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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:242件

プロフィール| 書評

No.142 6点 仄暗い水の底から
鈴木光司
(2023/01/15 23:01登録)
東京ベイエリアで発生する七つの怪しい出来事を連作風につなぎあわせた短編集。
幸田露伴の名作「幻談」を彷彿させる土左衛門ホラー「夢の島クルーズ」などのオーソドックスな怪談から、洞窟に閉じ込められた男の恐怖と決断、父子の絆を感動的に描いた「海に沈む森」まで、多彩な作品を収める。
水にまつわる生理的恐怖をそそり立てるという点では、巻頭の少女怪談「浮遊する水」が随一だろう。
総体的には完成度は高いが、もう一押しすればもっと凄味のある話になったのに、と感じる作品が散見されるのは残念なところだ。


No.141 7点 誘拐者
折原一
(2023/01/15 22:54登録)
様々な夫婦関係が錯綜している。一人の男に妻と内縁の妻がおり、その内縁の妻が失踪した後で別の内縁の妻が出来て、しかもそのうちの一人には離婚歴があるから、当然「前夫」なるものが存在する。夫婦関係の重複は複雑で、「夫」とか「妻」という表現では、いったい誰を指すのか曖昧になる。そして玉突き事故のように起きた二つの新生児誘拐に続いて、似通った名前の子供たちを巡る誘拐事件が描かれる。夫婦関係、親子関係、犯人、被害者関係などなど、「関係の相似性」は見事な計算の上に錯綜してゆく。
複雑すぎて理解に苦労する。それほどに作者の策略は手が込んでいる。叙述トリックを背景に、被害者・加害者の逆転というモチーフが潜在しているために、真相のインパクトが大きい。


No.140 6点 ドラゴンスリーパー
長崎尚志
(2023/01/03 22:21登録)
主人公は神奈川県警の元刑事・久井重吾と若い刑事・中戸川俊介。久井は「パイルドライバー」の異名がある。取り調べが脳天に杭を突きさすように鋭いからだ。県警の依頼で、退職後も捜査にかかわっている。相棒の中戸川は今どきの若者で、自らの刑事としての適性に疑問を感じている。
物語は、久井の元上司が残酷な手口で殺されるところから始まる。未解決となっている十数年前の少女殺しと手口が似ていた。二つの事件を繋ぐ糸は何か。中国を闇で操る秘密結社の存在が浮上し、県警の公安部門も不可解な動きを見せるなど、どんでん返しの連続。
事件解決後のラストシーンは映画のような余韻が残る。


No.139 7点 死の泉
皆川博子
(2023/01/03 22:14登録)
西欧的な高貴と野蛮の相貌を備えた倒錯的存在と、同じく西欧的な高貴と野蛮の産物であるナチス優生学の悪夢と結びつけるという卓抜な着想から生み出された特異な長編ロマンである。
複雑に絡み合う愛欲恩讐の因縁の糸で、織りなされる運命悲劇である本書には、ミステリやサスペンスよりもむしろ、古色蒼然たるゴシックロマンスという呼び名こそがふさわしかろう。とりわけ作中人物が次々に甘美なる死の暗冥へと退場してゆく最終章には、悪意と惑乱のストーリーテラーたる作者の面目が、まばゆいほどに躍如としている。


No.138 5点 夏の夜会
西澤保彦
(2022/12/18 23:03登録)
出発点の設定だけで取り上げるならば、かなり現実離れしているように映る。三十年ものあいだ、被害者が誰であるかという重大な情報を間違って覚えてたままでいるなどということが普通あり得るだろうかと。
冒頭に「記憶」と「創造」についての考察が記されているのも、作者お馴染みの作品世界内におけるルールの提示かと思わせる。
あり得ないような設定からスタートしつつ、読者を謎解きの人工世界から現実へとさりげなく突き放してみせるような空恐ろしいミステリ。


No.137 6点 それ以上でも、それ以下でもない
折輝真透
(2022/12/18 22:55登録)
一九四四年、ナチス占領下のフランス。田舎町の神父であるステファンは、村が混乱し陥れることを恐れて、モーリスというレジスタンスの男が殺害された事件を隠蔽してしまう。更に、モーリスの身代わりとして別の男を匿うことになったが。
ミステリとしての構成は比較的シンプル。物語の軸は誰にも打ち明けられない秘密を抱え込み、しかも良かれと思ってしたことが生んだ悲惨な結果を見届けなければならない神父の苦悩。ナチスに虐げられていた人々が、いざ戦争に勝つや今度は自分たちがナチス協力者に残酷な仕打ちをするなど、人間のどうしようもなさを描きつつ、登場人物たちの行為を善悪で裁かるか読者に静かに問いかける小説となっている。


No.136 6点 竹千代を盗め
岩井三四二
(2022/12/08 22:21登録)
松平元康(後の徳川家康)の重臣・酒井雅楽頭に駿府で人質になっている元康の妻子を奪還することを依頼された甲賀忍者の伴与七郎の活躍を描いている。与七郎は忍者だが、危険な任務なのに雅楽頭に請負い代金を値切られたり、わがままな部下に振り回されたりするので、現代の中小企業の経営者と変わらない。弱小の傭兵集団だった忍者の実態をユーモラスに描いているが、小大名にとっては決して安くない代金を払ってまで妻子を奪還しようとした元康の動機が明かされる後半は、どんでん返しになっており、衝撃も大きい。


No.135 7点 暗色コメディ
連城三紀彦
(2022/12/08 22:09登録)
冒頭から連続して描かれる四つの奇妙な事件。カットバックで描かれた四つの事件はいずれも幻想的で薄気味悪いが、とりわけ葬儀屋の主人が気の抜けた声で言った言葉は、最高に滑稽でグロテスク。
こんな突拍子もない謎の数々に、作者は本当に論理的な答えを用意してくれるのだろうかと、眩暈に襲われながら次第に不安になっていく。
第二部に至って謎はある部分で拡大しながらも、次第に現実に向かいだす。が、最後に待っているのは、奇妙な事態。心理的なサスペンス、狂気や妄想や真相の異様さが楽しめる。


No.134 7点 銀色の国
逸木裕
(2022/11/22 23:16登録)
自殺対策NPO法人の代表・田宮は、ある自殺者が死の直前に見ていたVRについて、それが人を死に導く「自殺ゲーム」ではないかと疑問を抱いて調査を始めるが。
あくまでも現実の延長線上にあるリアルなテクノロジー、社会の歪みに潜む悪意、ヒリヒリした心理描写など、作者の作風の特徴が詰め込まれた小説になっている。田宮の苦悩を描くための点景だと思っていた登場人物が意外な役割を果たすなど、細かいエピソードが終盤に向けて効いてくるのが巧い。


No.133 6点 罪の声
塩田武士
(2022/11/22 23:09登録)
昭和の大事件である、グリコ・森永事件の犯人や企業に目を向けることはあっても、それに巻き込まれた子供がいて、今どのような人生を送っているのかなどは考えたこともなかった。
家族を巻き込み、その一生を狂わす、犯罪というものの側面あるいは本質。嗚咽すら伴う圧倒的な悲哀。感動する反面、人の心に住みついた悲しみは一生追い続けなければならない切なさに胸が苦しくなる。


No.132 7点 ユージニア
恩田陸
(2022/11/11 22:29登録)
小京都と呼ばれる北陸の地方都市で起きた集団毒殺事件の真相が、関係者のインタビューや小説的記述を交えながら追求されていく本書は、さまざまな視点を通して語られていくことで、個々のエピソードやキャラクターが際立ち、求心力に謎を追いつつも多元的な物語が立ち現れていく。
過去の事件を扱っていることも与って、全編に静謐な雰囲気が満ちており、舞台となった地方都市出身の作家・泉鏡花を連想させないでもない。


No.131 6点 龍探 特命探偵事務所ドラゴン・リサーチ
長沢樹
(2022/11/11 22:25登録)
主人公の遊佐龍太は、神奈川県警の敏腕刑事だった過去を持つ探偵。彼が営む探偵事務所「ドラゴン・リサーチ」には、その腕を頼って警察関係者を通じた特命の依頼や表沙汰にできない危険な仕事が舞い込む。
よく練られたエピソードの一筋縄ではいかない奥行きのある構成、依頼人たちのほかにも黄金町で貸しスタジオを営む菜摘や遊佐の元妻たちといった主人公の脇を固める魅力的な造形、シリアスな場面やアクションの合間にさりげなく光るユーモアセンス。ハードボイルドとアクションテイストが堪能できる連作集。


No.130 7点 屍鬼
小野不由美
(2022/10/30 22:38登録)
生から死への不可逆変化、食物連鎖、罪と罰、あらゆる約束事を覆す無自覚な何かが増殖し、正常な世界を侵略していく時、閉じ込められた世界の中で不合理な存在である人間は何を思い、どう行動していくのか。
物語の前半で、登場人物の一人がある医師が、村人を襲う死の原因を究明していくかが、読者にとってはすでに答えは出ている。むしろ僧侶にしていく小説家である副主人公の書く作中作と、彼の抱えた静かな虚無感のはらむ謎こそが柱となっている。
閉じられた架空世界で起こる闘いとその世界の崩壊を、生の意味やこの世の秩序への疑問を投げかけつつ描いた、一大叙事詩であり優れたファンタジーである。なお積み重ねられた多くのエピソードの中で、少年少女の描写は特に生き生きとして、際立った冴えを見せている。


No.129 10点 方舟
夕木春央
(2022/10/30 22:29登録)
柊一は、大学時代の友達と従兄を加えた七人で、長野県にある謎めいた地下建築を訪れる。そこは天然の空洞を活用した、多くの個室を備えた地下三階まである施設だった。ほどなく一行に、道に迷ったという親子連れが加わり、その夜彼らはそこで一泊することに。だが、深夜に地震に襲われ、地上への扉は岩で塞がれてしまう。それは、巻き上げ機を使ってどかすことが出来るが、操作した者は犠牲にならざるを得ない。また地下三階の水が増えており、いずれ水没することが判明。さらに仲間の一人が殺された。
この序盤の畳みかけ、それに水没までのタイムリミットに動機不明の犯人を捜し出し、その人物を犠牲にすればよいといいう非情のアイデアをプラスしたサスペンスの演出。犯人を暴くロジカルな推理、そしてどんでん返し技を超越した戦慄のラストには身震いした。この結末のつけ方は大変好み。
2023年版、このミス・本ミスなどランキング上位は間違いないと思えた傑作。


No.128 6点 白い衝動
呉勝浩
(2022/10/14 23:00登録)
小中高一貫校でカウンセラーとして働く奥貫千早を視点人物に捉える。新年度早々、高校一年生の野津秋成がカウンセラー室の扉を叩く。「ぼくは、人を殺したみたい」。その告白は、思春期ゆえの自意識、あるいは精神疾患によるものなのか。千早は、秋成との対話を重ねていく。そんななか、連続一家監禁事件を起こし十五年の懲役を終えた入壱要が、千早の住む街に暮らしていることが分かる。
犯罪を犯してしまった人間、犯しつつある人間を、社会はどのように受け入れることができるのか。彼らの幸福を考えることには、どんな意味があるのか。千早の内部には、理想主義者と現実主義者が、この人にしかありえない仕方で火花を散らしている。
その視点にシンクロしながら読み進めていった先で、本格ミステリとしてのギアが一気に上がる。そして、物語の謎がすべて解き明かされた瞬間、人はなぜ、人と共に生きるのかという大きな問いが胸に飛び込んでくる。


No.127 6点 Dの殺人事件、まことに恐ろしきは
歌野晶午
(2022/10/14 22:49登録)
江戸川乱歩の作品を題材にした現代ミステリ短編集。
「人間椅子」、「陰獣」、「D坂の殺人事件」などが、作者の手によって、七つの現代的な妄執の物語へと再構成されている。決して乱歩のそれをなぞるのではなく、あくまでも作者のオリジナルのキャラクターとストーリーで綴っており、各編の鮮やかな結末も作者自身のもの。
それゆえに、歌野晶午の短編集として十分に楽しめるが、乱歩の作品を知って読むと、深読みの愉悦も堪能できる。


No.126 6点 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で
山本巧次
(2022/09/28 22:27登録)
自宅の納戸の扉の向こうには200年前の江戸が広がっていて、元OLの関口優佳が、江戸では十手持ち女親分おゆうとして活躍するシリーズ第8作。
設定だけ聞くと馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、丹念な事件捜査を経て最後に関係者を一同に集めて謎解きをするあたり、本格ミステリの王道だろう。怪しまれないようにDNA採取を行いながらも、その結果を江戸で説明するわけにもいかないジレンマと解決も面白い。
コロナ禍からの避難先が江戸という発想もタイムリーだし、避難が実は危険をはらむことを最後に出してきて、どきりとさせるのも悪くない。おゆうの相棒の同心も相変わらず謎めいていて存在感がある。


No.125 6点 偽装同盟
佐々木譲
(2022/09/28 22:19登録)
日露戦争から12年たった1917年、警視庁の新堂は連続強盗事件を追っていたが、逮捕する段階で容疑者をロシア内務省警察部にもっていかれ、やがて女性殺害事件が起きる。
ヒトラーに制圧された英国を舞台にしたレン・デイトンの警察小説「SS-GB」を想起させる歴史改変物の秀作。形の上では講和条約を結んだ同盟国でああるが、「強大な帝国と弱小属国」との「不平等な二国間関係」が至るところできしみをあげ、弾圧に屈せざるを得ない。
ロシア軍の将軍にちなんだクロパトキン通りのうち、小川町交差点から東京帝大前までの一帯がロシア人街であるとか、日比谷公園の一部が接収され松本楼はロシア軍将校倶楽部であるとか、東京がすべてロシア化されていて生々しい。犯人捜しも丁寧であり、ロシアでの二月革命の影響も背景に溶け込ませ、物語に緊張感を与えているのもいい。


No.124 6点 ダブル・ジョーカー
柳広司
(2022/09/11 22:15登録)
本書は、「ジョーカーゲーム」の続編に当たる。確たる独立性を持つエピソードに仕上がっているので、本書から読んでも楽しめることは出来るが、「ジョーカーゲーム」では全体を貫く時代背景、ストーリー運びの中心を担う機密組織の実態が網羅的に描かれているので、刊行順に読むのが望ましい。
全五話、いずれも何らかの形でD機関と関わり、自身の能力に過信を抱く者が主人公。その己を絶対視する者が、その思い込みの隙を衝かれるエピソードばかり収められている。傲慢な精神が危機に直面する短編集。


No.123 6点 秋期限定栗きんとん事件
米澤穂信
(2022/09/11 22:08登録)
扱われるのは連続放火の犯罪とはいえ、死者は出ない事件である。新聞部内部の路線対立。学校の生活指導部と新聞部で生じた摩擦。また、小山内は恋人の瓜野、小鳩は友人の堂島部長を通じて新聞部に接近する。ここには高校生たちの駆け引きがあり、大げさな言い方をすれば政治的暗闘が展開されている。本書では小鳩の推理とともに、そんな駆け引きの面白さも読みどころになっている。

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