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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.25点 書評数:305件

プロフィール| 書評

No.205 7点 ぼっけえ、きょうてえ
岩井志麻子
(2024/04/10 22:14登録)
舞台は、明治期の岡山の遊郭。売れ残り女郎が、客に対して語り始めた身の上話そのままの物語。言ってみればただそれだけの、非常に動きの乏しい小説なのだが、それがとにかく怖い。
女郎が語る貧しい農村での思い出話は、飢饉あり、間引きあり、沢で腐る水子ありと、身震いする材料に事欠かない。女郎の口から発せされる古くさい岡山弁が、陰惨な暗幕で覆ってしまう。怪談話において、方言がいかに強烈な演出効果を生み出すものかを思い知ることになる。


No.204 6点 麦酒の家の冒険
西澤保彦
(2024/04/10 22:08登録)
至って普通の山荘にもかかわらず、その中にはベッドが一つと九十六本のビールしか目立つものがない。一体この家は何なのか、という大掛かりだけれど確かに日常の謎という物語。
明らかに多すぎるビールは何のためのものなのか。そもそもこんな山荘の中にビールとベッドしか用意されていないなんて、どういう意図があっての配置なんだ、とこれだけで物語を牽引できる強力な謎。けれど、事件らしき事件は何一つ起こっておらず、ただ大量のビールがあるだけ。そこから始まるホワイダニットの推理合戦は、大変読み応えがある仕様になっている。


No.203 7点 青の炎
貴志祐介
(2024/03/29 22:14登録)
主人公の櫛森秀一は、17歳の高校生。母と妹の三人で平和に暮らしていたが、元父親の曾根が家族の前に現れ、再び家に居座り始めてから、家族の平和が崩壊し始める。
秀一は幸せな家庭を取り戻すために、曾根を葬る完全犯罪を計画する。仕掛ける側に視点があることで、キャラクターと読者の見据える先は合致し、スリリングな展開が味わえる。そして高校生の青春と孤独な殺人者としての苦衷 が、表裏一体となり流れ着く先にある結末が、愛と青春の物語であることは見逃せない。美しくも切ない感動作。


No.202 9点 大誘拐
天藤真
(2024/03/29 22:07登録)
刑務所を出所した三人組が、和歌山屈指の大富豪の老女を誘拐する話。しかし、気づけば老女に主導権が移り、身代金を釣り上げるなど犯人と被害者の立場が逆転する。
警察と丁々発止のやり取りが面白いだけでなく、老女の国家に対する思いなどが明かされ、単なる娯楽作品に終わらないところに作者の神髄がある。奇想天外なシチュエーションをベースに、ユーモア溢れる登場人物を配した本作は、読み直しても今なお古さを感じさせない。


No.201 6点 闇祓
辻村深月
(2024/03/16 22:20登録)
不気味な転校生につきまとわれる澪は、その恐怖を打ち明けたことから憧れの先輩と急接近する。だがそれは、さらなる恐怖の始まりに過ぎなかった。他人との距離感がおかしく、双方向のコミュニケーションが不全な人間を日常に潜む人外の存在としてリアルな恐怖にまで高めるのみならず、その元凶として日本最凶の妖怪あるいは怨霊の現代版とでもいうべき、「家」が生み出す空虚で無機質な負の連鎖に社会解体の縮図を映し出す。家族に始まり社会を構築する人間の関係性が恐怖の根源であるという、何とも逃げ場の無い物語だ。


No.200 6点 教室が、ひとりになるまで
浅倉秋成
(2024/03/16 22:13登録)
三人の死を自殺だと信じていた垣内友弘は、クラスメイトの白瀬美月から、三人を殺したのは正体不明の「死神」であり、自分も命を狙われていると打ち明けられる。その後、友弘のもとに謎の手紙が届いて間もなく、他人の嘘を見破る能力が彼に備わる。特殊な能力を授けられた生徒は、彼以外に三人いるらしい。
主人公が自分以外の能力の持ち主を知らず、しかも他人の三人の能力の中身も知らないという設定であり、誰がどうやって三人もの生徒を自殺としか思えないやり方で死に至らしめたのかをロジカルに推定する過程は、異能バトルと頭脳バトルが有機的に統合していて極めてスリリング。悲痛な感情のぶつけ合いの中で動機が明らかになるクライマックスも鮮烈。


No.199 7点 蟬かえる
櫻田智也
(2024/03/04 22:18登録)
幻想的ともいえるほどの不思議な謎が、鮮やかに解明されていく5編からなる連作短編集。
一話ごとに本格短編としての工夫があって、精度の高い謎解きが関係者の人生と社会の歪みを閃光のように照らし出す。さらに連作短編集としての配列が秀逸で、特に後半の三編を通じて魞沢泉という狂言回し的な探偵役の生き方が徐々に浮き彫りになり、最終話の結末が巻頭の災害ボランティア仲間の挿話に呼応する構成に感銘を受けた。
少し強引と思えるトリックも、登場人物たちの気持ちや事情が丁寧に描かれていることによって、無理なく読み進められた。ストーリーの構築と人間ドラマが見事に融合している。


No.198 6点 パンダ探偵
鳥飼否宇
(2024/03/04 22:12登録)
動物たちが言葉を話し、社会活動を営むようになった世界のミステリ。
連続誘拐、大量千草消失、要人密室殺人の謎が描かれ、いずれも獣の特性を活かした意外な動機や仕掛けが愉しめると同時に、パンダらしい愛らしさでも歓待してくれる。そこに獣の言動を通じて人間の愚かさが見えるというから堪らない。
探偵役は、ライオンと虎を両親に持つライガーのタイゴ。第一話で被害者の一人であったパンダのナンナンは、第二話では新米探偵としてタイゴの相棒となり、第三話では独り立ちの兆しもみせる。今後も続くのではという期待もあるがどうだろうか。


No.197 5点 ドミノin上海
恩田陸
(2024/02/16 23:04登録)
パンダが動物園からの脱走を目論み、アートの売買が高額で進行し、日本人OLが観光で訪れ、コードネーム「蝙蝠」なるブツが香港から運び込まれ、才能豊かな風水師がアドバイスを施し、そして大混乱が生じる。
物語はハイテンポかつ高密度で転がり弾けるのだが、そこは作者のこと、きっちりと計算尽くしでドミノを並べており、多数の列は最終的に一に点に収斂する。


No.196 6点 そして誰も死ななかった
白井智之
(2024/02/16 22:59登録)
五人の推理作家が覆面作家の天城に招かれ、絶海の孤島を訪れた。だが、天城の館に主人はおらず、泥人形が並べられているだけであった。往路のトラブルのせいで、この孤島に封じ込められることになった推理作家に、次々と奇怪な死が訪れる。
滑稽なほど残酷な一方で、どこかしら純で同時に異形のルーツに縛られて、多様な推理がロジカルに飛翔する。食事時に読むのは避けたほうが良い描写があちこちにあるが、推理の魅力は抜群。脳が刺激されることこの上ない。


No.195 7点 方壺園
陳舜臣
(2024/02/03 22:35登録)
周囲を壁に囲まれた、まるで四角い壺のような箱型の建物で、名高い詩人が殺された。美しいトリック、端正な文体、詩情あふれる9話はいずれも質が高い。謎を解くのは名探偵ではなく、それぞれの人物がそれぞれの心情を持って犯行に相対する。
登場人物たちの心情に踏み込みすぎない冷静な距離感、見事な着地を読んでいて心地よい。ミステリと歴史小説の名手による素晴らしい短編集。


No.194 6点 巴里マカロンの謎
米澤穂信
(2024/02/03 22:31登録)
中学時代の失敗から、目立たたずに生きることを旨としている高校生の小鳩君と小山内さんが、日常の中で小事件に遭遇するというのが物語の基本形式。小市民的な体面を崩さずに、その謎を解くことが彼らにとっては重要なのである。
表題作を含めお菓子の名前を配した短編が並んでいるが、動機を問うものや犯人捜しをするものなど、提示される謎の種類がすべて異なっている。「花府シュークリームの謎」は、手掛かりの出し方が抜群に巧い。


No.193 8点 大鞠家殺人事件
芦辺拓
(2024/01/21 22:22登録)
昭和十八年、美禰子は大鞠家の長男・多一郎に嫁ぐ。だが、軍医の夫は間もなく出征に。彼女は大阪で商家・大鞠家の人々と共に暮らすことになる。そして昭和二十年。一族の本宅で奇妙な殺人事件が起き、やがて奇妙な探偵が訪れる。
謎とその解決が織り成すドラマもさることながら、その枠からはみ出したところにある要素が心に残る。悲哀とユーモアの入り交じった船場の描写、時代の移り変わりを経て失われていくものへの郷愁。ただノスタルジーに浸るだけでなく、旧弊なしきたりが人々にもたらす過酷な運命をも描き出している。
時の流れと人々の運命を、謎解きのフォーマットに載せて語って見せる。波瀾に満ちた物語を堪能できる作品。


No.192 6点 マイクロスパイ・アンサンブル
伊坂幸太郎
(2024/01/21 22:15登録)
ストーリーはごく平凡な会社員の生活と、一般世界とは全くかけ離れたスパイたちの活動の、二つの軸で紡がれ繰り広げられている。およそ結びつくはずのない異質な関係が、いつしかあざなえる蠅のごとく、ぴったりと寄り添うように共鳴する。
理知的でありながら、人間的な情感がたっぷりと凝縮されている。忙しい毎日で置き忘れてしまった大切な気持ちを取り戻させてくれる魅力がある。


No.191 6点 十三角関係
山田風太郎
(2024/01/11 22:17登録)
都内の遊郭で酸鼻な事件が発生。店のマダムが殺され、解体された手足と首が外の風車に吊るされたのだ。夫や息子に記者など容疑者は複数浮かぶが、犯人を特定する決め手を欠く。
動機も犯行方法も意外性抜群なのだが、特に犯人の隠し場所に驚かされた。様々な供述や手記を織り交ぜる語り口の妙も人心の奇怪さを鮮やかに表現している。


No.190 5点 姑獲鳥の夏
京極夏彦
(2024/01/11 22:07登録)
姑獲鳥とは、子を攫う悪鬼にして安産の守護霊でもあるという奇妙な妖怪のこと。作者はこれをオショボ憑きの家系・久遠寺家の怪異になぞらえて現代に復活させた。20カ月もの間、子供を身ごもり続ける妊婦の風聞から始まる怪異譚は、京極堂の叡智により、極めて科学的な真相へと誘われる。
難解な漢字の多用、圧迫感すら与える膨大な情報量、随所で展開される禅問答のような会話。決して敷居の低い作品ではないが、濃密な世界観で惹きつけられる。


No.189 6点 早朝始発の殺風景
青崎有吾
(2023/12/25 22:13登録)
電車の中、観覧車の中、放課後の喫茶店など、見慣れた風景の中に紛れ込む謎を描いた青春密室劇集。
青春特有の悩みや距離感が謎に絡んでくるのが特徴で、あまり話したことのないクラスメイトを電車の中で鉢合わせる、という状況がそもそも謎であるというような、視点を変えることで成立する事件の数々にハッとさせられる。
ラストを飾る「三月四日、午後二時半の密室」は、青春の醸すエモーションがぎゅっと濃縮されている。卒業式を欠席したクラスメイトに会いに行ったところから始まる事件と、新しい関係。刻一刻と変わりゆく日常の中で今しか成立しない刹那性も、日常の謎ミステリにしかない魅力かもしれない。


No.188 5点 重力ピエロ
伊坂幸太郎
(2023/12/25 22:03登録)
物語の主軸は、仙台内で起こった連続放火事件。そして放火現場の付近に残される落書きの謎を、主人公の泉水とその父親、種違いの弟・春の三人で事件解決を目指す。自らの死期を悟る父親は、さながら安楽椅子探偵の役どころ。ペンダミックだが軽妙な推理で泉水と春を然るべき方向へ導く。
比較的ミステリ色の薄い物語ではある。しかし、悲壮な設定を感じさせない飄々とした空気感が、作者の本領をいかんなく発揮していることは間違いない。


No.187 7点 準急ながら
鮎川哲也
(2023/12/13 21:54登録)
土産物屋の店主殺しを中心にして、互いに関係のなさそうな事件の断片が提示される序盤から、刑事たちが駆け回って徐々に事件の全貌が浮かび上がる中盤にかけての展開は、捜査小説としての面白さを満喫させてくれる。
容疑者が絞り込まれて、鬼貫警部がアリバイ崩しに乗り出す後半も壮絶。仮説を組み立てては検証し、反証にぶつかって仮説を再構築する。それを何度も繰り返し、完璧なアリバイを少しずつ崩して犯人を追い詰める。そのダイナミックな論理の展開で、謎解きの醍醐味を堪能させてくれる。


No.186 10点 白夜行
東野圭吾
(2023/12/13 21:49登録)
出足こそ質屋殺しを刑事たちが追う警察小説風だが、だんだんと青春小説の趣になっていく。事件の関係者、つまり質屋の息子と自殺を図った女性の娘が事件の影響を受けて、どんな生活を歩んだかをなんと二十年に渡って追跡し、同時に二十年前の事件の謎を解いていく。
物語の時間は先へ先へと進みながら、逆に関係者たちはひたすら過去に向かい探索の道を探り、徐々に夜とも昼ともつかぬ白夜を歩まざるを得なかった男と女の絶望的な孤独を、痛ましいトラウマを通して描き切る。
警察小説、青春小説、サスペンス、暗黒小説の魅力が渾然一体となった一大叙事詩の傑作。

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