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[ クライム/倒叙 ]
偽装を嫌った男
ソーンダイク博士 別題「狼の影: すべては一発の銃弾から」
R・オースティン・フリーマン 出版月: 2020年04月 平均: 5.50点 書評数: 2件

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美藤志州
2020年04月

星雲社
2026年04月

No.2 5点 nukkam 2026/05/07 04:02
(ネタバレなしです) 犯人の正体をあらかじめオープンにする倒叙本格派推理小説の創設者として有名なフリーマンですがその種の作品は案外と多くなく、長編2作と短編6作しかありません。1925年発表のソーンダイク博士シリーズ第8作の本書はその希少な長編の1つです。これが倒叙本格派の原典であり、後発のF・W・クロフツやヘンリー・ウエイドがどのような新趣向の倒叙本格派を書いたのかを比較してみるのも面白いかもしれません。一方で第8章でソーンダイク博士が何を考えているかを読者に対してオープンに描写しているところはフリーマンがクロフツの影響を受けているのかもしれません。登場人物たちがソーンダイク博士について「彼は法律家なのか、医師なのか、科学に携わる人なのかはっきりわからなかったのです」「彼はその三つを兼ねている」と会話していますが、殺された被害者が失踪中のように見せかける犯人の細工をかなり早い段階でソーンダイク博士は見抜くのですけど科学的には解決されても法律的には解決されていないと結着するまでに慎重な姿勢が続きます。そこが冗長に感じる読者もいるかもしれません。

No.1 6点 弾十六 2025/03/14 05:55
仕方ないから「狼の影: すべては一発の銃弾から」も登録したが、久々に見た1ページに1個以上のヘンテコ訳がある物件。怖いもの見たさの人以外は「偽装を嫌った男」を選んでくださいね。安いし。
以下は「偽装を嫌った男」の感想文です。
1925年出版。原題 “The Shadow of the Wolf” (『狼の影』という素敵なタイトルを、なぜヘンテコな訳題にしちゃうんだろう?) 中篇The Dead Hand(Pearson's Magazine 1911-10&-11)の長篇化。Kindle版は私家版であるが、翻訳は直訳調だが、読みやすい。夫の手紙(第12章)をもっと乱暴な文体にすべき、と思った以外、大きな不満は無い。
訳者あとがきで言及している、原文の変な点って、二十ポンドと五ポンドの齟齬だろう。第1章では「二十ポンド」と書かれているのに、第8章では同じものが「五ポンド」とあり、第7章&第8章で五ポンド紙幣のサイズとして記載された数値(eight inches and three-eighths long by five inches and five thirty-seconds wide, =213x134mm)は、二十ポンド紙幣のもの(8 1/4" x 5 1/4", =211x133mm)なのだ。実際の五ポンド紙幣は一回り小さい7 11/16" x 4 11/16", =195x120mmである(数値はいずれもBank of Englandより。ものによって若干違う場合もあるらしい)。中篇では二十ポンドだったものを、一旦はそのまま長篇化したけれど、後で状況を考えると五ポンドのほうがあり得るなあ(なにせ危険が高まっているのだ)と修正したが、第1章の「二十ポンド」と第7章&第8章のサイズを直し忘れた、という事だと思う。
本作にもフリーマンの社会改良の視点があり、今回は離婚問題である。だが、ちょっと間違っている。作中現在は1911年だが、この年だと妻からの離婚申立は、夫の不倫だけでは認められず、本件のケースなら、夫の不倫に加えて二年以上の遺棄がなければ申立理由とはならない。本書の状況は遺棄が数か月程度なので、今回、離婚申請が認められる可能性があるように書かれているのはおかしい。しかし1923年の離婚法改正で夫の不倫だけでも訴えは可能となったため、出版時なら離婚が認められる可能性はある。なので事件を1911年に設定していたはずなのに、作者がうっかり出版時の状況を読み込んでしまったのだろう。離婚が申立可能な状況設定は、長篇のテーマのキモの一つなので、長篇化を行ったのは1923年以降の可能性が高いと推測できる。
肝心の本書の内容は、中篇を引き延ばしたので、ちょっと軋みを感じるところがあるが、情感のある小説に仕上がっている。ミステリ的には小ネタな作品。妻が夫を冷静にディスるところが面白かった。
トリビアはのちほど。
(2026-4-21追記)
冒頭で非難したので、一例だけ。

某訳書p125「ひょっとして、あなたは私に会いにこないつもりですか?」警視が挨拶を交わしたとき、ソーンダイク博士が尋ねた。
「ええ、会いにいかないつもりでした」とミラー警視が答えた。「ですが、ちょっと挨拶するだけ立ち寄ろうと、半分訪ねる気持ちになっていました。クリフォーズ・インへ向かう途中、そこで起こっていたかなり奇妙な出来事を発見したものですから」
警視の経験から、かつら作りの職人がどのようにかつらを仕上げるかを勉強するほうがましだと思ったが、ここでミラー警視は用心深い目をソーンダイク博士に向けて、間を置いた。

“You were not coming to see me, by any chance?” Thorndyke asked when the preliminary greetings had been exchanged.
“No,” replied Miller, “though I had half a mind to look in on you, just to pass the time of day. I am on my way to Clifford’s Inn to look into a rather queer discovery that has been made there.”
Here the Superintendent paused with an attentive eye on Thorndyke’s face, though experience should have told him that he might as well study the expression of a wig-maker’s block.

【チャッピー】「ひょっとして、私に会いに来たわけではないのですかな?」と、ひと通りの挨拶が済むと、ソーンダイクがたずねた。
「いや」とミラーが答えた。「もっとも、時間つぶしにちょっと顔を出して、世間話でもしていこうかという気は半分あったがね。これからクリフォード・インへ行くところなんだ。あそこで、ちょっと妙な発見があってね、それを調べに行くんだよ。」
ここで警視は言葉を切り、ソーンダイクの顔を注意深くうかがった。もっとも、これまでの経験からすれば、その表情を読み取ろうとするのは、かつら職人の木製の頭型でも眺めるのと同じくらい無駄だと、わかっていてもよさそうなものだったが。

『偽装を嫌った男』p116「ひょっとして、私に会いに来たのではないでしょうね?」前置きの挨拶が終わって、ソーンダイクがきいた。
「いいえ」ミラーが言った。「時間を潰すために、ドクターを訪ねてみようかなという気持ちが半分はあったのですが、ね。クリフォード・インで、ちょっと変なものが見つかったので、見に行く途中なのです」
ここで、警視は注意深い目でソーンダイクを見て、ちょっと思案したが、経験から、出来上がった鬘をのせるマネキンの表情を見ることになるかもしれないと分かっているべきであった。

ミラーのnoは、某訳書「ええ」が日本語としては自然。チャッピーは、こういうのは自動的に「いいえ」にしちゃう。
だが、某訳書はthe preliminary greetings、experience should have told him、he might as well study the expression of a wig-maker’s blockがヘンテコになっている。You were not coming to see meも、ぎこちない。
某訳書はどこをとってもこんな感じ。

『偽装を嫌った男』の方は「出来上がった鬘をのせるマネキンの表情を見る」意味はわかるけど、スッと入って来ない。チャッピーの丁寧な補いが欲しいところ。
試訳「カツラ職人のマネキンから表情を読み取ろうと苦労する」


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