人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2231件 |
No.2231 | 9点 | ささやく街 ジャドスン・フィリップス |
(2025/07/02 07:50登録) (ネタバレなし) 1960年前後のある年の10月。アメリカのどこかの地方都市「ロック・シティ」。その夜、かつてさる失敗から法曹界を追われ、社会的な立場も減退した64歳の元判事セイヤー・ウッドリングは、いつものように馴染みの店で自分を憐れみながら酔いどれていた。そんな彼による酔っ払い運転は、公道で接近した別の自動車の大事故の遠因となる。事故車には4人の男女の若者が乗っていたが、セイヤーは自分の酒酔い運転の責任を問われるのを恐れて現場を去り、結果4人の高校生の男女のうち3人が死亡した。だがその事故車の乗員が男女4名・計2組のカップルだったことから、事故の責任の所在を問う追及の矛先は、彼ら若者たちの恩師である20代末の女性教師アナベル・ウィンターズに向けられた。攻撃の論拠は、生物教師であるアナベルが授業で頻繁に性教育を行ない、それがひいては夜間の暴走を含めた若者たちの非行に繋がったというものだった。さる事情からアナベルに逆恨み的な遺恨があるセイヤーは、彼女を糾弾する世論の尻馬に乗り、己の咎をうやむやにしようとする。だがこの案件でロック・シティ全体が揺れるなか、ある夜、予期せぬ殺人事件が生じた。 1960年のアメリカ作品。 20世紀アメリカミステリ界の巨匠の一人で、数多くのシリーズキャラクターの産みの親ながらなぜか日本では定まった評価がなかなか得られないヒュー・ペンティコースト。そのペンティコーストが本名であるジャドスン・フィリップスの筆名の方で書いた7番目の長編(共作含む)。 1960年代のフリーセックス時代の前兆といえる時勢の社会問題を主題にした、ある種の風俗ミステリの趣がある作品。本サイトのジャンル分類でいうなら、国産ミステリの「社会派」に相応する内容である。 ポケミスで本文180ページちょっととやや短めの長編だが、ネームドキャラだけでも登場人物は70人前後に及び、しかしてキャラクター描写の交通整理が実に達者でリーダビリティの高さは申し分ない。 序盤から登場するメインキャラのひとりである老人セイヤー・ウッドリングは、かつて、今で言う「やらかし」の結果、人生をしくじったろくでなしだが、一方で無器用に生きてきた半生の一端も語られ、単純に悪役ともいえないキャラクターになっている(「半悪役」くらいなら認定してもいいかも)。 そんなキャラクターの造形が巧みで、セイヤーが人間的な弱さに負けて、咄嗟に対応していたらもしかしたら何人か若者を救えたかもしれない事故現場から逃げ出してしまうあたりのしょーもなさ、切なさ、痛々さが説得力のある筆致で語られる。そしてそこから、さらに話がとんでもない方向に転がっていき、地方都市ロック・シティ丸ごとが、21世紀現在のネット世界の「炎上」を思わせるような騒乱になるのが、本作の前半の読みどころである。 そしてそういった小説の勢いでぐいぐい読ませる一方、途中で予期せぬ殺人事件が発生し、これまでの叙述を踏まえながらミステリとしての骨格が浮かんでくるのが、中盤~後半の本作の醍醐味。 前述のように紙幅的には短めの一冊だが、確かな筆力に支えられた群像劇、そしてかなり端正な結構のミステリとしての歯応えは十分で、非常に面白い。そこまで期待して読み始めた訳ではないので、正に拾い物の一冊であった。 邦訳されたペンティコーストの長編はまだ少し読み残しはあるが、自分が読んだ中では間違いなく本作がベスト。 あえてケチをつけるなら、ポケミスの巻頭の登場人物一覧は、前述のように総勢・約70名のネームドキャラの中から主要と思える24人を選抜して並べてあるが、そのチョイス自体が一種のネタバレ……かもしれないこと。あまり詳しくは言えないが、できるなら巻頭の登場人物一覧はあえて見ないまま、自分なりの登場人物メモを作りながら読み進むことをオススメする。 それにしても改めて、ペンティコーストって底が見えない作家だとつくづく思い知った。長編・短編集ふくめて未訳がまだまだ何十冊もあるわけで、きっとそれなりの秀作がまだまだ日本に紹介されず眠ってるんだろうね。どなたか発掘してくれる翻訳家や編集者はいないものか。 |
No.2230 | 6点 | 殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス 五条紀夫 |
(2025/06/30 05:04登録) (ネタバレなし) 太宰治の名作『走れメロス』の大筋と本文の一部を借款しながら謎解き要素を導入して、全5話の連作ミステリ集にしたパロディ作品。 作者は舞台となった古代ギリシアの史実も探求したようで、ちゃんとその時代にいたはずの意外な歴史上の人物も登場する(一方で、メタギャグ的なキャラクターも用意されている)。 原典の『走れメロス』(大昔に読んだ)を青空文庫で確認すると、1万字強、400字詰め原稿用紙にして、改行・余白込みで26~30枚と短い短編だと改めてわかる。そのため原典ではメロスが自分とセリヌンティウスの命をかけて結婚式を祝いに行く妹の固有名詞などはネーミングされていないが、パロディの本作では「(妹だから)イモートス」と命名。さらにとある事件の目撃者は「ミタンデス」(ガトランティスの監視役ミルかい)、ある事件の被害者は「キラレテシス」……などなど、総じて愉快なネーミングで登場する。この趣向だけで笑える。 各編のトリックやミステリ的な創意は、現代ミステリとしてはまあ、中の中~上といったレベル。たぶん作者が一番の自信作でヤマ場にもってきたらしいアイデア(トリック)は、惜しいかな評者がこの10年の間に読んだ作品のなかに先例めいたものがある。 むしろ個人的には、第3話のバカバカしいアイデアが最もオモシロかった。もしかしたら作者の一番の自信ネタは、こっちかも? 著者の作品を読むのは、デビュー作に次いでまだ二冊目だけど、書き手本人が楽しみながらミステリを組み立てているような気配があり、その辺がよろしい(いや実際には、余人にはわからぬ苦労のほどが、きっと色々あるんだろうけど)。 未読の作品もおいおい手に取っていこう。 |
No.2229 | 8点 | 麻倉玲一は信頼できない語り手 太田忠司 |
(2025/06/28 08:26登録) (ネタバレなし) 36歳の独身フリーライターだが、いまだまとまった実績もなく、実業家の父とも距離のある青年・熊沢克也は、さる企画を受けて外洋の島に渡る。そこは28年前に死刑が廃止されたこの日本で、刑期の短縮は絶対にありえない終身懲役囚が収監されている島だった。克也はその島で「最後の死刑囚」麻倉玲一への取材を始める。 先日のミステリ初心者さんのレビューが目にとまり(その時点では、ネタバレあり、ということで評の中身は拝見していませんが)インパクトのある題名から関心が湧いてネットで作品の情報を探ると、なかなか面白そうである。で、ネット経由で古書を安く入手。さっき思いついて読み始め、2~3時間で読了した。 太田先生の作品はほとんど縁がなく、2014年のノンシリーズ長編『死の天使はドミノを倒す』を刊行の少し後くらいに読んだきりだと思う。ちょうどその頃からまたミステリを積極的に読み始めたが、同作の大ネタはいまだに覚えており、結構面白かった。だがシリーズものが多いため、どうにも気構えがついていかず、本作までほとんど手付かずであった。 で、本作だが近未来SF(あるいは現実と若干の相違の並行世界もの)の設定をもとに、トリッキィなストーリーが展開。 最後まで読み終えて「ああ、これは(中略)だな」と、作品の範疇ジャンルを認定したくなるが、その一言を言うとネタバレにまではならないにせよ、ある種の予断を未読の人に与えてしまいそうなのでソレは控える。 ただ、作品の中身は、かなり面白かった。 実は「(中略)」という作品の形質は前例のないものではないが、その先にあるホワイダニットというか作中人物の動機の真相に感心。 終盤は残りページがどんどん少なくなる中で、ぎりぎりまで底を割らないお話の組み立てにも感銘。最後のクロージングの余韻もいい。 現時点の大雑把な感覚で言うなら、次にどういうものが来るかわからないと思いながらも、毎回の新刊をリアルタイムでワクワクしながら手に取っていた1980年代前半の泡坂の長編、あの辺みたいな感じ。 (具体的にミステリのギミックとして、既存の泡坂作品と類似性があるとか、そーゆー意味ではまったくない。その時期の泡坂の各作品の、次々と異なるオモチャ箱を開けるようなドキドキの楽しさを、本作は読み終わったあとに想起させてくれたという、非常に観念的な話である。) このレベルの作品がまだまだゴロゴロしてるなら、太田作品、ほとんどこちらの視野になかった鉱脈ということになりそう。 また評判の良さそうな作品を、近くそのうち読んでみよう。 |
No.2228 | 7点 | 名探偵たちがさよならを告げても 藤つかさ |
(2025/06/28 02:07登録) (ネタバレなし) 建築業界の大物で「怪物」と呼ばれた現在90歳の資産家・三条友道が設立し、今は車椅子生活の彼が現役で理事長を務める私立「比企学園」。20歳代半ばの青年・辻玲人は、少し前に重病で逝去した恩師・久宝寺肇の遺志を受ける形で、同校の国語教師兼司書の職に就いた。兼業作家でもあった久宝寺は、しばらく休止していた人気ミステリ「左近瑞穂」シリーズの再開を企図していた節があり、担当の編集者・煙ケ谷武司はその遺された創作メモの発掘を求めていた。だがそんななか、校内でとある人物が変死する。 結論から言うと、かなり面白かった。 後半~終盤にかけての幹となるサプライズは、こちらが油断していた部分をつかれた感じだが(だからしっかり注意している人なら気に留めるかもしれない)、反転の仕掛けとしては十分に効果を上げている。 ロジックが屁理屈めいている部分はやや弱点だが、主要人物がとったとある行動についての意外性は、海外古典の名作短編ミステリの驚きを思わせる、非常に人間の心の機微に通じたもので、ココが個人的に本作の一番のお気に入りポイント。 読後にAmazonのレビューを初めて覗くと、現状、おおむね好評ななかでひとりだけクソミソな方がおり(完全にネタバレしてるので、今の段階で本作を未読な人は見ないように)、その意見そのものには60~70%くらい、まあ成程なあ……という感じ。そういう情報は確かにどっかで聞こえて……いや、ギリギリなのか? いずれにしろ、脇の甘いところはあるかもしれないが、個人的には十分に楽しめた。 メルカトルさんのレビューを読んで興味が湧いて、初読みの作家だが、ほかの作品も少しずつ手にとってみたい。 |
No.2227 | 8点 | 月蝕島の信者たち 渡辺優 |
(2025/06/20 06:46登録) (ネタバレなし) 怒涛のごとき展開に、ミステリを読む原初的な楽しみを改めて実感。読んでる間はすごく面白かった。 (しかしこの設定とこの筋立ての作品で「探偵不在」を売りにするのは、この上なく無意味な気がする。) 先が読める部分も多いが、サプライズの波状攻撃も存分に堪能。なにより書き手が楽しんで物語(ミステリ)を作ってる気分が伝わってくるのが、とてもよろしい。 で、動機のぶっとび具合はホメるべきなんだろうが、ここまで行くともっとクレイジーな前例を想起してしまい、ソノ辺に比べれば存外にマトモかもしれない、と思ったり!? (虫暮部さんの「犯人はああいう行為の継続を(今後も)望むのではないだろうか。」というご指摘には、なるほどね、と思わされました。さすが。) 良い意味でコテコテの謎解きサスペンス。 これをイッキ読みして、心地よいひと晩であった。 |
No.2226 | 5点 | うしろにご用心! ドナルド・E・ウェストレイク |
(2025/06/19 05:13登録) (ネタバレなし) プロの犯罪者ジョン・ドートマンダーは、馴染みの故買屋アーニー・オルブライトからの情報を得て、ニューヨーク在住の大富豪で女好きの57歳の投資家ブレストン・フェアウェザーの住居から高価な多数の美術品を奪う計画を練り、仲間と準備を進めようとしていた。だがドートマンダー一家がいつもアジトに使っている「OJバー」でトラブルが生じ、彼らはその事態への対応を強いられる。一方、マイアミに観光旅行に赴いていたフェアウェザーは思わぬトラブルに。 2005年のアメリカ作品。ドートマンダーものの長編・第12弾(全14長編。あと未訳4本)。 シリーズの翻訳は2009年に訳出された短編集以来、16年ぶりだそうで本当なら大喜びしなきゃならんのだが、なんせ評者はまだ未読の既訳の長編が5冊もあるので(さらに前述の短編集も手付かずだ)、正直あまり飢餓感も生じていなかった。 数年前に何十年ぶりに読んだシリーズ作品『天から降ってきた泥棒』は結構面白かったけど、気が付いたらそれから5年間、本書まで未読のドートマンダーものを一冊も消化してなかったし(汗)。 で、とにもかくにも本作だけど、3つの流れの話(そのうち2つにドートマンダーたちが直接からむ)が同時進行で少しずつ進行し、最終的にそれらのストーリーの脈流がどうなるか、は、もちろんここでは言わない。 ただし登場人物がネームドキャラだけで60人ちょっとで全500ページ以上。細部に愉快なシーンや緊張感を誘う場面はソコソコあるのだが、全体的にストーリーがそれそれ弛緩してる感触が強く、今回はどうもイマイチのれない。 遠い昔の記憶のなかのシリーズ初期三部作はどれも面白かったが、今回はなあ……う~ん、というのが正直なところ(汗)。 ひとことで言うなら、後期のマクベイン辺りにも通じるが、スティーヴン・キングやクーンツあたりの大部作品を意識しすぎて、紙幅が(本作の場合、それこそムダに)ありすぎて冗長。 久々のシリーズ未訳作の発掘を喜び、残りの作品の翻訳もぜひとも応援したいのは紛れもないホンネだけど、すみません、一方で本作は、読んだドートマンダーシリーズのなかでは、正直、一番つまらなかった(大汗)。 それでも終盤、ようやくマイアミ編の方で、メインキャラの一角ブレストンのドケチぶりギャグを含めて、いくらかギアが入った感じはあり、そっからはクライマックスまでそこそこ楽しめた。ヤマ場のまとめかたもああ、こういう流れね、と納得。良くも悪くも王道、悪い方で言えばいささか古い感じもしないでもないけれど、一方でこーゆークロージングがまったくなくなってしまった21世紀の新作ミステリ界はそれはそれで寂しいか、とか思ってみたり。 しかし12作目の長編だというのに、警察ってドートマンダー一家をまったくマークしていないのね? その辺はこっちが未読のシリーズ作品のなかで、何らかのイクスキューズなどがあるのだろうか? その辺りは、しつこいようで結局はお約束のポジションを保つおなじみのレギュラー警官キャラを配置している泥棒バーニィシリーズ(ブロックの)の方が、ずっとうまい気がする。 残念ながら今回はちょっと個人的にはハズレっぽいけど、既訳シリーズをしっかり消化しているファンが読めば、もっと楽しめるかもしれない? できましたら読んで応援してやってください。シリーズの翻訳完走そのものは、もろ手を挙げて賛成なので。 最後に、初期編では基本的にトラブルメイカー(というかお笑いボケキャラ)のはずのケルプが、今回は意外に有能なのに驚いた。パソコンに強いという新時代にあった設定も追加されてるし。長期シリーズのうちに、キャラの成分が多少変わったのかしらん。 |
No.2225 | 6点 | 私の殺した男 高木彬光 |
(2025/06/18 23:13登録) (ネタバレなし) たぶん角川文庫オリジナル(山前譲さんの編集・選出)の短編集じゃないかと思うが。下の書誌データも、巻末の山前氏の解説が出典。 ①「私の殺した男」(「宝石」1957年2月号) ②「謎の下宿人」(「探偵倶楽部」1954年2月増刊号) ③「大食の罪」(初出不明 1960~61年ごろ) ④「青チンさん」(「読切雑誌」1957年4月増刊号) ⑤「ある轢死」(「サンデー毎日」1960年12月25日号) ⑥「はったり人生」(「読切傑作集」1956年5月号) ⑦「月は七色」(「講談倶楽部」1951年11月号) ⑧「赤い蝙蝠」(「探偵実話」1951年11月号) ……の8編を収録。 ④は、神津恭介のワトスン役・松下研三のみが登場する『刺青殺人事件』の後日譚設定の話。 ほかは全部ノンシリーズで、特にレギュラー探偵たちとの接点もないと思う。 以下、簡単に各編のメモ&感想。 ①東京郊外で白骨死体が発見され、その死体は過日の大型詐欺事件の容疑者の者と思われるが? ……ちょっとトリッキィな短編で、トリックは当時ならではこそ成立した、という種類のものだが、まあまあ。 ②夫の商事会社が経営不振な妻は、自宅に下宿人を置いて副業として収入を得ようとする。だがその下宿人には不審な点が? ……途中で急にショッキングな展開になり、起伏感の高い一編。ミステリ的には①と同質の弱点を備えるが、こちらもそれなりに楽しめた。 ③元来の大食漢ながら、健康上の理由から粗食に耐える実業家。そんな彼の前で同居を許した親戚の青年はマイペースな食事を。 ……メインのアイデアはのちに、別の高木作品に流用。というかこの時点でそのアイデアをこういう使い方をしていたのかと軽く驚いた。佳作。 ④『刺青殺人事件』を経て、刺青という分野に学究的な興味を抱いた松下研三。そんな彼の知り合いは少年時代から刺青に傾倒し、ついに自分のチ〇ポコにまで彫り物を入れた和田金吾青年だった。その和田青年は、男性のシンボルを誇示し合う会員制サークル「チンチンクラブ」の代表でもあった。 ……確かに『刺青殺人事件』の後日譚ながら、名探偵・神津の出る幕もないちょっと猟奇的な艶笑譚。のちの小林信彦のドタバタ作品(唐獅子シリーズとか)に通じる興趣もある。なお松下研三が奧さんと結婚しているので『死を開く扉』の前後の時期の話かな。ところで奥さんの名前は「滋子(しげこ)」でいいんだっけ? 最後に、本作は別題「青チン倶楽部」だそうで(笑)。 ⑤轢死された被害者と轢いた加害者の間には、何か関係があった? ……①②に通じる、日本版ヒッチコックマガジンか70年代前半のミステリマガジンに載りそうな、どこか妙にミステリとしてのギリギリ感を感じさせる作品。佳作。 ⑥大口を叩く男に夫婦はかねてから振り回されるが、今回の話は少し違っていた? ……本書のなかでは一番、普通小説に近い話。ただし一冊の短編集のなかでは、良いアクセント的な一編にもなっている。 ⑦画家のわたしは、心のなかに秘めた殺人衝動が伏在し、それが発露しかけると月が七色に変幻して見える。 ……サイコサスペンス的な趣で始まり、途中からとあるキーパーソンの登場を経て、別の方向のミステリへと話が転がっていく。佳作。 ⑧酔っ払い、死にかけた青年は自殺志願者だった? 当人の事情を聴いた刑事は、職務を超えた温情で彼を自宅の同居人とするが。 ……昭和のB級白黒青春犯罪映画を観るような趣で、映像的・ビジュアル的な名場面を散りばめながら、転がっていく話の勢いに惹かれる。作者が、これはこれでノって書いたのであろうことが感じられる佳作。最後の幕切れにしんみりとした余韻。 全8編、トータルしてどれもそれなり~なかなか面白い。突出したものはないが、作者の筆の広がりを感じさせる一冊だった。 |
No.2224 | 7点 | 幽霊の死 マージェリー・アリンガム |
(2025/06/15 08:47登録) (ネタバレなし) 1930年。英国のリトル・ヴェニス。異才の画家として業績を遺した故人ジョン・セバスティアン・ラフカディオ(1845~1912年)を偲ぶレセプション(展示会)が、現在70歳の未亡人で亡き夫の資産を管理するベル主催で開かれた。ラフカディオは死後10年経ったら一年に一枚ずつ公開する(市場に出す)ようにと指示して複数の絵画を腹心の代理人サマンに預けていたが、そのサマンもラフカディオ没後の数年後に死亡。いまはその業務はサマンの弟子筋の美術評論家で、サマンの画廊を継承した40歳のマックス・ファスティアンが引き継いでいた。ベルの邸宅の周辺には、かつて若い頃にラフカディオの常連モデルだった今は老女たちや彼が後見していた後続世代の芸術家、美術分野での技術を教えた使用人などが集い住んでおり、レセプションに招かれた私立探偵アルバート・キャムピオンは彼らとも対面する。だがそんななかで、予期せぬ殺人事件が。 1934年の英国作品。脇役ポジションをふくめて、アルバート・キャンピオン(本書はキャムピオン表記)登場の第6長編。 タイトルの意味がよくわからないと空さんのレビューにあるが、なるほどよくわからない。最後まで読んで牽強付会に解釈するなら、故人ラフカディオの(中略)ということか? なお初期のポケミスは裏表紙にあらすじを載せず、作家の紹介や作品の書誌的な立ち位置を書いて終わることが多い。 で、本書もそのパターン。しかしどういう話で設定か、事前に簡単に知っておきたいとは思ったので、HMM2013年11月号の「ポケミス60周年記念特大号」を引き寄せ、(この号用に、あるいは以前の同系列の特集の際に)新規に書き下ろされた本作のあらすじを読むと 「リトル・ヴェニスの邸では、世にも奇怪な殺人事件のおきる前日、有名な画家ラフカディオの未亡人ベルと名探偵アルバート・キャンピオンは、亡きラフカディオの奇妙な遺書を読んでいた。遺書には12枚の画を封印しておくから、自分の死後11年めから、毎年1枚ずつ指定通り発表しろと書いてある。そしてその展示会の夜に、ヴィクトリア女王に似た老婦人が来たら、それは変装した私の幽霊だと思え、というのだ! デリケートな描写と円熟した筆致で英探偵小説界の三女傑の一人と目されるアリンガムの代表作。」 ……とある。 だが実は、本文を全部読んでも、どこにもそんな <そしてその展示会の夜に、ヴィクトリア女王に似た老婦人が来たら、それは変装した私の幽霊だと思え、というのだ!> ……などという展開など、ありゃしない!(笑・怒) どうせHMM編集部が外注のライターかどっかの大学のミステリ研とかのバイトに書かせたあらすじなんだろうが、どこぞのキチ〇イの妄想を文盲ハ〇チの編集部がそのままノーチェックで載せたか、あるいはあまりの安い原稿料に怒ったライターが「どうせ今のHMM編集部じゃ、デタラメ書いてもわからないだろ(笑)」とバカにして大ウソを書き、ミステリにも自社の出版物に対しても愛情も素養もない編集部がまんまとその悪計通りに騙されたか、そのどっちかであろう!? 見よ! この世の地獄がここにある!! いや21世紀のミステリマガジンって、2002年にセイヤーズ(&ユースタス)の『箱の中の書類』がポケミスで出た際<今まで創元推理文庫で出ていたセイヤーズがポケミスで出るのは初めて>という主旨の書評をそのまま載せてしまうくらい、本・当・に・ダメだから(涙)。これでもしHMM編集部が、いまもまだその当該のライターに仕事を回していたら爆笑ものだな。 つーわけで、アホな別途の記述でぶち切れそうになったが、作品の中身そのものは期待以上に面白い。 解説で乱歩は美術界の内幕ものとして楽しめる、トリックもある、という主旨の本作の魅力を書いているが、殺人トリックはともかく確かに業界ものミステリとしてはよく出来ているし(斯界の関係者の描写をしながら、各美術分野の情報を読者に呈していく叙述が鮮やか)、伏在していて終盤に明かされるとある悪事の方にもちょっと唸らされた。 ただしまともなフーダニットパズラーというよりは、ひと時代早い英国の先輩作家たちのある種のスリラー的な興趣に繋がっていき、その上でソコがかなり盛り上げてある。アリンガムという作家の資質や軌跡を考えるなら、その作風のグラデーション的な推移のなかで、こういう作品が出てきても至極当然ではあろう、といった感じの内容だ。もちろん詳しい具体的なことはナイショだが。 第二の殺人の経緯(というか細部)がやや説明不足な気もするが、まあ円盤獣もしくはベガ獣ギリギリ。 いずれにしろこれまで読んだアリンガムの作品のなかでは、実のところ筆頭クラスに楽しめた。アリンガムの著作は、本サイトに来てから読んだものが大半だが、再確認してもたぶんこれがイチバン面白かった。個人的にはアリンガムって、当たりはずれのメチャクチャ大きい作家だけどね。 |
No.2223 | 7点 | 四つの終止符 西村京太郎 |
(2025/06/12 05:52登録) (ネタバレなし) 昭和中期の江東区。量産玩具製造会社「北見玩具工場」に勤務する、耳が不自由な19歳の青年・佐々木晋一。彼は2年前から寝たきりの40歳代の母・辰子とともに、貧乏長屋「ハーモニカ長屋」に暮らしていた。工場の側にあるバー「菊」の二人の住み込み女給のうちの片方で20歳の石母田幸子は、さる事情から店の客である晋一に親身だ。バーの女将の坂井キクやもう一人の女給で三十女の松浦時枝は、幸子が晋一に気があるのかと勘繰るが幸子はそれを否定した。やがて彼らの周囲で一人の人物が急死し、警察はその死が他殺らしいとの見方を固めた。 600冊以上(wikiの現行の記述によると単行本カウントで647冊)の作品を上梓した、国産ミステリ界の巨星・西村京太郎御大の記念すべき第1冊目の著作(1964年作品)。このあと次作『天使の傷痕』(1965年)が乱歩賞を受賞し、出世作となる。 評者は大昔に古書店で、1973年刊行のサンポウ・ブックス版(出版社「産報」の新書サイズの叢書。現在Amazonにデータ登録なし)の本作を250円で入手。中に徳間の「赤川次郎読本」のチラシが挟まっていたから、1983年以降の入手だろう。 その時点ですでに『天使の傷痕』は読んでおり、同作のラストの余韻に惹かれていたから、同じ西村初期作品であるこっち『四つの終止符』もそのまま購入後に読めばよさそうなものだが、何しろそのサンポウ・ブックスの裏表紙に書かれたあらすじがかなりヘビーで(今回、評者がまとめたあらすじとは全く別物。サンポウ版のあらすじは、かなり後々の展開まで書いてある・汗)なんとなく敷居の高さを感じてしまい、気が付いたら、今になるまで読まないでいたのだった。 で、本サイトでも、評者が本作を読むその前までの時点で『天使の傷痕』はレビュー数が9、こっちは2、とかなりの差がある。 いや乱歩賞受賞作で『天使』の方にアドバンテージがあるのは当然だが、ここまでの書評数の違いが出たのには、やはりもしかして、あまりにシンドそうな真面目な社会派テーマの本作が敬遠されてるのか? と勝手に思ったり(まあ実際のところは知らんけど)。 いずれにしろ今回、数年前に水上勉の『海の牙』を、作品の存在を知ってからウン十年目に初めて読んだ時のような<この作品にはケイチョウフハクな態度で接してはいかん>的な気構えでページをめくり始めた。いささか大げさだが、まあそんな気分もほぼリアル(本音)。 で、作品全体を読み終えて、いまだなぜ、作者がここまで真摯な主題の作品を書いたのかは、あとがきの作者の言葉以上には知らない。 だけど、さすがに作者を見る目は相応に変わった。イヤミや皮肉でなく、真面目な人(作者・の作品)の前では頭を垂れるタイプの読者だから、自分は。 ミステリとしても適度にトリッキィで面白く(素朴な複数のミスリードの向こうに潜む、やはり武骨な反転の構図がかなり心地よい)、さらに小説そのものが醤油と味噌で味付けした和製ウールリッチみたいなペーソス感でしみじみと情感に染みて来る。ラストのクロージングも、若い頃の作者のセンスというか筆の冴えを感じる(中盤のサブキャラ、室井弁護士センセイの熱弁の真剣さもイイネ)。 >この哀しさは沁みる。 義憤を湛え、ほの暗く静かな空気感で進む、美しい物語。 まったくもって同感です。斎藤警部さん。 そんななか、ちょっと雑……とまでは言わんが、ノリで済ませちゃったのかなと思うのは、二人目の主要人物の死亡の状況の描写とか。普通ありえないでしょう? いくら昭和とはいえアレは? まあ細部ではいくつか気になる綻びも目につくものの、全体の熱さと種々のパートの得点ぶりでは十分に、西村初期作品のなかでも佳作の上~秀作の中にはカウントできる出来ではある。 やっぱ、初期の西村作品はいい。最終的にはトータルとして、一冊単位で読んでよかったという充足感がほぼ必ずどっかにある。 今回はこの作品のおかげで、もう少し、人間として悧巧になれればいいな、と本気で思った。 |
No.2222 | 5点 | ばけてろ 成仏って、したほうがいいですよね? 十文字青 |
(2025/06/11 11:27登録) (ネタバレなし) 巨乳美少女高校生の天然娘・島原千代子は、友人で唯我独尊な性格の巨乳美少女・兎我野(とがの)メルカとともに、母校の大本山高校から徒歩20分の古い大屋敷を訪ねる。屋敷には女子たちと同年代ながら高校に行かない少年・刑天文院景敦(けいてんもんいん かげあつ)だけが、黒猫の「オヤジ」と住んでいた。母校の怪異「首吊り少年の幽霊」に遭遇した千代子は、優れた霊能者と評判の高い景敦に対処を願うが。 ホラー風味のオカルトコメディ(2~3割ほどシリアス)のラノベ。霊感能力は乏しいくせにオカルトにはマニアックなほどに興味があるツンデレ美少女メルカが、景敦からいやらしい施術を受けると霊感が高まるというお約束の趣向(というか文芸設定)で、話も紙幅の割にさほど広がらない。 大きなエピソードが2つ、小さなエピソードが1つあり、あとの方でもうひとり変化球のエロいヒロインが出てきて、本当によくある内容のネタだけで一冊もたせた、という気もする。 (アクションホラーとしては特記することはなく、後半は実質、男子の隠し持っていたアダルトソフト発見、きゃー何これ、ネタだし。) ただし主人公3人はそれなりに(ラノベキャラとして)魅力があり(景敦との距離感に繊細に気を使うメルカが可愛い)、景敦が背負うつもりになっている、彼自身の宿命についての覚悟も地味に重い。 本サイトで扱わなくてもいいんじゃないの? と我ながら思うが、一応はローファンタジー(現実と地続き)的なホラー作品だし。それにあとがきで作者も「年齢、性別、国籍問わず、いろいろな方に楽しんでいただきたい」と書いてるし(笑)。 (まあ作者の読者想定内に、シャーリィ・ジャクスンの『山荘綺談』連載終了直後からミステリマガジンをリアルタイムで読んでいたジジイが含まれているかは疑問だが……。) 2009年の旧作で、数年前に購入した古書を本の山のなかから見つけて読了。後半でメインヒロインのひとりが半裸にされるが、この時期のラノベでは珍しく? 下着の呼称にパンツでなくパンティという言葉を使ってるのに軽く驚いた。2010年代のラノベではほぼ絶滅してるよな? いや、さすがに広い視野で確認したわけではないが(汗)。 ほかにヒットシリーズを何作か出してるらしい作者だが、評者はこれが初読み(テレビアニメ版の『灰と幻想のグリムガル』は観てた)。本シリーズは2冊で打ち止めになってあと一冊だけのようだがちょっと残念なような、まあ仕方ないような。2冊目は古書を安く買えたら購読するであろう。 |
No.2221 | 7点 | 明日の雨は。 伊岡瞬 |
(2025/06/08 16:40登録) (ネタバレなし) あらすじ(というか大設定)は、猫サーカスさんのご紹介の通り。 改題された角川文庫版(表紙が教室内の図柄の、明るめの方)をブックオフで購入後、しばらくこれを長編作品かと誤認していた。蔵書のなかに未読の伊岡作品がまだあったな、と改めて手に取って、ここで初めて実は連作短編集だったと気づく。目次で全6話の構成と判明。 中身の方は伊岡作品らしい、人間の陰の部分も弱い部分も見つめたヒューマンドラマミステリで、途中には、意外な真相が明かされたのち、ミステリというよりは普通の学園ドラマっぽい、と強く思えるような話もある。 ほかの長編ミステリを読む合間に少しずつ消化し、最初の話を読んでから二週間くらい経っていると思う。それでも最後の二編は主人公の去就の面での決着が気になって早めにまとめて通読した。 そのジャンルとしては少し主人公の年齢が高めの青春ミステリの趣もあり、伊岡作品としては全体的に手堅くまとめた印象。ベストは第4話の「家族写真」。キーパーソンの荻野先生の屈折した(中略)は、正に伊岡キャラの典型だと思える。 ラストまで読み終えて主人公の森島との別れが少し名残惜しく、その辺はフランシスの各長編のうちシンクロ度が高い作品を読了する時の感慨に似ていた。ただ伊岡作品って、登場人物の運用がかなり自在で器用なので、なんかいつかどっかの伊岡ミステリで、この森島、ひょこっと重要なサブキャラポジションで再登場しそうな気もするが(もうすでに実際に再登場とかしていたら、すみませんが)。 最後に、角川文庫版の解説があの北上次郎。へえ、こんな作品の解説も書くの、と軽く驚いたが、考えてみれば昭和作品でも佐野洋の諸作とかのマニア読者だし、21世紀に伊岡作品を読んでいても全然、不思議ではない。 ちなみに解説でその北上が、昔から読んだ作品のことをどんどん忘れるという自分の弱点を白状しており、すでに何冊も伊岡作品を読んでレビューまで商業誌に書いておきながらその事実を忘れていた経緯を説明している。 自分(評者)も読んできたミステリの冊数ばかりは多いため情報のオーバーフローで印象的なサプライズ(の作品)を数ヶ月もすれば忘れてしまうことなんかはザラだが、北上の述懐の実情(読んだ作品の忘却ぶり)はそれにしてもかなりヒドイものだった。 以前に晩年の北上が21世紀に犬ミステリのオールタイムベスト10を選んでおきながら、当時あれほど激賞したアルベアト・バスケイス・フィゲロウアの『自由への逃亡』を一顧だにしていないのをかなり呆れたが、今回の解説を読むといろいろ腑に落ちるものがある(汗)。 以上、伊岡作品とは直接関係のない余談でした。 |
No.2220 | 7点 | 戦車兵の栄光 マチルダ単騎行 コリン・フォーブス |
(2025/06/06 07:41登録) (ネタバレなし) 1940年5月。第二次大戦前半のベルギーの戦場。英国軍海外派遣部隊に所属する34歳のバーンズ軍曹を指揮官とする4人の戦車兵は、歩兵戦車マークⅡマチルダで、前線斥候の任務に就いた。だが空襲を逃れて退避したトンネルが陥落。マチルダは懸命に閉所からの脱出を試みるが、その間に前線は移動。戦車はドイツ軍の占領下のなかに取り残されてしまう。バーンズと仲間たちは火力を満載した単騎のマチルダで、友軍との合流を目指し、長い険しい道中に就くが。 1969年の英国作品。 そして海外ミステリの旧作発掘に奮闘する現在の新潮文庫、その昨年暮れの目玉作品(書店での実売が遅かったらしいので、SRの会のベスト区分では2025年の新刊扱いになったが)。 80~90年代に20冊以上? もの作品が邦訳された(ただし本サイトではまったく読まれていないが)、英国冒険小説新世代実力派の一角コリン・フォーブス、なんと31年ぶりの未訳の新刊の翻訳出版だそうである。 ちなみにこれ以前は複数の別名義でシリーズものを5冊ほど書いていた作者が初めて「フォーブス」名義で著した作品が、本書だそうな。 ここで評者も万歳三唱したいが、なにせフォーブス作品はまだ『アバランチ・エクスプレス』しか読んでないので<ああ、懐かしの作家の作品に久々に会えた!>的な感慨はそれほど伴わない。 (それでも客観的な事実として、未訳の面白い旧作が関係者の目にとまって初紹介されること自体は実に結構なことだが。) 内容は、欧州の戦場を舞台にした主人公たちの戦車のサバイバル・ランを描く直球の陸路ロードムービー風冒険小説で、矢継ぎ早に起こるイベントの連続でスイスイとページをめくらせる。翻訳は、本作同様の戦争冒険小説のほか、ロジャー・スカーレットやJ・D・カーまで手掛けている守備範囲の広い中堅~ベテランの村上和久。第二次大戦の史実分野にも詳しいみたいでその辺りの臨場感やデティルは、シロートのこちらが読む限り、特に違和感なくスムーズな感触であった。 ちなみにAmazonの紹介文では 「大自然との闘い、敵軍との遭遇。襲い掛かる試練をはねのけ、戦車はたった一輛で英仏海峡を目指す。」 なんてあるけど、少なくとも大自然との闘い云々は、実はほとんど関係ない(湿地帯でピンチになるシークエンスはあるが)。イネスの諸作とかマクリーンの『北極戦線』とかの線を期待するとちょっと違う。 それでもこなれの良いサービス精神ゆたかな作品で、序盤から終盤までおおむね物語のベクトルが透けて見える筋運びをグイグイ読ませる筆力はなかなか。 ただ一方で、この手の作品にタマにあることだけど、よく出来た全体のバランスの安定感がかえってどこか何か食い足りなさを感じさせない気分もないではない。実を言うと、先に読んだ『アバランチ~』も正にそんな感じだ。英国冒険小説の主幹にどっか汗臭さや泥臭さを求める側からすると、いささか洗練され過ぎて小気味良すぎるというか。 いや劇中の登場人物たちはまさに決死の逃避行なんだけどね。 ここではあえて評点7点。実質は8点でもいいので、ほぼ一年後のSRの会のベスト投票ではその8点で評価(投票)すると思う。 |
No.2219 | 7点 | 人狩り 大藪春彦 |
(2025/06/05 05:08登録) (ネタバレなし) 四谷二丁目に地味な事務所を構える、30歳前後の水野雅之。裏社会の一匹狼の彼は暴力団「三光組」の男・小野寺から、同組織と敵対する「大和興行」に潜入して内部工作を起こすよう依頼を受けた。水野は大和興行が経営するキャバレー「ベビー・ドール」に乗り込み、荒事師としての腕前を披露。自分を殺し屋「藤野昇」として、大和興行の代表・張本に雇用させる。 巻末に池上冬樹の詳細な解説が掲載される、光文社文庫版で読了。 双葉社の雑誌「実話特報」に1962年の3~8月にかけて連載された、大藪の初期長編。正確な書誌は再確認しなければ未詳だが、たぶん10作目前後の長編作品だろう。 あらすじを見れば歴然とするように『血の収穫』、ウェストレイクの『殺しあい』風の組織壊滅内部工作もので、さらに主人公が完全に裏社会の人間な分、ノワール度も高い(その意味ではハメットよりもウェストレイク寄りだ)。 池上の解説によるとこの時点ですでに、大藪には先行の同系列作品(組織内部工作もの)もあるらしいが、そっちは評者は未読。 例によってブックオフの100円棚であらすじや解説に触れ、面白そうだとフリで買った大藪の初期作品。で、期待通りに楽しめた。 小説は全編が三人称で綴られ、その大半が水野を主軸としたほぼ一視点で進行。水野の内面描写はあることはあるが、感情の機微に関する叙述はかなり抑制されているので腹が読めない。たとえば犯罪計画に巻き込まれた一般市民を水野がどう扱うのか(気絶させただけで済ますのか口封じのため冷徹に殺すのか)読者は即座に見極められない(どちらもありうる)ので絶えず小説には相応の緊張感が堅持される。 わかりやすい意味で実に大藪ハードボイルドらしい。 機転と謀略と裏切りと血臭と硝煙で全編が形作られた小説。そういうものを読もうと思ってページをめくったので、前述通りに十分に期待に応えてくれた作品である。 池上の解説によると<ラストは唐突という声もあるが、私(池上)はこのラストに痺れた(大意)>ともあり、評者はそのどちらにも共感できる(笑)。 正直、水野の狂気行を長々と書くのに飽きてきた作者が放り投げたんじゃないの、あるいは次の連載か書き下ろしの仕事に関心が移って、こっちはこんな感じで幕を下ろしたんじゃないの? という気もしないでもないが、とにかく出来たもの(ラスト部分)は、これはこれでまたソリッドな大藪ハードボイルドに仕上がっているとは思う。 (昭和三十年代のリアルタイムでこれを十代で読んだ当時の若い連中は、どう思ったんだろうな。) いずれにしろ、久々にたっぷりと大藪成分は補充。 またそのうち、なんか読みたくなるだろう。 肩の力が抜けた中期以降の作品もそれはそれで味があっていい。 |
No.2218 | 7点 | 弔いの鐘は暁に響く ドロシー・ボワーズ |
(2025/06/03 07:53登録) (ネタバレなし) 第二次大戦終結後、その年の前半。英国のレイヴンチャーチ地方にあるロンググリーティング村の周辺で、わずかふた月の間に首吊り、川への身投げ、銃弾での絶命……など4件で5人もの自殺者が続発した!? そんななか、村では事件に関する匿名の怪文書が飛び交い、やがて施錠された屋内で今度は明確な他殺による死体が発見される。スコットランドヤードのレイクス警部は、地元の警察と協力して捜査に当たるが。 1947年の英国作品。ボワーズ最後の長編。 探偵役がこれまでのレギュラーのダン・パードウ(パルドー)警部ではなく、30代後半のハンサム、レイクス警部に交代したのが軽く意外だった。 とはいえマーシュのロデリック・アレン風の紳士捜査官風のレイクスはなかなか魅力的な探偵キャラで、正直パードウよりも印象がいい。たしかに作者が早逝しなければ、ボワーズの第二のシリーズ名探偵になったんだろうな。これは相応に惜しまれる。 nukkamさんもご指摘だが、論創の巻頭の登場人物表には総勢18人しか名前が出ていないが、例によってネームドキャラのメモを作りながら読むと名前が出て来る人物だけで60人以上を数えた。 あんまり翻訳ミステリの巻頭にズラリと登場人物の名前が並んでいると、それだけで妙な満腹感が生じ、読書欲・購読欲が減退するというのは評者自身よくわかるが(イネスの『ハムレット復讐せよ』とか、正にソレね)、あまり割愛しすぎても、実作の内容に沿っていない編集側の不見識を疑われるのではないか。 今回の場合ざっと見ても、物語のリアルタイムでの開幕以前のくだんの「自殺者」連中をふくめて、あと15~20人は登場人物一覧には必要だろう。 でもお話の方は、とても面白かった。 評者の場合、前述のように私的に登場人物メモを作りながら読んだことが幸いしたかもしれんが、舞台となるロンググリーティング村の住人たちの情報が続々と積み重なりながら、物語がテンポよく進み、そろそろ……という辺りで中盤の殺人が起きる呼吸も心地よい。 (ただし論創のハードカバーの表紙に書かれたあらすじの3行目はダメ。これ書いた編集、中味を読まずに翻訳者から口頭で梗概とか聞いて、実際の内容も確認しないで記述したんじゃないの?) 真犯人もかなり意外ではあったし、それが残り少なくなったページの最後の方でわかる演出もいい。カントリーものの英国旧作フーダニットパズラーとしては非常に楽しめた。 ただし出来がいいか? と言われると、ちょっと、う~ん……となる仕上がり。真犯人の決め手となる情報は後出しで、せめてもうちょっと早めに伏線とか欲しいし、何より肝心の(中略)。あれ、説明してないよね? 読んでる間はすごく面白かったので、この評点だが、本当のところは0.3点くらいオマケ。<そのポイント>をうまく捌いて決着づけてくれていたら、十分に8点だったんだけど。 確かにまだまだ、作者のミステリ作家としての伸びしろは感じるなあ……。 ライスやジョセフィン・テイほどじゃないけれど、当時の若い才能の喪失を、今さらながらに惜しむ。 |
No.2217 | 6点 | 山形新幹線「つばさ」の女 峰隆一郎 |
(2025/05/31 08:46登録) (ネタバレなし) その年の7月上旬。「中央警備保障KK」の調査員で33歳の五貫(いぬき)吾郎は、34歳の売れない画家・戸川圭一郎と駆け落ちした31歳の人妻・西保靖子の行方を追って、山形を訪れた。そこで吾郎は「斉木」という男に誤認され、当人が横領したらしい3億の金の返却を求められる。当座のトラブルから脱した吾郎は、その直後、またも彼を斉木と見誤っているらしい美女・樋口美奈と出会った。吾郎が美奈から情報を探り出すと、斉木は都内の不動産会社の専務で、美奈は彼の秘書兼愛人らしい。いまだ吾郎を斉木と誤認しているのかそれとも他人と了解したのか漠としたまま、美奈は吾郎と一夜をともにするが、ふたりでともに東京に戻る山形新幹線のなかで、予期せぬ殺人事件が生じた。 評者が3年前に読んだ『特急「あずさ」殺人事件』(旧題・『アルプス特急あずさ殺人事件』)以来の、五貫吾郎シリーズ……って、実はブックオフで少し前にこの本(元版の新書の方)を手にするまで、シリーズ探偵になってるの知らなかった。いま思うと『あずさ』がシリーズ第1作目だったみたいだけど、本作がシリーズ何冊目になるのかは今のところ、知らない。 ほとんどポルノミステリかと思えるくらい、濃厚な濡れ場が続出(主人公は本作の劇中だけで6人のヒロインとセックスだよ。たぶんワタシが読んできた新旧のミステリのなかでも最多じゃ?)。 が、決して<エロ一辺倒>の中身ではなく、キーパーソンの斉木は結局生きてるのか? 死んでるのか? と薄口の『キドリントン』みたいな大きな謎の興味を最後まで維持するし、ホンボシと絞り込まれた相手のアリバイ崩しのネタもある(これが本書の独創のものかは知らないが)。 で、あれやこれやの謎を絡めたフーダニット的な趣向に加え、主人公・吾郎の職業的な矜持の叙述において、必要十分な和製ハードボイルドミステリの背骨を感じさせてくれる。2時間半で読了できるリーダビリティの高さの一方で、なかなか読みごたえはあった。 まあ真相が発覚すると、メインキャラクターの行動の一端に違和感を感じないでもないが、まあその辺は解釈の幅で了解できないこともない。 最後の吾郎と某メインキャラの対峙場面は、なかなかのテンションで印象に残りそう。 作者(&編集部)としてはサ-ビスしてるらしいセックス描写の過剰さにヘキエキしてしまう読者は全国にゴマンといそうだが、その辺のうわぁ……感をスルーできるんなら、けっこう欲張った力作じゃないかとは思う。 この評点の上の方で。 |
No.2216 | 6点 | 絹靴下殺人事件 アントニイ・バークリー |
(2025/05/30 07:10登録) (ネタバレなし) 「デイリー・クーリア」紙紙上で、犯罪研究家として連載コラムを担当するロジャー・シェリンガム。そんな彼はある日、ドーセット地方に住む老牧師で5人の娘の父A・E・マーチから<いつもコラムを楽しんでおります、実はロンドンに行っている次女でコーラス・ガールのジャネットと連絡が取れません、警察に行って大事にしたくないので、先生、何か状況はわからないでしょうか?>という主旨の相談の手紙を受け取った。心にとめたシェリンガムが動くと、くだんの娘ジャネットはほぼひと月前に自分の靴下で首を吊って自殺? していたらしいことがわかる。老父に悲報をどう知らせようかと悩むシェリンガムだが、彼は最新の新聞でまったく同じ死に方で別の若い女性が命を絶ったことを知った。 1928年の英国作品。シェリンガムシリーズ第四弾。 話は小気味よくハイテンポで進行し、事件も続発。 だが一方、これで最後にサプライズを出すには、あの人物を真犯人に設定するしかないだろ、でも……(中略)と思いながらクライマックスに到達。そうしたら、え、それはアリか!? という手でイクスキューズしていて、いささかコケた。 まあフーダニットの方はともかく、ある面でのホワイダニット(ここではあえて書かないが)について、実質的にまったくスルーなのも残念。 事件の求心力はかなりのもので、筋運びも悪くはないのだが、ミステリとしてはいささか緩めで、シリーズのなかでは中~下位の方か。 シェリンガム、一部の行動は例によって? オカシイけれど、大枠では今回フツーに名探偵だったね。 |
No.2215 | 8点 | 食刻 柾木政宗 |
(2025/05/29 16:00登録) (ネタバレなし) 24歳の超美青年で、新進銅版画家。若手の文化人としても人気を博す早乙女真琴。彼は自分の才能を見出した、美術界に権勢を奮う大物評論家・影塚孝志の密な後見をいまも受けていた。そんななか、真琴は同世代(25歳)の人気彫刻家・赤塚宏伸と雑誌企画で対談する機会を得るが。 メルカトルさんのレビューを拝見して、あら? 柾木先生の新刊出てたんだ!? と気が付く。 しかもメルカトルさんのレビュー(ネタバレ以降はまだ読まないが)によると、かなりスゴそうな内容? ということで、昨夜いっきに読んだ。 ……なんというか、感想を書くのにも言葉をイチイチ選ばせるような凄惨な話ではあった(十分に広義のミステリではある)。 しかし作者のマジメ度と本気度が伝わってくる熱気ムンムンの作品なので、不快感の類は存外に少ない(これを涼しい顔で才気だけで書いていたとしたら、それはそれである意味すごいし、凄まじいが)。 いずれにしろ自分には書き手の発汗ぶりがよく見えるような気がする。 そういうタイプの作品。 こってりとした小説を久々に読んだ感触がある。 改めて自分を振り返って狭義の意味での文学というのは実はよくわからないが、たぶんそれになっている作品ではあろう。いや、あくまでエンターテインメントで、先に書いたように(広義の)ミステリだが。 ひょっとすると今年の新刊で最初に読んだのがコレか? うん、たぶんそうだ。 |
No.2214 | 7点 | 癒えない傷 ベンジャミン・M・シュッツ |
(2025/05/28 16:35登録) (ネタバレなし) 未知の病気エイズ問題に世界が震撼する1986年。全米ではアメリカの海外派兵に反対する過激派テロリストが活性化し、無差別爆弾で命を落とす市民も出ていた。その被害者のなかには、「わたし」こと私立探偵レオ・ハガティーが少し前に出会ったばかりの人々もいた。そんなハガティーは旧知の弁護士ネイト(ネイサン)・グロスバードの仲介で紹介された女性マルコ・ヴァースケイスから、先日ホテルで変死した夫マルコム・ドネリーの死亡状況について調査依頼を受けた。ドネリーは自殺とされかけているが、それだと現在の保険の契約状況では保険金が下りず、一方でマルコには夫の死に不審を抱く根拠らしきものがあった。ハガティーは調査に乗り出すが、事件はやがて予想を超えた奥行きを見せていく。 1987年のアメリカ作品。私立探偵レオ・ハガティーもののシリーズ第3長編。 原書ではまだ数冊以上シリーズが継続し、ハガティーの立ち位置はけっこう面白そうな方向に行く気配もあるが、日本での翻訳はこれで打ち止めになった(あとはアンソロジーに入ったハガティー主役の短編が一本、日本語で読めるが)。 第1作『狼を庇う羊飼い』以来、地味に好きなシリーズだっただけにちょっと残念。 前作『危険な森』と同様に今回も、ベトナム帰還兵のタフな相棒と小説家の恋人を主人公の脇に配し「オレならこう書くスペンサーシリーズ」という趣も強い内容。 とはいえその辺がやや~相応に鼻についた前作よりも、ずっと前提となるメインキャラシフトの扱いはこなれ、いきなり相棒アーニーを物語の表舞台から引っ込めてしまうとか、こちらなりの工夫は感じないでもない。 なにより情報を集めるため、目の前に積み重ねられたタスクを消化していくハガティーの足さばきが、なかなか痛快で良い。特に情報を得るため、また情報をくれたサブキャラが重傷を負わされたのでその復讐のため、町のクズ(ただしそれなりに強い)と命懸けでやり合う辺りとか、実にオモシロイ。 私立探偵の調査小説としては複数のサイドストーリーを交えながらも一本芯の通った作りだが、話の適度な膨らませ具合が本作を良質なエンターテインメントにしている。 まあ最後の最後で物語の構造が(中略)という点は、ああフィクションだな、という感慨を抱かせなくもないが、もとよりこの作品そのものが<そういう形質のミステリ>なんだろうから、文句を言うのはいささかお門違いであろう。 いずれにしろシリーズ第1作目のときめきには遠く及ばないが、前作よりはずっと楽しめた。繰り返すがこれで邦訳が終わり、というのはちょっと残念。 しかしネオハードボイルド系の私立探偵シリーズ(5冊以上)で長編の邦訳が完走したのって、どのくらいいるんだろう? コレはそうなんだろうといえるのはスペンサーとマット・スカダー、タナー、サムスンくらいか? たぶんもうちょっといるだろうが、一方でそんなに多くない、という感触もある。 |
No.2213 | 6点 | 不変の神の事件 ルーファス・キング |
(2025/05/24 06:21登録) (ネタバレなし) 石油業界の大物で、60歳の大富豪アーティマス・トッド。その愛する長女で、義理の息子ジョナサン・オールデンの妻となったジェニーが自殺した。その原因が脅迫者シーガード・リベレンの恐喝にあるらしいと知ったアーティマスは、ジョナサン、次女のリディア、そしてジョナサンや姉妹の友人である青年弁護士チャーリー・ウォーレンと連携してリベレンを屋敷に呼びつけるが、その場でリベレンは命を落とした。身内がリベレン殺しとして逮捕されることを危惧した一同は、隠蔽工作をはかるが。 1936年のアメリカ作品。ヴァルクール警部補シリーズの第9弾。 9年前に当時の翻訳新刊ミステリとして読んだ『緯度殺人事件』はなかなか面白かったと思い起こしながら、読み始める。本書も『緯度』と同じ、ヴァルクールもの。 なりゆきの激情からクズみたいな小悪党を殺してしまった金持ちファミリーの倒叙風の物語が延々と続き、これがどうパズラー(そういう噂らしい?)に転調するんだ? という興味で読み進む。その辺はなかなか求心力があってオモシロイ。 翻訳も流調、会話も多い、とサクサク読める文章で、お話の転がり具合もそれなりによし。で、中盤を過ぎたあたりから、「ん!?」という情報が見えてきて、そこらからさらに話の弾みがつく。 こー書いていくとかなりの秀作っぽいし、さらに終盤の意外な犯人もサプライズ度は満点なのだが、一方でいやこれは、作中のリアルとしていろいろムリでしょう……という真相の解法で、かなりズッコケた。作者のサービス精神はよくわかるんだけどね。 最後の方でスベってしまった中距離のファール作品。ただし打球に勢いはあった感じで嫌いになれないし、とにかく6分の5くらいは読んでる間、実に楽しかった。 という訳で、ルーファス・キングもっと読みたいので、未訳や抄訳しかされてない作品、新訳で発掘してほしい。B級パズラーとして楽しみに手に取ります。 |
No.2212 | 6点 | 誘惑の鬼気 笹沢左保 |
(2025/05/18 16:30登録) (ネタバレなし) 製薬会社が新設した食料品部門でスタッフとして働く29歳の独身美女・前田佐紀子。彼女は5年前、家電メーカーの技術者で6歳年上の栗原大伍の新妻だったが自宅で強盗にレイプされ、その相手を殺してしまった過去があった。大伍によって死体を始末してもらった佐紀子は新婚生活を続ける気にならず、夫との合意の上で離婚の道を選ぶ。事件の後は男性恐怖症もあって恋愛関係にいっさい消極的だった佐紀子だが、今では学生時代からの親友である美女・小笠原由美の夫である青年社長・剛に好意を抱き始めており、剛の方も妻の由美がいる身ながら佐紀子に関心があるようだった。だがその由美は実は5年前のあの事件当時、偶然の状況から佐紀子と大伍に不審を抱いている気配があった。 土曜の夜、深夜アニメを観たあと徹夜で朝の6時まで仕事して、さて寝る前に何か一冊読みたいと思い、日曜の早朝にこれを手に取る。 こーゆー時は笹沢佐保あたりがさらっと読めてそこそこ面白く、手ごろだ。 1995年の徳間文庫版で読んだが、元版の刊行は87年。 例によって『サルまん』のレディスコミック編のノベライズで紙幅の全体の5分の3(もっとか)を使ってるような笹沢エロロマンだが、途中で呆れるくらいに唐突に殺人が起こり、そのノリに付き合えるなら少し面白い(作中のリアルで殺された被害者にはナンだが)。 オトナの読み物の間隙を縫うようにミステリ要素が小出しにされる構成だが、事件? 犯罪? の輪郭はなかなか見えない。 その辺の興味が、かなりやむを得ない状況だったとはいえ他人を故殺し、しかもその事実を闇に葬ったヒロイン主人公の着地点への興味とあわせて、そこそこ読ませる。 ラストのサプライズは冷静に考えれば決して予想がつかない種類のものではなかったのだろうが、こっち(評者)は読み手の視線を別の方向に引っ張ろうとする? 作者の話術に幻惑(そんな大げさなものじゃないが)されて、ちょっと意外であった。まあ、こっちがチョロいので、気が付く人は途中でもしかしたら、とピンとくるだろう? それでもそれなりに面白かった。 |