皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 本格 ] ダーブレイの秘密 ソーンダイク博士 |
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R・オースティン・フリーマン | 出版月: 1957年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 3件 |
早川書房 1957年01月 |
No.3 | 6点 | 弾十六 | 2021/12/19 01:29 |
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1926年出版。初出は新聞連載らしい(Westminster Gazette 1926-3-19から。回数、終了日不明)。HPBで読了、英米事情に詳しい中桐先生の翻訳は非常に安心して読めます。
筋立てや要素は”A Silent Witness”『ものいわぬ証人』(1914)と非常に似ている。発表から過去に遡った1900年代初頭の事件、という共通点もある。うぶな男のロマンスは、フリーマンの定番ネタだが、構成要素が非常に似ていてもストーリー展開などは全然違う。何なんですかね。 話自体は、いつも以上に謎の事件が偶然の連続で繋がってしまう。盛り上げも間欠泉なので不発。推理もかなり大雑把。『ものいわぬ証人』の方がずっと良いと思いました。 事件発生は「およそ二十年前」「初秋(early autumn)」(p9)、「今月の16日火曜日(the 16th instant--last Tuesday」(p30)なので9月と10月に絞って該当の16日火曜日を調べると、1890〜1913年の間には、該当が5つしかない。(二十年前を考慮すると該当は3つ) 1890年 9月16日(火曜) 1900年 10月16日(火曜) 1902年 9月16日(火曜) 1906年 10月16日(火曜) 1913年 9月16日(火曜) 以下のトリビアのうちp157(及びp117)が決定的で、1906年10月16日火曜日が冒頭のシーンだろう。 p9 ハイゲイトのウッド・レーン… “墓底の森“の入口で、当時は… 障害物はなく、誰でもはいることができた(垣で囲いこまれてからは”女王の森”という新しい名がつけられた)(the entrance to Churchyard Bottom Wood, then open …. (it has since been enclosed and renamed 'Queen's Wood') ◆調べるとクイーンズ・ウッドと名付けられて整備されたのはヴィクトリア女王のダイアモンド・ジュビリーがきっかけで1897年のこと。ここは年代的に前後しているが記録者の記憶違いで片付けて良いだろう。 p22 電車の二階席(I sat on the top of the tram)◆電車のtramwayは1903年以降なので、ここは馬引きの可能性もあり。線路の上をモーターや馬引きで走る方式。馬引きでも二階席がある写真があった。 p27 ピープス氏のお手本に従おう… “ティという中国の飲み物“(Let us follow the example of the eminent Mr. Pepys… the 'China drinke called Tee')◆Pepys日記1660-9-25からAnd afterwards I did send for a cup of tee (a China drink) of which I never had drank before, and went away. p28 当時のインクエストの情景がコンパクトに語られる。ここでは開催は死体の発見の翌々日で、検屍官と陪審員は隣の部屋に安置された死体を実見(view the body)している。「いかにして、いかなる手段によって、故人がその死に遭遇したか(how and by what means the deceased met his death)」について評決するのが目的である、と検屍官が陪審員に助言し、陪審員たちは別室ではなくその場で打ち合わせて評決を出している。 p41 乗合バスの二階から(from the top of an omnibus)◆ 自動車への移行は1902年以降。時代的には馬車の可能性もあり。 p85 検屍解剖(post-mortem)◆私は『ものいわぬ証人』のトリビアで、解剖までは不要じゃないの?と書いたが、ここでは「火葬の場合、ちゃんと解剖しなくちゃ」と医者が言って、二人の医師が証明している。これが正式の手順だったのだろう。なお『ものいわぬ証人』の時は火葬法令1902の制定前だったので規制が緩めだったのかも。 p87 死亡証明書… 書式A,B,C p92 六ペンスでも◆例え話。現代日本円なら「10円でも」みたいな感じ。 p92 マーケット・ストリートの屋台店… ショアディッチ・ハイ・ストリート(訳注 ロンドンの労働者街)のがらくた(the stalls in Market Street, with those of Shoreditch High Street) p94 沢山の小学生を狩り集めて墓のまわりに立たせ、途方もない聖歌をうたわせる、河の傍に集まって何とかというようなやつ(ran the show actually got a lot of school-children to stand round the grave and sing a blooming hymn: something about gathering at the river)◆歌はShall We Gather at the River?(1864)で英Wikiに項目あり。墓に棺を降ろすとき小学生が歌ってるシーンが犯罪実話Death on the Victorian Beat: The Shocking Story of Police Deaths(2018)にありました。 p99 他人には(to a stranger) p113 ”きざはしを上り、歩み来る足音の、いかに美しか“(how beautiful upon the staircase are the feet of him that bringeth)◆調べたら聖書に由来。多分中桐先生は調べがつかなかったのでは?(文語訳っぽく訳すなら「つたへる足はきざはしにありていかに美しきかな」) Isaiah 52:7(KJV) How beautiful upon the mountains are the feet of him that bringeth good tidings, that publisheth peace; that bringeth good tidings of good, that publisheth salvation; that saith unto Zion, Thy God reigneth! イザヤ書(文語訳) よろこびの音信をつたへ平和をつげ 善おとづれをつたへ救をつげ シオンに向ひてなんぢの神はすべ治めたまふといふものの足は山上にありていかに美しきかな p114 外国人に対する酷い偏見だが当時の英国人の共通意識なのだろう p116 単式拳銃や、連発ピストルや、自動拳銃など(single pistols, revolvers and automatics)◆single pistolは単発式の小型ピストルか(Colt Derringer No. 3, 1871とかRemington Double Derringer 1866とか。いずれも.41口径)、revolverは回転式拳銃と訳して欲しいなあ。 p116 ピストルは嫌いだよ!… 卑劣な武器だ。どんな臆病者でも、引き金を引ける("I hate fire-arms!" … “Any poltroon can pull a trigger”)◆ソーンダイクのセリフ。ここはピストルだけでなく、ライフルなども含むFire-arm一般について言っていると思う。「銃」が適訳。 p117 持ち運びに便利だから、このベビイ・ブラウニングをすすめる(I recommend this Baby Browning for portability)◆ FN Baby Browningという公式名称を持つピストルは1931年からの流通。なので、ここはほぼ同様のデザインのFN Model 1905(別名FN Model 1906, Vest Pocket; .25口径、全長114mm、流通1906以降)のことだろう。 p123 ユダヤ人型… ローマ人型…ウェリントン型(the Jewish type, or a Roman nose… a Wellington nose)◆鼻の形の例。 p131 オランダ・ジン(Hollands) p133 昔のカスケット銃の弾丸(like an old-fashioned musket-ball)◆マスケットの誤植。 p133 安全弁(safety-catch)◆今なら拳銃の「安全装置」というのが定訳だろう。 p135 この重さの弾丸を発射するような空気銃は、大きな音を立てる(An air-gun that would discharge a ball of that weight would make quite a loud report)◆フリーマンが昔発表した短篇のトリックを否定している。空気銃の弾はごく軽い。アレを空気で飛ばすのは、多分絶対無理。かなりの高密度な圧縮空気が必要だが、それでは銃が持たないだろう。火薬で発射したら大きな音が出てしまう。あの作品の出版後、きっと読者からの指摘があって、こういうことを書いているのではないか。 p157 イルクォード火葬場(Ilford Crematorium)◆イルフォードの誤植。City of London Cemetery and Crematoriumのことだろう。火葬場は1904年に開場(英Wiki) p160 郵便局用の町名番地簿(Post Office Directory)◆郵便局とあるが、実際は民間編集。1836年の元郵便局長が世襲で発行していたKelly's Directoryのこと。 p164 ルイス・キャロルなら、逆埋葬と言ったかも(it is what Lewis Carroll would have called an unfuneral) p165 棺桶の掘り返しの監督官が描かれている。なかなか興味深い。 p180 一石二鳥だね、と洒落を(killed two early birds with one stone) p192 黄バス(a yellow bus)◆1908年以降、ロンドン・バスは赤色が主流となったが、それ以前は路線によって色を変えていたようだ。 p207 蝋細工は、大体がフランスの芸術… マダム・タッソーズ◆ここに書かれているMadame TussaudのBaker Street展示の話は実話っぽい。英国初展示は1802年で、ベイカー街での年中展示は1835年からのようだ。 |
No.2 | 6点 | 人並由真 | 2020/10/10 14:25 |
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(ネタバレなし)
その年の初秋のある日。「私」こと25歳の若手医師スティーヴン・グレイは休日の散歩中、同年代の美しい娘とすれ違う。続けてグレイが遭遇したのは、池の中に沈む50代の男性の死体だった。死体の素性は、先の娘マリオン・ダーブレイの父親ジュリアスで、マリオンはしばらく姿が見えない父を探していたところこの悲劇に出会ったようだ。マリオンに協力して警察を呼び、そのまま検死裁判までこの件に関わることになったグレイ。彼は自然にマリオンそしてその母親代わりの老女アラベラ・ポーラーとも親しくなり、ダーブレイ父娘が市井の造形作家であることも知った。一方でグレイは一連の事態の流れを尊敬する知人ジョン・ソーンダイクに告げるが、やがて検死裁判で、当初は心臓の不順による急逝と思われていたジュリアスの意外な死因が判明する。そんな事件の傍らでグレイは本業にも取り組み、静養中の開業医コーニッシュの代診を務めるが、その日、とある往診の依頼が……。 1926年の英国作品。ソーンダイクものの長編第9作め。 日本では割と早めに完訳(たぶん)が紹介されたフリーマンの長編で、評者は例によってコレも大昔から(入手当時はちょっと稀覯本の)ポケミスの古本を購入していたが、ようやく読んだ。 なるべくネタバレにならないように書きたいが、若手医師がいきなり事件に遭遇、やがてもうひとつの流れでさらに事件に……というのは作者フリーマンの作劇パターンのひとつのよう。評者が少し前に読んだ初期長編『ニュー・イン三十一番の謎』もそのパターンだった(このくらいなら、ストーリーのツイストも含めて、特にネタバレにはならないと思う)。 ただし本作はその『ニュー・イン』よりも、お話作りの面でもミステリとしての仕掛けでもずっと進化が見られる。 グレイとマリオンの恋愛の進展を縦軸のひとつにおくあたりは、フリーマン作品でも王道的な大衆小説っぽさだが、そんな主人公たちが事件のなかでピンチにあう見せ場も数回にわたって用意され、サスペンススリラー的な味付けも読み手を飽きさせない。 ミステリとしての(中略)的な仕掛けはこの時代(物語はグレイの20年前の回想として語られるので、たぶん20世紀初頭)ならではのものだし、現代なら絶対に成立しないもの。ただしその分、シンプルな大技を外連味ゆたかに見せていく古典ミステリらしい楽しさがあり、クラシック作品として付き合うかぎり、十分にワクワクできると思う。 nukkamさんのおっしゃる通りに、現場の図面はほしいけれど、ただしもしかしたらそのために(中略)が事前に見えてしまう可能性もあるかも? ちょっとズルいけど、真相が明かされた直後のタイミングあたりで掲載するのが適切か。 ソーンダイクの助手のおなじみポールトンが、なかなか活躍する一編。事件の流れにからんで意外に知られていなかった? 一面を見せるのでシリーズのファンはその意味でも興味深いだろう。 まとめると、やはりこれも良い意味で<ホームズの時代>に書かれた一本という感じ。フツーに楽しめました。 |
No.1 | 6点 | nukkam | 2014/08/13 13:54 |
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(ネタバレなしです) 1926年に発表されたソーンダイク博士シリーズ第9作でフーダニット型本格派推理小説ですがハウダニットの要素も強い作品です。17章で説明されるトリックについては現場見取り図があればもっとよかったですね。ロンドンのガス灯や馬車の描写が古きよき時代のミステリーであることをしみじみと感じさせます。謎解きとは関係ありませんが5章でアッシャー医師がグレイに名医の秘訣(?)を語る場面がなかなか興味深かったです。作者のフリーマン自身も医師だったのですがもしかして彼もアッシャータイプだったのでしょうか? |