HORNETさんの登録情報 | |
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平均点:6.32点 | 書評数:1121件 |
No.1121 | 6点 | 歌人探偵定家 百人一首推理抄 羽生飛鳥 |
(2024/11/17 16:07登録) 源平合戦が終結した平安末期。平家一門の生き残りである平保盛は、亡き父・頼盛が守り抜いた一族の暮らしを絶えさせぬよう、静かに暮らすことを心掛けていた。だが都は盗みや殺しが横行する荒んだ日々。そんなある日、和歌が添えられた女のバラバラ死体が発見される。偶然その場に巡り合った保盛は、和歌をこよなく愛する朋友・藤原定家とともに、その真相解明に乗り出すことになる― 「平家物語推理抄」シリーズの続編という位置づけであろう、頼盛の息子・保盛をワトソン役とし、当代きっての歌人・藤原定家を探偵役とした連作短編。殺された遺体に添えられるなど、何らかの形で百人一首に収録された和歌が絡んでおり、事件の概要を描く段は「上の句」、解決編を「下の句」として組み立てた構成はなかなかに洒落ている。時代風俗や政治背景も巧みにちりばめられ、歴史ミステリ期待の新人といえる出来栄えは、前作以降も変わらないと感じる。 1話目「くもがくれにし よはのつきかな」3話目「からくれなゐに みづくくるとは」が個人的にはよかった。いにしえの古都が舞台となっているので、科学的な緻密さは当然弱いが、その時代なりのロジックが考えられていてそれもまた面白い。 ただ定家のキャラがラノベ風にぶっ飛んでて、前シリーズのような歴史ものの重厚さは薄れた。定家のセリフにやたらと「・・・っ!」が多用されるのは少し煩かったかな。 |
No.1120 | 5点 | 幽霊男 横溝正史 |
(2024/11/16 22:00登録) 全体的に多分に劇場的で、しかも舞台が都会、ヌードモデルなどの風俗的味付けから乱歩作品のような雰囲気をまとっている。 派手な奇怪さが前面に出ていて、退屈はしないのだが、物語全体のプロットが結果的に複雑すぎた感は否めない。幽霊男の出現、関与についての偶然も、都合よすぎで出来過ぎだし・・・ 金田一耕助シリーズの凡作として楽しめればよいのかな、という感想。 |
No.1119 | 8点 | サリー・ダイヤモンドの数奇な人生 リズ・ニュージェント |
(2024/11/16 21:48登録) 町はずれで父と2人で孤立して過ごす43歳の"変わり者"サリーには6歳までの記憶がない。ある日父が病気で亡くなり、言いつけどおり遺体を焼却炉で焼いたところ、警察が駆けつけて大騒ぎに。マスコミが殺到する中、サリーは父が残した手紙を開く。そこにはサリー自身が知らなかった、凄惨な事件の記録が記されていた― 凄惨な幼少期を過ごしたことにより、パーソナリティ障害を抱えているサリー。「適応障害を抱えているから、不適切なことを言ってしまう」と自分で相手に説明しながら、社会に順応しようと努力を重ねている姿をいじらしく感じてしまい、とても好感がもてる。一方物語は、現在と交互に章立てされてサリーの幼少期に起きた誘拐・監禁事件のストーリーが並行して描かれる。サリーの母親であるデニース・ノートンがコナー・ギアリーという男に誘拐され、監禁される中でサリーを産んだ。実はその前にデニースは男の子も産んでおり、その子・ピーターは父コナーに大事に育てられていた。ピーターを一人称として描かれる過去の章により次第に物語の輪郭を明らかにしていく展開は妙で、非常に面白かった。 唯一不満なのは…玉虫色のラスト。ここまで来たのなら…着地点を明確に描いてほしかったなぁ。 |
No.1118 | 6点 | 少女マクベス 降田天 |
(2024/11/16 21:17登録) 演劇界の人材育成をめざす超名門校「百花演劇学校」。その制作科に籍を置く結城さやかは万年2番手、トップは誰もが認める孤高の天才、設楽了だった。が、その了は学校一番の晴れ舞台・定期公演での舞台「百獣のマクベス」上演中に命を落とす。翌年、了の友人であったという新入生、藤代貴水が入学。彼女は皆の前で設楽了の死の真相を調べる」と言い放った。なぜか、貴水と共に事件の真相解明に乗り出すことになった さやか― 演劇に身を賭した少女たちの、ある意味閉鎖された価値観の中でのストーリー。貴水とさやかが関係する生徒たちにあたって真相を探っていく過程で、一人一人の秘密が暴かれていく展開は退屈ではなかったが、遅々とした進み方に多少ストレスを感じた。 登場人物が分かりやすく限られているため、ストーリーを追っていくぶんには理解しやすかったが、同時に真犯人の予想もしやすくはあった。そこそこの分量だが、すらすらと読んでいける展開ではある。ただ、この作者は他作品で自分としては評価が高く、期待が高くなっていたのだが、出色の出来、とまではいかなかったかな。 しかし、天賦の才能とか、生まれもった別格な存在、なんてホントにあるのかなぁ。実体験がないから懐疑的。 |
No.1117 | 7点 | ぼくは化け物きみは怪物 白井智之 |
(2024/11/04 19:55登録) <ネタバレ含む> 「最初の事件」…タイトルに込められた真の意味がラストに分かる。といっても私は、それと物語冒頭とが結びつくまでに少し時間を要した。 「大きな手の悪魔」…トリックのためとはいえ、読み手が好感をもっているであろう登場人物を、あっさり殺してしまう作者の無情さは相変わらず。まぁ慣れたけど。 「奈々子の中で死んだ男」…令和の現代では倫理的に支障があるような表現の数々、作者らしい色の一編。 「モーティリアンの手首」…モーティリアンなるものが何なのか、作者の作風や西暦から早々に想像がつく。地層に散在する化石からの推理は、確かに論理的ではあるが…そこまで考えるものでもないのでは? 「天使と怪物」…本短編集ではこれが出色の出来であろう。「名探偵のいけにえ」以来、作者のカードの一つにもなってきている「多重解決もの」だが、その面白さを中短編で堪能できる。またラストがなかなかに切ない余韻を残すもので…これは秀逸な一編だった。 |
No.1116 | 5点 | 玩具修理者 小林泰三 |
(2024/11/02 20:41登録) 小林先生が58歳という若さで早逝してもうすぐはや4年。古本フェアでそのデビュー作である本作を見つけ、思わず買った。 <ネタバレ> デビュー作である表題作は、正体不明の「玩具修理者」なる者が、修理依頼で持ち込まれたものをバラバラに解体して組みなおすというお話。修理依頼は生き物にまで及び、行きついた先は…人間の解体。描かれている状況とは裏腹に淡々と進められる描写は、いかにもホラーらしさがある。語り手の正体が分かるラストが物語の真骨頂。だが、そこから翻ってみると、語り手の話し方は不自然では…?とも。 2編目「酔歩する男」のほうが紙幅を割く中短編。いわゆるタイムトラベラーものだが、空想科学の学説的説明がちょっとややこしい。こちらもラストに一作目同様の種明かしがあるが、こちらはほぼ予想していた通りという感じだった。 自分としてはどちらも小粒な印象ではあるが、久しぶりにホラーを読むとやはり面白い。 |
No.1115 | 6点 | 成瀬は信じた道をいく 宮島未奈 |
(2024/11/01 22:04登録) 前作から時は進み、高3で大学受験をして、離れた地でそれぞれの大学に進学する成瀬あかりと島崎みゆき。地元に残り京都大学に進学したあかりだったが、超一流大学の学生になっても変人ぶりは相変わらずだった。 本作では2人が離れ、大学生となった時期へと物語が展開される。そのうち「コンビーフはうまい」から登場する、成瀬と共に「びわ湖大津観光大使」となった篠原かれんがよかった。はじめは、大使になるための「自分売り」に余念がない、キラキラ系のいけすかないタイプかと思っていたが、意外にも成瀬に馴染み、やがては従来の親友・島崎みゆみを嫉妬させるほどになる。 今風キャラクターのかれんと、今風から一線を画しているあかりとが、屈託なく関係を築いていく様は、何だかよかったなぁ。 |
No.1114 | 6点 | 成瀬は天下を取りにいく 宮島未奈 |
(2024/11/01 21:49登録) この作品が本サイトで扱われているとは… タイトルの何だか清々しい(?)感じに惹かれて読んだが、まずまず期待に沿う面白さだった。まぁ、主人公・成瀬あかりのキャラがすべてという作品ではあるが、表紙絵からも想像する作品への期待がそもそもそんな感じなので、自分は満足した。 極めて優秀な頭脳でありながらまぁ「変人」の成瀬に、いつも寄り添っている島崎 みゆきとの友情感もよい。特にラストの「ときめき江州音頭」では、マイペースに突き進む成瀬に従っている常人の島崎みゆき、という構図だったものが、成瀬の人並みで素直な感情が露になることでほっこりした気持ちになる。 そういう意味で、連作としての構成もなかなかだった。 |
No.1113 | 6点 | ウォッチメイカーの罠 ジェフリー・ディーヴァー |
(2024/10/31 22:47登録) 高層ビルの建設現場で突然、大型クレーンが制御不能になり倒壊した。コムナルカ・プロジェクトと名乗る犯人から、都市開発計画を中止する要求があり、中止せねば事故は続くとの犯行声明が。捜査を依頼されたリンカーン・ライムは、微細証拠の分析と推論から恐るべき結論にたどり着く。「犯人は、ウォッチメイカーだ―」…長きに渡って対峙してきた科学捜査の天才と稀代の犯罪者が、ついに決着の時を迎える― 裏の裏まで読み通して、犯罪を計画・遂行するウォッチメイカーことチャールズ・ヘイルと、その裏の裏まで読み解くライム。因縁の2人の最後の対決は、ビル上にそびえる大型クレーンの倒壊という、今までにない舞台設定で魅力的に始まった。ライムの仲間たちが抱える別件の事件捜査が同時進行で進み、やがては交差していく展開も最近の本シリーズではお馴染み。相変わらず退屈さを感じさせない展開で、前半は引き込まれて読み進められた。 だが、「ライムとウォッチメイカーの最終対決」ということで腕によりをかけすぎたか、後半に行くにつれて事件(物語)の構造があまりにも複雑に。お決まりの「どんでん返しに次ぐどんでん返し」の二重三重構造も、真犯人(事件の黒幕)の意外性は確かにあったが、動機がなんだったのか、イマイチしっくりと理解できていない。 作中では、ライムが自身の後継者にロナルド・プラスキーを指名する件があった。今後は主人公を変えて第2シリーズのようになっていくのだろうか。興味深い。 |
No.1112 | 7点 | 貸しボート十三号 横溝正史 |
(2024/10/14 21:39登録) 「湖泥」 とある農村で、村一番の器量よしとされ、村の良家のせがれと結婚が決まっていた娘がお祭りの晩に殺された。北神家と西神家という、確執ある村の両家という舞台設定は横溝作品のテンプレート。祭りの夜の不可解な逢引きや手紙など、雰囲気を盛り立てる道具立てはまずまず。それなりによかったのだが、動機が…抽象的かな 「貸しボート十三号」 表題作。公園の水辺に浮かんだボートに男女の死体。何と、2人とも首を切断されかけたままの状態、ボート内は血の海。表紙絵のイメージも頭に浮かび、おどろおどろしさ満点。大学のボート部を舞台に、男女の愛憎劇が展開される。一番の謎「切断されかけ」たままの首の意味に対する答えとしては、まずまずだったように思う。 「堕ちたる天女」 白昼、トラックの荷台から道路に落ちた石膏像。その中に、人の死体が塗りこめられていた。事件関係者はストリッパー界隈の人々。そこに同性愛の様相も絡んできて、いかにも乱歩・正史時代の作品っぽかった。 各話とも、横溝正史作品のイメージに沿う劇場的な話で、満足した。 ちなみに、本作の表紙絵はどうしても、湖底に女の顔が浮かんでいるバージョンが欲しかったのだが、手に入れることができてうれしい。 |
No.1111 | 7点 | 死はすぐそばに アンソニー・ホロヴィッツ |
(2024/10/14 21:10登録) 門と塀で囲われた中に、6軒の家が集う高級住宅地、リヴァービュー・クロース。そこに最近越してきた、騒音や傍若無人な振る舞いで住民に疎んじられていた男性が、クロスボウでのどを射抜かれて殺された。我慢を重ねてきた住民全員に動機があるこの難事件の捜査に、警察から招かれた探偵ホーソーン。事件はホロヴィッツとホーソーンが知り合う前の5年前、相棒はダドリーという元警察官だった。事件を解決した、というホーソーンに過去を聞き出し、小説にまとめようとするホロヴィッツ。 裕福な層が集う高級住宅街で、住民トラブルが殺人にまで発展するという舞台設定は目新しくはないものの、興味深いストーリーではある。相変わらずホーソーンの煙に巻く物言いが読者をじりじりさせるものの、それが謎を高めていく魅力でもある。 今回は、ホロヴィッツも一人独自に動き、事件関係者へ話を聞きに行くなどするが、その過程で真犯人をあっさり明かされてしまう。当然その結論そのままであるはずがないので、より物語が深まっていく展開となり面白かった。 ホーソーン自身の過去がシリーズを通しての謎として描かれているが、本作ではそちらについての進展も今まで以上にあり、上手く構成されていた。 <ネタバレ> 真犯人の意外性はなかなかだったが、密室殺人やアリバイトリックといった、犯罪の手法に関する部分については、現代的技術のツールを多用しており、ちょっと拍子抜けだったかも。 作中で、ホロヴィッツが「最高の密室ミステリは日本から生まれている」と受戒する部分があり、島壮「斜め屋敷の犯罪」と正史「本陣殺人事件」を絶賛しているくだりは、なんだか嬉しかった。 |
No.1110 | 6点 | 悪魔の降誕祭 横溝正史 |
(2024/10/05 22:57登録) 近々殺人が起こるのではないか…と危惧して金田一のもとを訪れた女性が、事務所で殺害されていた。殺されていたのは、近頃売り出し中のジャズシンガーのマネージャーだった。やがて、そのジャズシンガーが開くクリスマスパーティーで、さらなる悲劇が起こる(表題作) 2件目の、ジャズシンガーのパーティでの殺人事件解明が物語のメイン。密室ではないものの、なかなか不可解状況での殺人で、その真相もなかなか興味深いものだった。併せて収録されている2編もまずまずの仕上がりで、個人的には特に「霧の山荘」がよかった。 とはいえ、「霧の山荘」。私立探偵が、遺体を発見しておきながら、即通報もせずに懇意の警部とともに秘密にしておくなんて……しかもそれを捜査本部に明かしたときに、咎められもしないなんて……ありえないよね |
No.1109 | 5点 | 仮面城 横溝正史 |
(2024/10/05 22:48登録) ジュヴナイルということで、少年探偵団張りの活劇要素が強い。表題作などは、まさにそう。現実離れした、いかにも小中学生向けの過剰に動的な展開で、ミステリや推理を楽しむというよりは少年向けのスリラー小説といった感じ。 決して悪いわけではないが、そういうことで評価はこのぐらい。 |
No.1108 | 7点 | すべての罪は血を流す S・A・コスビー |
(2024/09/29 21:32登録) ヴァージニア州の高校で、卒業生が教師を射殺。犯人の黒人青年は、警察の呼びかけに対して校舎から出てきたが、彼もまた白人保安官に射殺される。人種対立の残る街がにわかに騒ぎ出す中、町の保安官・タイタスは捜査に乗り出すが、射殺された高校教師の携帯電話には、何人もの黒人の少年たちを惨殺する信じられない動画が保存されていた― 残されていた動画に記録されていた殺人犯は、高校教師・スピアマンと、射殺犯の黒人青年・ラトレル、そして狼のマスクをかぶった人物の3人。この「第3の人物」が本物語の事実上の「犯人」で、その正体を突き止めるという謎はある。 が、どちらかというと物語の主軸は、未だにアメリカに根強く残る人種差別と、とりわけその対立が色濃い田舎での激しい人間模様にある。主人公の保安官・タイタスは黒人で、彼に対する差別や非難は、レイシストの白人だけでなく、「白人社会に身を売った」という見方をする黒人からもある。両者からのそれぞれの不当な見方に挟まれ、苦悩しながらも、保安官としての矜持、人としての信念を貫いていこうとするタイタスの姿は力強い。 真相へたどり着く捜査・推理も、明らかになった真犯人も、読者が手がかりをもとに推理するような類のものではないので、フーダニットのミステリとは言えないが、殺人が重ねられていく動的な展開と、人種差別問題をとらえた濃いストーリーは魅力十分だった。 |
No.1107 | 7点 | この限りある世界で 小林由香 |
(2024/09/27 21:59登録) 15歳の少女が同級生を刺殺。加害少女は、「小説の新人賞の最終選考で落ちて、悲しいから人を殺す」と作品と共にネットに上げていた。世間では、この加害少女の作品のほうが受賞作より優れていた、受賞作のせいで殺人が起きた、などと受賞者への誹謗中傷が起こり、追い詰められた受賞者は自死してしまう。加害少女は少年院に収容されるが、社会復帰を手助けする篤志面接委員に「私の本当の犯行動機を見つけてください」と意味深な言葉告げる。志願して篤志面接委員になった結実子は、緊張と不安を抱えながらも加害少女と向き合っていく― <ネタバレ> 純粋な教育への志をもった新人篤志面接委員が、闇を抱える少女の言動に翻弄されながらも真摯に向き合い、心を開かせていく―そんなストーリーに思えた読書の感覚が、終盤見事に覆される。「同級生を刺した少女の真の犯行動機は何なのか?」という中心となる謎を抱えつつ、自死した新人賞受賞作家の編集者の苦悩、無責任にSNSで放言する一般市民、加害少女の背景にある家族環境など、さまざまな要素を巧妙に絡ませながら物語は進行する。 中心となる「少女の真の犯行動機は?」に対する解答はそれほど目を見張るものではなかったが、別に仕掛けられた作者の企みにはまずますの手応えを感じた。作者の作風として最終的にはダークにはならず、読後感もよい一作である。 このような、罪ある子どもに対峙する大人、という構図が好き(得意)な作者でもあり、それだけにさすがのリーダビリティと面白さがあった。 |
No.1106 | 7点 | あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか 天祢涼 |
(2024/09/24 21:37登録) 食品卸売会社に勤務する藤沢彩は、引っ込み思案で人付き合いも苦手。そんな彩が仕事で思い悩んでいた時、いつも無口な同僚の男性・田中心葉が声をかけてきた。その後もさり気ない心遣いで自分を支えてくれる心葉に、次第に心惹かれていく彩。だがある日会社の朝礼で心葉は、何の前置きもなく「ぼくは人を殺したことがあります」と告白をした― 昨今の社会派ミステリで、ちらほら見られるようになった犯罪の「加害者側」を取り上げた作品。心を入れ替え、更生をめざす加害者と、「犯罪者」という見方を変えず、それを絶対に許さない世の中という構図はテンプレートではあるかもしれないが、それでも本作は、加害者である心葉に心を寄せる側の葛藤や、更生しつつある心葉の姿に揺れる被害者側の気持ちなどが丁寧に力強く描かれていて非常に面白い。 被害者遺族と加害者である心葉の予期せぬ邂逅などは確かに非現実的だろうが、「加害者」「加害者を慕う者」「被害者」「無関係な第三者でありながら加害者を叩く者」というそれぞれの立場が巧妙に描かれており、非常に読み応えがある。 被害者の母親が殺害されるという事件が、フーダニットのミステリとして組み込まれるのだが、その推理と解明は「ミステリ」といってよいものであったとも思う。 相変わらずのストーリーテーリングと仕掛け。面白かった。 |
No.1105 | 6点 | ボタニストの殺人 M・W・クレイヴン |
(2024/09/24 21:17登録) 生放送の番組中に、女性差別主義者で世間から批判も強い男性ジャーナリストが倒れ、死亡した。捜査により、男性は衆人監視下でありながら「毒殺」されていたことが判明する。男性は番組中で、自身に脅迫状が送られてきていることを話していた。ほどなくして同様の脅迫状が、汚職スキャンダルがあった下院議員のもとへ。ジャーナリスト同様、複数人が見守る状況下に関わらず、またしても毒により殺された。一体どのような方法で、殺人は実行されているのか― 今あるシリーズものの中で、私が最も好きな「コンビ」がこのポー&ティリーのコンビ。武骨で歯止めの利かない根っからの刑事ポーと、世間知らずの天然ながらITの天才・ティリーのコンビネーションは最高。 今回は、脅迫状を送付後に毒殺を実行する「ボタニスト」の事件と、一方でポーの長年にわたる仲間、エステル・ドイルが容疑者となってしまった事件の2本立てでも物語が進行していく。どちらも密室状況と思われる殺人で、2本の大きな謎を抱えての展開に心が躍った。 <ネタバレ> ただ「ボタニスト」事件のほうの密室毒殺事件の真相は、結局最新の科学・医学によるものと分かり、トリックとは言い難い。ボタニストの正体も、物語中の主要人物の中から明らかになった感じではない。それでもラストに「一仕掛け」するところはさすがで、ただでは終わらせない企みを感じることはできた。 前段にも書いたように、ポー&ティリーの獅子奮迅の活躍が楽しめるだけで個人的には満足できるが、ミステリとしての手応えを採点するならこの点数。 |
No.1104 | 6点 | フェイク・マッスル 日野瑛太郎 |
(2024/09/15 20:56登録) 「週刊鶏鳴」編集部に勤める松村健太郎は、ある日潜入取材を命じられる。それは、人気男子アイドルグループのメンバーが、最近ボディビルの大会で入賞したことに関してドーピング疑惑をもたれていることについて、彼がその後プロデュースを始めたフィットネスクラブに潜入して調べよ、というもの。慣れない筋トレに悲鳴を上げながらも、あの手この手で疑惑に迫ろうとする松村。すると事案の様相は、警察も巻き込む予想外の展開に広がっていき― 280ページ、軽快な文体も手伝ってあっという間に読める。芸能タレントのマッスルドーピング疑惑を、週刊誌編集者がスクープ狙いで探る、という面白い物語題材もあって、よくいえばリーダビリティも高い。 <ネタバレ> 疑惑の男性タレントの「彼女」については、まったくの予想通りで「やっぱり」だった。まぁデザイナー・ステロイド取引に関する真犯人・真相は、まずまずの面白さだったし、総じて楽しめた一作ではある。 ただ、いやしくも大乱歩を賞の名に関する乱歩賞受賞作品というと…うーん…作風としてもレヴェルとしても若干…違和感があったのは否めない。 |
No.1103 | 5点 | サロメの断頭台 夕木春央 |
(2024/09/15 20:36登録) 時は大正時代。画家の井口は、元泥棒の蓮野を通訳として連れて、オランダの富豪、ロデウィック氏の元を訪ねた。美術品の収集家でもあるロデウィック氏は井口の作品をいたく気に入り、高額での購入を考えるものの、「そっくりな作品をアメリカで見た」と言い、贋作でないことが証明されれば買い取るという。未発表の絵を、誰がどうして剽窃したのか?蓮野と共に盗作犯を探す井口だったが、その最中に戯曲『サロメ』に擬えたと思われる連続殺人が発生してーー 井口の作品の剽窃事件から、物語の中心は次第に井口が属する芸術家の集まり「白鷗会」の贋作疑惑に移り、全体の様相が複雑になっていく。「サロメ」に模された殺人が次々に起こるという展開自体は面白かったし、真犯人と真相もなかなか良かったとは思うが、いかんせん井口作品の剽窃については、そのいきさつも理由も最後には適当にされている感じで、ちょっと肩透かしだったかな。 しかしながら真犯人が最後に仕掛けたからくりは壮絶だったな。なかなか冗長な展開で、退屈さを感じるところもあったが、最後は目が覚めた。 |
No.1102 | 7点 | 警官の酒場 佐々木譲 |
(2024/09/15 20:23登録) 闇バイトで知り合った男らが、強盗に入った資産家の家で思い余って家主を殺してしまった。強盗殺人の一報を受け、捜査に乗り出す道警本部の津久井巡査部長ら。一方同時期に札幌では、携帯電話の盗難事件が相次ぐ。捜査に当たった三課の佐伯警部補らは、厚真で起きた強盗殺人との関連を疑い出す― <ネタバレ要素あり> 物語序盤から、闇バイトで集った男らが犯罪を犯す場面が描かれていき、倒叙的な構成のストーリー。ただ中盤からは、ハジけてしまった実行犯の一人が予定外に殺人を重ねていってしまう展開により、真相がだんだん不明になっていく面白さがある。 道警内で不遇をかこつているシリーズメンバーが、それぞれの部署でそれぞれに捜査している事案が、偶然にも結び付いていく、という構成は相変わらずだが、それが本シリーズの柱なので。 しかし、津久井、佐伯、新宮、そして小島が、それぞれに新しい一歩を踏み出す決意をして終わる結末を読んで…読み通してきた身にとっては感慨に浸るものもあった。北海道、ジャズ、大人の恋愛、組織の体質…いろんな要素を上手く絡めて、武骨な筆致ながら心を打つ物語にまとめ上げてきた本シリーズ。よかった。 |