこには万端な意味で歴史上の真実はないかもしれないけど、たぶん確実に戦後の本邦推理文壇での真理がある。島田一男も登場させてほしかった。
  
 この本に対するたぶん一番近い自分の感慨は、少年時代にベアリング=グールドの『ガス灯に浮かぶその生涯』を熱に浮かされるような思いで読みふけったあの時の気分。
 本書ももっと若い頃に読んでいたら、間違いなく殿堂入りしていたね。十~二十代の頃に出会っていたら、10点満点で10点だと思う。実際には読んでる間の熱狂で9点、二日経った今ではとにもかくにも頭が冷えて、8点の上だけど。

 で、さらに言うなら本書はおそらく完全に、良くも悪くもNHKの朝ドラの世界です。いやわたしゃ、朝ドラって『なつぞら』の東映動画(がモデルのアニメスタジオ)編以降しか、まともに観たことないんですが(汗・笑)。
 まあ、十中八九、その路線もしくは近しい場で、十年以内に実写ドラマ化されるとは思うのだ。


No.2282 7点 巫女は月夜に殺される
月原渉
(2025/12/17 15:20登録)
(ネタバレなし)
 読み始めてすぐ作中に××という名のヒロイン(巫女さん)がいると意識したので、その瞬間に、かなりおバカなことを考えた。
 そこのあなた、同じこと思ったりしていません?
 もちろん結果がどうだったのかは、ここでは言いませんが(笑)。

 最後まで読んで、……ああ、そう来たか! と個人的にはかなりツボにはまった。
 いや、早々に気づく人はいるかも知れんけど、なんというかいささか大味なことは認めた上で、それでも物語世界がでんぐり返り、もうひとつの世界像が現れる快感は確かにある。
 
 なんかね、1950年代あたりの新世代作家が書いた技巧派ミステリの原書をすぐ翻訳したポケミスかそのほか海外ミステリの叢書の中にありそうな感じの食感。
 私は結構スキです。

 ただ、犯行現場というか隠し里の図(地図)は欲しかった。


No.2281 7点 探偵はパリへ還る
レオ・マレ
(2025/12/17 15:08登録)
(ネタバレなし)
 第二次大戦下。「わたし」こと、パリの名うての私立探偵で「フィアット・リュックス探偵事務所」の所長ネストール(「ダイナマイト」)ビュルマは、出征中にドイツ軍の捕虜となり、ブレーメンとハンブルグの中間辺りにある捕虜収容所にいた。そこでビュルマが出会った記憶喪失らしい捕虜の男「ラ・グロビュル」は、本来ならビュルマとともに傷痍軍人として解放されるところ、その直前に謎の言葉を遺して死亡した。その謎を抱えながら元捕虜としてまずフランスのリオンに戻ったビュルマだが、そこで思いがけない顔を見かける。だがその直後、彼が遭遇したのは突然の殺人事件だった。

 1943年(まだ戦時中)のフランス作品。作者レオ・マレの第四長編で、マレの看板キャラクターであるビュルマ初登場の長編。
 この後ず~っとしばらくして1954年の『ルーヴルに陽は昇る』(ポケミスに邦訳あり)からシリーズ・イン・シリーズとして、ビュルマの事件簿の枠内で、日本でもおなじみの「新編パリの秘密」路線が始まる。

 実を言うと今年の夏にふと思いつき、ポケミスの古書で『ルーヴル』を購入。で、少し置いておいてしばらくして読もうかと思ったタイミングで、この本当のビュルマシリーズ第一作『探偵はパリへ還る』の発掘新訳が出ると言う情報が聞こえてきた。
 何たる偶然! 何たるラッキー!! ということで、当然のごとく『ルーヴル』のページを開くのは据え置き。先にこっちを読もうと新刊の刊行を待つ。
 まあ出てからも本当にすぐは読まず、手に取るまで少し間が空いたのはいつものことだが(汗)。いやむしろこの短期間スパンでの新刊読書なら優等生か。

 つーわけで長いマクラの後の感想だけど、いや、なかなかイケるんでないの。
 話はテンポよく転がっていくし、終盤に名探偵一同集めてさてといい、のフーダニット形式にはなっているし、細かい伏線も張られまくっているし。
 良い意味で謎解きの興味を織り込んだ軽めのハードボイルド……というより、フランス版の準クラシック私立探偵小説。まあ犯人は登場人物の配置からムニャムニャ……な面はあるかもね。ただまあ素直に読むなら、結構意外ではありましょう。

 違和感があったのは、戦時下の雰囲気は確かにあちこちにあるものの、ドイツ進軍中、周辺が占領下、という緊張感がいまひとつ感じられないこと。捕虜収容所のドイツ軍人たちもおおむね紳士的? である。
 まあナチスの悪虐、ホロコーストが欧米の他国に知られたのは戦後になってからと、どっかで聞いたような気もするし、当時のリアルタイムでの近隣国の意識なんてこんなものかな、という想いもあったりする(真面目にナチス関連の現実や現代史を探求している人に対しては、不遜なことはとても言えないのだが)。
 さらにもうひとつゲスの勘繰りをすれば当時のフランスはまたドイツ側の占領下に置かれるのではという警戒もあったかもしれんし、万が一の場合の忖度を考えてあまりドイツを悪く書けなかったのかもしれんね?
 フィリップ・カーのグンターシリーズの世界観みたいなものを、リアルタイムの最前線の視点で読ませてもらえるというのは、まあ、な。

 あと本作のミステリとしての話題に戻ると、冒頭からの名前の謎の決着は、いささか拍子抜けと言うかそれでいいの? という面もあったが、まあなんかその程度に緩いあたりは、フランスの謎解き作品ぽくてまあ良いかと?
 さらにそのキーワードとなる名前の話題は、シリーズものとしての今後に繋がっていく部分もあるみたいだし? そこはおいおい本シリーズの翻訳があるものを読んでみることにしよう。

 個人的に、翻訳ものの私立探偵小説成分がちょっと最近不足してたので、割とその辺の飢餓を満たしてくれる心地よい作品でもあったりする。

【2025年12月20日追記】
 巻末の解説はおなじみシンポ教授が書いていて、トータル的にはさすが、と思う内容なんだけど、ひとつだけ。
 
 ビュルマと本シリーズの女秘書の関係性というかシリーズを通しての描写の推移を評価。
 で、まあそれはいいんだけど、比較の対象として、ガードナーのメイスンとデラの関係を<まったく十年一日(大意)>の主旨でdisっていて、こーゆーのってあんまり概論&結論先&個々の作品無視の都合論で言わんほうがいいんじゃねーの? と思ったりする。シンポ教授『弱った蚊』とか読んでない、もしくはラスト忘れてるでしょ? 大雑把なことを聞いた風に言うと、あとが怖いよ。
 まあシンポ教授が本気でメイスンシリーズ全部しっかり精読していて内容もほぼ記憶していて、その責任の上でこの文章書いたのだとしたら、わたしゃ心からお詫びしますが(汗)。


No.2280 6点 失われた貌
櫻田智也
(2025/12/09 14:43登録)
(ネタバレなし)
「このミス」のベストには基本、批判的(××年度といいながら、その年の1~12月の新刊ベストではなく、勝手に晩秋で時期を区切るのが何よりイヤ)な評者だが、それでも来年の東西作品の新刊予告を読みたくて毎年、買ってはいる。
 で、一応、巻頭の記事を見ると……ほうほう今年の翻訳ベストはマンヴィル・ムーンかい、いや結構結構(笑)。この勢いで50~60年代の未訳のハードボイルド&私立探偵小説をどんどん発掘しましょう。
 ……で、国産の今年のベストが、とにもかくにもコレ(本作)である。

 「このミス」発売以前から本は家の中にあったが、わずか数日で正にとにもかくにも期待値が大きく上がってしまった?
 で、読了後の感想だが、う~~ん、今年の国産ベストワン、という看板に応えられるのかな、これ、という印象(汗)。

 いや、つまらなくはない(一方でそんなにリーダビリティが高いわけでもなく、先がどんどん読みたくなるようなベクトル感も希薄ではあったが)。

 話もよく練ってあり、ややこしくなりすぎてしまう手前ギリギリで、事件を組み上げていくパーツは、かなり巧妙に組み合わせてある、とは思う。
 ただしそのパーツ群に用いたギミックのひとつひとつがどっかで見たような読んだようなのばっかしで、21世紀の謎解きミステリ(作品の形質はまず警察小説ジャンルだとは思うが)としては、……う~む、これで今年の一位をとってエエの? という気分である。
 いや、「このミス」一位になったのはこの本の責任でもなんでもなく、世の中に相応に評価された作品だった、というだけの事実にすぎんのだが。

 あと、終盤のドラマ的なクライマックスも、小説としては悪くないんだけどね。
 ただ一方で、伊岡瞬や天祢涼あたりの昨今の中堅作家なら、3年に一冊くらいはこの程度に手応えのあるミステリ<小説>を恒常的に、フツーにちょくちょく書いてるだろ、という思いでもある。
 人間の血液型は変えられる可能性があるか、というトリヴィアだけはちょっと面白かったかも(まあ、それも以前にどっかのミステリで読んだネタのような気もするが)。

 結論から言えば、このミス1位になったのが、たぶんかなり不幸になる作品。そっと読まれて、静かに騒がれれば、かなりの高い定評を得たと思うんだけどね。

 客観的に観れば7点で十分いいと思うんだけど、あえて6点と抑えめの点数をつけておきます。作者の方は、以前も今後も本気で応援しているつもりだけど。


No.2279 6点 検事他殺を主張する
E・S・ガードナー
(2025/12/05 22:37登録)
(ネタバレなし)
 1930年代のアメリカ。カリフォルニア州南部の田舎町マジスン・シティで、青年法曹家のダグラス・セルビィは、公職選挙で現職のベテラン、サム・ローバーを見事に破って、新任の地方検事の座を初めて得た。25歳ほど年上で50代後半(たぶん)の歴戦保安官レックス・ブランドンとも協力体制を固めたセルビィだが、そんな彼の前に地元のマジスン・ホテルで、先ほどすれちがったばかりの初老の牧師が変死したらしいという情報が入る。だが現場のホテルの一室に赴いたセルビィとブランドンの前で、事態は意外な方向に広がっていく。

 1937年のアメリカ作品。地方検事ダグラス・セルビィものの第一弾。
 少年時代からこのシリーズは購入し、数十年前に全部集めてるはずだが、気が付いたら一冊も読んでなかった(汗)。もしかしたらどれか一作くらいは読んだかもしれないが、完全に忘れてる。評者のガードナーのシリーズキャラクターへの傾倒度に順位をつければ①ラム&クール②メイスン③レスター・リース④あまたの短編主人公、そして⑤番目がこのダグラス・セルビィという事になる。いや嫌う理由も遠ざける事由もなく、本当にただ何となく読まなかっただけだが。
 でまあ、いい加減にそろそろ読もう、どうせならシリーズ第一弾から……と思ったら、例によって買ってあるはずの本が見つからない。仕方なくネット古書で綺麗そうなポケミスを安めに(改めて?)買う。何十年もかけて何をやってるんだ、俺は。

 でまあ感想だが、ページが薄め(ポケミスで本文役190ページ)の一方、話は実にわかりやすくテンポよく進み、なかなか面白い。被害者の素性の反転する序盤から始めて、謎の提示も悪くない。
 何より、これは思わぬ面白さであったが、随所に覗く、新任地方検事としての抱負をそなえた主人公セルビィのやや高めの年齢の青春ミステリ的な叙述がよろしい。向こう版霧島三郎か、これは。
 確かにキャラクターは地味だが、こちとらフレンチだのウェイド・パリスだのみたいなその手のレギュラー探偵の人間味に触れて勝手に思い入れるタイプの読者なので、セルビィもまんまその対象内でウェルカム。
 なんだフツーに面白いじゃん? 

 ただラスト、かなり意外な犯人と事件の真相を見せたかったのは分かるんだけど、最後の最後の5ページでセルビィの口から語られる事件の概要の情報がいささか舌っ足らずで、ん、じゃあ、あれは何だったの? あの件は? というひっかりがいくつか残った。俺がどっか読み落としていたり、あるいは読解不足かもしれないが、そこはもうちょっと……という感慨を生じたのもホンネ。特に写真トリックのあたりは、たぶんのちの我が国の某大家の作品に通じるものが用意されてたハズだと思うんだけど、消化不良な感じなのが辛い。
 というわけでトータルとしては面白かったし楽しめたけれど、シリーズの醍醐味はまだまだこれから二冊目以降かな、という感じもある。
 まあ少しずつ消化していきましょう(笑)。


No.2278 6点 警察にはしゃべるな
ハル・エルスン
(2025/12/05 22:07登録)
(ネタバレなし)
 ハーラン・エリスンではない、ハル・エルスンである。
 現在では知る人のみ知る、1960年代に日本版EQMMや日本版マンハントなどで随時誌面を飾った(?)、不良少年テーマを基軸とする、埃臭い青春ノワール短編路線のクライムストーリー作家。その中短編集。
 そういう形質の作品路線なので、当然のごとく完全なノンシリーズものばっか。 
 なお表題作(書名)は「警察にはしゃべるな」と書いて、「さつにはしゃべるな」と読む(書名標記も「警察」に「さつ」のルビ)。
 Amazonのデータ表記がこれも不順だが、昭和36年6月30日の刊行。

 日本で訳されたものを全部集めてこの一冊か? とも勝手に勘違いしていたが、ネットで再確認したらエルスン作品は20本前後と、それなりに1980年代まで訳されていた。
 本書はエルスンのメイン翻訳家であった田中小実昌が手掛けたものばかりを集成して、中編からショートショートっぽい長さのものまで全部で11本の作品が収録されている。

 個人的な話だが、もともと数年前に行きつけの古書市で本書を見つけ、微妙な値段だった(そんなに高くはないプレミア)ので、迷った末に置いてきたが、その後、Amazonのマケプレなどではかなりの高騰古書と判明。同時に何となく読みたい思いもぶり返してきて、ようやく今年の中盤にそこそこの値段(ただしその古書市の古書価より高かったと思う)で入手した。

 評者はもともと少年時代に、前述の日本版EQMMやら日本版マンハントを集めていた際、その掲載号を入手すると割とすぐ読んでいた作家の一人だったと思う。文字通り、時に完全に救いのない、乾いたハードボイルドな文体と内容にどっか惹かれていたのだと思う(当時は)。

 で、いいトシになった今、一冊単位で読み返すと、良くも悪くも王道の不良少年もの、暗黒街というにはまだ浅いがしかし確実にヤバイ雰囲気の世界で起こるアレコレの出来ごとを主題にした作品ばっかだが、そんななかにも21世紀の現代においてもああ、人間って変わらねえな、という普遍性が覗いたり、一方で最近の話題の新書「不適切な昭和」の1950年代アメリカ版みたいな時代の空気感が押し寄せてきたり、で、そーゆー意味で面白い。
 とんでもなく凄いものに出会った、という感触はあまりないが、ワル同士の内紛(というか野望とそのしっぺ返し)を描いた短編「頭(ぺてん)を冷やせ」の何とも言えないクロージングのビジュアルなんか、かなり印象に残る。鑑別所の中での人間模様を描く掌編「ビッグ5」などは本書のなかでは変わった傾向の作品だろうが、その辺は本書の最大限の幅という感じでそれもまた。

 エルスン作品、もう一冊位、どっかでまとめてくれたら、とも思うが、まあテーマそのものは前述の通りにいつの時代にもあるものなので、あえて当世に引っ張り出す理由もないのかな、という気もしないでもない。
 ミステリの広い大海のなかで、こーゆー傾向のものが(ものも)お好きな人はどうぞ。


No.2277 7点 死んだら永遠に休めます
遠坂八重
(2025/11/26 07:05登録)
(ネタバレなし)
 中盤までは、なんかフツーの巻き込まれ型サスペンス謎解き……!? という感触で読み進む。 

 で、 最後の反転は、こういう手で来たか!?  とその方向性(というか作者の着想)に驚いた。
 本の帯(腰巻)は、通読までにあまりしっかり読み込まない方がいいだろう。
 確かに破壊力はある。

 ……ただ一方で、こういう人物造形って、あるのかなあ、とも思わされた。
 その辺はsophiaさんのネタバレ書評に同意である。

 いや世の中広いから、そういう成分バランスで形成された人間が、現実の世界またはその相似形のフィクション世界のどっかに、いるのかもしれんのだけど。

 佐野洋がこの2020年代に、90歳過ぎてもまだ頭がしっかりしていて健在で現役で、世の中の趨勢にレーダーを張っていたら、こんなものを書いたんじゃないか、という気分もある。

 クロージングはね、この作者らしいのでしょう。たぶん。
 まだ二冊しか読んでないけれど。 


No.2276 6点 はみだし刑事
笹沢左保
(2025/11/08 01:55登録)
(ネタバレなし)
 警視庁の事務職・勤務部に10年間奉職した現在33歳の酒好きの巨漢・大和田正人。飲酒癖がたたった彼は、2年前に妻・葉子に愛想をつかされ、愛人を作られて離婚を経験した身であった。そんな彼は半年前から念願の犯罪捜査係の刑事として、溜池署に赴任。30代半ばにして初めて捜査の実働をする「見習い刑事」として署内での友軍的な立場を許された彼は、事件関係者の心の機微に触れながら、事件を解決していく。

 古書市のワゴンで拾った、1975年の双葉ノベルス版(たぶん元版)で読了。主人公・大和田の8編の事件簿が収録された連作短編集。
 正直言って謎解き要素は薄いし、そもそも事件や事態の関係者の方から真実を語ってくれる話も少なくない。

 推理小説というよりは敷居の低いヒューマンドラマの興味でひっぱる連続刑事ドラマ、それも『夜明けの刑事』『明日の刑事』のようなお茶とお煎餅を口にしながら昭和の茶の間で観るような、誰も研究同人誌なんか作らないような通俗番組の作風……というのがいちばん近いような感じである。
 ただ、それはそれで妙に心地よくはあり、たまにはこーゆーのもいいな、というところ。Amazonの文庫版のレビューでは笹沢の初期の傑作・秀作群と比べてボロクソだが、いやまぁ、そりゃ比較する方があーた……という気分になった。
 人間臭いはみだし刑事の主人公を軸にした連作短編読み物として、これはこれでアリではあろう。
 病院の待合室や、遠出の際の電車内のお供には最適な一冊であった。 


No.2275 8点 寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理
三津田信三
(2025/11/07 17:48登録)
(ネタバレなし)
<ジェネリック名探偵>という趣向そのものでファンにウケようという(?)作者の発想&思惑が、まずスバらしい(笑)。それくらい今回の天馬の謎解きは、お師匠の刀城言耶まんまである。
(どこかの箇所で「いや、アノ辺の天馬の思考や言動はとても刀城言耶らしくない!」と思われる方がいたら、そちらの方が正しいのかもしれないけど。なんせ自分は正編シリーズを、まだ全部は読んではいないので・汗。)

 第一の怪事件の人を食った真相はバカミスっぽいが、個人的には納得であり、興味深い。実際、その手の事象は現実では実際にどうなるのだろう、という関心は昔から抱いているので(しかし元ネタはひょっとしたら、あの戦前の……)。
 最後の最後の(中略)も丁寧すぎるミステリの作法からおおむね見当はついたが、その前の(中略)トリックの方は隙を突かれた。

 エピローグの余韻まで含めて、おもちゃ箱をひっくり返したような実に楽しいオカルト謎解きパズラー。
 事件の一番の骨子となる着想もこれまでの国産ミステリのどっかにありそうで、意外になかったのではないか(私が寡聞にして知らないだけかも、しれないが)。

 作者のA級作品では決してないのだろうけど、年単位の新作としては十分に面白かった。


No.2274 6点 ろくでなし
ロバート・ブロック
(2025/11/03 19:01登録)
(ネタバレなし)
 裏工作を使い、場末のナイトクラブ「サンセット・クラブ」の楽団の臨時ピアニストとなった21歳の美青年で、私生児のラリイ・フォックス(フォクシー)。彼の目的は、かつてともにある悪事を働いた元カノで、今はナイトクラブの年配の経営者ソル・サレノの若妻となった歌手ラヴァーンを、その昔の経歴をネタに恐喝することだった。だがラリイは窮鼠猫を嚙んだらしい相手の反撃に遭い、頭を殴られて昏倒する。そんな彼を救ったのは息子を死産で失った30代半ばの女性エリナー・ハリスと、その夫で上級セールスマンのウォルターだった。言葉巧みにハリス夫妻の温情を買い、懐に入りこんだラリイは夫妻の周囲の人間模様を窺いながら、ラヴァーンへの復讐を企むが。

 1959年(60年説もある)のアメリカ作品。 出世作『サイコ』(59年)に続けて書かれた(刊行された)長編で、作中では主人公ラリイが現時点を60年代と認識するような叙述もある。
 『サイコ』で反響を呼んだ(映画化以前にもそれなりに話題作だったと記憶)のちに、1947年の初期長編『スカーフ』を思わせるような青春ノワールものに回帰した内容。 
 ただし『スカーフ』の主人公が人を殺してしまったとはいえ内省を覚える人間的な可愛げがあったのに対し、本作の主人公ラリイは正にろくでなし。
 作品そのものが、主人公への読者の感情移入を必要とせず、読み手はごく冷めた目で全編の事態の推移を眺められる、そういうタイプの作品である。
  言うならば『スカーフ』がどこかウールリッチ風だったのに対し、こっちはエヴァン・ハンターの一部の短編かハル・エルスン辺りの不良少年ものの拡大版の趣がある。

 さらに、あまり筋立てにひねりや曲はなく、比較的地味にストーリーが進むが、ああ、こういう局面ならこうなるよな、的にお約束の作劇で読者の期待に響くあたりはなかなか悪くない。その辺はブロックも40年代からの職業プロ作家だから。
(それでも中盤や終盤に、相応のサプライズは用意されている。)
 あと50年代の現実の若者文化の妙な熱気を背景に、ラリイの口を借りて世代論が語られる。この辺はなんか当時の空気のなかで、モノを言いたがる作者ブロック自身の心情が覗くようで、そこはちょっと面白い? ……かも。

 ブロックといえば『サイコ』か異色作家短編集の範疇のやや泥臭いホラー短篇系か、と認識している多くの(?)ミステリファンに、作者名をわからせずに黙って中身だけ読ませたら、たぶん絶対にブロックだとは気づかないハズ。
 評点は、ちょっと小味の余韻を残すクロージングまで読み終えて、この点数で。


No.2273 8点 探偵小石は恋しない
森バジル
(2025/10/31 15:19登録)
(ネタバレなし)
 本サイトのみなさんを含めてネットなどでかなり騒いでいるので、どんなぶっとんだものが来るのかと思っていたら、意外に手堅い、結構のしっかりした作りのものを、読ませてもらった感じであった。

 それでネタの物量感には恐れいったが、基調となるアイデアは、評者がたまたま最近読んだミステリのなかに似たような類例があったし(そっちはほぼ一発勝負だったが)、そこも驚くには至らない。
 むしろスゴイと思ったのは(中略)が実は(中略)という創意であろう、そこがフーダニットの謎解きに繋がっていき、<真犯人>の意外性も十分。

 何より、ミステリ全体の真相の露呈とあわせて、作品のある種の真性が見えて来るあたり(実は、これはまあ、なんと×××チックな物語であったのだろうか!)とても私好み。

 著者の作品はいまのところ(最初のラノベの一冊を除いて)3冊全部読んでるけれど、作り込みと書き手自身の目標値の高さを受け手が実感してこれがベスト。
 でも小説の作法的には第一作『ノウイットオール』に通じる部分もあり(ネタバレにはなってないと思うぞ)、作者の独自路線というか作家カラーの確立は見やる。
(おいおい行く行くは、自由な創意のままの方向に行って頂いて、もちろん構わないのだが。)

 傑作ではないが、秀作~優秀作。


No.2272 7点 ペニクロス村殺人事件
モーリス・プロクター
(2025/10/29 06:07登録)
(ネタバレなし)
 英国はヨークシャー州の田舎、総人口240人強のペニクロス村。そこの郊外にある「郭公(カッコウ)の森」でその年の10月、農園主ネッド・ボーマントの末娘の幼女ダフネが何者かに惨殺される事件が起きた。スコットランドヤードは「私」こと、30代初めの若手首席警部フィリップ・ハンターとその同年齢の相棒ダトン警部を現地に派遣。フィリップたちは所轄のアタバラ署の面々と協力して捜査に当たるが、犯人の正体すら掴めなかった。だがそれから8ヶ月を経た郭公の森で、再び罪もない幼女が犠牲になる。フィリップとダトンは今度こそ事件の真相の解明と真犯人の捕縛を目指して、ペニクロス村に赴くが。

 1951年の英国作品。本国では当初「首席警部の報告書」の題名で刊行され、同年に邦訳通りの原題『ペニクロス村殺人事件』に改題されてアメリカでも発売されたらしい。
 なお邦訳刊行のデータはまたamazonの表記が不順だが、昭和33年7月31日のポケミス421番。たぶん初版しか存在してないよね?

 地味で渋いが、細部まで描き込んだ味わいのある警察小説。
 この手の作品としては主人公探偵である上級刑事の一人称(プロローグやエピローグなど一部は例外)という形式が、ちょっと珍しく思える。もしかしたら類例はあったかもしれないが、ちょっとすぐに記憶から出てこない。

 ハンターは聡明で優秀な刑事だが、巨漢で牡牛のようなとても美男とはいえない外観を当人自身が気にしており、そんな彼が最初の事件で知り合った幼女被害者の上の姉、23歳の美女バーバリに思いを寄せている、という文芸も面白い。
(物語は2人目の幼女の殺人事件が起きた時勢から開幕。最初の事件の捜査の際に結局成果を上げられなかったペニクロス村に、フィリップとダトンが雪辱を晴らしに舞い戻るところからフィリップの一人称になる。)
 メインヒロインに当たるバーバリは妹を殺された際、フィリップが最大限の努力をしてくれたことは知っているので、犯人がいまだ不明でも恨んではいない。むしろフィリップに好意を抱いているが、両想いだと知って喜んだ彼が自分たちの関係を先に進めようとすると、恋愛の進展はあなたが犯人を捕まえてから、とやんわり釘を刺す。
 警察小説の枠組みで語られるこーゆー主人公探偵(警官)とヒロインの関係がなかなか面白い。

 真犯人は一応、フーダニットの仕様でヤマ場に至るまでは秘められているが、最初の伏線となるちょっと妙に丁寧な描写で、読みなれた人なら、ああ、こいつだな、と気が付くハズ。評者もそこでフックを掛けられ、まんまと当たった。ただその仕込みの文芸が最後の最後でエピローグに活きて来るのは、大人の作劇というか、とくできた小説の作りでなかなか味がある。
 サブキャラの配置や叙述など全体的にバランスの良い群像劇も、読み物ミステリとしてじっくり楽しめた。
 6点(犯人はわかりやすい)か7点(でも読んでる間、小説として面白い)か迷うが、最終的にこの評点で。0.3~0.4点くらいオマケかな。

 ちなみに日本ではこの一冊しか邦訳が出なかったフィリップ・ハンター首席警部の主役篇だが、英文サイトを調べてみると1952年と1956年に続編が書かれ、全3冊のシリーズになった模様。
 当然、多くの英国の先輩シリーズ探偵たちの定石に倣って、のちのちバーバリとも結婚してるんだろう。できれば残りの2冊も読んでみたいが……まあムリだろうな?
 もうひとりのプロクターのレギュラー探偵、ハリイ・マーティーノー警部も悪くはなかったが、こっちのフィリップ・ハンターはこのあとの恋の進展という興味も踏まえて、もうちょっとだけこっちの関心を煽る。

 何にしろ、読んでそれなり以上に楽しめた一冊でした。


No.2271 8点 最後のあいさつ
阿津川辰海
(2025/10/28 06:27登録)
(ネタバレなし)
 1980年代終盤から90年代半ばにかけて放映された、国民的人気番組の刑事ドラマ『左右田警部補』。だがその最終シーズンである第7期は、誰にとっても思いもかけぬ形で終焉を迎えた。それから30年を経た2025年。番組に大きな関わりのあったシリアルキラー「流星4号」の復活を思わせるような殺人事件が発生した。新進ミステリ作家の「私」こと風見創(はじめ)は取材活動の上で、少年時代からの親友で今は記者の小田島一成の協力を受けながら、『左右田警部補』の元主演俳優・雪宗衛(ゆきむね まもる)本人と彼にからむ30年前のある事件の軌跡を追っていくが。

 ミステリテレビドラマ制作の業界もの、という側面もあり、同時にドキュメントノベルと映像、ジャンルは異なれど、創作や表現に勤しむ者たちの人間ドラマでもあり、そしてそういった大枠の中で、広義の密室殺人事件の謎が語られる。

 相応に具材が多い作品ではあるが、その割には登場人物はそんなに多くなく、リーダビリティもこの作者の作品らしく非常に高いのでスイスイ読める。
 かたや、本文一段組なれど全部で400ページの紙幅にはなかなかの量感はあり、途中でこれだけ読むのにカロリーを使った感があるのにまだ半分か、という気分も生じたが、250ページを過ぎたあたりから、ほぼイッキ読みであった。トータルで読了までに4時間ぐらいかな。

 (中略)の密室トリックは現実に出来るんだろうか? とも思ったが、作者が自信ありげに説得にきてるのでまあ可能なのでしょう。ビジュアルで観たいものである。
 一方で犯人の方は物語の構造と作者のミステリ趣味から何となく想像がつき、まんまと当たり。まあそこで終わり、の作品ではないけれどね。

 謎解きパズラーの軸を守る一方、キャラクタードラマを描きたい、という作者の欲目も満々で、その辺を雑駁ととるか小説的な厚みととるかで、作品の評価は変わるだろう。個人的には作者が意図的に蒼さをさらけだしたような部分も踏まえて、おおむね読み応えを感じた。
 まあヒロインの扱いとかに作為を感じるというamazonとかのレビューはわからんでもないが、その辺はヌカミソサービスでいいじゃないか。

 今年の国産ベスト3は微妙だけど、ベスト10には入ってほしい、そんな一冊。


No.2270 7点 薔薇の眠り
三浦浩
(2025/10/27 16:53登録)
(ネタバレなし)
 1964年7月。「U新聞」週刊紙版の30代の編集者で遊軍記者・大庭透は「移動特派員」としてフランスの客船にてサイゴンへの洋行に就いた。大庭は船上で、K商事の貿易部に所属する20代半ばの若者・萩原太郎と親しくなるが、彼の飲酒ぶりは異常だ。しかも萩原は深酔いで人事不省になりかけるなか、拐帯していた血塗れのナイフを見せ、自分は日本で人を殺していたかもしれない、と口にした。大庭は萩原当人から事情を訊き、同時に新聞記者の立場を利用して母国で該当のものらしい事件が起きていたかなど調査を進めるが。

 最初に作者・三浦浩とその処女長編(1969年)である本作のことを知ったのは、たしか1977年頃のSRマンスリーの誌上。
 当時8年ぶりの復活作品である『さらば静かなる時』『優しい滞在』の二冊が一部で話題になり(直木賞候補にもなったらしい)、マンスリーにたしか後者の書評が掲載、その中でレビュアーの人が日本のハードボイルド史に残る隠れた名作、的に本作『薔薇の眠り』を賛辞していたように思う。当時はまったく未知の作家で作品だったので、へえ、と思いながらとりあえず『優しい滞在』は購読した記憶はあるが、現物は読んだような読まなかったような、曖昧である。
 
 実際、2020年代現在、本サイトでも私=評者が登録するまで影も形もなかったマイナーな作家でもちろんレビューなどひとつもないが、もともとは小松左京と同じ京都大学の作家集団の同門であり、本業の記者として産経新聞に入ってからは記者時代の司馬遼太郎を上司としている。そして本作『薔薇の眠り』の裏表紙にはその司馬の、帯と巻末の解説には小松の、それぞれ推薦の文言や小松の自説ハードボイルド論を踏まえた上での本作の価値と作者への期待が語られている。そう書いていくとかなり凄そうな作家であり、作品である。

 それで今年になって何となく本作『薔薇の眠り』のことを思い出し、ネットで検索していたらその辺の司馬やら小松やらの情報に引っかかり、改めてこれは一度読んでおかなければならない、と思ったのがほぼ半年前。帯付きで美本の元版が、ネットの古書販売でそれほど高くないプレミア価格で出ていたので、購入してみる。
 なお現状、元版の1969年の三一書房版は、amazonの登録にはない。
 で、昨夜、読み切った。

 会話文が多く読みやすい一方、抑制が効いた文体(三人称で、ほぼ大庭の一視点)は一時期の結城昌治や三好徹あたりを思わせるが、たしかに独特の格調は感じる(ただし三一書房版には妙な編集ミスがあり、後半の地の文で一か所、主人公の大庭の名前がいきなり森田になるのには驚いて閉口した。何なんだ)。

 物語の前半は大庭と萩原の、どこかマーロウとテリー・レノックスを連想させる関係性を軸に進むが、実際に関西の経済界の大物とその娘の美人姉妹がメインヒロインとして出て来るあたりで、ああ、本作は作者の三浦版『長いお別れ』だなと分かる。
(もちろん、ネタバレ嫌いの評者がここでこう書くのだから、あくまで文芸設定に本家の存在が覗くだけで、中盤からの展開も最終的なミステリの結構もまったく別な仕上がりだが。)
 
 実際に酒飲みの萩原は無自覚に殺人をしていたのか? が前半の興味だが、話が淀みそうになる寸前で次の展開が生じる作劇が続き、このスタッカートなリズム感はよい。昭和の文化状況そのほかを活用したトリックは騒ぐような創意ではないが、本作の質感にはよく合致しており、そのなかでの説得力もある。
 終盤の展開は、評者が悪い意味でそうなってほしくない、と思っていた決着には至らず、別の着地点を探る。作者がどのくらいの確度で選択した事件の真相かは知らないが、ミステリとしても一応以上の意外性はあって相応に面白い。

 作品が具えるある種の品格は地味ともとれるため、群雄割拠の秀作・優秀作が群れ為す21世紀の現在に改めて掘り起こす価値があるかと問われると、やや微妙だが、日本の広義のハードボイルドミステリ(サスペンス作品的な趣もそれなりに)の成熟の歩みに興味がある昭和ミステリファンなら、一回くらいは読んでおいても損はないと思うよ。
 評点は0.3点くらいオマケ。

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