nukkamさんの登録情報 | |
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平均点:5.44点 | 書評数:2857件 |
No.2857 | 5点 | 合邦の密室 稲羽白菟 |
(2025/05/05 15:03登録) (ネタバレなしです) 因幡の白兎にちなんだペンネームの稲羽白菟(いなばはくと)(1975年生まれ)が2018年に発表したデビュー作で、海神惣右介(わだつみそうすけ)シリーズ第1作の本格派推理小説です。冒頭に不気味な文章のノートが紹介されますがホラー要素はそれほど濃くありません。文楽の世界が描かれ、登場人物も文楽大夫、文楽人形方、文楽三味線となじみのない読者には敷居が高そうですが説明は平易で、読んでいる間は何となくわかったような気になりました。ノートの書き手と思われる若者の失踪事件が起き、舞台は淡路島の南方にある葦舟島へと移り、顔も肌も完全に隠した謎のお遍路が上陸するという流れはどことなく横溝正史の「悪魔の手鞠唄」(1959年)を彷彿させます。もっとも謎の死亡事件が起きるもののそちらの捜査はメインの謎解きにならず、1968年の文楽大夫死亡事件の方が脚光を浴びてきますがこちらも情報不足のためかいまひとつ盛り上がりません。最後は複雑な人間関係が招いた悲劇が明かされるのですがこの真相、読者によっては肩透かしと感じるかもしれません。 |
No.2856 | 6点 | テンプルヒルの作家探偵 ミッティ・シュローフ=シャー |
(2025/04/24 10:39登録) (ネタバレなしです) インドの女性作家ミッティ・シュローフ=シャーが2021年に発表したミステリー第1作です。英国推理作家協会(CWA)の賞候補になったそうですが英語での出版だったのでしょうか?ハヤカワ文庫版の裏表紙の粗筋紹介で「インドのアガサ・クリスティー」と表記されており、過去に同じキャッチフレーズでカルパナ・スワミナタンの「第三面の殺人」(2006年)を期待して読んで失望した経験があるので今度はちょっと身構えて読みましたが(笑)、本書はなかなか良かったです。主人公で作家のラディカ・ザヴェリはニューヨークに住んでいましたが恋人とは破局し、作品を書けなくなって帰郷します。友人に再会しようと訪問すると友人の父親の急死事件に巻き込まれます。容疑者たちとの会話を通じて嘘や矛盾を探り出していったり、第17章の葬儀場面で登場人物たちの内心が次々に描写されるのはクリスティーを連想させます。とはいえ1920年デビューのクリスティーとは相違点が多いのも当然で、インド風と一言では語れない多様な社会風俗描写(複数民族、複数宗教、多彩な料理や衣装など)が印象的です。舞台となるムンバイのテンプルヒルは豪華なアパートメントが立ち並ぶ富裕層の住宅街のようですが、玄関に鍵をかけずに出入り自由だったり約束なしでの家庭訪問が普通だったりと昔の習慣も残っているようです(第23章では変わりつつあるようですが)。決定的な証拠が足りない感もあり一部は犯人の自供に頼っていますが、しっかり謎解き推理している本格派推理小説として楽しめました。 |
No.2855 | 7点 | どうせそろそろ死ぬんだし 香坂鮪 |
(2025/04/18 19:43登録) (ネタバレなしです) 香坂鮪(こうさかまぐろ)(1990年生まれ)のデビュー作である2025年出版の本格派推理小説で、元は夜ノ鮪というペンネームで某ミステリ賞に応募した作品を改訂したものです。余命宣告された人々が集まった交流会で朝になっても参加者の1人が起きてこず、自然死か殺人かの謎解きへと移行しますが医者も容疑者であることから死因を特定できないまま仮説に仮説を重ねたような議論が続きます。登場人物の1人に「空論ばっかで、つまんない」と語らせているのは作者の自虐でしょうか(笑)。治療や延命、カウンセリングなど医療に関する知識が豊富に紹介されているので意外と読みにくかったです。それでも中盤での意外な展開から大技のどんでん返し(某国内作家の1990年代の本格派に類似の仕掛けがありますけど)、様々な謎解き伏線を充実の推理で回収しての真相説明と後半の盛り上げ方はなかなかの出来栄えで、最後の数ページの演出も(ちょっと唐突ですが)印象的でした。ただ宝島社文庫版の裏表紙の粗筋紹介で「超新星の『館』ミステリー開幕」と宣伝しているのは疑問符がつきます。舞台となる夜鳴荘は(余命の駄洒落なのはともかく)特に館としての個性があるわけではありません。 |
No.2854 | 6点 | 誤配書簡 ウォルター・S・マスターマン |
(2025/04/17 17:18登録) (ネタバレなしです) 英国のウォルター・シドニー・マスターマン(1876-1946)は本格派推理小説の黄金時代に活躍した作家で、1926年に本書でデビューしています。扶桑社POD版の巻末解説には主要作品が9作紹介されていますがネット情報によれば26作(1作は他作家との共作)を発表し、その半数以上が本書にも登場するアーサー・シンクレア警視シリーズのようです。探偵競争趣向を織り込んでいるところはアガサ・クリスティーの「ゴルフ場の殺人」(1923年)を意識したのかもしれませんがクリスティー作品はエルキュール・ポアロのほぼ独壇場なのに対して本書ではシンクレアと私立探偵の活動を均等に描いています。弾十六さんのご講評で紹介されているように冒頭でG・K・チェスタトンの序文が置かれていて、「探偵小説のよき読者は(中略)欺かれることを望んでいるのであり(中略)シャーロック・ホームズになりたいとは思わない。(中略)この小説を読むに際しては、その願いはものの見事に叶えられた」と絶賛しています。大胆な騙しのアイデアを織り込んだり深夜のスリリングな場面を挿入したりとなかなかの佳作だと思いますが、作者にとって不幸だったのはこの年の英国ミステリー界の最大の話題をクリスティーの「アクロイド殺害事件」(1926年)にさらわれてしまったことでしょう(笑)。 |
No.2853 | 6点 | 校庭には誰もいない 村崎友 |
(2025/04/16 16:08登録) (ネタバレなしです) SF本格派推理小説の「風の歌、星の口笛」(2004年)でデビューした村崎友(むらさきゆう)(1973年生まれ)が2006年に発表した第2作は高校を舞台にした青春小説と本格派推理小説を組み合わせています。4つの短編とエピローグで構成されていますが、全体にまたがる仕掛けがあって短編集か長編作品か読者を悩ませるところは北森鴻の「顔のない男」(2000年)や芦部拓の「三百年の謎匣」(2005年)を連想させます。読みやすさでは本書が上回ります。合唱部への謎の入部申込者、野球部の部室荒らし、学園祭用の映画DVDの盗難、野球部の部室の失火と凶悪性の低そうな事件を扱い、ミステリーとして薄味に感じられるところもありますが終盤の謎解きは充実しており、粗いと思われた前半の推理を巧みにどんでん返ししています。人物描写についてはもう一歩の踏み込みがあればと思いました。 |
No.2852 | 6点 | 読書会は危険? ジジ・パンディアン |
(2025/04/14 16:52登録) (ネタバレなしです) 2023年発表の「秘密の階段建築社」の事件簿シリーズ第2作です。作中で何度かクラシック・ミステリについての言及があり、日本の本格派についても触れられています。横溝正史の「八つ墓村」(1951年)や島田荘司の「占星術殺人事件」(1981年)は英語版が輸出されているのですね。降霊会の最中の殺人事件の謎をメインに据え、シリーズ前作の「壁から死体?」(2022年)と同じようにテンペスト・ラージのおばの死と母の失踪の謎解きを絡めていますが前作と比べてテンペストが探偵役として集中できている分、本書の方が読みやすかったです。ラージ家の家族同士が隠し事をして謎解きがややこしくなる設定については賛否両論かもしれませんが、魅力的な不可能犯罪の謎を綱渡り的ながらも合理的に解決している本格派推理小説です。 |
No.2851 | 5点 | 十字架クロスワードの殺人 柄刀一 |
(2025/04/11 02:01登録) (ネタバレなしです) 2003年発表の天地龍之介シリーズの長編第2作の本格派推理小説と思っておりましたが、私の読んだ祥伝社文庫版の巻末解説では「長編第1作」と紹介されています。同文庫版で150ページに満たない「殺意は幽霊館から」(2002年)を長編でなく中編という認識なのかもしれませんが(本書は500ページ近い堂々の長編です)、「シリーズの第三弾」表記は「第四弾」の間違いと思います。相続すべき遺産が消えてしまったのではという疑惑を調べるために龍之介たちが詐欺容疑者に会おうとして殺人事件に巻き込まれるというプロットです。人物関係が複雑なうえに苗字読みと名前読みが入り乱れるので登場人物リストを作りながら読むことを勧めます。推理説明は丁寧ですが前半は龍之介の代理人が説明していているので名探偵の活躍を期待する読者は物足りなさを感じるかもしれません。殺人事件の真相が複雑な上に遺産問題の謎解きも絡むのでちょっと回りくど過ぎるように思います。最後にクロスワードパズル(の誤答?)をロマンス会話(?)に織り込んでいるのは過剰演出だろと突っ込みたいです(笑)。 |
No.2850 | 7点 | 13・67 陳浩基 |
(2025/04/07 02:54登録) (ネタバレなしです) 奇抜なアイデアが印象的だった「世界を売った男」(2011年)を発表した作者が2014年に発表した本書は香港警察で伝説の名探偵と謳われたクワンの活躍を描いた6作の中編を収めた中編集です。不思議なタイトルですがこれは2013年と1967年を意味しており、最初の「黒と白のあいだの真実」の作中時代が2013年で、そこから2003年、1997年、1989年、1977年、1967年と時代を遡っていく「逆」年代記的な連作趣向の構成を採用しています。クワン最後の事件である「黒と白のあいだの真実」こそ殺人事件の犯人探しという伝統的な本格派推理小説のプロットですが(但し容疑者たちとの尋問場面は前例のない形式になっています)、他の作品は香港マフィアの抗争絡みの事件、囚人脱走と硫酸爆弾投下事件、犯罪組織追跡と民間人を巻き込んだ銃撃戦、少年誘拐事件、爆弾テロ計画と本格派に合わなそうな題材を扱っています。にもかかわらずきっちり本格派に仕上げた腕前には感嘆しました。個人的にはエドワード・D・ホックがミスターX名義で発表した「狐火殺人事件」(1971年)に遜色ない出来栄えだと思います。いずれの作品も長編なみに密度が濃く、謎解き伏線の回収も丁寧、そして香港の中国返還前から返還後の時代の流れの中での香港警察の立ち位置もしっかり描いています。著者あとがきで作者が日本ミステリーに本格派と社会派の潮流があったことを知っているのには驚きましたが、本書は本格派と社会派そして警察小説の要素を高度にジャンルミックスさせるのに成功した作品だと思います。 |
No.2849 | 5点 | 恋恋蓮歩の演習 森博嗣 |
(2025/03/31 09:55登録) (ネタバレなしです) 2001年発表のVシリーズ第6作の本格派推理小説です。前半は2つのロマンス描写が中心であまりミステリーらしさを感じさせません。後半になると舞台が豪華客船に移り、ついに事件となりますが人間消失と絵画消失の謎を発見されない状態のままで長く引っ張る展開のためか微妙に捉えどころがありません。そこに多彩な人間ドラマを複雑に織り込んでいます。しかし初登場の人物はともかく、レギュラー陣(特に探偵と便利屋(謎)の二つの顔を持つ保呂草潤平)のドラマについては過去のシリーズ作品を読んでいるかいないかで読者の受ける印象が大きく変わるように感じました。ロマンスとミステリーの融合という点でよくできた作品だと思いますが、初めて読むシリーズ作品としてはお勧めできない作品です。少なくとも「黒猫の三角」(1999年)と「魔剣天翔」(2000年)は本書より先に読んだ方がいいように思います。 |
No.2848 | 4点 | ハニー・ティーと沈黙の正体 ローラ・チャイルズ |
(2025/03/29 09:16登録) (ネタバレなしです) 2023年発表の「お茶と探偵」シリーズ第26作のコージー派ミステリーで、白昼堂々と大勢の参加者がいる野外のお茶会で大物政治家が殺されます。セオドシアが殺人シーンを目の当たりにして犯人に迫りながらも目撃者としては役にたっていないのはシリーズ前作の「レモン・ティーと危ない秘密の話」(2023年)と対照的です。解決場面も前作のような推理による解決でなく、これまでのシリーズ作品でも最もアクション頼りといっていいでしょう。サスペンスはありますけど本格派推理小説好きとしては減点評価です。とはいえシリーズの特色である優雅で洗練された雰囲気は失われておらず、美味しそうなお茶や料理が散りばめられています。ドレイトンの家が紹介されていますが、アンティーク家具に囲まれているのは彼のイメージに合っていますがキッチンのコンロが6口というのには驚き。アメリカでは普通なんでしょうか? |
No.2847 | 5点 | 指哭 鳥羽亮 |
(2025/03/26 18:39登録) (ネタバレなしです) 本格派推理小説を3作発表していた鳥羽亮(1946年生まれ)にとって4番目のミステリー作品となる1992年発表の本書は警察小説です。個性豊かな刑事を複数配した警視庁捜査一課南平班シリーズと比べると本書は高杉順平刑事の単独の活躍が目立っています。湖上のボートで手首を切って落水自殺したと思われる女性は左手の指が4本失われており、ボートには血文字で「私の指が」と書き残されていました。その指は2年前の車同士の交通事故で失ったことがわかります。それから3年後、高杉家に死後切断の人差し指が送られ、指の持ち主の死体が川で発見されますが死体の身元はあの交通事故での車の同乗者でした。その後も交通事故関係者が殺され、切られた指が刑事の家に届くという事件が続きます。中町信が書きそうなプロット展開で、残された容疑者が少なくなって真相がかなり見え透いているようですがどんでん返しを用意しています。本格派の謎解き要素もありますが犯人がどうやって刑事の住所を知ったのかについては全く説明されておらず、ご都合主義を感じてしまいました。 |
No.2846 | 5点 | 弔いの鐘は暁に響く ドロシー・ボワーズ |
(2025/03/26 07:17登録) (ネタバレなしです) 長く辛い第二次世界大戦がようやく終結し、ドロシー・ボワーズ(1902-1948)は「アバドンの水晶」(1941年)以来となる本書を1947年に発表します。翌1948年には英国推理作家のディテクション・クラブへの入会も果たしますがその矢先に肺結核で世を去ってしまいます。タイタニック号の海難事故に巻き込まれたジャック・フットレル(1875-1912)、心臓発作で倒れたE・D・ビガーズ(1884-1933)、スペイン内乱で戦死したクリストファー・セント・ジョン・スプリッグ(1907-1937)、アルコール中毒だったクレイグ・ライス(1908-1957)、ガンに冒されたケイト・ロス(1956-1988)たちと共に早すぎる死が惜しまれます。遺作となった本書ですが田舎と都会が混ざり合ったレイヴンズチャーチと周辺の村で春から初夏にかけて5件の自殺事件が起きます。6件目の事件は殺人事件で、被害者は「五人が死んだ。だが六人目も死ぬかもしれない」という匿名の手紙を受け取っていました。本当に自殺だったのかの疑問については探偵役のレイクス警部が第五章で「五件もの殺人を明白な自殺に見せかけることなど、天才でなければ無理です」と語っていて論創社版の登場人物リストには自殺者の名前が載っていないので重要でないのかと油断していると、中盤以降は彼ら(と関係者)についての捜査があって誰が誰だかわかりにくくなってしまいます。登場人物リストを補完することを勧めます。第十章で「もつれた糸を解きほどすことに多大な時間を費やすのが仕事のレイクス」と紹介されているように非常に地味に展開しますが終盤は容疑者同士が二人きりになる場面が相次いで挿入されてサスペンスが盛り上がり、劇的な(それでも抑制が効いていますが)結末を迎えます。探偵役による推理説明が不十分なのは本格派推理小説としては不満もありますが、犯人の自供書が印象的です。マザー・グースの「オレンジとレモン」の詩を引用しているところはマーサ・グライムズの「『五つの鐘と貝殻』亭の奇縁」(1987年)を連想させます。 |
No.2845 | 6点 | 邪魔な男 大谷羊太郎 |
(2025/03/13 06:36登録) (ネタバレなしです) 1988年発表の本書は最後は本格派推理小説ならではの推理による真相解明で着地していますが、定型にはまらないプロット構成が印象に残ります。旅行中の女性が渓谷で死体となって発見されます。警察の捜査は迷宮入りしてしまい、被害者の婚約者である男性と被害者の親友である女性が探偵コンビを組んで事件を調べます。中盤には何と唐突に殺人犯の正体が読者に対して明かされ、謎の脅迫者に悩まされていることがわかります。この脅迫者の正体も同様に読者に明かされ、探偵役の視点、殺人犯の視点、脅迫者の視点が入れ替わるという展開になります。警察が失敗した謎解きを素人ができるはずがないと微妙に消極的な主人公(婚約者)が、捜査が進み被害者の秘密を知るにつれて心情に大きな変化が生じていくところが本書の読ませどころです。 |
No.2844 | 5点 | 検事円を描く E・S・ガードナー |
(2025/03/12 17:10登録) (ネタバレなしです) 1939年発表のダグラス・セルビイシリーズ第3作で、最もライヴァル的存在となるA・B・カーが初登場します。第12章でセルビイが彼を「頭の回転の早い、巧妙な、非道なほど利口な、良心のひとかけらもない弁護士」と評価していますが、随所での駆け引き合戦が本書の読ませどころになっています。2発の異なる銃弾を撃ち込まれた死体(ペリイ・メイスンシリーズの「歌うスカート」(1959年)を連想させます)、血痕を残して行方不明になった男など関連性のなかなか見えない事件に手こずりながら最後はつじつまを合わせています。地図に円を描きながら推理していますができれば地図を掲載してほしかったです。派手なアクションの末に犯人が逮捕され、告白書で真相が明らかになる終盤の演出は悪くはありませんが、本格派推理小説としては推理説明不十分になっているのは賛否両論でしょう。 |
No.2843 | 5点 | 雷龍楼の殺人 新名智 |
(2025/03/11 09:06登録) (ネタバレなしです) ホラー小説家として2021年にデビューした新名智(にいなさとし)(1991年生まれ)が2024年に発表した本格派推理小説です。何とプロローグに「読者への挑戦状」が置かれ、「これより油夜島で起きる連続殺人事件の犯人は、外狩詩子ただひとりである」と宣言されているのがユニークです。しかしsophiaさんのご講評で指摘されているように何を読者へ挑戦しているのかが明確でありません。エラリー・クイーンの「Xの悲劇」(1932年)のように「読者への公開状」にした方がよかったのでは。犯人視点の描写はないので倒叙本格派ではなく、それどころか詩子の登場場面も極めて少なくて微妙にとらえどころのないプロットです。並行して誘拐監禁されたヒロイン(?)と誘拐犯との不思議な謎解き議論が挿入され、2年前の四重死亡事件(殺人か事故か曖昧)の謎解きも追加されるなど話は複雑化していきます。1980年代に国内作家によって書かれた「読者への挑戦状」付きの某本格派推理小説を連想させる、好き嫌いが大きく分かれそうな仕掛けがありました。唯一人が満たしていた条件の伏線の張り方は巧妙なものがあって感心しましたが、この条件は一般知識レベルの読者では気づきにくいかと思います。締めくくりはホラー小説家らしさを発揮しています。 |
No.2842 | 5点 | 智天使の不思議 二階堂黎人 |
(2025/03/09 06:01登録) (ネタバレなしです) 2008年発表の水乃サトルシリーズ第8作です。このシリーズは社会人編の「軽井沢マジック」(1995年)に始まり、続いて学生編の「奇跡島の不思議」(1996年)が出版され、以降は社会人編と学生編が交替で書かれてきたのですが本書は1953年の未解決殺人事件の謎解きを1987年に学生のサトルが挑み、1996年に社会人のサトルによって真相の全てが明かされるという構成です。しかも犯人が誰かは最初から明かされるという倒叙本格派推理小説というのもシリーズ作品としては異色です。なかなかの力作で、倒叙ということである程度は読者にオープンにしつつもなお意外性を追求しています。最終章でサトルが指摘した「二度」はなかなか意表を突いたものと思います。とはいえ犯人の工夫は必要以上に手がこんでいて、隠せばいいのをわざわざ騙しに走っていて不自然さが目立つ気もします。そういうのを突っ込むのも読者の楽しみかもしれませんが。 |
No.2841 | 5点 | フランチャイズ事件 ジョセフィン・テイ |
(2025/03/03 08:17登録) (ネタバレなしです) グラント警部シリーズ作品は「列のなかの男」(1929年)に始まり、かなり間を空けて「ロウソクのために1シリングを」(1936年)が発表され、そこからまた長い空白を経て1948年に出版された本書がシリーズ第3作ということになっていますがグラントは完全に脇役で個人的にはシリーズ番外編と思っています。シリーズ主人公が脇役になるケースは私もいくつかは知っていますが、人並由真さんがご講評で驚かれているように本書の待遇はかなりの異例だと思います。さて内容についてですがリリアン・デ・ラ・トーレが18世紀に実際に起こったエリザベス・キャニング事件を下敷きにして「消えたエリザベス」(1945年)を書いていますがそれに刺激を受けて本書は書かれたのかもしれません。トーレ作品は研究レポート風で小説としての面白さはほとんどありませんが、本書はしっかりした小説です。告発が真実なのか嘘なのかの図式は西村京太郎の「寝台特急あかつき殺人事件」(1983年)や草野唯雄の「紀ノ国殺人迷路」(1995年)を連想させ、犯人当て本格派推理小説としては楽しめません。噓のはずなのに正確過ぎる証言をどうやって捏造したのかの謎解きですが、怪作レベルのトリックが使われていて思わず笑ってしまいました。 |
No.2840 | 5点 | フローテ公園の殺人 F・W・クロフツ |
(2025/02/27 00:52登録) (ネタバレなしです) 冒険スリラーの「製材所の秘密」(1922年)に次いで書かれた、1923年発表の第4作となる本書は本格派推理小説に戻りました。二部構成となっていて舞台が前半は南アフリカ、後半はスコットランドとなっているのが特徴です。フローテ公園(Groote Park)は架空の公園のようですが英語読みのグルートでなくオランダ語読みのフローテにしている翻訳は正しいと思います。南アフリカ編でのファンダム警部による捜査では解決に至らず、謎解きがスコットランドのロス警部へとリレーされます。鮎川哲也の鬼貫警部シリーズのいくつかの作品では前半を鬼貫以外の刑事たち、後半を鬼貫による捜査と推理というパターンが見られますが本書はそのプロトタイプと言えるかもしれません。私の読んだ創元推理文庫版の粗筋紹介で「両警部の活躍」と記述されていますが、19章の最後で明かされた意外な秘密に関してはどちらの手柄でもない気がします。巻末解説では「樽」(1920年)に比べれば作品価値は劣ると思われると随分な評価ですが(笑)、この秘密のおかげで読者へ与える衝撃という点では勝っていると思いますし、地味で時に退屈という点では互角ながら「樽」よりページ数が少ないのも好ましかったです。 |
No.2839 | 6点 | 康子は推理する 藤沢桓夫 |
(2025/02/19 04:43登録) (ネタバレなしです) 藤沢桓夫(ふじさわたけお)(1904-1989)は200冊近い著作を残し、いくつかの作品は映画化もされたほど人気のあった大衆作家です。医学生の滝口康子を探偵役にした本格派推理小説の短編を8作書いており、「そんな筈がない」(1957年)と「青髭殺人事件」(1959年)の2つの短編集で全作を読むことができます。私が読んだのは全8作を1冊にまとめた東京文藝社版の「康子は推理する」(1960年)で、先行出版の2つの短編集を読んでいる読者は本書を読む必要はありません。康子はデビュー作品となる「そんな筈がない」では百貨店の屋上庭園から投身自殺したと思われる事件で自ら積極的に警察の捜査に協力していますがこれはむしろ例外で、犯罪に関わるのも名探偵扱いされるのも遠慮するキャラクターとして描かれています。大衆作家らしく読みやすさは抜群で、謎もそれほど複雑なものではありませんがその中では「爆竹殺人事件」が密室殺人を扱い、謎解きのスリルにあふれていて印象に残りました。 |
No.2838 | 5点 | 公爵さま、これは罠です リン・メッシーナ |
(2025/02/16 21:31登録) (ネタバレなしです) 2019年発表のベアトリス・ハイドクレアシリーズ第5作の本書は結婚式の延期話で幕開けするコージー派ミステリーです。延期の理由は「公爵さま、前代未聞です」(2019年)の事件と関りがあることが説明されるのですが犯人名をネタバレしており、これを回避する工夫はできなかったのだろうかと思わずにはいられませんでした。さて今回のベアトリスの謎解きは秘密の場所に隠されたダイヤモンド探しです。あまり面白そうな謎解きには思えませんでしたが、予想の斜め上の展開にびっくりしました。後半は普通に殺人事件の謎解きになりケスグレイブ公爵とのコンビ探偵ぶりも好調ですが、推理は思いつきが当たった程度の説得力しかなく解決部分は物足りません。前半のダイヤモンド探しの方が印象に残る作品です。 |