メルカトルさんの登録情報 | |
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平均点:6.04点 | 書評数:1835件 |
No.875 | 7点 | 蟻地獄 板倉俊之 |
(2018/07/11 22:22登録) 二村孝次郎は、親友の修平と共に一攫千金を目論み、裏カジノに乗り込む。大金を手に入れたかと思いきや、イカサマは見破られていた。5日後までに300万円を差し出さなければ、人質にとられた修平は殺される。金をつくるため、孝次郎が向かった先は、青木ケ原樹海。19歳の青年は奔る!地獄から生還するために―。圧倒的筆力で読む者を欺く、超弩級ノンストップ・エンタテインメント! 「BOOK」データベースより。 お笑いコンビ『インパルス』の板倉俊之による長編第二作。 板倉氏は好きでも嫌いでもないですが、多分頭の良い人なんだろうなという印象は持っていました。しかし、これ程の才能の持ち主とは思いもよりませんでした。 予測不能なストーリー展開、すんなり頭に入ってくる、流れるような筆運び、個性的な人物造形、どれを取っても玄人はだしです。世間的には「所詮お笑い芸人が片手間に書いた小説もどき」と捉えられている風潮もあるようですが、この人は本物だと私は思います。何より、この世界観にのめり込めます、時を忘れて読み耽られます。それだけで十分じゃないでしょうか。 サスペンスとして登録しましたが、様々なジャンルが混在していますので、一言で言えばやはりエンターテインメントですね。冒頭の蟻地獄のエピソードからして、これは間違いなく面白いはずだと感じました。 あらゆるシーンに伏線が張り巡らされており、そこだけなら本格ミステリのようでもあります。小気味良いアクション、手に汗握るスリル、トラップの仕掛け合い、そしてヒューマンストーリーなどが存分に堪能できます。 また、命の大切さを教えてくれます。 |
No.874 | 6点 | 新鮮 THE どんでん返し アンソロジー(出版社編) |
(2018/07/06 22:42登録) 気鋭による「どんでん返し」がウリの短編集。 『密室竜宮城』 青柳碧人 お伽噺の『浦島太郎』そのままの設定。助けた亀に連れられて竜宮城に来てみれば、謎の密室殺人事件が。 『居場所』 天祢涼 前科持ちの八木は、過失致死で殺してしまった少女を想起させる女子高生マナを執拗に追い回すが、それを知った若者にある取引を持ち込まれる。 『事件をめぐる三つの対話』 大山誠一郎 一見普通の殺人事件だが、なぜ死体を移動させたかが焦点に。説明文を排除し、全編会話文で構成されたホワイダニット。 『夜半のちぎり』 岡崎琢磨 奇妙な成り行きで遭遇した、新婚旅行中の二組のカップル。その中の一人茜が殺害される。入り組んだ人間関係が悲惨なラストを呼ぶ。 『筋肉事件/四人目の』 似鳥鶏 これは作品の性質上、内容には触れないほうが無難と判断し、割愛します。 『使い勝手のいい女』 水生大海 私七尾葉月は使い勝手のいい女。昔の男に金を用立てるように泣きつかれ、抱き着いてきた。それを過剰防衛と知りながら凶器を握り・・・。 ミステリ的に最も優れていると思われるのは『事件をめぐる三つの対話』で、前例はあるものの、どんでん返しと言うに最も相応しい作品でしょう。 構成が凝っている『筋肉事件/四人目の』は、これまた過去に似たトリックが存在していますが、二度読み必死の力作かと思います。 他はどんでん返しというよりごく普通のミステリです。若干のエッジや捻りを効かせた程度で、中には拍子抜けなものも混じっており、上記二作以外はこれと言って見るべきものはありません。 |
No.873 | 6点 | きみとぼくが壊した世界 西尾維新 |
(2018/07/02 22:18登録) (若干のネタバレがあります) これはアレですね、あのパターンです。私は好きです、まあ作中作がお好みの方にはお勧めできると思います。勿論、構成が酷似しているあの名作には遠く及ばないですが、それくらいの遊び心があってもいいじゃないという、広い心で許してしまえる作品ではあります。でも、なぜかしら章を重ねるごとにネタ割れして、耐性が出来上がって来て、作者の目論見がショボく感じられてしまうのも確か。 ミステリ的には小技を地味に積み重ねて一篇の長編に仕上げました、という体裁になっています。特筆すべきは最初の不可能犯罪ですよ。実に魅力的な謎を提示していて、とても好感が持てます。これをどう合理的に解決するのか非常に興味深く、掴みは有り余るほどグッドですね。ただ、真相はまあこんなものかなという程度にとどまります。他にもそこそこのトリックを駆使しての本格ミステリに仕上がっていると思います。 全体を通してのイメージはイギリスへの卒業旅行へ行ったような行かなかったような、事件も解決したようなしなかったような、そして最後のオチはそれかいって感じでしょうか。 それにしても、弔士君に比べて様刻君も黒猫もごく普通の人間なのかなと思えてきます。蛇足ですが、これらの名前が一々変だと以前書きましたが、それは当方の考え違いというか、認識不足だったのをここに明記しておきます。ファンの皆さまにはお詫びのしようもございません。 |
No.872 | 6点 | 月見月理解の探偵殺人 明月千里 |
(2018/06/28 22:32登録) とにかく探偵役の理解のキャラが濃すぎて若干付いて行けないなと感じるのは私だけでしょうか。それに比べてワトソン役の都築初の平凡さが際立って、逆に感情移入してしまう、これは作者の計算なのだろうか。とは言え、彼こそが超人理解の頭脳のキャパを超えてしまうほどの人格の持ち主だという事実は皮肉とも取れます。 初以外のあらゆる登場人物を敵に回しての、理解の見事というか破天荒な立ち居振る舞いが一つの読みどころとなっています。まあそれ以外、この風変わりな物語の推進力足り得るものは見当たらないわけで、そこはやむを得ないところですが。 つまり、事件そのものは特筆すべき点はなく、謎らしきものが見当たらないため、そこにトリックめいた仕掛けがあるとはとても思えないのです。道中、理解と初の容疑者への尾行を中心とするアプローチに終始します。またサブストーリーとして理解対その他の生徒という図式が描かれ歪んだ青春模様を織り成します。それとともに探偵と助手の微妙な関係も綴られ、心理戦の一面をも見せます。 この段階で残念ながら、私は本作がいかにも平凡なラノベで終わってしまうのを予感しました。 ところが、残りページも僅かとなりいよいよ解決編へと突入したのちは、予想もしえなかった怒涛の展開へともつれ込みます。正直舐めてました。 一応伏線は回収され、本格ミステリとしての体裁を保ちますが、理解の能力をもってすれば途中経過など茶番劇に過ぎず、早々に真相を見破ってしまえたのだろうと思われてなりません。その意味で初の一人称で描かれたのは正解だったでしょうね。 |
No.871 | 6点 | 人間に向いてない 黒澤いづみ |
(2018/06/24 22:38登録) ある日突然発症し、一夜のうちに人間を異形の姿へと変貌させる病「異形性変異症候群」。政府はこの病に罹患した者を法的に死亡したものとして扱い、人権の一切を適用外とすることを決めた。不可解な病が蔓延する日本で、異形の「虫」に変わり果てた引きこもりの息子を持つ一人の母親がいた。あなたの子どもが虫になったら。それでも子どもを愛せますか? 「BOOK」データベースより。 第57回メフィスト賞受賞作。正直、単行本で刊行されるほどの作品ではない気がします。しかも、ジャンル的にミステリとは言い難い、寓意小説のような作品であり、メフィスト賞らしい先鋭的な作風には感じられません。また、ストーリー的にパニック小説になりそうなところですが、そこまでのスケールの大きさはありません。 物語はあくまでマクロではなくミクロの視点から描かれており、例えば政府側の「異形性変異症候群」に関する対策などはマス・メディアでしか知ることができません。その分虫に変異した息子に対する、主人公である母親の美晴の心情は細部にいたるまで非常によく描き切られています。 反面、その他に限ってはどれも中途半端としか言いようがありません。病を発症した子供を持つ親の集まる「みずたまの会」にしても、そこで知り合った津森や会長の山崎、夫の勲夫など主要登場人物の人間性にも今一歩踏み込むことができていないのを感じます。その辺りがまだまだ新人と思わざるを得ないところですね。ラストは予想通りでしたが、更にオチが用意されていて、なかなかやるなと内心ニヤリとさせられます。 作者はこの先どのようなジャンルに挑戦するのか不透明ですが、いずれにしても本格ミステリを書くようなことはないと思います。文芸の道に進むんでしょうかねえ。ただ、未知数ではありますが可能性を感じさせる人には違いありません。 |
No.870 | 7点 | エムブリヲ奇譚 山白朝子 |
(2018/06/21 22:24登録) 「わすれたほうがいいことも、この世には、あるのだ」無名の温泉地を求める旅本作家の和泉蝋庵。荷物持ちとして旅に同行する耳彦は、蝋庵の悪癖ともいえる迷い癖のせいで常に災厄に見舞われている。幾度も輪廻を巡る少女や、湯煙のむこうに佇む死に別れた幼馴染み。そして“エムブリヲ”と呼ばれる哀しき胎児。出会いと別れを繰り返し、辿りついた先にあるものは、極楽かこの世の地獄か。哀しくも切ない道中記、ここに開幕。 「BOOK」データベースより。 乙一が山白朝子名義で2012年に発表した時代ホラーの連作短編集。時代の明記は避けていますが、おそらく江戸時代と思われます。 詩的で美しいけれど生々しく残酷という相反する要素を持ち合わせる、奇跡的な作品集だと個人的には思います。これはやはり乙一にしか書けないのではないかという気がしますね。特に表題作は何とも言いようのない、『奇譚』と呼ぶに相応しい素晴らしい一篇です。 和泉蠟庵の付き人として旅に同行する耳彦が様々な怪異に見舞われるのですが、この耳彦が博打にのめり込む弱くだらしない人間として描かれているところがミソです。それにより自然と物語が進行していくケースもありますし、決してよくありがちな善人ではないが為に、その現実がストーリーに意外性を生み出す結果となっている場合もあります。 こういうのを隠れた名作と呼ぶんでしょうねえ。 |
No.869 | 6点 | 恩讐の鎮魂曲 中山七里 |
(2018/06/18 22:26登録) 弁護士御子柴礼司シリーズ第三弾。本格ミステリというより、本格法廷小説ですね。 前二作に比べるとやや小粒の感は否めませんが、その分御子柴の内面がよく描かれていて人間臭さを感じさせます。 隅から隅まで良く出来た作品ではありますが、逆に言うと綺麗にまとまり過ぎており、サプライズ的にはやや物足りません。今回は意外な人間関係に驚きを覚えますが、どんでん返しとまでは言えないですね。そこに期待すると裏切られるかもしれません。 私の期待が高かったためにこの点数ですが、リーダビリティ、優れたプロット、冒頭の海難事故が物語にどう絡んでくるのかへの興味、介護施設での虐待問題、刑法第三十七条<緊急避難>の解釈など見るべき点も多く、さすがに人気作家中山七里と思わせるに十分な魅力を持っていると思います。 文庫化されたことで多くの方が読まれることを願っております。ただし、前二作を未読の方はそちらを優先させることをお勧めします。 |
No.868 | 4点 | 時給三〇〇円の死神 藤まる |
(2018/06/14 22:17登録) 「それじゃあキミを死神として採用するね」ある日、高校生の佐倉真司は同級生の花森雪希から「死神」のアルバイトに誘われる。曰く「死神」の仕事とは、成仏できずにこの世に残る「死者」の未練を晴らし、あの世へと見送ることらしい。あまりに現実離れした話に、不審を抱く佐倉。しかし、「半年間勤め上げれば、どんな願いも叶えてもらえる」という話などを聞き、疑いながらも死神のアルバイトを始めることとなり―。死者たちが抱える、切なすぎる未練、願いに涙が止まらない、感動の物語。 「BOOK」データベースより。 Amazonのレビューが全体的に好評だったので読んでみましたが、これはダメです。文章が粗削りだし、言葉のチョイスに違和感を覚える箇所が散見されます。まだまだプロの作家の域に達していないと感じました。 似たような設定の作品を何作か読んでいますが、他に比べて数段劣る気がします。キャラもイマイチで感情移入の余地なし、最終的に死者の未練を晴らしていないので救われた感じもせず、モヤモヤした感情が残るのみです。最早褒めるべき点が見当たらないのが正直なところ。私の感性がすり減っているのかもしれませんが、この作品のどこが良いのやら、さっぱり理解できませんでした。読後、何も心に残りません。 正直読んでいてイライラしました。なかなかありませんよ、こんな体験は。よって3点としたいところでしたが、滅多にない読書体験をしたということで4点にしました。装画は良いんですけどね、惜しいなあ。 |
No.867 | 6点 | 僕の光輝く世界 山本弘 |
(2018/06/10 22:35登録) SF作家山本弘がミステリを書いたら、こんなの出来ましたって感じでしょうか。 アントン症候群、視覚を失った障碍者がそれ以外の感覚で視覚を補って、脳内で再生しまるで現実を見ているような錯覚を起こさせるという、まことに奇妙な症例を主人公に背負わせる、一筋縄ではいかない設定が異色な作品です。 現実と主人公が視ている映像との乖離が、これまで体験したことのない世界を読者に突き付けます。そのことがミステリと有機的に繋がっているかどうかは疑問ですが、所々でこの設定が生きてくるのは間違いないと思います。 また、恋愛小説としては決して甘ったるくなく、光輝と夕の関係はある時は打算的であり、どちらかと言えば光輝が「視ている」夕に片思いの傾向が見られます。光輝にとっては理想の恋人でも夕にとっては好奇心を刺激される対象と映っているように思われます。夕が付き合ううちに光輝に惹かれていくわけでもなく、その辺りの少女の揺れ動く心は描き切れていないと感じました。 日常の謎から殺人事件まで、様々なトリックを駆使しての作者の苦心が目に浮かぶようで、さすがに本格ミステリは荷が重いのかと思いましたが、中編の最終話はなかなかの出来栄えでした。しかしやや残念なのは、作中の『七地蔵島殺人事件』の魅力がダイレクトに伝わってこなかったことでしょうか。急ぎ足過ぎて煩雑になりすぎな感が否めませんでした。 ラストの対決と後味は非常に良かったですね。また全体として、アントン症候群が多幸感をもたらすことにより、悲壮感や重苦しさがなく読者にとっては救われる部分が多かったと思います。 |
No.866 | 7点 | 冷たい太陽 鯨統一郎 |
(2018/06/06 22:36登録) 数ある誘拐ものの中でもこれはかなり印象に残りそうな作品です。個人的には大変面白かったのですが、ミステリマニアの受けは良くないかもしれません。それは、物語のすべてを読者を騙すためだけに書かれたのだと誤解させるような仕上がりになってしまっている為です。しかし、よく考えてみれば、ミステリの本質はマジックと同じでいかに読者を欺くかであることを鑑みれば、これはこれでありなのではないかと私は考えます。 本作は終始淡々とした文体で綴られており、サクサクと読めます。そこに感情移入など予断が入り込む隙間はありません。言ってみれば映画のシナリオのようでもあります。しかし、油断して読み飛ばしていくと、後で後悔することになります。そう、その時点で既に作者の策略に嵌っているからです。二度読みなど面倒なことをしたくないという方は、十分細心の注意を払って読み進めなければなりません。ただ登場人物は多いですが、混乱するような事態にはならないのは、作者の手腕ではないかと思います。 多くの読者が騙されることになるでしょうから、むしろ騙されたいと思いながらミステリを読んでいる向きにはお勧めです。もし、この仕掛けを見破ることができたら大いに自慢してもよいと思います。それほどにこの一撃の及ぼす心理的ショックは大きく、決して後味が良いとは言いませんが、後を引きずる可能性が大いにあるのは間違いないでしょう。 |
No.865 | 6点 | マツリカ・マハリタ 相沢沙呼 |
(2018/06/04 22:15登録) 『マツリカ・マジョルカ』に続くマツリカ・シリーズ第二弾。 三作目の『マツリカ・マトリョシカ』を先に読んでいたため、今更ながらああそうだったのか、と納得がいくシーンもいくつかありました。特に好感度の高かった松本さんの秘密が明かされていたのは、ちょっぴり得した気分です。さらに写真部の三ノ輪部長が最終話に大きく関わって来て、こちらもややショッキングな事実を目の当たりにすることに。 まあとにかく、主人公の柴山君がぼっちだと勝手に思い込んでいて、卑屈な心根が暗くて、どうにもうじうじしてしまうところが何とももどかしいんです。写真部のメンバーを中心に、彼のことを好意的に思っているのに気付かない情けなさ。この辺りが本作の面目躍如たるところでしょうか。 ミステリとしては一見不可思議な謎をいとも簡単にマツリカさんが解き明かしていく、相変わらずのスタイルです。叙述トリックを含め、脆弱さは否定できませんが、青春ミステリ+日常の謎としての出来はまずまずだと思います。 第一作で披露された変態性はさらにエスカレートし、柴山君の様々なフェチを感じさせており、こちらにも注目が集まるのは致し方ないのであります。 女子高生よりちょっと大人で、妖しさ満載のマツリカさんの秘密はそう簡単には暴露されないのでした。そして気になるのは柴山君のお姉さんの謎。これらが披瀝されるのは、おそらくシリーズ最終作となるのではないでしょうか。 |
No.864 | 7点 | 不気味で素朴な囲われた世界 西尾維新 |
(2018/06/01 22:26登録) これは好き嫌いがはっきり分かれるタイプですね。私は好きですが、道理が通らない小説に嫌悪感を抱く読者は許容範囲を超えるかもしれません。その原因は、UFO研究会の奇人三人衆の奇矯な言動や、何より主人公串中弔士の変態的な、或いは○○○○のような思考回路に大いに違和感を覚えるためと思われます。一方、ラノベファンにとっても微妙でしょう。許せるか許せないかは、各キャラの濃すぎる個性をどう捉えるのかに掛かっている気がします。 私が最も気になったのは、余計なお世話かも知れませんが、弔士の病院坂迷路の表情を読み取るだけで微細な部分にいたるまで何を言わんとしているかを理解してしまう能力ですよ。まあ、この世界観を前にしては、確かにそれは無粋になるわけで、そういう堅いことは言いっこなしとなってしまう可能性も大いにありますがね。 畢竟タイトルからも分かるようにこのシリーズには独自の「世界」が存在しているので、それを前提に読み進めないとお話にならないのだと思います。 全体の流れは、最初延々と奇人変人たちの競演が続き、このまま終わってしまったら嫌だなと思っているところにようやく殺人事件が起こります。さらには連続殺人事件へと発展し、唐突にエンディングへと突入します。 中学生が起こした殺人事件だけに、意外と単純なトリックは病院坂迷路と弔士の捜査であっさりと解明され、なんだかなあとか白けていたりすると必ずうっちゃられますよ。意外すぎる真相と動機、お見事です。 |
No.863 | 6点 | 古い腕時計 きのう逢えたら・・・ 蘇部健一 |
(2018/05/29 22:32登録) いわく付きの古い腕時計を持つ者は一日だけ時間を戻すことができる。勿論、持ち主はそのことを知らない。が、その腕時計が止まってある時計店に修理を頼んだ後、翌日気づくと昨日に戻っているのだった。それを知った持ち主たちは、様々な願いを叶えようとするが。 所謂タイムトリップ物の連作短編集。 読み始めた時、相変わらず薄っぺらいなと思いました。しかし、読み進めるうちに、いやこれは蘇部が垢抜けたのではないか、と思い直しました。それが良いのか悪いのか、あの変梃りんな作風を誇り一部の読者を熱狂させた、私の知る蘇部ではなかったのに一抹の淋しさを覚えないでもありません。まあ、彼もこのような広く読者に受け入れられるような作品を書くようになったのだという感慨はありましたが。 結局、どれもちょっといい話ではありますが、必ずしもハッピーエンドになるわけではなく、かと言ってさして感動を覚えるでもなく、なんとなく生ぬるい印象を受けました。 中には何かを丸パクリしたような話もあり、脱力したりもしますが、まあそこそこの出来で及第点というところでしょうか。 それにしても、今でも彼は牛丼屋でバイトしながら執筆活動を行っているのでしょうか。作家も大変なんだなと、なんだか切なくなります。 |
No.862 | 6点 | 触法少女 ヒキタクニオ |
(2018/05/27 22:34登録) 小学四年生の時に母親に捨てられた深津九子は、児童養護施設から中学校に通っていた。十三歳の九子は担任の欲望を利用し支配し、クラスメイトの男子西野を下僕化、同級生の井村里実からは崇められていた。 或る日、母親の瑠美子の消息を知るチャンスが訪れ、そこから九子のそれまで抑えていた感情が溢れだし、運命が動き出す。 ジャンルを登録する時に正直迷いました。一応本格にしましたが、プロット的にはクライムノベルのようでもあり、触法少年という概念が根本にあるので社会派でも通用しそうだし、全体から受ける印象はサスペンスに近いものがあります。そんなジャンルミックスの要素を強く持ったこの作品は、子供に対する親の虐待、刑法第四十一条問題、事細かに記された毒物生成方法などの危険な要素を孕んだ犯罪小説と言えるかもしれません。 九子の計画はやはり子供らしく、アリバイトリックや指紋の問題などやり口が稚拙で、警察の手に掛かれば簡単に見破られてしまいます。その辺りは、まあ作者の計算通りなんでしょうけれど、毒物を作る過程だけは専門知識を駆使しており、リアリティがあります。 前半はやや冗長な感じを受けますが、事件後はなかなか読ませます。全般的に気分良く読めるとは言い難いですが、飽きることはないと思います。後半、二捻りあり、意表を突かれます。ここはある海外の名作を彷彿とさせ、なるほどと深く肯かされます。それまでの伏線も効いていますね。 なんとも言えない独特の世界観を持った作品であるのは間違いないですし、ヒキタクニオの本領を発揮していると言っても言い過ぎではないでしょう。 |
No.861 | 7点 | DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件 西尾維新 |
(2018/05/24 22:24登録) ロサンゼルスで起きた連続猟奇殺人事件。休職中のFBI捜査官の南空ナオミはこの事件の捜査依頼を、世界的名探偵Lから受け入れた、というか受け入れざるを得なかった。第一の現場に向かうナオミは竜崎と名乗る私立探偵に出会い、協力して捜査に当たるのだが。 ページ数の割に値段が高いですが、これには理由があります。まず普通の単行本よりも一回り縦も横も長い、そして文字が細かいうえに二段組みとなっているということです。全体的にスペシャルでゴージャス感が漂う、凝った装丁になっています。集英社にもそれだけ力が入っている証左だと思います。 私は『デスノート』は映画しか知りませんが、読み終えるのに支障は全くありませんでした。原作を読んでいない、映画も観ていないという方でも十分に楽しめると思います。 西尾維新にしてはガチガチの本格ミステリです。いつもの作風とは結構かけ離れていると思います。ただ、軽妙さはどことなく感じられ、そこに若干の重厚さが加味されているような印象です。 ノベライズですが『デスノート』に関連していると言えるのは、死神の目とラストだけで、中身はほぼ西尾氏のオリジナルと考えて間違いないだろうと思います。内容に関しては興が削がれる可能性が高いので触れずにおきます。おそらく西尾維新のファンにも、『デスノート』のファンにも受け入れられる作品でしょう、断言はできませんが。 |
No.860 | 6点 | 遊星小説 朱川湊人 |
(2018/05/21 22:29登録) 短編の名手、直木賞作家の朱川湊人のショートショート集。さすがに文章が上手いです。どこか昭和を思い起こさせるノスタルジックな雰囲気の作品が多く、黄昏や夕暮れが似合いそうなレトロ感覚を味わえます。 ジャンルとしてはSF、ホラー、ミステリなど様々で、中でも当たり前の日常で起こる不可思議な出来事を扱ったものがかなりの割合を占めています。しかし、やはりショートショートの殻を破った革新的な作品集とは言い難く、奇妙な味わいではあるものの、それほど破天荒な感じはありません。それでも、この作者らしく、切ない余韻を残す印象的なものもいくつかあって、ファンとしては納得のいく出来ではあると思います。 ウルトラマン、仮面ライダー、UFO、怪獣、幽霊、妖精などなどが登場し、ショートショートらしい賑やかさです。大方驚くような結末が用意されているわけではありませんが、それなりにオチがついています。そういった意味でも、短いながら小説としての骨格はしっかりしていて、プロの作家はやはり違うと思わせますね。 お節介な幽霊がなんとも微笑ましく、ラストが切ない『ゴメンナサイネ』、ミステリ的手法が生きる、子供たちの悪意を描いた『暗号あそび』、ザラブ星人やニセライダーマンからちょっといい話に発展する『ニセウルトラマン』、ぼろアパートに住む冴えない男と野良猫の感動の物語『傷だらけのジン』など後々まで記憶に残りそうな作品も。 |
No.859 | 9点 | 萩原重化学工業連続殺人事件 浦賀和宏 |
(2018/05/19 23:29登録) 「脳」を失った死体が語る、密室の不可能犯罪!双子の兄弟、零と一の前に現れた、不死身の少女・祥子と、何もかもを見通す謎の家政婦。彼らが信じていた世界は、事件に巻き込まれる内に音を立てて崩壊していき…。脳のない死体の意味とは!?世界を俯瞰する謎の男女と、すべての事件の鍵を握る“萩原重化学工業”の正体とは!?浦賀和宏の最高傑作ミステリが世界の常識を打ち破る。 以上、私の下手な説明より簡潔にまとめられた「BOOK」データベースのほうがすっきり分かりやすいので引用しました。尚これは講談社ノベルズ版のものであり、今回私が読んだのは幻冬舎文庫より刊行された『HEAVEN』で、かなり縮尺されていますので、若干内容的に変化があるのかもしれません。 最高傑作かどうか全作読んでいるわけではないので何とも言えませんが、とにかく謎だらけで、頭の中が?でいっぱいになります。そして読んでいる途中から、これは超本格ミステリ(多分)なので、一般で言うところの解決はとても望めないと不安になりました。しかしながら、SF的趣向を交えながらも何とかギリギリ納得のいく真相が得られます。ただし、いくつかの謎を残していて、それは続編の『女王暗殺』に委ねられているようです。 「世界の常識を打ち破る」というより、常識など通用しない作品が正解じゃないでしょうかね。良く言えば破格の超絶ミステリ、悪く言えば何でもアリの複雑系、いずれにしても浦賀氏自身が「この小説を書くために生まれてきました」と言っているように、稀有な怪作、力作なのは間違いないと思います。 途中、警察の捜査の杜撰さ(○○に隠れていたのを発見できず)や、あまりにも発想が突飛すぎるなど、気になる点もありましたが、凝りに凝った規格外の本格ミステリだと個人的には感じました。 余談ですが、ノベルズ版の装丁が物々しくいかがわしい雰囲気で好きだったのですが、読後あまり作品の意にそぐわないように思いました。その意味では残念ながら期待を裏切られた気分です。 |
No.858 | 6点 | プールの底に眠る 白河三兎 |
(2018/05/15 22:20登録) ぬるま湯の様な描写と展開を、心地よいと感じるか、刺激が足りないと感じるかは読み手によって随分変わってくると思います。私は当然後者。これは最早ミステリというより文学に近いです。というわけで、終始頭から離れなかったのが、何故本作がメフィスト賞を受賞したのかでした。それが腑に落ちたのはようやく終章に入ってから。 ここに至ってようやく作者の企みが明らかになります。一言で言うと「やられた」って感じでしょうか。確かにそれ程の衝撃ではありませんが、あとからじわじわ来る辺りが心憎いではないですか。構成の妙ですね。新書で刊行され時から大幅に変更されたプロット、それが良い影響を与えたのか、逆効果だったのかは読み比べてみなければ分かりませんが、ミステリ的には正解だったのでは?と思います。 それにしても終章で徐に姿を現した佐々木の爺さんのキャラは、本当にいい味出しています。主人公を始め、誰も彼もが心のどこかに歪みを抱えているような人物ばかりの中、この人は素直にいい人だと感じましたね。 主人公が心情を吐露する場面の「一度でいいから両親に、幸せになってもいいと言ってほしかった」というセリフが本作を象徴している気がしました。これは心に突き刺さりましたよ。でも、決して人に薦められる小説とは思いませんが。 |
No.857 | 3点 | 最良の嘘の最後のひと言 河野裕 |
(2018/05/12 22:25登録) 世界的に成功を収めるIT企業ハルウィンには超能力研究の噂があった。ハルウィンは「4月1日に年収8000万で超能力者をひとり採用する」という告知を出す。審査を経て7名の自称超能力者が3月31日の夜に最終試験に臨むことになった。 日付が変わる瞬間に採用通知書を手にしていた者が雇用されるという。超能力者たちはそれぞれの能力を駆使して頭脳戦を繰り広げる。 とまあ、話だけ聞くと面白そうに思われるかもしれませんが、はっきり言って全然つまらないです。プロローグと最終章(6話)を除けば、ダラダラと能力者同士の騙し合いと陳腐なドタバタ劇が延々と続きとても煩雑です、何度か挫折しそうになりました。それは私の読解力のなさばかりとは言えないと思います。物語がすんなり頭に入ってこないリーダビリティの低さ、最後に親切にも時系列ごとに何が起こったのか纏めてくれていますが、それでも薄れた興味は二度と湧いてくることはありませんでした。巻き戻して再度確認する気力は私には残っていませんでした。 エピローグも余分でしょうね。 ラストでようやく「最終試験」のカラクリが見えてきて、若干そうだったのかとはなりますが、そこの捻りがなければ1点でしたね。主催者側の思惑など一切描かれることもなく、そちらも片手落ちに思えます。 |
No.856 | 6点 | 誰も死なないミステリーを君に 井上悠宇 |
(2018/05/09 22:47登録) 以前書評した『死を見る僕と、明日死ぬ君の事件録』(登録時にまさかのミスを犯し『死を見る』が抜けていました、さっき気付きました、すみません)と設定が似通っていますが、こちらの方がより本格に近いです。タイトル通りだと誰も死なないわけで、果たしてミステリとして成立するのかとの疑念を吹き飛ばして、体裁は予想以上に整っていました。 何故元文芸部の四人に『死線』が現れ、孤島に渡っても消えないのか、という謎自体はほぼ予想が付いてしまいます。これはおそらく誰しもが想像し得ることだと思いますね。ですから、謎の焦点は事の発端となった最初の転落死にあります。この事件は事故だったのか、殺人だったのか。そこから派生する四人の「容疑者」のそれぞれが抱える事情を探り、事件の全容が明かされた時、驚愕の事実が!とはなりません。 謎解きはあっさりと片付けられ、驚くような真相が待っていたりもしません。ですが、一応は筋が通った解決を見ます。あっけないですが、それが事実なら受け入れるしかありません。まあなるほどとは思いますが、それだけですね。 しかし、何がどうとは言えませんが、青春ミステリとしてどこか捨てがたいところがある小説だと思います。それはおそらく、余分と思われるような描写が意外に印象に残っていたり、登場人物同士の何気ないやり取りであったり、主人公の過去のエピソードだったり、なのでしょうかねえ。 |