nukkamさんの登録情報 | |
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平均点:5.44点 | 書評数:2890件 |
No.2890 | 6点 | 人盗り合戦 レックス・スタウト |
(2025/10/02 18:26登録) (ネタバレなしです) 1952年発表のネロ・ウルフシリーズ第15作の本格派推理小説です。英語原題は「Prisoner's Base」で、論創社版の巻末解説によると鬼ごっこタイプのゲームのことのようです。何とウルフの助手であるアーチー・グッドウインが依頼人になります。中編「死にそこねた死体」(1942年)(国内では「ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編」(論創社版)で読めます)という前例はありますが、本書の依頼経緯は全く異なります。前半はやや地味ですが第10章で容疑者全員がウルフの事務所に集まってから最終章までは、これまで私が読んだシリーズ作品では最も劇的な展開だと思います(といっても私はシリーズ作品を半分少々程度しか読んでいないのですけど)。謎解き推理としては粗くて性急に解決したように思いますが、普段はひょうひょうとした感のアーチーにとって悔恨の事件であったことがよく伝わってくる物語として印象に残ります。どちらかというと対立的関係の警察にまでアーチーが協力を仰いでいるのもシリーズとしては異色ですがそれも納得でした。 |
No.2889 | 5点 | 天狗屋敷の殺人 大神晃 |
(2025/09/30 20:19登録) (ネタバレなしです) 大神晃(おおがみこう)(1994年生まれ)のデビュー作となる本格派推理小説で、某ミステリー賞の応募作を改訂して2024年に出版されました。なんでも屋店主の樋山忍とそのアルバイトの古賀鳴海を探偵コンビにしています(両名とも男性)。新潮文庫版の裏表紙で「横溝正史へのオマージュに満ちたミステリの怪作」と紹介されており、なるほど真相には横溝作品を連想させるような要素があります。トリックについては確実性に難ありかなと思いましたが、その欠点にもきちんと理由づけされていました。もっとも怪作と言うほどの異様さは感じられず、普通の本格派だと思います。語り手である古賀鳴海が女性にもてまくるという設定はもて経験のない私からすると全く共感できないキャラクターで(笑)、エピローグで樋山が「お前やっぱ最低だな!」と吐き捨てたのには大いに賛同です(爆)。なお最後は「七人ミサキ連続殺人事件」の予告編のように締め括られていますが、次作の「蜘蛛屋敷の殺人」(2025年)で扱われたのはこの事件ではありませんでした。 |
No.2888 | 8点 | マーブル館殺人事件 アンソニー・ホロヴィッツ |
(2025/09/21 19:31登録) (ネタバレなしです) 2025年発表のスーザン・ライランドシリーズ第3作の本格派推理小説で創元推理文庫版が上下巻合せて750ページを越す大作です。「カササギ殺人事件」(2016年)のネタバレがあることが冒頭で告げられていますが(犯人名も明かしています)、そのネタバレが本書のプロットの中で大変重大な役割を果たしています。「カササギ殺人事件」を未読のままで本書を読むことも可能ですけど、ぜひとも先に読むことを勧めます。過去の2作ではアラン・コンウェイによる名探偵アティカス・ピュントシリーズの作品を作中作として挿入し、作中作の謎解きと現実世界の謎解きの2段構えを楽しめました。本書では別の作家がこのシリーズ続編を書くことになっており、まだ執筆中の作品原稿をフリーランス編集者のスーザンがチェックしていくという趣向がとても斬新です。果たして新作は無事完成できるのかという興味を絡ませつつ、作中作の謎解きと現実世界の謎解きも充実の内容です。巻末解説によると元々は「カササギ殺人事件」のみでシリーズ化は考えていなかったのを周囲の説得でさらに「ヨルガオ殺人事件」(2020年)と本書が追加で執筆されて三部作として完成されたはずなのですが、何とさらにシリーズ第4作も準備中とか。本書の締めくくりでスーザンがアティカス・ピュントとは手を切ると宣言してますが果たしてどうなるのか、わくわくが止まりません。 |
No.2887 | 6点 | 電報予告殺人事件 岡本好貴 |
(2025/09/14 02:35登録) (ネタバレなしです) 2025年に発表された、英国を舞台にした歴史本格派推理小説です。作中年代については明記されていませんが、第3章で登場人物が南北戦争が終結してから7年と回想しているので1872年頃と思われます。主人公を女性電信士にして謎解きありロマンスあり冒険ありと、どこかアガサ・クリスティーを連想させるような展開を楽しめました。当時の通信技術をプロットに活かしたのもユニークで、作者がよく研究していることが伺われます。興奮すると指や食器でモールス信号を叩く主人公がなかなか魅力的です。非常に丁寧に解説してはいますが使われたトリックに専門的知識が必要でちょっと難解なものがあるのが玉に瑕でしょうか。 |
No.2886 | 5点 | 私立探偵マニー・ムーン リチャード・デミング |
(2025/09/11 17:19登録) (ネタバレなしです) 本書の新潮文庫版の巻末解説で詳細が紹介されている通り、リチャード・デミング(1915-1983)はアメリカン・ミステリ界のオールラウンド・プレーヤー。幅広いジャンルの作品を手掛け、SF作品にノンフィクション、児童向け作品に映像作品の小説版までも書いており、ゴーストライターとしても活躍しています。私立探偵マニー・ムーンシリーズは長編4作と中短編19作が残されています。ハードボイルドではありますが本格派推理小説の謎解きも楽しめると紹介されていたので、日本独自編集で第1作の「ファレスのナイフ」(1948年)から出版順に第7作の「支払いなくば死あるのみ」(1951年)まで収めた中編集の本書を読んでみました。短い作品でも80ページ以上、最長作品は150ページを越えています。ムーンは典型的なハードボイルドのタフガイ探偵で、片脚が義足ですが肉弾戦も銃撃戦もこなしており、本書で扱われている事件も暗黒街絡みが多いです。ハードボイルドならではの荒々しさもありますが描写は結構丁寧で重厚感もあります。私は本格派好きで謎解き推理を重視しているので「ファレスのナイフ」、「死人にポケットは要らない」(1949年)、「大物は若くして死す」(1949年)、「支払いなくば死あるのみ」が個人的には楽しめました。「ラスト・ショット」(1948年)は真相には不満もありますが麻薬中毒者の更生をサポートするムーンの奮闘ぶりが印象的です。 |
No.2885 | 6点 | 昨日の殺人 太田忠司 |
(2025/09/05 05:16登録) (ネタバレなしです) 1991年発表の殺人三部作の第3作となる本格派推理小説です。同年には狩野俊介シリーズや霞田兄妹シリーズが開始されてこの作者のミステリー作家活動は本格的になりますが、主人公が全部異なるためか目立ちにくいですけどこの殺人三部作もなかなかいい出来栄えだと思います。本書の主人公は父親を自動車事故で亡くした西田健一で(事故当時18歳)、自殺をほのめかすような手紙を受け取ったことから自殺の理由、またなぜ同乗していた伯母といとこを巻き添えにしたのかを調べるために父の出自である大塚家へ乗り込みます。「美奈の殺人」(1990年)に比べて本格派としての推理が充実しており、死体が消えて再出現したという謎も提示されますが人間ドラマを描くことにも注力しています。若干ではありますが青春小説としても進歩しています。個人的には三部作で1番気に入っています。ただ事件解決後に起こった(最後の)悲劇で、(例えるなら)自分の子供の身代わりに他人の子供を犠牲にするかのような行動を正当化しているのは納得できませんでした。 |
No.2884 | 5点 | 沈黙 アン・クリーヴス |
(2025/09/05 04:51登録) (ネタバレなしです) 2021年発表のマシュー・ヴェンシリーズ第2作の本格派推理小説です。ちなみに英語原題は「The Heron's Cry」で、どうしてこれを「沈黙」という日本語タイトルにしたのかはわかりません。ホームパーティーに参加したジェン・ラファティ部長刑事はそこで出会った男性から相談したいことがあると頼まれますが、彼は翌日殺されます。被害者は患者の立場で病院を調査する組織に所属しており、ある自殺事件について調べていたことがわかります。ハヤカワミステリ文庫版で550ページを越す厚さがあり、被害者の生前の足取り追跡と関係者の事情聴取を丹念に描いていますが39章でマシューが「進行している物事も、つながりも、動機も多すぎる」と愚痴っているように捜査の停滞感を長々と引きずる展開が重苦しいです。終盤は劇的に盛り上がりますけど。犯人の秘められた悪意が明らかになる逮捕後の事情聴取場面が印象的です。 |
No.2883 | 5点 | 思いあがりのエピローグ 斎藤肇 |
(2025/08/27 22:53登録) (ネタバレなしです) 1989年発表の思い三部作の第3作の本格派推理小説です。冒頭にエピローグAを配置し、巻末にエピローグBとエピローグCが配置されています。さらに作者あとがきが「あとがき(そのまえがき)」「他人の書いた小説」「あとがき(そのあとがき)」の三部構成されているという凝りようです。冒頭のエピローグAは別に後日談でもなく、普通にプロローグだとは思いますが内容は普通どころか実に衝撃的です。その後は連続殺人の謎解きになりますが謎解きの出来栄えよりも「名探偵を困らせる三つの方法」とか「悪の栄える三つの条件」とか「名探偵を維持するための条件」とか本格派推理小説を揶揄するような議論の方が印象に残ります。作者がまじめに書いたのかふざけて書いたのかわかりませんが、「犯人を納得させられない推理」「往生際の悪い犯人」「なしくずしの結末」と探偵役に自虐させて謎解きは締め括られます。ユニークな作品とは思いますが好き嫌いも大きく分かれそうな作品です。本書を読む場合には先に「思い通りにエンドマーク」(1988年)と「思いがけないアンコール」(1989年)を読了しておくことを勧めます。 |
No.2882 | 5点 | 死を望まれた男 ルース・レンデル |
(2025/08/27 20:29登録) (ネタバレなしです) 1969年発表のウェクスフォードシリーズ第4作の本格派推理小説です。英語原題は「The Best Man to Die」で、ベスト・マンについてはアガサ・クリスティーの「ヒッコリー・ロードの殺人」(1955年)でも説明されていますが結婚式の新郎の付き添い役を意味しています。電気工のジャックの結婚式でベスト・マンとなる予定だったトラック運転手のチャ-リーが殺されます。金回りのいいチャーリーの稼ぎに注目したウェクスフォード首席警部の捜査に対してジャックたちが労働者が金を持っていて何が悪いと反発したのには驚きました。英国の格差社会の一端を見せられたような気分になります(ウェクスフォードは中産階級側なんでしょうね)。今回のウェクスフォードは自分の所有物でない犬の散歩、担当外の交通事故の捜査、さらに終盤での思わぬトラブルと色々なことに巻き込まれています。事件の背後関係が複雑過ぎてやや読みにくい謎解きでしたが、現場実験しても真相に気づけなかったバーデンたちと実験に参加しないで気づいていたウェクスフォードとの対比が鮮やかです。 |
No.2881 | 6点 | 未亡記事 佐野洋 |
(2025/08/23 19:55登録) (ネタバレなしです) 「新聞社殺人事件」のサブタイトルを持つ1961年発表の本格派推理小説で、この作者らしく派手な展開はありませんが第9章以降の謎解き推理はなかなか力が入っています。新聞社の政治部長が急死したと家族から電話連絡が入ります。ところがその後の確認で家族はそんな連絡はしていないことがわかります。単なるいたずらかと思いきや、政治部長は線路で轢死体となって発見されます。遺体は頭部が頭蓋骨を粉砕され、手も潰されて指紋を確認できない状態でした。そして事件前に政治部長と会っていた男が失踪していることもわかります。主人公の新聞記者が探偵役ですが、社内の人間関係のもつれもあって「誰が犯人であってもいい」と何度も投げやり気味になるのが印象的です。幕切れも鮮やかです。 |
No.2880 | 4点 | マギル卿最後の旅 F・W・クロフツ |
(2025/08/23 01:30登録) (ネタバレなしです) 1930年発表のフレンチシリーズ第6作の本格派推理小説です。北アイルランドで財を成したジョン・マギル卿は事業を息子のマルコムに譲ってロンドンに隠遁します。そのマギル卿から7年ぶりにベルファーストへ行くとマルコムへ連絡がありますがその後行方不明になってしまい、安否が気遣われます。警察が足取りを追跡するとマギル卿は鉄道、船、そして何と最後は徒歩で移動していたらしいことがわかります。事件はやがて殺人事件に発展し、フレンチが何度もイングランドと北アイルランドを往復しますのでこちらも冒頭の地図を何度も確認しました。某英国作家の1920年代の本格派に使われたトリックをもっと複雑にしたようなトリックが使われています。上手く扱えばミスリーディングとして効果的だったと思いますがクロフツらしく捜査描写が細か過ぎて謎解きのサスペンスは皆無に近く、自分で真相を当てようとする気にはなれません。真相が複雑過ぎるのも両刃の剣で、個人的には面白くない謎解きでした。 |
No.2879 | 3点 | 緑一色は殺しのサイン 藤村正太 |
(2025/08/21 19:16登録) (ネタバレなしです) 藤村正太(1924-1977)の亡くなった1977年に発表された「麻雀推理」の第4短編集です。7作が収められていますが、不動産会社勤務ながら情報集めでジャン荘に出入りする内にそちらの稼ぎの方が多くなった江守史郎が全作品の主人公です。どの作品でも女性雀士との対決が描かれており、エロ場面も豊富です。「伊豆路に散った嵌三索」は毒殺(未遂)事件があって本書で唯一一般的な謎解きをしていますが、それ以外は麻雀のいかさまトリックの謎解きに終始していて麻雀を理解していない読者だと全く楽しめません。「緑一色は殺しのサイン」も殺人はあるものの麻雀勝負の後日談的に発生しているだけの単なる添え物でした。 |
No.2878 | 6点 | 五人目のブルネット E・S・ガードナー |
(2025/08/21 18:44登録) (ネタバレなしです) 1946年発表のペリー・メイスンシリーズ第28作の本格派推理小説です。ビジネス街と住宅街の間に伸びているアダムス街で車を走らせているメイスンは街角ごとに一様に黒っぽい服を着て首に毛皮を巻いているブルネットの女性たちが人待ち顔で立っているのに気づきます。夜の女の客引きではありませんよ(笑)。メイスンが尋ねると「冒険的な仕事」の求人広告に応募したと説明されます。陰謀の匂いがしますが全貌が明らかにならない内に殺人が発生します。めったに法廷に顔を出さないが地方検事局きっての切れ者と評価されるハリイ・ガリングがメイスンの敵役となります。求人広告の謎解きと殺人事件の謎解きが複雑に絡み合い、被告の危機だけでなくメイスンも事後従犯で告発されかねないという充実のプロットです。陪審長がメイスンを信頼していたのには随分と助けられましたね。 |
No.2877 | 5点 | 大聖堂の殺人 ~The Books~ 周木律 |
(2025/08/18 09:33登録) (ネタバレなしです) 2019年発表の堂シリーズ第7作の本格派推理小説です。シリーズ最終作として書かれたためか講談社文庫版で600ページ近い大作です。北海道沖の本ヶ島で四重殺人事件が発生します。ある容疑者が自分が犯人だと自供し、人証と物証いずれも犯行状況と一致していて逮捕されます。しかし容疑者が鉄壁のアリバイを持っていることが発覚して無罪放免となります。そして事件発生から24年の歳月が流れた2002年、本ヶ島で再び惨劇が繰り返されるプロットです。このシリーズは数学に関する知識が散りばめられており、本書でも容疑者・被害者に数学者が揃っていますが数学的というより哲学的な印象を受けました。アリバイ崩しと殺害方法に関するトリックの謎解きを重視しています。トリックはとてつもなく大掛かりで、私の乏しい想像力では手に負えません。謎解きが一段落した後に冒険小説風な展開になるのが意外でした。makomakoさんのご講評で指摘されているように、犯行に使われたトリックを応用すればあの危機からの脱出はもっと容易だったのではと思いました。最終作としての演出は読者の好き嫌いが分かれそうで、個人的にはある人物の扱いに不満があります。 |
No.2876 | 6点 | ミセス・ワンのティーハウスと謎の死体 ジェス・Q・スタント |
(2025/08/17 23:23登録) (ネタバレなしです) インドネシアの女性作家ジェス・Q・スタントが2023年に発表したコージー派の本格派推理小説で、舞台はサンフランシスコのチャイナタウンです。英語原題は「Vera Wong's Unsolicited Advice For Murderers」でこちらの方がハヤカワ文庫版の日本語タイトルよりも内容にふさわしいと思います。主人公のヴェラ・ワンが営むティーハウスで死体が発見され、警察の捜査に不満のヴェラがアマチュア探偵として殺人犯探しに乗り出します。ヴェラの推理と捜査はかなり強引で、容疑者たちを一堂に集めて「あなたたちのだれがマーシャル(被害者)を殺したの?」とずけずけと問い詰める始末です。ところが世話好きな(おせっかいでもある)彼女の性格はいつの間にか容疑者たちと良好な関係を築き上げていき、容疑者たちも読者が同情しやすいキャラクターとして丁寧に描かれていて、どのように解決するのかと読者をやきもきさせます。楽しさと哀しさを巧みにブレンドした物語はどこかクレイグ・ライスを彷彿させます。 |
No.2875 | 5点 | 浜中刑事の妄想と檄運 小島正樹 |
(2025/08/07 06:22登録) (ネタバレなしです) 海老原浩一シリーズの「龍の寺の晒し首」(2011年)で脇役だった浜中康平を主人公にした本格派推理小説の中編「浜中刑事の強運」と「浜中刑事の悲運」の2作を収めて2015年に発表された中編集です。海老原は登場せずシリーズ番外編かと思ってましたが新たなシリーズとして本書以降も作品が発表されています。浜中はとてもお人好しで出世志向など全くなく、のんびりした駐在所勤務に憧れていますが幸運(本人には不運)で次々に手柄をたててしまい、若くして県警本部の刑事に抜擢されています。「浜中刑事の強運」は最初から犯人を明かしている倒叙本格派、「浜中刑事の悲運」は家族を殺された男の復讐計画から始まる半倒叙本格派です。幸運での解決といっても何もしないで棚ぼたがあるわけではなく、ちゃんと捜査と推理もしています。読者側はある程度真相をわかっているのですが、そうでない浜中の推理は時に飛躍過ぎではと感じるところがありました。ほほえましい場面もありますけど「浜中刑事の悲運」の第3章の悲劇描写はとても沈痛でした。 |
No.2874 | 5点 | 失踪者 ヒラリー・ウォー |
(2025/07/29 20:44登録) (ネタバレなしです) 1964年発表のフェローズ警察署長シリーズ第8作の警察小説です。インディアナ湖の湖畔で女性の絞殺死体が発見されます。被害者の生前の行動と身許を調べていく展開になりますがこれが大変な難作業で、フェローズ得意の粘りの捜査も26章では「絶対に確実なはずの推理もあてがはずれたし、これこそと思った有望な手がかりも、いい結果は出なかった。内心で負けたと思いながら敗北は認めたくなかった」と読者はじりじりさせられます。まあこれがシリーズの個性ではあるのですけど。30章でフェローズが突然スカンクに畑を荒らされた百姓のたとえ話をしてから一気に捜査は進展し、最後は意外とあっけなく締め括られます。 |
No.2873 | 5点 | 多摩湖山荘殺人事件 藤原宰太郎 |
(2025/07/28 17:47登録) (ネタバレなしです) 1994年発表の久我京介シリーズ第5作の本格派推理小説です。久我は亡き妻の妹夫妻が事故死したことを知らされます。状況には謎めいた不自然さがありますが久我が病気入院中ということもあってすぐに謎解きという展開にはなりません。中盤になって新たな事件が起きてこちらがメインの謎解きになります。分厚いカーテン越しで見えないはずの被害者をどうやって正確に射殺(厳密には2発撃たれて1発が命中)したのかという銃殺トリックに挑戦しており、ジョン・ディクスン・カーの「震えない男」(別題「幽霊屋敷」)(1940年)のトリックがネタバレされていますのでまだ未読の方はご注意下さい。犯人当てとしては平凡な出来栄えですが、トリックについては細かいところまでフォローした推理説明になっています。光文社文庫版の巻末では「久我がライフワークの『トリック百科事典』の完成もほぼメドがついたので(中略)アマチュア探偵として活躍しますので、いっそうの声援をお願いします」とまだまだ創作意欲があるようにコメントしていますが、結果的に本書が藤原宰太郎(1932-2019)の小説最終作となりました。 |
No.2872 | 4点 | 地中海クルーズにうってつけの謎解き ドーン・ブルックス |
(2025/07/28 17:24登録) (ネタバレなしです) 英国のドーン・ブルックスは40年近く看護師や助産婦として活動してから作家に転身していて、回想記や児童書も書いています。2018年発表の本書は英語原題が「A Cruise to Murder」で、主人公は婚約者から別れを告げられて傷心状態の警察官レイチェル・プリンスです。豪華客船(3500人の乗客と1800人の乗務員がいます)で看護師をしている友人のサラに誘われて地中海クルーズに参加して事件に巻き込まれます。創元推理文庫版では「親友同士の女性たちが謎に挑むコージーミステリ・シリーズ」と紹介されているので本格派推理小説系かと思いましたがこれはサスペンス小説系ですね。冒頭の登場人物リストに正体不明の殺し屋が載っており、この殺し屋が船客の1人を狙っていることが何度か描かれています。殺人も起こりますが犯人当て要素はなく、犯行阻止(護衛)を目的とするプロットでした。300ページに満たない短さに平明な文章で読みやすいところは確かにコージーミステリーですがメリハリがないのでサスペンスはあまり盛り上がらず、人物描写もそれほど個性を感じません。トラベル・ミステリーとしても物足りません。 |
No.2871 | 5点 | 放課後の名探偵 市川哲也 |
(2025/07/22 15:13登録) (ネタバレなしです) 蜜柑花子シリーズを4作集めた2018年発表の第2短編集で、作中時代的には「屋上の名探偵」(2017年)の後、「名探偵の証明」(2013年)の前に当たります。「ルサンチマンの行方」は倒叙本格派推理小説で、追いつめられる主人公(犯人)の焦りが上手く描写されてまずまずの出来栄え。「オレのダイイング・メッセージ」は推理ゲームでメッセージを書ける状況を作り出すために怪我をしたいと(でも痛いのは嫌だ)奮闘する主人公の描写が謎解きよりも楽しめました。「誰がGを入れたのか」はシリーズ番外編で、蜜柑はほとんど登場しません。いたずらの仕掛けを自分自身に仕掛けられてしまった主人公が犯人を探すための推理が暴走します。「屋上の奇跡」は自殺しようとする主人公とそれを止めようとする蜜柑が描かれており、蜜柑が自殺願望に気づいたのは推理力ではないところが本格派としては拍子抜けですが青春小説としては読ませます。「屋上の名探偵」と比べて気軽に読めない雰囲気の作品が増えたのは好き嫌いが分かれるかもしれません。 |