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[ 本格 ]
アンジェリーナ・フルードの謎
ソーンダイク博士、平凡社 世界探偵小説全集16に戦前訳あり
R・オースティン・フリーマン 出版月: 2016年10月 平均: 5.50点 書評数: 2件

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論創社
2016年10月

No.2 6点 弾十六 2025/02/19 05:39
1924年出版。私は平凡社 『世界探偵小説全集16』(1930)を元にした国会図書館デジタルコレクションで読みました。本字旧かな遣いですけど、邦枝 完二さんの翻訳は非常に読みやすい。ざっと原文を見ましたが逐語訳のようです(訂正: 七割ほどの抄訳でした)。ただ平凡社版はタイトルがね… (あえてタイトルを明記しませんよ!)一応ミスディレクションは施されている?のですけど、ダメだコリャ物件でした。どうしてこう言うタイトルが良いと思ったんだろう?見たら脳から消してくださいね(無理です)。全くの白紙状態で読むには、新訳を読むのが吉です(解説で戦前訳のタイトルに触れていますので、解説は読後に読んでくださいね)。
肝心の本作の内容は、ウブな新人医師がベテラン医師の不在時の代診をやってる時に、謎の事件に巻き込まれる、という発端(このパターン、結構フリーマンは使いますよね)で始まる、ちょっとのんびりした探索もの。なかなか進展しないのでイライラする人もいるかも。私は当時の英国の生活描写を楽しみました。インクエストの場面も出て来ます(翻訳では「裁判」と勘違いしてるけど)。
読後、おやおや、と思う人が多いでしょうけど、私は十分満足しました。事前情報無しで読みたかったなあ、という不満はありますが。
面白いネタが少しあるので、トリビアを後で補充します。
(以下2025-02-23追記)
結局、新訳も気になって購入しちゃいました。戦前訳と単純に語数を比較すると戦前訳は新訳の75%、確かに細かく戦前訳を検討すると、所々(特にあまり筋と絡まない固有名詞関係)を抜き、繰り返しと感じられる主人公の内省が諸所でばっさり削られている。しかし戦前訳でも全体の雰囲気は十分残しており、肝心なところは逐語訳といって言いくらい、一語一語をちゃんと翻訳している。文章も引き締まってリズムも良い。
ところで新訳の解説(井伊順彦)で重大な指摘あり。この作品ディケンズ『エドウィン・ドルードの謎』(1870)へのオマージュらしいのだ。確かにタイトルもMystery of Edwin DroodとMystery of Angelina Froodで相応関係にある。筋も似てるらしい。本作がディケンズ案件であることには気づいていたのだが(六人の貧しい旅人の宿とかディケンズが晩年住んでたロチェスターのガッド・ヒルなど)、エドウィン・ドルードを読んでからまた出直しです!
(以下2025-03-02追記)
Wikiでは戦前訳のタイトルがデフォルトになっちゃっている。更に「大幅な抄訳」という注釈もついているが、これは新訳の解説を鵜呑みにしただけだろう。新訳タイトルをWikiの項目タイトルに変更して欲しいなあ。(自分でも試みましたが、上手くいきませんでした…)
さてトリビアです。原文はGutenberg Australiaのを参照しました。ページ数は、基本、論創社のもの。戦前訳は「平凡p999」と表記。新訳だと明示したい時は「論創p999」と表記した。
p93, p111, p220から「四月二十六日、土曜日」なので、該当は1919年だが、p173とp174では曜日がずれて該当は1914年。でも「四月二十六日土曜日」は何度も繰り返されている重要な日付と曜日であり、動かせない。なので1919年で確定。その二週間+数日前の1919年4月10日ごろが第二章(ロチェスター篇)の開幕時期だと思われる。なお冒頭は、そこから更に一年少し前(p20, p37)だが、季節すら明示されていない。
価値換算は英国消費者物価指数基準1919/2025(65.99倍)で£1=12496円、1s.=625円、1d.=52円。
まず戦前訳も新訳もどっちも当時の英国の制度、インクエストと法的別離の制度を誤解しているので、少々長くなるがここで解説。
まずインクエスト。戦前訳では裁判と同一視しており、裁判官、判決、裁判所などの用語が平気で出てくる。新訳でも「判決(verdict)」、「結審(concludes the case)」、「裁判官が席を立つや(As soon as the court rose)」など、裁判用語が顔を出している。本書で検死官が陪審員に注意している次の教示がわかりやすい。
「検死法廷は刑事裁判とは違うのです。故人の死因を特定するのが我々の役割です。もし、証拠から被害者が殺害された事実が浮かび上がれば、判決(verdict: 正訳は「評決」)の中でそう述べるべきです。さらに、もし証拠が、明らかに特定の人物を殺人犯であると示しているなら、同様に、判決の中で名指しすべきでしょう。しかし、そもそも我々は犯罪を捜査しているわけではありません。故人の死因確定がこの審問の主たる目的(we are investigating a death)であり、犯罪捜査は警察の仕事です(p254)」こんな説明が必要だという事は、英国1922年の一般人でもインクエストを正しく理解していなかったのだ。インクエスト記事、そろそろ書かなくちゃ…
次に法的別離(別居)。戦前訳も新訳も、英国のこの制度(judicial separation)を「離婚」だと勘違いしている。「論創p40: 離婚を申し立て(applied for a judicial separation); 平凡p53: 離婚の手続き」、「論創p63: 法的保護(a judicial separation); 平凡p86: 離婚の手続き)」、「論創p284: 離婚を申し出る(could have applied for a separation); 平凡p344: 別居を願い出れば[ここは正解]) 当時の離婚要件は非常に限定されており、夫側は妻の不倫で申立可能だったが、妻側からは夫の不倫は理由にはならず、男女平等の観点から、1923年法改正でやっと夫の不倫が申立事由として認められた。今回の事例で離婚事由となりそうな「虐待」が申立可能となったのは更に遅く1937年改正時である。そのため英国では古くから「法的別離」(夫婦の同居義務を免除する)という代替手段が用意され、利用されている。
さて『エドウィン・ドルードの謎』との関連性については、本作はフリーマンが考えた『ドルード』完結篇、という説に全面的に賛成。他にもディケンズ関連が豊富に散りばめられているが、私はほとんどディケンズを読んでないので、見逃しもありそう。気づいたものはトリビアに採り上げました。
登場する地名は全部が実在のものなので、訳者あとがきで推奨されてる様に、Web上でRochester観光が楽しめる。原綴りが無いと検索しにくいが、かなり長くなるので、ここではカット。原文を参照願います。StroodからRochesterを経由してChathamまで歩いて50分の距離、この位置関係をまずは把握しておこう。城壁観光にはWebのロチェスター旧城壁地図(p56に記載)が非常に便利。
p9 ばち指(clubbed fingers)◆ (平凡p7: 棍棒型)
p9 巨大な洋ナシ(great William pear)◆ Williams pearは英国の言い方、米語ではbartlett pear、瓢箪型の西洋梨の代表種のようだ。日本では「バートレット」が定訳か。(平凡p7: 大きな梨)
p10 外套(a cloak)◆ ここは「マント」が好み。
p14 破損した錠前と折れ曲がったレンチ(disordered lock and loosened striking-box)◆ striking-boxはボルトの受け金具。試訳「ずれたボルトと外れそうな受け金具」 (平凡p15: [訳なし])
p16 [訳し漏れ](sat down before the gas fire)◆ 季節は秋か冬だろうか。(平凡p18: ストーブの前に腰をおろし)
p18 結局なんの結論も出せずに終わった(they led to nothing but an open verdict)◆ open verdictはインクエスト用語。現時点での証拠を検討しても、死亡に至る状況は不明、という評決。 (平凡p20: 別に何物を得られなかった)
p19 よくないことが起きる前は、前兆の影が差すものだ(Coming events cast their shadows before them)◆ 19世紀に流行っていた言い方。元ネタ不詳。
p20 一年以上経過(Rather more than a year had passed)
p22 船乗りの間で"グリーン・リヴァー"の呼称で知られる鞘付きナイフ(sheath-knife of the kind known to seamen as "Green River")◆ マサチューセッツ生まれのJohn Russellはナイフ製造業を1834年にGreenfieldで創業。1836年に工場をGreen Riverに移し、会社名をJ. Russell & Co. Green River Worksとした。ナイフの刃に会社名がしっかり刻まれている。knife green river traditionalで検索。5インチ刃が標準か。(平凡p26: 海員用の大きな短刀)
p23 建築・不動産鑑定業(Architects and Surveyors)◆ 建築関係の言葉らしい。本作の描写なら「不動産屋」で良いか。(平凡p27: 工務所)
p25 たぶんハビーです(Hubby, I ween)◆ Husbandか (平凡p30: 亭主の奴)
p25 ベロアの帽子(a velour hat)◆ (平凡p31: 天鵞絨の帽子)
p26 旧街道(old street)
p30 お洒落な若者(young “nut”)◆ 当時の新語? (平凡p38: 気取屋)
p30 どう見ても「風変わりな」具合に前髪を後ろに… (From his close-cropped head, with the fore-lock "smarmed" back in the correct "nuttish" fashion)◆ ファッション資料として、髪型描写を原文のみ抜粋 (平凡p38)
p32 メッサーズ・ジャップ氏とバンディ(Messrs. Japp and Bundy)◆ ケアレスミス。試訳「ジャップ&バンディ社」
p33 書類をひとまとめにして赤い平ひもで束ねると(Folding the documents and securing them in little bundles with red tape)◆ 「有名な」赤テープ が比喩(官僚仕事)ではなく、実際に出てきた。(平凡p43: 書類を纏めて、それを赤いテープで縛って)
p35 よく通る甲高い声(in the clear, high-pitched voice)◆ (平凡p45: ハッキリした癇高い声)
p37 一年少し前の真夜中(a little more than a year ago, about twelve o'clock at night)◆ ここでも戦前訳のほうが逐語訳(平凡p47: 一年計り前… 夜の十二時頃)
p38 もうすっかり知られてしまった(the cat is out of the bag)◆ 戦前訳が可愛い。(平凡p48: 猫は袋から出て仕舞った)
p39 夫は別居に同意せず(He wouldn't agree to the separation)◆ 戦前訳では省略
p40 船医(ship's surgeon)としてアフリカ西岸(West Coast… West Africa)◆ フリーマン(Gold CoastのAccra)もコナン・ドイル(捕鯨船 Hope of Peterhead)も船医の経験あり。(平凡p52: 阿弗利加の西海岸; 「船医」は省略)
p43 慈善家のリチャード・ワッツ(worthy Richard Watts)◆ ディケンズ他の短篇連作 "The Seven Poor Travellers"(1854)の元ネタ。コリンズ短篇集『夢の女・恐怖ベッド』(岩波)の「盗まれた手紙」(四番目の貧しい旅人の話)に詳しく書いたので参照願います。
p43 ただし悪党と弁護士は除く(must be neither rogues nor proctors)◆ proctorはp141を先取りせず、誰もが「何故そうなの?」と思う「弁護士; 代書人」と訳すべきところ。(平凡p58: 但し、乞食や浮浪人は除外する)
p45 売春宿(Turkish baths)◆ ああ、昔の日本同様、そういう意味もあったのか… 周りが嘲っているので確実にその意味をこめているはず。なお日本の性風俗店として「トルコ風呂」の名称を使った店がオープンしたのは1971年が最初らしいので、戦前訳(平凡p60: 土耳古風呂)は英語のイメージか(ただの直訳か)。
p51 馬車(a cab)◆ この時代ならタクシーの可能性が高い。(平凡p69: 馬車)第16章でtaxi-cab 又はcab(戦前訳「馬車」; 新訳「タクシー」)と書かれているのはdriver(戦前訳「御者」; 新訳「ドライバー」)が運転しているので間違いなく自動車である。(論創p255)
p51 十シリング(a ten shilling note)◆ 当時の10シリング紙幣は10 Shilling 3rd Series Treasury Issue(1918-10-22〜1933-08-01)、サイズ138x78mm、緑と茶。 (平凡p69: 五志の紙幣[ケアレスミス])
p54 サム・ウェラーのことばを借りると---"覗き見"(to use Sam Weller's expression—"a-twigging of me.") ◆ 元ネタ(ディケンズ "Pickwick Papers" 第20章 'They're a-twiggin' of you, Sir,' whispered Mr. Weller)は主人公を事務員たちが好奇心もあらわに上から「盗み見してる」場面で、本書の場合も「盗み見」が適切だろう。
p55 葬儀屋の女房みたいな人(Looks like an undertaker's widow)....ウィロー(柳)と韻を踏んでる(Rhymes with willow)◆ 原文では名前Gillowを揶揄っている。widowも仲間に入れてあげて。(平凡p73: 葬具屋の後家さんみたいな人… 陰気な名前)
p55 おお、我が帽子の周りを取り囲む緑色の--(Oh, all round my hat I'll wear the green—)◆ willowと続く。愛した女を失った悲しみで緑色の柳を喪章としてつける、という歌。メロディに乗せて歌えるように「ぼ〜しには、つけるよ緑…」はいかが?英国19世紀の俗謡 “All Around My Hat”(Roud 567&22518, Laws P31)英Wikiに項目あり。(論創p55: 平凡p73: あはれ、わが/帽子のまはりに/われは付けむ/緑の…)
p55 おお、良き知らせをシオンに伝える者よ(O! Thou that tellest good tidings to Zion!)◆ ヘンデル『メサイア』第9曲の冒頭、元はIsaiah 40:9(KJV) O Zion, that bringest good tidingsから。メロディに乗せて歌えるように「良き知〜らせを伝えよ、シオンに」でどうでしょう?「に」がちょっと苦しい。(平凡p74: シオンの御山へ、よきおとづれを告げたまえる主よ)
p56 彼はいいやつ〜だ(For-hor he's a jolly good fell—)◆ メロディに乗せて歌えるように「彼はとてもいい奴…」にしたいなあ。(平凡p75: フォア、ヒーズ、ジョリー、グッド、フェロー)
p56 城壁(the remains of the city wall)◆ WebサイトCastellogyに"Rochester city walls"という記事があり、ロチェスター市の城壁の地図があった。(平凡p77: 此の町に残っている城壁)
p57 ステイプル・イン(Staple Inn)◆ (平凡p77: ステープル・インと云う田舎の宿屋に) 戦前訳は誤解している。ここはロンドンにある元法学院宿舎だが、のちに一般のアパートに転用された。『ドルード』第11章からグルージャス氏の住処として登場する。
p57 ジャップは... 鍵を引き抜き(he drew out the key)◆ ケアレスミス。ここは「バンディ」
p59 雇用の創出(create employment)◆ 第一次対戦後の不況で、失業対策事業が流行っていたのだろう。トミー&タペンスも戦後は貧乏に苦しんでいた。英国社会が社会主義的な福祉国家の政策を次々と実現したのもここら辺の時期からである。(平凡p80: 仕事の口を作るため)
p59 生石灰(quicklime)◆ この資材は『ドルード』第12章に出てくる。そこでもブーツに言及。
p62 亡きベイツ夫人と比べなければ(without competing with the late Mrs. Bates)◆ 背の高い女の話題なのでAnna Haining Bates (旧姓 Swan; 1846-1888)だろう。カナダ生まれ(スコットランド系)で身長2.41m、史上稀な大女。サーカス在籍中のハリファックス興行の時、Martin Van Buren Bates("Kentucky Giant", 1837-1919, こちらは2.36m)と知り合い、超ビッグカップルの結婚は1871年ロンドンで行われ、非常に話題となった。戦前訳も新訳も誰だかわかってない。(平凡p84: 故人になった女優のベーツ夫人に比べても遜色の無い方でせう; 「女優」は多分当てずっぽう) 試訳「大女の故ベイツ夫人と比べたらとても敵いませんけど」
p64 ロチェスター大聖堂(Rochester Cathedral)◆ 11〜13世紀に建てられた壮麗な大聖堂。 (平凡p87: ローチェスタア寺院) 『ドルード』のクロイスタラム大聖堂のモデル。
p67 ジャスペリン水門小屋のそばに悪くないティーハウスが(very comfortable teashop close to the Jasperian gate-house)◆ (平凡p89: 附近の喫茶店)この門付家屋は15世紀初頭の建築で、『ドルード』でジャスパーが住んでいた門番小屋のモデル。それにちなんで現実世界でも「ジャスパーの門番小屋」と呼ばれるようになった。Webに"Jasper's Gatehouse, Rochester, Kent"(1911) by Ernest William Haslehust (1866-1949)という絵画あり。『ドルード』を読んでたらJasperian gate-houseで気づくはずだが…
p67 表向きは医師として働いている(Nominally... I am engaged in medical practice)◆ (平凡p90: 医院の権利を買った)
p69 橋を渡り、ストラッド駅へ向かった。駅の中央改札で(over the bridge to Strood Station, at the main entrance)◆ 英国や欧州の駅には、出入口はあるが「改札口」はないはず。
p70 盗賊の洞窟にこっそり隠れて暮らすチャーリー王子(Prince Charlie, lying perdu in the robbers' cavern)◆ Charles Edward Stuart(1720-1788)のことだろう。Battle of Culloden(1746)に負け、スコットランド北部を逃げ回ったときにBorrodale beachの洞窟に隠れたという伝説あり。もしかして作者は意図的にこの人物に言及してるのか?
p72 サム・ウェラー言うところの"修道院の附属物"(Sam Weller would call a 'priory attachment')◆ ディケンズ "Pickwick Papers" 第39章 ウェラーは"prior attachment"(先に惚れる)を"priory 'tachment"と言い間違えている。「訳注: 内緒の恋人」はちょっとずれてるかも。試訳「イロの目遣い」「流しの目を送る」
p78 ギャズヒル(Gad's Hill)◆ (平凡p98: ガッド丘) この散歩は歩いて一時間ほど。Gad's Hillはディケンズが1856-1870に住んでいたGad's Hill Placeだろう。'Gad's Hill' The Residence of Mr Charles Dickens 1870で検索。
p79 通りの向かいにある穀物取引所の建物から吊り下がる、寝床用あんかのような形の巨大な時計(at the great clock that hangs out across the street from the Corn Exchange, like a sort of horological warming-pan) ◆ (平凡p99: 青物市場の大時計; 戦前訳は大幅に描写を省略) この時計はWiki "Corn Exchange, Rochester"に項目あり。ディケンズは「世界最高の時計」と評している。
p82 十シリングの懸賞金 (ten shillings reward)◆ 紛失物に提供 (平凡p102: 十志の賞金)
p83 探偵きどり(sleuth-hound)◆ (平凡p105: 探偵犬)
p85 金魚を出す手品(the gold fish trick)◆ WebサイトMagicpediaに項目あり。Professor Mingusが1893年に創作し、ロンドンで活躍していたChung Ling Sooも演じていたが、トリックをバラしたようだ。(平凡p107: 金魚の手品)
p86 賞金額が多すぎるんじゃないかな。支払い可能な額か、確認しなくちゃ (Japp writes a shocking fist. I must see if it is possible to make it out)◆ ここは戦前訳が正しい。(平凡p109: ヂャップの文字は読みにくいんですからね。どんな風に書いたかしら)
p90: パートリッジ医師のラベル(Dr. Partridge's labels)◆ 原文には何の説明もないが、引き継ぎ後、間がないので、前任者が残してあったラベルを貼ったのだろう。(平凡p114: パアトリッチ医師のレッテル)
p91 新聞(Sunday paper)… 四月末日(at the end of April)◆ p111で判明するが、この日は27日であり、末日ではない。(平凡p115: 今朝の新聞... 四月末)
p92 玄関が施錠されていない(I found the door unbolted and unchained)◆ ボルトとチェーンを省略 (平凡p117: 閂が懸かって居り; 戦前訳はケアレスミス)
p93: 時間が遅すぎます。いくら土曜の夜とはいえ(but it was rather late, though it was Saturday night) ◆ 日曜日は店が閉まるので、多少夜遅くても買い物に行く可能性はあるが… というニュアンスかな?(平凡p117: 時刻は遅うございましたけれど、土曜日でしたから)
p97 ジャップは態度をがらりと変えて言った(he replied, with a sudden change of manner)◆ ケアレスミス。ここは明白に「バンディ」
p99 病院(the hospital)◆ St Bartholomew's Hospital, Rochester、英Wikiに項目あり。
p99 軍事病院(military hospital)◆ Fort Pitt Hospital, Rochester、第一次大戦の負傷者用に拡大されたが1922年閉鎖。英Wiki "Fort Pitt, Kent"に解説あり。(平凡p126: 衛戍病院)
p101 第一便の配送物(by the early post)
p104 デルモニコ・レストラン(Delmonico's)◆ ニューヨークのレストラン(1827-1923)が英国でも知られていたようだ。(平凡p130: [訳なし])
p106 判決が下される(the verdict agreed upon)◆ 試訳「評議が一致した」 (平凡p132: 裁判の終わった)
p107 『荒涼館』に出てくるクルック氏の悲劇的末路(the tragic end of Mr. Krook in 'Bleak House,')◆ 詳細未調査
p110 警察署(the police-station)
p111 四月二十六日(Saturday, 26th April)◆ 新訳は「土曜日」抜け。(平凡p139: 四月二十六日、土曜日)
p111 [人相書] Age 28, height 5 ft. 7 in., complexion medium, hazel eyes, abundant dark brown hair, strongly marked black eyebrow◆ 年齢、身長、肌の色、瞳、髪、眉の順 (平凡p139)
p116 紅色の用紙(sermon paper)◆ is actually Foolscap Quarto, nominally 8 x 6 1/2 inches (but there were slight variations between batches). The paper was sold 'ruled feint', i.e. lined with the thinnest line a nib could produce.(ブログWarmwoodianaのAngelina Froodのページから) 薄いピンクの紙に薄いラインが引かれてるのが鮭肉っぽい?
p125 半クラウン(half-a-crown)◆ (平凡p157: 半クラウンの銀貨) ここら辺、戦前訳は丁寧。p51も「紙幣」と訳している。
p131 死体の発見には二ポンドの賞金が(there is a reward of two pounds for the body)◆ (平凡p164: 屍体には二磅の賞金が)
p140 市庁舎(ギルドホール)(Guildhall)◆ 1697建造。英Wiki "Rochester Guildhall" 参照。(平凡p175: ギルド・ホール)
p141 穀物取引所(the Corn Exchange)◆ 前出。(平凡p176: コーン・エキスチェンヂ座) 19世紀末にはコンサート・ホールとして使われ、1910年にロチェスター初の映画館(The Old Corn Exchange Picture Palace)に改装、1920年代まで使われた。休館後、名称がThe Corn Exchangeに戻り、結婚式場、パーティ会場、音楽やビジネスイベントの会場として使われている。当時の実態を考えると、戦前訳が正しい。
p141 映画館なんぞに(to be turned into a picture theatre)◆ 当時はまだサイレント映画の時代。 (平凡p176: 活動写真の小舎に)
p141 プロクター(弁護士) Proctor◆ cadger or swindlerの意味らしい
p149 クモ(mosquito)◆ 「蚊」だよねえ。他にも出てくるが翻訳では全部「クモ」になっている。
p152 がっちりと腕を組んで(hooking my arm through his)◆ ヴィクトリア時代の風習が残っている。p158も同様。
p156 ポプラー遺体安置所(Poplar Mortuary)◆ ロンドンのPoplar Public Mortuary(127 Poplar High Street London E14 0AE)のことだろう。地図を見ると、検死審問廷に併設されているようだ。
p158 私の脇から腕を差し入れ、私の腕にそっと手を添えた(slipped his arm through mine, and pressing it gently with his hand)
p173 五月二十五日月曜日(On Monday, the 25th of May)◆ 直近は1914年
p174 六月二十日土曜日(On Saturday, the 20th of June)◆ 直近は1914年
p175 有罪判決を勝ち取りたい。それなのに、今もって、検視審問に差し出す遺体すらないとは(I want to get a conviction, and so far I haven't got the material for a coroner's verdict)
p175 七月初めの土曜日の午後(one Saturday afternoon at the beginning of July)
p176 ベルティヨン式人体測定法(Bertillon measurements)◆ 原文はif we had them(もしその人の身体データがあれば)と続くが、相応する訳文なし。続く原文ではソーンダイクは別の科学的方法を言っているのだが、訳文ではベルティヨン式のこと、として繋げてしまっていてヘンテコになっている。
p178 テニス(playing tennis)◆ 流行
p185 イエール錠がかけてある不審さ(oddly enough, provided with a Yale lock)◆ 簡易錠前で充分だろうに、なぜ戸棚に高価なイエール錠が?という当然の疑問。
p185 ゴミ収集人は、勝手口から出入りしていると思う(the dustman must have used the side door)◆ 家人がゴミ箱(dust-bin)を抱えて階段を上がって、玄関脇に置くはずがない、とソーンダイクは言う。ゴミ収集人が個々の家屋内のゴミ箱を勝手に持っていく仕組みなのか。Webサイト “Consumption, Everyday Life & Sustainability” に Bins and the history of waste relationsというページがあり、ゴミ収集人が家屋内から歩道までdust binを運び、収集車に中身を出してからdust binを家庭内に戻す、という仕組みだったようだ。dust binとは大型の「ごみ収集容器」なのだろう。カナダのバンクーバーに住んでた知人は、裏通りには各家屋のゴミ収集容器が並んで置かれて、ゴミ収集車が収集日に裏通りを回り、各家屋のゴミを持って行く仕組みだ、と話していた。
p185 科って口のドアを開け--そこにもイエール錠が下りていた(opened the side-door--which had a Yale night-latch)◆ 冒頭のは 「勝手口」の誤植。ナイト・ラッチのイエール錠ヴァージョンは初めて見た。ナイト・ラッチの利点は、内側から鍵を使わず簡単に施錠出来ることである。
p186 質問というものは、往々にして情報を引き出すより、与えてしまうものです(A question often gives more information than it elicits◆ ソーンダイク名言集
p186 色彩調整(a colour control)◆ 試訳「色の比較」
p186 女性の多くは、抜け毛を入れる袋を持っている(Many ladies keep a combing-bag) ◆ 何だろう? ググっても出てこない。続く文はXXX's hair was luxuriant enough to render that economy unnecessary.
p188 気づく(aware)
p192 ルムティフー司教と同名(I am called Peter—like the Bishop of Rumtifoo)◆
from The Bab Ballads by W.S.Gilbert "The Bishop of Rum-ti-Foo" (Fun n.s. VI - 16th Nov. 1867)
p201 ロチェスター、ハイ・ストリート(High-street, Rochester)◆ ジャップ&バンディ商会の住所
p214 裁判官が専門家の参考人を毛嫌いする(why judges are so down on expert witnesses)
p214 バンズビー船長(Captain Bunsby)◆ ディケンズ Dombey and Son(1848) Chapter 23
p224 聖火ランナー(a sporting lamp-lighter)◆ 試訳 「元気な(街灯の)点灯夫」
p232 詳細な身元確認は検死官の仕事だ(Detailed identification is a matter for the coroner)◆ p249&p259参照
p237 召喚状(your summons)… 青色の紙(the little blue paper)◆ インクエストの。
p238 単なる"死体の発見"、つまり"溺死体の発見"でしかないのです(it would have been merely a case of 'found dead,' or 'found drowned.')◆ いずれもインクエストの評決に使われる決まり文句。試訳「[インクエストの評決は]"死んだ"又は"溺死した"ということにしかなりません」 証拠不十分なので殺人とは認められませんよ、というニュアンス。(平凡p287: それは単なる溺死と云ふことになります)
p238 故意による殺人だと断定されるでしょう---警察は検死官の判断に依存してはおりません(There is sure to be a verdict of wilful murder—not that the police are dependent on the coroner's verdict)◆ インクエストの評決が「故意の殺人になるはずです---[もしそういう評決が出なくても]もちろん警察はインクエストの評決とは無関係に動くんですけどね」というニュアンス。 (平凡p287: 検屍官の判決を待つまでもなく、謀殺犯に違いありませんね)
p239 二日(two whole nights)◆ 「夜」が抜けてる。昼は無理だった。(平凡p288: 二晩続けて)
p241 公式な検死審問(the formal inquiry)◆ 試訳「公式の査問会」
p242 市庁舎(the Guildhall)◆ (平凡p291: 裁判所)
p242 霊安室(the mortuary)◆ あらかじめ市庁舎に常設しているとは思えないので、会議室を転用しているのだろう。「遺体安置所」でどう? インクエストのview the bodyのために用意されている。
p245 ホィットスタブルの牡蠣なみに口が固い(about as communicative as a Whitstable native)◆ (平凡p294: 自分の考えを容易に云わない)
p246 陪審員が遺体検分から戻ってきました(the jury have come back from viewing the body)◆ 1926年の改正までview the bodyはインクエストの陪審員にとって必須の行為。(平凡p295: 陪審官達が検屍から帰って来た)
p247 [証人の証言が終わるごとに、検死官が陪審員に質問の機会を与えている]
p249 証言を吟味して故人の身元を推定するのは、陪審に任せられています(Inferences as to the identity of deceased, drawn from the evidence, are for the jury)◆ p259のようなことも多かったのだろう。
p255 閉廷する(complete the inquiry)◆ 主動詞hoped toなので「審問を終えたい」が正解。
p255 タクシー(taxi-cab)... ドライバー(driver)
p259 むろん、身元を確認するための、費用と手間のかかる手続きは省かれました(but of course, no expensive and troublesome measures were taken to trace his identity)
p259 オーク材の階段を二段上がって(up a couple of flights of oaken stairs)◆ flightは踊り場までの階段のひと繋がり。試訳「階段を二回上がって」
p270 検死審問では認められています。そこまで厳格な規則に縛られていないのです(It is admissible in a coroner's court... We are not bound as rigidly by the rules of evidence as a criminal court, for instance)◆ 新訳は 「刑事裁判と比較して」が抜けている。(平凡p325: 此処は検屍法廷ですから採り上げても差支はありません。刑事法廷の様に規則に拘泥する必要はないでせう)
p272 発見された遺体が消失した(The destruction of this particular body)◆ 誤解されそうな表現。試訳「この遺体については骨以外がすっかり分解している」 (平凡p327: あの死骸が腐食した)
p273 親展(Esq.)
p282 この質問に答える義務はありません(you are not bound to answer that question)◆ 当然の注意。自分の罪を認める証言は拒否できる。
p282 四ポンド十四シリング十三ペンス(four pounds, fourteen and threepence)◆ ケアレスミス。次の頁では正しく訳している。
p287 縁起良く、人数が偶数になった(the advantage of even numbers)◆ 昼食の出席者が偶数になって、この感想。"odd numbers were carefully avoided, particularly at wedding feasts and funerals" (The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Ireland 2003)でも、この場面とはちょっと違う。Webでも見つけられず、良く知られた迷信ではなさそう。
p289 居間を作らなかった(dispensed with a drawing-room)◆ drawing roomは居間じゃないと思うけど… 私の印象では「食事が終わって男たちがタバコを吸う時に、女性たちが引っ込み(drawing)おしゃべりする部屋」。試訳「女性向けの客間(ドローイング・ルーム)」
p293 上流階級の女性(A woman of good social position)◆ upper-classと誤解されるので、適切ではない。goodは「並み」だろう。試訳「普通の社会生活を送っていた女性」
p295 わなを仕込む(plant)
p297 カモ(chosen victim)
p302 男女間の平等(The equality of the sexes)◆ ちょうど英国ではThe Sex Disqualification (Removal) Act 1919が成立した時期である。
p303 産毛(the lanugo)
p309 まるで、どの容器に豆が入っているか当てさせるゲームを、透明な容器でやっていたような気分(I feel as if I had been doing the thimble and pea trick with glass thimbles)◆ 街頭で小銭を掠める賭博ネタ。英Wiki "Shell game" (英和辞書では「豆隠しゲーム」) shellはクルミの殻が普通。英国ではthimble(小さなカップ状の指貫)が多い印象あり。透明な容器ならタネがバレバレだ。このイカサマをカードでやるのがスリー・カード・モンテ(私も昔、練習しました。カードを折るのが嫌なんだけど…)。
p313 日時計(the dial)◆ 『ドルード』第19章に怖い場面があるよ。作者は連想しているはず。

No.1 5点 nukkam 2016/12/11 02:07
(ネタバレなしです) 1924年発表のソーンダイク博士シリーズ第7作の本格派推理小説です。失踪事件という短編ネタといってもいいのではという謎で(しかもフリーマンらしく飾り気のない文体で)長々と地道に引っ張ります。しかし多くの読者から批判されかねないこの大胆な真相を納得させるにはある程度の長さは必要だったのかもしれません。この仕掛けには無理があるのではとの疑惑が拭えない読者にソーンダイクが法医学者ならではの推理説明を最終章でしてくれます。とはいえこれからミステリーを読もうとする読者には(風変わり過ぎて)勧めにくいのであまり高得点は与えにくいですが。


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