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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.86点 書評数:338件

プロフィール| 書評

No.338 5点 氷結
ベルナール・ミニエ
(2024/11/30 22:53登録)
舞台は雪と氷に閉ざされたピレネー山脈。物語は標高二千メートルにある水力発電所へと通じるロープウェイの山頂駅で、皮を剝がれ首を切断されて吊るされた馬の死体が発見されるセンセーショナルなシーンで幕を開ける。しかも現場には、山腹の精神医療研究所に厳重に隔離されているシリアル・キラーのDNAが残されていた。そして連続殺人が始まる。
マーラーを愛聴しラテン語の名言を暗唱する、馬と山と高所とスピード恐怖症のセルヴァズ警部が、美しき憲兵隊大尉とコンビを組んで、厳冬の冬山と谷間の小さな町を命懸けで奔走する。
ぞくぞくする猟奇性と、思わずニヤリとしてしまう真相とを兼ね備え、頻繁に視点を切り替えてスピーディーに展開する。やや盛りすぎの感はあるが、デビュー作としては合格点だろう。


No.337 6点 七人目の陪審員
フランシス・ディドロ
(2024/11/30 22:44登録)
主人公のグレゴワールは、街の薬局店主でどこにもいそうな平凡な人物である。ところが、ふとしたきっかけで若いローラを殺害してしまう。やがて粗暴な青年・アランが殺人犯として逮捕され、裁判にかけられることになる。彼が犯人でないことを知るグレゴワールは苦悩し、何度か自白しようとするが上手くいかない。そうするうちに、グレゴワールはその裁判の陪審員に選任されかける。
主人公の意識を追う形式で綴られ、グレゴワールはアランが極刑に処されるのを回避しようと必死に手を尽くす。だがその試行錯誤はなかなか実らず、その右往左往ぶりが実に楽しい。状況はシリアスで緊迫感すらあるが、ユーモアは否定しようもない。そしてラストには、ある意味強烈で皮肉な結末が待ち構えている。


No.336 7点 パリのアパルトマン
ギヨーム・ミュッソ
(2024/11/18 23:01登録)
舞台はクリスマス間近のパリ。厭世的で人間嫌いの劇作家の男と心身共に傷ついた元刑事の女が、心ならずも同じアパルトマンで暮らすことになる。そこは天才画家が遺したアトリエ。
急逝したコンテンポラリー・アート界の寵児が遺した未発見の遺体三点を巡る、美と愛と創造と破壊の物語であると同時に、父性と母性の物語でもある本書は、登場人物の屈託と罪悪感、そして自己救済を望む心が事態を動かし、邪悪な存在を暴き出し、思いもよらない結末へと至る。
重めのテーマを核としながら、愛とユーモアに富んだ読後感の良いエンターテインメントに仕上げているのが作者らしい。


No.335 6点 戦下の淡き光
マイケル・オンダ―チェ
(2024/11/18 22:49登録)
戦後間もない混沌たるロンドンで、否応なく大人の世界に組み込まれた十四歳の少年ナサニエルが、家族の外に広がる現実に触れ、愛を知り成長していく物語であると同時に、唐突に断ち切られてしまった瑞々しくも猥雑な青春期の謎に満ちた体験をあらためて目撃するために、過去へと遡る青年の物語である。
事実と空想が渾然一体となり、寓話にも通じる複数の視点からあり得たと思われる人生を解き明かしていく。ストイックな戦争文学であり、キラキラと輝く青春小説であり、秘密と謀計のベールを剥がしていく探索の物語である。


No.334 5点 つつましい英雄
マリオ・バルガス=リョサ
(2024/11/05 22:26登録)
物語は二筋に分かれており、一方は運輸業者の男がマフィアのものと見られる置手紙により、みかじめ料をよこせという脅しを受ける。もう一方は、会社経営者の骨肉相食む争いの物語で、娘ほどの年の離れた女性と結婚した富豪と、それによって相続権を失った息子たちとの反目の間に挟まれた男が主役となる。
両方に共通するのは、善良な魂の持ち主が悪意の塊によって脅かされるという構図で、屈せず正義を貫こうとする者たちが小説の主人公になるのである。彼らの倫理観はあまりにも苛烈で独善的だが、その距離感が魅力的で、悪とそれに対抗する者たちの動きが広壮な構図で描かれるという面白さがある。


No.333 5点 マッドアップル
クリスティーナ・メルドラム
(2024/11/05 22:17登録)
庇護者であり支配者でもある母の死によって、母娘二人きりの楽園から出ることになったアスラウヴ。初めて外の世界に触れた十五歳の少女が、新たな環境の下で父親の正体を探る一人称の物語の合間に、四年後の彼女が殺人罪で裁かれている三人称の裁判檄が挿入される。
自然と科学、宗教と神話を連関させ、過去と現在を往還することで徐々に真実を炙りだす手腕はさすが。ダークで歪んでいるが整列で真摯な愛憎劇。


No.332 6点 レイチェルが死んでから
フリン・ベリー
(2024/10/25 22:36登録)
読んでいる間ずっと、胸の内をかき立てられ続けて気持ちが落ち着くことが無い。それは本書が、姉レイチェルと彼女の愛犬の惨殺死体を発見してしまった主人公ノーラの一人称で進むためだ。ほぼ全編に渡って現在形で綴られる鬼気迫る心理描写に圧倒されつつも、語り手であるノーラが見聞きした情報しか判断材料がない上に、彼女自身の思考や記憶の全てが明かされるわけではないので、警察を信用せず自身の手で犯人を捜し出すというノーラの言動そのものを信じてよいのだろうかという疑念が湧くのを抑えることが出来ない。その一方で、自身や身内が犯罪被害者となった時、人は何を思い、悔い、怒り、悲しみ、そして何を優先して行動するのかという重いテーマを突きつけられ、否応なく考えさせられる。


No.331 6点 1793
ニクラス・ナット・オ・ダーグ
(2024/10/25 22:28登録)
18世紀末のストックホルムで、無残に損壊された男の死体が発見されるシーンで幕を開ける。強烈な謎と独創的かつ意外な動機を備えた凝った構成のミステリ。と同時に、フランス革命の余波に揺れるスウェーデンを舞台にした歴史小説である本書は、腐敗と暴力と貧困と不衛生の中で生きる人々を活写した都市小説でもある。
その上、暴利を貪ることしか考えない世界にあって、正義と理性を守り抜こうとする病身の法律家と、戦場で九死に一生を得た隻腕の荒くれ者の活躍を描いたバディものとして面白い。


No.330 5点 NSA
アンドレアス・エシュバッハ
(2024/10/13 22:44登録)
歴史改変SFであると同時に戦慄のディストピア小説。
ナチスドイツがITを駆使してユダヤ人狩りや世界制覇に乗り出すという悪夢が生々しく描かれている。主役の男女二人は、NSA(国家安全局)に勤めながら、それぞれ異なった道を歩むのだが、どちらも行き着く先は絶望的。
こんな後味の悪い結末も珍しい。そういう意味でも一読の価値があります。


No.329 6点 56日間
キャサリン・ライアン・ハワード
(2024/10/13 22:37登録)
集合住宅の一室で発見された腐乱死体。この事件を担当することになったのは、アイルランド警察のリー・リアダン警部とカール・コナリー巡査部長。彼らの捜査を描く現在パートと並行して進行するのは「50日前」などと題された過去パート。死体発見の56日前、キアラという女性がオリヴァーという男性と出会う。彼らは惹かれ合うようになったが、そんな二人の運命を狂わせたのがコロナ禍だった。
ロックダウン下とはいえ、不自然なほど外出をしたがらないオリヴァー。彼が何らかの秘密を抱えているらしいことは、早い段階で暗示されている。キアラとオリヴァーの探り合いと、現在のパートの事件とがどのように結ぶつくかが読みどころ。
作者がコロナ禍を背景に選んだのは物語に現実味を持たせるための設定に過ぎないようだが、男女の濃密な心理劇にさらなる閉塞感、緊迫感を加味しているのがこの設定であることも明らかだ。


No.328 5点 処刑の丘
ティモ・サンドベリ
(2024/09/30 22:14登録)
一九一七年にロシア革命の混乱に乗じて独立したものの血みどろの内戦状態に陥ったフィンランド。かつて赤衛隊と白衛隊が激戦を繰り広げたラハティにある虐殺の地で、一九二三年七月の深夜、一人の青年が処刑された。
酒の密売絡みの内輪もめとして処理する白衛隊支持者が支配的な警察にあって、赤・白いずれも与しない異端者・ケッキ巡査は、公正な捜査を行うべく孤軍奮闘する。
公共サウナのマッサージ師ヒルダをはじめ、孤独を愛する思索家と社会的な道化という二面性を持つ陽気な汚物汲み取り業者の男、理想的な社会の実現を夢見る工場労働者の若者、革命ロシアから逃れてきた薄幸の美女など、内戦終結後の苛酷的な社会にあって、たくましく生きる人々の言動は、心に一つ一つ沁みてくる。


No.327 5点 償いは、今
アラフェア・バーク
(2024/09/30 22:05登録)
三人の男女を射殺した容疑で逮捕された元婚約者ジャックを弁護することになった敏腕弁護士オリヴィア。ジャックの主張によれば、一目惚れした女性のデートのため事件の現場を訪れたというのだが。
ジャックにとってあまりにも不利な状況が揃う中、オリヴィアはある理由で彼に負い目があるため、その無実を証明しようと奔走する。物語が進行し、新たな事実が明らかになるにつれて、ジャックに不利な状況が一気に有利に反転したかと思えば、またしても不利にというシーソーゲーム状態が繰り返され、オリヴィアのみならず読者の心証もジャックへの猜疑と同情の両極端を往還することになる。
オリヴィアの生彩あるキャラクター造型、弁護士が主人公なのに法廷シーンが意外と少ないという異色ぶりなど、様々な読みどころがある。


No.326 5点 夜の色
デイヴィッド・リンジー
(2024/09/19 22:28登録)
妻を自動車事故で失ったヒューストンの画商が、ローマから来た美術の講師と出会い、たちまち恋に落ちる。その前に、別の画商がベネチアで、コレクターのドイツ人富豪に九点の素描を脅し取られる短い一章が挿入されており、これが第一の伏線となる。
画商たちも美術講師も富豪も大きな秘密を抱えている。物語は二転三転し、めぐらされた伏線が見事に繋がってくる。脇役もそれぞれに膨らみがあり、筆致も叙情的である。小道具に絵画、それも素描をあしらい、全体の印象に品が生まれている。騙される快感を味わえる作品。


No.325 5点 精霊たちの迷宮
カルロス・ルイス・サフォン
(2024/09/19 22:15登録)
捜査員アリシアは、大臣バルスの失踪の謎を追いかけていく。一九三八年のバルセロナ、一九五九年のマドリード、そしてバルセロナと時代と場所を移しつつ展開する本作は、地下迷路が幾重にも層になって繋がっているような物語で、いささかこみいっているが、スペイン内戦やフランコ政権下の悲劇、一冊の本をめぐる秘密、手探りですすめる孤独な戦いなど壮大な世界が味わえる。


No.324 6点 沈黙の果て
シャルロット・リンク
(2024/09/06 22:50登録)
イギリスにある別荘で休暇を過ごすため、ドイツからやってきた中年夫妻三組と、その子たち三名からなるグループ。物語中盤では、このうち実に五人が惨殺される事件が発生し、ミステリ的にはこれが焦点となる。
しかし本書でよりクローズドアップされ、印象に強く残るのは事件そのものではなく、このグループの歪んだ人間関係である。彼らの家庭はそれぞれに大きな問題を抱えているのだが、それ以前に明らかに様子がおかしいのである。家族よりもこのグループを優先する者もいれば、皮肉な目で人間関係を観察している者もおり、手前勝手な理屈でこのグループを事実上、リードする女性もいる。先依存とすら思える彼らの描写は、恐ろしいことに極めて克明でリアルだ。この人間関係には説得力がある。それが本書の最大に魅力だろう。


No.323 5点 少年は残酷な弓を射る
ライオネル・シュライヴァー
(2024/09/06 22:41登録)
出産直後から、なぜか息子が不気味で仕方がない母親。母は、ふとした拍子の息子の視線に邪悪を感じ、断続して起きる不審な出来事に懸念と疑念を深め、息子が怪物であるとますます確信するようになる。周囲の人々への警告は、しかし聞き入れられず、息子はついに学校内で大量殺人を起こすのだった。
本書はその事件の後に、母親が夫に宛てた手紙の中で、昔を振り返るという体裁で進む。卓抜したストーリーテリングのもと、実子を愛せないばかりか、恐怖すら抱く母親の内面が、これ以上ないほど濃密に立ち上がってくる。
息子が怪物になったのは、母が感じる通り元々そうだったのか、母の愛が足りなかったためか。サイコサスペンスであると同時に、親子関係とは何かを深く抉る重い作品。


No.322 7点 渇きと偽り
ジェイン・ハーパー
(2024/08/25 22:47登録)
連邦捜査官のアーロン・フォークは20年ぶりに故郷の田舎町に戻った。親友だったルークが、妻と幼い息子を道連れに無理心中をしたと聞いたからだ。
最悪の干ばつに襲われている故郷では、希望が見えない人々の苛立ちや敵意が渦巻いている。オーストラリアの田舎町の閉塞的な雰囲気をくっきりと浮かび上がらせる文章に魅了されるし、ハードボイルド的な主人公にも味わいがある。


No.321 5点 探偵ブロディの事件ファイル
ケイト・アトキンソン
(2024/08/25 22:34登録)
ケンブリッジで私立探偵を営む元警察官ブロディのもとに、立て続けに舞い込んだ三件の人捜しの依頼。
いずれも重く深刻な背景と辛い真相を予感させ、物語はシリアスの展開していくのかと思うと、突如捻りの効いたユーモアが降臨してくる。並行する事件が邂逅し、思わぬところで繋がる諧謔と哀感が織り込まれたタペストリー。力点の置き方のずれが愉しい何とも独創的なミステリ。


No.320 5点 黄昏の彼女たち
サラ・ウォーターズ
(2024/08/11 22:34登録)
上巻で綴られてきたロマンスが反転し、逃げ場の無い罠と化して登場人物を追い詰めていく。何より戦慄するのは、犯罪の真相が暴かれるか否かのスリルよりも、熱烈な恋心を捧げた相手に果たしてその価値があったのかを、事件後の経緯を通して登場人物が自問しなければならない点だ。友情や恋愛がメインテーマでミステリ的要素は薄い。


No.319 6点 終焉の日
ビクトル・デル・アルボル
(2024/08/11 22:25登録)
一九八一年二月、スペインで一部の軍人がクーデターを起こそうと下院に乱入したという史実をもとにしている。
弁護士マリアが刑務所送りにした悪徳警官セサルは、実は陰謀の犠牲者だったのか。セサルに会見し真実を探ろうとするマリアに、三十年前の事件に関わったある人物の魔の手が迫る。
マリアの父、別れた夫とその上司、セサルの行方不明の娘、政界の黒幕、母親を殺害された兄弟、ぶつかり合う数多くの人間の思惑、二重三重に入り乱れる復讐、増えてゆく新たな犠牲者の屍。親の因果が子に報い、登場人物の誰も幸せになれない悲劇的展開から、権力にしがみつく者の妄執が人間の運命を狂わせる恐ろしさ、おぞましさが滲み出す。深淵のように暗い物語だが、ずしりと重い手応えが感じられる。

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