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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2812件

プロフィール| 書評

No.2032 7点 狐火殺人事件
エドワード・D・ホック
(2018/07/29 23:48登録)
(ネタバレなしです) まだ有名でなかった頃のホックは別名義で発表した作品がありますが、本書は何とミスターXという覆面作家の作品として1971年に出版されました。国内でもミスターXの名義のままで雑誌「ハヤカワミステリマガジン」の1974年9月号から1975年2月号まで6回に渡って連載されています。暗黒街の帝王、銀行強盗、トランプいかさま師など6人の犯罪者を乗せた護送車が襲撃されて囚人たちは逃亡します。囚人暴動の調停や逃亡犯追跡などを任務とする逮捕課のデヴィッド・バイパーが彼らを追跡して1人ずつ捕まえるというプロットです。このプロット紹介で警察小説かスリラー小説かと思う読者もいると思いますが実は堂々の本格派推理小説で、不可解な殺人の犯人は誰か、なぜ被害者の首を切り落としたか、そして囚人脱走の目的の謎解きを読者に挑戦します。このプロットで本格派に仕上げた手腕、そして非常にユニークな首切りの理由と一読の価値ある作品だと思います。


No.2031 5点 貧乏お嬢さま、メイドになる
リース・ボウエン
(2018/07/29 23:08登録)
(ネタバレなしです) 現在は米国に住んでいる英国の女性作家リース・ボウエン(1941年生まれ)が作中時代を1930年代に設定し貧乏な貴族令嬢のジョージーを主人公にしたシリーズの第1作が2008年発表の本書です。英語原題の「Her Royal Spyness」にちなんで本国では「Royal Spyness」シリーズと呼ばれているようです。もっとも本書を読む限りでは確かにジョージーが英国王妃からスパイ活動を依頼されるのですが、依頼内容は皇太子がのぼせあがっている女性が結婚相手としてふさわしいかを見極めよというもので、一般的な意味でのスパイ・スリラーを期待してはいけません。今まで自力で火を起こしたことさえないジョージーが1人暮らしをすることになって奮闘したり、働きながら同時に知り合いに見つからないように気を配らなくてはいけなかったり、ロマンスも織り込まれたりとミステリー以外の描写にも随分と力が入ってます。ミステリーとしては殺人に巻き込まれて(しかも兄と共に容疑者扱い)解決のために奔走しますが動機が終盤も終盤、27章の最後にやっと紹介されるので(他にも謎解き伏線はありますが)解決に唐突感があります。


No.2030 4点 ファーザー・ハント
レックス・スタウト
(2018/07/28 23:05登録)
(ネタバレなしです) 1968年発表のネロ・ウルフシリーズ第30作で、日本では雑誌「EQ」の25号から27号(1982年1月号から5月号)で3回に渡って連載されました。轢き逃げ事故で母親を亡くして天涯孤独となった娘から父親を探す依頼を受けるという変わったプロットが特徴です。しかしこれが結構な難題、これはと目をつけた容疑者(?)に父親でない証拠を突きつけられたりします。そこでウルフは作戦変更し、母親は殺されたのでありその犯人を探すことが父親発見につながると(あまり論理的ではありませんが)考えます。ところがこの犯人、何と指紋を残すという致命的失敗をしていて指紋を入手して照合しさえすれば判明してしまうのです。犯人逮捕となると父親探しに支障が生じるという状況をどう解決するかが興味深いものの、その父親探しも推理で突き止めているわけではありません。捜査小説としては楽しめても本格派推理小説の謎解きを期待する読者にはお勧めできない内容でした。


No.2029 5点 広重殺人事件
高橋克彦
(2018/07/26 21:14登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の浮世絵三部作の最終作の本格派推理小説で、いかにも最終作らしい衝撃的な展開が用意されています(三部作の「写楽殺人事件」(1983年)、「北斎殺人事件」(1986年)を先に読んだ方が衝撃は大きいと思います)。現代の犯罪もありますが、メインの謎解きは歌川広重にまつわるものです。その一方で広重ほどの有名画家でさえも研究や作品評価が不十分という現代の問題を主人公である塔馬双太郎が指摘する場面には熱がこもっており、ある意味社会派推理小説的です。もう一人の主人公である津田良平が中断せざるを得なかった広重の研究を塔馬が(謎解きもしながら)引き継ぐ友情物語も熱いです。


No.2028 5点 牧神の影
ヘレン・マクロイ
(2018/07/23 09:29登録)
(ネタバレなしです) 簡潔に「Panic」という英語原題で1944年に発表された本書はサスペンス小説と本格派推理小説の両方の要素を織り込んでおり、ちくま文庫版の巻末解説ではどちらかといえば本格派として評価していますが個人的にはサスペンス小説の方が心に残ります。というのは謎解きのかなりの部分が暗号の解読で、「二日目」の章で紹介される暗号全文がアルファベットばかりで約3ページにもまたがっているのです。最後には解かれるのですがその解答も約2ページにまたがる英語の文章で(解答は和訳もついていますが)私にとっては二重の暗号に等しく、この謎解きはつらかった(笑)。色々な謎解き手掛かりを用意してはいるのですが大半が暗号に結びつきます。暗号ミステリーとして1級品だと思いますが、直接犯人当てにつながる伏線をもっと増やしてほしかったですね。サスペンス小説としてもよくできていて、ヒロイン役が心当たりがないのに誰かに狙われる可能性を巧妙に作り上げ、山荘に一人住まいすることになった彼女をじわじわと恐怖が襲うプロットもなかなかです。陽気で遊び好きなイメージの牧神(パン)がパニックの語源だったというのも私には新鮮な驚きでした。


No.2027 8点 エラリー・クイーンの冒険
エラリイ・クイーン
(2018/07/22 05:24登録)
(ネタバレなしです) 1934年発表のエラリー・クイーンシリーズ第1短編集の本書は日本では半世紀以上前から創元推理文庫版で読むことができたのですが、大いに残念だったのは米国オリジナル版が11作を収めていたのに対して10作しか収めていなかったのです(理由は別のアンソロジー文庫版に問題の1作が収められたのでダブリ回避で削除されたようです)。その不満は2018年に新訳の創元推理文庫版で全11作を収めて出版されてようやく解消されました。初期のクイーン長編(つまり国名シリーズ)は文章が味気なく無駄な表現が多くて読みにくいのですが、本書の短編は(短編としては詰め込み過ぎの感もありますが)それらの欠点が目立ちにくくなっており、しかもクイーンならではの本格派推理小説の謎解きはしっかり楽しめますので入門編としてもお勧めです。不気味な雰囲気の「双頭の犬の冒険」、猫嫌いなのに毎週1匹ずつ猫を買っていく人物という謎が魅力的な「七匹の黒猫の冒険」、推理合戦が楽しい(呼吸する時計の推理には感銘しました)「アフリカ旅商人の冒険」が私の好みですが他の作品も負けず劣らずの高水準で、粒揃いの短編集です。


No.2026 5点 殺人喜劇の13人
芦辺拓
(2018/07/20 08:18登録)
(ネタバレなしです) 新本格派推理小説を代表する作家の1人である芦辺拓(1958年生まれ)の1990年発表のデビュー作です。鮎川哲也の「りら荘事件」(1958年)を意識した作品で登場人物はほとんどが大学生、シリーズ探偵の森江春策もまだ大学生です。そして怒涛のごとくの連続殺人が発生します。もっとも謎解きに集中するあまり青春小説らしさを感じられないのまで「りら荘事件」と共通してますが。作者の気合が空回りしているのか全ての事件に創意工夫を詰め込んでいるのはいいのですが、あまりにも複雑な謎解き説明になって私の凡庸以下の頭では理解しきれませんでした。締めくくりも何がしたかった(言いたかった)のかよくわかりません。私が読んだのは2015年改訂版(創元推理文庫版)ですが、ヴァン・ダインの「ケンネル殺人事件」(1933年)の重大なネタバレは削除してほしかったですね。


No.2025 5点 藪に棲む悪魔
マシュー・ヘッド
(2018/07/16 14:38登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のメアリー・フィニー博士シリーズ第1作で舞台を(当時の)ベルギー領コンゴにしている本格派推理小説です。文章表現は非常に地味で、miniさんのご講評でも触れられているようにアフリカならではの雄大さを感じることができません。タイトルに使われている「悪魔」も演出不足です。また冒頭で農場で起きた殺人事件の謎解きであることが紹介されているものの、第1の死亡事件は病死としか思えず新たな事件はかなり後半になっての発生とミステリープロットとしては盛り上がりを欠いています。人物描写はしっかり描き分けられていますが、せっかくの個性もすっきり感のない重く暗い物語の中で埋没気味です。


No.2024 5点 オレンジ・ペコの奇妙なお茶会
ローラ・チャイルズ
(2018/07/15 03:49登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の「お茶と探偵」シリーズ第18作のコージー派ミステリーです。作家となる以前に作者は(規模は不明ですが)会社を設立して最高経営者を務めていた経歴があり、本書で被害者を殺す動機として財務上の不正疑惑や出資金の横領疑惑が可能性として浮かび上がるのは(真の動機かはネタバラシしませんけど)昔の経験を活かしたのかもしれません。そこがコージー派としては少し敷居が高い気もしますが、代わりに事件をいくつか発生させてこのシリーズとしてはサスペンスが高いです。セオドシアが犯人に気づく証拠を土壇場まで伏せていたり殺害機会について説明不足だったり本格派推理小説としては問題点も少なくありませんが、10章で重大な犯罪につながるおもな動機として「復讐、政治思想の違い、お金」と語っているのは興味深いですね(CIAの専門家の記事の引用らしい)。昔のミステリーでは恋愛のもつれが動機になり事件解決後に誰かさんと誰かさんが結婚してめでたしめでたしという締めくくりが珍しくなかったですが、最近のミステリーではほとんど見なくなったように思います。


No.2023 6点 赤い呪いの鎮魂花
山村正夫
(2018/07/12 23:04登録)
(ネタバレなしです) 1983年発表の滝連太郎シリーズ第2作です。横溝正史の伝奇本格派推理小説を(作者の個性も織り込んで)継承した「湯殿山麓呪い村」(1980年)の成功のプレッシャーもあったと思いますが、本書は本書でなかなかの力作です。企業の吸収合併計画という社会派要素、バラバラ殺人に密室殺人、戦中戦後の悲劇、複雑な人間関係、そして沖縄を舞台にしたトラベルミステリー要素まで織り込まれています。トリックにはジョン・ディクスン・カーの某作品の影響も見られますが、全体としてはむしろアガサ・クリスティーの某作品を連想させる真相でした(複雑過ぎて読者が完全正解するのは難しいかも)。密室トリックも印象的です。


No.2022 5点 極夜の警官
ラグナル・ヨナソン
(2018/07/08 21:19登録)
(ネタバレなしです) 2014年発表のダーク・アイスランドシリーズ第4作の本格派推理小説ではありますが、(ネタバレにならないように説明するのは難しいのですけど)謎解きに関してはある配慮(決して難しい配慮ではない)が欠けているために読者に対してアンフェアではと思わせているのが残念です。上手いミスディレクションの技巧があって、事件捜査の中で浮かび上がる様々な人間ドラマもよく描けているだけに本当にもったいなく感じます。謎解きよりも物語性を重視する読者なら高く評価すると思います。シリーズ主人公のアリ=ソウルも単なる探偵役でなくドラマの中で苦悩しており、彼の未来はどうなるのだろうかと気になるエンディングを迎えます。人物描写に比べて自然描写は地味ですが太陽が昇らない極夜の季節の直前に起きた事件を扱い、いかにもダーク・アイスランドという雰囲気が濃厚です。


No.2021 6点 生れ変わった男
大谷羊太郎
(2018/07/07 22:43登録)
(ネタバレなしです) 1989年発表の本書の冒頭で著者から読者へ「同一の主人公が犯人、被害者、探偵の三役を兼ねている」と通知されています。光文社文庫版の(松村喜夫による)巻末解説ではトリック重視の作者がその傾向をさらに強固にしたと評価していますが、個人的にはトリックよりプロットで勝負した作品という印象です。少なくとも中盤で明かされる1人3役の仕掛けの正体についてはトリックを期待すると肩透かしを味わうのではと思います。ちなみにタイトルの「生れ変わった」についても中盤で説明されます。前半の濃厚なサスペンス小説風展開からこの中盤を境に後半は本格派推理小説へと変身するプロット構成が本書の特徴です。それにしてもあの人物がああも都合よく心変わりしたのには微妙に釈然としませんが、これも前半のぎすぎすした人間関係との対照を作者がねらった効果かもしれません。


No.2020 6点 ホワイトコテージの殺人
マージェリー・アリンガム
(2018/07/05 05:50登録)
(ネタバレなしです) 英国のミステリー黄金時代の作家の中でドロシー・L・セイヤーズ(1893-1957)は文学的ミステリー作家として評価されていますが、マージェリー・アリンガム(1904-1966)もまたその系列に連なる作家と評価されています。代表作とされる作品が1930年代以降に発表されていることから黄金時代世代以降の作家(江戸川乱歩は新本格派に分類)と認識されていますが、実はデビュー作の冒険小説(但し作者自身はミステリーではないと主張してます)がセイヤーズのデビューと同じ1923年に出版されるというかなり早熟な作家でした。ミステリー第1作は1928年出版の本書です(シリーズ探偵のアルバート・キャンピオンは登場しません)。文学的な要素はまだなく普通の本格派推理小説で読みやすいです。後半になると舞台がフランスに移りますが(最後はまた英国に戻ります)派手な演出のない展開で、探偵役の捜査難航ぶりの方が目立ちます。それだけに某米国作家の名作本格派推理小説を先取りしたかのようなアイデアが披露される最終章はなかなかの衝撃です。


No.2019 5点 珍プレー殺人事件
川上健一
(2018/07/03 08:48登録)
(ネタバレなしです) スポーツ小説家の川上健一(1949年生まれ)が1987年に発表したユーモア本格派推理小説です。プロ野球の試合中に球団オーナーが監督室で死体となって発見されます。主人公である投手と捕手が探偵役となって事件を捜査します。試合の方も同時に進行していくところがスポーツ小説家ならではのプロットです。サスペンスよりはユーモア重視の展開ですが、通俗を通り越して卑猥に感じる文章表現が多々あるところは好き嫌いが大きく分かれるでしょう。意外と謎解きにしっかり取り組んではいますが推理ははったりだらけだし、事前に読者には知らされていない手掛かりが次々に披露されての決着という締めくくりは残念です。


No.2018 4点 眠りと死は兄弟
ピーター・ディキンスン
(2018/07/01 20:14登録)
(ネタバレなしです) 1971年発表のピブルシリーズ第4作の本格派推理小説ですが個人的にはこのシリーズ、新作が発表されるたびに難解になっていくような気がします(私の理解力が退化してるのではという疑問については考えないようにします)。キャシプニーという丸々と太って1日に20時間も眠り、特殊な治療を施さないと死んでしまう架空の病気にかかった子供たちの施設をピブル(警察を退職しています)が訪問するところから物語が始まります。子供たちはテレパシー能力を持っているらしく、ピブルに対して予言のような不安のようなメッセージを伝えます。とはいえ犯罪が起きそうな雰囲気がないまま終盤まで引っ張る展開なのでサスペンスが生まれにくく、謎解きの面白さもほとんど感じられません。ハヤカワポケットブック版の巻末解説によると作者は「資金難に苦しんでいた施設が突然裕福になったらどういう影響を及ぼすか」、「弱い立場にある人間をいかにようしゃなく利用するか」という問題を追及しているようですが、クリスティ再読さんのご講評にあるように「ミステリ的興味だけで読んだらちょっと辛い」作品です(いや、ちょっとどころか相当辛かったです)。


No.2017 6点 増加博士と目減卿
二階堂黎人
(2018/06/26 21:54登録)
(ネタバレなしです) 「奇跡島の不思議」(1996年)には2つの版があって、王道的な本格派推理小説版とメタ・ミステリー版があるそうです。後者は紙の本でなく電子書籍版なので馴染みが薄いかもしれませんが(私も本書を読むまでは存在さえ知りませんでした)、そちらではジョン・ディクスン・カーの名探偵フェル博士を模倣した増加(ぞうか)博士が探偵役を務めています。2002年発表の本書はその増加博士が謎を解く中短編を3作収めたシリーズ第1短編集です。本格派推理小説でしかもメタ・ミステリーを狙っており、随所で「ミステリーの常識」を度外視したような仕掛けがあります。ただ「何でもあり」を標榜しながらも「この真相では読者が納得しないだろう」と節度を意識しているところもありますけど。メタ・ミステリーらしさが最も発揮されているのは「『Y』の悲劇-『Y』がふえる」(タイトルの最初のYは45度傾いています)で、とてつもない凶器に馬鹿馬鹿しい(と思う読者は少なくないでしょう)犯人と動機はインパクト十分です。個々の謎解きは化石のごとく保守的な私は感心するよりは呆れてしまったのですが、メタ・ミステリーとはどういうミステリーなのかが実にわかりやすく説明されているので1点おまけして評価しました。


No.2016 5点 罠は餌をほしがる
A・A・フェア
(2018/06/24 18:05登録)
(ネタバレなしです) 1967年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第28作の本格派推理小説です。偽証する証人を募集しているかのような新聞広告の謎解きが発端で、後には殺人事件にまで発展するプロットです。登場人物数はそれほど多くはありませんが人間関係が私の頭の中ではなかなか整理できませんでした。というのは保険会社、区画整理委員会、業務改善局、貸事務所経営など彼らが所属している組織がどういう利害関係があるのかわかりにくかったからです。文章はこの作者らしく平明でテンポも良く、何とドナルドがバーサにコンビ解消を持ちかけるなどはっとさせる場面もあるのですが私には難解な作品のイメージしか残りませんでした。


No.2015 5点 探偵は絹のトランクスをはく
ピーター・ラヴゼイ
(2018/06/20 23:51登録)
(ネタバレなしです) 1971年発表のクリッブ巡査部長&サッカレイ巡査シリーズ第2作です(私の読んだハヤカワポケットブック版ではなぜか「殺しはアブラカタブラ」(1972年)に続くシリーズ第3作と紹介されてますが)。「死の競歩」(1970年)では競歩の描写がいまひとつに感じられたのですが、本書では素手の拳闘(ボクシングでなくナックル・ファイトです)のトレーニングや試合の場面がなかなかの臨場感です。かなり後半になって起きた殺人事件はクリッブの推理による犯人当てがありますが、それまでは拳闘家に扮した若い巡査ジャゴの潜入捜査によって組織犯罪を暴こうとするスリラー小説的なプロットで、クリッブやサッカレイよりもジャゴの方が目立ってます。サスペンスが豊かのは本書の長所ですが、謎解きは本格派推理小説を期待する読者には物足りなく映るかもしれません。死体の首を切り落とす理由やそもそも被害者が殺される動機について(頭の悪い私でも理解できるよう)きちんと説明してほしかったです。


No.2014 6点 ポケットにライ麦を
アガサ・クリスティー
(2018/06/18 01:04登録)
(ネタバレなしです) 1953年発表のミス・マープルシリーズ第6作です。犯人の計画にかなり杜撰な部分があり、ミス・マープルの捜査と推理がなくともいずれは事実が発覚するものであったことが最後にわかります。仮に本書のネタで(犯人側の視点で)犯罪小説や倒叙本格派推理小説を書いていたらこのいい加減な計画に読者は早々と興醒めしたかもしれません。しかし本書は犯人当て本格派推理小説ですので私は最後まで問題を意識することなく謎解きを楽しめましたし、作者にうまく騙されたので犯人のことも頭がいいと思ったぐらいです(自分の頭のことは脇に置いときます)。犯人を指摘して最後の証拠を入手した時のミス・マープルの表情の変化には驚いたというかちょっと怖いものがありました。クリスティ再読さんのご講評にもある通り、作者がミス・マープルを「復讐の女神」として意識するきっかけになった作品だと思います。


No.2013 5点 ロシア幽霊軍艦事件
島田荘司
(2018/06/16 08:43登録)
(ネタバレなしです) 御手洗潔シリーズ第7作の「アトポス」(1993年)の後、シリーズ番外編の「龍臥亭事件」(1996年)では御手洗とワトソン役の石岡和己の別れが描かれてこのシリーズはどうなるのだろうと気になった読者もいたと思いますがさらに月日が流れて2001年、シリーズ番外編の「ハリウッド・サーティフィケート」と共にシリーズ第8作である本書がようやく発表されました。色々な意味で意表を突かれた本格派推理小説です。それまでの大作主義から一転してかなりコンパクトです。作中時代は「龍臥亭事件」よりも前で、御手洗と石岡がまだコンビを組んでいます。そしてロマノフ王家の末裔である皇女アナスタシアにまつわる歴史の謎解きです。コナン・ドイルの「緋色の研究」(1887年)を髣髴させる、謎解きが終わった後に長い物語が続く構成も異色です。皇女アナスタシアがどうなったかについては研究が更に進んで本書の結論はもはやありえないことが判明してますが作者も最初から空想を交えた仮説に過ぎないことは認めていますし、史実と合わないことを批判するのは野暮でしょう。

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