人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2106件 |
No.1766 | 9点 | わが子は殺人者 パトリック・クェンティン |
(2023/04/15 21:02登録) (ネタバレなし) 1950年代のニューヨーク。「私」こと43歳の出版社代表ジェーク・ダールスは、19歳の息子ビルとの不順な関係に苦悩する。ジェークの妻でビルの母フェリシアは、3年前に謎の投身自殺を遂げ、その事実は遺された父と子の間にいまも暗い影を落としていた。そんななか、ジェークの元学友で先輩、そして現在は出版社の上格の共同経営者である52歳のロニイ(ロナルド)・シェルドンが、半年に及ぶ欧州での外遊兼出張から戻ってくる。ロニイは、英国のマイナーな中年作家ベージル・レイトンを埋もれた才能としてスカウト、その家族をともに随伴して帰国し、そしてベージルの一人娘で19歳の美少女ジェーンを年の離れた新妻として迎えていた。事件はここから幕を開ける。 1954年のアメリカ作品。 作家チームの組成が変遷したクェンティンの著作としては、ヒュー・キャリンガム・ホイーラーの単独執筆になってからの初期の長編のようだが、シリーズの流れとしてはおなじみピーター&アイリス夫婦もの(パズルシリーズ)、およびその派生作品としてスタートしたトラント警部(警部補)シリーズ、その双方の世界観を継承。本作でもその3人がメインキャラクターの一角として相応に活躍する(初登場の本作の主人公ジェークの実弟が、おなじみピーター)。 ジェークとビルの為さぬ親子関係? ジェークとロニイとの長年の友情? の二つを表向きの主な機軸に物語は進むが、サスペンスフルかつドラマチックな作劇は、読者に向けて最大級の求心力を発揮。 研ぎ澄まされた叙述のスマートかつ歯応えある小説技法も踏まえて、たぶん本作こそ、クェンティン作品類作のなかでのベストワンであろう(と言いるつつ、評者もまだまだ読んでない作品も多いけどね・汗)。 終盤の、おお、ついに……と思いきや、そこから二重三重に引っかえされる真相のドンデン返しの高揚感、これでもかこれでもかと、すでにグロッキーの読者に続けて何発も手刀を打ち込んでくる重量級レスラーのような作者の手際で、まさにサプライズのつるべ打ち。 そして最後にミステリとしての意外な真相が明かされたのちに際立つ、あまりにも(中略)な現実……。すげーな、おい……シムノンかロス・マクの上位作のごとき作品だよね、コレ。もちろん、あまり詳しくは書けませんが(あ、ことさら、特定の作品を連想した物言いではない。ネタバレ回避は意識してるので、念のため)。 本サイトのレビューでも、総レビュー数こそ3本と少ないものの、平均点9点と異常なほどの高評価! 少し前に駅前の古書市で、たぶんすでに一冊持ってるんだけど、100円棚にあって安かったから購入した一冊を今回はじめて読んだけど、背骨がビビるほど面白かった。 181頁目の、ジェークとトラントの会話、いいよね。 236頁の最後の1行から、次の237頁の最初の2行までの3行、 この短い3センテンスにどれだけの情報量が込められているか!? いや、サイコーだよね。 パズルシリーズの正編は、もう全部楽しんじゃったとか言ってるそこの方、ぜひコレも忘れず読んでください。 10点あげようか迷ったけれど、とりあえず、この評点は確保! として、まず9点。 |
No.1765 | 7点 | 星くずの殺人 桃野雑派 |
(2023/04/13 13:27登録) (ネタバレなし) 20XX年(2020~30年代らしい)7月。民間企業ユニバーサルクルーズ社の雄翼型宇宙船「HOPE!!号」は2名の乗員と6名の乗客を乗せて、地球の軌道上にある宇宙ホテル「星くず」に向かう。だがホテルに到着した一同の前に、不可解な変死が発生した。 先の乱歩賞受賞作は未読なので、この作者との縁は本書が初だが、設定が面白そうなので手に取ってみた。 近未来SF的なシチュエーションは、殺人事件そのものの不可能性を高める演出の類に寄与するものでは特になく、その辺りは、期待したものといささかニュアンスは違った。 が、舞台装置、あくまで少人数で進む作劇、話の転がし方、そして昭和の児童向け科学読み物に触れる際のそれっぽいサイエンス描写など、個人的には結構ツボにはまった作品であった。 (なにより全編に漂う、近未来時代的なロマン感が良い。) 頭数が少ない分、登場人物の描き分けは悪くなかったが、後半、いささか思うところはある。ただし文句を言う筋のものでもないのであろうから、その辺はムニャムニャ……。 動機に関しては、そういう文芸かと軽く驚いて、相応に感心。 叙述や話の組み立てを整理しきらないで、書き手の書きたい気分なのであろう場面を優先して綴っちゃった部分もそこかしこにあるような印象もないでもないが、自分的にはトータルとして好感触の一冊ではある(あえていうなら不満は、さっきちょっと言いかけた……)。 佳作~秀作。 |
No.1764 | 7点 | ゴジラ 海原俊平 |
(2023/04/12 19:49登録) (ネタバレなし) 昭和29年8月17日の午後7時。南太平洋から日本に向かう貨物船・栄光丸が、謎の海難事故を起こして消息を絶った。その後も海洋の事件は続発。2年前の明神礁のように海底火山の影響かと思われるが、それこそは日本全国を、いや世界を震撼させる大事件の幕開けだった。 1984年歳末の『(新)ゴジラ(「ゴジラ1984」)』公開に合わせたメディアミックス企画で刊行された、1954年の「初代ゴジラ」の方の公式ノベライズ。 「初代ゴジラ」のそれまでのノベライズ(メディアミックス原作)は、広義のものをふくめて香山滋のものが二つあったが、ひとつは映画に先行して放送されたラジオドラマがベースのシナリオ形式、もう一つはジュブナイルということで、一応は一般読者向けの小説版は当時のこれが初めてだった(そして2023年の現在でも、これが最後で最新の初代ゴジラの小説版ということになる)。 まあ刊行レーベルは、やはり広い意味のジュブナイル叢書といえる、講談社X文庫だが。 著者は海原俊平なる御仁。この一冊以外では全然、聞かない名前だが、たぶん講談社の周辺か、SFまたは特撮ファンダムゆかりの、どっかの業界人かセミプロの別名ではないかと思う。正体が判明したら、ああ、あの人だったのか、とかありそうだ。 で、本小説版の内容は、原作映画とほぼ同じ。95%は映画の大筋をなぞるが、それでも小説の細部では、ゴジラが海上で暴れるオリジナルの描写とか、炎上する東京の大参事をテレビで観て改悛する山根博士の図とか、ゴジラ事件の推移に一喜一憂する市民の叙述とか、恵美子や芹沢博士の踏み込んだ内面描写など、本当に5~10%くらい小説独自の叙述があり、そこがこのノベライズ版の価値になっている(ちなみにあの有名な「もうじきおとうちゃまのところに……」の母子については、この小説独自の解釈で叙述。これを公式設定にしていいのかね?)。 まあオトナも読める仕様とはいっても、あくまでX文庫での刊行だから文章は平易で間口は広く、その分、小説としてのコクはそんなに無いが、評者のように少年時代にNHKの夕方の放映で初めて原作映画に接し、そのまま数時間後に『ウルトラマン』「禁じられた言葉」を観て以来、すでに十数回、劇場やテレビ、パソコンで初代ゴジラを繰り返し再見してきた身には、なかなか興味深かったりする(もちろん、今回の通読も、久々の再読ではあるが)。 ゴジラ小説としては他に、同じX文庫版の『モスラ対ゴジラ』(これは傑作)とか、『VSビオランテ』とか『VSギドラ』とか、小説独自の筆が暴走したとんがったものがいくつもあるので、トータルとしては地味めな本書(X文庫版初代ゴジラ)だが、今回再読してこれはこれで楽しめる一冊と実感。今さらながらに、当時のX文庫でもっと歴代ゴジラ映画の小説を出してほしかったな。 2010~20年代のアニメ版ゴジラのノベライズも、そのうち読んでみよう。特にアニメ映画版の小説版は、かなり評判いいみたいだし。 |
No.1763 | 8点 | 禁じられた館 ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル |
(2023/04/11 14:53登録) (ネタバレなし) モンルージュ食品の社主で50歳代の独身富豪ナポレオン・ヴェルディナージュは、知人の公証人ラリドワールの斡旋で、郊外のマルシュノワール館を購入。だがそこには、最初の建築施工主で館の主のとき以来、不穏な出来事が断続していた。それでも気丈に館の主となるヴェルディナージュだが、そこに館から退去しろ、さもなくば身の危険が生じるとの差出人不明の警告状が繰り返し届く。そしてついに惨劇が起きるが、謎の殺人者は包囲された館から忽然と消え失せた? 1932年のフランス作品。 地味に昨年の後半から、Twitterでの訳者当人のつぶやきから、ミステリファンの間で鳴り物入りになった一冊。 良い意味でごく直球、外連味ばっかのフーダニットパズラーで、なるほどとても楽しく読めた。 犯人もシンプルながら、これはこれで意外。 とはいえ、これ、密室の……(中略)。 あと、306頁での年齢の自己申告、おかしくないですか? 若すぎるよね? 公の場でサバ読んでるのか。 まあ、とにもかくにも、発掘翻訳がとても嬉しい作品ではあった。 もっともこの好反響の熱気が、歳末~年明けのあちこちの本年度翻訳ミステリベスト投票の時期まで、テンション維持されるかというと、なんかちょっと不安な気もするのだが。 (逆に言えば、これが今年度のベスト上位クラスと、この時点でひとつ確定してしまっては、ちょっと物足りなくも思うのだ。) |
No.1762 | 8点 | まだ出会っていないあなたへ 柾木政宗 |
(2023/04/10 08:05登録) (ネタバレなし) それぞれの場で語られる、個々に切ない思いを宿した者たちの4つの物語。それは――。 ……どこかで、いやあちこちで、かつて見たような既視感もたしかに生じるのだが、その上で「とても良かった」と強い感慨を抱く、ヒューマンドラマミステリの優秀作。 6年前にデビュー作『NO推理、NO探偵?』を書いた作者がずいぶん遠いところに来てしまったなあ、と、ほぼリアルタイムで全作、付き合ってきた身としてはしみじみ。 で、単品での本作をホメること自体は、まったく、やぶさかではないものの、こっちの方向で実績を積んでいく(あるいは新規の読者に反響が広がる)と、作者のディフォルトの「アイとユウ」&「朝比奈うさぎ」の両シリーズがポロっと忘れられそうで、ソレだけがすこぶる心配(笑・汗)。双方のシリーズもまたそのうち、ぜひとも新作が読みたいもんです。 (つーか、作者が<新境地>に乗り出して、その反動でうっちゃられていった、かねてよりの新本格系の名探偵キャラクターって、存外に多いからなあ……。同じ轍を踏まないように、願いたいモンである。) |
No.1761 | 7点 | ねらった椅子 ジュリアン・シモンズ |
(2023/04/09 16:38登録) (ネタバレなし) その年の春。「わたし」こと、ロンドンの「グロス出版社」に勤務する37歳の編集者デイヴィッド(デイヴ)・ネルスンは、新創刊される犯罪実話系ミステリ雑誌の編集長の座を期待していた。が、社内でも下馬評は高かったはずだが、結果は年長の同僚で微妙になさぬ仲のウィリー・ストレイトにその座を奪われる。納得できないデイヴだが、やがて会社の周辺で予期せぬ殺人事件が発生。デイヴは事件に巻き込まれていくが、そんななか、彼は結婚8年目の32歳の妻ローズの意外な事実に触れる。 1954年の英国作品。シモンズの第6長編で、作者の著作の日本での邦訳は、あの異色作の第4長編『二月三十一日』(原書は1950年)に続き、これが二冊目だった。 旧クライムクラブ版で読んだが、実は数年前に何らかの流れで巻末の作品解説をリファレンスしようと思ったところ、終盤のページが目に入ってしまったようで? これこれこういうような記号的な立場の人物が犯人だと、認識してしまったつもりでいた(涙)。それゆえ読む意欲が相応に減退し、ずっと放ってあったが、昨夜は(自分にとっての)キズモノの作品をとりあえず一冊消化するような気分でページを開いた。 (先に結論だけ言っておくと、見たつもりの真犯人の情報はまったく錯覚であった(安堵)。まあ、こういう事は、さすがにちゃんと実物を読むまでわからないし(苦笑)。) 内容の方は、あのニューロティックな『二月三十一日』の次の次の作品がこれかい? と後から思わず思わされるような、王道・正統派の半ば巻き込まれ、職場ものサスペンススリラー、一方でフーダニットパズラーの趣も濃厚。 お話の流れもフレドリック・ブラウンのノンシリーズ編みたいな、良い意味で軽妙な50年代アメリカ作品のごとき作り。主人公の動きと、向こうから到来するイベントの組み合わせが心地よく、かなりリーダビリティは高い。 作風に幅があり、いまいち作家性を大づかみに語りにくいシモンズだが、これは著作のなかでもトップクラスにとっつきやすい一冊であろう。 前半から、先述のように、中規模のイベントが続出。そのなかで主人公デイヴがさる案件に着目し、そこからまた話が転がり、現状の事態の外側にストーリーが広がっていくあたりなど、実に小気味よい。 ただし犯人(というか秘匿されていた……)は、ミスディレクションが見え見えで、あー、これは……と予期したら、大方は正解であった。というか、デイヴも<そっちの方>へも頭を回せよ、という部分がなきにしもあらず。 そんなわけで謎解きミステリとしてはやや弱いなという部分と、それなりに組み上げた筋立ての良さが相半ばで、まあまあ佳作の上というところか。 ただし全体のストーリーとしては、そんなミステリ部分の骨子すらひとつの大きなパーツとして取り込んだ50年代の欧米作品としてけっこう心地よい。単純に好感を持てるか否かといえば、間違いなく前者。 なんというか、旧クライムクラブという叢書の雰囲気には、すごく似合った一作ではあった(あ、厳密にいうと、現代推理小説全集あたりの方が、よりピッタリだった感じもするか)。評価は0.25点くらいオマケして。 |
No.1760 | 8点 | 「新青年」の頃 評論・エッセイ |
(2023/04/08 16:06登録) (ネタバレなし) 「あの」夭逝した渡辺温の、その補欠要員的な立場で、博文館に入社。「新青年」の編集者として活躍したのち、後年は(本サイトの参加者なら周知のとおり)クリスティーやクロフツ、ガードナー、マクリーン、ポーターそのほかの海外ミステリの翻訳家としても多大な業績を遺した文人・乾信一郎の、青年時代を主軸にした自伝・半生記風のエッセイ集。 ミステリマガジンに89~90年にわたって掲載された連載版は当時、楽しんで読んでいた記憶がうっすらあるが、定本としてまとまった書籍の形で読むのはこれが初めて。 (数日前に、気が付いたらもう始まっていた駅前の古書市で、帯付きのハードカバーを300円で買ってきて、すぐ読み出す。) 新卒の著者が運命的ななりゆきで博文館に入ったら、同期の新入編集者で荒木なる中年の御仁がいて、これが実は橋本五郎(『疑問の三』)だと判明したり(お~~!)、前述の渡辺温の事故死が自分のもとに来る途中だったという縁から谷崎潤一郎がすごく罪悪感を覚えているという逸話が語られたり、とにかく昭和前半の博文館周辺の文壇の話題がすこぶる面白い(松野一夫だの、小栗虫太郎だの、延原謙だのに関しても、愉快なエピソードがいっぱい)。 著者が、部数が落ちた博文館のエロ読物誌「講談雑誌」の立て直し? を任されて苦闘の末に挽回。その中で、捕物帖というジャンルを育てようと思い、横溝に『不知火甚左(不知火)捕物双紙』の執筆を打診。これがのちの『人形佐七』に繋がっていくことなども初めて知った(昔、ミステリマガジンで読んでいたら、確実にこの辺は忘れているな・汗)。 乾信一郎がいなければ、日本の捕物帖という文藝ジャンルは、確実に別の進化の経路を辿っていたであろう。 ご町内の好々爺から、問わず語りを聞くような趣の内容はしばし脱線もするが、ユーモラスな語り口での回顧譚は、その辺のブレ具合もまた味という印象に転じる。 読んで本当に楽しかった一冊。 論創から刊行が予定されている乾信一郎のミステリ実作集も、早く読みたい。 |
No.1759 | 7点 | はなればなれに ドロレス・ヒッチェンズ |
(2023/04/07 17:14登録) (ネタバレなし) 1950年代のロサンジェルス界隈。表向きは更生中の、前科持ちの22歳の青年スキップは、少し年下のガールフレンド、カレン・ミラーからさる情報を得る。それはカレンの後見人の未亡人モード・ハヴァマンの自宅の周辺に、ある事情から公にできない、大金が秘匿されているらしいというものだった。スキップは友人で同じ年、そしてやはり前科者の若者エディ・パレットを引き込み、カレンにも協力させて金の奪取を図るが。 1958年のアメリカ作品。 ゴダール監督の7本目の映画『はなればなれに』の原作で、元はあのトリュフォー監督が読んで感銘してゴダールに推挙、映画化を打診したそうである。 今回の翻訳刊行は、(評者がこのサイトでも以前に話題にしてるが)もともと一時期のポケミスの好企画「ポケミス名画座」で出る予定だったが、なんらかの事情からお蔵入りになった訳文の復活だと思われるが、正確なところは不明。その辺の事情については、特に巻末の解説の類では触れてない。 内容は、いかにも往年の犯罪少年、青春クライムストーリーという感じで、チェイスあたりの諸作にちょっとアイリッシュっぽい雰囲気をまぶした印象。つーかいちばん思い出したのは、日本版マンハントとかでおなじみだった不良少年ものの短編作家ハル・エリスンの世界であった。 登場人物はモブキャラもふくめて30人前後、紙幅も300~400頁と、ともにそれぞれそれなりだが、胃にもたれないボリューム。 しかし中身の方は、丁寧な人物描写、間断なくジャブを打ち込んでくるような、中小規模のイベントが続く、小気味よい筋運びでけっこう読ませる。 良い意味で、なるほど、当時の鳴り物入りのこの手の名作が、ようやく長い時を経て発掘された、という感慨。 悪く言えば、全体的に、この手の青春クライムものとして、あまりにソツがなく、優等生な仕上がりが若干の物足りなさを感じさせないでもな……いや、やっぱり、それはゼータクな物言いだよな(汗・笑)。 脇役では、まったくの善意というか気まぐれから、スキップにとにもかくにも親切にして、結果、スキップの心の中の悪のスイッチを押してしまう一助となってしまう、石油成金のおじさんサルヴァトーレ氏が、いい味を出していた。 前述のように、良作ではある一方、インパクトやや薄……? のところもなくもないが、作者は打率は高そうな作家なので、今後も引き続き評判のいい&面白そうな未訳作品は、どんどん発掘紹介してほしい。 (まずはもう一作あるはずの、私立探偵セイダーものの未訳長編をお願いします。) |
No.1758 | 5点 | ぼくのミステリ・マップ—推理評論・エッセイ集成 評論・エッセイ |
(2023/04/07 02:21登録) (ネタバレなし) 世界傑作探偵小説シリーズ~ポケミス創刊時の話題を期待して手に取った。 で、まあ、う~ん、たしかに語ってくれてはいるのだが、叢書の組成については結構、大づかみな述懐だったのが残念。 こっちは、どういうセレクトでポケミス初期のラインナップが形成されていったか、例えばフィアリングの『孤獨な娘』を選んだのは誰か? ディビスの『葬られた男』は誰がセレクトしたか? とかなどの、細かい話を聞きたかったのが。やっぱ無いものねだりか(苦笑)。 早川の編集者時代の話題を離れた部分では、ミステリ全般に関して思った以上に通り一遍のことしか言ってないようなのが残念。 あと、評価の軸足もなんだかなあ、で、ブレイクの『野獣死すべし』もマーシュの『死の序曲』も同列に「傑作」って、観測が雑すぎるだろ。 (アリンガムの『幽霊の死』も同格に並べられており、そっちはまだ未読だが、なんか不安。) 早川の初期ミステリ編集者としての実績の話題と、詩人の感性による独自のミステリ観、その双方を聞かせてもらいたかったが、どっちもイマイチであった。 高望みの過剰期待しすぎたこっちがワルイのかもしれん。 著者が亡くなってすでに20余年。2020年代の視点で、巻末の註釈を設けた編集者氏の手際はホメたいが、実はここももうちょっと、並べる情報の取捨選択のロジックを明確にしてほしい面もある。 うん、確かに、これはたぶん、こっちの方がゼータクだ(汗)。 |
No.1757 | 7点 | 友が消えた夏 門前典之 |
(2023/04/06 12:49登録) (ネタバレなし) 時は2007年の夏。一級建築士であり、アマチュア探偵として数々の難事件を解決してきた愛すべき変人・蜘蛛手啓司。そんな蜘蛛手は、友人で相棒の宮村達也を勝手に引き込み、共同経営の事務所を新設した。やむなくこれに応じた宮村は、デートに向かう直前、ある過去の事件の記録を蜘蛛手に渡す。そこには、岡山県で過去に起きた「西華大学演劇部」の異常な惨劇が綴られていた。 蜘蛛手啓司シリーズ第7弾。今回は文庫オリジナルで登場。いいのか? とヒト事ながら心配になる(汗)。 2007年の蜘蛛手周辺の描写、記録内の過去の事件の流れと並行し、一人の女性が誘拐されるストーリーを叙述。蜘蛛手の部分は本当にポイントのみの叙述で、残りの二つのお話が作品のほぼ大半の部分を占める。 nukkamさんのおっしゃるように、前半はちょっぴり退屈。危機状況の誘拐された女性の方の筋立てもさほどハイテンションではない。 で、まあ、しかし、真相が見えてきてからは……! 正直、大ネタのひとつは明確に既存例があるものだし(それに関しては、作者もイクスキューズとして、作中でメタ的に「わかってやってます」というサインを出しているような気もする。もちろん具体的にどこでどうとは言わないが)、パッチワーク感も強い。 しかし、そのツギハギしたパーツのうちのいくつかは、たぶん作者のオリジナル創意? だろうし、その中にはかなりショッキングでオモシロイものもあったりする。 そしてそういった要素を積み上げて作り上げた本作の犯人像は、確かに強烈だね。 読者が、あれ、そこはそうなるんじゃ……とツッコもうとすると、先回りした説明を前もって用意している小癪さも結構、お気に入り。後半だけなら8点あげていいでしょう。 蜘蛛手シリーズ(まだ全部読んでないけど)のなかでも上位の方に行く作品では? とも思う。 |
No.1756 | 6点 | タンゴ・ノヴェンバー ジョン・ハウレット |
(2023/04/04 10:38登録) (ネタバレなし) 1975年9月。英国のグレイハウンド航空の旅客機で、中型ジェット・ライナー(登録記号G-FETN)が、イタリアのタオルミーナ・ペロリターナ空港で着陸時に墜落した。百数十人の乗員乗客は、奇蹟的に助かったわずかな者以外、ほぼ全員死亡という大参事となる。英国通産省の要員ほか複数の国の調査員が原因を調べ、マスコミも独自の調査を進めるが、現場の周辺には怪しげな暗躍の動きがあった。 1976年の英国作品。英伊ハーフである、作者ハウレットの長編二冊目。 昔からタイトルの響きだけで何となく印象に残り、気を惹かれる作品というのは結構あるものだが、これはそんな一冊。翻訳の刊行直後あたりから何気に気になっていた本書が近所の図書館の蔵書にあるのに気づき、本当にふと思いついて借りて読んでみた。 くだんの「十一月のタンゴ(タンゴの11月)」の題名の意味は、墜落した機体登録記号の末尾の二文字「TN」を、現地の空港の管制官がフォネティック・コードで読んだものに由来。フォネティック・コードとは、たとえばもしあなたが家電メーカーの窓口問い合わせなどに電話連絡して、「田中」と名乗った場合、先方の担当が聞き間違えのないように「田んぼの田、真ん中の中の田中さまですね?」と確認してくる、あの呼び方というか話法のことらしい(航空管制の場合は、それぞれのアルファベットに応じて、一定の単語が公式に設定されているらしいが)。勉強になった。 というわけで作中の地の文でも墜落機は随時、このフォネティック・コード「タンゴ・ノヴェンバー」の呼称で叙述されている。 ミステリとしては墜落に至るまでの乗員周辺の家庭~参事寸前の機内の様子が場面場面を切り取るようにプロローグで語られ、その後、大参事後の地上側の面々の群像劇が大筋となる。 墜落の本当の原因は、作中人物にも読者にも終盤まで不明で、その一方で続々と事件が起きて事件の情報を語る作業の外堀が少しずつ埋まっていく流れだが、これがなかなか緊張感があって面白かった。 当時はやったニューエンターテインメント的な雰囲気もあるが、広義の航空サスペンス・スリラーとして結構読ませる。 (70~80年代作品らしい、ネットやそのほかの近代科学文化に関係ない、人間が足で情報を探し回る雰囲気も、それはそれで味があった。) 操縦士のミス、あるいは、ハイジャック犯罪が機内で生じてそれが墜落の原因となった仮説まであれこれ取りざたされるが、読者は神の視点で、墜落の原因の真相が見えないまま、地上の各地で進む謀略を少しずつ小出しに読まされ、いろいろと想像を喚起される。この辺りの作者(作品)との駆け引きが、本書を楽しむミソだ。 ただし最後にはっきりする真相(少しずつ見えてくるが)に関しては、いささか航空分野に詳しいその筋の読み手を前提にした趣もあり、一見のこちらとしては、はあ、そういうものなのですか? という部分がなきにしもあらず。悪く言えば間口の広い(評者のようなスーダラでわがままな読者までを対象にした)エンターテインメントとしては、ちょっと終盤の演出が弱いような印象もあった。わかりやすく明快なら万事よいわけだとも思わないが、本作の場合、その辺で少し減点。 ただし、中盤~後半にかけてもイベントを出し惜しみしない筋の組み立てなど、けっこう楽しめる。優秀作には至らなかったが、十分に佳作の上にはなっているとは思う。航空ネタの事件ものが好きな方なら、ちょっと覗いてみる価値はあるかとも思う。 |
No.1755 | 6点 | カウント9 A・A・フェア |
(2023/04/01 11:43登録) (ネタバレなし) 高名かつ富豪の青年探検家ディーン・クロケット二世が、ラム&クール探偵社にパーティの警護を願い出た。クロケットは世界の貴重なアイテム群のコレクターだが、以前に女性らしい盗賊に収集品を盗まれたことがあった。そこで、今度また自宅である豪邸のペントハウスでパーティを開くので、怪しい女性を身体検査できる女性探偵を雇いたいということだ。今回はバーサが主役ということで「ぼく」ことドナルド・ラムは静観していた。が、地上の出入り口と20階の屋上まで、直通のエレベーターで分断された広義の密室状況のなかで、収集品が厳重な監視のなかから消え失せた。そして事態は殺人事件へと連鎖して? 1958年のアメリカ作品。クール&ラムものの第18弾。 久々にフェアがなんとなく読みたくなって、密室ネタということで有名なこれを手に取った。実は再読だが、何十年も前に読んで内容はまったく忘れてるので、別にかまわない。 (しかし偶然ながら、評者がこの前に読んだ『ハニー誘拐事件を追う』も、さらにその前の『ミッドウエイ水爆実験』もどっちも1958年の作品であった。オレに1958年がらみの、何らかの特異点とか因果律が働いてるのか?・笑) フェアといえば一定の面白さは担保してくれるものの、サブキャラやモブキャラが多めで、話が一歩間違えばごちゃごちゃ……という印象もあるのだが、これは良い意味でおそろしく筋立てがシンプル。登場人物もモブキャラ込みで20人にもいかず、その分、すこぶるリーダビリティが高い。 おのずと、ストーリーもフツー以上に楽しかったが、密室から盗難の謎については中盤で早々に解決し(50年代当時としては、新鮮なアイデアだったのだろうとは思うトリック)、後半は殺人事件の謎と、盗まれたアイテムを追ってのラムの奮闘劇になる。 で、まあ、殺人事件の真実はトリッキィではあるが、あれ? この真相なら、あの伏線を活かすべきじゃないの? と思った描写が回収されていない。 正直、フーダニットパズラーとしては、適当にその辺から犯人を見繕った感じである(まあ、いいんだけど)。 本気でオモシロイ! と思っていた瞬間には、ひさびさにこのシリーズで8点あげたいかとも思ったが、通読すると、楽しめ度で7点、謎解きミステリとしての完成度が5.5点というところ。 結果、評点としてはこのくらい。 でもまあ、楽しい一冊、ではあった。 |
No.1754 | 5点 | ハニー誘拐事件を追う G・G・フィックリング |
(2023/03/29 20:36登録) (ネタバレなし) 「わたし」ことロサンジェルスの28歳の女性探偵ハニー・ウェストは、夜中の3時に侵入してきた男に銃を向けられ、裸になるように命じられる。謎の暴漢の目的はレイプではなく、ハニーを軍服に着替えさせ、シルヴィア・ヴァース少尉なる女性軍人の身代わりを務めさせることのようだ? だが暴漢に連行された先でまた事態は急転。ハニーは連続する幼児誘拐事件に巻き込まれていく。 1958年のアメリカ作品。ハニーシリーズの長編第三弾。 西村寿行チックでショッキングな冒頭から掴みは万全だが、そのあとがいまひとつ。 話の弾みひとつひとつは確かにオモシロイのだが、すでに語られた物語の流れが、続く場面場面へと、どうも、スムーズに繋がってこない。 カメラワークは良し、脚本も悪くない、しかし編集だけがかなりよろしくない、そんな映画を観ているような気分であった。 最後のドンデン返しというか、意外な真相には結構驚かされた(まるで……・以下略)が、そこまでのゴタゴタ感で大きく減点。 やる気と狙いだけいえば、これまで読んできた本シリーズの作品の中でもけっこう高めの内容なんだけどなあ。惜しい一冊だと思う。 |
No.1753 | 6点 | ミッドウエイ水爆実験 ミシェル・ルブラン |
(2023/03/27 05:45登録) (ネタバレなし) 1956年1月。米国政府はこの春に、ミッドウエイで水爆実験を計画していた。放射能の影響を鑑みた人体実験も必要とされ、ジャクソン刑務所の死刑囚3人に、実験後は医療班が研究かつ治療にあたる、そして生きのびたら自由に釈放するとの条件で、被検体にならないかとの打診が行われた。計画が進む一方、ミッドウエイの実験場前線の周辺には、東側のスパイが潜入しているらしいと観測され、ニューヨークCIAの調査員リチャード(リック)・サヴィルは潜入捜査にあたるが。 1956年のフランス作品。作者ミシェル・ルブランのシリーズキャラクター、リチャード・サヴィルものの一本。例によってルブランなので短めの長編で、日本では同じくサヴィルもののもう一方の長編(やはりやや短め)『自殺志願者』との合本で、『ミッドウエイ水爆実験』の表題のもとに創元文庫から刊行された。 本レビューでは、ほかのルブラン作品の書評の例に倣って、その短めの長編一本ずつ、登録することにする。その辺は請う、ご了承。 ミッドウエイでの水爆実験の際、人体実験が実行されると西側の科学、医学技術が向上する可能性もあるので、東側のスパイは、水爆実験前に前線の研究所内部に干渉したり、さらには被検体の死刑囚を殺そうとしたりする。そんな敵の作戦を防ぐのが、主人公サヴィルの使命で今回のストーリーのメインプロット。 東側の作戦そのものが納得できるようなそうでないような、軍事作戦的に微妙な感があるが、それをとりあえず了解して読み進むと、存外にシンプルな筋立て。 一部サブキャラクターはしっかり文芸設定らしきものを作りこんだはずなのに、あまり話に活かされないとか、その辺のバランスの悪さもいささか気になる。 まあそうはいっても最後まで、それなりに楽しませて読ませてしまうのは送り手の話術がウマイからではあろう。佳作の中か下くらい。 場面場面では、そこそこ印象に残りそうな見せ場も用意されてはいる。 いつものトゥッサン警部ものとかのサスペンス編やクライムストーリーなどは趣の違うエスピオナージだが、緊張感の高め方などに、どっか共通するものがあるのは、それなりに理解できる。 |
No.1752 | 7点 | 逆転美人 藤崎翔 |
(2023/03/26 05:45登録) (ネタバレなし) 前例がある云々は、たぶん自分も読んでいる<あの作品>のことを指してるのだと思う。そういう意味では確かに前代未聞ではないが、作中でこのネタが用いられるその理屈づけに関しては、かなり感心した。 万が一、こういう種類の茶目っ気のある作品がもしミステリ界から消えたら、世の中はずいぶんと寂しくなるだろうなと、念じたりした。 |
No.1751 | 6点 | 復活なきパレード 三浦浩 |
(2023/03/24 13:23登録) (ネタバレなし) 1987年4月のこと。「おれ」こと柏木大介は、中野近くに自宅を兼ねた事務所を開設したばかりの35歳の私立探偵。少し前までは大企業の社員だったが、訳あって退職。妻とも離婚した。最初の依頼人は17歳の女子高校生の美少女令嬢、麻生知佐子だ。専業主婦の姉で25歳の立花紀和子がしばらく前から行方不明で、その夫で商社マンの卓也とも連絡がとれないので安否を確かめてほしいという。柏木は依頼を受けて調査に乗り出すが、何者かに襲われて昏睡。不穏な影は知佐子の周辺にも察せられる。柏木は、知佐子の護衛も兼ねて調査を続行するが、予想以上に事件の根は深かった。 改題された文庫版『弔いの街』の方で読了。脱サラ探偵・柏木大介シリーズの第一弾。 昭和ミステリ、国産ハードボイルドの体系に関心を持ったファンが系譜を探れば、割と早く三浦浩の名前には突き当たるはず? で、評者も何十年も前からその高評? は意識していた。 が、どうせならデビュー作で、当時相応の反響を呼んだときく『薔薇の眠り』(69年)から読もうと思いつつ、なかなか同作に縁がなく、ついに現在まで来てしまった。 聞くところによると作風は、初期の文芸的なA級風のハードボイルドミステリから、後年のやや通俗っぽい軽ハードボイル路線に流れたようで、たぶん、その辺は商業作家として編集者の要請に応えた部分などもあったのかとも勝手に憶測するが、なんとなく作家としての立ち位置が、島内透あたりに似ている。 で、とにもかくにも、先日、古書市で本作の文庫版を入手。まあそろそろ、特に著作の順番にこだわらずに読んでもいいかなと思い、ページを開いたが、なんというか予想以上に軽妙な作風で、あっという間に読了してしまった。 とはいえ序盤から思うところも多く、まず、いくら上流家庭のお嬢様とはいえ、主人公の柏木が、失踪した姉の調査料として大枚50万円、躊躇なく、小娘に請求し、それに知佐子の方が即座に払うのに面くらう(……)。 この金額が柏木の感覚で適正価格だったとしても、JKへの高額な請求を躊躇する主人公の描写も、一瞬でも戸惑う女子の図なども絶対にあるはずで、本気で、これはなにかのギャグかと思ったが、どうやらそうではないらしい(笑)。 (ちなみにこのあと、柏木のもとには別件の尾行依頼があるが、そちらは数日の調査を総額10万円でうけている。まだ高額だが、こちらはそれなりに納得できる数字だ。) ちなみに警察に相談したのか? 相手にしてくれなかった、のお約束の段取りなどもなし。これもあった方がいいと思うんだけどね。おじさんがその辺のアドバイスも先にしないで、コドモから50万円もらっていいの? 文章も目が点になるほど、ページによっては会話だけで、まるでロス・H・スペンサーであった。そりゃサクサク読み進められるよ。 とはいえ、あれやこれや立体的な面で引っかかる箇所は多い作品なれど、最後まで読み終えると、妙な風雅もあるような気もしないでもない、一風変わった一冊であった。 触感でいうなら、アメリカの50~60年代軽ハードボイルド私立探偵小説が、どこかオフビートな文芸味を見せて読み手を引き寄せるときの味わい、あれに似ている。 作者自身にしても商業作品っぽい方向に傾注してゆく過渡期の作品だったかもしれんし、やっぱ『薔薇の眠り』からそのうち、読んでみることにしてみよう。 まあ本作に関しては、単品で読む限り、低い評価をする人はするかもしれないし、それに逆らう気はないんだけれど、どっか妙に心にフックを感じる作品……かもしれない内容というところで。 (終盤に明かされる意外な真相に関しては、80年代の後半~終盤、時代はそんなものだったのかな、と思うところもあった。) 最後に。本サイトは旧題で登録が原則(管理人さんの御指示を拝見、解釈するとそういうことになる)だから、旧書名でデータアップしておくが、個人的には改題の方が絶対にいい。というか、旧題の方は、タイトリングの意味がいまいちピンとこない。 |
No.1750 | 7点 | 暗い傾斜 笹沢左保 |
(2023/03/22 11:46登録) (ネタバレなし) 昭和の中盤。港区にある中堅の町工場、大平製作所は、当てにしていた新案技術が利益につながらないと判明し、経営危機に陥る。亡き両親から会社の経営を引き継いでいた32歳の美しい女性社長、汐見ユカは、彼女を10年間にわたって精神的に支え続けてきた総務部長の青年・松島順二の献身も甲斐なく、苦境に立たされる。そんななか、会社の周辺で、重要な関係者の一人が死亡した。 評判がいいので、以前から読みたい、と思っていたが、古書価がやや高めなので二の足を踏んでいた。今回の復刊で容易に読めるようになり、とてもありがたい。 女の肉体が性器具としてどーのこーのとか、男は女の体に飽きるのが当然だとか、21世紀の今なら確実にコンプライアンスにひっかりそうな叙述がてんこ盛り。旧「宝石」に連載された作品だから、特にのちの中間小説的な方向を狙ったわけではなく、作者の地とそれを許した当時の世相の賜物であろう(その一方で、おなじみの笹沢ロマンらしい、男女間の独特の情感もかなり色濃い作品だが)。 知的な謎解きパズラーを読むふりをして、昭和ミステリを、リミッター解除されたいやらし小説として愉しむ21世紀現在の中高生とか、世の中のあちこちにいそうな気がする。 小説としてはスラスラ読みやすいが、これがどう、定評の(中略)トリック作品に転ずるのかと思いながら、後半までページをめくると……ああ、そういうことね。 確かに、これがある種のリアリティというか説得力を持っているのはわかるのだが、主人公に限らず、捜査陣の誰かがひとりでも「こういうこともあるのではないでしょうか」と言い出したら、一瞬で瓦解しそうなきわどさも感じた。 あと、このアイデアというか、ものの考え方は、後年の某・国産ミステリの某作によくいえば影響を与えている、悪く言えばちょっとだけひねってパクられているような。 (そーゆー意味では、源流または先駆に触れた意味で、よかったか。) 笹沢作品にありがちだが、(中略)が、後半へと物語が進むなかで交代。けっこう気に入ったんだけど、最後の余計な文芸は要らなかったとも思う。かといって無いではないで、それではキャラクターが薄い、という警戒が作者の胸中に芽生えたのだとしたら、まあその気分もわからないでもない。 いろんな想念が次々と湧いてくる作品。さほど突出した優秀作とまでは思えないけれど、作者らしさはかなり濃厚ではあろう。 佳作の上か秀作の下くらいか。 |
No.1749 | 8点 | リンドバーグ・デッドライン マックス・アラン・コリンズ |
(2023/03/19 17:39登録) (ネタバレなし) 1932年3月1日にアメリカのニュージャージー州で起きた「世紀の犯罪」。それは「孤独な鷲」こと、先だって太平洋横断飛行を達成した世界の英雄チャールズ・リンドバーク大佐の豪邸から、新生児の長男が何者かに誘拐された事件だった。地元警察の雑な対応で初動捜査に混乱が生じたなか、いまや米国政府を動かす要人でもあるリンドバーグは、先にアル・カポネを逮捕した財務省の功績に着目。その人脈から捜査力の増強を求めるリンドバーグの悲願は、シカゴの密造酒捜査官エリオット・ネスの推挙を経て、シカゴで地元の誘拐事件を解決した若手刑事である「わたし」こと、ネイト(ネイサン)・ヘラーを世紀の犯罪に呼び込むことになる。かくして、のちの私立探偵ネイト・ヘラーの人生に大きく関わる捜査が開始されるが。 1991年のアメリカ作品。 私立探偵ネイト・ヘラーものの長編第5作で、日本で邦訳があるたった三冊のうちの一本。 シリーズ第一作『シカゴ探偵物語』に続き、二度目のアメリカ私立探偵作家協会(PWA)最優秀長編賞を受賞した作品。邦訳はみっしりした級数の活字の文庫で、本文710ぺージ以上に及ぶ大冊である。 いやー、面白かったけれど、この量と質のボリュームゆえに、読むのには仕事しながら、通算四日かかった(うち半日は映画『シン・仮面ライダー』に行ったが・笑・) 山田風太郎の明治もののごとく、実際の史実の人物オールスターをこれでもかこれでもかと導入してゆくのが本シリーズの売りのはずだが(と言いつつ、邦訳そのものが少ないこともあって、評者が実際にこのシリーズを読むのは、これでまだ二冊目だ)、豪華絢爛な登場人物に加えてそこから膨れ上がっていく多重的な構造のエピソードの累積がただただ圧巻。 作者コリンズは本書の執筆のため、膨大な数の関連書を読み込んだらしく、その辺の述懐も著者自身の談話として添付されているが、ああ、これだけ取材してその上で、20世紀の大事件の裏面史をさらに新たにくみ上げたんなら、これくらいの密度と量感のものができてもおかしくはないだろう、と納得(とはいえ口でいうのは簡単だが、破格の筆力と構成力を要する作りだ)。 ちなみに評者のリンドバーグ二世誘拐事件の知識は、小学校高学年の頃に学校の図書館で、20世紀全般のノンフィクション叢書のなかで触れたくらいだが、遠い日の記憶がいくらか呼び起こされた。 どうせ脇筋の枝葉エピソードでしょう? と舐めてかかりそうになると、意外に細かい伏線を忍ばせてあるので、実にくえない作り。 例によって登場人物メモを作ったが、本当にワンシーンのみであろう人物名の記録を一部省いても、総勢130人ほどになった。あとあとになって久々に再登場したり話題になったりするキャラクターなんかいくらでもいるので、メモは必至である。 ミステリとしては、後半4~5分の1での切り返しで、一瞬、あ、それでいいのか? と思いもしたが、読み進むうちに、その辺の不満は解消。終盤の畳みかけるような展開と、うん、確かに(中略)なまとめ方、そして、ああ、そう来るのな、的なクロージングに万感の溜息をついて終了。 いやまあ、何はともあれ、最後までしっかり読んだ。読みごたえがあった。面白かった。 なお本書を手にして初めて知ったが、実は既訳の三冊以外にも、本シリーズは第10弾も文春文庫で翻訳刊行の予定があったらしい。 そしてこれが、ロズウェル事件、つまりあのUFO事件ネタにヘラーがからむというもので、なにそれ、読みたい!!! と思ったが、周知の通り、20年以上経った今でも未刊行……。 本書とか、よっぽど、売れなかったんだろうなあ。まあ、大半の私立探偵小説ファンは、この厚さで逃げるよなあ(……)。 万が一、翻訳文ができていたら(本シリーズ各編の長さなら、訳出作業の途中で中断の可能性も高いが)どっかの出版社で拾ってくれないものだろうか。 |
No.1748 | 6点 | 悲鳴だけ聞こえない 織守きょうや |
(2023/03/15 15:45登録) (ネタバレなし) 今回の連作集は、多くの人の人生のどっかで関わってきそうな民事事件を主題にした内容が多い。 ミステリ味はさほど強くないものの、読んでタメになるわかりやすい法律教室? という趣で、これはこれで良い。 連作短編ミステリの大海は、こういう趣旨のものもあってこそ、だと思うので。 |
No.1747 | 6点 | ベビー・ドール カーター・ブラウン |
(2023/03/15 11:11登録) (ネタバレなし) 「おれ」こと、ハリウッドのトラブル・コンサルタント、リック・ホルマンは、映画プロデューサーのアイヴァン・マッシ―から依頼を受ける。仕事の内容は、マッシーお抱えの美人女優トニー・アスターが、人気歌手のラリー・ゴールドと噂があるので事実関係を調査し、場合によっては今後の交際を止めてほしいというものだ。だが双方の人気芸能人には、ハリウッド業界人たちの思惑が絡み合う。そして以前、新婚直後の夫に失踪された経歴のあるトニーには、まだ秘めた人間関係や前身があった? そんななか、ひとりの人物が命を落とすが。 1964年のクレジット作品で、ミステリ書誌サイト「aga-search」によればホルマンものの長編、第7弾。 人気スターのスキャンダル騒ぎのコントロールという、ハリウッドものとしてはいかにもありそうな事件を主題にしており、いささか地味な印象。 人死にも、終盤でちょっと荒れ事が起きるまで、殺人かどうか不明の(読者視点では、たぶんソウナンダロウ)転落死が一件だけと、かなり地味(あ、トニーの夫の失踪事件があるか。でもそっちは……)。 とはいえ、そのメインヒロインのトニーの従姉妹で、ブロンドの美女リザのキャラクターがなかなか魅力的。 リザの実母ネイオミは元・大成しなかったコーラスガールで、星一徹風に娘のリザに芸能界での成功の夢を託したものの、リザが音痴と判明したために失望。かわって姪のトニーをステージママならぬステージおばさんとして養育し、人気スターとなる一助に貢献した過去がある。 で、割を食った形のリザが心に抱えるルサンチマンが、陽性かつエネルギッシュなメインゲストヒロイン像に転化されており、そんな彼女とホルマンとの関係も、一種のラブコメ風に妙にゆかしい。 今回はこの辺で得点ポイントかと思ったら、殺人事件の真相もちょっとヒネりがきいていてオモシロかった。殺人実行のビジュアルイメージは、少しだけ不気味でこわい……かもしれない。 事件解決後の、良い意味でウヒャッハーなクロージングも愉快で、ホルマンと仲間たち、楽しそうだな、オイ。 佳作。 |