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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.45点 書評数:2746件

プロフィール| 書評

No.2746 5点 母親探し
レックス・スタウト
(2024/03/29 03:49登録)
(ネタバレなしです) 1963年発表のネロ・ウルフシリーズ第26作の本格派推理小説です。依頼人は若い未亡人で、自宅の前に「父親の家に住むのが当然だから」というメッセージを添えられて捨てられた赤ん坊の母親を探して欲しいと依頼してきます。赤ん坊の母親を探すための試行錯誤の捜査が読ませどころで、特に第12章で「殺人は自策で」(1959年)に登場した女性探偵サリー・コルベット(アーチーは現代最高の女探偵と絶賛しています)の助けを借りての写真大作戦が面白いです。もっともサリーは一言も発せず描写は極めて地味で(論創社版の登場人物リストにも載っていません)、ここはもっと盛り上げる演出が欲しかったですね。途中で殺人事件も発生しますがウルフはそちらは警察まかせと解決に乗り気ではありません。もちろん最後には殺人犯を指摘するのですが推理はそれほど印象に残らず好都合な証人に助けられており、他の容疑者が犯人であってもおかしくないように感じました。


No.2745 5点 可視える
吉田恭教
(2024/03/24 22:19登録)
(ネタバレなしです) 向井俊介シリーズ作品を3作発表した作者が2015年に新たなシリーズ作品として発表したのが本書で、後年に「凶眼の魔女」に改題されました。暴力団との癒着がきっかけで警視庁を懲戒免職になった元刑事の私立探偵・槇野康平と性同一性障害という心の傷を持つ刑事・東條有紀が主人公です。本格ミステリー・ワールド・スペシャル版の巻末解説で作者が「オカルトミステリーを何作か書いてみたいと思っている」とコメントしていますが、槇野が悪夢にうなされるほど衝撃を受ける幽霊画の調査が重要な意味を持つものの、有紀が手掛ける連続猟奇殺人事件の方がより強烈な印象を残します。特に終盤の事件のおぞましい描写と犯人の残虐性はホラー小説が苦手な私には辛かったです。これまでの作品に比べるとトリックの種類は減っているし、その1つは横溝正史の某作品で既に使われたものですがトリックを成立させるための工夫を細かく説明しています。


No.2744 4点 ティー・ラテと夜霧の目撃者
ローラ・チャイルズ
(2024/03/19 10:21登録)
(ネタバレなしです) お茶と探偵シリーズ第24作で2022年に発表されました。連続殺人事件を扱っているのは多分シリーズ初の試みです。「アッサム・ティーと熱気球の悪夢」(2019年)で3人死んでいますがあれは熱気球を墜落させて乗員3人を同時に殺しているので「連続」とは言えないでしょう。コージー派ミステリーではありますがコージーブックス版の巻末で解説されているように暗く重苦しい雰囲気が作品個性となっており、序盤でセオドシアが嵐の日に殺人を目撃する場面のサスペンスが秀逸です。明るく華やかな場面とのコントラストも決まっています。サスペンス重視のためか謎解きは残念レベルで、本格派推理小説の推理を期待する読者には好まれないであろう解決になっています。終盤のミステリー劇が完全におまけ演出なのも惜しく、ここを何とか謎解きに絡めていればなあと思いました。


No.2743 5点 空中密室40メートルの謎
浅川純
(2024/03/14 18:39登録)
(ネタバレなしです) 浅川純(1939-2020)は1980年代に作家デビュー、当初はミステリーを書いていましたが1990年代になってから会社小説へと作風を変化させたためか残されたミステリーは多くないようです。1988年に発表された本書は屋根に帆船を乗せた塔がそびえたつゴルフ場のクラブハウスを舞台として、誰も近づけないはずの帆船の看板で身元不明の死体が発見されるという謎解きの本格派推理小説です。犯人探しとしてよりも被害者の身元と不可能犯罪の謎解きに力を入れています。警察出身者を集めてテレビ局が組織した捜査本部という、警察ノウハウを持った民間組織による捜査であり取材であるという探偵活動が作品個性になっています。トリックは複雑すぎで、しかも自白頼りで明らかになるのは好き嫌いが分かれそうですね。最後にはメディアに対する痛烈な皮肉が披露されており、そこは社会派推理小説的ですね。もっともリアリティーをあまり感じさせないプロットなので社会派推理小説好きの読者には受けにくい作品だと思いますが。


No.2742 5点 プロヴァンス邸の殺人
ヴィヴィアン・コンロイ
(2024/03/09 01:14登録)
(ネタバレなしです) 米国のヴィヴィアン・コンロイは2010年代後半にデビューしてコージー派ミステリーのシリーズを次々に発表しており(別名義でロマンス小説も書いています)、2022年発表の本書は(多分)8番目のシリーズの第1作です。作中時代は1930年代、主人公のアタランテ・アシュフォードは貴族で大富豪である亡き祖父の遺産相続の条件として祖父の「私立探偵」の仕事を引き継ぐことになります。最初の依頼人は伯爵と婚約中の令嬢で、彼女は伯爵の最初の妻の死は事故死でないという匿名の手紙を受け取っていました。プロヴァンスにある伯爵家の領地で見つかる身元不明の男の死体という事件も発生しますが、アタランテの任務は手紙の書き手を突き止めて依頼人の不安を払拭することなのでミステリーとしてはいまいち盛り上がらないプロットです。それでも終盤に向けてサスペンスを増やしながら24章ではアタランテが凶悪犯罪の真相を明快に説明します。但しどういう推理で真相にたどりついたかの過程については説明不足なのは残念です。人物描写は非常に丁寧です。


No.2741 5点 死者の輪舞
泡坂妻夫
(2024/03/01 06:15登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の本書は犯人(と思われる人物)が次の事件の被害者になるというパターンが連続するというユニークな設定のプロットで読ませます。ユーモア本格派推理小説ではありますがあまりにもありえなさそうな展開のため、読者は後追いするのが手一杯で自力で真相にたどり着くのは難しいかもしれません(先読みはできるかも)。加害者(次の被害者?)の心情にどれだけ納得できるかという点も微妙で、リアリティの欠如をどこまで許容できるかで本書の評価は大きく分かれそうな気がします。


No.2740 5点 マンダリンの囁き
ルース・レンデル
(2024/02/28 09:22登録)
(ネタバレなしです) 1983年発表のウェクスフォード主任警部シリーズ第12作の本格派推理小説です。三部構成ですが第一部はウェクスフォードの中国旅行が描かれます。ウェクスフォードが出会った人物の1人が第二部で(英国で)殺されることになるのですがこの第一部ではそういう予兆を感じさせることもなく、ミステリーとしてはちょっと冗長に感じます。異国描写も物足りないし、ウェクスフォードの観察力も緑茶の飲みすぎによる幻覚かと思いこむほど冴えがありません(微妙に緑茶に失礼だな)。ミスリードからのどんでん返しの謎解きがありますがミスリードの先にある仮説があまりにも魅力に欠ける仮説で、謎解きへの興味を下げられてしまいました。18章の終わりでひっくり返されてほっとしましたが。


No.2739 7点 黄土館の殺人
阿津川辰海
(2024/02/25 12:52登録)
(ネタバレなしです) 2024年発表の館四重奏第3作の本格派推理小説で講談社タイガ版で600ページ近い大作です。過去の2作品も王道的な謎解き路線を維持しながら個性を発揮していましたが本書も同様でした。プロローグとエピローグの間に三部の物語が挿入されています。まず第一部が犯罪小説スタイルなのに驚かされます。地震による崖崩れでクローズドサークル状態になった荒土館の外側で殺人を犯そうとする語り手と名探偵の葛城輝義の対決を描いています。それにしても過去2作の色々な経験で人間的に成長したのかもしれませんが葛城ってこんな陽気なキャラクターでしたっけ?そして全体の1/2を占める第2部が荒土館を舞台にした連続殺人事件の謎解きです。葛城不在状態で謎解きに挑むのは助手役の田所信哉ですが、何と「紅蓮館の殺人」(2019年)でのかつての名探偵が再登場しています(プロローグにも顔を出してますが)。いったい誰がどのように謎を解き明かすのかという謎も含めて充実の謎解きが第3部で用意されています。葛城が「こんなにも偶然に彩られた事件を僕は知らない。(中略)これは凡才の犯罪だったんですよ」と犯人に厳しいコメントしていますが、ある偶然を利用して大胆なトリックを即興で発想していて一概に凡才とも言えないように思います(凡才の私の意見ですけど)。偶然がなかったらこの犯罪はどうなったかを想像してみるのも一興かもしれません。


No.2738 6点 愛の終わりは家庭から
コリン・ワトスン
(2024/02/25 11:49登録)
(ネタバレなしです) 1968年発表のパーブライト警部シリーズ第6作の本格派推理小説です。序盤で検死官、警察署長、そして新聞社宛てに生命の危機を訴える手紙が送られます。パーブライトもこの手紙を読みますが、彼の関心事は憂慮すべきほどに過熱している慈善団体同士の確執でした。慈善活動が必ずしもきれいごとに収まるわけではないのは(例えば)ジャニス・ハレットの「ポピーのためにできること」(2021年)を読んだ読者ならご存じでしょうけど、本書での慈善活動に対する作者の皮肉な視線は大変印象的です。やがて慈善活動家の怪死事件が起き、中盤には問題の手紙の書き手も判明し、謎めいた私立探偵の謎めいた行動が謎を深めるなど地味ながらも読み応えのあるプロットです。推理はそれほど論理的ではありませんが鮮やかに劇的に真相が説明されて十分に納得できました。これまで読んだシリーズ作品でベストという人並由真さんのご講評に私も賛同します。


No.2737 6点 魔剣天翔
森博嗣
(2024/02/21 13:05登録)
(ネタバレなしです) 山田風太郎の「魔界転生」(1967年)を意識したようなタイトルの本書は2000年発表のVシリーズ第5作の本格派推理小説で、しかも珍しい航空ミステリーです。私の読んだ講談社文庫版の裏表紙で「アクロバット飛行中の二人乗り航空機。高空に浮かぶその完全密室で起こった殺人」と粗筋紹介されていたのでフライト・ショーが始まると事件が起きるのは今か今かとわくわくしながら読めたのですが、もしも予備知識なしで読んでいたら前半の展開は少し退屈だったかと思います。探偵役の瀬在丸紅子の登場場面が非常に少なく、捜査関係者から事件概要を説明してもらうと解決まではあっという間です。紅子が「これが正しいと主張するつもりは私にはありません。(中略)この形なら辻褄が合う、というだけのことです」と述べているように、それほど論理的に構築された推理説明ではありませんが説得力は十分だと思います。


No.2736 5点 魔法の小箱
R・オースティン・フリーマン
(2024/02/20 08:05登録)
(ネタバレなしです) 1922年から1927年にかけて雑誌発表された短編9作を収めて1927年に単行本化されたソーンダイク博士シリーズ第5短編集です。国内では「ソーンダイク博士短編全集第3巻 パズル・ロック」(国書刊行会)で読むことができます。R・オースティン・フリーマン(1862-1943)は晩年の1940年代前半までシリーズの執筆を続けましたがシリーズ短編は本書で打ち止めとなり、本格派推理小説の黄金時代に短編作品に替わって長編作品が主流になった証拠の一つと評価されています。第4短編集の「パズル・ロック」(1925年)に比べると地味な作品が多く、トリック重視の作品もアイデアに新鮮味を感じません。ミスリードが光る「ポンティング氏のアリバイ」(1927年)とソーンダイクの論理的推理が光る「パンドラの箱」(1922年)がまあまあの出来栄えに感じました。


No.2735 6点 死の轆轤
長井彬
(2024/02/17 15:42登録)
(ネタバレなしです) 「瀬戸の陶芸殺人事件」というサブタイトルを持つ1984年発表の本格派推理小説です。轆轤が重要な役割を果たすわけではないのでサブタイトルの方が内容に合っているように思います。密室内での毒死に加えて容疑者たちは揃って犯行時刻にアリバイがあるという難事件が起こります。犯人当てとしては物足りなさを感じるかもしれませんが代わりにトリックの謎解きが充実しています。特に毒殺トリックはなかなかユニークです。添え物的に思えるエピソードやアイテムが後になって伏線として活きてくるところが大変巧妙です。犯人が最後まで隠そうとした、動機に絡む秘密もインパクトがあります。


No.2734 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅴ〉
エドワード・D・ホック
(2024/02/16 17:29登録)
(ネタバレなしです) ホック自身が日本読者のためにセレクトした全3巻26作、そして国内編者がセレクトした全2巻16作の最後を飾る本書でサイモン・アークシリーズの事件簿(創元推理文庫版)が終了しました。サム・ホーソーン医師シリーズや怪盗ニックシリーズは全作品が読めるのに全61作書かれたサイモン・ホークシリーズは約2/3の翻訳出版に留まり、いやこれもよく集めたと評価すべきなんでしょうけどわがままな私は心残りを否定できません。本書は「闇の塔からの叫び」(1959年)から「怖がらせの鈴」(2001年)までの8作の本格派推理小説が収めれています。100ページ近くの中編「炙り殺された男の復讐」(1960年)は焼き殺されたはずの男が次々と悪意のタブレット新聞を発行するという風変わりな謎、後半には警察監視下での消失事件という謎まで追加されて読ませます。消失トリックは小手先系ながら巧さを感じさせますが、ちゃんと探せば発見できたはずなのに見つけられない警察捜査のお粗末さは気になります。焼死事件についての推理説明も十分ではありません。エジプトを舞台にした「魔術師の日」(1963年)(「サイモン・アークの事件簿Ⅰ」で読めます)から実に9年近い空白を経て発表された「シェイクスピアの直筆原稿」(1972年)は冒頭でサイモンのエジプトからの帰還が紹介されていてちゃんと続編作品になっています。巻末解説の評価通りオカルト要素が全くない作品で、謎も魅力的でなく印象に残りません。個人的に印象に残ったのは砂漠でノアの箱船のようなものを作る男とゴルフ場の爆弾殺人という異質な組み合わせの「砂漠で洪水を待つ箱船」(1984年)、シリーズ作品らしいオカルト要素が十分にあり謎解きもしっかりしている「怖がらせの鈴」です。


No.2733 6点 心臓と左手 座間味くんの推理
石持浅海
(2024/02/14 07:50登録)
(ネタバレなしです) 「月の扉」(2003年)で印象的な活躍をした座間味くん(本名は最後まで明かされなかったかな)を作者が気に入ったのか、2007年に彼を再登場させた短編7作を収めた短編集が出版されました。短編であっても過激派組織、テロリストグループ、新興宗教団体、環境保護団体、反戦団体などが関わる作者得意の特殊設定を背景にした本格派推理小説が多いです。一応の決着をみせた事件を大迫警部が語り、座間味くんが隠れた秘密を明かすパターンの作品が多く、その着眼点はG・K・チェスタトンのブラウン神父シリーズの逆説を時に連想させます。真犯人が別にいたというどんでん返しでなくても十分に読者を驚かせるアイデアを楽しめました。気づきにくい不自然さを見破る推理が鮮やかな「貧者の軍隊」、猟奇的な事件とドライなたくらみの対比が鮮やかな「心臓と左手」、ちょっとリドル・ストーリー風に着地する「水際で防ぐ」が個人的に印象に残ります。「月の扉」の後日談的な「再会」は推理もありますが人情談を狙った異色の作品です。強引に納得させてはいますがすっきり感ある解決とは言えないような気もしますが。


No.2732 5点 公爵さま、それは誤解です
リン・メッシーナ
(2024/02/12 23:57登録)
(ネタバレなしです) 2018年発表のベアトリス・シンクレアシリーズ第3作のコージー派ミステリーです。ケスグレイブ公爵に夢中になり過ぎないようにと自身を戒めるベアトリスが代わりに情熱をささげようとするのが未解決の殺人事件の謎解きで、好都合にも調査依頼が舞い込む展開になります。とはいえ謎解きよりもケスグレイブ公爵との関係のぎくしゃくぶりの方に力が入ったような作品で、これはこれで面白いです。特に過去のシリーズ作品を読んだ読者ならなおさらでしょう(読んでいない読者へも過去の経緯が簡潔に紹介されています)。そのためか謎解きはかなり粗くなって強引に犯人にたどり着いており、最後は犯人そっちのけで2人のプライヴェート面の会話が白熱するという奇妙な場面が用意されています。


No.2731 4点 吉野隠国殺人事件
草野唯雄
(2024/02/12 23:01登録)
(ネタタレなしです) 1991年発表の尾高一幸シリーズ第10作の本格派推理小説です。「越後恋歌殺人譜」(1986年)で殺人容疑を晴らした女性の娘である渥美純子と尾高が再会します。彼女は当時の約束通り学校を卒業したので尾高の事務所で助手として働くことになります。すると純子の学生時代の親友である美紀が絡んできた酔っ払いの男を振り払って男が手すりから落ちてしまうという事件が起きます。事故死かと思われますが美紀に殺人の動機があったことが判明して純子の依頼で尾高が事件を調べる展開となります。犯人はまずこの人しかいないという状況になりますが、それにしても第3章で早々と尾高が犯人を特定した理由が説明不十分です。犯行計画の方も突っ込みどころ満載です。


No.2730 6点 北氷洋逃避行
ジョルジュ・シムノン
(2024/02/10 23:45登録)
(ネタバレなしです) ベルギー出身でフランスで活躍したジョルジュ・シムノン(1903-1989)といえば長編短編合わせて400作近い作品を残したと言われる多作家で、何といってもメグレ警視シリーズで世界的に有名です。純文学作品も書いており、ミステリーであっても謎解きをそれほど重視していない作品も少なくないようです。1932年発表の初期作品である本書はフランス語の原書版を読まれた空さんのご講評によるとシムノンにしては謎解きがしっかりしている作品と紹介されています。私はメグレ警視シリーズの「運河の秘密」(「メグレと運河の殺人」)(1930年)と一緒に収められている京北書房版(1952年)で読みましたがさすがに古い翻訳で、舞台となる貨客船は「ポラレステルン號」と表記されています。しかしそれでも非常に読み易い作品です。ドイツのハンブルグからノルウエーのキルケネスへ向かう船上で乗客の失踪、殺人、盗難と事件が相次ぎ、観察者役であるベーテルゼン船長の混乱ぶりがよく描けています。探偵役による推理説明は粗さを感じさせるものの、ちょっとしたトリックもあって確かに本格派推理小説だと思います。


No.2729 5点 オリンピック殺人事件
南里征典
(2024/02/10 22:58登録)
(ネタバレなしです) 南里征典(なんりせいてん)(1939-2008)は新聞記者出身の作家で300冊近い作品を残した多作家です。官能サスペンス系が多いようですが、人並由真さんのご講評で1982年発表の本書は本格派推理小説と紹介されているので読んでみました。作中時代は1964年、東京オリンピックの開会式の日に警視庁へ殺人予告の電話がかかります。予告通りに殺人事件が起き、しかも密室殺人です。鍵のトリックぐらい何とでも考えられると警察は甘く見ますが捜査が進めにつれ不可能性は強固になり、ようやく重要容疑者を絞り込むと今度はアリバイの壁が立ちはだかります。鮎川哲也の鬼貫警部シリーズもかくやといわんばかりの丁寧なアリバイ崩し、さらには太平洋戦争末期の捕虜生活の物語へと意外な展開で読ませます。密室トリックは使われた小道具こそ違うものの本書と同年に発表された某作家の某有名作をどこか連想させますね。殺人予告にもちゃんと目的があるのですが、これはいくらなんでも幸運を当て込み過ぎではという気がします。


No.2728 6点 幕が下りて
ナイオ・マーシュ
(2024/02/10 03:01登録)
(ネタバレなしです) 1947年発表のロデリック・アレンシリーズ第14作の本格派推理小説で英語原題は「Final Curtain」、ちょっと紛らわしいタイトルですがマイケル・イネスの「アプルビイズ・エンド」(1945年)と同様シリーズ最終作ではありません。このシリーズは1980年代まで書き続けられました。風詠社版で「ナイオ・マーシュのベストとの呼び声も高い傑作」と絶賛していますが、確かに色々な要素を織り込んだ力作だと思います。前半はアレン警部の妻で画家のトロイを主人公に配して、肖像画を依頼した准男爵とその一族の間で繰り広げられるややこしい家族ドラマ、そして悪ふざけのようないたずらの数々に巻き込みます。そこはマイケル・イネスの「ストップ・プレス」(1939年)やニコラス・ブレイクの「ワンダーランドの悪意」(1940年)に触発されたのかもしれません。怪死事件が起きていよいよニュージーランド(何と3年7ヶ月も本国を離れていたようです)から帰国したアレン警部の出番です。犯人当てだけでなく犯行手段、アリバイ、動機など様々な角度で推理し、謎解き伏線も豊富です。しかし回りくどい描写表現のため盛り上がれる場面で盛り上がりを逸してしまうのが玉に瑕に感じました。推理説明ももう少し整理してほしく、わかった気にはなるのですがどこか微妙にすっきりできませんでした。


No.2727 6点 衣更月家の一族
深木章子
(2024/02/05 23:34登録)
(ネタバレなしです) 2012年発表の榊原聡シリーズ第2作で、非常に構成に凝った本格派推理小説です。プロローグで衣更月(きさらぎ)家の末裔の男が心中事件で死んだことが紹介されますが、その後は「廣田家の殺人」、「楠原家の殺人」、「鷹尾家の殺人」と衣更月家とは関係なさそうな短編ミステリー風な物語が続きます。最も短編らしくまとまっているのは警察小説風な「廣田家の殺人」ですが、プロットが最も個性的なのは「楠原家の殺人」です。前半は犯罪小説風、後半に榊原聡が登場するとようやく本格派推理小説風になります。こちらは解決には至らず、新たな事件を予感させるような締めくくりです。「鷹尾家の殺人」もプロットはユニークで、犯罪小説と巻き込まれ型サスペンスのジャンルミックス風です。そしてタイトルに使われている「衣更月家の一族」ではいきなりのどんでん返しで読者を驚かせ、榊原の怒涛の推理の連打で次々に複雑な秘密が明らかになる、まさに本格派推理小説ならではの着地を見せます。解くべき謎は何かを堂々と読者に挑戦しているタイプでないため、自力で解決したい読者に受けるかは微妙なところですが細かいところまでよく考えられています。

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