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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:1220件

プロフィール| 書評

No.1220 7点 スピーチ
まさきとしか
(2026/03/24 22:15登録)
 札幌、豊平川の川岸で見つかった女性の遺体。遺体は目に”黒テープ”が貼られており、それは8年前に近隣市で起きた女性殺害事件と同じ状況だった。札幌・澄川警察署の刑事、天道環奈は、 その上司であり〝人の不幸が見たい〞緑川ミキと組んで捜査にあたる。その捜査中、署で苦情を言い立ててる中年女性を目にする。女性が言うには、隣家に住む母子の挙動が怪しいという。それは、40代の引きこもり息子と70代の母親が住む家だった。



<ネタバレ>
 要所要所で挟まれる”母親の手記”。我が子が人を殺し、その隠匿に加担したという悔恨を語る内容で、当然”引きこもり息子の母”のように見えるのだが、ミステリに読み慣れ、しかも作者の作風を知っている以上は、その想像を裏切る展開になることはある意味目に見えている。
 で……案の定。
 だが、「では、その先は…?」の行方はなかなか奇想天外で、予想だにできない(できるわけもない?)モノで、いずれにしろ読み進めるのは楽しかった。
 さらに、一旦着地したかに見えたあと、もう一段積み重ねられていて、そここそが最も衝撃的でもあり、最後まで楽しませてもらえる、作者らしい作品だった。
 主人公の上司(相棒)である緑川のキャラもいい。
 いろんな色や要素が盛り込まれているが、複雑ではなく全体的に楽しめた。


No.1219 6点 ルーカスのいうとおり
阿津川辰海
(2026/03/22 21:00登録)
 2年前に母親を亡くした小学5年生のタケシは、残された父と2人暮らし。そのことから立ち直れず、新しいパートナーを得ようとする父に反発を感じていたタケシはある日、編集者だった母親が担当した児童書『どろぼうルーカス』のぬいぐるみを川原で拾う。母との大事な思い出、ルーカス、だがそれを持ち帰ってから、タケシの周りでおかしな出来事が連続する。タケシが「いなくなってほしい」と思い、そのことを口にした途端、その人が事故や殺人に遭うのだ――ルーカスには呪力があるのか?恐れおののくタケシにその真相が明かされたとき――


<ネタバレ>
 "人形”ネタの典型的なホラーでありながら、当然それそのままではない”ミステリ”ではある。とはいえ、人形に呪念がこめられているというホラー設定は生き。
 主題は、”ルーカス”には誰の呪念がこめられているか?ということ。そういう意味ではフーダニット(?)。まぁ、物理的手がかりをもとに犯人を絞り込んでいく、というものではないが。だから読者は、物語の舞台設定や背景から、それを推理(?)していくカンジになる。
 人形が意志をもって現実の人たちを殺す―と、まぁホラーではあるあるの設定ではあるが、やはり雰囲気はあり、上記の謎解き要素が入っていることでなかなかに面白い。
 ただ、王道の本格を書く作者の他作品に比すると、好みもあってそちらに軍配が上がるカンジにはなってしまう。
 とはいえ普通に十分面白いとは思うので、お薦めできる作品ではある。


No.1218 6点 断罪
石川智健
(2026/03/22 20:35登録)
 警視庁捜査一課の青山陽介は、ある事件で捜査本部の誤りを正して真犯人を突き止め、その働きを認められ、不審な行方不明事件が続く武蔵野東警察署への出向を命じられる。そこで出会った検案医、夏目塔子は若くして所轄から絶大な信頼を得る存在だったが、その検視結果青山は違和感を抱く。青山は、抜群の推理力を発揮する親友・小鳥冬馬に逐次事件捜査の相談をする。その助けを得て青山が辿り着いた戦慄の真実とは―

 組織的に秘匿された真実の真相を、順に紐解いていく展開はなかなか読み応えがあり楽しかった。昨今話題の”陰謀論”さながらに、歪んだ(?)正義感のもと集まった秘密組織のからくりはかなり現実味がないものの、その分読者の衝撃をもたらす体にはなっていると思う。
 まぁ、「現実味がない」と感じるこちらの感覚がまっとうなのか、実際そういう”闇”は現代社会に本当にあるのか―わかりはしないけれど。


No.1217 7点 マザー
乃南アサ
(2026/03/08 22:39登録)
 認知症になった義父・義母を明るく世話し続ける母、うつ病で社会を挫折した60代の息子を抱える母、勘当同然に家を飛び出し男のもとへ行った娘の出戻りを迎える母、妻子持ちの男性と、不倫を経て結婚した母、子どもたちの巣立ちを機に、突然お洒落に生まれ変わった母―「母」の名のもとに隠された、女性の”本当”を描き出す短編5編。

 ジェンダー、女性の社会的自立、その支援…昨今はかなり社会的な認知も進んできた女性の立場や権利だが、家庭で「母親」という座に縛らされる風土はなかなか根深いものが。さまざまな立場の母親を題材に、その深層を上手く描いた良作5編。


No.1216 7点 全員犯人、だけど被害者、しかも探偵
下村敦史
(2026/03/08 22:12登録)
 電動自転車メーカーの社長が、製品の不良を隠蔽して被害者を出したと社会から責められ、自殺した。その後のある日、社長夫人、会社役員、週刊誌記者など事件関係者ら7名が何者かの呼び出しで山奥にある廃墟に集められ、閉じ込められる。スピーカーから「社長は自殺ではない、殺人だ。この中に真犯人がいる」という主催者の声が……と、ここまでは王道パターンなのだが、続く主催者の「真犯人以外の人間を毒殺する」という言葉に、状況は一気に異様に。こともあろうか集められた者たちは皆、「私こそが犯人だ」と主張し合うようになり―

 デスゲーム仕掛けで事件関係者が集められ、スピーカーから主催者の指示が流れる。まぁベタベタの設定で、それはそれで個人的に大好物なのだが、そこから「我こそは」と関係者たちが真犯人になりたがる、という機軸が確かに面白かった。
 お互い腹のうちを探りながら、だんだん「後出しじゃんけんで上書きしたもん勝ち」になっていく展開も、苦笑してしまいそうだが飽きずに読めた。
 個人的には、終盤に明かされる額縁構造の仕掛けは無くてもよかったかな・・・とも思うけど、そこで重ねられたさらなる作者のトリックはまずますだった。


No.1215 6点 誰かがこの町で
佐野広実
(2026/03/07 22:20登録)
 児童養護施設で育った娘が、自分を置いて失踪したとなっている母親のことを知りに行こうとするが、一家が住んでいた住宅団地は「この町は安全・安心なコミュニティ」「失踪など起こってない」と過去を隠そうとする。
 その体を守ることが第一、その輪を乱す家庭はそこから追いやられる―異常なまでの同調圧力を描いた作品。
 現代ではこんなことまかり通るはずはないと思っているが…ただ集団心理が人を狂気に走らせる例は、程度の差こそあれ現代でも(むしろ現代こそ?)多く見られるので…ありえないことではないのかも?
 ある種の社会病理を題材に描くことを得意としている作者らしい一作。
 楽しめた。


No.1214 6点 探偵小石は恋しない
森バジル
(2026/03/07 21:57登録)
 代表の小石と相談員の蓮杖2人が運営する「小石探偵事務所」。ミステリ好きで、作品に登場する名探偵のような活躍を渇望する小石は、そんな事件捜査の依頼を日々心待ちにしているが、舞い込んでくる依頼は浮気調査ばかり。しかも厄介なことに、実際小石は浮気調査を非常に得意としてしまっている。それには小石の、「人の恋情が矢印で目に見える」という特殊な能力が関係していた―


<ネタバレ>
 昨年後半から各所で評判を耳にするようになった作品、表紙や読み始めの感触から「ああ、最近流行りのラノベ風特殊ミステリね…」と思わせておいて、ラストに近づくにつれて緻密に織り込まれた仕掛けに舌を巻く、といった感じか。
 小石らが受ける各依頼を連作短編仕立てで描く前半も一編一編(?)が面白く、しかしながらそれら一つ一つが大筋への下敷きになっている構成力もよい。よく考えられ、編み込まれた作品である。
 一方で、網の目のように施された仕掛けや関係性がやや多岐にわたりすぎ、理解するのに力を要した印象もある。アレの表記の仕方によって読者の誤認を誘う叙述トリックこれまでも多くなされてきたモノで、もちろんそこに上乗せした仕掛けが新味をもたらしてはいるが、「誰が誰なのか」は中盤以降でだいたいわかってくるところがあり、ラストに傍点(、)を打たれて強調されている真相も、「あっと驚く」という感覚までは至らず「あぁ、やっぱりね」と感じたことが多かったのが正直なところ。
 個人的にエピローグにあった、伊坂幸太郎の「死神の精度」が、「精度」は文庫で「浮力」は単行本、というくだりが、その理由も含めて自分と全く同じ状態だったのでスゴく共感してしまった。
 穿ちすぎかもしれないが、「蓮杖」という名は「恋情」とかけているのか?とふと思った。


No.1213 7点 成瀬は都を駆け抜ける
宮島未奈
(2026/02/23 23:04登録)
 シリーズ完結編ということらしい。
 2作目からからに成瀬の交流範囲が広がりながら、成瀬自身はマイペースで貫くところ、周りもその成瀬に惹かれていくところ…やっぱなんかいい。
 滑稽でばかばかしい展開の中に、あたたかさや感動を含ませる術がうまいなぁ…と素直に感心。
 まぁ、ミステリではないんだけど…やっぱり面白かった!


No.1212 7点 ネズミとキリンの金字塔
門前典之
(2026/02/23 22:54登録)
 医療機関だけでなく、団地や商業施設も経営し、地域の領主といっても過言ではない権勢を誇る「大木病院」の一族。その本体である大木総合病院は、ピラミッドパワーを信仰する院長・大木陽太の嗜好による、ピラミッド型の特異な精神科病院だった。建築士兼探偵の蜘蛛手は今回、周辺施設の改築の設計を請け負うことになったのだが、その会議に赴いた折に、ピラミッド棟の最上階が崩落する事故が起きる。がれきの中には、凶器で刺された院長の息子・大木帝太の遺体があった―


 寡作作家と言ってよいのではないかと思う作者だが、経歴に即して「建築」を絡めたトリックを軸に描く本格ミステリは唯一無二で、一作一作非常に質が高いと感じる。
 建築物の図面が示されたり、真相解明の際も細かな数字が出てきたりと、複雑で込み入っているような印象に見えがちだが、本質は大胆でシンプル、かつ予想を超える仕掛け。今回は、犯罪の「動機」についてもかなり突飛で、読み手の推理の範囲を超えているが、それがまた新鮮な基軸で非常に面白かった。
 作品数が多くないのであまりメジャーではないように思うが、もっと認知されていいミステリ作家だと思う。


No.1211 7点 逆転正義
下村敦史
(2026/02/08 18:36登録)
 快作が粒ぞろいで、非常にお得な短編集だと感じる。
 さまざまな今の世相を切り取りながら、「正義」というものの見え方が一転二転するさまを、非常に小粋な企みで作品に仕上げている。
 「逆転正義」というタイトルにぴったり合う感じだったのは1編目の「見て見ぬふり」。
 話の仕組み、ひっくり返し方としては、「完黙」「ストーカー」が面白かった。
 そしていずれの作品も、結末がよい。

 質の高い作品群だと思う。


No.1210 7点 分水
今野敏
(2026/02/08 18:24登録)
 鎌倉署管内、鶴岡八幡宮近くで起きた不審火。燃えたのは女性スキャンダルで週刊誌に追われている大物政治家一族・安達家だった。大物政治家へ過度な忖度をする鎌倉署や警察庁の態度に苛立ちながらも、原理原則に基づいて捜査の指揮を執る刑事部長・竜崎伸也。捜査を進める中で放火容疑者として浮上したのは、「社会派ユーチューバー」を名乗る男だった。だが、その身柄を確保しようとした矢先、当のユーチューバーが死体で発見される――。



 ユーチューバー、炎上、SNSを端緒とした捜査、など、イマドキの要素が盛り込まれた内容となっているが、いたってシンプルな犯罪捜査の物語。主眼は、政治家への忖度、それをもってして出世街道を駆け上がろうとするキャリアの姿、片やそうしたことに関心のない竜崎、という中央警察の内実を描くことに感じられる。私を含め本シリーズの愛読者は、そうした中での主人公・竜崎の生き様に魅力を感じているところが大きいと思うので、今回も満足である。
 ミステリ、謎、という側面からは薄味ではある。


No.1209 6点 ハウスメイド2 死を招く秘密
フリーダ・マクファデン
(2026/02/08 18:05登録)
 前科者のハウスメイド、ミリー・キャロウェイ。今度の雇われ先は、巨大企業のCEO、ダグラス・ギャリックのペントハウス。夫婦2人暮らしの高級住宅なのだが、なぜかダグラスの妻・ウェンディは2回のゲストルームに籠りきりで、顔を見せない。しかしある日、バスルームからゲストルームまでつづく血痕を見つけ、強引にウェンディに面会する。すると、彼女の顔は痣だらけで、明らかに暴行を受けていた―



<ネタバレ要素あり>
 世に知られた企業家で富豪である男の妻、軟禁状態で虐待されている、と、前作「ハウスメイド」をトレースしたような設定。とはいえ「2」と冠して新作を出すからには同じからくりであるはずがない。
 前作の事案以降、「実は虐げられている妻を救い出す」ことを生業にしてきたという経歴も加えられており、であればなおさら、ウェンディを救い出すという単純な物語になるはずがない、というのはわかりきっていた。
 が、第2部での「反転」も、第4部での結末も、(珍しく)予想がそのままあたってしまった。利己的で傲慢なウェンディの凋落という流れは溜飲が下がるものではあったが、やはり前作のような意外性・衝撃には及ばなかった。
 読み進めるのは面白かったが。


No.1208 7点 七月の鋭利な破片
櫛木理宇
(2026/01/30 21:33登録)
 中学校ので英語教師・青哉は、久しぶりに小学校の同級生・武丸、凪、若葉と4人で集まった。4人は小学生だった14年前に、林間学校で同じ班だった、クラスで忌み嫌われていた少年の殺人事件を振り返る。苦い思いを抱えつつ、また会うことを約束した数日後―…若葉が絞殺体で発見された。14年前の事件とかかわりがあるのか?幼児性愛者による犯行とされた事件には、実は隠された真相があるのか―?




 最近は定番と言ってもよくなった、過去と現在を交互に章立てする構成により、その両軸で一歩ずつ真相に迫っていく。どちら側でも、主人公・青哉が心を寄せる凪の存在がキーで、彼女の隠された内実が少しずつ見えてくるという話の運びはなかなか。
 関係者たちが一気につながっていく終末の真相は怒涛で、仕組みは確かにスゴイ。その真相から翻って見れば、意味のある伏線描写はそこここに散りばめられていて、唸らされるところはあった。
 ミステリの仕掛けだけでなく、「一昔前の小学校あるある」ともいえるような、当時の学校の特徴を捉えた描き方が、作品全体の面白みを増していると感じた。


No.1207 6点 ダークネス
桐野夏生
(2026/01/25 20:49登録)
 幼馴染を殺した男を愛し、その男に先立たれ、自分をレイプした男を殺し、そのとき身ごもった子を産む…波乱に満ちた人生を送ってきた村野ミロ。今は自身を追う手から逃れるよう、息子と沖縄に暮らしていた。だが、ミロに恨みを募らせる面々の手は息子に伸び、再びバイオレンスな日々が始まる。23年ぶりに刊行されたシリーズの最終編(?)。

 このシリーズは「顔に降りかかる雨」「天使に見捨てられた夜」と、スピンオフテイストの「ローズガーデン」の3作しか読んでおらず、特に直前の「ダーク」が本作に大きく関係してくるようで、ネットでざっとあらすじを知る必要があった。
 ドライなのか、激情的なのか、愛情深いのか。相変わらずつかみきれないミロの生き様はそれだからこそなんだか魅力的で、今回は息子・ハルオとの特異な関係もそれを後押しする。
 最後はかなり劇的かつ遮断的な終わり方で、本当にこれが最終編なのかな?…と含みを持たせているような気もした。


No.1206 7点 彼女たちの牙と舌
矢樹純
(2026/01/25 20:04登録)
小6の息子を中学受験させるために塾に通わせている後藤衣織は、同じ塾に子供を通わせる「お受験ママ」の3人とお仲間として集う日々を送っていた。ある日、4人でのティータイムの帰り道にメンバーの手島知絵に「相談がある」と呼び止められる。話を聞くと何と、智絵がバイト感覚で詐欺グループの仕事に加担してしまい、深みにはまっているという。対応策を練る中で、グループの他の主婦たちも関わっていることが分かってきた…



<ネタバレ>
 4人の主婦それぞれの視点からの物語が章立てされ、それによって智絵の悪事への加担から始まった物語が、実は衣織以外のメンバーすべてが関わっていたという驚きの全体図が見えてくる。桐野夏生の「OUT」さながらに、一般的な生活を営んでいた主婦たちが、いとも簡単に犯罪のハードルを越え、「〇しちゃいましょうよ」という話にまで至ってしまう非日常への飛躍。主人公的な存在の衣織の推理力により、それが段階的に明かされていく構成はうまかった。
 ラストの締め方も面白く、現実的ではないにせよ物語としての面白さは十分にあり、かなり楽しめた。


No.1205 5点 シャドウワーク
佐野広実
(2026/01/18 21:40登録)
 夫の度重なるDVに「このままでは殺される―」と深刻な危険を感じ、シェルターに逃れた宮内紀子。そこを出てからの身の振り方に悩んでいた紀子に、担当の看護師・間宮路子から、DV被害の女性たちを匿う慈善事業をしている家を紹介される。入居を決めた紀子は、同じ境遇の3人の女性たちと、パン工場で働きながら夫と別れ、自立する道を歩もうとするが・・・

 捜査に携わる女性警官が、自身もDV被害者であり、警察官僚である夫と争議中という設定が話の展開を広げている。展開が分かりやすい分、物語の行きつく先や施設が抱えている真相もほとんど予想でき、しかも予想通りではあった。


No.1204 5点 ふたり腐れ
櫛木理宇
(2026/01/18 21:23登録)
 コールセンターの派遣社員として日々苦情電話に応対する飯島市果は、たまに居酒屋での一人飲みを楽しむ、平凡な独身女性だった。ところがある日、居酒屋で見知っていた男性が女装をし、人を殺す場面を目撃する。目撃された相手は、そのまま市果を脅迫して自宅に乗り込み、一緒に生活させられる羽目に。だが、市果はその共同生活に次第に馴染んでいき、やがて2人の間には奇妙な連帯感が生まれていく―





<ネタバレ>
 物語の発端や、不思議な殺人鬼・セイとの関係が発展していく様子、物語に絡んでくる市果の職場での不倫問題など、飽きのない展開を楽しめる。途中からセイの犯罪に市果も加担していくのは、こうしたダークな話にはありがちな展開ともいえ、驚くことはなかった。
 さらにこういうタイプの物語でありがちな展開として、市果がたびたび引き合いに出す市果の姉・美雨は「架空の人物」ではないか…などとも予想していたが、それは外れ、また違った方向での真相が用意されていた。
 ラストには市果の狂気がセイの狂気を上回ってしまうのだが、物語冒頭から描かれている市果の内面からあまりに飛躍が激しく、そんな市果とセイが出会ったというのも偶然が過ぎる気がして、ちょっとなぁ…とは思った。


No.1203 6点 或るスペイン岬の謎
柄刀一
(2026/01/17 10:59登録)
 芸術大学の学園祭中に、密室で殺されていた女教授(或るチャイナ橙の謎)。1年前に、何者かに殺されかかった少女。だが、犯行時の記憶が喪失し、犯人はわからないままに(或るスペイン岬の謎)。俗世と離れて、穏やかに暮らしていた老詩人。共に過ごしていた女性が、密室で絞殺される(或るニッポン樫鳥の謎)。
 作者の真骨頂・不可能犯罪の解明に、南美希風がエリザベス・キッドリッジと共に挑む。




 昨今ではもはや稀有ともいえる、「不可能犯罪の物理的なトリック解明」を主眼にした中短編集。小道具等を使って密室状況を作るなんて・・・海外古典からの伝統のよう。だからこそ、クイーンの国名シリーズを模したタイトルなのか。(作者は、ペンネームの由来でもあるようにディクスン・カー崇拝者のはずだが)
 というわけで非常に原理的なパズラーで、真犯人を推理しながら楽しく読める。ただ不満なのは、殺害現場の見取り図や建物の配置図など、全体像を示す図時はあるものの、肝心なトリックの説明に関してはすべて文の説明で、「それこそ図でも示してほしい!」と思った。「或るチャイナ橙の謎」の物理的トリックなどは、言葉で説明されても画像が浮かばずもやもやした。
 3編目「或るニッポン樫鳥の謎」のトリックは、本作の中でも秀逸に感じられた。


No.1202 9点 百年の時効
伏尾美紀
(2026/01/12 23:28登録)
 昭和49年3月、東京・月島の4人家族の夫婦と娘が殺害され、幼い長男だけが生き残る無残な事件が起きた。その後別件で逮捕されたある男が「私がすべてやった」と自白し、捜査は終結。だが、捜査にあたった刑事・湯浅と鎌田は、現場には4人の実行犯がいたことを突き止めており、真相には至っていないと忸怩たる思いを抱えながら退職した。しかしその思いは次の刑事、また次の刑事へと引き継がれ―50年を越えて受け継がれた刑事たちの執念が、真相を解き明かす―

 真相にたどり着けなかった刑事の無念を、三世代にわたって引継ぎ追い続ける壮大なストーリーは圧巻。湯浅、鎌田の2人が実行犯の一人と見定めていた男の死により、止まっていた捜査の歯車が再び動き出す序盤から、「昭和編」「令和編」「平成編」へと移っていく展開は非常に読み応えがあり、かつ、途切れない面白さだった。最後に捜査を受け継ぎ、真相に導いた女性刑事・藤森菜摘がおいしいところをもっていっている感はあるものの、むしろ物語の厚みは前半の2人の刑事の捜査にあると感じる。非常に面白かった。


 全く私事であるが、この年末年始に本棚にある、前から「どこかで再読したいなぁ」と思っていた作品をいくつか読んだ。その中で佐々木譲の「警官の血」も再読したのだが、大河的な作品の雰囲気が本作と似通っていて、重厚な警察捜査を描いたミステリの魅力を改めて堪能した年末年始となった。


No.1201 5点 悪魔の飽食
森村誠一
(2026/01/11 17:19登録)
 写真の誤用問題もあり(本版は改訂済み)、事実の真偽性が問われることもあった問題作であるが、731部隊が当時人道にもとる人体実験をしていたこと自体は、その規模や詳細に諸説があったとしても、概ね事実のようである。
 時代や社会状況によって、人の道徳観、倫理観はいかようにも揺れるという怖さが身に染みた。この部隊を指揮したり、属したりして実験に従事した人たちも、その時代はそれが国の振興のための正義なのだと普通に思っていたのだろう。(もちろん苦しかった人もいるであろうし)
 「その時代に生まれても、自分はそうはならなかった」などと簡単には言えないと思う。ただ、二度とそうならないための努力はこれからできる。

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