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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:1177件

プロフィール| 書評

No.1177 8点 デスチェアの殺人
M・W・クレイヴン
(2025/09/30 22:19登録)
 カルト教団の指導者が木に縛られ石打ちで殺された。さらに遺体には、意味不明の暗号が入れ墨で刻まれていた。ポーとティリーのコンビは捜査を開始するが、同じ頃にアナグマにより墓地が荒らされる事件が起きる。埋葬された遺体の棺が露されるが、その下に全く別の遺体が現れて…。無関係と思われた二つの事件が、捜査を進めるにつれつながっていき―







<ネタバレ>
 死んだアーロンの生前の写真を、イヴに求めた時点で真相は見えた。(一方的に主導権を握っていたのはイヴだった、というところまでは読めなかったが…
 にしても、そもそも物語の舞台がすでに「事件後」で、心身の復調を目指すポーが心療内科医のカウンセリング治療を受ける中で事件の様相が語られていく、というまどろっこしい設定は何のため?と思って読んでいた(まぁそこに仕掛けがあるのも、最後にそれが明かされるのも織込み済みだったが)が、ラストに明かされるそもそもの設定の仕掛けは…一枚上をいかれたかな。
 手の込んだ企みで、シリーズの質が保たれているのは素直に感嘆。ただ今回は若干、暗い雰囲気が作品を支配していた感じがあり、既刊の作品のほうが好みかも。
 現時点で、海外のシリーズものでもっとも新刊を待ち焦がれているシリーズ。それもひとえにポーとティリーのコンビが大好きだから。その点で、今回の結末は今後の不安の種である。


No.1176 8点 マーブル館殺人事件
アンソニー・ホロヴィッツ
(2025/09/27 21:49登録)
 作家・アラン・コンウェイは、探偵・アティカス・ピュントのシリーズで人気を博しながら、殺されてこの世を去った。その続編を別の作家が引き継いで書く、という企画が立ち上がり、アランを担当していたスーザン・ライランドが担当編集者に指名された。アランの作品には二度と関わらないと決めていたスーザンだったが、編集者としての今後を考えて渋々引き受けることに。ところが、続編を書く作家・エリオット・クレイスには、小説を通じて世間に暴露しようとしていることがあった―



 「作中作」という二重構造はこれまでのシリーズ作品と変わらないものの、その仕掛けが毎回違っていて飽きさせない。そもそも、シリーズ一作目「カササギ殺人事件」でアラン・コンウェイが死んでいるのに、まさか3作目まで来るとは!それだけでも作者のアイデアには脱帽である。
 世界的なベストセラー児童文学作家・ミリアム・クレイスを祖母にもつ作家エリオットが、世間に流布している祖母のイメージとは真逆の一家の実態を、小説を通して暴露することを企む…という構成で、作中作の「ピュント最後の事件」と、現実世界のクレイス一家とが照応しているのだが、誰が誰と対応しているのか、登場人物表で確かめながら読み進める苦労はあった(笑)
 が、もちろんその作中作と真実はそのままトレースされているものではなく、現実世界での真相はさらに一堀りしたところにある。よく考えられているなぁと素直に感心した。
 十分に堪能した。


No.1175 7点 失われた貌
櫻田智也
(2025/09/27 21:14登録)
 山中に遺棄された男性の遺体は、人相が判別できないほど顔がつぶされ、両手首も切断されていた。身元不明死体の捜査にあったのは媛上署捜査係長・日野雪彦。ほどなくして近隣市のアパートで別の殺人事件が起きる。現場の痕跡から、その犯人は遺棄された遺体の男性であるらしいことが判明。事件の背景を探るうちに、媛上署で起きている様々な事案がピースとなってつながっていく―



「サーチライトと誘蛾灯」に始まるおとぼけ青年・魞沢泉が探偵役のシリーズから雰囲気は一変、社会派の警察小説である。
 伏線として描かれる、日野の同期の生活安全課長・羽幌とのストーリーが、本線に絡んでくる展開はよく練られていて面白い。ただ、多方に広がっている各線が結びつけられていく構成は、だんだん全体像がこんがらがってくるところもあり、整理しながら読み進めないといけなかった。
 最後に明かされる真相は、正直物語終盤でおぼろげに見えてきているところがあり、「……あぁ、やっぱり」という感想だった。よく仕組まれた話ではあるが、ミステリに読み慣れていれば推測できるネタでもある。ただ主人公・日野と同期の羽幌の物語という側面の面白さもあり、総合的には楽しめた。


No.1174 7点 撮ってはいけない家
矢樹純
(2025/09/15 20:47登録)
 映像制作会社のADである杉田佑季は、社が企画したホラードラマの撮影のため、山梨県北杜市にある旧家を訪れた。その家は、プロデューサー・小熊が今度再婚する相手の実家で、脚本も小熊が手掛けたのだが、なぜかそのストーリーは今回の小熊の結婚のいきさつに似ている。それは、「再婚した女性の生家には、その家の男子は皆、12歳で命を落とすという因縁があった」というものなのだが、ロケ中に小熊の息子・昂太が行方不明になってしまう―


<ネタバレ>
 呪いや祟りといった類は、その呪いの筋書きがあまり複雑でなく、飛びがないほうが良い。そういう意味では本作のそれはちょっと複雑というか、変則的な部分が多いというか、そんな感じがした。
 ただ、ホラーの中にミステリが巧みに仕込まれ、終盤のどんでん返しが見事に仕掛けられているのは、恐れ入った。各所の描写はB級ホラー感が漂うところもあるのだが、事件の背後に仕組まれた現実的な人間の問題が妙で、読後は満足できた。


No.1173 9点 未明の砦
太田愛
(2025/09/15 20:23登録)
 大手自動車メーカー「ユシマ」の派遣工・矢上達也ら非正規従業員は、劣悪な環境下で過密な作業に従事する日々を送っていた。人を人とも思わない、ユシマの雇用体制に不満を募らせていたある日、慕っていた工場の班長・玄羽が過密な労働がもとで死亡する。怒りを滾らせた4人は労組を結成し、会社と戦う決意を固める。しかし、世界に名を成す大企業・ユシマは、警察や政治家らとの癒着関係を用いて、全力でつぶしにかかる―

 この国の理不尽な社会構造を力なき者たちが糾弾する、いわゆる「ムネアツ」な社会派小説。単純な勧善懲悪ではなく、生活のために会社に忠誠を誓わざるを得ない従業員の姿、自分たちが虐げられていることを分かりながらも、「非正規」という下を見ることで自身を安定させようとする正規雇用者、それによる対立、一方で自分たちの社会的地位、利権を守ることしか目的にない政治家たち、といったさまざまな社会の病巣や苦悩が、筆者特有の力強い筆致で描かれているのがよい。
 厚みのある作品ながら、読み入ってしまうのも、この作者の作品ではいつも。すごく面白い。


No.1172 4点 大迷宮
横溝正史
(2025/09/07 21:13登録)
 三つ子、怪しい屋敷、秘密の通路、からくり、怪人、迷路、金塊……昭和のジュブナイルならでは(?)の、怪奇要素が盛りだくさん。次から次へと、「おい、そんなの尾行したら危ないだろ!」「そんな正体不明のところに入っていくな!」「警察が少年に捜査協力依頼するな!」といった具合の、令和のコンプラ感覚ではついていけない展開が矢継ぎ早に襲ってくる。
 まぁ少年向けだから、そういった現実離れした冒険活劇にはなるだろう。にしても、事件の背景から人物関係から、盛り込み過ぎて逆に少年たちの理解が大変では…とも思った。

 コトが起きない部分はない、というくらい動的な展開がずーっと続き、飽きずに読むことはできた。が、飾り立てばかりが目を引いて、謎・真相は割とストレート、仕掛けらしさはないかな。
 「足元にも及ばない」とまでは言わずとも、ジュブナイルに関しては人並由真さんに同じく、乱歩に軍配。


No.1171 8点 陰獣
江戸川乱歩
(2025/09/07 20:54登録)
 探偵小説作家の寒川が、博物館で偶然出会った夫人に、若い頃に付き合った、今や探偵小説かとして名を成している男性(いわゆる元カレ)から脅迫を受けていることを相談され、それに応じているうちに事件が起こっていくというストーリー。
 昭和情緒が充溢する上に耽美で妖しい世界。静子を脅迫する作家・大江春泥は乱歩自身をモデルにしていることは明白で、対立する作風の主人公がその罪を暴こうとするという仕立ても面白い。



<ネタバレあり>
 一旦解決を見たような展開ののち、飾りボタンの矛盾に気付いて再考し、結末が転じていく展開は論理的で、昨今一つのスタイルにもなりつつある「多重解決もの」の嚆矢ではないかとも思える。
 静子が物言わず死んでいったことにより、真実は何であったのか、煩悶するまま物語は閉じていく。その終わり方が、本作を乱歩随一の人気作に押し上げている要因の一つでもあろう。
 が、私が一番気になって「もやもや」したのは、主人公寒川が、静子の罪を暴きながら彼女を責め立てるくだりで、静子が「平田、平田」と細い声で口走った、というところである。あれはどんな意味があったのか――?
 終末には、寒川には妄想癖があるとの記述もある。であれば、もしや…などと、読み終えた読者まで煩悶させる、それが本作を名作たらしめる所以か。


No.1170 8点 乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO
青柳碧人
(2025/08/31 19:52登録)
 日本探偵小説の父・江戸川乱歩と、「命のビザ」で歴史的偉人となった杉原千畝。実は2人は、旧制愛知五中(現・瑞陵高校)を卒業し、早稲田大学に進学した同窓生。もし2人が、学生時代に出会い友人となっていたら――。そんな斬新で大胆な発想で描かれた、フィクションの歴史小説。

 実際の2人がどうであったかは置いといて、作中で描かれる2人の人物造形が面白い。ミステリ愛は人一倍、頭もよいが社会不適合な優柔不断男、乱歩。実直で使命感が強く、かつ人への慈愛に満ちている青年、千畝。若い二人が偶然に出会い、それぞれ数奇な運命に身を投じながら、要所要所で邂逅し、互いに影響し合っていく。よくこんな面白いストーリーを考えたものだと感心しながら、その魅力にぐいぐい読み進めてしまう。広田弘毅、松岡洋右、川島芳子といった戦時中の日本史、正史、清張、風太郎などの戦後ミステリ史をそれぞれ牽引したメンバーの登場も興趣を高め、あの「命のビザ」の場面は胸が熱くなる展開だった。
 ミステリではないことを差し引いても、高評価を付けたい一作。


No.1169 8点 嘘と隣人
芦沢央
(2025/08/31 00:05登録)
 知りたくなかった。あの良い人の“裏の顔”だけは…。ストーカー化した元パートナー、マタハラと痴漢冤罪、技能実習制度と人種差別、SNSでの誹謗中傷・脅し…。リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。身近な人間の悪意が白日の下に晒された時、捜査権限を失った男・平良正太郎は、事件の向こうに何を見るのか?(「BOOK」データベースより)

 退職した元刑事・平良正太郎を主人公とした連作短編集。事件にまつわる人たちの「嘘」を共通要素として扱っている。一つ一つの謎とその真相が非常にしっかり仕組まれていて面白い。置換冤罪を題材とした「最善」は特に面白かった。
 短編集ながら、一作一作のレベルがなかなか。これはよかった。


No.1168 7点 寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理
三津田信三
(2025/08/30 23:42登録)
 大学生の瞳星愛は、友人の皿来唄子の婚礼に参加するため、彼女の実家・孟陀村に行く。「山神様のお告げ」で決まったというこの結婚は、皿来家の屋敷神「嫁首様」の祟りを避けるための数々の儀礼があった。だが婚礼の夜、嫁首様を祀る「迷宮社」の中で、新郎の父の奇怪な死体が発見された――。愛は、皿来家分家の四郎と共に事件の謎解きに挑む―

 本家と分家、村に伝わる祟り神、特異な儀礼文化…横溝正史さながらの舞台設定と難解な地名、複雑な家系と難解な読みの登場人物はもうお馴染み。こうでなくては!のテンプレートである。
 婚礼の晩に起きた殺人からは、虫や動物殺しが続くが、終盤にまた殺人が続く展開。もったいをつけた展開にじれるところもあったが、終盤に近付くにつれどんどん興趣が高まっていった。
 最初の事件の真相には…ちょっと思うところもあったが、天弓馬人による推理の開陳はまんま刀城言耶パターンで、二転三転する推理はなかなか楽しめた。
 が、やっぱり言耶のほうが役者が上。本家にはかなわないかな。


No.1167 8点 9人はなぜ殺される
ピーター・スワンソン
(2025/08/30 23:10登録)
 アメリカ各地の、何のつながりもない9人に、自分を含む9つの名前だけが記されたリストが郵送された。不気味に感じて気にする者もいれば、意味が分からず捨ててしまう者も。だがその後、リストにあったホテル経営者の老人が溺死。翌日、ランニング中の男性が射殺された。自身もリストを受け取ったFBI捜査官のジェシカは、捜査を始める。いったい、9人には何かつながりがあるのか?犯人の目的は?

 クローズドサークルの状況ではないものの、つながりの分からない、挙げられたメンバーが一人一人殺されていく様は「そして誰もいなくなった」さながら。それは作品でもそのことが扱われ、要所要所で「テン・リトル・インディアンズ」がアイテムとして登場する。
 特に奇抜な仕掛けがある作品ではないが、「この9人はなんなのだ?どんなミッシング・リンクが隠されているのか?」とワクワクしながら読み進めてしまうリーダビリティがある。近年サスペンスの一角を担う作家として存在を確かにしてきている作者だが、期待を裏切ることのないクオリティ。


No.1166 6点 ヒポクラテスの困惑
中山七里
(2025/08/30 22:44登録)
 2020年4月。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、一人の女性が埼玉県警の古手川を訪ねる。彼女は、オンライン通販の創設者で現代の富豪、そして前日にコロナ感染症で急逝した萱場啓一郎の姪だという。大金を払って秘密裡に未承認ワクチンを接種していた啓一郎がコロナで死ぬはずはない、本当の死因を調べてほしいと頼まれた古手川は、浦和医大法医学教室に解剖を依頼。光崎教授が見出したのは、偽ワクチンによる毒殺の可能性だった――。(「BOOK」データベースより)

 研修医・真琴、准教授・キャシー、埼玉県警捜査一課刑事・古手川による軽妙で辛辣なやりとりの面白さは相変わらず。安定して楽しめる。
 コロナ禍が一定の落ち着きをみた今読んだため、ちょっと前の世情を思い返すような感覚だった。「偽ワクチン」をばらまいている犯人を追うという点ではミステリだが、どちらかというと作者お得意の、下衆な大衆性を描くという色のほうが強かった。


No.1165 6点 ババヤガの夜
王谷晶
(2025/08/30 22:05登録)
 新大久保のアパートで暮らす新道依子は、バイト帰りに暴力団員ともめ、こてんぱんに叩きのめした。が、結局相手に拉致され暴力団会長の一人娘・尚子の護衛を無理やりに引き受けさせられる。尚子は大学に通う毎日を過ごしているが、いずれは他の暴力団組長に嫁ぐことになっているという。粗野で暴力的な依子を蔑む尚子だったが、次第に心を開くようになり……

 活劇的でバイオレンスな場面が多く描かれ、非常にテンポがよく、文庫で200ページほど、2時間ほどで読めてしまう。振り切った主人公・依子のキャラクターが小気味よく、はじめは鼻についた尚子のイメージも次第に変化し、特殊な環境で結ばれた女子2人の関係が面白く描かれている。
 ミステリらしい仕掛けもまずまず面白いが、途中から気づいたかな。
 面白くはあるが、ダガー賞といえば「ストーンサークルの殺人」など、厚みのある本格ミステリの名作に与えられる格のある賞なので、違和感はあったが、最優秀長編賞ではなく、翻訳部門での受賞らしい。


No.1164 6点 魔女の館の殺人
三日市零
(2025/08/30 21:34登録)
 大学2年生の柏木詩文と進藤理人は、ルームメイトであり親友、そして揃って「脱出ゲーム」マニア。冴えた頭脳で謎を解く詩文と、一度見たことは覚えている「映像記憶」の特技を持つ理人のコンビで、様々なイベントに参加して力を発揮していた。ある時2人は、脱出ゲーム専用施設のプレオープンイベントに抽選で当たり、参加することに。当選者だけが集う特別イベント「魔女の館の殺人」は、順次提示される謎を解いていって48時間以内に館の脱出コードを突き止めるというゲームだった。

 脱出ゲームという舞台設定は現代らしさを感じさせるものの、あるメンバーが館に集って、そこで連続殺人が起きるという構成は手垢のついた王道パターン。まぁ、それが好きなんだけど(笑)
 登場人物の行動の齟齬を細かく突き詰めたり、意味ありげなフリをちりばめたりと、いろいろ策が講じてあるが、押しなべて平均作といった感じ。理詰めで推理を進める詩文と、映像記憶という特殊な能力を持つ理人2人の大学生コンビというキャラ設定は面白かったが、出色の目新しさはない。
 ベタベタの本格ミステリを読む、という楽しさは十分に味わえた。


No.1163 7点 逃亡者は北へ向かう
柚月裕子
(2025/07/06 19:04登録)
 時は2011年3月、東日本大震災が起きた福島県。母を亡くし、天涯孤独の身で工場に勤務していた折に、不運から警察に拘留され、震災の混乱の中誤って人を殺めてしまった真柴亮。震災で幼い娘が行方不明となるが、事件捜査のために娘を捜すこともままならず、親族に責められ続ける さつき東署刑事第一課の警部補・陣内康介。震災で妻と親を亡くしつつ、幼い一人息子だけが見つからず、生存を信じて探し続ける漁師・村木圭祐。三者それぞれの切実な生き様が、震災後の混乱の中切り結ばれ、それぞれに昇華していく―



 あまりに理不尽を強いられた真柴亮の人生に、同情と憤りを禁じ得ない。が、不可抗力ながらも殺人を犯してしまったという事実に、警察として立ち向かう刑事・陣内の怒りと苦悩にも、最愛の我が子の命を思う村木の心にも共感する。
 天災という、誰も抗えないという意味ではこれもまた「理不尽」な不幸を突然負わされ、心が乱れたまま毎日を乗り越えていくしかない、人生の切実さを著者らしい筆致で描いた作品。
 読み応えがあった。


No.1162 7点 嘘か真言か
五十嵐律人
(2025/07/06 18:36登録)
 裁判官に任官して3年目の日向由衣は、念願がかなって志波地方裁判所の刑事部に配属されるも、先輩となる紀伊真言(まこと)の裁判を傍聴するばかりで、一向に裁判官席に座らせてもらえない。紀伊には、無感情に有罪判決を宣告する、との悪評とともに「被告人の嘘が見抜ける」との噂があった。そんな由衣に、部長から「紀伊真言が嘘を見抜けるか見抜け」との課題が出される。不満と焦りを感じながらも、紀伊の裁判に立ち会う中で、由衣は様々なことを考え、学んでいく。

 現役弁護士の作者らしい、法廷を舞台にしたリーガルミステリー。闇バイトや無戸籍など、現代に即したリアルな題材において、確かな法的知識が分かりやすく描かれているのも興味深く面白い。
 ラストはちょっと面映ゆくなるようなクサい大団円ぶりだけど、心地よい物語の終着である。
 面白かった。


No.1161 6点 隣人を疑うなかれ
織守きょうや
(2025/07/06 18:04登録)
 神奈川県山北町で起きた女子高生殺人事件。千葉県のアパートに住む漫画家・土屋萌亜は、その女子高生を事件直前に見かけたことに気付き、事件ライター・小崎涼太にそのことを話す。すると、しばらくして萌亜は失踪。小崎は、萌亜の向かいのマンション住む姉・今立晶にそのことを相談し、状況から、マンションの住人に犯人がいるのでは…?と疑い、調べ始める。死体はない、証拠もない、だけど不安が拭えない。マンションに"殺人犯”はいるのか、いるとしたら"誰"なのか―

 いかにも怪しげな登場人物の様相を振りまき、さまざまな想像(推理)を掻き立てさせる展開。よってリーダビリティは高く、どんどんと読み進められる。

 こういう展開なら、たぶんコイツだな…と思って読んでいたが、さらにその上をいく仕掛けだった。ただご都合主義が過ぎる、と感じる読者もいるかもしれない。
 それは否めないところはあるが、予想通りよりはよかった。


No.1160 7点 逃亡犯とゆびきり
櫛木理宇
(2025/07/06 17:29登録)
フリーライターの世良未散は、エロやお笑い記事で糊口をしのぎながらも、いずれは硬質な社会派ルポを書くことをめざしていた。そんな未散のもとに「女子中学生墜落死事件」の執筆依頼が。「あたしは117人に殺された」という遺書を残して転落死した15歳の少女。深まる謎に翻弄されていた未散に、高校時代の親友から連絡が入る。それは、4人の男女を殺害した容疑で指名手配中の古沢福子からのものだった……。
 事件の真相を追うルポライターに、指名手配で逃走中の親友から連絡が入り、そのアドバイスが真相解明を導く、という連作短編集。一話一話の謎解きもしっかりと面白く、そのうえで「指名手配犯と連絡を取っている」という、ルポライターとして垂涎のネタを抱えていることに心が揺れる主人公の物語も面白かった。


No.1159 7点 死蝋の匣
櫛木理宇
(2025/05/31 11:35登録)
 女性の一人暮らしの部屋の屋根裏に潜んで生活する人物が描かれることから、物語が始まる。そこから一転して本編は、元家裁調査官・白石と、その妹の恋人・県警捜査一課 和井田刑事による殺人事件捜査の話に。その後も要所要所で挿入される「屋根裏の住人」の話を頭の隅に置きながら、最終的に本編とどう結びついていくのか、想像を巡らせながら読んでいく。



 芸能事務所の男女殺害事件と、女子中学生5人殺傷事件の容疑者が同一らしいことが分かり、その容疑者が絞られてくるが、それをそのまま受け入れるほどこちら(読者)は単純ではない。案の定―
 なかなかの目くらましで、最終的には面白かった。が、ミステリを多く読んでいれば予想の範疇ではあったか。とはいえ、魅力は謎解きオンリーではない一作ではあるので、自分としては満足した。


No.1158 7点 影と踊る日
神護かずみ
(2025/05/31 11:14登録)
 新潟県警生活安全部の女性巡査部長・鈴山澪は、テレビ番組の特殊詐欺被害コーナーに出演するなど、県警の広告塔として活躍していた。そんなある日、以前認知症の高齢女性を助けたことで表彰を受けた、澪も懇意にしていた青年が行方不明に。心配な澪が独自で捜査をしていくと、隠されていた青年の過去が次第に見えてきて―

 行方不明となった沢田一平を追うストーリー、テレビで共演していた高齢女性とのストーリー、裏で不審な動きを見せマル暴刑事・桑島のストーリー、澪の親友・舞とのストーリーと、話がかなり枝分かれして進んでいくので、今何を追っているのか、混乱してしまうこともあった。
 後半から各ピースが次第に一つの形を成していくので、全貌が見えてくると理解も整理されたし、ある意味予測もついた。広範囲な仕掛けもきれいに収束されるさまはなかなかで、読後の満足度は高かった。

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