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ミステリの祭典

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平均点:6.35点 書評数:2262件

プロフィール| 書評

No.2262 7点 ジョン・サンストーンの事件簿 上
マンリー・ウェイド・ウェルマン
(2025/10/03 07:56登録)
(ネタバレなし)
 作者M・W・ウェルマンは、息子ウェイドとの共作でホームズ&チャレンジャー教授ものの傑作パスティーシュ(あるいはシリアスパロディ)『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』を著したことで日本でも知られるが、単独の作家としてもパルプマガジン文化の全盛時代から活躍。かの「ウィアード・テールズ」などでも健筆をふるっていた、20世紀アメリカミステリ界での息の長い書き手であった。

 そんなご当人のカントリー・ホラー・アクションもの(または対モンスターヒーローもの)の連作短編集『悪魔なんかこわくない』(主人公は吟遊詩人の「銀のギターのジョン」)は、評者の大のお気に入りの一冊。
 東西の特撮テレビシリーズ『悪魔くん』『事件記者コルチャック』などといった、バラエティに富んだ毎回の妖怪・モンスター退治譚もののの愛好家なら必読の傑作で、刊行当時、当時のSR会員で年下の友人から勧められて読んだ。
 「絶対に面白いから」の言葉に掛け値なし。同書『悪魔なんか』は、興味がありそうな未読の人に向けて、今でも「とにかく呼んでおけ」としか言いようがない。波長が合う人なら、痺れるような大傑作だと信じる(まーもちろん、最終的な評価は、読んだ人それぞれの勝手で自由なのだが)。

 で、そのウェルマンにはかの『悪魔なんかこわくない』とはまた別に、対モンスター、対オカルト存在相手の連作シリーズが実はあったことが、今回初めて(評者には)判明。
 それがこのオカルト、モンスター事件を事実上の専売に扱う、ニューヨークの私立探偵ジョン・サーストンシリーズであった。原作シリーズは1943年から1985年まで、途中の長い休止期間を挟んで十数編の短編と長編2本が書かれたが、今回の邦訳出版企画ではその中短編分のみを二分冊で翻訳(その長編2冊もぜひとも翻訳してほしい)。
 先に刊行されたこの上巻には、1940年代に書かれた8編の中短編が収録されている。

 序盤2編はブードゥーのゾンビ、幽霊屋敷など、定番のネタで開幕。その後、シリーズインシリーズ的な、セミレギュラーの常連悪役モンスター&オカルト関係者なども登場。
 ちょっと惜しいと思ったのは、そのセミレギュラーの悪役一派「シャノン」(わかりやすく言えば『ウルトラセブン』のノンマルトみたいな地球の先住民族が、『ウルトラマン80』もしくは『ウルトラマンパワード』までのバルタン一族みたいなポジションで主人公にからんでくる)の登場頻度が存外に多く、この手のモンスターハンターものなら、もっともっと多彩な妖怪や怪事件と戦ってほしいと思うところ、意外に話というか作品世界が広がらない点。

 セミレギュラー悪役の頻繁な顔出しは読者におなじみ路線的な安定感を与えるメリットもあろうが、一方で、もっとあれやこれやのモンスターを相手にすればいいのに、なんかもったいない、そんな思いでいっぱい。
 まあくだんのシャノン側の作戦が意外に毎回バラエティに富んではいるし、事件の流れやその形質も各編ごとに雑多なので、敵役が共通していてもさほど飽きは生じない。ある意味では、敵組織・敵集団がかなりの比率で同一ながら、その上でのどうバラエティ感を醸し出すか、的なシリーズ構成上の妙味も達成。だから全くダメというわけでもないが。
 
 ちなみにこのサーストンシリーズ、かのシーベリー(シーバリー)・クインの了解をとってるらしく、向こうの手持ちのオカルト探偵偵ジュール・ド・グランダンが彼のワトスン役の医師トロウブリッジ先生とともにしばし客演。現在のところ表立った活躍はしないが、電話や手紙などで、同じような怪奇事件に挑む者同士の連携で、連絡や相談などは頻繁らしい、という趣向が実に楽しい。神津恭介ものの長編『白妖鬼』のなかで同じ作品世界での存在が語られる、山田風太郎の荊木歓喜みたいだ。あるいはジョー・ゴアズのDKAシリーズの中にひょっこり顔を出す悪党パーカーか。

 期待した形120%というわけにはいかなかったが、それでもいろんな意味でサービス精神はやはり実に豊潤な一冊。格闘戦も得意な巨漢ながら頭も使うハードボイルド系の都会派探偵が、即妙にあるいは独自に探求して対モンスターのオカルト戦略を組み立てる描写などももちろん随所の見せ場で、そーゆーのが好きなこっちにはワクワクゾクゾク感がたまらない。下巻の方では、間を置いて書かれた80年代編の分に、旧作のエピソード群とどんな感じの差異が生じているのか、その辺の興味も楽しみどころである。


No.2261 7点 汚染海域
西村京太郎
(2025/10/02 08:24登録)
(ネタバレなし)
 昭和40年代の半ば(多分)。都内の若手の民事弁護士・中原正弘は、「新太陽化学」の西伊豆工場で働く17歳の少女・梅津ユカから、手紙で依頼の相談を受ける。それは土地と職場の劣悪な環境に際して公害病の認定をはかってほしいというものだった。別件で動いていた中原は少女の依頼をいったん据え置くが、間もなくユカの自殺の報道が新聞の紙面に載る。少女の死に責任を感じた中原は、秘書の高島京子、そして大学時代の友人で「東都新聞」社会部記者の日下部を伴って現地に乗り込んだ。だが彼らがそこで見たのは、新太陽化学の親会社で地元にコンビナートを作る大企業から恩恵を受けるため、あえて現実の凄惨な公害問題に目をつぶる漁民と地元住民たちの姿だった。やがて学界の名士を集めた調査団と、地元の有志による調査団、二つの集団が現地の環境汚染の調査にかかる。そんななか、混迷する事態はとある殺人事件に繋がっていった。

 西村京太郎の初期作、第11長編で公害テーマの社会派ミステリ。元版は1971年9月の毎日新聞社版で、この二カ月後に本サイトでも大人気の名作『殺しの双曲線』が刊行されている。
 評者は数か月前に、出先のブックオフの110円棚で徳間文庫版(旧版)を発見。それまで未知の作品だったが、元版の刊行時期と作品の主題を認め、たぶんこれは結構面白いだろ、と期待を込める。結果、予感はさほど裏切られることなく、ほぼイッキ読み。

 主人公の正義漢・中原弁護士を含めて、登場人物の大半は話の流れに沿って配置された駒的な面はある。
 だけれどそんななかでも何人かのキャラクターは、小説の厚みを形成していく人間味の陰影が書き込まれている(なかでも特に印象に残るのは、公害反対の青年活動家である高校教師・吉川と、その恩師の大学教授・冬木の娘である美女・亜矢子のふたり)。中原が良くも悪くもスタンダードな主人公な分、重要なサブキャラポジションの面々が、なかなか味のある芝居を見せている。
 ちなみにこの作品、こういう設定なので、巨悪が牛耳る悪の町に乗り込む「スモールタウンもの」的な趣もあるが、主人公に外圧をかけようとする暴力団や悪徳警察の類は一切出てこない。なんかその辺は、却って新鮮であった。

 かたやミステリ的にはさほど奥行きのない話で、物的証拠? のあたりももうちょっと説明がほしいが、その辺はとにもかくにも最低限、商業作品としてミステリのフォーマットを守った感じ。この作品で作者が書きたかったのは、確実に社会派テーマの方なんだろうし。

 で、ラスト数ページの切り返し。この鮮やかさにシビレる(ミステリ的な興趣としてではないのだが)。そして最後の数行で吉川が口にする、作者の(というかこの作品の中での)人間観に溜息がでる。
 
 先駆の同テーマのミステリ、水上勉『海の牙』と比べても、あの6~7割増しぐらいに面白い。8点はつけられないけど、読んでる間に何回か、その評点でもいいか? と、一瞬だけ思ったりもした。
 半世紀ちょっと前の昭和の旧作。その事実は色んな意味でくれぐれも噛み締めながら、楽しみましょう。


No.2260 6点 マーダーでミステリーな勇者たち
火海坂猫
(2025/09/30 08:25登録)
(ネタバレなし)
 とある異世界。その大陸は大別して三つの国家に分割されていたが、そこに魔王率いる魔族が襲い来る。三国家共通の宗教組織「教会」の秘宝「聖剣」によって「勇者」に選ばれた若者。彼は、三つの国家そして教会がそれぞれひとりずつ選抜した少女、そして故郷の村の幼なじみの娘、計5人の女子とともに魔王討伐に赴き、見事に本懐を果たす。だがその直後、身内の誰かの凶行としか思えない状況で、仲間の一人の少女が殺された!?

 ブックオフの200円棚で帯付きの美本が出ていたので、タイトルとあらすじの設定に惹かれて購入してみる。

 で、読了後にAmazonの現行のレビューを見るとものの見事にけちょんけちょんで、確かに誤植はあちこち目立つ。そのAmazonの評で指摘されてる、くだんの冒頭1ページ目の大設定に関わる部分もそうだが、途中で「××は心外だが」が正しいところ「侵害」になってたりする。
 どこの出版社でも新刊の小説には作者の名前と併記して、担当編集の名前を奥付に明記するようにすればいいと思う(やってるところもあるが、多くはない印象)。そうすればこの手の無責任なミスも、少しは減るであろう。

 ミステリとしてはけっこう緩めで、版元が喧伝してるほどのサプライズもトリックもないが(ギミックは……一応あるかな)、舞台装置の設定、異世界の世界観の作り込みなどはなかなか良かった(複数の国家連携の人類の敵・魔王退治という懸案に、なぜ少数の男子女子しか動員されないか、のイクスキューズなど)。
 初めて読む作者だが理屈付けにはこだわるタイプの書き手のようで、その辺は長所といえるだろう。

 ラストはアレといえばアレだが、作者は当初からそういうものを、と言っているので文句には当たらない。
 結局、ラノベ枠のミステリというよりは、ミステリ風味のラノベ、だったけど、まあいいや。評点は0.5点オマケ。


No.2259 5点 天界の戦い
チャールズ・ウィリアムズ(英国)
(2025/09/29 01:17登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月のロンドン。出版社パーシモンズ社の社内で、見知らぬ人間の死体が発見される。遺体は編集者ライオネル・ラックストローの机の下にあったが、同人は被害者など見たこともなかった。一方、パーシモンズ社で刊行される新刊の校正刷りを巡り、その周辺で奇妙な事態が動き出す。

 1930年の英国作品。
 普通の狭義の推理小説ではないようだが、英国のクラシックミステリ分野のなかでなんか独特の位置を占める作品らしい、というネットでの風聞が気になって読み始めた。
 とにもかくにも、未訳で本邦・初紹介の海外クラシックミステリ長編、というだけで気にはなる。

 中味はどうやら秘密結社がからむオカルト冒険スリラーのようで、ホイートリーの「黒魔団」シリーズ(実はまだ未読だが・汗)みたいなもんじゃろかいな? という予見で、ページをめくり始めた。

 しかし正直、ベテラン翻訳者・風間賢二とこちらの相性が悪いのか、あるいは編集の力がないのか、けっこうお話も文章も読みにくい。
 本文でいきなり固有名詞の人名がとび出し、どういう立場の人間だとかわからないとか、2020年代の翻訳ミステリとしては不親切であろう。具体的にはそのカタカナ名前を初めて出す前にさりげなくどんな素性の人間かすぐわかる肩書や言葉を入れればいい(いや原書通りなのかもしれないが、そのまま放っておくのは21世紀の商業翻訳として、悪手すぎる)。
 そんなのが数カ所あり、さらにメインキャラのひとりジュリアン・ダヴェナントの名前表記が巻頭の人物一覧では違っていたりと、編集や訳者のやる気のなさを感じた。
 
 その辺もあって5分の3まではスローモーな展開も含めて大あくびの作品だったが、後半、悪の黒幕がかなり外道な事をしかけ始めてからは、ちょっとだけ面白くなった(まあ、そこそこ)。

 物語の最後はかなりの大技で、あれよあれよという内に決着がつく(日本人で、非クリスチャンのこっちにはわかりにくい面もあるが)。
 個人的にはキライじゃないギミックだけど、完全にここで(中略)になってしまうね。まあ、そういう作品だとは当初から思ってはいたから、踏み込みの浅い深いの問題なんだけど。

 とにかく読み終わるまでに、実に疲れた。まあこういう作品との遭遇も、タマにはあるっていうことで。


No.2258 6点 深夜の張り込み
トマス・ウォルシュ
(2025/09/27 07:13登録)
(ネタバレなし)
 その年の12月のニューヨーク。ブルックリンの銀行から4万ドルが奪われる事件があり、嫌疑はプロの犯罪者で銀行やぶりを得意とする男ハリー・ホイーラーに掛けられた。刑事係警部フランク・エックストロムの部下である三人のベテラン(中堅)刑事たちは連携・交代しながら、ホイーラーの妻ローズが留守を預かる容疑者の自宅アパートを見張る。が、やがて事態は、関係者たちの思いもよらぬ方向へと転がっていく。

 1950年のアメリカ作品。
 このところ本が読めない上に、タマに読むのも今年の新刊が大半なので、気分を変えようと、新刊とはまったく関係のない旧刊の作品に手を出してみる。

 ごひいきトマス・ウォルシュ(と言いつつ、本サイトでは私自身もそんなに高い評点はさほどつけてないが……)の未読の一冊で、ページ数はそこそこ。さらに話の設定や流れからしても、劇中での時間の推移はせいぜい数日レベルっぽい? じゃあこれは読みやすそうだ、で、たぶんそれなりに面白いだろ、と手に取った。

 でまあ、大設定(ここでは書かない)のイベントの流れが意外にも物語の半ばでひと段落してしまい、後半はいささか作劇の方向が転調した内容になる。

 そういう意味では先が読めるような読めないような、で、なかなか楽しかったが、一方で以前に別のウォルシュ作品のレビューで書いたこの作者の悪い癖(と評者が個人的に思う)である、小説の一章一章が話の流れに比して長め、という弱点が今回も顕著で、読み手側としては、結構リズムの感覚に狂いが生じた。要は、ああ、この辺で、一回、章を変えれば読みやすいのに、まだ続くのか……という感じである。
 主要キャラの関係性のシーソーゲームなど、作りはシンプルながらその分、明快で悪くはないんだけどね。

 後半は肺活量のある作家なら、長々としつこく書きそうなところ、良くも悪くもコンデンスにまとめた感じで、その辺が味なような、ちょっと物足りないような、微妙な気分。決してつまらなくはなかったが、イマイチ推すには弱い……そんな一冊という感じか。

 ちなみにこの作品、その邦題ゆえマッギヴァーンの『殺人のためのバッジ』の映画化だろう? ……と、何十年にもわたって勘違いしていたキム・ノヴァック主演の映画『殺人者はバッジをつけている』の原作なそうである。
 その事実は21世紀になってから初めて気づき、それまではずっと勘違いしていた。
 くだんの映画はまだ未見だが、低価格セットDVDにも入っているので、そのうち観てみたい、とは思う。まあそんな映画も山のように溜まっているが(汗)。 


No.2257 8点 夜明けまでに誰かが
ホリー・ジャクソン
(2025/09/16 18:57登録)
(ネタバレなし)
 フィラデルフィアの女子高校生レッド(レッドフォード)・ケニーは、親友のマディ(マデリン)・ジョイ・ラヴォイに誘われて、同年代の男子高校生2人、そして引率役であるマディの大学生の兄とその彼女という計6人のグループで、大型キャンピングカーでの旅行に出かけた。だが一行が携帯電話の電波圏外の僻地に入ったとき、何者かが車を狙撃。タイヤを撃ち抜き、さらには銃撃で牽制して彼らをキャンピングカーの中に閉じ込めた。周到な手段で車内との通信環境を設けた謎の狙撃者は、ある要求を突きつける。

 2022年の英国作品。
 評者は邦訳のある人気シリーズは未読なので、作者の著作はこれが初読みである。

 主要人物はメインの若者6人と謎の狙撃犯だが、当然のごとく、彼らの抱える事情や過去のあれこれの逸話を明かす形でサブストーリーの枝葉が拡散。広義での登場人物はさらに多くなる。
 
 メインストリームのお話と脇筋のエピソードの揺り動かしがキモという感じのサスペンス編。
 組み立ては、いかにも21世紀の成熟したエンターテインメントという手応えであり、加速度的なベクトル感でいっきに読ませる。
 いい意味で話がさほど広がらず、手堅い構成なのが良い。で、そこが最終的に、ちゃんと主人公ヒロインのレッドが抱える内省につながっていくのもよろしい。
 
 それで、読み落としでなければ、一件だけわざと曖昧なまま終わる箇所があると思うが、その辺の演出は、作者のちょっと厨二感覚的な人間観か? まあ多層的な余韻を残して終わるのもアリだよね。

 私がわざわざホメなくっても……という、今年の話題作で評判の娯楽作なのだが、評点を7点に押さえると、それはそれでウソになる気分。それくらいには面白かった。


No.2256 7点 どうせそろそろ死ぬんだし
香坂鮪
(2025/09/15 20:17登録)
(ネタバレなし)
・強引さが目立つ
・良くも悪くも(←どちらかといえば後の方)ミステリ作法のコードを外してる
(文句の辺りを具体的な言葉にすると、先行の文生さんのレビューですでにかなりの部分を語って頂いた感じ)

 ……という難点はあるが、アイデアを積み重ねた、トリッキィというかギミックフルな作品なのは確か。

 このあまりに遠大な東西のミステリの大海、nukkamさんのおっしゃるようにどこかに似た作品はあるんだろうけど。
 自分は80年代の某海外作品を思い出した。

 話が面白くない、という虫暮部さんのご講評は、苦笑しつつ、まあそうですね、と実に同感。まっこと、そういう不満は出てしかるべき! だと思う。

 ただまあ、その上で、仕上の味付けは悪いんだけど、栄養価の高そうな腹持ちの良い献立を出してもらった幸福感を抱く面もある。

 少なくとも東西のパズラーやトリック小説を最低でも100冊くらいは読んでから、そのあとで手にとってほしい一冊。


No.2255 6点 不確かな真実
和亭正彦
(2025/09/13 21:56登録)
(ネタバレなし)
 その年の1月6日。都内の西城公園駅周辺の高級マンションの4階で、国際的に有名な50歳代の服飾デザイナー・国枝和子が惨殺された。死体の損壊ぶりを含めてかなり猟奇的な殺人事件に際し、警視庁と所轄の西城署の合同捜査本部の刑事たちは犯人検挙に躍起になる。やがて防犯用カメラの記録映像から、数名の不審な人物が捜査線上に浮かんでくるが……。
 
 今年の新刊で、Amazonほかで話題なようなので読んでみた。
 佐野洋か笹沢佐保あたりの平均作レベルといったリーダビリティの高さでサクサク読める警察小説で、前半、数名の容疑者が絞り込まれていくあたりまではなかなか快調。
(ただしリアリティを醸し出したいのか、役職のある捜査陣たちの固有名詞をやたらと登場させすぎるきらいはあるが。)

 良い意味で昭和の一流半の警察捜査ミステリの再現といった趣で(作者が自覚的にそういう作風を狙ってるかどうかは知らないが)、評者のようなオッサンには、なかなか懐かしいレトロな感じでけっこう心地よい。

 で、中盤でミステリとしての方向が大きく転換・展開し、ああ、そういう作品なのね……という感じになる。
 まあそれはそれでいいのだが、後半のその中身に関してはありきたり、ととるか、良くも悪くも2020年代によくこんなネタで勝負に出たな、と感心するか、そのどっちか。個人的には4対6で、後者寄りの感触かな。

 とにかく現在、私的に多忙で長編ミステリがなかなか読めないので(涙)、3時間程度で読み終えられて、それが何より良かった(笑・中泣)。

 他愛ない作品と、とる人もそれなりにいるんじゃないか? とも思う。
 が、個人的には、先述のどっかレトロチックな小説の雰囲気も含めて、そこそこ好感を抱ける一冊。 


No.2254 6点 マダムはディナーに出られません
ヒラリー・ウォー
(2025/09/09 15:51登録)
(ネタバレなし)
 1946年。「私」こと20代半ばの私立探偵シェリダン(シェリー)・キース・ウェズリーは、ニューヨークのウェストチェスター群の片田舎ミッドヴェイルの屋敷を訪れた。依頼人である元スターの富豪の女性ヴァレリー(ヴァル)・キングからの呼び出しだ。奇妙なのは彼女が、ウェズリーの美しい妻で女優でもあるダイアナの随伴を望んでいることだった。同道を快諾したダイアナとともにウェズリーが訪れた屋敷では、ヴァレリー主催によるパーティが開かれているが、肝心の依頼人の女主人の姿は見えない。不審の念が湧くなか、屋敷の周辺で、とある人物の他殺死体が見つかる。ウェズリーは知己であるニューヨーク市警の大物ハワード・ブラッドレー警視の後見のもと、所轄署の署長であるスローカム警部と連携しながら事件の真相を追うが。

 1947年のアメリカ作品。ウォーのデビュー長編であり、3冊の長編が書かれた私立探偵シェリダン・ウェズリーものの第一弾。
 少なくとも本作を読む限り、単に私立探偵ものというよりは、美人の奥さん(年上設定らしい)ダイアナを相棒にした夫婦探偵もの。

 かつて「パパイラスの船」のなかで小鷹信光は、第二次世界大戦中盤から欧米のミステリ界は銃後の家族を守って出征した兵士の心を鼓舞するため夫婦探偵ものが隆盛となったという説を提唱。実例はなんとなく多数思い浮かぶが、本作も実際にそんなムーブメントのなかの一冊で(実作は戦時中だったらしい)、まんま『影なき男』の系譜を感じさせる一編。

 なお本書の巻末の、おなじみ塚田よしと氏の名解説によると、本作のヒロインのダイアナはウォー自身の同名の奥さんがモデル(『失踪当時の服装は』のアイデア協力者で、献辞を受けた女性)だとか、ウォーはくだんの『影なき男』を『マルタの鷹』の次に評価していたとかいろいろウンチクがわかって面白い。

 で、本編の内容だが、ウェズリーとダイアナの夫婦探偵コンビを主役に書きたい一方、のちに警察小説路線の方で真価を発揮する作者だけあって、スローカムの方にも重きをなしたい、という書き手の気分も垣間見える作品。
 その辺の3人主人公(夫婦探偵+ベテラン警官)シフトがイマイチ面白さにつたわってこない感じがあるのはちょっと残念。実際、多すぎる容疑者の聞き込みシーンの連続は物語の勢いに制動をかけるし、読んでる最中、あー、これはメタ的な意味でダミーの水増し容疑者だな、と思えるキャラクターが中盤からわんさか出て来るのも何とも(←ただしそんなこちらの読みが当たったか外れたかは、また別問題だが)。
 
 ところが後半、ウェズリーとダイアナのとある濃い描写のシーンからぐんと面白くなり、あとはほぼイッキ読み。うん、やっぱこれ、夫婦探偵ものでしょう。
 なおフーダニットパズラーとしては予想外なまでに伏線と手掛かりをロジカルに拾ってはあり、のちの謎解き志向の要素を備えたウォーの警察小説路線の萌芽を感じさせる。

 ただし個人的にはよくもわるくも、え、そこまでやるの語るの、とヘンな意味で意表を突かれ、十全に伏線回収の妙味を楽しめなかった。真犯人も特に意外性のない人物だし、力を込めた部分ともうちょっと頑張りましょう、のバランスがしっくりこない面もある。

 まあデビュー作としては十分に力作だとは思うし、読んで(発掘翻訳してもらって)よかった一作なのは間違いないが。この評点の上の方で。

 ちなみにくだんの巻末の解説で未訳のフェローズ署長ものの5冊の紹介は長い目で創元さんに任せましょう、ともとれる物言いがあり、えー、という感じ。ケチなこと言わず、論創さんご自身の方でどんどん積極的に発掘翻訳してください。

【2025年9月12日改訂】
 事実誤認の箇所がありましたので、一部の記述を改修いたしました。
 当方の誤りをご指摘下さいました<おっさん様>に、厚くお礼申しあげます。


No.2253 8点 千年のフーダニット
麻根重次
(2025/09/03 11:42登録)
(ネタバレなし)
 SFとしてのテクノロジー描写が雑という意見にはあえて反対しないが(ただ、個人的にはそんなに問題に思えなかった)、そこにあった(中略)の正体は何か? なぜ死体(中略)は損壊されたか? という謎について、最後の最後に明かされる真相は、ショックでアゴが外れた。

 物語の加速感が乏しいのは弱点だとは思う。が、一方で、良い意味でシンプルに記号化された主要登場人物たち(と思っていたら、ムニャムニャ……)の書き分けが明瞭で、退屈さなどはほとんど感じなかった。

<大枠としてのSFミステリ>という変化球路線のなかで、いかにギミックの多い、そしてお話として面白いパズラーを作るか? という命題に真っ向から挑んだ優秀作だと思う。
 
 一読してから序盤の部分を読み返すと、あの登場人物はソノとき、あんなことを考えていたのかなあ、と感無量……というか複雑な思いに駆られた。

 もう少しあちこちの細部を推敲する余地は確かにあろうが、得点的な評価でいえばかなり点数の高い一作。


No.2252 7点 ブレイクショットの軌跡
逢坂冬馬
(2025/09/01 19:25登録)
(ネタバレなし)
 一段組の本文ながら580ページ弱。
 リーダビリティは最強ながら、8つの物語の流れ(そのうち主要なものは2~3……いや4つかな)の錯綜が読みどころ、とは十全にわかっていながらも、その縦横無尽ぶりにカロリーを消費……と。
 美味い、栄養価の高さも感じる、肉も柔らかくて腹ごたえもある、しかしボリューム感のありすぎるステーキを、ほぼイッキに平らげるような作品であった(読了までに二日半かかった)。
 
 終盤のあるオチはまあこんな(中略)物語ならそうなるだろうな、的に、おおむね推察がついてはいたが、それでも、こちらの予想を上回るあざとい仕掛けで泣かされた。ああ、これでこそエンターテインメント、2020年代の大作小説だよね。

 長さというか、手にした瞬間のボリューム感に二の足を踏む人は多いんじゃないかと思うけれど、よくできた<長編三冊目>である。


No.2251 7点 名探偵再び
潮谷験
(2025/08/29 12:22登録)
(ネタバレなし)
「私」こと、貧乏な元・私立探偵を親に持つ女子中学生・時夜翔は、<学校に相応に貢献した者の親族や関係者には、優待的な措置をとる>という条件に惹かれ、私立「雷辺」女学園に入学する。翔の大叔母にあたる同校の30年前の在学生・時谷遊は校外にも名を轟かせた少女探偵だったが、大犯罪者「M」と相討ちになりわずか16歳で夭逝した伝説的な人物だった。その遊の血筋ということでさまざまな優待を受ける翔だが、同時に周囲は<伝説の少女名探偵の再来>として翔の推理力に期待を込めた。自分が名探偵でもなんでもないと自覚する翔は周囲の期待を裏切らないように(現状の厚遇を維持できるように)「名探偵」役を演じようとするが、そんな彼女には意外な出会いが待っていた。

 「雷辺(らいへん)」だの「M」だののキーワードからわかる通り、かの大名探偵の一大イベントにちなんだパロディ風味の強いパズラーで、連作事件の積み重ねが長編作品となるタイプのもの。
 なお目次にはあえてこの事件は何ページから、とノンブル数を記載しておらず、つまり各編(各事件)が短めなのか長めなのか一本一本を読み終えるまでわからない趣向なのも、妙にスリリングでいい。
 日常系(?)の謎パズラーとしては、個人的には第1話の解法がいちばん面白かった。

 で、全体のナニについては、ある程度まで読めていたが、自己採点すれば100点満点で40点くらいか(←私の先読みの的中度が)。なるほど、実際の作中のサプライズは、予想のやや斜め上で、しかもキレイに決まっていた。

 遊び心としゃれっ気を感じさせながら、ちょっと甘苦い青春ミステリの持ち味も備えた作品。 
 他愛ない、と切って捨てる人もいそうな感じでもあるが、その辺のどっか一流半的な感覚も含めて、なかなか愛おしい一冊だった。


No.2250 6点 彼女たちの牙と舌
矢樹純
(2025/08/19 12:48登録)
(ネタバレなし)
 息子・蒼祐を進学塾「和光ゼミナール」に通わせることになった40歳の後藤伊織は、息子の幼稚園時代の園児仲間の女児・紗羅の母親である久代澄佳(42歳)と再会した。紗羅も同じ進学塾の生徒となるらしい。そして伊織は澄佳の紹介で、やはり自分の息子や娘を同塾に通わせる34歳の吉葉杏里、49歳の手島知絵と受験生の子女たちの親同士のコミューン的な場を築き始めた。本当にプライベートな事情だけは秘めながら少しずつ距離を縮めていく4人の母親たちだが、やや複雑な状況のなかで彼らの距離感は少しずつ変遷していく。

 秀作もあれば凡作っぽいのも出す、という印象の作者だが、本作は中年女性たちのノワールっぽい作品。
 なんか噂だけ聞いてる桐野夏生の『OUT』みたいな? とも思うが、評者はそっちは大メジャー作品ながらまだ未読なんで比較はできない(笑・汗)。  ただまぁ、世代人のミステリファンのヒトは、本作の設定を聞いてたぶんそっちを連想するのではないか。

 でまあ感想はそれなりに面白かったが、あちこちから集めて帯に載せた激賞の数々ほどに楽しめたとは、とても思えず。

 4人の中年ヒロイン主人公が、大別して全5章のそれぞれのパートで交代しながら一人称「私」の語り役を担当。それぞれの抱える事情を読者に向けて明かしながら、経糸のドラマ(事件)を奥へ奥へと転がしていく。
 一見、凝ってるようで、実は意外によくある(というかどっかで見たような)構成だよね、という感じであまりテンションが上がらない。
 個人的にはAmazonのレビューのひとつにあった<各ヒロインの似たような別の内容のグチを、どれも同じようなテンションで聞かされる、そんなかったるさ(大意)>というのが一番近かった。

 ただまぁ、小規模なサプライズはそれなりに用意されているし、実質5人目の主人公? ともいえる某キャラの扱いも悪くは……ないかな(いろいろと問題のある人物ではあったが)。
 あと、主人公たちの描写のまとめと、ストーリーの着地点はちょっと印象に残る。特に後者はある意味、人を食った感じで、この作者らしいといえばいえるか。
 評点はこんなもんで。


No.2249 8点 イーストレップス連続殺人
フランシス・ビーディング
(2025/08/09 19:10登録)
(ネタバレなし)
 1936年7月の英国。ノーフォーク海岸周辺の地方の町イーストレップスで、オールドミスのメアリー・ヒューイットが何者かに殺された。その頃、ある素性を秘めた47歳の実業家ロバート・エルドリッジは、ロンドンと同地を定期的に行き来していた。その目的は、相思相愛の美貌の人妻マーガレット・ウィザーズと密会するためだ。そんななか、イーストレップスではまた新たな殺人が発生する。

 1931年の英国作品。
 小林晋ブランドの発掘クラシック・パズラーなので、期待しながら読む。
 文庫版で450ページとやや大冊といえる作品だが、10~15ページに一回は小中のイベントが発生する感じで(あくまで主観的な感触だが)、まったくダレずに面白い。金曜の夜(ほとんど土曜の早朝)で前半の半分を読み、ひと眠りしてから土曜の昼間~夕方で後半を読み終えた。

 この話の流れで意外性を出すには……そして……とあるポイント(これはネタバレになるかもしれないので書かない)から真犯人を類推し、見事に正解。
 ただしそれでも最後に明かされる異常な動機(nukkamさんもご言及の)がズシリと腹にくる(とはいえもしも犯人が予想通りの人物なら、その動機の真相はたぶんそういうことなんだろうな、と考えていたらこちらも当たった)。

 しかしながらミステリとしては決してヤワな出来ではなく、ストーリーテリングの妙のなかに伏線と手掛かりを散りばめ、時代を超えた普遍的な魅力を実感させる。
 この作品を欧米の後進パズラー系作家がどのくらい実際に読んだのかはもちろん知らないが、若いうちに本作に触れる機会のあった面々は、ここから相応の影響を受けたのではなかろうか。

 評点は7~8点で迷うが、塚田よしと氏の丁寧で楽しい巻末の解説、さらに複数の原書のバージョンをリファレンスして一番情報量の多い邦訳本を作ったという訳者・小林さんのご苦労に感謝して、後者の数字で。
(あ、それでも巻末の解説は、本文を読み終わるまでは覗かない方がいいかも。)


No.2248 7点 復讐の準備が整いました
桜井美奈
(2025/08/08 09:18登録)
(ネタバレなし)
 HORNETさんのレビューをネタバレの手前(つまりシンプルにあらすじ部分)まで拝見し、7点というそれなりに良い評点に留意。さらにタイトルと表紙を見つめて、なんか面白そうだなと本の実物を手にとってみる。

 で、読み終わってから作者の経歴を見て、ああ『殺した夫が帰ってきました』の桜井先生の新作だったのね、と、そこで初めて気が付いた。いや、無頓着も甚だしい(汗)。

 サプライズを用意してるなら、たぶん当然……とか予期し、それはまあ当たったが、その大技を支える某ギミックの方はうかつにも気が付かなかった。いや、特に斬新なものではなく、むしろ懐かしいくらいのネタだったが。
 とはいえHORNETさんが(ネタバレ部で)おっしゃっている通り、

>物語としての結末がどうなるかは分からない部分があり、そういう意味では最後まで楽しめた

 これに尽きる。

 で、最後に明かされた人物配置の構図にはハタと膝を叩き、納得もできるものの、同時に一部のキャラがあまりにコマ(駒)的に運用されて、人間関係のハメコミ具合にしっくりいかない感じも、あったりなかったり?

 ただまあ、後味の良さは確かですな。
 あー、作中に登場する編集者の相田さんは、いまのところ今年読んだ新作ミステリのなかでのベスト助演キャラの有力候補にしたい。


No.2247 6点 砕けちった泡
ボアロー&ナルスジャック
(2025/08/07 08:44登録)
(ネタバレなし)
 またこのネタかよ。20世紀フランスミステリの第一線コンビも、後年には赤川次郎になりさがったか、と憎まれ口を叩きかけた。

 ……と思っていたら、中盤~後半の主人公デュバルの内面劇がなかなか面白い。いや、見方によっては一見、心の闇が晴れたかのように思えないでもない、という感じだが、実は結局、<相手>に自分の勝手な理想や願望を仮託するだけの発育不全男、という構図が見えてくるようで。
 その一方で、中盤から生じたイベントに関わる大きな疑問、この女は(以下略)がついて回り、テンションが下がらない。200ページの紙幅も程よい長さで、一気に読んでしまえる。

 ただラストはちょっと舌っ足らずで、とりあえずは、終盤の描写の含意を自分なりに受け取ったが、なんかその読解で本当にいいの? と迷い続けるような危うい感覚がある。たぶん、だけど<そっちの方向>に、読者を置いてきぼりにするのは、作者コンビ側の狙いではなさげ? だが。

 ある意味ではとてもフランスミステリらしい作品。よくも悪くも、ほどよく醗酵した作品である。


No.2246 6点 町内会死者蘇生事件
五条紀夫
(2025/08/05 08:56登録)
(ネタバレなし)
 秩父の一角にある「信津(しなづ)町」。それぞれが地主の息子や娘だが庶民的な暮らしの24歳の三人の男女「ジヌシーズ」は、土地の権力者である70歳台の住職で町内会長の長谷部権造をさる理由から謀殺した。だが信津町にはある一定の法則性と条件のもとに死者を蘇生させる秘伝のオカルトシステムがあり、その秘術によって権造は復活した。謎の人物「蘇生犯」の意志が介在していることを察したジヌシーズは当該の人物を探しながら、一方で次の行動に出るが。

 特殊設定ミステリでフーダニットパズラーの要素は確かにあるものの、むしろ最後に明らかになる<ある真実>の方でインパクトを受ける作品。部分的に予想がつくところはあったものの、一番のサプライズはああ、そうきたか、という感じであった。
 全体的にはっちゃけながら、同時に常に作者の方に読み手の手綱を握られているような緊張感があり、その辺のテンションにシンクロできれば面白い、というか楽しめるだろう。

 評者は途中で、作者に鼻面掴まれて引き回されるのにやや疲労感を覚え、このまま最後まで行くのなら評点は5点でもいいか、と一瞬思ったが、前述の終盤のどんでん返しで眠気がふっとんだ。
 クロージングにはいろいろ感じる人もいるだろうが、これはこれで良かったのでは、とは思う。
 この評点の上の方で。


No.2245 8点 月夜の狼
フレドリック・ブラウン
(2025/08/04 10:53登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと21歳のエドワード(エド)・ハンターは叔父のアンブローズ(アム)・ハンターとともに、それまでの職場のサーカスを退去。今は二人で、アム叔父の旧知である元警察官の探偵ベン・スターロックが所長を務めるシカゴの「スターロック探偵社」の一員として働いていた。とはいえエドはまだ見習で、これからが本格的な初仕事だ。エドがスターロックから託された業務、それは若い美人の実業家ジャスチン・ハバーマンからの依頼。ジャスチンの叔父でイリノイ州のトレモントに住む発明家スチーブン・アモリーが何やら画期的な発明を為したと称し、姪に5千ドルの融資を願っているらしい。調査内容はその下調べだ。ジャスチンから話を聞き、叔父アモリーには公然と事業の内容を尋ねてもいいという許可をもらったエドは、トレモントに乗り込む。だが、そこで彼が出くわしたのは、喉笛を食いちぎられた死体だった。自分が人狼だと盲信する殺人犯「狼狂」が存在する? エドは土地の人々と関わりあいながら、予定外の事件に巻き込まれていくが。

 1949年のアメリカ作品。
 大のごひいきエド&アム・ハンターシリーズの第3長編。
 シリーズ前作『三人のこびと』も、この次のシリーズ第4作『アンブローズ蒐集家』も4年前に読んじゃったので、本作もそろそろ読みたい! としばらく前から思っていたが、例によって確実に家のなかにあるはずの本が見つからない。仕方がないので図書館から借りてきて読む。まあ私には、よくある事だが(笑・汗)。
 
 出だし快調、中盤ドラマチック、後半のその半ばあたりでちょっとだけダレるが、エド自身のサイドストーリー(詳しくは書かないよ)の方でどんでん返しがあり、そこから弾みがついたように面白くなる。

 終盤はページ数がどんどん残り少なくなるなか、なかなか事件が底を割らず、どーすんだどーなるんだ、と思っていたら、二段構えのサプライズ! でたっぷりと最後の最後までエンターテインメントしてくれて、まとめて終わる。

 いや謎解きの解法としてはややチョンボかもしれんが、ブラウンのミステリはソレでよかれと思うし、さらに今回の場合はその真相が成立する経緯のロジックにしっかり芯が通っていて、うん、いいんじゃないかと(笑)。
 
 物語前半で、また後半で、それぞれ思ってもいなかった人生の経験値を積むエドの描写は今回も十二分に青春ミステリしていて、とてもいい。特に前半のカタの付け方は、ブラウンがこのシリーズで何を書きたいのか、改めてしっかり実感させてくれる。

 前述の、部分的にほんのちょっとだけ、かったるかった感慨を踏まえて7点でいいかな、とも思ったが、それだとこの物語から得点的にもらったあれやこれやの愉しさやトキメキを掬いきれてない。やっぱ(少しだけオマケして)8点でいいや(笑)。


No.2244 7点 バスカヴィル館の殺人
高野結史
(2025/08/01 22:04登録)
(ネタバレなし)
 多層構造ともいえるストーリーの流れだが、文章が平易な上に主要な登場人物が絞られているため、意外にややこしさは感じなかった。むろんスラスラ読めるとは言い難いのだが、今回の場合、その辺のめんどくささが、おおむね心地よい緊張感に転じている。

 サプライズの出来事が生じた際には、もっとくっきりと地の文でも盛り上げればいいのでは? とも思った。が、作中でメタとリアルが錯綜する物語の組みたてゆえ、その辺を下手にやってしまうとシラけてしまう、という書き手の警戒心みたいなものも覗けた。となると、全体的に抑制した筆致にしたのは間違ってなかったかもしれない。
 モチーフとなる第三の作品の真実には、爆笑した。私がこの手のミステリをもし書けたとしたら(無理だが)、是非とも使ってみたいネタである。
 
 最後まで怒涛のノリの観劇のライブ感に振り回されて疲れた感じもあるが、悪い気分ではない。心地よい疲労感。面白かったし、楽しかった。

 前作『奇岩館』から読んでおいた方が確実によいだろうが、先にこちらを読んでからシリーズ前作を、この登場人物たちの前日譚とはどんなだったのかな? という興味で手にしてもいいかもしれない。 
(いや、それではネタバレになる、とかの文句をもし言われたら、現時点で反論はできないが……。)

 さすがにシリーズ第三作はないだろうな? いや、しかし……!?

※追記:九条雅ってネーミング……。本気で『クライムスイーパー』ネタ? 作者のお父さんの本棚にあったんかいな?


No.2243 7点 匂う肌(講談社文庫版)
佐野洋
(2025/07/31 18:58登録)
(ネタバレなし)
 斎藤警部さんのレビューの通り、講談社文庫版には9本のノンシリーズ編を収録(この作者のタマにある、一冊単位での連作短編集とかでもない)。なのに初版の目次では、最後の2編「内部の敵」「手記代筆者」の作品名が表記されていない。なんだろね、これ。こーゆーミスも意外にあまり見ない?

 以下、簡単に寸評&備忘用のメモ。

①『ピンク・チーフ』
中小企業の庶務課長・木暮は、会社宛に送付されたバー「スタッグ」からの案内状にあった文言「ピンク・チーフ」が妙に気になった。
……中小企業とバー、二つの集団のなかでの群像劇。小味な佳作。 

②『虚飾の仮面』
カテリーナ化粧品は、美人の所にのみ訪問販売するという戦略を打ち出した。団地住まいの人妻で美貌に自信のある愛子は、同社のセールスマンの訪問を待つが。
……導入部からちょっとぶっとんだ設定で、女性の虚栄心を掘り下げていく一本。佳作。

③『匂いの状況』
「私」こと人妻・井口純子は、不倫相手の脚本家・高津雄介が、裸で電話機を握ってマリリン・モンローの後追い自殺をしたというニュースに驚くが。
……本作中では長めの一本。ネタがいかにもその時代のものだなあ、と思いつつも、軽妙なストーリーテリングで読ませる。秀作の下。

④『賭け』
妻の英子に自殺された多田。英子には双生児の妹・明子がいた。その明子が妙なことを言いだす。
……これも話の転がし方のうまさで読ませる一編。ミステリとしてはシンプルな構造なのだが、紙幅の割にコストパフォーマンスの高い錯綜感を抱かせる佳作~秀作。

⑤『匂う肌』
1961年8月。海外旅行に行く友人を空港で見送った私は高級娼婦らしい女に声を掛けられ、応じるが。
……え、こんな話!? まあ作者の守備範囲から言えばそういうものがあってもおかしくはないが、まさか表題作が、と軽く虚を突かれた。作中作の形で語られる(中略)の文芸の着想も、ちょっと面白い。

⑥『反対給付』
高級官吏の多賀は、先日急死した年上の部下・黒川詮造の娘・由美子から連絡を受ける。多賀と黒川には、ある大きな秘密があった。
……過去の秘めた経緯の開陳を端緒に、人間関係の綾を解いていく話。着地点の余韻も含めて佳作~秀作。

⑦『死者からの葉書』
先妻が死亡した夫のもとに嫁いだ私は、夫が焼却しようとした紙屑の中からとある封筒を見つけた。
……浮かび上がる隠された秘密。オーソドックスな技巧派(メタ的な意味でなく、ストーリーテリングの方で)の短編ミステリという印象の一編。終盤の決着も含めて、佳作~秀作。

⑧『内部の敵』
地方新聞の社会部記者・梅本正三は念願の政経部に転属になったが、一方で地方新聞の取材力と影響力の限界も感じていた。そんななか、市役所の職員が競輪で大金を儲けたという情報が聞こえてくる。
……スレッサーの短編(話術とオチで勝負系)を思わせる小味な佳作。だが紙幅は割と長めで、ちょっとした読みごたえはある。

⑨『手記代筆者』
水野製薬会社の閑職「社史編纂室」に転属になった柴田春吉は、創業者の未亡人で巨漢の女丈夫、そして現在の会社の代表である水野久美子の回想を聞き書きする。会社経営のために銀行や提携企業相手の寝技も使ったと赤裸々な告白を聞く柴田の心に芽生えたものは?
……これもスレッサー風の一本。オチはまあそうなるだろうな、という感じだが、やはり語り口の妙で読ませる。序盤の掴みも王道ながらうまい。佳作の上。

 気が付いたら、サクサク次の作品へと読み進めていた、系の好短編集。基本的には平凡な人間の群像劇&人間模様を語りながら(一本だけ例外あり)、同時に心地よいバラエティ感を抱かせる一冊。
 なんか多忙&ペース不調で長編ミステリの消化がよくない現在、なかなかお腹によいミステリ中短編集であった。

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