びーじぇーさんの登録情報 | |
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平均点:6.23点 | 書評数:86件 |
No.86 | 7点 | まず牛を球とします。 柞刈湯葉 |
(2024/11/22 21:35登録) 表題作は、有名な物理ジョークを元ネタにした遺伝子改変もの。命を奪わず肉を食べたい、という人の根本的な傲慢さをシニカルに描いている。特に培養肉を命の定義から外すためのロジックが秀逸。中盤以降に明かされる深刻な状況と、それを日常の延長として受け入れる主人公の他人事な空気が、生命の設計図であること以外の遺伝子の意味を考えさせる。 「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は地球と戦う月軍兵士を描いている。未来の月ならではの空気も泥臭さもない戦場が、モノローグの抑えたトーンとマッチしている。地球の映像作品を見て育ったために、空気抵抗のない戦場に作り物感を覚えるなど、月で生まれ育った人々の世界観が絶妙。 「改暦」は宋の天文学者が、元の皇帝の下で日蝕を予言する話。日蝕の予言が天子の権威を表す重要な指標であった時代。統治者の変化によって重用されるようになった天文学者の後ろ暗い喜びの描写がうまい。学者にとって時代に自我に等しい重みも持ち得る自説との付き合い法についても、カリカチュアされすぎずに描かれている。 「沈黙のリトルボーイ」はリトルボーイが起爆しなかった広島で、米国の原子物理学者と爆発物処理屋が不発原発解体ミッションに挑む話。歴史改変のエッセンスが鮮やか。 共通のテーマを別アプローチで描く作品が複数あり、短編集ならではの比較が楽しめる。 |
No.85 | 7点 | 君のクイズ 小川哲 |
(2024/11/01 21:08登録) クイズ番組に出演した三島玲央は、決勝まで進出したものの敗れる。対戦相手の本庄は、最後の一問を問題文がまだ一文字も読まれる前に、早押しで回答したのだった。やらせか、それとも不正なしで正答し得る理由があったのか。三島は本庄のこれまでの足跡を調べる一方、番組での記憶をたどり直す。 題材は、多くの人からただの知識競争、単なるゲームと思われているクイズだが、クイズプレイヤーである三島の推理や考察を追ううちに、この競技の奥深さだけでなく、併せ持つ怖さのようなものに触れることになる。 クイズの問題には途中で「~ですが」と入るパターンがあり、何について答えるべきかが決まる「確定ポイント」がある。ポイントが示されてから回答ボタンを押すのでは遅く、いかに先回りするかが勝負の鍵になる。だが、どこまで先回り可能なのか。本作はミステリとして、この謎を魅力的に描いている。 クイズは世界の全てを対象とするため、世界が変化すればクイズも変化するのだという。主人公が競技クイズのテクニックについて考えることは、人間が自分のいる世界をどのように知り、生きているかを考えることに繋がっていく。クイズを通して世界や人生が描かれるのだ。そのため「確定ポイント」が示される前に判断しなければならない。賭けざるを得ない場面を読むと、人生にも同様の局面はあると思い当たり、緊張に襲われるのだ。 |
No.84 | 5点 | 第二開国 藤井太洋 |
(2024/10/14 21:43登録) 奄美大島を舞台にした国際謀略サスペンス。主人公の昇雄太は、父が認知症になり半年前に帰郷し地元のスーパーの社長に乞われてスタッフとなり、忙しい日々を過ごしていた。 というと、いかにも島民の帰郷譚、第二の人生ものっぽい出だしだが、そこへ警視庁公安部の刑事二人が町に潜入していることが明かされ、話が急にきな臭くなる。奄美大島の現状から自然風物に至るまで細部描写が行き届き、シリアスなテーマを突き付けながらも、海洋活劇もたっぷり楽しめるエンタメに仕上がっている。 |
No.83 | 6点 | 英雄 真保裕一 |
(2024/10/14 21:34登録) 大企業である山藤グループ創業者で総帥でもあった南郷英雄の射殺事件。青天の霹靂のような惨劇の一報から主人公・植松英美の運命の歯車が激しく動き出す。 実父の死から植松英美は、否応なく自分のルーツと己自身とも真正面から向き合うこととなる。父のことは一切語らずに七年前に亡くなった母・秋子と英雄の出会いの秘密。なぜ母はたった一人で英美を産む決意をしたのか。切っても切れない血脈は時代を貫き、闇を容赦なく切り裂いていく。真実を追いかけるほどに闇が深まるスリリングなサスペンスであり、深いメッセージ性を堪えたミステリであり、抗えない運命を背負った者たちが築き上げた壮絶な人間ドラマである。 |
No.82 | 7点 | アンデッドガール・マーダーファルス3 青崎有吾 |
(2024/09/22 21:38登録) 吸血鬼や人造人間といった怪物や、ホームズやルパンなどの名探偵・怪盗が実在するパラレルワールドの十九世紀末のヨーロッパを舞台に、頭部だけの姿で生き続ける輪堂鴉夜、半人半鬼の青年・真打津軽、メイドの馳井静句のトリオから成る怪物事件専門の探偵が活躍するシリーズの第三弾。 今回、鴉夜たちが向かったのはドイツ南部の山間の村。そこでは少女連続殺人事件が起きており、村人たちは人狼の仕業だと主張していた。一方、怪物根絶のために手段を選ばない保険機構諮問警備部のエージェントたちや、モリアーティ教授を首領と仰ぐ面々もそれぞれの思惑を秘めて村に潜入し、鴉夜たちと三つ巴のバトルを繰り広げることになる。 このシリーズの特色である古典作品へのオマージュに満ちたホラー的要素、超人的な能力を持つキャラクターたちによるアクション、そして作者元来の持ち味である謎解きの技巧が、極めてバランス良く組み合わされた一冊と言える。特に猟師の娘が部屋からさらわれた件の解明は、登場人物の誰がどこにいて誰がいなかったかという一見微細な情報が、真相を成立させるための実にデリケートな条件となっていて感嘆させられた。 |
No.81 | 6点 | 名もなき星の哀歌 結城真一郎 |
(2024/09/22 21:27登録) 記憶の取引というファンタジー設定を軸に意外性に富んだ物語が楽しめる。銀行員の良平と漫画家を目指す健太は、あるきっかけから記憶の売買を商売とする「店」の従業員として働くことになる。お客から記憶を買い取り、別の客に転売することで「店」は利益を得る仕組みとなっている。 三年以内に一千万円の報酬を手にすることをノルマとして課せられ裏稼業に奔走する日々の中で、健太が良平に店に内緒で探偵業をすることを持ち掛けることから物語が動き出す。彼らは手始めに神出鬼没の女性ストリートシンガー星名の代表曲に登場する探し人「ナイト」を実在の人物であると察し、それを見つけることを目指す。良平と健太は店にある記憶のデータから彼女の過去を探り、続いて星名と接触をすることに成功し、少しずつ「ナイト」に迫っていくのだが、良平のもとに警告文が届く。 まさに謎が謎を呼ぶ物語。オーソドックスな人捜しが記憶の操作という不安定な条件の投下によって複雑化し、サスペンスと謎の度合いが増していく。記憶の断片の数々が繋がり、さらに作者が用意した一捻りによって、あらゆる真実が明らかになる最終局面の美しさが強い余韻となって心に残る。 |
No.80 | 6点 | 邪宗館の惨劇 阿泉来堂 |
(2024/09/03 22:11登録) バスの事故によって山奥で立ち往生した耕平は、他の乗客たちと共に近くの廃墟へと逃れた。そこはある宗教団体の施設で、かつて大量死事件が起きた場所だった。その夜、乗客たちを惨劇が襲う。そして気が付くと、耕平は事故を起こす前のバスに乗っていた。全く同じ事件が繰り返され、耕平は自分が同じ一日を反復し続けていることを確信する。 作中で起きる怪異は紛れもなくホラー。一方で、序盤から見えていた小さな疑問が、意外な真相の手掛かりとなる構成と、怪異の背後に潜むロジックを解き明かす手つきはミステリといってもいい。 感動に満ちた決着をみせるクライマックスから、さらに一捻りしたラスト。宿敵ともいうべき存在も浮上し、シリーズのこれからへの期待も高まる。 |
No.79 | 5点 | 紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪 歌田年 |
(2024/08/10 21:39登録) 殺人事件絡みの依頼を受ける一編、日常の謎ともいえる二編で構成された連作短編集。 「猫と子供の円舞曲」は動物虐待の犯人捜し。小学三年生の少女が猫の毛と血の付着した紙粘土が、学校で使われているものかどうか、鑑定を依頼する。紙に関する知見はもちろんのこと、フィギュアに関する蘊蓄も語られるのが嬉しい。謎解きのレッドへリングも、伏線の回収も巧みで、そこから導かれる真相も鮮やか。 フィギア絡みの犯人捜し、アメコミと印刷が関わるホワイダニット、コスプレイヤーの生態と凶器の行方と趣向も多彩。盛り沢山な蘊蓄と、その蘊蓄を有機的に結びつけた謎解きもまずまず。 |
No.78 | 6点 | 夜の声を聴く 宇佐美まこと |
(2024/07/21 21:56登録) 十八歳の引きこもり堤隆太は、目の前で自分の手首を切った女に惹かれ、彼女の通う定時制高校に入る。そこで老女が営む風変わりなリサイクルショップ「月世界」で働く同級生・重松大吾と知り合い、彼らは月世界の客の隣家で起きた事件の真相に迫ることに。 この事件の解明がメインストーリーなのかと思っていると、あっさりと解決してしまうが、隆太たちは街の名家の当主の身に起きた変事や、亡き父の遺した絵画の処分をめぐって争う姉妹の仲裁等、その後も変わった案件を処することになる。しかも連作スタイルで描かれていくそれらの事件は、一見何のつながりもなさそうで終盤に思いも寄らない形で結びついていく。 そうした展開の妙に加えて、様々な痛みを背負った月世界の三人が織り成す絡みが素晴らしい。むろん各事件においては、謎解き趣向も凝らされている。主人公の成長を核とし、前半は日常謎を挑み、後半は十一年前に起きた殺人事件を追っていくといった多重性が物語に深みを与えている。 |
No.77 | 6点 | カインは言わなかった 芦沢央 |
(2024/07/21 21:46登録) 世界的な芸術監督が率いるダンスカンパニーの新作は「カインとアベル」が題材。その主役に抜擢された藤谷誠が、舞台の三日前に姿を消した。失踪直前と思われるタイミングで、誠から「カインに出られなくなった」とのメッセージを受けたあゆ子は、誠の行方を懸命に追い始める。 芸術監督、ダンサー、その弟の画家。いずれもデモニッシュで圧倒的な才能を示す個性派の芸術家たちを、そうでない人物たちの視点から描いている。 芸術家たちもそれ以外もピリピリとした極度の緊張感の中で動き、不安に囚われ、ともすれば悪しき方向に転落しそうになりながらもがく。そんな人々を様々に動かして、焦燥感に満ちた人間ドラマを紡ぎ出している。 終盤において強烈なサプライズを感じたその果てに、もう一つの衝撃が待っている。最後の四行に胸を打たれる。 |
No.76 | 7点 | レッドクローバー まさきとしか |
(2024/07/01 23:09登録) 豊洲のバーベキュー場で、ヒ素を使った無差別殺人が発生。犯人の丸江田はSNSで知り合い、その日初対面となる富裕層の人々を集めて、そのパーティを主催していた。具体的な動機は語らず、「ざまあみろって思ってます」という供述から、社会への鬱屈した恨みが丸江田を犯行に走らせたと見られていた。 この事件を追う雑誌記者の勝木が思い出したのは十二年前、北海道の片田舎で起きた赤井家一家殺人事件。助かったのは当時高校一年生だった長女・三葉だけ。供述が二転三転したこともあり、三葉の犯人説も根強かったが、決め手がなく結局迷宮入りしていた。 東京と北海道、過去と現在を行き来しつつ、真相に辿り着く。その過程はとても息苦しい。三葉の過去や彼女を取り巻く社会の現実。人間の生々しさ、個としての人間よりも手に負えない「社会」や「集団」の怖さを思い知らされた。 |
No.75 | 6点 | ファズイーター 深町秋生 |
(2024/06/08 20:09登録) 組織犯罪対策課・八神瑛子シリーズの第五作。時にヤクザやマフィアと手を組み、同僚の警察官を金で飼い慣らし、癒着と暴力を駆使しながら犯罪に立ち向かう、苛烈な女性刑事の活躍を描く。 腐敗と暴力と策略が渦巻く作品世界は、決してただ苛烈なだけの物語ではない。八神はもちろん、彼女が対決する犯罪者たちも含めて、ぞれぞれの思惑を積み重ねて、その激烈な内容に説得力を持たせている。 ストーリーを駆動しているのは、人物の造形に仕掛けられた意外な落差だ。ろくでもない生き方をしてきた人物が見せる意外な矜持。譲れない一線を守るための思わぬ行動。それらが重要な瞬間に現れることで、劇的な展開を生み出している。 |
No.74 | 5点 | 帝都争乱 サーベル警視庁2 今野敏 |
(2024/05/18 20:23登録) 前作から予想された通り、日比谷焼打事件を背景に物語が展開され、鳥居部長をはじめ、個性豊かな「賊軍」出身の巡査たちが再び大活躍を見せる。彼らの働きにより、被害者は玄洋社と関わりの深い黒龍会に所属する人物と判明する。 彼らは「騒擾による死亡」として事件に蓋をすることも、国家権力と結びついた団体に忖度することもなく捜査を進めていく。そして黒龍会主幹の内田良平と対峙するのは警視庁に協力する藤田五郎老人である。彼の正体は元新選組の斎藤一。あまたの死地をかいくぐってきた、剣の達人の名場面が再び用意されている。 事件の背後から、藩閥政治の弊害と、帝国主義的な国家政策が炙りだされる。それは重税にあえぐ庶民の犠牲の上に成り立っており、昭和二十年の敗戦に至るまでの道筋を垣間見ることもでき、史実を巧みに取り入れている。 |
No.73 | 6点 | やまめの六人 原浩 |
(2024/04/26 22:09登録) 台風直下、人気のない山道を走っていた車を土砂が襲い、乗っていた六人の男のうち一人が亡くなる。男たちは途方に暮れるが、幸い近くに人家があり、その住人だという金崎兄弟に助けられる。兄弟の厚意に感謝しつつ、彼らは金崎家の洋館に避難するのだが。 旅先でトラブルに見舞われた人々が人気ない屋敷に導かれ入っていくとそこは、という展開はホラーの定番だろう。本書が一味違うのは、遭難したのがいかにも危険な男たちであること。案の定、金崎兄弟はほどなくを本性を現すが、男たちもただ黙って服従することはなかった。 男たちと金崎家の闘いは一旦片付くが、今度は男たちのお宝は紛失、互いに疑心暗鬼に駆られ始める。現地では「おめんさま」と呼ばれる山神信仰があり、やまめという妖怪話も伝わっていた。 ノワールとホラーの見事な融合。先が読めないスリリングな展開で一気に読ませる。 |
No.72 | 6点 | 看守の信念 城山真一 |
(2024/04/08 22:17登録) 警務官と受刑者の人生を描く連作ミステリで、プロローグと5つの短編とエピローグからなる。 謎とその解決は、各編それぞれにアプローチが異なる。刑務所という狭い舞台を扱いながらも、そのバリエーションは豊富。刑務所の運営に携わる刑務官や他の職員、そして受刑者たち、時には刑務所の外側まで、様々な人々の思惑が交錯するドラマが繰り広げられる。 各編に、火石の動向に目を向ける刑務所の総務課長・芦立の視点からの叙述が挿入される。独立した各編を結ぶ糸のような役割を担う芦立と、その家族の物語もまた興味深い。結末近くの一行で、物語の風景を塗り替えてしまう驚きもある。 |
No.71 | 7点 | 祈りも涙も忘れていた 伊兼源太郎 |
(2024/03/15 21:31登録) 物語は回想譚形式で、主人公の甲斐彰太郎が二十六歳で管内の犯罪認知件数が全国ワースト5に入るV県警捜査一課の新人キャリア管理官に就くところから始まる。彼はさっそく放火事件捜査の陣頭指揮を執るが、実地経験のなさをノンキャリア連中に冷笑され、特殊係放火班長・岩久保の姦計にはまっていく。 もっとも犯罪捜査の方はなかなか進展せず、まずは捜査一課内の権力闘争劇から始まる。本筋の、警察官殺しの黒幕の容疑がかかる実業家・飯島をめぐる捜査は第二章以降で、早い展開を望まれる向きには辛いかもしれない。一方、放火現場で出会った美女、名前のあやふやなバー、そこで見つけた架空の名作ミステリからの引用など、多彩なハードボイルド趣向が前半から炸裂し、人間ドラマは後半に深みを増していく。 |
No.70 | 5点 | 夢伝い 宇佐美まこと |
(2024/02/24 21:12登録) 書けなくなった作家が打ち明けた驚くべき理由と、その裏を取ろうとした編集者が知る恐るべき真実「夢伝い」。復讐を遂げたばかりの男が向かった地元。廃村になった地で体験する不可解な現象と、直面する忘れたはずの過去「沈下橋渡ろ」。複数の人物が語る「ある教育ママの事故死」、「大学生カップル殺人事件」。そこから仄めかされる、ある心霊スポットで起こった怪事「愛と見分けがつかない」。末期の父に聞かされた亡き母との馴れ初め。母の過去を確かめに向かった先には「母の自画像」。など全十一編の短編集。 どの短編でも人間が書かれている。どこにでもいる、ありふれた人間の姿が、克明に残酷なまでに丁寧に浮き彫りされている。自分の罪は記憶化から消しておきながら、他人から受けた仕打ちはいつまでも忘れない。解決すべき人間関係の問題から目を背け、歪みだらけの日々を過ごす。 そして、どの短編でも怪現象が書かれる。人が怪現象を呼んだのか。あるいは怪現象が人を招くのか。いずれにせよ、人はそれを通じて己の本心や、捨て去ったはずの過去を突き付けられる。それは恐怖であると同時に救いだ。理屈に合わない生き方をする大多数の人間にとって、闇こそが救いなのかもしれない。 |
No.69 | 6点 | 風はずっと吹いている 長崎尚志 |
(2024/01/31 21:48登録) 広島市郊外の山中で、遺棄された人骨一体と頭蓋骨一個が発見された。鑑定の結果、白骨遺体は五十代以上の白人女性で、頭蓋骨は一九五〇年以前に生きていた日本人男性のものらしい。この奇妙な組み合わせの捜査に、県警捜査一課の矢田誠警部補と廿日市北署の城戸がコンビを組むことに。一方、同じ頃、警備会社に勤める元刑事の蓼丸伸彦は、原水爆反対集会で大物政治家・久都内博和を襲った暴漢を取り押さえるが、久都内の秘書が自殺した息子・忠彦をなりすまし詐欺で操っていた土井健司であることに気付く。蓼丸は土井の尻尾をつかむべく追尾を始めるが。 白骨遺体と頭蓋骨の奇妙な謎を別にすれば、実にオーソドックスな捜査小説というべきか。しかし本書には、そこにさらに広島の原爆悲劇と戦災孤児グループのドラマが、さらには戦後の日米関係の闇のドラマまで加味され、他にない迫力を生み出している。 |
No.68 | 6点 | 風よ僕らの前髪を 弥生小夜子 |
(2024/01/12 21:12登録) 主人公の若林悠紀は、探偵事務所に勤務した経験のある青年。彼は伯母の高子から、ある殺人事件の調査をしてほしいと頼まれる。高子の夫で弁護士の立原恭吾が、犬の散歩中に何者かに銃殺されたのだ。高子が言うには恭吾を殺したのは、夫妻の養子である志史ではないかという。悠紀は志史の周辺を調べ始める。 悠紀は様々な人物にインタビューを繰り返しながら、立原志史という人物像を完成させようとする。関係者の証言を積み重ねることで、人間の多面的な姿を浮かび上がらせ、一見バラバラに思える情報の断片を組み合わせて、志史の本当の姿を導き出す。 本書は既存のミステリで使われた趣向を匂わせながら、最後に明かされる真相は実に独創的なアイデアが盛り込まれている。 |
No.67 | 6点 | ヒトごろし 京極夏彦 |
(2023/12/17 21:24登録) 物語は土方歳三の幼少期から箱館で死ぬまでを描いた一代記である。試衛館で多くの剣客と出会い、京に上り新選組を作る。芹沢粛清、池田屋、山南脱走、高台寺党の分派、油小路、鳥羽・伏見、流山、宇都宮、箱館など巷でよく知られる新選組史そのままだ。それらの出来事を、京極夏彦はどれもこれも「土方がサイコパスだった」という一点をベースに再構築してみせた。史実の辻褄をオリジナルな発想で合わせてみせるというのは歴史小説の醍醐味だが、まさか土方が殺人鬼にするとは。 何より最大の読みどころは、自らを「人外の者」と自覚している土方が、次第に唯一まともな人間に見えてくるという逆転にある。彼は殺せれば何でもいいわけではない。殺す相手、殺し方に理想がある。けれど幕末の動乱の中で、人は十把一絡げに殺されていく。あるいは、何の利益もないのに死ぬことが美学だと思い込んで無駄に腹を切る。土方はその考え方に腹を立てる。 新選組はよく、時代の狭間に咲いた徒花に喩えられる。だが本当にそうだろうか。むしろ殺人鬼の土方が真っ当に見えるような社会こそがおかしいのではないか。本当に狂っているのは土方か、社会か。 壮絶で妖艶、異端にして王道。新たな新選組小説の里程標だ。 |