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ミステリの祭典

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祈りも涙も忘れていた

作家 伊兼源太郎
出版日2022年08月
平均点7.33点
書評数3人

No.3 7点 ROM大臣
(2024/07/29 14:07登録)
V県警に赴任した若手キャリア警察官の甲斐は、ベテラン刑事たちに翻弄されながらも、管理官としての主導権を確立していく。一方、次々と発生する凄惨な殺人の背後には、県内の政財界を揺るがす大物が関わっていた。
一昔前のハードボイルド小説を思わせる主人公の語りも、日本語の日常会話にしては気が利きすぎている台詞も心地よい。若手キャリアとして海千山千のベテランたちと向き合う、主人公の成長と変容も本書の魅力だ。
個々の登場人物も記憶に残る。その言動が伏線として働き、後に驚きをもたらす構造も、そして喪失と苦味に満ちた読後の余韻も忘れ難い。

No.2 7点 びーじぇー
(2024/03/15 21:31登録)
物語は回想譚形式で、主人公の甲斐彰太郎が二十六歳で管内の犯罪認知件数が全国ワースト5に入るV県警捜査一課の新人キャリア管理官に就くところから始まる。彼はさっそく放火事件捜査の陣頭指揮を執るが、実地経験のなさをノンキャリア連中に冷笑され、特殊係放火班長・岩久保の姦計にはまっていく。
もっとも犯罪捜査の方はなかなか進展せず、まずは捜査一課内の権力闘争劇から始まる。本筋の、警察官殺しの黒幕の容疑がかかる実業家・飯島をめぐる捜査は第二章以降で、早い展開を望まれる向きには辛いかもしれない。一方、放火現場で出会った美女、名前のあやふやなバー、そこで見つけた架空の名作ミステリからの引用など、多彩なハードボイルド趣向が前半から炸裂し、人間ドラマは後半に深みを増していく。

No.1 8点 人並由真
(2023/02/21 16:26登録)
(ネタバレなし)
 2020年代のはじめ。「私」こと警察組織の要職で40代後半の甲斐彰太郎は、かつて自分がⅤ県でキャリア組として捜査一課の管理官であり、ノンキャリアの現場刑事たちを指揮した2002年からの事を思い出す。それは――。

 2020年9月から2022年5月にかけてミステリマガジンに連載された長編を加筆修正の上、書籍化したもの。 
 作者は2013年に横溝賞を受賞してデビューし、すでに10年近い作家歴があるそうだが、評者が読むのはこれが初めて。本サイトにもこれまで作者の登録もなかった。
 
 帯や表紙周りのいろいろな推薦文、それにいかにも昭和国産ハードボイルドミステリっぽいタイトルに気をそそられて読んでみたが、読みごたえはかなりのものだった。
 本文400ページの紙幅で、しかりした文章は結構なボリュームがあるが、それでも全体の3分の1を読んだところで、これは最後まで頑張っていっきに読みたいな、という種類の手ごたえを実感。4時間前後で読了した。

 ひとつの事件が解決しないうちにさらにまた次の事件に連鎖し、ストーリーが複雑化してゆくあたりは、後期ロスマクなどさえ思わせるが、うまいと思えたのはそういう作りのため自然と登場人物の総数はべらぼうになるものの、あくまで主要、準主要なキャラクターのみにネーミングを与え、ほかは簡略化した記号的な情報で済ませていること。いかにも21世紀の長編ミステリらしい器用さを感じた。
 その上で、キャラクターひとりひとりに味があり、特に自分の職責における立場的な若さ(26歳で30~50代のベテラン捜査陣を仕切る)を自覚しながら、酸いも甘いもかみ分けた指揮官たらんとする主人公・甲斐の描写がとてもいい。たぶん自分が昨年の新刊で出会った国産ミステリの中では、五本の指に入る、好きになれる主役キャラだろう。

 弱点は、のちのち、ある種のキャラクターシフトが悪い意味で頻繁化してしまうことで、その辺にはいろいろと思うことがあった。とはいえ一方でその辺にも作者は、リアリティを損なわない自然な形で多くの登場人物を作中に配置し、読み手の側に生じがちな不満を希釈する作法を行なっている気配もあるので、単純に謗る訳にもいかないかもしれない。
 いろいろと作りこまれた作品ではある。
 
 ほぼ全編を、現在形のプロローグとエピローグで挟む構成にしたのは、物語のリリシズムをその辺に固めておきたいと思った作者のこれもまた戦略かなと思うが、それでも20年前の事件を語る本筋のドラマのなかの随所に自然となんともいえないペーソス感がにじみ出ている。その辺もまた、適度なユーモアや全編を彩る苦みとのバランスにおいてとてもいい。

 昨年の国内の新刊はこれで通算80冊以上読んではいるが、マイベスト10には入れたいと思う優秀作。

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