人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2106件 |
No.2106 | 7点 | 第六実験室 佐野洋 |
(2024/11/21 06:14登録) (ネタバレなし) 大財閥「鳥羽コンツェルン」の当主・鳥羽辰彦と大学時代の親友だった、「千代田女子大」の教授・春部良介。犯罪学の研究で高名を馳せた45歳の春部は、その鳥羽の後援を受けて、鳥羽コンツェルンの一角である大手企業「中央電機」の分室的な組織の形で「中央完全犯罪研究所」を開設した。十戒の第六条「汝、殺すなかれ」にちなんでのちに「第六実験室」の別称を得る同所は、殺人を含む完全犯罪の探求にまで至る組織だ。中央電機の秘書室から同研究所に移籍した25歳の宮村整子は、春部の助手の立場となり、やがて民間から4名の研究員を迎えるが……。 角川文庫版で読了。 以前からはっきりした内容も知らぬまま<佐野作品の中では結構面白い>という世評のみ何となく聞いていたような一冊で、少し前に改めて興味が湧いて、ネットでそんなに高くない古書を購入してみた。 乱歩の中短編にありそうな、犯罪に憑かれた奇人譚を想起させる設定で開幕するが、最終的になかなかトリッキィな仕立てのミステリに着地する技巧派作品。 (つーことで中身の具体的なアレコレに関しては、あまり言えない・笑。) 最後までそこまで上手く事が運ぶかな、と思わせる箇所もないではないが、創元の旧クライム・クラブで出会えそうな変化球ミステリ感はとても楽しい。 登場人物もそんなに多くないので、スラスラ読めるとは思う。 佐野作品のベストワンにはしたくないし、しなくてもいいとは思うがオールタイムで上位5本を挙げろというのなら、その一角には入るんじゃないの? とも思う。いやまだ、評判が高い作品で未読なのもいくつかありますが(汗・笑)。 少なくとも作者の諸作の幅広さ、懐の深さ、を知るためには、確実に読んでおいた方が良い一冊だとは思うぞ。 |
No.2105 | 8点 | アバランチ・エクスプレス コリン・フォーブス |
(2024/11/20 21:59登録) (ネタバレなし) 1970年代半ば。東西の国際情勢が、デタント前夜の冷戦状態だった時代。KGB周辺の要人で西側諸国に情報を提供してきた謎の大物スパイ「アンジェロ」が、西側への亡命を希望してきた。「ブルーノ」こと時の米国大統領ジョセフ・モイニャン直下の諜報工作集団で、複数の国籍の精鋭スパイで編成される組織「スパルタ・リング」がアンジェロの身柄を迎えに合流地点のルーマニアに向かう。だがKGBの実力派幹部「幽霊大佐」ことイーゴリン・シャルビンスキー大佐もまた、自軍そして東ドイツの諜報組織GRUの面々を動かし、裏切者アンジェロの抹殺に動き出した。 1977年の英国作品。65年にデビューの英国冒険小説作家コリン・フォーブスの第7長編。映画化されているのは知っているが、観たことない。 先日、近所で開催された古書市でHN文庫版を100円で拾ってきて読んだが、評者は何十年ぶりかにこの作者の作品を……いや、もしかしたら初めてか?(汗)。例によって本だけは、何冊か買ってあるが(笑)。 要人アンジェロを迎えた西側スパイチーム(多国籍メンバーの主人公チーム「スパルタ~」に、スイスやイタリア、オランダ複数の諜報組織が密に協力)の道中に、KGBとGRUの刺客が手を変え品を変えて襲い、それを撃退……。この図の連続を、多角的な視点描写で語っていく内容。 ひとことで言えば懐かしの『隠密剣士』の第3部、松平定信の京都行きの道中を尾張藩の手勢の伊賀忍軍から護衛するロードムービー編、あの東西スパイ版と思えばたぶん一番わかりやすい。 訳者あとがきでも先に自己弁護してるが、正に登場人物は全員が面白いお話を転がすためだけの駒。しかしその割り切った作劇の分だけの醍醐味は確実にある、厚みのある肉汁いっぱいのハンバーグみたいな作品。決して松坂牛のステーキではない。 タイトル「アバランチ(雪崩)エクスプレス」の表意はちょっとだけ意外なタイミングで回収され(あまり書かない方がいいけど)、まだまだページはあるのに、あとはどーすんだと思っていたら、それ以降もちゃんと見せ場は用意されている。 新旧世代のライバル作家が群雄割拠の20世紀後半の英国冒険小説文壇の場、これくらいサービスしなきゃプロとしてやっていけないよね、という感じの作者の気概は感じた。これはこれで、よく出来てはいると思う。 まあヒトによっては薄っぺらい、文芸的な主張も観念もない読み物作品とケナすのかもしれんが、少なくともネタをギューギュー詰め込んだ作者の読者サービスぶりは、評価、である。 自分の職分、執筆ジャンルを娯楽派冒険小説に割り切った作者の覚悟は感じられる作品。もうこの手の純粋培養エンターテインメントなんて流行らないかもしれんけど、タマに読んでよい意味でお腹いっぱいになった。 評点は0.2点くらいオマケ。 |
No.2104 | 7点 | ジャングル・キッド エヴァン・ハンター |
(2024/11/18 22:43登録) (ネタバレなし) エヴァン・ハンターの、同名義での米国本国での5冊目の著書で初の短編集。原書「The Jungle Kids」(1956年)に収録された前12編の短編をそのまま翻訳、収録してある。ちなみにこれ、「クイーンの定員」の第114番目。 以下、簡単に各編のメモ&感想。 「初犯」……押し込み強盗を犯して逮捕され、尋問される非行青年の話。平凡な人々の人生のすぐ隣にある非日常を絶妙な語り口で伝える話で、最後の幕切れが……。秀作。 「明日は誰奴だ」……暗黒街の殺し屋の日常のワンシーン。「初版」と続けて読んで、もしかしたらこの一冊、かなり手応えのある短編集かも? と期待を抱かせてくれる出来。 「ちいさな事件」……教会に遺棄された赤ん坊の死体。警官を主人公にした警察小説だが、しみじみとした人間ドラマ。 「ほっといてくれ」……警察の目をかいくぐり、秘匿していた麻薬の回収をしようとする麻薬患者のとある苦闘。都会の一角での妙なロケーションの設定が面白い。 「後をつける者」……ストーカー(今で言う)につきまとわれる? 美人妻。赤川次郎のそこそこ出来がいい短編みたいな味わい。 「壁」……『暴力教室』の路線の学園・不良少年&青年教師もの。白にも黒にも大別されない人間観は、普遍的なものがある。 「カモ」……少女の強姦殺人事件。その容疑者を弁護する、友人の弁護士。これはまあ、良くも悪くも……のスタンダードな。 「死にざまを見ろ」……非行少年から警官への銃撃。短い紙幅の中に緊張感が凝縮された一編。 「ジャングル・キッド」……「壁」と並ぶ本書中でもう一本の青年教師&飛行少年もの。「壁」よりもストーリーの起伏を感じるし、物語の決着もまとまっているが、その分、ちょっと心へのフックが弱い……かな? 「殴る」……酔いどれルンペン元探偵カート・キャノンの旧名マット・コーデルもの。ポケミス&HM文庫『酔いどれ探偵街を行く』に収録された正編の最終編「街には拳固の雨が降る」と同一の内容だと思う。 「暴発」……暴発事故で奪われたひとつの命。その悲しみの中で……。これも、きれいに? まとまった一編。 「ラスト・スピン」……非行少年同士の対立に始まる、ロシアン・ルーレット。その緊張を楽しむ二人。ラストの余韻が……。 全編、総じてなかなか面白かった。日本版「マンハント」ほかで先に読んだような作品もいくつかあるが、ハンターの筆の達者さを感じる。半世紀以上前の旧作なので、一部、ある程度、手の内が透けてしまうのはまあ。でもなんかミステリ的に弱くても、どこか印象的な場面なり、登場人物のキャラクター描写なりがある。良質の短編集だと思うぞ。 |
No.2103 | 5点 | 逆転ミワ子 藤崎翔 |
(2024/11/17 06:59登録) 『逆転美人』『逆転泥棒』に続く「逆転シリーズ」第3弾だそうである。 『~泥棒』は未読だが、本書は短くてスラスラ読めそう(実際にそうであった)なので手に取った。 が、出来は「……ん、まあ」。 あんまり多くは言えないが、シリーズの方向性が何か、根本的に、間違っているのではないか。 |
No.2102 | 8点 | 去りゆく者の裁き デイヴ・ペノー |
(2024/11/17 04:52登録) (ネタバレなし) その年の2月。アメリカはアパラチア中部のロック群。酒に酔って親の車を運転する18歳の若者ジミー・ジョーが、黒人の青年デューイ・ブレイクを、その妻マリーサの前で轢殺。そのまま、ひき逃げした。ジミー・ジョーの父ハッセル・ブランドは検察官で、すでに第13司法区巡回裁判官への昇格が内定している現地の法曹界の大物だった。少年のひき逃げを知った悪徳保安官バッド・ビル・マクーノスはブランドに事態を報告し、事件の隠蔽をはかる。だが28歳の新任検察官ジョシュア・ディバークとその妻兼秘書のクリスタは、真っ当な正義感から轢き逃げ事件の捜査に着手するが。 1987年のアメリカ作品。 作者デイヴ・ペノー(デヴィッド・エリオット・ペノー)は1947年生まれ。法曹界や報道記者の職場などで活躍ののち、専業作家に転身。9~10冊の著作を記したのち、1990年に43歳の若さで心臓発作で早逝した。 日本では本作の前後の時期に、警察小説ホイット・ピンチョン捜査官シリーズが4冊、ハヤカワミステリ文庫に収録(1990~92年)。つまり30年前の翻訳ミステリファンの間では、それなりの支持を得たようだが、本サイトには作家名の登録もなく、2020年代の現在では忘れられかけた作家かもしれない。 実を言うと評者も半年前までは全く未知の作家で、本作にもなんの接点もなかったが、出先のブックオフで今年の春季~夏季? に本書を100円棚で発見。ヒギンズのあの名作『死にゆく者への祈り』を想起させる邦題がなんとなく気になって、全くのフリで購入してきた。 で、昨夜から二晩掛けて読んだが、予想外に面白かったというか、とても良かった。 ひとことで言えば、80年代に臆面もなく(←これは良い意味で)、正にあのW・P・マッギヴァーンの社会派&アメリカの正義啓蒙ミステリの世界を再現している!? 地方都市の腐敗に挑む清廉な主人公とその仲間たちの苦闘の構図は確かに図式過ぎ、そこが旧弊ではあり、先に書いたように80年代になってまんま50年代風のヒューマンドラマミステリを臆面もなくよくやるわ、という感じではあるのだが、結局は、やはり、<ソコ>こそが、自分みたいなタイプの読者の魂に響く。王道? いいじゃないの! たとえば当時のアメリカ私立探偵小説のジャンルを鑑みるなら、ネオハードボイルド時代の渦中のど真ん中にあって、正統派やら変化球やら玉石混交にあれやこれやが混じり合う混迷のミステリ・シーンのさなか、あくまで真面目にこういうトラディッショナルなものをあえて著した作者の精神&根性に、すんごくホレます。 (まー、まだ一冊読んだだけでアレコレ言うのはナンだけど。) それだけに訳者あとがきで、本書翻訳刊行の時点で作者がすでに故人ということに、軽い~相応のショックを受けた(……)。 クライマックスのさなか、主人公ジョシュアの心がちょっとだけあらぬ方に向かう辺りとか、メチャクチャ泣ける。副主人公格の84歳の元裁判長長官ラフナー・スタームの造形とかもとてもいい。 ストーリーの流れがリズミカル過ぎて、なんか大映ドラマの面白い作品をまとめて(録画とか映像ソフトとか配信とかで)観ているような感じがなきにしもあらずだけど、それでもその上で、全体のソツの無さにまったくイヤミを感じない仕上がり。 若い頃に読んでいたら、もっともっと心に響いたかもしれんな。先にマッギヴァーンみたいと書いたけど、あともう一つ、連想したのはシェルドンの長編で一番好きな『天使の怒り』(どの作品にもネタバレにはなってないハズなのでご安心を)。 まー、こういう作品にタマにフリで出会えるからこそ、ミステリファンライフは楽しくなる。あくまで、個人的に、かもしれませんが(笑)。 |
No.2101 | 5点 | 不良少年 結城昌治 |
(2024/11/15 18:43登録) (ネタバレなし) 1970年代の初め。高校を休学し、一方でシンナー遊びで酩酊する非行にふける17歳の少年・澄川隆は、たまたまの成り行きで暴力団・天神会傘下のナイトクラブ「スターパレス」でボーイのバイトをしていた。そんな少年は支配人・大竹が閉め忘れた金庫の中に、自動拳銃を発見。それをひそかに隠匿し、職質してきた警官・椿を争った末に射殺してしまう。天神会の面々が少年の行方を追う一方、かつて家庭裁判所で澄川隆に縁があったひとりの中年調査官も彼の軌跡を追い始めた。 中公文庫版で読了。大昔に元版が新刊で出た際にミステリマガジンの書評の俎上に乗り、それが何となく、しかしどこかしっかりと何十年もの間、心のどっかに引っかかっていた。レビュアーはたぶん若き日の瀬戸川猛資で、書評のなかの一文、どこかリュウ・アーチャーを思わせる調査官……という主旨の記述が気になったんだと思う。実際にこの調査官は本作のもうひとりの主役といえるポジションだが、その本家アーチャーの透明性をなぞるように、最後まで名前も出ない。 で、まあ5年位前からややホンキで読みたくなって、手頃な古書を(できれば元版で)探していた。 (もしかしたらすでに買っているかもしれないが、だとしたら例によって家の中から見つからない。) それで半年位前に、高田馬場の古書店で廉価で文庫版を入手。 一昨日から読み始めたが、う~ん、あれこれ思い入れ? が過剰すぎたためか、今一つであった感じ。 円熟した作者の文章に一定の格調は感じるが、機軸の主題が重いシリアスな青春クライムノワールなので、読んでいてメンタル的に少し厳しい。まあそれはもちろん想定内ではあるのだが、何より2020年代の今読むと、話の流れが類型的に思えて広がらない。良くも悪くも定食の青春ノワールという味わい。 70年代初頭の都内の、ヒッピー文化が廃れたデカダンな時代性は感じないでもないが、そういう興味だけで読むのはツライよねえ。 どっかの奇特な商業原稿の依頼がきて、お金あげるからこの作品を語れとかでも言われたら、自分にウソをつかないように言葉を選びながらホメるところをいくつか探すことはできそうな気もしないでもないが、素で読んで積極的にいいとは言いにくい一冊であった。 まあ人を選びそうな作品なので、もしかしたらもっと結城昌治作品の系譜に親しんだ人とかなら、高い評価をするかもしれませんが。 |
No.2100 | 6点 | 日光浴者の日記 E・S・ガードナー |
(2024/11/13 15:47登録) (ネタバレなし) 弁護士メイスンの事務所に白昼、掛かって来た電話。それはゴルフ場の近隣で全裸で日光浴を楽しんでいる最中、着ていた衣服もろとも移動住居のトレーラー(キャンピングカー)を盗まれてしまった若い女性アーリーン・デュヴァルからの、窮状を訴えるものだった。とりあえず婦人服を用意した秘書のデラとともにアーリーンのもとに向かったメイスンは、身支度を整えた彼女の事情を聞く。どうやらトレーラーの盗難は事実らしい。実はアーリーンの父コルトンは元銀行員だったが、銀行の多額の金を輸送中に横領した疑いを掛けられ、5年間服役中だった。だがまだその大金は見つからず、一方で父の無実を信じるアーリーンは事件の仔細や自ら調査した情報を日記に書き留めていた。それもトレーラーとともに盗まれてしまったようだ。メイスンは私立探偵ポール・ドレイクとその部下たちの協力のもと、トレーラーの行方を追うが、やがて事態は予期せぬ殺人事件に繋がっていく。 1955年のアメリカ作品。メイスンシリーズの長編第47弾。 久々にメイスン成分が補給したくなって、どうせならエッチな(要素のある)ものを読もうと中学生時代に一度読んだポケミスを数十年ぶりに再読する。 事件も犯人もミステリ的なギミックも完全に失念していて、冒頭でゲストヒロイン(アーリーン)が電話でメイスンに訴えた「郵便切手を隠すほどのものも、身につけていなんですのよ」の文句のみ覚えていた。今でも東西のミステリ史上全域において、筆頭格のイヤラしい名セリフだと思う(笑・汗)。 メイスンシリーズは全般的に、中盤からの筋立ての分岐が顕著で、ちょっと気を抜くと話の流れを見失いかける危うさがある(よくできた時はそこがミステリ的に面白いのだが)が、今回はメインストーリーが太い幹となっている印象で非常に読みやすい。シリーズの円熟を感じさせる仕上がりだ。 終盤、残りページが少なくなる中、本当にこれで真相の解決まで行くのかな、とも思ったが、読者には伏せておいた情報を作者側がいきなり語り、急転直下の決着に導く。その辺にちょっとだけアンフェアさを感じて個人的には微妙な思いもしないでもないが、確かにその分、サプライズ感はそれなりにあった。 真犯人の正体は、えー!(これも良くも悪くも)という感じで、某・欧米の巨匠パズラー作家の変化球作品を思わせたが、この辺はタマには? こういうクセ球を放ってみたくなった当時のガードナーの茶目っ気だったかもしれない。 (あと写真撮影関連のギミック、これって……。) 全体としては佳作~秀作の中か下。メイスンシリーズとしてはBの上くらい。 これでひとまずメイスンものには満腹したような、それなり以上に面白いのでまた近くもう一冊くらい読みたいような、そんな気分の中を振幅する感じ。たぶんメイスンファン(の末席)としては、すこぶる健全な反応であろう? |
No.2099 | 9点 | マーニイ ウインストン・グレアム |
(2024/11/08 05:45登録) (ネタバレなし) 1950年代末の英国。「わたし」こと20代初めの女性マーガレット(マーニイ)・エルマーは、良家の子女を装って偽名で、各地の職場にOLとして雇われる。そして持ち前の美貌と演技力で周囲の同僚や上司の胸襟を開かせながら、頃合いを見ては会社の金を横領していなくなるという犯罪を重ねていた。マーニイは今度もまた、新たな名前「メアリー・テイラー」を名乗り、若き未亡人として高級印刷会社「ラトランド社」に潜入するが、そこで彼女を待っていたのは思わぬ事態と運命だった。 1960年の英国作品。ヒッチコックの同名の映画の原作として知られる、悪女もののノワール・サスペンス。 映画は、大昔の少年時代に観たようなそうでないような記憶があるようなないような……だが、キャストのデータやネットでのサワリの動画など見ても(観ても)まったく印象にない。たぶんやっぱり観てないかも知れない。 映画の評価も知らないが、まずは原作から、の自己流の基本的な流儀に従って読み出す。 ……いや、メチャクチャ面白かった! 大昔にどっかの古本屋で買ったポケミス(特に映画ジャケットもついてない裸本……そもそも、本作は映画ジャケットバージョンってあるのかな?)を思い付きで引っ張り出して読んだが、『わらの女』+シェルドンの出来のいい長編のミキシングみたいな展開で強烈なドライブ感に酔わされた。 ちなみにもう一作、連想した某メジャータイトルがあるのだが、それを言うと中盤で「え!?」と思わず唸らされたツイスト部のネタバレになるので、ここでは秘匿(汗)。 悪女もの、クライムストーリー、ノワールサスペンス、という意味合いにおいて(やや広義の)ミステリ作品には違いないのだが、謎や推理要素は薄い……あくまでよくできたお話でエンターテインメントと思いきや、終盤の方で先に張っておかれた伏線が回収されるのにも感心した。さらに言うなら読ませる小説として、あちこちの場面の細部がとても良く、特に最後の方の第21章の作者の筆遣いなど、ため息が出る。P・D・ジェイムズやレンデル辺りにも、影響を与えたのではないか。 全350ページの紙幅で読了に二日かかったが、後半というか100ページ辺りからはほとんど一気読み。 物語性に富んで起伏の多い作劇でもあるので、未読の人を配慮してあまりモノは言えない、言いたくない。文芸派の大衆小説としての一級品だと思える。 (ちなみに本作は、65年度のSRの会の年度ベストの海外部門で、第3位ね。今とは投票や順位選定のシステムが、だいぶ違うけれど。) しかし返す返すも地味な作家だと思っていたが、それでもグレアム、意外に打率が高いな。邦訳で未読はあと一冊。もっともっと発掘してほしいものである。 なんとなく地味で、さらにレギュラー探偵キャラもいない? から、出版社としては21世紀に売りにくい、とは思うけど。 |
No.2098 | 6点 | 沖縄海賊 笹沢左保 |
(2024/11/07 04:44登録) (ネタバレなし) 1960年代の半ば。「協信海上火災」の調査課に所属する32歳の草野周作は、その日の午後、実弟の義孝が機関長を務める貨物船「第一内外丸」が沖縄の周辺で沈没したらしいとの報を受け取る。協信海上火災の保険が掛けられていた第一内外丸には、米国人の実業家トーマス・パークスが荷主の高価な鉄合金ワイヤーが大量に積まれていた。被害の大きさもさながら乗員20人の安否も絶望視される。そんななか、客員として同船に乗り込んでいた男性2人の死体が洋上で見つかった。一方、草野は事故に臨んだ関係者の素行に不審を抱き、若手の同僚・神保幸四郎とともに沖縄に向かうが。 元版は1965年にカッパノベルスから刊行。書き下ろしか連載作品かは現状、わからない(宝石社の笹沢ムックの島崎書誌を見ればわかるのかな)。 ちなみに当家には大昔から本作と『盗作の風景』と合本で一冊になった『笹沢佐保の偽装工作』(ワニブックス)というのがあったハズだが、例によって見つからないので少し前に古書店で100円均一で買った徳間文庫版で今回、初めて読んだ。 殺人事件は前半から起きるが、内容は推理小説というよりは民間会社の調査員を主人公にした冒険小説スリラーの趣で、海外の作家でいうならちょっと薄味になり始めて口当たりがすごくよくなった時期のアリステア・マクリーンの諸作に近い。あるいはどっかのタイミングのフランシス辺りか。 (物語のミステリ的な興味としては、主人公・草野の視点で、いったい沖縄の周辺で何が起きているのか、である。) 笹沢の60年代作品としてはいささか異質な感じの冒険小説(または英国系スリラー風)の一冊だったが、文庫巻末の作者著作リストを見ると本書の少し前には『死人狩り』だの『幻の島』だのクセのある長編が刊行されている。1960年にデビューしてすでに本書の時点で25冊ほども長編の著書がある(さらに短編集が十数冊)というハイペースな実績なので、ちょっとこの時期には変わったことをやってみたかったのかも知れない。 時代設定と舞台設定(さらにタイトル)を見れば一目瞭然のように、物語の主題は日本返還前の沖縄の窮状に切り込んでいくが、重い真摯なテーマを語る一方で良くも悪くも例によって筆致は明快なのでサクサク読める。正直その分、本来はもっとこちらの心に響くべき重厚さがイマイチ伝わらないきらいがある(汗)。 当時の現在形のリアルのなかで真面目なメッセージを丁寧に語ろうとする作者、そしてその主題を背負った登場人物たちにはどうも申し訳ない気分なのだが(大汗)。 で、読了後にTwitter(現X)で本作の感想を拾うと「傑作」「名作」とかの声が飛び交っていていささか鼻白んだ。いや、よくって秀作の下、まあ佳作の上くらいじゃないかと。 なんかさほど手ごたえを感じなかった自分自身に、いわれのない? 罪悪感を抱きたくなる一冊。 同じ主題なら数年前に読んだ、作者自身が沖縄出身の神野オキナの『カミカゼの邦』の方がずっと心に響いた。まあそっちは2017年の当時のリアルタイムの新刊なので、臨場感も同時代感も当然のごとく読み手に密着しているが。 つーことで、もろもろの感慨を込めて評点はこの数字の上の方です。いや決して悪い作品ではありません。ちゃんと感動も高揚感もあるのだが、それが良くも悪くもソコソコつーことで(汗)。 |
No.2097 | 7点 | 少女には向かない完全犯罪 方丈貴恵 |
(2024/11/05 12:39登録) (ネタバレなし) 2014年3月14日の伏木県。「私」こと当年30歳の黒羽烏由宇(くろば うゆう)は「完全犯罪請負人」として、法律の網の目を逃れる多くの悪党をひそかに破滅させてきた。だが黒羽はその夜、何者かにビルの屋上から突き落とされる。やがて7月、黒羽は重傷で意識のないまま病院で昏睡する己の肉体から幽体離脱して「幽霊」となっている自分を認識した。4カ月前に請け負った依頼の件を思い出した黒羽の幽霊は、とりあえず、同夜に依頼人と落ちあうはずだった約束の場所に向かうが、そこで彼は思わぬ人物と出会う。 方丈作品は今回が初読み。 (「竜泉家の一族」シリーズに乗り遅れたモンで・汗。) でもって本作は単発作品、もしくは新シリーズらしい? しかも本サイトでは先に読まれた方お二人が9点の高得点。さらにSRの会のメーリングでは「今年のベスト1候補」という声も聞こえてくる。 ……じゃあ、と思ってかなりの期待値を込めて読んでみた。 約460ページの大部の紙幅(本文は一段組だが)をスラスラ読ませるリーダビリティ、話の転がし方、登場人物の描き分け(&読者への印象の刻み方)、さらにミステリとしての手数の多さなど、確かに出来のいい作品だとは思うし、総体的には十分、面白かった。 ただ一方で作品の構造上、一種の息継ぎ的な転調の箇所があり、そこでそのあとの大雑把な流れが見えてしまう。この辺は作りこんだ作品ゆえに生じる構造矛盾的な弱点を感じた(まだこれくらいの紙幅が残ってるなら、たぶん、このキャラにはこういう役割があって……と察してしまうようなアレだ。なるべくネタバレにならないように書きたいので、あんまりくどくは言わないが)。 あと、真犯人の(中略)計画は微細に練ったものだが、その分、そこでそんなに構想した側の思い通りに相手が動くものだろうか……という違和感を感じた。 この辺も、細部まで工芸的に組み立てた作品に感じる、アクチュアリティの有無の問題である。こんなことを考える自分は、もしかしたら本作のあまりよくない読み手なのかもしれないが。 力作で秀作なのは存分に認めるし、すでに定評の作者の力量はたっぷり実感させてもらったが、優秀作、傑作とまでいくとちょっと、自分の感触とはズレてしまう、というのが現時点の正直なところ。 メインキャラの面々の動機に(中略)という基本的な大きな軸の文芸があるところなんかはとても好みなんだけど。 結論:前評判が高く、自然と期待値が高くなってしまったのが、自分の場合、災いしたようです。 これから本作を読む人が、当方の(部分的に)ケチめいた感想を先に読んでその反動で「なんだやっぱり傑作じゃんん」と思われるなら、正にソレはソレで大いに喜ばしい。 |
No.2096 | 6点 | 第二の男 エドワード・グリアスン |
(2024/11/04 03:57登録) (ネタバレなし) 1950年代半ば(たぶん)の、英国ヨーク州。中規模の弁護士事務所「ヘスケス法律事務所」に勤務する「わたし」こと青年弁護士ミカエル・アーヴィンは、ロンドン出身の30歳前後の女性弁護士マリオン・ケリソンを新たな同僚に迎えた。そんなマリオンは土地の金持ちの老嬢シャーロット・モーズリーの殺人事件を担当。シャーロット殺害の容疑を掛けられた甥ジョン青年の依頼を受ける形で彼の弁護に当たる。アーヴィンを相棒に調査を進めるマリオンは、ジョンに不利な証言や状況証拠が集まるなかで、それでも依頼人の無実を確信。殺害の時間前後に現場で姿を目撃されたジョンのほかにもうひとり「第二の男」がいたはずだと、考える。 1956年の英国作品。弁護士作家グリアスン(グリアソン)の長編第4作で、二冊目のミステリ。同年度のCWAゴールドダガー受賞作。 グリアスンの邦訳作品は、ほかにもう一冊、処女作『夜明けの舗道』(1952年)が1970年の映画化にあわせて角川文庫から出ており(作者名は~グリアソン標記)、こっちも評者は持ってはいるが、まだ未読。 このサイトに来てから、まだ本サイトにレビューのない創元の「現代推理小説全集」を気の向くまま少しずつ読んできて『血まみれの鋏』『ベアトリスの死』を消化したが、これがその流れでの3冊目。残るのはあと一冊ドイツの犯罪実話小説らしい『楽園の殺人』だけになった。まあこれもそのうち、読むだろう(もちろん、どなたか先に読まれてもいいですよ)。 で、本作『第二の男』だが、ガチガチの法廷ミステリで、しかも内容は王道の冤罪? 容疑者の命がかかったタイムリミットサスペンス。 まあ正直、途中まではマジメで丁寧な筆致が仇となり、いまひとつリーダビリティがよくない(でもツマラないわけではない)が、二度目の裁判辺りになると話の起伏が豊かになって、俄然面白くなってくる。 ただまあ読者の推理の余地はほとんどない作劇で、読者は主人公の二人とその協力者の捜査の軌跡に付き合わされ、あとからあとから劇中に露見してくる事実や真実に振り回されるだけ。それでもさすがに終盤のサスペンスはかなり強烈で、クロージングにもある種の余韻はたっぷりとあるが。 (ちなみに翻訳は、中村&福田の創元版ブラウン神父コンビ。特に引っかかる箇所などは無かった。) ゴールデンダガー賞受賞という栄誉の事実に対し、あまり気負って読む必要はまったくないけれど、誰も読まずにこのまま埋もれさせるにはちょ~とだけ、惜しい感じもする佳作~秀作。 中盤の加速感がイマイチ弱いので読了まで三日かかった(少しまた忙しいこともあったけど)けど、決してツマラン作品ではない。 植草が解説で書いてる通り、この時代、世代の英国若手(当時の)ミステリ作家にしてはユーモア味が皆無なのはちょっとキツイかもしれんが、それもまた作風で味ではある。容疑者の青年ジョンのキャラクターが、妙にいい味を出している。 【2024年11月5日追記】本文を一部、改訂しました。自分が読む前に本サイトにまだレビューがない「現代推理小説全集」の一冊にカーニッツの『殺人シナリオ』を加えていたので(再確認したら、実際にはnukkamさんのご講評が先にありました)。nukkamさん、誠に失礼しました。お許しください。 |
No.2095 | 6点 | 密偵 ジョゼフ・コンラッド |
(2024/10/28 20:54登録) (ネタバレなし) 20世紀初頭。ロンドンの一角のブレット街。そこで文具屋を開く40歳代の紳士アドルフ・ヴァーロックは、美貌の若い妻ウィニーと、彼女の母の未亡人、そしてウィニーの弟で少し知恵遅れだが純真な若者スティーヴン(スティーヴィー)とともに日々の生活を過ごしていた。だがヴァーロックには、某大国の大使館から仕事を請け負う諜報工作員という裏の顔があった。そんなある日、大使館の若手書記官ウラジミルはヴァーロックを呼び寄せ、グリニッジ天文台の爆破を指示した。 1907年の英国作品。 近代の欧米エスピオナージュ小説の系譜を少し探求すれば、たぶん確実にどこかで名前が出て来るはずの名作だが、まだ本サイトにもレビューはない。 自分自身もそのうち読みたいと思って今世紀の初め辺りに岩波文庫版を古書で購入していたが、このたび思いついて読んでみる。 くだんの岩波文庫版は1990年当時(80年代末)の新訳で日本語としては平易だが、原文のくどくて緻密な言い回しをしごく丁寧に翻訳しているため、読むのにそれなりのカロリーを消費した。 とはいえこの手の古典名作にはよくあることだが、一度波に乗ってくるとスラスラ話が進む。 前半のあるタイミングで省略法で話がいっきに進み、そこからしばらく劇中人物の視点が分散する辺りでちょっとストーリーの流れがもたつくが、後半の山場でふたたび特定のメインキャラたちに焦点が絞られると以降の加速感は並々ならぬものがある。 最後は、どういう形で物語が決着するか、作者が描こうとする人間模様に黙って付き合うしかない(終盤、ちょっと忘れられてしまった気配のメインキャラも、いないではないのだが……)。 大枠では確かにエスピオナージュなんだけど、どっちかというとその文芸設定を背景においた群像劇という感じ。 作者はのちに本作を自ら戯曲化したようだが、なるほど確かにヒトケタの頭数のメインキャラで実質進行するような舞台劇っぽい趣もある。 19世紀末~20世紀初頭の時代の、後半になって物語性を浮かび上がらせてくる英国の小説。 作者的にはベストセラーを狙いたかったようだが、暗くて重いので売れなかったらしい。でも、そんな作風が 本作の魅力で味なのは間違いない。 もうちょっと後のバカンよりは、のちのちのグレアム・グリーンの方に繋がっていく流れだな。 |
No.2094 | 7点 | 死が二人を別つまで ルース・レンデル |
(2024/10/26 23:27登録) (ネタバレなし) 1960年代半ばの英国。40歳代末の教区牧師ヘンリー・アーチェリーとその妻メアリは、オックスフォード大学に通う現役学生で21歳の息子チャールズから、恋人テリーサ・カーショウを結婚希望の相手だと紹介された。だがそのテリーサは、実は自分の実父は16年前に殺人罪で絞首刑になっているのだと、驚くべき事実を打ち明けた。とはいえ、テリーサの実母で、今はテリーサの現在の父でもあるトム・カーショウと再婚したアイリーンは、実は私の娘の父は無実なのだと語ってもいるようだ? ヘンリーは息子の婚約者の血筋が無実であることを願い、16年前の殺人事件を担当したレジナルド・ウェクスフォード主席警部に会いに行くが。 1967年の英国作品。ウェクスフォードシリーズの第二弾。 創元文庫の解説で都筑道夫も書いているが、シリーズ第二作からレギュラー名探偵の過去の実績に物言いがつけられるという趣向が何ともはや。 だってこの手の<過去の事件掘り起こしもの>って、レギュラー名探偵がほかの杜撰な捜査陣の雑な仕事を見直すものだしねえ。主役探偵の過去の栄光にケチをつけるという、ある意味でアナーキーな文芸がなんとも面白い。 まあそれだけに決着はアレコレ見えてしまうのではないか? と思いながら読み進んだ。物語の実質的な主人公はアマチュア探偵として動き回る父親ヘンリーで、準主人公的に、恋人の周辺の真実を探る息子チャールズの動向も描かれる。 適度に重厚感はある作品だが、一方で話はサクサク進み、リーダビリティも好調でなかなか面白い。あまり詳しくは書かないが、え? そっちの方向に行くの? というキャラクタードラマの妙味も豊かであった。 で、結末は、半分こっちの予想のアタリで、半分、意表を突かれた感じ。ちょっと古い作りの作劇のような気もするが、その分、まとまりの良さも感じる。もちろんウェクスフォードの過去の仕事が結局は正しかったのかそーでなかったのかは、ここでは書かない。 (なお、誠に恐縮ながら、Tetchyさんのレビューはネタバレになっているので、未読の方は注意された方がよいです。) で、また都筑の解説に同調することになるのだけれど、とにかくシリーズ二作目にこんなネタ持ってきたレンデルに、改めてこっちも惚れ込んだ。 ただ気になったのは、ウェクスフォードは現在55歳で、16年前の事件が自分が初めて担当して解決した殺人事件だと言ってるんだけど、つまり39歳で初めてそっちの方面の初手柄ってことになるんだよね? これってかなり遅くないか? 遅咲きの名探偵だったということか。 何はともあれ、初期レンデル、期待通りになかなか面白かった。またそのうち、このシリーズを楽しみたい。 |
No.2093 | 7点 | 迷走パズル パトリック・クェンティン |
(2024/10/25 13:37登録) (ネタバレなし) 消費税5%の頃にブックオフの100円棚で買っておいた、帯付き・販促パンフ込みの創元文庫版の完本美本の古書を、ようやく読む。思い起こせば少年時代に「別冊宝石」の『癲狂院殺人事件』も読んでいるので、ウン十年ぶりの再読である。 中身は大設定と最後の一行(高橋泰邦訳の、決めのピーターの内心での述懐が忘れ難い)以外の全てを忘れていたので、ほぼ初読のようなものだが、読んでいる間はフツー以上に面白かった。ストーリーテリングの巧妙な、読み手を飽きさせない一級半のパズラーとしてはお手本のような作品であろう。くっきり感の明瞭な、個々の登場人物の描写の過不足の少なさも良い(まあ弾十六さんの言う、ピーター、前の奥さんのこと、もうちょっと思い出せよ、という文句はよ~く分かるが……)。 最後の謎解きがいくぶん駆け足になったかなと思いきや、その反面でサービス精神豊かな趣向を用意してあり、その辺も結構。トリックのひとつはさすがに単純に今の目で読むと古いと思うが、まあほとんど90年前の1930年代作品だもんね。設定の(当時としてはの)新しさと新訳の良さ(読みやすさ)で忘れそうになるけど、確実に新古典作品なのであった。 でもまあ、アイリス&ピーターコンビの馴れ初め編、それだけでシンプルに愛おしい。 次は『俳優パズル』か。旧版が稀覯本の時代に大喜びで入手しておきながら、とうとう新訳が出るまで読まなかった(いまだ読んでない)そんな種類の一冊である。楽しみにしよう。 |
No.2092 | 7点 | 暗殺 柴田哲孝 |
(2024/10/24 11:27登録) (ネタバレなし) 二年前の狙撃暗殺事件をモチーフにした、セミドキュメンタリーフィクション。 読む前はもうちょっと重厚なものを予想していたが、エンターテインメント寄りでスラスラ読める。たぶん確実に『ジャッカルの日』を意識したであろう箇所もあるが。 いろいろとお勉強になる一方、どこか隔靴搔痒の感もあり、そこは物足りない。まあこの手のミステリ一冊から得られるものに期待しすぎるのも、受け手としてはいささかアレ過ぎるが。 それなりに楽しめたが、本気で面白い時の作者の本域には、とても届いていない感じではあった。 |
No.2091 | 6点 | 牢獄学舎の殺人 未完図書委員会の事件簿 市川憂人 |
(2024/10/23 12:43登録) (ネタバレなし) 安定の実力派・市川憂人先生の新シリーズ、黙っていてもレビューが集まるハズなのに、ふた月前後経っても誰も書かない。 じゃあ読んで感想書くか、と思って昨日からページをめくりメモを取っていたら、読了直前に文生さんのレビューが上がった(笑)。いや、人生はドラマチックでオモシロイ。 中身に関しては、イカれた? 大設定に直に触れてもらい、わははははは、こんなことあるかい!? と実写映画版『ビッグマグナム黒岩先生』公開時の横山やすしみたいに笑ってもらいたいので、あらすじは省略。 いや『金田一少年』の「地獄の傀儡師」シリーズの拡大版みたいで外連味たっぷりです。 主人公がミステリマニアで、あれこれ読書体験の中からウンチクを引っ張り出す趣向も楽しい(当人はネタバレには気を使ってるので、読者にもやさしい)。 で、先行レビューの文生さんのおっしゃる肝心の事件がツマラんというご指摘はまったくごもっともとも思うが、ただまあ個人的には、イカれた歪んだ一部の登場人物の思考など、それはアリか? ……あるのかな? というせめぎ合いのグレイゾーンでなかなか楽しかった。 謎の解法が込み入って、ロジックが均質化され、ダイナミズムを失ってしまった(少なくとも私にはそう見える)分だけ、パズラーとしての構造矛盾が生じてしまったのはアレだが。 なんにしろ、やや強引な部分も含めて個人的にはそれなりに面白かった。読んでいて、ここはこういう解釈もできるんじゃないかな? と思った箇所が、あとでちゃんと推理の輪のなかでフォローされるのは、改めて気持ちいいとも思った。 7点に近いこの点数で。 |
No.2090 | 7点 | 悪魔のような女 ボアロー&ナルスジャック |
(2024/10/21 21:42登録) (ネタバレなし) 30代のセールスマン、フェルナン・ラヴィネルは、5年間連れ添った29歳のブロンドの妻ミレイユの殺害を考えた。ラヴィネルは情人である女医リュシエーヌ・モガールの協力を得てアリバイを偽装し、うまく計画を進めたつもりだった。だが……。 1952年のフランス作品で、おなじみコンビの公式合作第一弾。 (ただし1951年に別名義で「L'ombre et la proie」なる実質的な初の合作長編があるらしい。いま、初めて知った・笑。) 文庫は持ってたかどうかわからないし、家の中のどっかにある世界ミステリ全集版を探すのも面倒くさいので、ネットで古書のポケミス初版を安く買った。訳者はどれも同じ北村太郎だから、問題はない(まあフィアリングの『大時計』みたいに同じ訳文でも、文庫化の際に編集部が大きく手を入れてある可能性もあるが)。 大ネタは昔どっかでバラされたような気がするが、うまい具合に忘却したので、これはヨイと思って読み出す。 保険金目当ての妻殺しのクライムストーリーだが、むしろ物語の形質はウールリッチのノワールサスペンスものに驚くほど近い。 70年以上も前の旧作で先が読めるとかどうとかいうより、オチは落ち着くところに収まったという印象。 しかしそれでも、ハイテンションでグイグイ読ませる作品なのは間違いない。 ポケミス100番台のごく初期の時期(通し番号の順不同に出たとはいえ)、この強烈なリーダビリティはさぞかし反響を呼んだのでは、と思わせる。 まあ最後まで読むと、あれこれ引っかかる点はないでもないのだが(もし主人公があーしてこーしていたら、どーなったとか)、これだけ読んでる間オモシロければ、70年前の翻訳ミステリファンには大ウケだったんじゃないかってね。 良い意味で作者コンビの直球・剛球ぶりを実感させられた初期作であった。 |
No.2089 | 6点 | クラーク・アンド・ディヴィジョン 平原直美 |
(2024/09/08 11:00登録) (ネタバレなし) 1944年5月。かつて1941年まではロサンゼルスで大型青果店経営を営む実業家だった日系のイトウ家は、太平洋戦争の勃発とともに財産やいくつもの市民権を奪われて収容所送りになったのち、ようやくシカゴへの再定住が認められる。「わたし」こと20歳のアキ・イトウは両親とともに、先にシカゴで暮らす3歳年上の姉ローズのもとに向かう予定だったが、現地に着く直前に知らされたのは、思いがけない悲報であった。 カリフォルニア州出身のアメリカ人で日系三世のミステリ作家・平原直美の存在は以前にどこかで見かけ、すでに別のシリーズの邦訳も数冊あるのでちょっと読みたいと思っていた。 そしたら今年、本作が新シリーズで始まったので、手に取ってみる。なお作品は、原文が英語で書かれている、れっきとした海外・翻訳作品である。 500ページの厚みの文庫本で、文章そのものは読みやすいのだが、小学館文庫のこの本は書体も印刷もくっきり度が弱く、いささか目が疲れる。 特殊な時代設定、シチュエーションで、(たまには)そういう変わった趣向のものを読みたいというこちらの興味には十分応えてくれた内容。キャラクターも結構、多めだが、この時代設定と紙幅からすればそんなにはネームドキャラが登場するわけではない。 若い女性主人公の一人称視点で綴る、特殊な時代のなかの群像劇的な見方をするなら、フツーに悪くない出来だろう。よくいう、細部が面白い作品ではある(特に第22章の某キャラの、あ~あ……という状況に読んでいて泣き笑い、の気分)。 ただしミステリとしては、話の構造から最後のサプライズが読めてしまった。ただ素直な決着にせず、ある意味でひとつふたつひねってあるのは、まあまあよろしい。 すでにシリーズ第二弾が出ているそうで、いろいろとラストで気になる次作に向けたフックは仕掛けてあるので、いずれ翻訳が出れば7割くらいの確率でたぶん読むと思う。 最後に、本当に久々にミステリを読めて良かった。 さっさと早くまた、元の生活ペースに戻りたい(涙)。 |
No.2088 | 7点 | 難問の多い料理店 結城真一郎 |
(2024/08/25 16:08登録) (ネタバレなし) 全6編の連作短編。 探偵役は同じで、毎回のワトスン役の方が交代する趣向というのがちょっと面白く 適度に話のバリエーションを感じさせた。 (名前未詳の探偵役というのは、隅の老人や三番館シリーズなど同様、この手の一種の安楽椅子探偵もののトラディッショナルという印象だが。) 各話は日常の謎と犯罪事件とのグレイゾーンのようなものが多く、その辺は「ブラックウィドワーズ・クラブ」などを想起させるが、個人的にはなかなかオモシロイ(読み手の興味を刺激する)謎のネタがあって楽しい(切断されていた指の件や、置き配の件など)。 最終的には、あくまで真相の仮設であり思考実験的な決着に至る解決も多いが、その上で作者らしいロジカルさが随所に伺え、心地よかった。 連作短編集としては最後のエピソードで一区切りを迎えたので、続きはないかもしれないけれど、もう一二冊くらい、同じパターンでの続刊があってもいいかとも思う。 |
No.2087 | 7点 | なんで死体がスタジオに!? 森バジル |
(2024/08/18 10:57登録) (ネタバレなし) 昨年の連作短編集(広義の長編)『ノウイットオール あなただけが知っている』が結構良かったので、私的に注目している新鋭の作者の著書第二冊目。今回は、完全に長編仕様の書き下ろし。 テレビ局内の生放送番組の最中に死体が見つかり、いっときだけ、事を荒立てたくないメインキャラの局スタッフ(若い女性)はその事実を秘匿しようとする。 読後にAmazonのレビューを見ると、序盤~前半のこの流れだけで、リアリティがないと放り出した人も少なくないようだが、かなりもったいない。まあ否定派のこだわりもわからないことはないが、その辺はフィクションの大枠の許容範囲。結城昌治の言う「大きなひとつのウソの上に、小さな多くのホントを」の、その前半部分である。 随所にちょっとずつジワっとくる毒を感じさせる<ミステリ・ファルス(一種の戯作)>かと読みながら思っていたが、後半にいくつもの仕掛けがあってなかなか面白くなる。そのなかの大技のひとつは、ちょっと使い方がアレじゃないか? とあとから思わないでもないが、一方でその趣向でもたらされたものは確かに大きいので、まあいいや。 まあ、ヒトによっては、こんなの以前にどっかで読んだ、とおっしゃられるかもしれないが(苦笑)。 あと、真相の解明時に後出しの情報が多め? なのはちょっと弱点。 どんなものが二冊目に来るかな? とそれとなく期待していたら、なかなか悪くないレベルのものを読ませてもらった感じ。あまり詳しく言えない内容だが、某・登場人物の役割の転調ぶりが、順当に(作者のたぶん思惑通りの効果が上がったという意味で)なかなか良い。ただし犯人は、このキャラかな……と見当をつけて当たった。まあそれで終わる作品ではなかったが。 次作にもまた期待します。 |