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ミステリの祭典

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カササギ殺人事件
スーザン・ライランドシリーズ

作家 アンソニー・ホロヴィッツ
出版日2018年09月
平均点7.81点
書評数16人

No.16 8点 斎藤警部
(2023/12/21 20:39登録)
「しかし、感情はきわめて安定していますよ。実のところ、先生には正直にうちあけますが、わたしはいま、とても明るい気分なのです」

某「透きとおった物語」で際どく言及されていた一冊、否、上下巻で二冊。 本作を上巻終りまで読了し、ゆっくり一晩置いて、翌朝から下巻を読み始める読者がいたとしたら何と幸いなる魂か! あまりに衝撃の強い、上巻最後の一行! いやいや、事の企みはそれどころじゃなかったわけで。 目測がズタズタに引き裂かれる快感と、そのタイミングに幻惑される陶酔。 登場人物表がここまで罪深く危険な存在になり得るなんて! 

「どうやって?」
「アランがまともな人間に戻るんですよ」

アガサ風イングランド田園地帯の大邸宅にて、家政婦が階段から転落死。謎めいた盗難事件を挟み、準男爵の家主が首を刎ねられ死亡。容疑者多数にして、登場人物の順次深堀りが熱い。 違和感にしたくない違和感が、時を置いて次々登場。 手の内見せたり隠したり。 派生ホヮイダニットのぎらつきも良い。 おお、これぞ「探偵側の動機」というやつか! 動機どころか、探偵役のこの、あまりに切実な実情。それでいて、警察側の探偵役と捜査結果を持ち寄って補完し合ったり。。 あまりに強い文章力がゆえに、先読みよりも目の前の玩読こそ喜ばしく強いられる。ここにこそ何気のメタ叙述トリックが忍ばされてはいなかろうか。。 そこでその、椅子から飛び上がる衝撃の人名登場よ!!

“ひょっとしたら、あのオレンジ色のブーツのおかげかもしれない。”

空回りとは無縁の良き「メタ」は良過ぎて笑ってしまう。良きやり過ぎは何につけても良き! 古い時代設定の割には妙に今日的な意識高っぽさが見え隠れするのもまた良き「メタ」の有様か。 特殊免罪符を得た勢いでメタに走る某登場人物(笑)。 メタ構造を良いことに有るコト無いコト「架空のネタバレ」を気持ち良く連射するキラメキっぷりと来たらまるで昔の「水曜どうでしょう」若い頃の大泉洋、即興ホラ話の如し!

敢えて分割すれば・・「作中作」の方がミステリとして分厚い。工夫ある真犯人隠匿も見事! 探偵による真相解きほぐしシーンも最高にスリリング。 そこへ行くと外側の「作」の方、真相と言い動機と言い、若干、ほんの若干ですが、張子の虎だったかな・・・ せめてもう少し間を持たせて、タイミングの意外性も伴って真相暴露してくれたら良かったな。ところどころ軽く取って付けた感あるポイントもあった。惜しい。 とは言え全体で見たら、重厚にして機敏、滑り出しから最後の一文まで掴んで離さない抜群の牽引力。ふんだんな伏線回収も見事。 ビター過ぎず甘過ぎないセミビターエンドも良い。 突っ掛かる箇所ほぼゼロの翻訳も素晴らしい。

ところで本作の一方の肝である「■■」のトリック、「○○」の中ヒントのみならず、実は「□の□□」の大ヒントまで晒してあったなんて! 迂闊だった。。迂闊でよかった。

No.15 8点 小原庄助
(2023/10/28 08:36登録)
一九五五年、サマセット州のある村で、パイ屋敷の家政婦メアリの葬儀が行われた。当主夫妻が海外旅行中に、メアリは密室状態の屋敷で階段から転落死したのだ。彼女の息子ロバートが村人から疑われたが、動機を持つ人間はほかにも大勢いた。ロバートの婚約者から真相解明を依頼された探偵アティカス・ピュントは、それを一旦は断る。自身に死期が迫っていることを知っていたからだ。しかし、パイ屋敷で新たな惨劇が起きたと知り、これが自分にとって最後の事件になることを予感しながら腰を上げる。
というあらすじから察しが付く通り、この作中作はクリスティーの世界を彷彿させる。一章ずつ視点人物が変わる構成も、誰も彼もが怪しい関係者たちの描写もクリスティー的。このいかにもイギリスの古典本格ミステリ調の世界に浸りながら読んでいると、目が点になるような文章で上巻が終わり、下巻に入ると最初のページで呆気にとられることになる。その先はまさに怒涛の展開で、作中作の謎と現実に起きた事件の謎が絡み合いながら解明されてゆく。
全編に張り巡らされた伏線も本書の大きな読みどころだが、特に強調しておきたいのは、終盤の謎解きパートに突入した時、思い出せないような伏線がない点だ。しっかり読者の記憶に残るような形で登場させておきつつ、それを伏線だと気づかせない超絶技巧が味わえる。

No.14 8点 バード
(2023/06/04 21:21登録)
どこからか聞こえてくる本作の評判は良いものが多く、期待していた作品だったが、そんな高いハードルを越えてくれた超良作。

本作で一番良かったと感じた点はリーダビリティ。上巻・下巻でメインの登場人物や舞台が一新されるが、作中作自体も面白く非常に読みやすい文章と構成だった。一方、ミステリギミックとしての作中作の使い方は無難なところで、あまり独創性や斬新さを感じなかった。犯人像も身勝手で、人間ドラマ的なカタルシスも弱め。そのあたりの弱点もあり、傑作へはもう1ジャンプ足りなかった。

少し厳しいコメントも書いたが、十分楽しめたのは間違いないです。

No.13 8点 八二一
(2021/10/23 20:23登録)
溢れる黄金時代への思慕に共感するほど、隠された秘密に驚かされる。古き良き英国ミステリを自家薬籠中の物とした作中作は読み応えあり。

No.12 10点 Tetchy
(2021/06/22 23:52登録)
開巻して数行読むなり、これは傑作だと直感する作品があるが、本書はまさにそれだった。
まず開巻して作中作『カササギ殺人事件』について編集者が賛辞している前書きが載せられているが、これが今思えば日本のミステリ界における本書の高評価を予見しているように読めるのだ。
曰く、“この本は、わたしの人生を変えた”
まさにこの一文は作家ホロヴィッツ自身に当て嵌るだろう。

読書通の胸を躍らせる遊び心に満ちた本書は云うなれば“ミステリ小説をミステリするミステリ小説だ”。この謎めいた評価も本書を読めば実に腑に落ちることだろう。とにかくとことんミステリに淫しているのだ。
上巻と下巻の配分が絶妙に読者の読書欲をそそらせる、実に心憎い演出となっているのだ。さらにそれに加え、読書通を、ミステリ読者を身悶えさせつつも先へ先へと気になる展開が待ち受けている。

恐らく下巻に書かれている作品のモデルとなった作家アラン・コンウェイの取り巻く世界は実際の作家でよくあることなのだろう。
私がいつも不思議に思うのは、なぜ作家というのは1つの人生しかないのに、これほどまでに色んな登場人物の人生を、まるで見てきてかのように、経験したかのように書けるのかということだ。
頭で描く他人の人生はどうしても想像の域を出なく、嘘っぽく感じるが、プロの作家は恰もそういう人がいたとでもいう風に写実的に描くところに感心させられる。
本書はその答えの1つを見つけることになった。

実際作中作の『カササギ殺人事件』は典型的なクリスティの作風を模したコージー・ミステリであるが、上に書いたようにそれぞれの登場人物の背景が詳細に描かれており、1人として無駄な登場人物は存在しない。
それほどまでに実在感を伴った人物が描けるのは作者の周辺にモデルとなる人物がいたからだ。
つまり文書の捜索が人の死の真相の捜査へと変わっていくのだ。

しかしアンソニー・ホロヴィッツ、本当に器用な作家だ。ドイル財団から依頼され、シャーロック・ホームズの正典の続編を、見事なドイル作品の高い再現率で著し、その後『モリアーティ』という異色のホームズ譚を発表した後、次はイアン・フレミング財団から007シリーズの“新作”を依頼され、現代ではなく、興盛時の1950年代を舞台にして忠実に007を再現した。
そのどちらにも共通するのはマニアであればあるほど琴線に触れるであろう、本家ネタの多種多様な引用で、それらはまさに“解る人なら解る。解る人のみ解る”ような一般的な内容とディープな内容がほどよくブレンドされている。
しかし本書を読むとそれらパスティーシュの習作は本書を書くための大いなる準備に過ぎなかったのではないかとまで思わされるほど、それまでのホロヴィッツ作品を凌駕した出来栄えである。
それまでの作品は本家の表現や雰囲気を忠実に再現し、尚且つ正典の登場人物や事件などのネタをふんだんに盛り込んだファン及び読書通を唸らす作品であった。それだけでも本来ならば十分なのだが、本書はそれに加え、クリスティの作風の雰囲気と思考までをも上手く再現した作品をまるまる1つ作中に盛り込み、尚且つその作品を俯瞰する、もう1つの創作者、出版社、読者の側でのミステリを加味した多重構造になっているからだ。
つまり読者は作中作である『カササギ殺人事件』という名探偵アティカス・ピュントが登場するミステリと、その失われた結末と作者アラン・コンウェイの死の謎を追う編集者スーザン・ライランドの物語という2つのミステリを愉しむことができるのだ。まさに一粒で二度美味しいミステリなのである。
そしてその2つのミステリの同化は物語が進むにつれてどんどん加速していく。それはつまりミステリという創作物の中の世界は実は作者を取り巻く環境をヒントにしており、つまり現実世界とは地続きであるのだということを悟らされるかのようだ。

このようにいわゆる出版業界並びに小説そのものの魅力がふんだんに盛り込まれた本書はやがて作家だけのみが知るミステリへと展開していく。
それはアラン・コンウェイというミステリ作家そのものの謎だ。
人気シリーズを持つミステリ作家の中には寧ろそのシリーズキャラクターに嫌悪を、憎悪を抱く作家もいるという。コナン・ドイルがシャーロック・ホームズシリーズを終わらせたくてホームズを死なせようとしたのは有名な話だし、ジェイムズ・ボンドシリーズで有名なイアン・フレミングもまたそうらしい。またルース・レンデルもウェクスフォード警部シリーズは書きたくないが商業的に成功しているので書いているに過ぎないと公言している。私はアラン・コンウェイの真の心情を知った時に彼女のことが頭に過ぎった。これら作家の抱く感情は人気シリーズの役を務めることでイメージが固定されることを嫌った俳優―ジェイムズ・ボンドを演じたショーン・コネリーが特に有名だ―が抱く心情と同じなのだろう。

そして私が本書を素晴らしいと思うのは通常本書のように小説が現実を侵食していく、つまり虚構と現実の境が曖昧になっていく作品はホラーや幻想小説のような展開を見せるが、本書はミステリに徹しているところだ。きちんとどちらも結末が描かれ、そして腑に落ちる。これぞミステリの醍醐味だろう。
とにかく感想がいくらでも書ける作品だ。読んだ人と色んな話をして感想を分かち合いたくなる作品だ。
作中作である『カササギ殺人事件』はきちんと結末が着けられ、その内容は黄金期の本格ミステリ、即ちクリスティが生きていた時代のミステリとしても内容・質ともに遜色ない。しかしこの作品をいつものようにアティカス・ピュントをポワロにしてポワロシリーズの続編として書いたなら、いつものホロヴィッツの巧みな仕事として終わっただろう。
しかし本書はクリスティの意匠を借りつつ、架空のアティカス・ピュントシリーズを創作し、そこで水準以上の本格ミステリを紡ぎながら、更にそのミステリ小説をミステリの題材として別のミステリを著し、有機的に密接に繋いだことでそれまでのホロヴィッツ作品よりも一段高いレベルの作品を生み出すことに成功したのだ。つまりホロヴィッツは確実に本書で一皮剥けた、所謂“化けた”のだ。

21世紀も20年以上が経ったとしている中、こんなミステリマインドに溢れた本格ミステリど真ん中の、いやそれらを土台にした新しい本格ミステリが読めること自体が幸せだ。
歴史は繰り返す。
もしかしたらこれからは21世紀の本格ミステリの黄金期が始まるのかもしれない。ホロヴィッツの本書はそんな楽しい予感さえも彷彿させる極上のミステリであった。

No.11 7点 E-BANKER
(2021/01/10 13:22登録)
2021年、かなり遅くなりましたが、皆さま明けましておめでとうございます。未曽有の事態に日々あたふたしてますが、ミステリーを楽しめる環境にまずは感謝して・・・
毎年、新年一発目に何を読もうかと迷うわけですが、今年は前々年度のランキングを席巻した本作をチョイス。
2019年の発表。

~1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執り行われた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、或いは・・・。その死は、小さな村の人間関係に少しずつヒビを入れていく。余命僅かな名探偵アティカス・ビュントの推理は・・・~

すでに読了した方ならお分かりでしょうが、これは“あくまで上巻”の紹介文。上巻は、A.クリスティを彷彿させるように、ある田舎の街で起こる連続殺人事件が語られる。
これがなかなかの出来。田舎特有の濃い人間関係、さまざまな悪意や妬み、過去からの因縁etcが複雑に絡み合い、沸点に達した際に殺人事件が発生してしまう。名探偵(?)アティカス・ビュントの捜査が進み、あと一歩で真犯人を指摘!というところで、下巻に突入。

下巻は・・・うーん。ひとことで言うなら、プロットの勝利ということかな。確かに作者の狙いは精緻。「そういうことか・・・」と唸らされることになる。フーダニットについては分かりやすいのが難だが、作中作と現実の事件が有機的にリンクしており、作者のミステリー作家としての腕前を十分に感じることができる。
そして、上巻で語られなかった解決がついに終章で詳らかに。この構成も見事。非常に満足感の高い作品に仕上がっている。

あらゆる本格ミステリーのトリックが出尽くした昨今。とかく特殊設定下のミステリーが増えていくなか、こういう手もあるのか、と読者に示した力作。
ちょっと褒めすぎかもしれない・・・。特に下巻。スーザンの探偵譚が語られるのだが、関係の薄い脇筋を追いかける展開が続き、やや冗長。ちょっと間延びした感は否めない。
でもまぁ、新春から良い作品に巡り合えたことは事実。それは良かった。
(下巻313頁のアナグラムの件。これって、欧米の方ならアッ!って気付く? なかなかやるな・・・ホロヴィッツ)

No.10 7点 いいちこ
(2020/11/05 08:49登録)
高い構想力を感じる意欲的な作品であり、一定のサプライズを演出できているものの、ご都合主義と推理プロセスにおける論理性の欠如が目に付く。
7点の下位

No.9 8点 okutetsu
(2020/08/21 07:04登録)
上下巻もあるミステリなんて読むの大変だなと思ってたけど終わってみれば納得の構成。

真相に関しては上巻部分のほうはちょっと論理性に欠ける部分があって、絶対犯人って言えるのか怪しいと思う。そもそも決定的な証拠がないのは不満。ただ上巻最後のセリフは素晴らしく、見事なクリフハンガーだったと思う。

全体としては、発想の勝利という感じがする。これは書評とかを読まずに読むと最高に楽しい小説だと思う。

翻訳も素晴らしく、海外ものと思えないくらい読みやすかった。訳に苦労しただろうなという部分も含めて称賛したい。

No.8 7点 ミステリ初心者
(2020/08/05 18:52登録)
ネタバレをしています。

 上下巻分かれていて、かなり長い作品です。

 まず上巻。その大部分が、アガサ・クリスティーのような雰囲気の古典作品のようで、単なる作中作品でおわらず単体でも楽しめるレベルの作りこみが深い作品です。が、楽しくなってきて、いよいよ事件の解決…というところでお預けをくらってしまいます(涙)。

 次に下巻ですが、作中作品の解決部分が見つからず、その作者が死んでしまうという事件が起こります。出版社に遺書めいた文章が送られてきて、自殺ということで片付けられますが、アランの担当編集者(下巻の主人公)が疑問を持ち、事件を追っていく内容になります。
 この遺書は偽造されたものであり、手書きで書かれた作中作品が利用されているというアイディアは非常に素晴らしく、かつ伏線も張ってあり、明かされた時にはやられた!と思ってしまいました(笑)。作中作品をうまく利用したトリックです。3ページ目が若干短いのがいいですね(笑)。

 最後に上巻では明かされていない作中作品の解決部分が登場します。探偵によって事件の全容が明らかになると読者に別視点が与えられ、今まで見えていた事実が180度変わり、わからなかった部分が氷解していく快感は、まるでアガサ・クリスティー作品のそれでした(笑)。

 以下、難癖部分。
・長いです(笑)。あと、登場人物も多いです(笑)。上巻では探偵が登場するまでなかなか面白くならず、150pあたりまでは読むのに苦労しました。下巻では全体的に苦労しました(笑)。ややテンポの悪さを感じました。もう少し短くできたのでは…?
・アガサ・クリスティーのような作品と書きましたが、好みではない部分もアガサ・クリスティー並みでした。最後に伏線がきれいに回収され、驚きがあるのはよいのですが、それを隠すために大量のミスリードがあり、結局のところ探偵の解決も可能性でしかないと思います。ただ、下巻の、誰がアランを殺したか?についてはよりフェアだと思いました。

No.7 8点 ボナンザ
(2020/03/21 21:53登録)
近年、海外で書かれたミステリとしては出色の本格ものだと思う。
それこそホロヴィッツがこうゆうものを書きたかったのか、売れるためにやむを得ず書いたのかは不明だが、個人的には海外でもこうゆう路線の作品が復活してほしいものだと思う。

No.6 7点 蟷螂の斧
(2019/10/06 22:55登録)
プロットはよく考えられていると思います。しかし、レッドへリングが多すぎるような気がしました。さらに主人公が書き上げた容疑者が小説部分で5名、現実場面では7名と、いくら何でも多すぎ(笑)。結局このことより物語が散漫になってしまったような・・・。クリスティ氏であれば、ものすごく怪しい人物をひとり登場させると思います(当然犯人ではない)。この辺のメリハリがあればなあ。

No.5 9点 びーじぇー
(2019/09/26 15:01登録)
物語は編集者らしき女性が、人気作家アラン・コンウェイの新作原稿を読み始める場面で幕を開ける。世界各国で愛される名探偵アティカス・ピュントのシリーズ九作目「カササギ殺人事件」。
つまり本書は入れ子構造のミステリになっているのだが、まず作中作の「カササギ殺人事件」が凝っている。ちゃんと扉があり作者紹介があり登場人物紹介があり、各メディアの推薦文までついている。作中作というより独立した作品がそこから始まるという体裁に、実にワクワクさせられる。
作中作と重々承知していても、いつしかこの牧歌的で古典的なイギリス本格ミステリの世界にどっぷりと浸かってしまう。まるでクリスティーの世界のようで、クリスティーのファンならニヤニヤできる描写が随所にある。
そして物語は下巻で予想もしない方向に、大きく動き出す。上巻は古典的本格ミステリ、下巻はその解説にしてサスペンスフルな事件。こういう入れ子構造の小説は決して珍しくないが、本書には二つのフーダニットがあり、そのどちらにも複層的な手掛かりと鮮やかな目くらましがあり、さらにそれらが絶妙に絡み合ってくるというのが読みどころ。細部に至るまで実にテクニカル。
物語の底に潜む意外な苦さ。コンウェイとホロヴィッツ、二人の作者がほくそ笑みながら仕掛けたであろう遊び心に満ちた、ともすればふざけているようにすら見える挑戦の数々。
推理の材料となるエピソードが上巻では伝統にのっとった古典的本格ミステリの中で、下巻は目まぐるしく状況の変わるサスペンスの中で、これでもかと言わんばかりに続々と繰り出される。そして、そのたびに翻弄される。とにもかくにも贅沢な多重構造の本格ミステリといえる。

No.4 8点 YMY
(2019/01/20 17:05登録)
たくらみに満ちた作品。
実は作中作であるアガサ・クリスティばりの古典的ミステリと、それを読む担当編集者の物語からなる二重の構成を持っているからだ。
上巻を読めば、下巻を読まずにいられない。入念極まりない計算に感嘆させられた。

No.3 8点 HORNET
(2019/01/05 11:42登録)
 物語の冒頭は、女性編集者が人気シリーズの最新作「カササギ殺人事件」の出来上がった原稿を読み始めるところから始まる。要はタイトルの「カササギ殺人事件」は同題名の作中作で、第一章からはその作中作がそのまま本文となって描かれる、いわゆる額縁構成だ。この時点でこの構成に企みがあることはすぐに予想がつくが、上巻は普通にこの作品が描き進められていくので、一読者として読み入ることになる。
 この作中作が、往年の海外本格を思わせる舞台設定で、本格好きならば単体で十分楽しめるレベル。閉鎖的な村で複雑に絡み合った人間関係、それゆえに数の多い容疑者、事件の背景にある過去のできごと、など王道の本格ミステリ要素が満載で、探偵役が独特の嗅覚で真相に迫っていく。そして物語が佳境に迫ったところで上巻が終わるのだが―
 下巻を読み始めてびっくり。場面は実世界の編集者に戻り、上巻で描かれていた物語の原稿がそこで途切れ、「最終章がない」ということになる。そこからは現実世界で失われた最終章原稿を探す話になるわけだが、その矢先に原稿の作者が不審な死を遂げることになり、女性編集者はその真相を追うことになる―といった話だ。

 多少煩雑で、話が長いと感じるところもあったが、最後には現実世界の謎が解き明かされたあとで作中作「カササギ殺人事件」の最終章も示されており、額縁構造の作品の両者で展開されたミステリが完結する。まさに「一粒で二度おいしい」作品で、しかもそれぞれのクオリティが高い。
 本作品が各ランキング等で高く評価される理由にも合点がいく内容で、作者の構想と手腕に素直に感心する作品だった。

<ネタバレ要素あり>
 本作品の現実世界の方の謎に関しては、翻訳者が苦労したのではないかと容易に想像できる。というか、どうやって日本語に落とし込んだ(ねじ込んだ)のだろう?

No.2 8点 makomako
(2018/11/25 19:56登録)
 久しぶりによい本格物を読んだという印象です。かなりの長編で2部構成となっており、作中作である第1部が唐突な終わり方をして、あれれと思って下巻(文庫本では上下2冊の構成なのです)を読むと、作中作は終わって急に現代のお話となってしまう。複雑なお話となってくるのですが、最終的には作中作も現代のお話も結論がちゃんと述べられている。なかなか面白いですよ。
 上巻は作中作のお話で、最初は無害な田舎の人物ばかりのように思えていたが、実はほとんどの登場人物が怪しげで、犯人の資格ありということとなったところで、名探偵は犯人を指名するといった心躍る場面に差し掛かった。ところが解決編が何者かに隠しとられている。この解決に下巻の大半が消費されるのです。これだけ長く話が続いていると鈍感な私でも犯人を推理してしまうのです。
 名探偵は意外な人物を犯人として指摘して、その理由をきちんと述べます。ああなるほどと思うのですが、この結末はほかの人が犯人でも十分に書くことができそうです。つまり名探偵の指摘は可能性を述べているだけで、その人以外は犯人であり得ないといったところが抜けているように思います。
 非常に面白いお話でしたが、多少減点としたのはこの理由によります。

No.1 6点 nukkam
(2018/11/22 21:05登録)
(ネタバレなしです) 2016年発表の本書は(創元推理文庫版で)上下巻合わせて700ページを超す大作の本格派推理小説です。作中作を挿入しているのが特徴で、上巻では人気作家アラン・コンウェイの名探偵アティカス・ピュントシリーズの最新作を読まされます。これがアガサ・クリスティーを連想させる雰囲気に満ち溢れていて、派手ではありませんがクリスティー好きの私は結構わくわくしながら読み進めました。いよいよ解決間近かと思わせて下巻に突入するのですが、しかしここで思わぬ展開に驚かされます。作中作の謎解きと現実世界の謎解きの二本立てというのは本書以外にもありますが、本書は両者の絡ませ方がなかなか巧妙です。もっともご馳走を前にしてお預けを食わされるようなプロット構成については賛否両論あるかもしれません。まあそれがあるから個性的な作品であるのですけど。

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