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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2212件

プロフィール| 書評

No.2212 6点 誘惑の鬼気
笹沢左保
(2025/05/18 16:30登録)
(ネタバレなし)
 製薬会社が新設した食料品部門でスタッフとして働く29歳の独身美女・前田佐紀子。彼女は5年前、家電メーカーの技術者で6歳年上の栗原大伍の新妻だったが自宅で強盗にレイプされ、その相手を殺してしまった過去があった。大伍によって死体を始末してもらった佐紀子は新婚生活を続ける気にならず、夫との合意の上で離婚の道を選ぶ。事件の後は男性恐怖症もあって恋愛関係にいっさい消極的だった佐紀子だが、今では学生時代からの親友である美女・小笠原由美の夫である青年社長・剛に好意を抱き始めており、剛の方も妻の由美がいる身ながら佐紀子に関心があるようだった。だがその由美は実は5年前のあの事件当時、偶然の状況から佐紀子と大伍に不審を抱いている気配があった。

 土曜の深夜、深夜アニメを観たあと徹夜で朝の6時まで仕事して、さて寝る前に何か一冊読みたいと思い、日曜の早朝にこれを手に取る。
 こーゆー時は笹沢佐保あたりがさらっと読めてそこそこ面白く、手ごろだ。

 1995年の徳間文庫版で読んだが、元版の刊行は87年。

 例によって『サルまん』のレディスコミック編のノベライズで紙幅の5分の3(もっとか)を使ってるような笹沢エロロマンだが、途中で呆れるくらいに唐突に殺人が起こり、そのノリに付き合えるなら少し面白い(作中のリアルで殺された被害者にはナンだが)。

 オトナの読み物の間隙を縫うようにミステリ要素が小出しにされる構成だが、事件? 犯罪? の輪郭はなかなか見えない。
 その辺の興味が、かなりやむを得ない状況だったとはいえ他人を故殺し、しかもその事実を闇に葬ったヒロイン主人公の着地点への興味とあわせて、そこそこ読ませる。
 ラストのサプライズは冷静に考えれば決して予想がつかない種類のものではなかったのだろうが、こっち(評者)は読み手の視線を別の方向に引っ張ろうとする? 作者の話術に幻惑(そんな大げさなものじゃないが)されて、ちょっと意外であった。まあ、こっちがチョロいので、気が付く人は途中でもしかしたら、とピンとくるだろう?
 それでもそれなりに面白かった。


No.2211 6点 謎の飛行計画
福本和也
(2025/05/16 18:15登録)
(ネタバレなし)
 航空写真撮影会社「東アジア航測」のパイロット・水田透と撮影士の米沢吾一は、就労中にセスナ機で山梨県の上空を飛んでいる際、たまたま余ったフィルムで地上を撮影。なんとその大月市の山中には、地表から目立たくなった巨大な何かの輪郭が確認された。東アジア航測と懇意の理学博士・西野純一は航空写真から得られる、さらには入手できる限り現地の地表の情報を解析し、そこに仁徳天皇陵よりもさらに巨大な古墳が埋もれている可能性を突き止めた。かたや、水田の内縁の妻とよべる恋人・安城志保子は理由も定かでないまま、彼のもとを去り、水田はその行方を追う。やがて関係者の視界に、謎の変死事件の知らせが入って来た。

 改題された角川文庫版で読了。航空業界に精通した作者だけに、航空機や航空写真に関する含蓄の情報量はすさまじく、その辺の世界に導かれていく臨場感は並々ならない。さらに本作は、いわゆる昭和のB級伝奇古代ミステリの興味もあるが、そこに水田と恋人の不安定な状況でのドラマ、さらにはもうひとりの重要人物となる・「静野クリニック」院長・鎭野幹也のサイドストーリーなども絡み、中盤で起きる殺人? 事件と合わせて、複数の挿話が縦横に交錯。
 だが話の幹は古墳捜しの謎とはっきりしてるので、ややこしさや雑駁感などは特にない。
 言うならば、切り揃えの悪い大小の野菜の具材を多めにぶっこんで、まずまずの味付けで作った八宝菜みたいな感じのジャンル越境ミステリ。

 終盤のけたたましいまとめ方など、他の謎解きミステリだったら、たぶんまず許さないよ、という感じだが、こーゆー通俗・B級(でもその辺を含めてなかなか面白い)なら、まあアリじゃないかという感じだ。
 で、最後まで割と重要なメインキャラが放っておかれた気もするが、まああの人物は(中略)ということなんだろうな。それならそれでいいか・

 典型的な昭和のB~C級ミステリ。もちろんキライではありません。


No.2210 6点 シナの鸚鵡
E・D・ビガーズ
(2025/05/14 07:04登録)
(ネタバレなし)
 ハワイのホノルル社交界の花形として長年にわたって知られた、今は60歳代のシェリイ・ジョーダン夫人。彼女の自慢の宝石「フィルモア真珠」は斯界の伝説的なお宝だったが、最近になって夫人の息子で30代半ばのヴィクターが投機で失敗。夫人は息子の窮状を救うため、やむなく真珠を手放して金に換えることにした。夫人は30万ドルで真珠を売りたいが、ウォール街の大物として知られるP・J・マッデンは息子のために金策を急ぐ夫人の足元を見て、買値を22万ドルで買いたたこうとする? しかもマッデンはいわくつきの男? 実は彼は10代の頃、ハワイで憧れの美少女だったシェリイに懸想していた過去があるらしく、真珠の買い取りは当時からの意趣返しでもあるようだ。NYの宝石商アレクサンダア・イーデンが真珠の取引の仲介を務め、その息子の美青年でまだ大学生のポップが真珠の運び役を担当。かたやハワイの名刑事チャーリー・チャンもシェリイとの縁で、アメリカ本土に渡った。やがてマッデンの希望で真珠の受け渡し場所がカリフォルニアの砂漠にある「マッデン牧場」に変更になるが、そこでは怪異な殺人事件が待っていた?

 1926年のアメリカ作品。チャーリー・チャンシリーズ第二弾。
 一年と少し前に読んだシリーズ第一弾『鍵のない家』がかなり面白かったので、今回もちょっと期待した。

 翻訳は定評の悪訳らしいが、当初からそう覚悟して読めば、まあ付き合えないことはない。
 中盤まで事件らしい事件は起きないが、奇襲(早わざ)殺人? といえる殺人事件の発生シーンはなかなか蠱惑的(あまりそっちの面からミステリ的に深掘りされないのはナンだが)。
 さらに実質的な青年主人公のポップと、映画業界人(ロケハンティング役の女性スタッフ)ポーラ・ウェンデルとのラブコメ模様がなかなか楽しいので、ほとんど退屈はしない。そんなこんなのうちに、某メインキャラクターの隠された秘密らしき情報が見えて来るあたりの筋運びはなかなかスリリングだ。
 前作レベルの結実感にはちょっと遠いが、今回も最後のどんでん返しまでそれなりに楽しめた。物語の舞台となる砂漠の牧場と、映画撮影所、それぞれのロケーションの叙述もいい。
(まあ真相が発覚してから振り返ると、犯罪の構造についてはいささか思う所もないではないが。)

 例の「奇想天外の本棚」の新訳予定リストに入っていた一作だが、もはや、ぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ったいに、ソッチでは読めそうもないので覚悟を決めて、数か月前にややプレミア付きの綺麗な状態の古書を購入。電子書籍でタダで読めるかもしれんが、当座その気はないので、まあまあ高いこのお値段でも納得。
 さて次は『追跡』か。こちらも大昔に買った本が見つからないので、改めてすでに古書(創元文庫版)は購入してある。
 
 評点はこの数字だが、評価はその点数のなかでの上の方。


No.2209 8点 フローテ公園の殺人
F・W・クロフツ
(2025/05/11 09:01登録)
(ネタバレなし)
 創元文庫の旧訳版で読了(73年10月の第5版)。
 地味で退屈どころか、イベントのつるべ打ち、後半の探偵役ロス警部の捜査にも細かい起伏感があり、十分に面白かった。
 でもエンターテインメントとしての最大のポイントは中盤で登場のメインヒロイン、マリオンの後半に続く大活躍。途中で彼女が見舞われる、いかにもフィクションっぽいアクシデントには苦笑(いや作中のリアルとしてはかなり大事の災難なんだけど……)。
 でもって、ダメ押しで最後の「そう来るか!」という、破壊力甚大なサプライズ(この辺は、あびびびさんのご所感にまったく同意)!
 あー、面白い時のクロフツ、やっぱりおもしれえ。

 旧訳を担当した長谷川修二の訳者あとがきによると『樽』と『フレンチ警部最大の事件』はそれぞれ乱歩、植草の他薦で翻訳したそうだけど、この作品ばかりは自分で惚れ込んで訳出したという主旨のコメントがあり、しごく納得。

 でまあ、その翻訳(この長谷川の旧訳)も使う言葉が古くなってるのは認めるが、それでも全体的にとても読みやすい。
 しかしP273のドンゴロスのズボンって、ジーンズのことだよね? 同じ長谷川による旧訳の『スイート・ホーム殺人事件』(まだ旧訳も新訳も未読だが)にその言葉が出て来るらしいのは、大昔に「SRマンスリー」で教えられた覚えがある。

 何にせよ、久々のクロフツ。存分に楽しめた。最終的にはこの評点でいいでしょう。ただ売りのハズ? の二大探偵の直接の連携が実際には(中略)なのはやや意外だった。


No.2208 6点 ホンコン野郎
カーター・ブラウン
(2025/05/08 06:14登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことアンディ・ケインは香港在住9年目、宝石や銃器類を密輸して(ただし麻薬は扱わない)暗黒街では「悪魔の兄弟分」「香港の名物男」として知られる青年アウトローだ。そんなケインのもとに大柄で小麦色の肌の美人ナタリー・ダヴから相談がある。彼女の話では戦時中に、パイロットだった兄のレイが特命を受けて軍用金100万ドルを運んだが、輸送機が海に墜落。大金も海底に消えたまま、レイ当人は日本軍の収容所で獄死したという。レイは収容所で一緒だった男ジョナサン・カーターにその情報を遺したが、そのジョナサンは戦時中に敵国に利敵行為をした戦犯として戦後もずっと収監されており、ナタリーが海底に今も眠る軍資金の存在を知ったのはつい最近だという。ナタリーは噂の快男児ケインに軍資金の捜索の協力を願うが、同じ獲物を求めて多数の者が群がってきた。

 1962年のクレジット作品。海賊紳士(というより単に気風のいいアウトロー)アンディ・ケインものの第一弾で、日本ではシリーズ第二作『金ぴかの鷲』の方がなぜか先に訳されたが、できるならこっち(本作『ホンコン野郎』)から読んだ方がいい。
 理由は先に『金ぴか』を読んでしまうと、後半、主要人物がどんどん退場してゆく本作のなかで、誰がシリーズのレギュラーキャラとして次作まで残留するのかわかってしまうから。

 物語の前半で犯人不明の殺人事件も起きて、その意味ではフーダニットミステリの要素もある本作だが、大筋は複数の陣営によるお宝の奪い合いで、終盤はけっこう血なまぐさい。ダニー・ボイドものならともかく、アル・ウィラーものではまずお目にかかれない殺伐さだ(まあウィラーも、時にはけっこう荒ごとを躊躇なく行うのだが)。
 途中はやや冗長感はあるが、後半、ケインが窮地に陥ってその危機から苦闘しつつ脱するくだりは、なかなかハイテンションで面白い。最後の方はフツーに楽しめた。
(しかしこの作品、やっぱり少年時代に一度読んでいたな。ある場面を読んで思い出した。邦訳のあるケインものの二冊のうち、どっちかは既読だと思っていたが、それはたぶん次の『金ぴか』の方だろうと誤認していた)。

 巻末の解説は、海外ミステリ研究の歴史の中に消えてしまったひそかな大物(と勝手にこっちが思っている)で、たぶん日本最高峰のカーター・ブラウン研究家の白岩義賢氏が担当。
 実に丁寧に、本作そのものの読みどころと、さらに複数のカーター・ブラウンの主人公たちのなかでこのアウトロー海賊アンディ・ケインがどういう独自性があるのか語っており、その辺もファンには嬉しい。数年前にネットでこの方のお名前を初めて検索したところ、どこぞやの新聞か雑誌の編集者さんだったはずだが、まとまったミステリエッセイの著作みたいなものを書いておいていただきたかったとつくづく思う。
 時代のなかで一過性で、本気で自分の好きなミステリへの熱い思い入れを語り、そのまま歳月の流れのなかで表舞台から消えていった文筆家たちのいかに多い事か。


No.2207 6点 白夫人の妖術(新潮文庫版)
林房雄
(2025/05/07 22:59登録)
(ネタバレなし)
 円谷英二による特撮ファンタジー映画として隠れた(?)秀作『白夫人の妖恋』(おとぎ話みたいなストーリーも良いが、とにかく美術監督・三林亮太郎による美麗なビジュアルが素晴らしい)。
 同映画の原作である表題作の中編を含めた全5編の中短編集。

 以下、簡単に各編のメモ書き&感想。

①「妖魚」
 大戦後のある年。元華族のG侯爵の家に集まった、大学教授のOや小説家のSたち数人の客。老侯爵は20年前にスマトラで起きた「赤い河のブウランダ」と呼ばれる「妖魚」にまつわる逸話を語り始める。
……いきなり冒頭から恐竜の話題をするし、この題名なので秘境怪獣ものか? と期待したが、そこまではいかない。ブウランダも巨大だが、全長2m前後なのでスーパーナチュラルなサイズではない。しかし後半、奇譚風のミステリに転ずるのに軽く驚く。

②「香妃の妹」
 大戦後、かつて戦前の北京で新聞記者をしていた「私」は、当時のことを回想する。そこにいるのは気の良い友人だった青年・荘(ツァン)の義妹(彼の妻・香妃の妹)で、幼く美しい少女だった小美玉(シアオメイユイ)のことだった。
……ほとんど普通小説のような短編。相思相愛ながら、心の機微から男女の間に微妙な距離感が生じていく。

③「白夫人の妖術」
 宋の時代の中国。西湖のほとりの町。兄夫婦の薬屋で仕事を手伝う22歳の青年・許仙は美しい若い未亡人に出会い、恋に落ちるが。
……前述の特撮ファンタジー映画の原作で、中国の「白蛇伝」伝説に材をとったもの。題名が映画と微妙に違うが、大筋はほぼ同じ。映画で観客が息を呑んだ円谷特撮のビジュアルに相応するシーンもちゃんとある。ただし白夫人と対峙(対決)する法力・神通力を持った僧侶や道人などの挙動が一部異なり、最後のクロージングも少しニュアンスが異なる。

④「失われた都」
 1943年のマニラ。親フィリピン派の青年で映画脚本家の日本人・笠原宗吉は、同国の文芸に関する素養を高めようと、一人の若き小説家に対面するが。
……戦時中のマニラを舞台にした、切ない青春小説のような趣。イントロは終戦後の時勢の視点から始まっており、淡々としたしかし抒情的な物語は静かに劇的な決着を迎える。講談社の某・海外短編ミステリアンソロジーに入っていそうな一編。 
 
⑤「四つの文字」
 戦後「私」は、かつて中華民国の南京政府で出会った「部長」格の男の訃報を知る。今風に言えば彼は同政府の大臣で、当時、旅行者として彼と最初に関わった私の回想が始まる。
……当時の南京を舞台にした、戦時中の人間ドラマ。収録作中もっとも短く、小説の形を借りて語られた思弁エッセイ風の趣もある。

 評者が手にしたのは新潮文庫の第二版で、もともとの初版は①を表題作に刊行されたが、映画化にあわせて再版から表題作が③に変わり、書名も変更された。
 みんな大好きヨコミゾの角川文庫『黒猫亭事件』(横溝正史シリーズ第二期の放映にあわせてほんの一時期だけ『本陣殺人事件』から改題したマニア垂涎のレア本)みたいなもんだ。
 全5編の本文ページの見開きの右上に、まだ「妖魚」と旧書名の通しタイトルが残っている一方、終盤のページに改題についてのお断りがあるので、初版の在庫をいったんバラし、最後の折にくだんの文言を加刷したのだろう。

 紹介した通り、広義のミステリ、ファンタジーといえるのは①③④のみだが、②と⑤もふだんはあまり縁がない世界を覗くようで、それなりに楽しかった。ただ古い本なので本文の活字の級数がおそろしく小さいのはキツイ。全200ページと薄めの一冊だが、今風に字組を直したら二倍近くの厚さになるのではないか。

【2025年5月7日23時・追記】
⑤は近年、大陸書館の中短編集『林房雄大陸小説集 薔薇の秘密』にも採録されてるんだけど、編集部は同作を「サイコ・スリラー」と称している。どこのポイントを論拠に言ってるかはわかるが、全体としてそーゆー種類の作品なのかなあ……という感じである。あくまで私的な感慨だが。

【同年同月8日6時・追記その2】
 そーいや、林房雄って、一冊だけ? ガードナーのメイスンものの翻訳やってるんだ!?(創元版の『幸運の脚』『幸運な脚の娘』) どーいう経緯というか縁だったのであろう。木々高太郎とか文学派ミステリ作家とかの関係とか?

【同年同月8日22時・追記その3】
 この人はガードナーの翻訳をもう一冊やっていた。創元版『どもりの僧正』。こっちはいわくつきの本だね。


No.2206 7点 虚像
大下宇陀児
(2025/05/05 06:20登録)
(ネタバレなし)
 国産の昭和の旧作がまたなにか読みたくなって、今夜はこれを選ぶ。

「日本推理小説大系」の第4巻(大下/浜尾編)に入ってるのでそれで読んだら、本文3段組で100ページ弱と結構、短いのに驚き(だが中身は濃い)。
 さらに1955年に雑誌連載、1956年に元版の書籍化と、比較的新しい時代の作品だったのにも軽くビックリした。『見たのは誰だ』と同時期の作品だったのだな。読む前は『金色藻』なんかと同じ昭和ヒトケタ代の作品かと思っていた。

「わたし」こと、中学生からハイティーンに成長していくヒロイン主人公の大谷千春はまったく悪い子ではないんだけど、いびつなくらいに融通が利かず、我を通す気の強い<正義漢>娘。美少女ながら当然、友人なんかほとんどいない。なんか2020年代のラノベのある系列の、女子主人公みたいだ。時代を超えた、強烈な普遍性を感じる。
 ぎりぎり薄口のミステリになっているし、アレコレの伏線(かなり強引なもの)も多いが、とにかく小説として面白い。
 昭和ミステリの大枠のなかで生まれた、最強の読み物作品のひとつじゃないかしらねえ。
 先行する雪さんのレビューの最後の
                              ※
 ある程度先は見えるが、そのような読み方をすべきではない。物語の流れに身を委ねて、じっくり味わうべき長篇小説である。
                              ※
 の部分にまったく同感。
 エピローグ部分でもうけ役となる、脇役の使い方のうまさに舌を巻いた。


No.2205 7点 東京空港殺人事件
森村誠一
(2025/05/04 08:49登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代。北極回りロンドン行きの旅客機が機体の不調から、アラスカの氷原に不時着。多くの乗客や乗員が犠牲になった。それから十年以上の時が経った、昭和40年代のその年の2月6日。乗客乗員総員138名を乗せた「全日航」の旅客機JA4301便が羽田の到着前に、行方不明となった。新婚の夫で全日航のエリート職・小室安彦の帰国を待っていた若妻の由紀子は、彼が乗っていたはずの4301便の無事を願うが。やがて事態は、空港周辺のホテルでの奇異な密室殺人事件へと連鎖していく?

 光文社文庫の新装版で読了。
 密室トリックに関しては、そこだけ切り離してみるとかなり<ナン>だが、一冊全体、作者・森村センセイの人間観が如実に感じられ、しかしてそれがいつものようにはさほどイヤミになっていない。
 むしろ小説の完成度がミステリ要素のぶっとい柱となっている感じで、そこがとてもいい。なんかこの作品の登場人物の描写は、いわゆる「刺さる」ってヤツなんだな。
 繰り返すが密室謎解きミステリとしては、かなりアレです。でもその上でね、なかなか嫌いになれない作品だった。


No.2204 7点 笑う犬
ディック・ロクティ
(2025/05/03 17:16登録)
(ネタバレなし)
―おばあちゃまは少し黙りこみ、なにか考えるような表情になった。「あなたのおじいさんはリチャード三世だとでもいうの?」
「ジョセフィン・テイの本には、幼い王子たちを殺したのはリチャード三世ではないかもしれないと書いてあったわ」
 彼女はわたしを見つめた。「だれの本ですって?」
「ジョセフィン・テイよ。素晴らしいミステリ作家なのよ」
「ああ」おばあちゃまは興味を失った顔になった。「小説ね」(上巻)

ーわたしは(ロンドン塔の)ガイドに、リチャード三世が実際には幼い王子たちを絞殺していないと主張しているジョセフィン・テイの『時の娘』について質問した。おばあちゃまと同じように、ガイドはミス・テイの作品を読んでいなかった。そして、この先も読む気はなさそうだった。(下巻)
(ともに石田義彦・訳)

                    ※              ※

 未知の奇病エイズの出現や少し前のチェルノブイリ原発事故に世界が揺れる1980年代後半。ロサンゼルスの中年私立探偵レオ・G・ブラッドワースの依頼人にして、ともに事件を解決した、(大人気のベテラン女優イーディス・ヴァン・ダインを祖母に持つ)15歳の美少女セレンディピティ(セーラ)・レン・グールクィスト。そんなセーラは先の事件の記録をレオと共著の形でドキュメントノベルとして上梓し、ベストセラーを達成。「十代のP・D・ジェイムズ」という、セーラいわくジェイムズ当人が聴いたらあまり良い顔をしないのでないかという評価まで授かっていた。セーラは現在もレオの事務所に出入りし、押しかけ秘書兼助手を務めている。だがそんなレオとセーラのもとに複数の事件の依頼がほぼ同時にあり、なりゆきから各自が別々の依頼人に相対することになった二人は目前の案件に踏み込んでいくが。

 1988年のアメリカ作品。日本でも翻訳刊行当時、かなりの反響を呼んだレオ&セーラものの第一弾『眠れる犬』に続くシリーズ第二弾。

 『眠れる犬』は87年の邦訳直後、(ほぼ?)リアルタイムで読んで評判通りにかなり楽しんだ記憶があるが、さすがに今ではいくつかの印象的なシーンを別にして、細部のストーリーはほとんど忘れてしまっている。
 で、そういえば『眠れる犬』も作者ロクティも本サイトには登録されてないなあと思い、登録だけさせてもらったのが2021年の11月。のちにその『眠れる犬』のレビューは2023年9月に空さんの御講評を読ませていただき、感謝であった(さすが空さん!)。

 そして、その2021年前後に、この続編『笑う犬』もとっくの昔に邦訳されてるんだっけと思って、ネットで手頃な価格の古書2冊セットを購入した。
 で、読もう読もうと思いながら、実際に一念発起するのは、数年後の今から数日前であった。まあ当家のツンドクミステリの滞空期間としては、まだまだ短い方だが。購入後、十年単位で放ってある本なんか、三途の川の小石のようにある。
 
 で、読み始めるが、作品の中身は「おれ」レオと「わたし」セーラ双方の一人称がざっくり交互に交代しながら(各方のパートは数章分まとめたブロックごとにチェンジ)、事実上2~3の事件を追っていく。セーラの方が、失踪した十代の少女を捜索する別の私立探偵の応援で、レオの方が女優の宝石の盗難事件だ。
 
 作者の話術が達者な上、セーラがミステリマニアで、我々にもおなじみのミステリ作家や作品の名前を出しまくるので退屈はしない。
 ロンドン塔に行けばセーラは『帽子収集狂事件』を想起するし、セーラ以外でも、レオと友人のクガート警部の

「スピレーンよりすごいのか?」
「スピレーンだって? 畜生、ハウンド(レオの綽名)、今は80年代だぜ」

 というやりとりにも爆笑する。いやこの時、巨匠スピレーン(スピレイン)、まだ一応は現役なんだがな(笑)。

 だが一方で、と・に・か・く登場人物が多い(汗)。最終的にネームドキャラだけでのべ数150人弱。たぶんこの10年間に読んだ新旧のミステリのなかでもトップクラスの多さで、さすがに情報の整理にやや疲れた。昔のように人名メモを取らない読書だったら、絶対に音を上げていただろう。

 それで、肝心の複数の事件の相関性(何らかの形で交わるか、最後まで別の流れか)についてはもちろんここでは言わないが、上下巻あわせて800ページ弱の大作のなか、まだかなりのページを残して、え、ここで決着? と、いちどは思える山場が用意されている。
 そこで「ん!?」となるが、さらにそこから、かなり斜め上の、しかし伏線はあれこれ張ってあった方向にクライマックスが盛り上がっていく。仕事の関係で一日、間に入れて、実質二日で完読。結局、下巻はイッキ読みであった。

 前述のとおりに登場人物が多すぎて、途中、枝葉のエピソードが過剰な感触は確かにあるのだが、実はこの辺にもしっかり意味がある。クライマックスで驚かすために、作者は途中がいささか冗長になるのを確信的にやむなしとした気配もある。結構リスキーな作劇というか、作法だ。
 
 その辺を踏まえて終盤のクライマックスを重視すれば十分に8点なのだが、途中のちょっぴりの歩き疲れならぬ読み疲れ的な気分も見過ごせないなあ、ということでこの評点。ただしその数字の上の方なのは言うまでもない。
 『眠れる犬』の方がいろんな面で日本では受容される作品だろうけど、こっちも悪くはない、というかある面ではかなりトリッキィで面白い。非常に感覚的に言うけれど、瀬戸川猛資がもし読んでいたら(実際はどうだったか知らないが)結構、気に入ったんじゃないかという感じがする。

 翻訳はこのシリーズ2作目が大作過ぎてリアルタイムの読者に「引かれた」ためか(そういう評者も実際、いままで読まなかったしな・汗)ここで止まっちゃったけど、ネットで調べると本国でのシリーズは、1999年の第3長編「Rappin' Dog」以下、まだ続いたみたいね。その後のレオとセーラがどうなったか、続きを今さらながらに読みたいなあ。
 どっかでしれっと翻訳してくれんかしら。


No.2203 9点 真実の問題
ハーバート・ブリーン
(2025/04/30 08:43登録)
(ネタバレなし)
 その年の11月。マンハッタンで63歳の老女セルマ・コナースが、何者かの強盗殺人? によって命を奪われた。定年退職間近の53歳のエドマンド・アロイシャス・ジャブロンスキー(ジャビイ)三級刑事は、相棒で28歳の青年刑事補(見習い刑事)オニール(ニール)・ライアンとともに、容疑者の前科者ハリイ・ダービイを追い詰める。だがダービイに隙を突かれ、証拠となりうる、とある物件を始末されてしまう。窮したジャビイは、ダービイが真犯人に間違いないとの確信のもと、証拠の捏造を謀った。だがその行為に、ライアンの正義は揺さぶられる。

 1956年のアメリカ作品。
 序盤のあらすじ(設定)とこの題名だけで、作品がどういう方向に行くのかたぶん誰にでもすぐわかる、骨太&コテコテの1950年代ヒューマンドラマ・ミステリ(普通に読めば、まずその前に警察小説だけど)。

 ミステリマガジン2013年11月号で、その時点でのポケミスオールタイムベスト3を斯界のミステリマニアや業界人から募った際、日下三蔵センセイがベスト3の筆頭に挙げていたのがコレ。
 で、日下ベストのあとの2つがガーヴの『死と空と』とモンティエの『悪魔の舗道』であり、前者は確かに優秀作だが、後者は個人的には大ファールのスカタン作品であった(評者の両作の感想は、本サイトのそれぞれのレビューをご参照ください・笑)。

 つーわけで日下氏のポケミスベストの選球眼は、自分的にはあまりシンクロできんな、と考えてもいいのだが、それでもなぜかこの本作(『真実の問題』)に関しては、氏の高い評価を信頼できそうな予感があった。

 で、実際に三時間でイッキ読み。中身は期待通りのエリンの『第八の地獄』にすら匹敵する人間ドラマ派ミステリ作品の傑作で、さらに最後の3分の1で、ちゃんと意外性とロジック、伏線の回収の醍醐味を伴う<ミステリとしての本来の面白さ>も味合わせてくれる。
 マッギヴァーンの上位作のヒューマンドラマのときめきに、さらにミステリとしての工夫を組み込むと、見事、こーゆー優秀作になるんじゃないかという、そんな感触だ。

 一方で、ブリーンのほかの一流半路線のパズラー諸作(レイノルド・フレイムものほか)と並べると、コレが作者にとっての異色作枠になってしまうのは、まあ仕方がない。
 が、ポケミスの解説でツヅキが語る通り、作者の本来の作家的資質はこういう方向にこそ向いていたんじゃなかったかと思う。ジョセフィン・テイもそーだけど、ブリーンももうちょっと著作を多く遺してほしかった。
 
 もちろん今まで読んだブリーン作品のなかで、文句なしのダントツベストワン(まあ長編が全7冊しかないなかで、その内これで4つ読んだだけだけど)。
 いや、読んでる間は、本気で数年ぶりに10点つけようかと迷ったほどだった。ポケミスP196下段のヒロインの台詞には、泣いたよ。
(まあ最終的には、なんか逆にあまりにもよく出来過ぎてる完成度の高い傑作なのが小癪に思えて、9点に留めますが。)

 エピローグの決着も思う所いろいろあるんだけど、いや、確かにこのクロージングだからこそいいんだよね。
 ジジイの今になって初めて読んでも全然オッケーだったけど、二十代~三十代のうちに本作に初めて出会っていて、心の財産のひとつにしながら年を重ねる人生を送っていたら、それはまたきっと、かなりステキなマイ・ミステリライフだったろうな、とも思う(笑)。


No.2202 7点 闇に潜みしは誰ぞ
西村寿行
(2025/04/29 16:16登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月2日。警視庁の刑事で30代半ばの独身男・仙波直之は、自主的な射撃訓練の帰り、埼玉県清瀬市の周辺で交通事故で重傷を負った男に遭遇。男を愛車で病院に担ぎ込む。男は死亡するが、彼は仙波に透明なビニールに書かれた地図のような図面を渡した。その直後、仙波は何者かに襲撃される。仙波は年上の友人で妻子持ちの46歳の酒好き刑事・峰武久に私的に協力を求めて応戦に出るが。

 ……評者が読んできた寿行作品で、今までいちばん、通常の字義でのエログロバイオレンス・クレイジーだと思っていたのは『峠に棲む鬼』であった。
(別の意味で最もイカれてるのは『わが魂、久遠の闇に』で、作者の熱量の度合いが最強にクレイジーだと思ったのは『蒼茫の大地、滅ぶ』だが。)
 で、本作はその『峠に~』と同じ年、半年後に刊行された、そんな時期の作品。今回が初読である。

 もともとハードカバーは買ってあったような気もするが、すぐに出てこないので1~2年前にブックオフの100円棚で見つけた角川文庫の上下巻セットで今回初めて読んだ。ハードカバーの表紙ジャケットに描かれていた黒豹の意味がウン十年目にして初めてわかる。ほとんど出オチのようなもんじゃん?
 その角川文庫下巻の巻末解説は西脇英夫が書いてるが、どこそこにいつ連載とかあるいは書き下ろしとかの書誌情報は記載していない。内容の形質からしてまず連載作品だと思うが、だとしたらやはり連載ものだったと記憶する『峠に~』と同時進行のハズで、なるほど、かなりショッキングなバイオレンス描写のネタなどこっちでも共通している(具体的にどんなのか書かないが、悪党への報復の描写)。
 
 で、リアルタイム当時、今以上に寿行作品がスキだった自分がなんでこの新作を(ちゃんとハードカバーも買ったハズなのに)読み漏らしていたかというと、くだんの『峠に~』でさすがにゲップが出たからだったと思うし、その時点ですでに寿行のバイオレンスアクション(いわゆるハードロマン)は何年にもわたって読んでいたのだから、そりゃまあね。あと元版のその黒豹の絵だけでお腹いっぱいになった上、さらに新刊の帯で、敵側と主人公が奪い合う謎の秘宝の正体が何か、当初から明かされていたこともある。実際の本編を読むとそのキーアイテムの地図に書かれてたお宝が何なのかは、中盤の初めくらいまで引っ張られるのであった。
(ちなみに評者はその帯で、初めて「(中略)」というモノの存在を知った。)
 
 で、本作の感想だが、さっきから引き合いに出しているその『峠に~』のマッドさをそのまま横滑りさせたような内容。その一方で、作者がもうこの手のものを書き飽きたのか、自分自身で自作をパロディというかカリカチュアしているような感触もある。
 いや、そんな傾向、つぶさに見ればすでに何作か前からきっとあったのだろうが、今回は特にそれが顕著だ。
 また妙な、さらに今回はミステリから外れた例を引き合いに出すが、ゲーム「スーパーロボット大戦」シリーズの初期分で、フォウ・ムラサメ(Zガンダムの)が登場すれば必ず敵に拉致され、洗脳された彼女を救う説得イベントがある、ガンダム2号機(0083)が登場すれば必ず敵に奪われる、といったお約束イベントのリフレインがあり、送り手も受け手もどっかそのパターニズムを諧謔として楽しんでいたような気配もあるが、本作内のある種のいくつかの種類の描写(読めばわかる)の反復はそれに通じるモノがある。
 あと、話を長く長くするためにどんどんと敵やら陣営やらが投入されて作品の延命が続き、それが一応は面白い作劇ぶり。後半のドラゴンボールかい。

 バディ主人公ものとしてもすでに書き慣れ切った作者が、そこに妙なすっとぼけた味を投入。なんというかああ、もう完全に寿行の私的観測において第三期というか、第二・五期(?)だな、という感じの作品であった。
 それでも上下巻あわせて文庫版600ページ以上、一晩で読んでしまうのだから面白いことはオモシロイ。クロージングはアレだが、その辺をつっつくような作品でもないだろうな、コレ。
 
 で、このレビューが投稿されると、めでたいことに本作は本サイトで初めての、レビュー数3票獲得の寿行作品になるのであった。チャンチャン。いや、あまりにしょーもない歓喜の事由ではあるのだが(笑)。


No.2201 5点 ベツレヘムの星
アガサ・クリスティー
(2025/04/29 03:24登録)
(ネタバレなし)
 数年前に各社の翻訳全書判ノベルズを古書でまとめ買いした中に、これがあったのに先日気が付いて、引っ張り出してきた。外出時用の手頃な短編集にとこれを選んで持っていく。

 原初の刊行は1965年だそうで、個人的な観測では50年代後半~60年代前半あたりがクリスティーのやや低迷期なので(その時期に秀作がまったく無い訳ではないが)、ちょうどその辺から晩年の円熟期に切り替わる頃合いの一冊? 
もしかしたらミステリ執筆に憂いて、変わったものを書きたくなった気分のなかでの著作かな、などと勝手に夢想する。
 
 子供も読む(のであろう)クリスマス本なのだろうからそんなに難しい内容ではないだろう、と予想していたが、その辺はアタリ。ただし確かにキリスト教関連の基本教養がないと、それなりにキツイ。まあ、おおむねシンプルな話で、受け手が感じたことで大外しはないとは思うが。
『水上バス』は現代設定で、これは普通に良かった。
 
 しかし表題作ってこんな話だっけ? 大昔にミステリマガジン(1974年2月号、当時の訳題「ベスヘレムの星」 )で読んだ時の記憶だと、もっとなんかかなり普通の、地に足がついた宗教民話っぽいストーリーだと思っていたよ。


No.2200 8点 皇帝のかぎ煙草入れ
ジョン・ディクスン・カー
(2025/04/28 05:35登録)
(ネタバレなし)
 少年時代の初読以来の再読。
 今回は最新版(すでにもう13年も前のものだが)の駒月訳で読了。

 さすがに犯人の設定は憶えていたが、細部はかなり失念。
 それでページをめくりながら「あれ、勘違い(記憶違い)だったかな? 記憶の犯人設定で、この殺人は可能なのかな?」と戸惑いながら、読み進めた。
 はたして真相は(中略)であったが、良い意味で作者に騙されて振り回された思いだし、創元文庫の巻末の戸川氏の丁寧な解説も、ああ、なるほどね、という納得感を深める。
 
 とはいえ、ヒロイン主人公イヴのメロドラマ? 部分だけがこの作者らしくって、良くも悪くもあんまり、いつものカー作品を楽しんだという気がまったくしない。

 探偵役キンロス博士が使い捨てなのも作劇の狙いから了解だが、それならもうちょっと<それっぽい>キャラクター造形にしてほしかったとも思った。
 バンコランから始まって二大巨漢探偵を延々と描き続けてきたカーは、いつしか<そういうタイプの探偵役>の叙述の仕方を忘れてしまったんじゃないか、とも思ったり。

 面白かったし、よく出来てる(改めて感心したのは、真犯人の動機の形成のくだり)だが、カーの作品として平均点ベストワン(本サイトの現状の評価)に来るような作品とはとうてい思えない。
 名義を問わずごっちゃにして、カーのオールタイム長編作品からマイベストを10本選んだとすれば決してベスト3などには入らず、7~8位あたりになるのではないか。
 まあ私は『わらう後家』とか『連続殺人事件』『囁く影』『墓場貸します』あたりを上位に選ぶような、たぶんさほど正統ではないカーファンなのだが(笑)。
(あ、たぶんA級作品のなかなら『曲った蝶番』は大好きだ。)
 再読しての評点は0.5点くらいオマケ。

【追記】
 レビュー投稿後に皆さんの御講評を拝見したら、本作がカーらしくない! 事は多くの方が言っていて、いかに自分の感想がよくも悪くもフツーか思い知る。
 そのなかで<カーらしくないというファンが多いのは知っている、それでも私はこの作品がカーの中で大好きだ!>と10点つけたTetchyさんは、本気で男らしいと思う。


No.2199 6点 蝶たちの迷宮
篠田秀幸
(2025/04/26 06:35登録)
(ネタバレなし)
内容(「MARC」データベースより)
 密室状態の部屋から突然女の悲鳴が聞こえたが、女の姿はかき消え、香川京平の絞殺死体が発見された。その6週間前に、小説「蝶」を書いた池田賢一少年が不可解な死を遂げた。両者の関連は…。
                            ※

 1~2年前に最寄りのブックオフの100円棚で綺麗な状態の元版(講談社版)を見つけ、なんか凄そうだ、と購入しておいた一冊。今夜は気が向いて、これを手に取った。

 先に作者(あるいは編集者)が、表紙周りや巻頭のイントロで「読者が事件の被害者にして犯人」と明言するところから始まる、その手のタイプのメタ系技巧系ミステリである(さらにもうひとつかなりインパクトのある関係性を序盤から謳っているが、とりあえずそれはここでは書かない→なお本サイトの前の方のレビューではその辺も話題にしているが、作者自身が最初から言っている事なので、そのレビューもネタバレとは言えない)。
 作者が大きな影響を受けたらしい『虚無への供物』『匣の中の失楽』へのリスペクト感全開の作品である。
 
 し・か・し、本サイトでは悪評だらけ(Amazonでも似たようなもんだが)。
 さらに一番気になったのが、2010年の江守森江さんのご投稿を最後に、15年もの間、本サイトでは誰もレビューを寄せられてないこと。

 しかしソレは逆に言えば、きっとなんかそれだけ<かなりのワケアリの作品>なんだろうなと思って(言い変えれば、結構な変わったものが読めると期待して・笑)ページをめくり始める。

 でまあ、2段組み450ページの厚みの割と長めの一冊だけど、一晩でイッキ読みしてしまった。
 良くも悪くも『虚無への供物』が100%果汁のフルーツジュースなら、こちらは果汁30%のイミテーション・ジュース(©三原順のグレアム)という感じであった。

 ただまあ、作者なりの視座でミステリという文芸ジャンルに踏み込み、その上で読者をあの手この手で饗応させようとしている奮闘ぶりは決して嫌いではない。
 肝心の「読者が」「アレコレ」のロジックは確かにかなり強引で、特に最後の最後まで引っ張ったポイントは言いたいことがわからない! と怒っている方もいるようだが、たぶんそれはこういう物語は読者の方で(中略)と作者が考えているのだろうと思う。いささか舌ったらずだが、その辺をあまりグダグダ、イクスキューズしたくなかった作者のプライドはなんとなくよくわかる。
 そういう意味では、ぎりぎり屁理屈として課題のクリアともいえるかも……しれない……かな(笑)。

 評者の場合、正直『虚無への供物』は十代に読んだため凄かったことはなんとなく覚えているけど、それから再読もしてないし、少なくとも現状の現在ではどこがどう良かったと具体的&明快な言語化はできないのだが、それでもこの一冊は遠き日に読んだ名作の、あの何とも言えない気分をちょっとだけ思い起こさせてくれた。
 というわけで本作はそんなに嫌いになれないし、まあそれなりに愛せる作品だ。
 一冊のオマージュ編ミステリとして、これはアリだとは思う。


No.2198 9点 美の秘密
ジョセフィン・テイ
(2025/04/25 05:56登録)
(ネタバレなし)
 英国の地方の村サルコット・セント・メアリイには、21冊目の新刊を出したばかりの人気女流作家ラヴィナ・フィッチ女史を初め、多数の芸術家や文化人が集い暮らしていた。そんななか、アメリカから若手写真家リスリィ・シャールが同地を来訪。気鋭の美青年写真家として米国で著名なシャールは、先に戦地を取材中に死亡した写真家クニィ・ヴィギンの友人であり、そのヴィギンとやはり友人だったBBCの解説者の青年ウォルター・ウィットモアを、初対面同士ながら共通の亡き友を持っていた者同士として訪ねてきたようだ。だがウォルターの婚約者でフィッチ女史の姪でもある娘リッツ・ガロヴィがアメリカから来た美しい若者と親しくなり始めた気配があり、村には次第に微妙な空気が流れ出した。そんななか、村の周辺でとある事件が発生。スコットランドヤードの名警部アラン・グラントは、捜査に乗り出すが。

 1950年の英国作品。グラント警部シリーズの第四弾。

 翻訳が古くて読みにくいのはとりあえず、どーでもいい。
 『時の娘』も(今んとこ)正直、どーでもいい。
 シリーズ前作『フランチャイズ事件』と続けて、優秀作~傑作。

 詳しい事は書かないが、中盤で事件が起きるまでの、クリスティーのよく出来た作品に匹敵するくらいの「まだまだかまだか、イベントはそろそろか」という感じで読者をじらしながら空気を盛り上げる小説の<タメ>の求心力。

 そして後半の<そこに何かがある、何かある>(実際、ある程度は<見えていた>)と思わせながら読み手を事件の迷宮の中に引きずり回し、ああああ、残りページがどんどん少なくって行く……というハイテンションの高揚の果て、最後の最後に見せる大技のサプライズ!

 うん、自分が思い浮かべる警察捜査小説型パズラーの理想の形の一つが、ここにある。
 
 ポケミスの乱歩の解説によると、バウチャーは当時<テイが55歳の若さで早逝したのは『エドウィン・ドルード』の中絶に匹敵するくらいのミステリ史における不幸であった>という主旨の慨嘆を述べてたそうだけど、いいこというねえ。まったくその通り。テイの若死にでグラント警部シリーズが全部で6冊しかないのって、今さらながらに本気で哀しいよ。バウチャー、なんかまた大好きになったよ。それから我が国の1990年代後半以降の海外ミステリ未訳旧作発掘ムーブメントに改めて感謝するよ。
 つーても泣いても笑っても、未読のグラント警部ものは残りあと一冊なんだよな。
 とにかく、今さらながらに読んでおいて良かった本作。
 
 何しろこっちが考えていた真相の方向性は決してまったく的外れではなかったものの、実際のどんでん返しはさらにそのひとつふたつ上を行き、そしてソコには劇中キャラクターの、こちら読み手の胸を打つようなホワイダニットのときめきがある。うん、やっぱり傑作だわな。終盤のグラントと某キャラクターの対峙の図。ここで何かを感じなきゃウソでしょう。


No.2197 8点 幻の金鉱
ハモンド・イネス
(2025/04/23 16:27登録)
(ネタバレなし)
「私」こと学士の鉱山技師で鉱山会社の重役だったアレック・フォールズは、管理していた錫鉱山の鉱脈枯渇によって立場を失った。責任を押し付けて来る会社と決別し、美貌の妻ローザ(ロザリンド)にも逃げられたアレックは自宅に放火して焼死を狂言で装い、わずかな伝手を求めてオーストラリアへ逃げ込む。そこでは失踪した、一部で有名な鉱山師パット・マッキルロイが数十年前に見つけたとされながら、まだ発見されていない複数の鉱物の大鉱脈「マッキルロイズ・モンスター」の伝説があった。

 1973年の英国作品。作者イネスの第24番目の長編。
 イネスの後期作品のひとつだが、この前が秀作『レフカスの原人』、この次が優秀作『北海の星』と正に大家の脂の乗り切った絶頂期で最強に面白い。

 ミステリ味はポイントを抑えた形で小規模に担保されている一方、例によって大自然(今回はオーストラリアの砂漠や荒野)の厳しさと壮大さを語り尽くす筆致の熱さ、そしてストーリーテリングの妙味でグイグイ読ませる。二段組、会話も決して多くない300ページ弱のハヤカワ・ノヴェルスは相応の紙幅感を抱かせるが、それでも二日でほぼイッキ読み。

 まあ当時の70年代初期の英国冒険小説界はマクリーンがすでに円熟し、フランシスやバグリイ、ヒギンズ、ライアルなどの超A級、さらにはトルーやフォーブス、ジェンキンズなどの気鋭がドバドバ新作を出してるんだものねえ。巨匠も本気でやらねばすぐに置いていかれる、といった気迫を感じる。
 晩年のクリスティー(のいくつかの作品)みたいに著作家の円熟がさらなる才気に転じるような感覚だ。

 まあ終盤、ちょっとあれこれ主人公たちに(中略)といった印象もあったが、これはイネスの旧作でも以前からあった方向性というか筋立てのクセで、そんなにどうこう言うべきではないかとも、少し頭を冷やして思ったり。
 読んでいる間は多様な登場人物の描写のうまさ(と彼らを駒に物語を勧める筋立ての巧妙さ)に溜息、体力を奪われながらもページをめくる手を止められない話の加速感に感嘆。一瞬、評価9~10点でもいいかとも思いかけたが、まあ今回も巨匠イネスはまたやりました、的に8点。ただしその評点枠内の最高級で。
 今回は、立場的に崖っぷち(でも最低限、動き回り余裕はまだある)の主人公アレックの造形もいいしな。あと某登場人物の運用の仕方。へえ、イネスってこういう文芸もできるんだって、ちょっと感銘した。それこそ後塵作家たちの影響を何かしら受けてるのかもしれん。

 イネスは残りの未読作品がまだまだあるのが、本当に嬉しい。


No.2196 6点 魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム
サイトウケンジ
(2025/04/21 19:26登録)
(ネタバレなし)
 大学生「僕」の学友で幼なじみの美少女・星見星子(ほしみ せいこ)ちゃん。彼女は人気の配信アイドルだ。僕はオカルトオタクの星子ちゃんを喜ばせようと、仕込んできた怪異のネタをファミレスで披露しようとしていた。だがそこに、見かけは中学生の愛らしい女子だが、白髪の自称・魔女「あーちゃん」が接近してきた。

 アニメ化もされた人気ラノベ『トリニティセブン』シリーズや同じくアニメ化されたPCゲーム『あかね色に染まる坂』の作者サイトウケンジによる、トリッキィなホラーミステリ……というべきか。
 帯の「待ち受けるどんでん返しの連続!!!!!!!!!」という惹句に吊られて購入し、一読した。

 で、読んで、ああ、こういう作品ね……と理解&了解。
 作者がどういう狙いなのかはたぶんよくわかるし、この趣向をここまできっちりやった作品は、確かにほかにパッと思いつかない。そういう意味では評価していい。
 
 ただ(あまり詳しく言えないが)劇中の登場人物によって語られる怪談そのものが、あまり怖くない。もっともその辺が、却って作品のパーツとなる部分のリアリティを担保してるのかもしれないのだが、それでもここはもうちょっと、ハッタリをきかせてもよかったんじゃないか。
 まあジャケットのビジュアルとタイトルそのものがもしかしたら意図的なミスリードなのかもしれんし、編集者を含めて送り手たちの仕掛けの練り具合は感じる。
 ただその世界の真実を覗き込んでしまうと(中略)。
 その辺はこの種の作品の、普遍的に構造的な問題かも。

 とりあえず、読んでおいて良かったとは思います。2020年代の前半にこういう作品があったと体感する、ほぼリアルタイムの体験も踏まえて。 


No.2195 8点 死んだ時間
佐野洋
(2025/04/20 06:11登録)
(ネタバレなし)
「私」ことⅩ大・大学病院の医局員である26歳の独身青年・加賀。彼は、いずれ開業医となる夢を抱きながら、ふと知り合った30歳の未亡人・時任杏子と男女の関係だった。杏子には好意を抱きながらも、今後の医者としての人生を考えるならやはり医学界のそれなりの立場の娘を妻とすべきだと考えていた加賀だが、そんななか杏子のアパートの自室で、売り出し中の人気女優で広告モデルの峰岸みどりの死体が見つかった。嫌疑は杏子にかかり、衝動的な殺意でみどりを殺したと思われるが、独自に状況を調査した加賀は、事件の起きた日、杏子は確実に、とある愛人と熱海に赴いていながら、その事実を秘匿している状況が見えて来る。杏子は、愛人関係の相手の男性の社会的立場を考えて、あえて自分のアリバイを証明できる不倫旅行の事実を秘匿してるのか? だがやがて、その仮説だけでは説明のつかない状況が加賀には見えてきた!?

 いや、面白い。
 ガーヴが日本を舞台にして、男性主人公の一人称で書いたらこんなのになるんでないの? という感じの好テンポのサスペンスもの&アマチュア捜査(調査)小説である。

 だが思わず本気で感嘆の声が出たのは、山場で事件の秘められていた全貌めいたものが判明する瞬間。ラストのまとめ方まで含めて、1950年代の海外ミステリで、当時のモダン作品としてポケミスに紹介された技巧派の長編のような味わいであった。要は、旧クライムクラブ上位の秀作系か。

 主人公がアマチュア探偵で、調査の幅に限界があったり、時に疲れて調べるのを中座させてしまうというリアリティなどが、筋立ての上でしっかり機能しているのにも感心。

 いまんとこ、これまで読んできた佐野洋作品のベストが、全体の熱っぽさを踏まえて『完全試合』というのは不動だけど、 今回のコレを読んで、優秀作品の次席は本作だな、と思わされた。

 講談社文庫版で読んだけど、巻末の大井廣介(紙上殺人現場)のホンネ剥き出しの解説も楽しい。
 実に幸福な読書であった。
 
 最後に、加賀を応援する下宿の大家の室井元刑事。いいキャラだね。
 そーゆーのが佐野洋の本意じゃなかったのはつくづく知ってるが、たまの登用でもいいから、手持ちのレギュラー探偵にしてほしかった。 


No.2194 6点 ケンネル殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2025/04/18 15:39登録)
(ネタバレなし)
 評者が21世紀になって初めて読む、ヴァン・ダイン作品である。いや、90年代も読んでなかったか? 『グリーン家』は、80年代の後半に再読したような記憶がある。
『ケンネル』は本サイトで評価が高い(ヴァンスものの平均点ベストワン)ので以前から気になっていたが、思いついて今回読んでみた。
 さらに考えてみると、もともと本作は、子供時代にあかね書房のジュブナイル版『スコッチ・テリアのなぞ』で読んだきりであった。そのときはそれなりに衝撃で、併録の『エジプト王ののろい』と合わせて、推理小説ってこういうこと(当時の視点では反則スレスレのトリック)をしてもいいんだ? と驚いたのを、今でも覚えている。

 つーわけで細部や犯人は丸忘れ、しかし密室のネタだけはほぼしっかりウン十年経っても記憶している状態で、初めて大人版を読み始めた。なお訳書はせっかくだからということで、最新版の白石訳をチョイス。原文→日本語の厳密な正確度は不明だが、21世紀のミステリファン目線で気をつかった翻訳っぽいのは好感が持てる。

 で、感想だが確かに

・ネタを詰め込んである
・大きな破綻もなく作品全体がこなれている

 という長所は理解できるものの、例の一番の大ネタについては何十年も当方の意識に沁み込んでいたので当然サプライズはないし、もう一方の厳然たる密室トリックも、ああ、本作ではそういう手も合わせて使ったのね、程度の認知。言い変えれば、広い意味で賞味期限がとうに過ぎているものばっか。
 加えて劇中でイベントをぞれなりに起こしているのに、それが面白い小説になってない。虫暮部さんのご感慨はよくわかるつもり。ゲストヒロインの三角関係なんか、色んな意味でもうちょっとエンターテインメントにしようがあったろうにな。あと、真犯人にサプライズの感興がない。これじゃその辺は長い年月の間に忘れるはずだ。
 
 なんか本サイトでの高い評価だからということで過剰期待して、ややガッカリしてしまったような一作。とはいえ確かに上の2つの得点ポイントはちゃんと認めてはいるつもりなんですけど。
 ヴァンスが傷ついた犬を獣医のところに連れていく描写は良かったな。とはいえそのあとであまりに冷徹に犬の血統の交配でどーのこーのとくっちゃべるので、やや引いた(一方で終盤のショッキングな行為は、ある意味でやむなし、だとは思うけれど)。雑種の犬なんかにヴァンスは犬好きらしい情愛とか向けてくれるのだろうか? まあそんなことは書かれてないのだから、予断でものを言ってはいけないことではあるのだが。 


No.2193 6点 憑きもどり
明利英司
(2025/04/14 07:24登録)
(ネタバレなし)
 高校二年生の秀才女子・長江美里はさる事情から、家庭教師のバイトに勤しんでいた。そんなある日、美里の教え子で、彼女が妹のように可愛がっていた中学一年生・原田茜が殺される。茜はあるダイイング・メッセージを遺しており、それが関連するように謎の通り魔らしき犯人による殺人や傷害が続くが。

 怪異が厳然と存在する世界(作中世界で公認されてるわけではなく、小説の客観描写につきあうなら、そうだと読者目線でわかる世界)で、ミステリの興趣を持った作品。
 原型は作者が19歳の時に書いた作品で、プロデビューして著作を重ねてから手を入れて出したものだそうだが、良い意味でスタンダードなホラーミステリになってる。
 叙述の違和感がそのまま伏線になるという意味でも直球の作品であり、それゆえ犯人というか隠し事を秘めた人物はすぐわかる。
 が、じわじわと随所のさりげない描写がクライマックスで掘り下げられていく感じはなかなか悪くない。
 佳作の上~秀作の下の方。

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