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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2190件

プロフィール| 書評

No.1850 6点 探偵を捜せ!
パット・マガー
(2023/08/11 17:10登録)
(ネタバレなし)
 もと女優だったが芽が出ず、年上の資産家フィリップ(フィル)・ウェザビーと結婚した金髪美人のマーゴット。だがフィルは病身で養生のため、娯楽も少ないコロラド州、ロッキー山脈周辺の、自分がオーナーである小ホテルに隠遁生活を送る。女優時代に自分の面倒を見てくれたやはり元女優の老女トムリンソン(トミー)を女中として随伴し、やむなく夫についてきたマーゴットは、こんな地味な生活に耐えきれず、夫の殺害をはかった。だが殺される直前、フィルはマーゴットに、自分はかねてから妻の害意に気づいており、親友の私立探偵「ロッキー・ロードス」をすでに召喚しているのたと語った。勢いのままに夫を殺したマーゴットは、その死を偽装。だがシーズンオフのホテルに、順繰りに男女4人の客が現れた。そしてこの中の誰かが、夫の死を探る探偵ロードスの変名のはずだった!?

 1948年のアメリカ作品。
 マガーの変化球フーダニットシリーズ第三弾。

 とはいえ今回は変化球のパズラーというよりは、ほとんどフツーの倒叙サスペンスで、しかも設定上、メインの登場人物をそんなに多く出せない、各キャラクターの個人エピソードまで話を広げにくい(客の個々でそれをやると、誰が探偵なのか判明してしまうので)ため、マーゴットの三人称一視点の描写を丁寧に書き連ねるしかなく、もちろんサスペンスはあるものの、一方でお話が一本調子で冗長。深夜に読んでいて、うっすら眠くなった(汗)。
 地味なキーパーソン(準キーパーソン……くらいか)がトムリンソンおばあちゃんで、マーゴットの現役女優時代から、彼女の成長を見守っていた先輩女優であり、今も母と娘のような絆で結ばれている。お話の流れでも、彼女の存在がひとつのポイントであった。詳しくは言わないが。
 
 クライマックス、マーゴットと「探偵」との対峙、そして終盤の二人のダイアローグなどはいい。しみじみと心に染み入ってくるクロージングであった。
 全体的にこの設定なら、もっと面白くできるはずという伸びしろが悪い意味で感じられた作品。広義のクラシックとしてこの本を読んで、俺ならもっと面白く書いてやると考えて、同傾向の発展的な作品を書いた新本格系の作家とかは、あちこちにいそう。まあ、具体例はちょっとすぐ思いつかないが(汗)。


No.1849 8点 銃撃!
ダグラス・フェアベアン
(2023/08/10 16:26登録)
(ネタバレなし)
 1970年代のアメリカ。シカゴの南西部にあるスモールタウンの、メイボック。「おれ」こと、現地の地方デパートの社主である40歳代のレックス・ジネットは、その日、4人の旧友かつ復員兵仲間と、狩猟を楽しんでいた。河の向こうに6~7人の面識もないハンターの集団がいるが、そのなかの一人がいきなりこちらに発砲。レックスの仲間のセールスマン、ピート・リナルディが被弾する。レックスとピートの仲間で大規模な理髪店の主人、裏ではノミ屋の胴元であるジーク・スプリンガーが怒り、反射的に銃撃。先方の仲間の一人は頭部を撃たれて死んだようだ。一方、こちらの仲間で撃たれたピートはかすり傷で済んだようで、その治療を済ませた一同はジークの正当防衛が成立するか、過剰防衛を問われるか、そもそも先に向こうが発砲した証明ができるか、ジークは逮捕されるのではないか、と緊張する。だが事態は警察沙汰どころか大きな騒ぎにもならず、レックスは数日後、一人のハンターが流れ弾の事故で死んだという新聞記事のみを認めた。仲間たちのリーダー格のレックスは、向こうのグループがあえて警察への通報を控え、そしてこちらへの報復攻撃を考えているのだと確信した。レックスは仲間たち、さらに新たな人員を募り、応戦の準備を始める。

 1973年に米国のダブルディ社から刊行された作品。
 本書は小鷹信光と石田義彦の共訳だが、その小鷹が邦訳が出る前から、ミステリマガジン誌上で本書について言及。本書の内容についてあれこれ語っていた記憶がある。

 そんな理由もあってなんとなく昔から少しこだわりはあった作品だが、狭義のミステリではないせいか(もちろん広義のミステリでは、十二分以上にあるが)、読むのを十年単位で先延ばしにしていたら、一種のカルト作品として? アマゾンで古書価が高騰。
 しかし評者は今から半年ほど前の古書市で、幸運にも220円で入手。
 それで昨夜、読んだ。

 人間の暴力・殺戮への欲求、社会的に成功した者もそうでないものもひっくるめての、私的な戦争(戦争ごっこ)への傾斜などが主題の作品なのは言うまでもない(その辺は、ハヤカワノヴェルズの小鷹の訳者あとがきでも、たっぷり語られている)が、印象的なのは田舎の名士であり有力者ながら、本質的にガキ大将でマイルールで友人たちをたばね、助け、叱責し、ときには下手に出て相手を操縦する主人公レックスのキャラクターの濃さ。

 なお小鷹の解説では一度もその名前が出てこないが、2020年代のいま、日本語で読むと、かなりジム・トンプソンあたりと共通した味わいを感じる。実はエモーショナルな内容を、ドライでさばさばした書き方で捌いていくところなんかも含めて(ただし絶頂期のトンプソンほど、文章に独特のブンガク味めいたものは感じなかった)。

 本文はノヴェルズ版で150ページちょっととかなり薄目。だが名前の出る登場人物はかなり多く、メモを取りながら読んだら80人前後になった(一瞬で消えるキャラもかなりいるが)。
 性格群像劇としてキャラクターはおおむね図式的に配置されているといえるが、一方で意外に変わった運用をされるキャラもいて、その辺の起伏感はなかなか楽しい。
 終盤の展開はもちろんここでは書かないが、評者はかなり唖然とさせられた。
「え」。

 さらにラスト1ページの、あの登場人物のあのセリフ。もう、なんかね。

 コアが定まっているけれど、たぶん<少しくらいは>いろんな読み方が可能な作品。
 読んで良かった、とは思う。


No.1848 7点 すべてはエマのために
月原渉
(2023/08/09 10:11登録)
(ネタバレなし)
 世界第一次大戦前後のルーマニア。18歳の看護学生リサ・カタリンは、2歳年下の妹エマが病魔に冒されており、そして妹のために特殊な型の血液が必要と知った。そんななか、リサは、マラムレシュ地方の金持ちロイーダ家から、名指しで看護婦として働くよう要請を受ける。妹エマを救うことに繋がるさる思惑を込めて同家に向かうリサだが、そんな彼女を待っていたのは、ひとりのロシア系の日本人美女、そして怪異な不可能犯罪との出会いであった。

 シズカシリーズの新章作品・第一弾。
 題名のタイトリングパターンが既存のシリーズ作品とまるで異なるので、当初はシズカものとわからない。
 月原先生の前作『九龍城の殺人』がなんかそれっぽい題名なのに、非シズカものだったのは、作者としては今回のこの作品もまた、非シズカと思わせようと考えていたのかもね。
 白紙の状態でさっさと読んで、え!? と驚けた人が、ちょっとうらやましいかも。

 最初からしばらくは、20世紀序盤の時代の現代史小説を読むような味わいだけど、中盤からミステリとしてのギアがかかって面白くなる。
 一流半のネタをいくつも詰め込んだ手数の多さ、そしてそのネタ群の練り合わせがちょっとどこかアンバランスなのは、ああ、正にシズカシリーズである。終盤はいろんな意味で良くも悪くもサービスしすぎな感じはするし、メインの動機もかなり大昔からあるものだけど、こういう使い方は確かにちょっと珍しいかも? 
 ミステリとしてトータルで佳作。シズカシリーズの新展開、という趣向そのものは歓迎して、この点数で。


No.1847 7点 鬼姫斬魔行
神野オキナ
(2023/08/04 16:09登録)
(ネタバレなし)
 21世紀の初め。何百年にもわたり、妖(あやかし)や邪神からひそかに人間社会を守り続けて戦ってきた斬神斬妖の一族があった。その一角の戦闘能力に恵まれない血筋で、一族のために資産管理をする役割ながら大きな損失を出した月観(つくみ)家。当主は責任をとって自殺し、遺された当年15歳の少年・月観捨那(つくみしゃな)は、優しい母まで病気で失った。戦士としての力を持たない日陰者の捨那だが、そんな彼に一族の総領である老婆は、伝説の鬼の得るための試練を託す。それが捨那と、美しい不老の鬼娘「鬼姫」との出会いだった。

 作者の初期作のひとつ。
 評者は同じ作者の1999年のライトノベル作品『闇色の戦天使』の昏く切ない雰囲気が今でも大好きなので、しばらく前に入手しておいた近い時期の作品として読んでみた。
 本作も<ピュアだが戦いの血臭のなかで成長してゆく少年と、心に慈愛を秘めた凶的な最強の年長ヒロイン>という主人公コンビの属性は、その先行作『闇色の戦天使』を踏襲している。要はこの時期の作者は、こういうものが本気で書きたかったのだ。

 全体としては『死霊狩り』(小説版『デス・ハンター』)を書いていた頃の平井和正みたいな雰囲気で、残虐なシーンと伝奇SF活劇の娯楽性を盛り込んだ、しかし随所で独特の情感を読み手に授ける作風。
 本来は心優しい少年主人公の捨那が鬼の力(実は、解放された、人間誰しもの心に潜む闇の闘争心)を得て凶化していく一方、メインヒロインの鬼姫がそれを支えて見守るのはある種の読者の充足願望に応えた作りだが、作者は正面からそれを書く気なので下品さはない。主人公コンビの周囲を固めるメインキャラも図式的といえば図式的だが、ひとりひとりが、作者らしいクセのある存在感を見せている。

 ガンマニアで祖父の遺したモーゼルを手にする女子高校生の社長令嬢・狭霧諒子もそんなメインヒロインの一人だが、なにしろ彼女の部屋に入って来た父親のいきなりのセリフが「まるで、リュー・アーチャーの事務所だな」である(笑・嬉)。しかし地の文に特に諒子の部屋の描写はなく、作者は読み手に勝手にどんな部屋かイメージしてくれと期待をかけるだけ。自分が神野作品が好きな理由のひとつは、こういうすっとぼけた面にもある(とはいえ、膨大な著作数の上にシリーズものも多く、まだまだ未読は山のように多いが・汗)。

 ちなみに作者あとがきによると作者は本作をシリーズ化させたかったみたいだけど、実際のところはこれ一本で終わったようで、その辺も『闇色の戦天使』に似ている。
(ちなみに、「またこのふたりの続きを書きたい」と言ってるけれど「ふたり」じゃなくて……だよね?)
 まあこっちも、読み始める時点ですでにあまり長期化しているシリーズの一作目なんか敷居が高くてなかなか手に取らないし、単品作品だから読んだ面もある。そのくせ、読んでその作品世界や主人公たちに惹かれると、続きがないのを惜しい、とも思う。つくづく読み手は勝手なものである。


No.1846 8点 死と空と
アンドリュウ・ガーヴ
(2023/08/03 16:20登録)
(ネタバレなし)
 時は(たぶん)1950年代のロンドン。40歳の元植民省役人チャールズ・ヒラリイは、かつて若い頃に理想に燃えてカリブ海の赴任地に赴いた。だが当初は夫に協力的で同地にも同道した元モデルの美人妻ルイーズは、現地の不衛生さと文化の低さになじめず身勝手なわがままを行ない、結局ルイーズのそんな態度はチャールズの失職に繋がった。現在はルイーズと別居し、農林技師として生計を立てるチャールズだが、そんな彼には、カリブ海駐留時に取材を受ける縁で出会った美人テレビレポーター、キャスリン・フォレスターという29歳の恋人がいた。完全に夫婦間の互いの愛情が失われ、一方でキャスリンと再婚したいチャールズはルイーズに離婚を求めるが、悪女ルイーズはただ夫へのいやがらせのために申し出を拒否していた。だがそんな矢先にルイーズが何ものかに殺害され、その殺人の容疑が、動機と疑惑の主であるチャールズにふりかかった。

 1953年の英国作品。
 早川の「世界ミステリ全集」の、ガーヴ作品『ヒルダ』収録巻の挟み込み月報で、当時まだ若い瀬戸川猛資がガーヴの総評を行なった際に「アイリッシュの『幻の女』をガーヴが書けばこうなる」と、本作に関してのたまっていた記憶がある。評者など、少年時代にその瀬戸川文を読んで以来、本作に抱く印象はず~っと<この作品は、ガーヴ版の『幻の女』らしい>なのだった。

 で、なるほど、作品の存在を知ってから数十年目にして初読した中身の歯応えはまんま先人の言うとおりである。
 ただし、それはあくまで「殺された悪妻」「窮地に陥る主人公」「主人公を救おうとする恋人の奔走」などの共通項を並べてトポロジー風に見たからで、実際の食感は前半の裁判ドラマの厚み、続くショッキングな大事故の勃発から、第二部クライマックスの過酷な自然界の中での冒険行、そして……とかなり中身が違う。まあそこらが正に、ガーヴ流、なのだが。
 第三部は紙幅がギリギリまで少なくなっていくなかで、ハッピーエンドになるには違いなかろうか、一体どう決着つけるのだ? というテンションの高め方が半端ない。回収される伏線は実はかなり明快な形で張られていたが、第二部の肉厚の描写に幻惑されて失念していた。

 それで、ある意味ではブロークンな、ミステリの定型的な作法から外れたクロージングとなるのだが、これが一方で、うーむ、と良い意味で読者を唸らせる印象的な決着である。評者なんか、まだそれなりにキレイな時期の、西村寿行の某長編の幕引きを思い出した。
(ところでブロークン、といえば、このポケミス裏表紙のあらすじも、かなり破格だねえ。いや、それで戦略的に成功してるとは思うけれど。)

 訳者の福島正実は、作者のなかでも上位に来る力作と言っているが、正にその通りだろう。秀作でも傑作でもなく、力作、その修辞が当てはまる一作。

 で、これ、あの「火曜日の女」シリーズの第一弾として和製ドラマ化されたんだよな。キャスリン(に相応する日本人のヒロイン)役は浜美枝か。
 DVD化やCS放送などの発掘はいまだされてないはずだけど、なんとか観たいものである。


No.1845 6点 人形島の殺人
萩原麻里
(2023/08/02 07:18登録)
(ネタバレなし)
 幼馴染で同じ大学の学友、そして「呪殺島」がらみの二つの殺人事件にともに関わった女子・三嶋古陶里(みしまことり)が、妙な書置きを残して姿を消した。僕は、彼女の行先である「壱六八島(いろはじま)」もまた、あの呪殺島の一つなのだと知る。島に乗り込んだ僕は、いきなり不可解な殺人事件に遭遇した。

「呪殺島秘録シリーズ」第三弾。
 単品でここから読んでもいいけれど、シリーズ先行作品のうっすらネタバレっぽい点もないではないので、どうせなら第一作から順々に読むことをオススメする。

 シンプルな大技ひとつ(しかもわかりやすい)に寄りすぎた前作『巫女島』に比べ、登場人物を増やして見せ場を多くした印象。さらにメインヒロインの古陶里と主人公の関係性にも、今回ここで、ひとくぎりがつく。
 謎解きフーダニットとしては、正直、ごちゃごちゃしている割に、意外性にはしっかりこだわった作り。その分、いくつかのサプライズがいささか唐突に思えた。
 一方で、連続殺人でメインキャラの頭数が減っていくこともあって、犯人の意外性などは、あまりない。

 力作だとは思うけれど、一方で<そういうもの>風に仕立てた<横溝っぽい作品>度の度合いは、今回もかなり強かった。
 シリーズは今後も続くだろう(それ自体は希望だ)が、前述の通り、主人公コンビにも今回で何かと一区切りがついたので、第四作目からは何らかの新しい風を入れてくれることを期待。

 最後に、本シリーズの大枠、昭和B級スリラー風パズラーの雰囲気は、決してキライではない。


No.1844 8点 木挽町のあだ討ち
永井紗耶子
(2023/07/31 07:59登録)
(ネタバレなし)
 時は老中・松平定信が行政を改革した時期の江戸時代。今から2年前の雪の日に、芝居小屋が立ち並ぶ木挽町(こびきちょう)で、森田座の下働きだった美青年の若侍・伊能菊之助が父の仇を討ちとった武勇伝は今も語り草になっていた。そんなある日、ひとりの人物が、関係者を訪ねて歩き、当時の状況についての詳細を聞いて回る。

 今年の新刊で、直木賞と山本周五郎賞の同時受賞の話題作、ということで関心が湧き、読んでみた。

 名前の出ない狂言回しの主人公? が、縁ができる人脈を順々に辿って5~6人の関係者を訪ねて回る「舞踏会の手帖」みたいな構成だが、江戸の風俗や当時の文化事情などを仔細に書き込んだ各章は、ひとつひとつが連作短編的に読み手を楽しませる。

 関係者のそれぞれが聞き手役の主人公に、個々の立場からの若侍・菊之助との関係性を語り、そして関係者自身の半生を流れのなかで口にする。特に後者の部分は短くも長くもない紙幅のなかで、各自のコンデンスな人間ドラマが綴られる。この要素が積み上がっていくのが本作の大きな賞味部分だが、しかし物語は最後まで読んで、さらにまた一皮二皮、剥ける。

 決して斬新な作法やギミックを採用しているわけではないが、丁寧かつよく練り込まれた仕上がりで、一冊丸々、心地よく楽しめた。

 未読の方へのネタバレは極力控えたいので、読後の後味の方向性もここでは割愛するが、一冊まとめて上質なエンターテインメントであり、人間ドラマミステリであった。確実に、今年の収穫といえる一作になるであろう。


No.1843 7点 彼女たちはみな、若くして死んだ
チャールズ・ボズウェル
(2023/07/29 19:44登録)
(ネタバレなし)
 1949年のアメリカ作品。

 古くは1890年代の初頭(ホームズや切り裂きジャックの時代)から最も新しいもので1930年代半ばまでの、実際に現実に起きた犯罪実話を短編小説風に綴った、テーマ連作集。全部で10本のエピソードが収録されている。タイトル通り、被害者がみな、年長でも30代半ばくらいまでの、総じて美人または魅力的な女性なのがミソ。

 作者チャールズ・ボズウェルは、ドキュメント作家で、別著(共著)で、1954年度のMWA犯罪実話賞を受賞した御仁らしい。

 で、本書は各編のなかで語られるお話の形質(混み入りかけたそれぞれの事件や犯罪が、堅実な司法捜査、または関係者の調査によって徐々に暴かれていく)が、デビュー直後の「あの」ヒラリー・ウォーに大きな影響を与えたという。それで、え? と思って読んでみた。
(しかし旧刊とはいえ、2017年の刊行じゃ、まだ最近の邦訳本だな。そんな興味深い由来がある新刊本を見落としていたとは、我ながらアレだ・汗。)

 で、実物を読んでみると、ああ、ウォーに影響云々は、よくわかる。
 というか、個人的な印象としては、クロフツの長編で、フレンチほかの主役探偵や捜査官が、何らかの手掛かりらしいものを見定めて、足で歩いて事件を絞り込み、犯人や真相に迫っていく辺りの地味なワクワク感、あの辺の妙味を切り出してそれ自体をメインの賞味部分に仕立てた短編小説(実話小説だが)という感じ。
 たしかに警察捜査ものミステリの系譜において、その発展史の上で重要な一冊になったというのは、納得できる話だ。
 とにもかくにも各編、大筋においてこれは本当に現実にあった事件であり、捜査の過程であるという意識が読み手への圧になるのも、独特なリアリズムをぐいぐい体感させられるようで、常に各編のどこかに格別の緊張感があったような気もする。
 
 まあ正直なところ、評者など、大昔の少年時代には、ミステリなら基本的には作者が頭のなかで考えた虚構のフィクション(とどのつまりはウソのお話)なのに対し、犯罪実話というと妙な生々しさがあって抵抗がないでもなかった。
 面識もない、遠く離れた時代の場所の人とはいえ、実際の現実世界で被害にあった人たちの不幸を読み物として楽しむ行為に後ろめたさめいたものを感じるような気分も生じたりもしたのかもしれない。
 でまあ、現在でもそういうデリケート? な部分が全くなくなったわけでもないが、良い意味で割り切ってもいい、ともさすがに考える程度には成熟? したし、さらに勝手な理屈かもしれないが、こういう形で過去の犯罪実話に触れて思いを馳せるのも、まったくその事実を知らないよりは、何万分の1ミクロンぐらいはそれぞれの事件の当事者(被害者)の供養の真似事くらいにもなるんじゃないか、とも思ったりする。

 まあ、その辺の思いはともあれ、リアリズム派の警察小説好きなら、読んでおいて損はない、楽しめる一冊だとは思うよ。


No.1842 8点 緊急深夜版
ウィリアム・P・マッギヴァーン
(2023/07/28 16:10登録)
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの港町。そこは裏社会と繋がる現市長ショオ・ティクナーによって牛耳られる悪徳の町だったが、次期市長選の対立候補で48歳の弁護士リチャード(リッチ)・コールドウェルは愚直な理想主義を掲げ、市政の改革を図っていた。だがそのコールドウェルが、泥酔して、イタリア系マフィアの青年フランキー・チャンスの恋人エデン・マイルズを殺害した容疑で逮捕された。地元紙「コール・ブリティン」の社会部記者のサム・ターレルは事件の取材をするうちに、顔なじみの57歳の巡査パディ(パトリック)・コグランが、たまたま現場から立ち去る怪しい人物を目撃したとの証言を得る。だがコグランは直後にその証言を撤回。裏には、現市長と結託した地方警察上層部の圧力があった。ターレルは独自に事件の真相を追い続けるが。

 1957年のアメリカ作品。
 マッギヴァーンの12番目の長編(別名義含めてカウント)で、作者が完全に脂が乗って来た時期の一冊。

 評者にとってはいつかじっくり読みたいと、トラの子でとっておいた一冊だが、数十年前に購入した再版のポケミスが見つからず、仕方なく初版を安くネットで古書で買い直した。
 期待通りに骨太・剛球の社会派ミステリで、しっかり小説として読ませる。読み手を飽かさず惹きつけるストーリーの流れももちろんよろしいが、主人公ターレルが本作のヒロイン格のナイトクラブ歌手コニー・ブラッカーと関わるあたりなど、実にいい。殺されたエデンの友人で事件の重要情報を握っているコニーだが、保身のためにその情報を秘匿。ターレルは黙ってデートに誘い、市政の不正にあえて無関心を装う中流~準・上流家庭のパーティに連れて行って、事なかれ主義の連中のいやらしさを見せつける。そんなターレルがコニーの良心にかける圧に対し、こんなやり方もまた卑怯だという意味合いでコニーが怒り出すくだりなんか、ため息が出るほど良い。
 登場人物の配置はおおむね図式的だが、そう思っていると足を掬われる描写があちこちにあり、作品の厚みを感じさせる。

 とはいえ終盤のどんでん返しは(中略)だが、そこで終わらず、本当の……まあ、この辺もあまり詳しく書かない方がいい。

 やっぱり黄金期のマッギヴァーン、実にいい。自分が1950~60年代前半のアメリカの社会派ミステリ(人間ドラマ成分多めのもの)に求めるものの大方が、ここにある。優秀作。


No.1841 8点 愛の終わりは家庭から
コリン・ワトスン
(2023/07/27 06:57登録)
(ネタバレなし)
 英国の地方の町フラックス・バラ。そこでは中流・上流家庭の人たちによる慈善活動運動が賑わい、社会貢献で承認欲求を満たそうとする者たちの勢いは半ば戦争ともいえる態を見せていた。そんななか、警察署や地方紙の編集部などに、どこぞの女性らしき匿名の者が生命の危険を訴える文書を送ってくる。一方、ロンドンの私立探偵モーティマー・ハイヴは、依頼人「ドーヴァー」の頼みである人物の周辺を探る。やがて、ひとりの生命が失われるが。

 1968年の英国作品。
「フラックス・バラ・クロニクル」シリーズ(別名、ウォルター・バーブライト警部シリーズ)の第6弾。

 評者が読むワトソン(ワトスン)作品はこれで3冊目。
 しかし、これがダントツに面白かった。
 
 事件の構造はかなりシンプルで地味だが、そこがミソ。
 こんな一見、外連味もない事件がわざわざ全12冊のシリーズの中から邦訳4番手として選抜紹介されるのなら、きっと終盤で何かあるハズだ! と予期したが、見事にその期待に応えてくれたものだった! 

 いや、犯人は大方の予想はつくが、ぶっとんだ(少なくとも私にはそう思える)しかし妙に説得力のある? 動機、そして最後に明らかになるとあるサプライズなど、十分にこちらの期待値を超えていた。
(付け加えるなら、中盤のグラマースクールの場面での、いかにも英国風ユーモアのくだりも非常に楽しい。)
 
 紙幅は220頁ちょっとと短めだが、ムダをそぎ落とした感じ(でも小説的な旨味はけっこう多い)でサクサクストーリーが進んでいく感覚も良。

 まだ邦訳は続くというので、楽しみにしたい。
 いや、この一冊で個人的にはかなり、作者の株があがったよ(嬉)。
 評価は0.5点くらいオマケ。


No.1840 6点 117号スパイ学校へ行く
ジャン・ブリュース
(2023/07/25 16:37登録)
(ネタバレなし)
 1960年代前半のニューヨーク。コールガール組織の運営で羽振りを利かす青年ロッキイ・レイメーカーが、ロシア側スパイの罠にかかった。殺人犯に仕立てられた彼はソ連への亡命をそそのかされる。ロシア側の目的は、アメリカ英語のスラングを工作員に学ばせる講師を求めて、適当な人材=ロッキイのような、適度に知性のある裏社会の人間を確保することだ。だがFBIがこの事態を察知。FBIはCIAと連携し、腕利きスパイの117号ことユベール・ボニスール・ド・ラ・バスの顔をロッキイそっくりに整形させて、替え玉としてソ連に送り出す。

 1964年のフランス作品。全部で72冊ほど書かれたというOSS117号もののうちの一編(そのうち、邦訳は4冊)。

 前に読んだ『蠅を殺せ』が薄いながら、それなりに読み応えのある楽しめる作品だったので、夜も更けた(というかほとんど夜明けになった)時間から、これを読み出す。
 今回もポケミスで本文150ページ弱と薄目だが、中味はシンプルながら無駄の少ない(小説的な意味での脇筋、余剰はある)コンデンスな筋立ての一冊。
 ゲストメインキャラのロッキイの苦境、彼の周辺の女性たちの動向、東西両陣営のスパイたちの思惑と行動、などが前半の主体で、そこから徐々に、途中から登場した117号を主軸としたストーリーにグラデーション的に移行してゆく。
 後半のあらすじをあまり書いても興を削ぐが、現地でのピンチとそこからの脱出、さらに……の東側からの脱出行の一部には、かの『ロシアから愛をこめて』を思わせる趣向もあり、今回も紙幅の割にコストパフォーマンスが良い。
 前作『蠅を殺せ』をカーター・ブラウンっぽいとも書いたが、今回はひきしまったときのハドリイ・チェイスあたりを想起した。
(任務の流れのなかで、必要に応じて冷徹に人を殺す117号の描写も、王道ながら確実にひんやりした気分を読み手に味合わせる。)

 ラストは、え、これで終わるの? と一度は思ったが、考えてみれば小説として書かれた物語のその先のベクトルは確かに覗いており、結局は(中略)という方向に向かうだろう。余韻のあるクロージングだったといえるが、受け手がその余韻に浸る前に当惑していちゃいけないか。
 佳作~秀作。


No.1839 8点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2023/07/24 05:23登録)
(ネタバレなし)
 ようやっと読んだ。

 反則技そのものはほとんどないが、反則技スレスレのような大技中技小技は怒涛のごとくとびだしてくる、そんなピーキィな内容の一冊であった。
 雑と言えば雑、大味といえば大味な部分も少なくないが、一方で非常に攻勢のエンターテインメントになっており、なるほどこの作者らしい。
(一番ウケたのは、犯人のパッショナブルな動機で、誰も見ていないところで拍手喝采してやりたい・笑。)

 あと、ようやっと本サイトの皆様の感想を読んで、軽く驚いた。
 その流れで思うこともあるのだが、それについては次の動きがあってからモノを言うことにしよう。

※……まったくの余談
 21世紀のミステリマニア(一部プロ作家)が3~4人も集まっている場なのに、「『モルグ街』が史上最初のミステリ」という「常識」「定説」が一同にあまりにすんなり受け入れられ、「いや、近年の見識では『モルグ街』以前にも広義のミステリはいくつもあり……」という類の、文学史上の異説を言い出す者がただのひとりもいないのには、ぢつに違和感と摩擦感を抱いた(笑・怒)。
 ここだけは、海外クラシックミステリファンの有志が高らかに声をあげてツッコむ箇所ではないかと、強く思う。


No.1838 7点 すり替えられた誘拐
D・M・ディヴァイン
(2023/07/23 07:44登録)
(ネタバレなし)
 ディヴァインもこれで5冊目。とはいえこれまで読んだのは、ほとんど2010年代後半以降に翻訳された新刊ばかり。
 それ以前の旧刊は『兄の殺人者』以外まったく未読なので、今回、これで全冊翻訳と聞いても、ああ、そうですか、くらいの薄情な読者である(汗)。
 
 ただまあ、小説としては今回のが、これまで読んだなかでダントツに面白かった。
 フーダニットのパズラーというよりサスペンス編というか、大人向けのコージーミステリじゃないかな、とも思うが、主人公ふたりはすごく魅力的。思春期に読んでいたら、けっこう心の楔になりそうな作品である。
 すんごくラストがいい。本当にいい。

 一方で、真犯人に関しては、人間関係の配置+伏線から、判明前に推察できて、見事に正解。ただまあ、あの(中略)な動機は、独特の凄みがあった。

 阿津川先生がおっしゃる「『(中略・某海外名作)』のようだ」というのは、個人的にはいまひとつピンとこない。むしろ個人的にはガーヴの諸作(ことさら何か特定の作品ではなく)を、ディヴァインが自分流に消化したら、こうなった、というような印象。
 原書は1969年の作品なんだよね。1970年代の半ばくらいまでに、その頃のポケミスか当時の創元文庫で読みたかったな、と、ちょっと、そんなことをしんみり考えたりもした。


No.1837 7点 毒蛇
レックス・スタウト
(2023/07/22 17:05登録)
(ネタバレなし)
 ネロ・ウルフのもとに、外注探偵チームのひとりフレッド・ダーネンが現れた。用件は、彼の妻ファニイの友人であるマリア・マフェイの兄で、金属細工師の青年カルロが行方不明なので、マリアの相談に乗ってほしいという。ウルフはマリアと面談ののち、「ぼく」ことアーチー・グッドウィンをカルロのアパートに調査に行かせる。アーチーはカルロのアパートで、彼がいなくなる直前、電話を受けるのを見たという女中頭で20歳くらいの娘アンナ・フィオレに出逢い、彼女をウルフの事務所に連れてきた。アンナに執拗な質問をしたウルフは、やがてとんでもない事を言い出す。

 1934年のアメリカ作品。スタウトの処女作(初のミステリ?)で、ウルフシリーズの第一弾。評者は、ポケミスの初版の佐倉潤吾訳の方で読了。

 何というか、単一の事件、一本の連続したお話ながら、読み進めるうちに作品の色彩がコロコロ変わる、カラフルなミステリという感じ。
 まったくの直感推理ながら、正に安楽椅子探偵の面目躍如のウルフの描写が前半から心地よく、この辺は確かによく言われるようにわずかな情報から仮説という名の真相を探り当てるホームズの直系。
 途中の主要&サブゲストキャラの物語の上での出し入れにも緩急があり、例によって登場人物表を作りながら読んだが、そういう面でも実に楽しい。
 ホワットダニットの興味、犯人捜しの謎解きものの興味、アーチーを軸にした私立探偵捜査ものの面白さ、そして途中でほぼ犯人が確定したのちは、探偵側と犯人との対決……と、取り揃えて、前述のように多層的な賞味部部が楽しめる。アーチーのぼやきユーモアもこの処女作の時点からすこぶる快調。
 まあ書き連ねていくと、あら? 思った以上にいつものウルフものじゃないの? という気が自分でもしてきたが、まあ本作はいきなり最初っから、その辺の諸要素のかみ合わせを、かなり良いバランスで消化している。そしてその配列というか、順々にいろんな興味を並べていく配材の仕方が絶妙で、つまりはそこが面白さの秘訣であろう。

 ちなみに終盤に関しては、もっと悪と正義の側の対決ものっぽいサスペンス感を演出すればいいのに、と思わないでもないが、まあその辺は同時代の欧米作品にいくつか、かなり強烈なその手の先行作品があるから、あえて差別化を図ったんだと勝手に観測。当たってるかどうかは知らんが。
 そう見ていくと、山場のウルフ一家のかなり狂騒曲的な作戦も、探偵たちの臨戦態勢の緊張感の裏返しという印象で面白かった。

 あとタイトルについて(中略)と予期していたら(後略)。

 雪さんのレビューにある、シリーズのなかでもかなり読みやすい一冊、というのはまったく同感。なんとなく結構ややこしそうで、悪い意味で歯応えのありそうな内容と予見していたら、口当たりの良さに驚いた。
 なんであの登場人物がああいう理屈に合わないことをしたのか、の細部での説明もなかなかいい。ああ、なるほどね、とストンと納得できる。

 良い意味で、8点はあげなくてもいいでしょ、と思うものの、結構な秀作。ウルフシリーズの長編のなかでも個人的に上位にくる一冊で、現状はこれか『ラバー・バンド』『黄金の蜘蛛』あたりかな。


No.1836 8点 首無の如き祟るもの
三津田信三
(2023/07/21 07:53登録)
(ネタバレなし)
 本シリーズの長編は、2018年以降の新刊分と並行して、既刊を第1作から順に読み始め、後者の流れでついに、本サイトオールタイムベストワン(現在は違うが1年くらい前はそうだった)のここまで来た。

 大技に関しては、国内ミステリの大名作へのリスペクトを感じたが、決してその一発芸だけの作品ではない。読者のツッコミをあれやこれやと書き手が予期して、イクスキューズを満遍なく用意しておく。浜尾四郎の『殺人鬼』のクライマックスみたいな丁寧さだ。

 終盤のエンドレス・シーゾーゲームといえる趣向には愕然としたが、一方でそのおかげで本作はシリーズのベストワンというより、異色作の方に行ってしまった感がなくもない。
 あと、120%野暮を承知で言うが、そもそも作中のリアルとしてくだんの大ネタ自体がかなり難しい、とも思う。

 読んで良かったとは確実に思うが、一方で現時点でさえ、シリーズ中のマイベストワンは他の作品にしたいなあ、という感じ。

 何にしろ、まだシリーズ正編のうちで、未読のものが長編3冊、短編集1冊あるよ。少しずつ消化するのが実に楽しみ。


No.1835 8点 八点鐘が鳴る時
アリステア・マクリーン
(2023/07/20 20:47登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ば(たぶん)のアイルランド諸島。海洋学者ピーターセンの偽名で現地に来ている「おれ」こと38歳のフィリップ・カルバートは、親しい二人の「仲間」を失い、自分自身も命の危機に晒された。自分の直属のボスでクセの強い人物「伯父(アンクル)アーサー」こと海軍少将アーサー・アーンフォード・ジェイスン卿の指示を仰ぎながら、カルバートは<とある事件>の実体を探るため、応援で派遣された海軍航空隊の青年スコット・ウィリアムズ中尉とともに、現地の調査を続けるが……。

 1966年の英国作品。別名義ふくめてマクリーンの第12作目の長編。完全に脂が乗って来た時期というか、十八番のマクリーン、パターン<いきなり(読者にとって)五里霧中のなかでの、主人公のクライシスシーン>に読み手を強引に付き合わせ、しかも危機状況のデティルを克明に描写。
 なんだなんだなんだ……と思わせながら、それでも読者の鼻面引き回して強引に作者のペースに持っていくマクリーンの盛り上げ方、今回もこれが全開である(笑)。

 マクリーンは、現代にいたる英国冒険小説の歩みの中で確実に「いったい何が起きているのか!?」という「ホワットダニット」の興味で読者を刺激する作法を最も有効に用いた作家のひとりだと思うが、とはいえもともと、こんな作法はヴェルヌの『二年間の休暇』など多くの先駆があるはずだし、決して珍しいものではない。
 
 もちろん、本作の先のレビューでTetchyさんがおっしゃられたような、いつまで読者に事件・事態の全体像を秘匿するのか、いい加減にしてほしい! という主旨のお怒りは、まったくもって素直で順当、健全な感慨だとは本気で思う。ときには私(評者)自身も、マクリーン作品に同様の感慨を抱くこともないではないからだ。

 一方で、評者は幸か不幸か、一番最初に十代半ばに出会ったマクリーン作品が、あの(当時、小林信彦や石川喬司とかが絶賛したような記憶がある)『恐怖の関門』である。冒頭いきなり、一人称の主人公が、裁判所から少女を人質に車で逃走、官憲そのほかの追撃をかわしながら、<いったい、なんで主人公は、なんのためにこんなことをしているのか!?>と当惑しながら読み進め、ようやく終盤になって愕然とする真相が明らかになる。
 いや、自分は、正にその『恐怖の関門』で原体験的に、絶頂期・黄金期マクリーンの醍醐味を知ったのだよ(笑)。

 先の『二年間の休暇』(十五少年漂流記)といえば、ドラえもんの中盤の某エピソードで、ドラがのび太に未来の道具を使って名作文学の面白さを啓蒙する回があり、そこで物語の冒頭、いきなり漂流シーンから始まった内容に接したのび太が「なんで子供だけでイカダ(船だったかな?)に乗ってるの?」とドラに尋ねる。そこでドラは一言「しー、黙って、物語に付き合っていれば、わかるよ」という主旨の言葉を返す。
 まさに、物語(のある種の作品)とはそーゆーものだと思うし、そしてまたのび太の反応も健全で自然だとは思うものの、読み手の方もまた、そういう種類のある種のじれったさをまた、送り手の演出として愉しむくらいの余裕があっていい、とも感じるのだ(くれぐれも、Tetchyさんに対して、不敬な物言いをする気などは毛頭ないのですが……汗)。
 
 つーわけで、良い意味で本作は評者の、マクリーン、かくあるべし! という期待の念に応えてくれた快作であった。
 ちなみに中盤からのストーリーの流れは、マクリーンがさる先輩の英国冒険小説作家の作品を意識し、自分なりにその本家取りをやりたかったんだろうな? という気配を感じるが、本作の中盤以降の展開のネタバレになりそうなので、その辺はムニャムニャ……。

 とはいえ、予期したように全体としては楽しい作品だったものの、実を言うと最後まで読むと、あるポイントで思うことがないこともなく、0.5点ほど減点しようかなあ、とも考えかけた。まあ、7点か迷った上で、この評点ということにしておく。

 やっぱ、エンターテインメント路線に本格的に舵を切った時期のマクリーン、改めて面白いわ。
 いまの時代、あまり読まれなくなっているのが、実に惜しい(涙)。


No.1834 6点 ナイチンゲールの屍衣
P・D・ジェイムズ
(2023/07/20 03:16登録)
(ネタバレなし)
 英国はサセックスとハンプシャーの境のスプリングフィールドの町。そこにある大病院「ジョン・カーペンター病院」の付属機関である看護婦養成所で、ある朝、実地訓練中に、一人の看護学生が毒殺される事件が起きる。犯人が分からないまま捜査は進むが、やがてまた第二の事件が……。

 1971年の英国作品。ダルグリッシュ警視(本作から主任警視)シリーズの第四弾。
 実は評者の手元にあるポケミスは、1976年7月30日に作者が来日した際、SRの会のメンバーの一人として合同インタビューした際に、本人から直接、為書き付でサインを戴いたもの(評者の本名を、書いていただいてある)。
 で、その本の中身は、それから30数年目にして、ようやく初めて今回、読むことになった(汗)。お待たせして、すみません。

 実のところ、シリーズの流れの上でこの作品から本全体の厚みがぐんと増すこと、またミステリマガジンで以前に目にした記憶のある「ミステリとして、前代未聞のトンデもない趣向をしてある!?」との噂からかなり期待していたが、どうも何かどっかで認識の齟齬があったようで、楽しみにしていた<その肝心の趣向>が、最後まで出てこない?
(いや、そのウワサの関連の事象そのものは、たしかに終盤の方に登場したのだが……。)
 これにはうーん、とだいぶ興を削がれた(結局、誰のせいなんだか)。

 で、先に何人かの方が指摘されているように、謎解きミステリとしては存外に大味な作りという面もある一方、小説としてはかなり読ませる。
 長いヘビーなストーリーな一方、物語の構造としてはさほど複雑でもなく、やたら多い登場人物の情報が累積していくのを、延々とメモをとってまとめる作業が楽しかった。
 特に後半のマスタースン巡査部長の捜査上の奮闘ぶりは、なにこれ? 笑劇? という感じで爆笑させられる。作者がこういう方向の英国ユーモアを書けるのだとは、ちょっと軽く驚いた(まあ、これまでもその手の叙述に接していて、忘れてしまっている可能性もあるが・汗)。
 
 なおポケミスの登場人物一覧は、最初に出てきてすぐにいなくなる中年女二人なんか要らないとも思う一方、看護学生の中でけっこう重要なジュリア・バードウとか、もっと入れておけばいいのに、という名前が何人か抜けていたりして、かなり雑な印象。この辺、ミステリ文庫版ではどうなっているんだろ。

 で、翻訳の隅田たけ子さんは、たしか、前述の作者インタビューの際に、早川側が協力・手配してくれた同時通訳の担当の方だったと記憶しているので、あまり本書の訳文に文句言っちゃいけないのだが(汗)、モーリンとシャーリーの双子姉妹をまとめた人称代名詞を「彼ら」はないでしょう。「彼女ら」「彼女たち」じゃいけなかったんですか? 
 (女性を「彼」って『半七捕物帳』か!)
 まあ、引っかかったのは、そこくらいだけどね。

 トータルとしては、決して悪い作品ではないと思うけれど、期待が高すぎたためか、総体の評価はちょっと弱い。
 シリーズ初期4作の中では、これが一番オチる、ということになるのかなあ。

 でも、このサイン本は、今後も大事にさせていただきますけれど(笑)。


No.1833 6点 裁くのは誰か?
ビル・プロンジーニ
(2023/07/18 08:55登録)
(ネタバレなし)
 眠い目をこすりながら、朝まで読んで、

「♪驚けば それでいいんだ
  サプライズ それがすべてさ
  ひねくれて本を閉じた 僕なのさ」

 と、思わず「みなしごのバラード」の替え歌を唄い出したくなるような、そんなオチであった(……)。

 こーゆーのはキライではないが、格段スキ、というわけでもない。
 なかなかA級作家になれないプロンジーニ(とその弟子筋……というべきか、のマルツバーグ)だからこそ許された(……のか?)一発芸であろう。
 まあ後にも先にも、バリエーションはあちこちにありそうな気もするけどね。


No.1832 7点 仮面幻双曲
大山誠一郎
(2023/07/17 08:31登録)
(ネタバレなし)
 昭和22年11月。戦死した父の後を継ぎ、私立探偵業を営む圭介と奈緒子の川宮兄妹は、依頼を受けて滋賀県は、琵琶湖周辺の双竜町に赴く。そこは地方の大企業「占部製糸」が権勢を利かす土地だったが、先代社長の未亡人・喜和子が依頼人だった。現在の占部製糸は、生前に先代社長が後見した甥の青年・占部文彦が社長を務めているが、その双子の弟・武彦が、さる事情から兄の命を狙っているという。しかも武彦は整形外科医に自分の顔を変えさせ、文彦の周囲に潜り込んでいる可能性がある? 喜和子の請願を受けて文彦の護衛につく川宮兄妹だが。

 全面改稿された文庫版で読了。旧版は読んでない。
 裏表紙を見ると大胆なトリックを売りにしているようだが、確かに手ごたえのあるトリックが用意されている一方、むしろ犯罪の組み立て方そのものの方が面白かった。ちょっと(中略)のよくやる手を想起する。

 ちなみに読後に、本サイトのみなさんの感想(時期的に、どれも元版のレビューのようだ)を拝見すると、中盤のトリックは相応に旧版と新版で刷新されたようで、なんかその点では旧版の方が評者の好みに合うような気もする? いつか機会を見て元版を読んでみようか。

 探偵役の川宮兄妹は、明確に、かの仁木兄妹のオマージュキャラっぽく、それが耕助や終盤の由利先生の活躍する時代にとびこんできたみたいな立ち位置で、なかなかいい感じである。
 今回こうやって改訂版という形で復活したということは、作者の方も今後改めて、シリーズ化させる思惑があるのだろうか。それならいいんだけれど。

 ところで本作の世界観は、カーのバンコランもののそれを借款。つまりは広義でフェル博士とも、同じ作品世界にいるという二次創作的な設定なのね。
 だったらいつか、セミパスティーシュとして、その辺の海の向こうの先輩探偵たちと共演させてやってください。


No.1831 7点 その謎を解いてはいけない
大滝瓶太
(2023/07/14 16:11登録)
(ネタバレなし)
 左眼のみ天性の翠色の女子高校生・小鳥遊唯(たかなし ゆい)は、さる経緯から、一年中、全身黒ずくめの26歳の探偵・暗黒院真実(あんこくいん まこと/本名・田中友治)の助手を務めていた。そんな彼らはいくつかの事件に遭遇する。

 鳴り物入りの作品なので読んでみた。全5エピソードの連作中編集で、最後の二編が前後篇(これは目次でわかる)。
 
 1986年生まれの作者は現代文学やSF畑で近年話題の新人で、本作は初の単著そしてミステリとのこと。

 なるほど、いわゆるこじれた文体を自覚的に綴っている感じの文章は独特のクセがあり、全編にからむキーワードは「厨二病」「黒歴史」とのこと。
 この辺の相性からかAmazonでのレビュー、感想などは正に毀誉褒貶だが、謎解きミステリとしては、各編が意識的に投げた変化球がそれぞれそれなり以上に「新本格」になっており、評者個人としては結構楽しく読めた。
(個人的には3話の謎解きの流れと、最終編のなんか、昭和の「宝石」系新人作家ティストなトリックが受けた。)
 
 とはいえ、こんなクセの強い一冊だけに、話のネタ・真相、そしてキャラクター描写そのほかで、最後まで読むといろいろ思うことはあったりする。
(ここであと一言、モノを言いたいのだが、広義のネタバレまで警戒して口をつぐむことにしよう。)

 トータルとしてはフツー以上に面白かった。
 それで、だから(以下略)。

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