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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2976件

プロフィール| 書評

No.2976 5点 QED ~ortus~ 白山の頻闇
高田崇史
(2026/10/01 02:11登録)
(ネタバレなしです) 2017年発表の桑原崇シリーズ第19作の本格派推理小説です。棚橋奈々の妹・沙羅から金沢の新婚家庭に遊びに来るよう誘われて奈々は崇と共に向かいますが、そこで首切り殺人事件に巻き込まれます。とはいえ沙羅に会うまでは白山神社の総本宮である白山比咩神社に関する崇の蘊蓄を散々説明されて物語の半分以上が進むことになりますけど。おまけに「現実の事件と歴史を無理にリンクさせて考えるのは、余り良いことじゃないな」と崇が沙羅を諭すので、あんたがそれを言うのかいとツッコミたくなります(笑)。異様な真相を知るとその思いはますます強くなります。雨の中事件現場へ崇たちが急行することになる展開は「QED 六歌仙の暗号」(1999年)を連想しました。短めの長編作品のためか作中時代を1985年にして大学3年の崇と1年の奈々が登場する中編「QED ~ortus~ 江戸の弥生闇」が一緒に収められています。


No.2975 5点 寝台特急出雲・大井川の殺人交差
若桜木虔
(2026/09/13 19:42登録)
(ネタバレなしです) 2004年発表の女性記者・西東南シリーズの本格派推理小説で、女性刑事・村嶋なつみが初登場する作品です。もっとも本書を読む限りでは新人刑事のなつみの謎解きへの貢献度は高くありませんけど。出雲から東京へ向かう寝台特急「出雲八号」がトンネルを抜ける直前で投身自殺者により急停車し、乗り合わせていた南は個室寝台の他殺死体を発見する羽目になります。捜査が進むにつれて二重他殺事件の可能性が高くなり、南はプロファイリングで犯人像を絞り込んで行きますがいかに過去に名探偵としての活躍があったとはいえ佐竹警部がそれを無条件で盲信するのはちょっと安易過ぎな展開の気もします。犯人は早々と見当がつき、後半はアリバイ崩しの謎解きとなります。トリックのアイデアはなかなか気が利いていると思いますが、アリバイが崩れただけでは逮捕に至らないとまだ物語は続きます。しかしこの締めくくりではすっきりしないと感じる読者もいるのではないかと思います。


No.2974 6点 取り違えた封筒 ティモシー・トラント警部補の事件簿
パトリック・クェンティン
(2026/09/09 20:30登録)
(ネタバレなしです) トラント警部補シリーズは1930年代に長編3作が発表され(第1作ではまだヒラ刑事)、戦後になって中短編を発表するようになります。私は戦後の長編の「女郎蜘蛛」(1952年)や「二人の妻をもつ男」(1955年)を読んでいますがそこでのトラントは完全に脇役であまり記憶に残りません。しかしシリーズ中短編では名探偵らしさを十分に発揮しています。国内独自編集のシリーズ短編集では10作を収めた「ティモシー・トラントの殺人捜査」(翻訳道楽版)(2010年)があって、本サイトではkanamoriさんがご講評を投稿されていますが私は入手を断念していました。しかしその10作を含む全20作の本書を読むことができたので拾う神に出会えた気分です(笑)。「白いカーネーション」(1945年)から「二匹の危険な牝たち」(1955年)まで出版順に中編からショート・ショートまで多彩な本格派推理小説が収められています。同時代のエラリー・クイーンの短編と比べると読者への謎解き挑戦を意識しておらず証拠が後出し気味ですが、推理説明はしっかりしているし人物の描き分けや読みやすさでは上回っています。私のお気に入りは犯人以外の容疑者が無実の理由まで説明した「殺しのワンシーン」(1948年)、トラントと甥っ子とのやり取りが楽しい「お祭りの死」(1951年)、幕切れが印象的な「二匹の危険な牝たち」ですが、多くの読者が高評価しそうなのはトラントの出番を控え目にして女性主人公の不安をたっぷり描いた異色の中編「取り違えた封筒」(1948年)でしょう。「女郎蜘蛛」や「二人の妻をもつ男」のプロトタイプと考える人がいるかもしれません。


No.2973 7点 禁忌の子
山口未桜
(2026/09/08 01:06登録)
(ネタバレなしです) 医師でもある山口未桜(やまぐちみお)(1987年生まれ)が2024年に発表したデビュー作の本格派推理小説です。大変な人気作らしく、図書館で貸し出し申し込みしたら100人以上が待機中で申し込みから1年以上経ってようやく読めました。自分のそっくりさんが登場する本格派というとヘレン・マクロイの「暗い鏡の中に」(1950年)を連想しますけどマクロイのドッペルゲンガーの謎のようなオカルト要素はありません。医療知識を駆使しての謎解きは専門知識のない自分には敷居が高かったですが、第5章で繰り広げられる推理のたたみかけは圧巻です。しかしその先に待っている衝撃的な真相(1950年代の国内本格派にも類似の前例がありますけど)と人間ドラマは何と表現したらよいのか。本書は問題解決に思い切った踏み込みに挑戦しており強烈な印象を残します。


No.2972 6点 私が死んだ日
グラディス・ミッチェル
(2026/08/31 17:54登録)
(ネタバレなしです) 1941年発表のミセス・ブラッドリーシリーズ第13作の本格派推理小説です(翻訳道楽版ではブラッドリー夫人と表記)。このシリーズは全66作も書かれたのですが、巻末でミッチェルのファン読者5人による作品ランキングサイトが紹介されています。惜しくらむはランキング集計表に一部集計漏れがあり、「三人は六十六作全部をランキングしていて、一番少ない人でも三十作上げているんだから、すごい」という紹介文と合致していないこと。紹介文の方が正しいので興味ある方はサイトでランキングを確認してみて下さい。さてそのランキングで5人の内3人が本書を1位、2人が「ソルトマーシュの殺人」(1932年)を1位評価していることからこの2作がシリーズ代表作と考えてもよさそうです(5人の平均順位比較でもこの2作が1位と2位)。本書は6年前の非行少年更生施設からの少年脱走の話から始まり、当時の施設家政婦が叔母と従兄の怪死事件に関わっていたのではという疑惑、そして家政婦も裁判で無罪判決だったにも拘らず自殺と思われる死を遂げています。過去の複数の事件を同時並行で調べていくので話があっちに跳んだりこっちに跳んだりと錯綜していますが、死者の日記や幽霊屋敷でのポルターガイスト現象など謎解きてんこ盛りで読ませる作品です。


No.2971 5点 女探偵(ウーマン・アイ)・幽霊殺人事件
司凍季
(2026/08/28 16:11登録)
(ネタばれなしです) 1995年発表の竜崎幸シリーズ第2作で、双葉ノベルス版の表紙には「サスペンス・ミステリー」と紹介されていますが本格派推理小説の謎解きもあります。プロローグで殺された少年が灯油をかけて焼かれるシーンがあり、その11年後に少年からと思われる手紙や電話が相次ぐという出来事が起きます。幸は少年の弟(15歳)から兄を目撃したので探してほしいと依頼されてこの事件を調べていきますが、新たな殺人事件が起きたり幸自身も襲撃されたりします。少年殺害事件以外にも複数の事件が過去に発生しており(21章で時系列に整理されたのはありがたかった)、人間関係も非常に複雑で容疑者は警察関係者にまで及び、謎解きとしてはそれなりに充実していますがその分サスペンスは犠牲になったような感じもします。何のために死んだはずの少年からの連絡をしたのかについては十分説明されていないのが残念ですが、長い時間をかけて連鎖的に起こった悲劇的真相は重苦しい余韻を残します。


No.2970 4点 殴られたブロンド
E・S・ガードナー
(2026/08/26 22:06登録)
(ネタバレなしです) 1944年発表のぺリイ・メイスンシリーズ第25作の本格派推理小説です。大富豪のために本を代読する仕事をしていた女性が大富豪の家族に殴られて目を腫らし、しかも泥棒扱いされたとメイスンに訴えます。メイスンが大富豪宅へ乗り込んで示談にこぎつけるところまではまあわかりやすい筋立てですが、依頼人が今度はハンドバッグを盗まれたと相談してから話がややこしくなり、多くの人物が怪しい行動したりとプロットが錯綜します。中盤で予審場面がありますが謎解きが大きく前進することもなく、シリーズ定番パターンの法廷での劇的な展開を期待すると肩透かし感を味わいます。第16章で入手した証拠からようやく絡み合った事件背景がほぐれはじめますが読者が推理に参加する手掛かりはほとんどなく、場当たり的な解決で出来がいい作品とは思えませんでした。印象に残ったのはホルコム部長刑事の悪役ぶりで、解決よりもメイスンの邪魔することを重視しています。トラッグ警部は「きみもあいつばかりを責めるわけにはいかんぜ」と仲裁していますけど。最後はシリーズ次作の「黒い金魚」(1945年)の依頼人が登場したところで締めくくられます。


No.2969 4点 蜘蛛屋敷の殺人
大神晃
(2026/08/24 20:32登録)
(ネタバレなしです) 2025年発表の樋山忍&古賀鳴海シリーズ第2作の本格派推理小説です。新潮文庫版の裏表紙で「元カノ実家訪問系トラベルミステリ」と紹介されていますが、この文言で本書を読みたいと思う読者がどれだけいるのでしょうね(笑)。あとタイトルセンスも微妙で、蜘蛛がうじゃうじゃ出現するのではと思って敬遠する読者もいるのではないでしょうか。それでいて期待して(もしくは覚悟して)読むと蜘蛛は全く出現しないのです。蜘蛛屋敷の名前の由来は一応語られますけど。メインの謎解きは20年前に起きた密室殺人事件で、樋山と現役女子大生イタコ探偵(!)との推理バトルが繰り広げられます。樋山の方がやたらとライバルに食って掛かっていてどこか小悪党っぽく描かれているのが可笑しいです。つじつまが合えば証明なんて必要ないとばかりに突飛もない推理が次々と披露されるのですが、真相もかなり突飛もないです。犯行前の準備が必要なあの綱渡り的なトリックの実行は信じがたいです(音がするし)。人物描写に深みがないのでエピローグの人間ドラマも空回りにしか感じませんでした。


No.2968 6点 幕が上がれば誰かが誰かに殺される
ベンジャミン・スティーヴンソン
(2026/08/18 16:34登録)
(ネタバレなしです) 2024年発表のアーネスト・カニンガムシリーズ第3作の本格派推理小説ですがクリスマスシーズン向けとして書かれ、ハーパーBOOKS版で300ページに満たない薄さです。とはいえプロローグで「ルールを遵守したフェアプレーのミステリーであることには変わりない」、「12月1日から24日まで一日ずつカウントダウンして(中略)二十四章のなかに、謎解きの助けとなる手がかりを二十四個ちりばめた」と堂々と宣言して謎解きの手抜きはありません。今回アーネストが巻き込まれたのは元妻のエリンが逮捕された殺人事件です。二階で寝ていた彼女が起きると両手もシーツも血まみれで、階下では恋人のライルが死んでいたという手ごわい事件です。中盤にはマジックショーでクレイトン・ロースンの「帽子から飛び出した死」(1938年)やジョン・ガスパードの「秘密だらけの危険なトリック」(2014年)でも登場した銃弾受け止めマジックをトライしています。23章の終わりには「読者への挑戦状」に相当するコメントが挿入され、解決章では全容疑者をゴンドラに乗せてアーネストが推理を披露し、乗り場に着くたびに無実の容疑者を降ろしていくという、演出に凝りまくった作品です。殺害トリックもさることながらエリンを犯人に仕立てるためのトリックがとても印象的でした。


No.2967 5点 暗殺幻葬曲
水野泰治
(2026/08/18 14:22登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の本書の講談社ノベルス版の表紙には「本格推理」と記載されていますが個人的にはサスペンス小説でないかと感じました。両親を交通事故で亡くしたばかりの桜田真美は血液型から自分が実の娘でなかったことを知って衝撃を受け、恋人の康彦と喧嘩別れして実の親を探そうとします。一方康彦は謎の老人から今後桜田家に近づくなと警告されます。暗号の謎解きやトリックの謎解きには確かに本格派らしさも感じますが、多くの秘密は推理でなく関係者の証言で明らかになっていきます。犯人当てミステリーのように解くべき謎が最初から提示されてはいないので、どこかつかみどころのないプロットでした。康彦は真美から「非常識でひとり合点が多く、頼りがいもなさそう」と随分な評価をされていて、確かに空回りの行動が目立つのですけどそういう真美だって見知らぬ人物にほいほいついて行ったりしてどっちもどっちという気がしました。


No.2966 4点 名探偵ジェリコ
ウィリアム・ハッセー
(2026/08/17 17:04登録)
(ネタバレなしです) 英国のウィリアム・ハッセー(1977年生まれ)は事務弁護士出身で2010年に作家デビュー、ヤングアダルト向け作品を書いていましたが初の一般読者向け作品が2023年発表のスコット・ジェリコシリーズ第1作の本書です。ジェリコは元刑事で、ある事件の犯人に暴力を振るって投獄された経歴があり現在は父親の移動遊園地で働いています。そんな彼に三連続殺人事件の調査依頼が入ります。150年前に橋の落下で5人の芸人が死亡する事故がありましたが、今回の被害者はその芸人に見立てた死体となっていました。文春文庫版の千街昌之による巻末解説で「古典的本格ミステリの味わいと現代性が絶妙なかたちで組み合わされた」と絶賛されていて、動機不明の見立て連続殺人ということからヴァン・ダインの「僧正殺人事件」(1929年)の現代版本格派推理小説を期待して読みましたが全体的にハードボイルドの雰囲気が濃く、最後はかなりサイコサスペンス風になります。本格派ならではの謎解き推理もあるとはいえ、異様な動機については他人の説明に頼っています。昔ジャック・カーリイの「デス・コレクターズ」(2005年)を読んだ時と同じく、純然たる本格派として期待してはいけなかったという思いが残りました。


No.2965 5点 妖精島の殺人
山口芳宏
(2026/08/17 12:57登録)
(ネタバレなしです) 2009年発表の本格派推理小説である本書は真野原という学生探偵が活躍しますが(名字のみで名前は不明です)、大冒険シリーズに登場した義手の探偵・真野原玄志郎の孫という設定です。とはいえ祖父について語られることもなく、大冒険シリーズを未読の読者が本書を先に読んでも支障はありません。事件を未然に防げてこそ名探偵という主張は斎藤肇の「思いがけないアンコール」(1989年)とは真逆です。前半は冒険スリラー小説色が濃く、城下町の消失に妖精界の出現というまさかの謎で読者を驚かせます。阿井渉介の列車シリーズ某作品を連想させますね。後半になると怒涛の連続殺人事件に読者は振り回されます。謎解き説明は非常に丁寧ですが、あまりに複雑に絡み合う事件に「他の人間は別の犯人が殺したとか」という意見に真野原が「1事件2犯人なんて、出来の悪い推理小説の中にしかあり得ないよ」と反論していますけど、あまりに好都合的に成立させたような真相は読者がどれだけ納得できるでしょうか。そこも列車シリーズと同様の問題点を抱えているように思いました。


No.2964 6点 斜陽館殺人事件
P・J・フィッツシモンズ
(2026/08/04 03:40登録)
(ネタバレなしです) 英国出身でフランス在住しているP・J・フィッツシモンズはゴーストライターとして長年活動していたようですが自作として書く作品は「P・G・ウッドハウスのスタイルによる不可能犯罪ミステリ」を目指したそうで、それが結実したのが2020年出版の自己名義によるデビュー作である本書です。私はウッドハウスが英国では誰でも知っているユーモア小説家であることを知識としては知っていますけど著作を1冊も読んでいないので本書がウッドハウス風かどうかは判断できませんが会話にはユーモアがにじみ出ており、名探偵役のアンティ・ブジュレー(Anty Boisjoly)の饒舌で飄々としたキャラクターはドロシー・Ⅼ・セイヤーズのピーター・ウィムジー卿を連想しました。作中舞台は1928年の英国で、時代描写はそれほど濃厚ではありませんが印象的な不可能犯罪トリックは当時だからこそ成立したように思われます。容疑者たちの事件当時の位置関係の確認がメインとなる前半はやや地味な展開ですが(屋敷の見取り図は欲しかったです)、第11章で謎解きが大きく前進するあたりから一気に面白くなりました。「The Case of the Canterfell Codicil」という風変わりな英語原題も意味深で、何となくシリル・ヘアーの「英国風の殺人」(1951年)を彷彿させます。


No.2963 5点 ハイカラ右京探偵全集
日影丈吉
(2026/07/25 07:28登録)
(ネタバレなしです) 日影丈吉(1908-1991)は長編作品にはシリーズ探偵は登場しないようですが、短編ではハイカラ右京(右京慎策)や春日検事などのシリーズ作品があります。ハイカラ右京シリーズは1954年から1956年にかけて13作品が雑誌掲載され、「九つの顔」(1958年)と「仮面紳士」(雄山閣出版)(1961年)の2つの短編集、または「ハイカラ右京探偵暦」(1978年)で全作読むことができました。ところが「明治吸血鬼」(1984年)と「狼男の恋」(1985年)の2作が新たに発表されて全15作になったので、これから読もうとする場合は「ハイカラ右京探偵全集」(1996年)以降の単行本を探すことを勧めます。私は「仮面紳士」(光文社文庫)(2026年)で読みました。シリーズ第1作の「舶来幻術師」(1954年)では乱れた人間関係、第2作の「明治の青髭」(1954年)では少年連続殺人事件が描かれ、ハイカラどころかドロドロではないかとびびりましたが、後の作品になると余裕が出たのか「美人通り魔」(1956年)では右京に「読者はもう知ってるぜ」と語らせたり、「双児の復讐」(1956年)では人を食ったような自己紹介させています。本格派推理小説ではありますけど右京は真相はこうだったと説明しますが捜査や推理のプロセスについてはあまり言及しないので謎解きとしては物足りなく感じます。また作中時代を明治時代に設定したためか難解な文章表現が織り込まれていますので、それが時代を感じさせると好意的に捉えるか読みにくいと批判的に捉えるかは読者次第でしょう。個人的なお気に入りはどんでん返しの鮮やかな「当世錬金術」(1954年)とパロディー要素が印象的な「右京の閑日月」(1955年)です。


No.2962 5点 仮面劇場の殺人
ジョン・ディクスン・カー
(2026/07/17 21:06登録)
(ネタバレなしです) 1966年発表のフェル博士シリーズ第22作の本格派推理小説で、イギリスからニューヨークへ向かう客船、37年前に劇の上演中に舞台で俳優が急死した劇場、そして最後は雷雨の遊園地と映像化したら見応えありそうな舞台が用意されています。事件も準密室状態のボックス席で(本書の英語原題は「Panic in Box C」です)鉄の矢で背中を貫かれての殺人、容疑者たちはアリバイあり(劇場の見取り図はほしかったですね)と凝った謎づくり、歴史の蘊蓄や第13章でのどんちゃん騒ぎもまたこの作者ならではの個性です。しかし会話が回りくどかったり、話の途中で腰を折られる場面が多くて読みにくいのが残念です。最終章のフェル博士の推理説明での「的外れのカード」は余計なミスリードだったと思いますし、空さんのご講評で指摘されているようにアリバイトリックも残念レベルだと思います(フェル博士が「そう、いや、ちがう」と苦しい言い訳)。殺害トリックが旧作トリックの使い回しなのは犯行状況を変えるなどの工夫で欠点とまでは思いませんけど。余談ですが序盤に「囁く影」(1946年)の後日談が語られていますが、まさかの内容の後日談でした。


No.2961 5点 歌人探偵定家
羽生飛鳥
(2026/07/16 19:56登録)
(ネタバレなしです) 平家物語推理抄シリーズでミステリーデビューした作者が2024年に発表した新シリーズの第1短編集(5作の短編を収めています)で、藤原定家を名探偵役にして平家物語推理抄で名探偵役だった平頼盛の息子の平保盛をワトソン役にしています。作中時代は1186年から1187年にかけてで平頼盛は既に世を去り、源平の争乱は終息したものの盗賊や放火などまだまだ平穏とは程遠い荒れた世界です。作者あとがきで藤原定家や百人一首が好きな読者は当時の文化風俗を、本格ミステリが好きな読者はバラバラ殺人、密室からの人物消失、見立て殺人、火事の出火原因、連続殺人の各種謎を楽しめるよう趣向を凝らしておりますと紹介しています。文学歴史に弱い私は後者として楽しみました。時代知識が必要な謎解きもあって読者が自力で真相を見抜くのは難しいと思いますが、説明は非常に丁寧でわかりやすいです。病弱の身ながら和歌を汚す行為にはたけり狂う定家のエキセントリックぶりが印象的です。


No.2960 6点 彼女たちの謎解きの夜
ニーナ・サイモン
(2026/07/12 05:54登録)
(ネタバレなしです) 様々な職歴を経た米国のニーナ・サイモンのミステリーデビュー作が2023年発表の本書です。創元推理文庫版の巻末解説で紹介されているように家族ドラマと本格派推理小説を主軸としています。文章はとても上手く、人物描写はきめ細かいし序盤のカヤックツアー描写は臨場感があります。500ページ以上の作品にしては読みやすいと評価するか、500ページ以上あって読むのに苦労したと評価するか微妙なところです。主人公である祖母ラナ(57歳)、母(娘)ベス(17歳で妊娠したと語られるので33歳か)、孫娘ジャック(ジャクリーン)(15歳)が織り成す家族ドラマは前半が一枚岩でないこともあって読み応えたっぷりです。エネルギッシュなファイタータイプながらガン治療の影響で時々衰弱してしまうラナの描写が印象的です。謎解きも潮の満ち引きによる死体の移動(地図は欲しかった)や、土地の権利を巡る駆け引きや思惑など結構手の込んだネタを放り込んでいますが犯人特定の推理が少し回りくどい感があります。


No.2959 5点 鳴き竜殺人事件
草野唯雄
(2026/07/08 19:16登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表の本格派推理小説です。竜の絵が描かれた天井の下で柏手(かしわで)を打つと竜が鳴くような音が響く「鳴き竜」で知られる薬師堂が焼失し、その復元に関する研究記録が随所で挿入されているのが異色ですが、犯罪の方は女子大生暴行殺人に容疑者の怪死事件と通俗的です。27年前の1945年の戦争末期の軍隊で起きた殺人事件が回想されたり時には組織犯罪的な事件が起きるなど予想を超える展開を見せ、巧妙なミスリーディングやとんでもないトリックが使われるなどアイデアは豊富です。説明は丁寧ながらかなり強引さを感じさせる謎解きではありますけど、それもこの作者らしいです。


No.2958 5点 イスタンブールの殺人
エリカ・ルース・ノイバウアー
(2026/07/08 09:15登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表のジェーン・ヴンダリーシリーズ第4作です。アメリカ人のジェーンが過去作品でエジプト、イギリスと続いた旅もようやく終わって帰郷と思ったら、多額の借金を抱えて失踪した父ヘンリーを探しにトルコへ行く羽目になります。ヘンリーはスレイマン大帝にまつわる秘宝をさがしているらしく、手掛かりを求めるジェーンとレドヴァースの前に怪しい人物がぞろぞろ登場する冒険スリラーです。父の安否を危惧するジェーンの乱れる心理描写がよく描かれており、サスペンスを盛り上げます。トルコの旅情描写も抜かりありません。


No.2957 5点 コンピューター殺人事件
藤村正太
(2026/07/07 15:38登録)
(ネタバレなしです) 1971年発表の社会派推理小説と本格派推理小説のジャンルミックスタイプで、私の読んだ講談社文庫版の山村正夫による巻末解説では「数ある代表作中でも、いまなお随一に挙げ得る力作として世評に高い」と激賞しています。コンピューター導入のシステム化を巡って推進派と反対派が対立する企業で起きた殺人事件というプロット設定はいかにもな社会派で、当時としてはモダンだったと思います。半世紀以上前の作品ならではの古さを感じさせる部分もありますけど第8章での合理化を巡る議論や第12章でのコンピューター公害に関する意見などは現代の読者でも共感するところがあるかも。本格派としてはアリバイ崩しと犯人特定を両立させた謎解きが特徴です。第1の事件ではやや専門的ながら印象的な小道具が使われています。一方で第2の事件のアリバイは証人の勘違いに頼って成立させているような危うさが気になりました。

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