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ミステリの祭典

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愚者の街

作家 ロス・トーマス
出版日2023年05月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2023/12/07 12:54登録)
(ネタバレなし)
 1970年のアメリカ。「私」こと、米国の諜報機関のひとつ「セクション2」のスパイだったルシファー・C・ダイ(37歳)は、さる事情から組織を離れる。そんなダイに声をかけてきたのは、26歳の天才青年実業家ヴィクター・オーカットだった。オーカットの率いる組織「ヴィクター・オーカット・アソシエイツ」は、各地にある政治や経済・治安がまともでないスモールタウンの浄化を職業とする企業で、目的のためにはひそかな非合法活動も厭わなかった。オーカットの次の目標はメキシコ湾周辺の人口20万の小都市スワンカートン市。彼なりの思惑から、オーカットの仲間たちとともにこの計画に参加するダイ。だが、そこにダイの過去のしがらみが絡んできた。

 1970年のアメリカ作品。
 ロス・トーマスの第7長編で、ノンシリーズ編。

 今年の話題作で各誌のベスト級の作品なのに、本サイトは誰も読まない。トーマスの巨匠作家としての質的・量的な実績が大きいゆえにフリで手を出しにくいのかもしれんが、フツーに単品で一見で読んでも歯応えがあって、面白い。もったいないと思う。
(と言いつつ、評者自身も翻訳が出てから半年目で、ようやっと読んだが。)

 リアルタイムでのスワンカートン市での作戦の進行と並行し、かつて医者だった父とともに1930年代の末に上海に渡り、そこから数奇な運命をたどった主人公ダイの半生が、輪唱的に章を変えながら語られていく。

 現在と過去を行き来するドラマ(基本的に、輪唱のような二極の物語~いわゆるB・S・ヴァリンジャー風)が複合的にドラマを膨らませていくのはある種の王道だが、そのなかで下巻後半の展開に向けていくつかの布石も張られ、終盤では加速度的なクライマックスを迎える。

 もちろん話の主題的に『血の(赤い)収穫』や『殺しあい』(ウェストレイク)も作者の念頭にあったのだとは思うが、そういった現在と過去を並行させた構成、さらにトーマス調のノワール感の相乗で独特の読みごたえを獲得。
 登場人物も名前が出て来るキャラクターだけで100人前後だが、大方の描き分けもしっかりしている(一部は名前だけ出てすぐいなくなるが)ので、リーダビリティはかなり高い(会話が多い叙述も読みやすさの一因だ)。

 悪徳と血臭にまみれた物語ながら、物語の随所にどこかリリシズムが漂う……こう書いていくと、ある種の定番的な作品といった面も強いんだよな。
 でも、あちらこちらで意外なツイストを用意し、読み手の予断を裏切ってくれる面もある。
 大枠の安定感と、読み手を飽かさないスリリングさという意味で、たしかに秀作~優秀作ではあろう。
 
 評者自身、まだまだ邦訳が出ているもので未読のものもあるが、一方で、今後もトーマス作品の未訳作の紹介が進みますように。

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