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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:1121件

プロフィール| 書評

No.1041 7点 鏡の国
岡崎琢磨
(2024/01/13 20:42登録)
 大御所ミステリー作家・室見響子の遺稿「鏡の国」が見つかった。担当編集者の勅使河原は、著作権を相続した姪のもとにやってきて、本作の出版に関していろいろと相談をしていた。その折に彼は言う「この話には、削除されたエピソードがあると思います」―。勅使河原いわく、作中にそのことを匂わせる記述があるという。叔母が残したメッセージとは何なのか。主人公(姪)は改めてその原稿に向き合う―

 作中作に仕組まれた謎を、主人公と一緒に読み解いていくという構成だが、作中作それ自体も単体でかなり面白いので、心地よく読み進められる。
 最後に開示される作中の「違和感」=室見響子の隠されたメッセージ自体は、正直 些細過ぎて、「そんな仕込まれ方がされていたのか!」と瞠目するほどではなかった。ただ、作中作の「仕掛け」は読者の先入観を巧みに生かした上手さがあり、純粋にそれがよかった。
 ラストに二重三重の解体がされるのは昨今の流行りか。にしてもそれを組み立てられる作家の技量には、毎回頭が下がる思いだ。


No.1040 8点 恐るべき太陽
ミシェル・ビュッシ
(2023/12/31 21:53登録)
 人気作家・ピエールが選考で選ばれた女性5人を招いての創作アトリエを孤島で開催した。5人の顔ぶれは、強い小説家志望の女性から、ブロガー、警部、真珠養殖業者夫人などさまざま。参加者たちは滞在中に、ピエールから随時与えられる小説課題に答えて過ごすのだが、「行方不明から始めて、続きを考えよ」という課題を出した直後、ピエール自身が行方不明に。ピエールの何らかの企みか…と思っていた面々だったが、その後、参加女性が次々に死体となって発見される―

 帯に「クリスティへの挑戦作」とあるように、様相はまさにクリスティの最有名作品。今までいくつも踏襲されてきたこのパターンで、さて今回はどんな…と思っていたら―驚愕の仕掛け!

 「小説家志望たちを集めた創作アトリエ」という設定がこんな風に作品の仕掛けの下敷きになっているなんて。うーん。これは見事にやられたなぁ。
 (当たり前だが)そんなことはつゆ知らず読み進めていたので、真相が開示されてからの衝撃はすごかった。とはいえ、とても読み返す気力はなかったが…。
 何にせよ、作者(&翻訳者)の発想と考え抜かれ、気を配られた描写による優れた「作品」に脱帽した。


No.1039 5点 哀惜
アン・クリーヴス
(2023/12/31 16:24登録)
 マシュー・ヴェン警部は、ジョナサンという男性と同性結婚している辣腕刑事。パートナーのジョナサンは、障害をもつ人たちの社会支援を趣旨とした施設を運営している。ある日、マシューの住む近所の海岸で男性の死体が発見された。事件として捜査を進めるうち、男性の人間関係はパートナー・ジョナサンが運営する施設へとつながっていく。自分は捜査を外れたほうがいいのか?―迷いながらも地道に捜査を進めるマシュー。果たして、事件の背後にあったものは?

 まさに地に足の着いた、地道な警察捜査の丁寧な描写による物語。奇を衒う変化球もない、正道の展開である。間違いのなさで安心して読み進められるが、展開的に派手さもなく、最終的な重要度に関わらず関係者の捜査が押しなべて丁寧に描かれるので、中盤やや退屈でもある。
 真相解決も非常にまっすぐな内容であり、いわゆる「読者を裏切る大どんでん返し」もないが、重厚な本格ミステリとして充実した一作ではあった。


No.1038 7点 アミュレット・ホテル
方丈貴恵
(2023/12/31 16:04登録)
 世を忍ぶ犯罪者たちが集う会員専用ホテル。守るべきルールは2つ…「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で障害・殺人事件を起こさない」。そのルールが破られ、ホテル内で犯罪が起きたとき、ホテル探偵桐生VS.犯罪者の頭脳戦が始まり、濃密なロジックで犯人をあぶりだされる。連作短編集。

 1話ずつがなかなかよくできたパズラーで、サクサクと楽しく各編を読み進めることができた。パズラーたるためのトリックというような、複雑で凝りすぎなものもあるのは否めないが、謎解きが好きな読者には好まれそう。
 私も好きなので、かなり楽しめた。


No.1037 7点 金環日蝕
阿部暁子
(2023/12/31 15:47登録)
 知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした大学生の春風は、その場に居合わせた高校生の錬とともに咄嗟に犯人を追ったが、間一髪で取り逃がす。犯人の落とし物に心当たりがあった春風は、ひとりで犯人探しをしようとするが、錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むことに。かくして大学で犯人の正体を突き止め、ここですべては終わるはずだった──。(東京創元社HPより)

 事件に出くわした大学生が、そこで知り合った高校生とともに素人探偵として事件捜査を始める―ここまではまぁありがちな話運びなのだが、物語中盤から繰り出されるひっくり返しに読者の意識も一転する。

 高校生離れした企みをもち、いくつもの顔を使い分けて器用に立ち振る舞う錬の姿にも脱帽だが、主人公・春風のそれも負けていない。2人のそれぞれの過去が明らかになるにつれ、複雑ながら精緻に組み上げられた物語の仕組みに感心する。
 初めて読んだ作者だが、ストーリーテラーとして確かな力を感じる良作だった。


No.1036 7点 頬に哀しみを刻め
S・A・コスビー
(2023/11/26 17:52登録)
 殺人罪で服役した黒人のアイク。出所後は真面目に働き、小さな会社を経営していたが、ある日息子が殺害される悲劇が起きた。ゲイである息子は、パートナーとともに顔を撃ち抜かれたのだ。生前、息子の性的志向に向き合えず、冷たく接してしまっていたアイク。身を切るような悔いを抱えたアイクは、パートナーの父親で酒浸りのバディ・リーとともに、息子たちの敵を討つために立ち上がるー。

 「息子たちを殺したのは、その黒幕は誰なのか?」を探すという意味ではミステリの体をもってはいるが、主軸は息子の性的志向を受け入れられないまま、息子を失ってしまった男たちの償いの物語。多分に暴力的で、目を背けたくなるような描写も多々ある。
 武骨で不器用な男たちの、激しく切ない生き様を読む物語として大変魅力的だった。
(しかし、本作のジャンル登録には迷った。確かに主人公たちが敵をことごとく殺していく「犯罪者」ではあるのだが…「クライム小説」というのは、計画的な犯罪の遂行の顛末を、犯人側から描くもののような気がして、ちょっと違和感が。)


No.1035 8点 ヨモツイクサ
知念実希人
(2023/11/26 17:16登録)
 北海道旭川に《黄泉の森》と呼ばれ、人々が怖れてきた禁域があった。そこには未知なる生物「ヨモツイクサ」がいて、迷い込んだ人間を食い殺すとの言い伝えが。その禁域を大手ホテル会社が開発しようとするのだが、ある日事務所が荒らされ、作業員全員がいなくなっていた。警察は、「ヒグマの仕業」と見込んで捜索をしようとする。一方、地元病院に勤める外科医・佐原茜は、7年前に家族が忽然と消える「神隠し事件」に遭っており、今も家族を捜していた。2つの事件は繋がっているのか。失踪した家族の手がかりがつかめるのではと、茜も捜索隊に参加するが…

 ゾンビ系のホラー映画さながらの設定。DNAだの遺伝だのといった科学的理屈をそこまでつけなくてもいいような気がするが、医師でもある作者だからこそか。また、これらの理屈による「心神喪失状態」が、本作の目的そのものと言ってもよい「最後の一撃」の根幹になる設定であるので、そう考えれば不可欠であった。
 今でも「禁忌」とみなす向きもあるこの着地の仕方を、物語の設定によって潜り抜け、衝撃的な「一撃」(まるまる1ページ使って…)を食らわせる作者の企みは成功していると思う。
 私も、巧みにちらつかせられた"レッドへリング"にまんまとパクついていたので、その上をいく一撃には完全にやられた。
 作者の作品の中でも秀でた一作として位置づけられるのではないかと思う。


No.1034 6点 灰色の家
深木章子
(2023/11/26 16:42登録)
 常駐看護師の冬木栗子が勤める老人ホーム「山南涼水園」で、男性入居者が滝壼に飛び込んだ。なぜ止められなかったのか…自責の念に駆られた栗子が調べ始めると、遺産問題、派閥争い、色恋沙汰…と、平穏に見える施設内で渦巻く老人たちの黒い秘密が露わになっていく。見えない暗部に栗子の不安が高まる中、入居者の“自殺”がさらに続けて発生してしまうー。

 ミステリの体はとりながらも、高齢者福祉施設が抱える人間模様の問題を描くことにも力点が置かれており、読んでいて大変興味深い。フィクションの物語ではあるが、実際にこうした施設で起こっていることを下敷きにしていることは容易に想像できる。
 「元刑事」の入居者が、秘密捜査と称して栗子を唆す件はいかにも眉唾物で、この入居者が一番胡散臭く映っていたが、真相は違う方向に行き、よい意味で予想が外れた。要所要所で挿入されるSNSの発信者が、施設内の人間であることはうすうす予見できた。
 しかし、施設内に遺体が隠されていることを承知していながら、犯人を炙り出すために放置するなんて…ありか?

 


No.1033 5点 夏に祈りを ただし、無音に限り
織守きょうや
(2023/11/03 22:07登録)
 天野春近は、やたら怪我をしてくる園児がいるので調べて欲しいと、保育園の園長から相談を受けた。虐待の懸念もある事例だが、父子家庭である当該児童の親子関係ははた目から見ても極めて良好で、その気配はない。以前の事件で知り合った中学生の楓とともに、夏休み中の保育ボランティアに参加し、様子を見てみることにしたが…。すると、園児の散歩の道中で、こちらを指差すような動きをする子どもの霊に気づく―“霊の記憶”が視える私立探偵・天野春近の事件簿。

 事件の原因となった、園児・悠樹の先天的疾患が本作品の一番の仕掛け。それも最後の局面で類推できたし、中盤くらいからほぼ真相は見抜けていたので、「早くそれを確かめて読了したい」という感じになってしまった。
 面白い仕掛けではあるが、長編にするまでの物でもない、と感じた。


No.1032 7点 可燃物
米澤穂信
(2023/11/03 21:50登録)
 太田市の住宅街で連続放火事件が発生した。県警葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに、犯行がぴたりと止まってしまう。犯行の動機は何か?なぜ放火は止まったのか?犯人の姿が像を結ばず捜査は行き詰まるかに見えたが…(「可燃物」)。連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編。(「BOOK」データベースより)

 米澤氏が「警察小説」という新境地に踏み出した一作と言えよう。とはいえそこは十分な力と実績のある作家、間違いはない。組織の中で、上司にとっては扱いづらい有能な刑事という設定はまぁベタではあるが、それが間違いないからベタなのであり、結局…本作も面白い。全体的に、横山秀夫の短編のような雰囲気があった。
 「ねむけ」は、主人公・葛らの不眠不休の捜査ぶりを伏線にしながら、真相と結び付けている企みが〇。ミステリ的な仕掛けでは「命の恩」が一番良かった。どんでん返し的な面白さがあったのは最後の「本物か」。
 しかし、帯にある「本格ミステリ×警察」って何なんだ。警察小説ってだいたいみんなそうだと思うけど。


No.1031 6点 卒業−雪月花殺人ゲーム
東野圭吾
(2023/10/29 21:36登録)
 加賀恭一郎の学生時代が描かれた、シリーズ第一作。
 いつもつるんでいる大学の悪友たちの一人が、卒業を前にして不可解な死を遂げることを皮切りに、心を許し合ったと思っていた友人たちの間にあった見えない部分が露になっていく。
 大学卒業を目前にした何とも言えないセンチメンタルな雰囲気と、極めて正道な本格ミステリの展開がマッチして、私としては非常に好印象だった。(ちょうど最近の国内新作を立て続けに読み、「どんでん返し」や企みに満ちた作品に触れ続けていたから余計そう感じたのかも。)
 茶道の「雪月花」の作法を用いたトリックはやや複雑でパズルに走りすぎているきらいもあったが、大学4年生をモチーフにした物語展開は、自分の当時を思い返して(もちろん殺人などないが)なんとなくノスタルジックな気持ちに浸って読めた。
 面白かった。


No.1030 7点 しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人
早坂吝
(2023/10/29 21:26登録)
 「六つの迷宮入り凶悪事件の犯人を集めた。各人に与えられた武器で殺し合い、生き残った一人のみが解放される」女名探偵の死宮遊歩は迷宮牢で目を覚ます。姿を見せないゲームマスターは六つの未解決事件の犯人を集めたと言うが、ここにいるのは七人の男女。全員が「自分は潔白だ」と言い張るなか、一人また一人と殺害されてゆく。生きてここを出られるのは誰なのか?そしてゲームマスターの目的は?(「BOOK」データベースより)

<ネタバレあり>
 結果「作中作」であった「迷宮牢の殺人」単体でも、まずますの出来のパズラーなのだが、それを覆う作品全体の仕掛けには確かに「してやられた」(!)
 最終盤、現在の捜査基軸に戻ってからの反転、反転(文字通り 笑)はちょっとついていけないくらい。良い意味で。ただ仕掛けが複雑なだけに、一発で「ぞわっ」とくるような類ではなかった(えっと…アレがアレで…アレだから…と反芻しなきゃいけないカンジ)。
 結局は、真犯人が本当に犯した犯罪は、冒頭にあった「一家殺害事件」だけってことでいいんだよね…???


No.1029 8点 グレイラットの殺人
M・W・クレイヴン
(2023/10/26 22:54登録)
 サミット開催が迫る中、要人輸送を担うヘリコプター会社の社長が売春宿で殺された。現場には犯人が置いたラットの置物が。捜査に当たったポー部長刑事とティリーは、同じ置物が3年前に起きた貸金庫強盗の殺人事件現場にもあったことを突き止め、その糸口から真相を探り出そうとする。全く関係のない場で起きた2つの事件のつながりは?単純な衝動殺人と思われた事件の背後には何があるのか?名コンビが今回も躍動する―

 犯人からのメッセージ「グレイラット」が垂らした細い細い糸を、ポーの推理力とティリーの天才的情報技術で読み解いていく過程の面白さは相変わらず。今回は、端緒となった事件から過去の戦争、軍隊が関わる不祥事へと発展していく。人物の相関がちょっと複雑で理解が難しい部分もあったが、丹念に暴かれていく事件の背景と、そこから紡ぎ出される現在の真相は、非常に厚みがあった。
 最後の最後に暴かれる「真犯人」。どんでん返しのための強引な飛躍はなく、しかし十分に意外。とはいえちゃんと推理の道筋が物語に仕込まれている。さすがだった。
 本作は前作からの影響でフリンの登場はほぼなかったが、彼女の復職の知らせで物語が閉じた。次作もまた、楽しみだ。


No.1028 8点 エレファントヘッド
白井智之
(2023/10/26 22:22登録)
 精神科医の象山は家族を愛している。だが彼は知っていた。どんなに幸せな家族も、たった一つの小さな亀裂から崩壊してしまうことを――。やがて謎の薬を手に入れたことで、彼は人知を超えた殺人事件に巻き込まれていく。
 謎もトリックも展開もすべてネタバレ禁止!前代未聞のストーリー、尋常ならざる伏線の数々。多重解決ミステリの極限!
(「BOOK」データベースより)

 冒頭では家族思いの父として描かれていた主人公・象山晴太が「ヤバいやつ」と分かるや否や、物語はどんどんとんでもない展開に。時間遡行というSF設定に立ったうえで、その特性を生かした独特のストーリー展開と仕組みに引き込まれてしまう。エログロが適度に(?)ちりばめられており、作者の味がよく出ている作品である。
 薬剤「シスマ」による時間遡行と人生の分裂を基盤としたミステリの仕組みは、やや複雑ではあったが非常に巧みに仕組まれていて感じ入った。さらにはその仕組みを生かした物語のオチにはゾッとさせられるものがあった。
 昨年「名探偵のいけにえ」でミステリ界の認知度を一気に上げた、奇才・白井智之の衰えない勢いを十分に感じられる一冊だった。


No.1027 8点 ヴァンプドッグは叫ばない
市川憂人
(2023/10/26 22:00登録)
 現金輸送車襲撃事件への捜査応援要請を受け、出動したマリアと漣だったが、現地は警察と軍が総出で市を包囲する異常なまでの厳戒体制が敷かれていた。その真の理由は、20年以上前に連続殺人を犯した男『ヴァンプドッグ』の脱走。現金輸送車の事件との関わりも分からず捜査が迷走する中、近辺で『ヴァンプドッグ』の手口と同様の殺人が次々と起きていく―
 マリア&漣が難事件に挑む、大人気本格ミステリシリーズ第五弾。

 「咬まれた者がヴァンパイアになる」という、ゾンビの連鎖に似たSF要素を組み込んだ、ある意味特殊設定のミステリ。その設定を存分に生かした謎解きの仕掛けは、作者の卓越した技量を感じる。
 言うまでもなく、設定に立ったうえで推理はロジカルに組み立てられており、物語終盤の、スケープゴートとされた教授の逮捕から一気に真相へと踏み込む件は圧巻だった。
 マリア&漣 両キャラクターのコントラストによる相乗効果は相変わらず小気味よく、物語のリーダビリティに大きく貢献している。
 シリーズ中でも良作に位置づけられる作品であることは間違いない。


No.1026 5点 レモンと殺人鬼
くわがきあゆ
(2023/10/09 18:31登録)
 十年前、洋食屋を営んでいた父親が通り魔に殺されて以来、母親も失踪、それぞれ別の親戚に引き取られ、不遇をかこつ日々を送っていた小林姉妹。しかし、妹の妃奈が遺体で発見されたことから、運命の輪は再び回りだす。被害者であるはずの妃奈に、生前保険金殺人を行なっていたのではないかという疑惑がかけられるなか、妹の潔白を信じる姉の美桜は、その疑いを晴らすべく行動を開始する。2023年第21回『このミステリーがすごい!』大賞文庫グランプリ受賞作。(「BOOK」データベースより)

 読者の想定をひっくり返そうとする姿勢は分かるのだが、人物像(評価)がくるくるとひっくり返される展開は、ちょっと「どんでん返し」を狙いすぎではないかとも感じた。そう感じるのは恐らく、その「ひっくり返し方」に丁寧さが欠けていて、何だかチープな展開になってしまっているからではないかと思う。ストーリーテーリング自体は魅力的で、非常に楽しく読み進められたのだが、終末にかけての展開が「怒涛」というよりは「乱暴」に感じてしまった所があった。


No.1025 6点 ナイフをひねれば
アンソニー・ホロヴィッツ
(2023/10/09 18:23登録)
 探偵ホーソーンを主人公としたミステリを書くのに嫌気がさした作家・ホロヴィッツは、その関係解消を彼に告げる。ところがその直後、ホロヴィッツが脚本を手がけた戯曲の公演で、その批評を書いた劇評家が殺害され、ホロヴィッツが最有力容疑者として逮捕されてしまう。「私を救ってくれるのは、あいつしかいない―」窮地に立たされたホロヴィッツは、結局ホーソーンに助けを求め、独自に事件捜査を進めることに―

 殺害に用いられたのはホロヴィッツの短剣、現場にはホロヴィッツの毛髪、など、状況は不利なことばかり。ホロヴィッツを慕ってるんだかそうでないのかイマイチ読めないホーソーンが、関係者に聞きまわって情報を集め、最後に真相をスパークするのだが、とにかくその聞き込み捜査の内容自体は地味で、長く読んでいっても何も進展していないように思える。真相開陳の段になって、実はそこここに真相を示す手がかりがあったことが分かるのだが、その仕込み方の腕は認めるいっぽうで、途中で読者が推理する余地がないなぁとも思う。(私の推理力が低いだけなのだが)。
 シリーズものとして、ホロヴィッツ、ホーソーンの人間関係が進展していく面白さはあるし、ミステリとしても普通に面白いとは思う。逆に言えば、特段秀でた一作ということにもならないかな。


No.1024 7点 処刑台広場の女
マーティン・エドワーズ
(2023/10/09 18:07登録)
 ある殺人事件の捜査で、警察の捜査の誤りを正し、真犯人を明らかにした高名判事の娘、レイチェル・サヴァナク。物語は、そのレイチェルがある男性に殺人の自白を書かせ、自殺を強要する場面で幕を開ける。物語の主人公、「名探偵」役であるはずのレイチェルの犯罪めいた行為。この女は、名探偵か、悪魔か。読者を最後まで惑わせる、ダイヤモンド・タガー賞受賞作品。

 というような始まり方なので、何が本当で何が誤りなのか、分からない不安定な心地で読み進めることになるが、それが功を奏している。実質的な主人公的存在、記者・ジェイコブ・フリントの目線がちょうどその読者目線と重なる感じで、リーダビリティに寄与している。随所で挿入される「ジュリエット・ブレンターノの日記」による企みは、聡明なミステリファンならら物語中盤くらいでうすうす気づくとは思われるが、それを見越してもなかなか読み応えのある一作だった。


No.1023 5点 8つの完璧な殺人
ピーター・スワンソン
(2023/09/30 20:45登録)
 ミステリー専門書店の店主マルコムのもとに、FBI捜査官が訪れる。マルコムは以前、“完璧な殺人”が登場する犯罪小説8作を選んで、ブログにリストを掲載していた。ミルン『赤い館の秘密』、クリスティ『ABC殺人事件』、ハイスミス『見知らぬ乗客』…。捜査官は、それら8つの作品の手口に似た殺人事件が続いているというが…。ミステリーを心から愛する著者が贈る傑作!
(「BOOK」データベースより)

 海外古典の有名作品のネタバレ満載のようなので、未読かつ読む予定の方は要注意。作者の魅力はサスペンス的な臨場感ある展開だと思っているのだが、本作はその点では期待とは違ったかも。さらに登場人物の関係性が少し複雑で、何度か巻頭の登場人物リストを確かめながら読む感じだった。
 前半の終わりくらいから、主人公の内実が明かされることによって物語の展開が変わってくるのだが、そこから興趣がぐっと増した。ただラストの真相開示はそれほどの衝撃はなく、どちらかというと作者のミステリ愛を充溢させることに主がある作品という感じがした。


No.1022 7点 鵼の碑
京極夏彦
(2023/09/18 22:01登録)
 古書肆の仕事で栃木県・日光に逗留する中禅寺秋彦に同行してきた作家・関口。宿泊するホテルで懇意になった男性に「部屋付きのメイドが、殺人の記憶を打ち明けてきた」と相談され、困惑する。同じ頃、薔薇十字探偵社の主任探偵・増田は、失踪人探しを依頼され、日光へ赴く。さらに麻布署捜査一係刑事・木場は、20年前に起きた「消えた三つの他殺体」の謎を解いてこい、と上司から私的な密命を受けてやはり日光へ―
 全く異なる3つの場で立ち上がった問題が日光の地で融合し、絡み合った糸が京極堂の「憑き物落とし」で解きほぐされる―

 長編はなんと17年ぶりの刊行。前長編「邪魅の雫」の巻末にはこの「鵼の碑」というタイトルは既に示されており、「今昔百鬼拾遺 月」の帯に「近日刊行予定」となっていたけど…。いやー京極先生の時間の感覚は我々一般人の理解は及びませんね 笑

 今回は、日光に逗留している京極堂、関口、+榎木津チーム、失踪した薬剤師の創作依頼を受けて日光に向かった益田チーム、20年前の不審な「死体消失」の謎解明を命じられた木場、の三者がそれぞれの謎を追っていく様子が代わる代わる描かれ、次第に一つになっていくという構成。
 相変わらず雑学、哲学論、蘊蓄が多い。始まって250ページぐらいはほとんどそれだと言っていい。今回は江戸末期の神道、理化学研究所による放射能研究あたり。まぁおそらく本作を読む読者はシリーズ読者だと思われるので、「ならではの味」として楽しめるだろう。刑事・木場のパートが一番そうしたこととは無縁で、ミステリらしい展開の部分。
 3つのパートの調査が進展していくにつれ、少しずつ読者にも重なりが見えてくるとともに、20年前の事件の真相も読めてくる(感じがしてくる)。もちろん真相はそんな単純なものではなく、よく織り込まれたストーリーではあった。
 ただ本作は結果として、過去にあった出来事の真相解明の物語で、作中現在(昭和29年)では何も起きていない。リアルタイムで事件が進行していき、不可思議性がどんどん高まっていく過去作に比べると、興奮度はそれほどという感触だった。

 蛇足だが、またもや帯に「次作予定」が…(「幽谷響の家」)。さすがに「近日」とは書いていなかったが…

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