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[ 本格/新本格 ]
死者と栄光への挽歌
結城昌治 出版月: 1980年03月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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文藝春秋
1980年03月

文藝春秋
1982年11月

No.2 6点 人並由真 2020/12/07 15:26
(ネタバレなし)
 1980年前後のある年。4月の下旬。若い妻タキ江と別れて、現在は82歳の祖母トヨと二人で暮らす36歳の売れない画家、菊池睦男。彼はその日、34年前に南方の島ポロホロ島で戦死したはずの父が、実は戦後ずっと別名で都内で生きていて、つい先日、交通事故で死んだ、との知らせを受ける。事故死者が父親と確定されれば複数の保険が降りて、睦男のもとには1億円が支払われると聞き、突然の事態に驚く睦男。死者の本名らしい名前は睦夫の父のものと微妙に違っていたが、それは大戦前後の混乱のなかでの記録の誤りと片づけられそうだった。しかし得心の行かない睦男は、自分から死者の周辺を調べ始める。

「オール読物」1979年8~10月号に連載後、大幅に手を加えてから刊行された長編作品。
 元版ハードカバーの初版が長らく書庫に眠っていたので、少し前に引っ張り出してきて昨夜、読んだ。
 
 恥ずかしながら、作者の名高い<戦争もの>路線は、たしかこれが初読。
 さらに元版の刊行から40年も経って読むのでは、作者が受け手に期待する時代や世相的な距離感も見えにくくなってしまっているのではないかとも危ぶむ。が、そのあたりは<歳月を経ても風化させてはいけない性格の主題>として、なるべく素直に付き合わせていただくつもりで読んだ。

 kanamoriさんの要点を押さえたレビューの通り、複数の大きな謎「本当に父なのか」「当人ならなぜ身元を隠し、なぜ実家に戻らなかったのか」「その背景となる戦時中に何があったのか」が柱となる作品。これにさらに中盤以降、リアルタイムで物語に動きがある。

 一段組で活字はやや大きめ、ページ数も300ページ足らずといささか短めの長編。全体的な印象としてはその紙幅に見合った食い足りなさと、逆に一方で凝縮された密度感の双方を感じだ。特に後者に関しては、最後の数十ページのコンデンスされた謎解きの迫力がすごい。
 
 ただし一方で、21世紀の今、戦後生まれの自分がこんなことを言うのは誠に不遜なのだが、戦争(中略)の真実が(中略)だった感触はある。いやもちろん、真摯に考えるべき作中の状況で、人間の(中略)といったテーマだが。
 さらに主人公の睦男は、戦時中は母の体内にいた~嬰児で、ほぼ戦後の第一世代。十分に戦禍の影の出生ながら、実人生としては完全に戦後世界のなかで生きてきた人間である。この物語の核となる戦争の秘話に肉薄し、理性と感情を揺さぶられながら、どこか主題に対してバイスタンダーなキャラクターに描かれているようなのは、1980年の時点ですでに作者が<その辺の世代と戦争との距離感>を冷静に捉えているからだろうか。

 あとよく組み立てられたパズラー要素の反面、物語の大小の枠組みなどからして、昭和のミステリ、小説なら、こういうパターンのときにはこうなるだろうなあ、という先読みが成立してしまう作劇の弱さもいくつか感じた。その辺はこの作品のウィークポイントかもしれない。ここではあまり詳しくは言えないけれど。

 主人公の周辺の人間関係の推移を語って、妙な余韻を感じさせて終わるクロージングは良かった。若いうちに読んでいたら、もっと心に染みていたかもしれない終わり方。

No.1 6点 kanamori 2016/05/24 22:28
売れない画家の菊池睦男のもとに、34年前に南方の島で戦死したはずの父親が、一週間前に交通事故死したという知らせが入る。事故死した男は「菊地一郎」名義の古い診断書を持っていたが名前が微妙に違う。釈然としない睦男は男の正体を調べ始めたところ、当時を知る父親の戦友の一人が不審死する-------。

太平洋戦争の実態(とりわけ軍隊と戦犯)を主題にした作者の作品では、直木賞を受賞した「軍旗はためく下に」とか「虫たちの墓」という非ミステリ小説がありますが、本書は同じテーマを内包しつつ、”菊地一郎と名乗る人物はだれか”、”父親だとしたら、なぜ身元を隠していたのか”という謎を中核に置いた本格推理小説として成立しています。
主人公の睦男が、戦友会のメンバーを一人一人訪ねて回る”巡礼スタイル”は「軍旗はためく下に」と共通する構成ですが、同時に私立探偵小説を思わせるところがあり、途中から主人公がシリーズ探偵の真木に見えてきましたw  また、証言の中の矛盾点に着目し、些細な手掛りから一気に真相に至る28章の謎解きは、初期の本格モノ並みに読ませます。
主人公と別れた妻をはじめとした周りの人物との会話に軽妙なところがあり、シリアスで重いテーマのわりには読後感は意外と悪くないです。


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