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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1853件

プロフィール| 書評

No.1853 6点 あなたに似た人
ロアルド・ダール
(2025/08/03 13:19登録)
以前からアップしていた本作。ただし、文庫版は分冊となっていて、Ⅰ収録作しか読んでなかったため、今回Ⅱの読了に当たって、以前の登録分を削除して再アップすることに。(まあどうでもいいことですが)
「奇妙な味」のする短編集といえば、ということで必ず挙げるだろう作者と作品。

①「味」=ひとこと、という実に潔いタイトルの作品だが、中身は人間のドロドロした部分がえげつなく書かれている。オチは明示されてないけど、“盗み見した”っていうことだよね?
②「おとなしい凶器」=これが“短篇ミステリーのスタンダードとしてあまりにも有名”という惹句が冠された著名作。確かに狂気の隠し場所としては実に皮肉が効いてて面白い。焼いたら臭わないしね・・・
③「南から来た男」=これはいわゆる“最後の一撃”的プロットのやつだ。こんな無茶な賭けに乗る男も男だが・・・。
④「兵士」=完全に理解できないけど、これもラストの一行勝負の作品だろう。途中のやり取りは正直よく分からんけど・・・
⑤「わが愛しき妻、かわいいひとよ」=こんな風に思っていた夫も、妻の本性を知ると・・・って火を見るよりも明らか。美しいor可愛い女性ほど内面は○○○ってよくあるパターン。
⑥「プールでひと泳ぎ」=これもよく理解できない作品なのだが、ラストの一行でニヤリとさせられるタイプのやつ。
⑦「ギャロッピング・フォックスリー」=通勤電車で偶然向かい側の席に座った男をめぐる主人公の煩悶の話。自分の辛い過去を振り返って苦しむ主人公と、それをあざ笑うかのようなラストのオチがきれいに嵌っている。良作。
⑧「皮膚」=刺青に関するストーリーなのだが、あまり響いてこず。
⑨「毒」=“ヘビもの”(ってそんなジャンルあるのか?) 「だからなに?」って思った。
⑩「願い」=なぜか続けて“ヘビもの”。「だからなに?」×2。
⑪「首」=これは・・・。ラストは当然バジル卿が首を××するんだろう・・・って思ってたら、卿ってやさしいのね・・・。何となく作者の女性に対するスタンスが分かる一編。

・・・ここまでがアップ済のⅠ部分。ここからがⅡ収録作。
①「サウンドマシン」=人間以外の物や動物、植物の「声」が聞こえるという機械を発明した男。男は動物や植物の悲痛な「声」が聞こえるようになってしまった。で、ナタで切られている「木」の悲鳴を聞いた男は、たまらずに主治医の男を呼んでしまう。呼ばれたドクターは、求められ、「木」にヨードチンキを塗ることに。奇妙だ!
②「満たされた人生に最後の別れを」=実に皮肉の利いた一編。特にタイトルの意味を知ることになる、最後の場面。個人的には違うカラクリを予想していたんだけど、なるほど、そうきたか、と思わずにはいられなかった。男って悲しい生き物っすね・・・
③「偉大なる自動文書製造機」=作家にとって垂涎の的! 「自動文書作成機」。ボタンを押すだけで、自動的によくできた作品を仕上げてくれる! まさに夢物語!って今までなら思っていたけど、今や、ねっ!あるからね、生成AIというものが。近い将来「ミステリ作家」なる商売はなくなってるかもね。
④「クロードの犬」=うーん。こりゃよく分からん。中編ほどボリュームのある一編なんだけど、うーm。何が言いたかったのか? 「味わい」を楽しめ!ってことなのか・・・

以上。

Ⅰのときにと同様。やはり「奇妙な味」というのが”言い得て妙”なんだなと納得。
今回も①から③までは実にシニカルな風味だった。
④だけは??だが、まあそんなもんだろ。

短編好きなら、やはり読んでおくべきなんだろう。


No.1852 6点 隣人を疑うなかれ
織守きょうや
(2025/08/03 13:13登録)
先日、作者の初読みが連作短編集だったので、長編も読んでみようということで。
本作も作者の属性(弁護士)を反映した作風になっているのかな?
単行本は2023年の発表。

~「羊の群れに狼が潜んでいるなら、気づいた誰かがどうにかしなければ、狩りは終わらない――。」
自宅マンションに殺人犯が住んでいる? 隣人の失踪をきっかけに不穏な疑念を抱いた主婦の今立晶は、事件ライターの弟とともにマンションの住人たちを調べることに。死体はない、証拠もない、だけど不安が拭えない。ある夜、帰宅途中の晶のあとを尾けてきた黒パーカの男は誰なのか?平凡な日常に生じた一点の黒い染みが、じわじわと広がって心をかき乱す、傑作ミステリー長編~

「もう一押し欲しかったな」というのが、読了後の感想。
総じていえば「面白かった」んだけど、それだけに、真犯人が確定し、さらなる仕掛けがあったとはいえ、「もう少し用意されてるんじゃないか」という期待が大きかった。
ただ、そのまま終了してしまった。

他の方も書かれてるけれど、リーダビリティは非常に高いと思う。スイスイ読まされるし、次の展開を期待させるプロットも良い。
メインの謎となる若い女性を狙った連続殺人事件の真犯人。探偵役となる姉弟が、ターゲットを絞り込んでいくものの、結果としては、推理や捜査によるものではなく、犯人サイドの自滅のような形で終結している。
まあガチガチの本格というわけではないから、それはそれで良いのだ。
事件のカギとなる人物のひとり、同じマンションに住む、美人で男という男に愛想を振りまかずにはいられない主婦。
ラストには、この主婦の独白パートまで用意されているわけだから、ここに何か捻りがあると思っちゃうよなあー
それが、「あと一押し」につながってしまった。

でも、まあ読みやすいし、決して駄作ではないと思う。ちょっと手慣れすぎてるだけ。


No.1851 6点 SOSの猿
伊坂幸太郎
(2025/08/03 13:10登録)
やや久し振りの伊坂作品となった。
ただ、他の方の書評を見ると、かなり辛口のようですが・・・
単行本は2009年の発表。もともとは読売新聞夕刊に連載されていたもの(とのこと)。

~三百億円の損害を出した株の誤発注事件を追う「猿の話」。ひきこもりを悪魔祓いで治そうとする男の「私の話」。やがて交差する二つの話を孫悟空が自在に飛び回り、「SOS」をめぐる問いかけが物語を深化する。世界最強の猿からユングまでを召還し、小説の可能性に挑戦した、著者入魂の記念碑的長篇!~

(↑この紹介文。いったい何のことやら、である)
「かなり大掛かりなファンタジー」「そして多少のミステリ風味の味付け」
ひとことで表すとしたら、こんな感じかな。以上、終わり!

ってことで、本当に終了してもいいかな、という雰囲気の作品。
でも、毎回のように伊坂を高評価してきた身なので、さすがにもう少しだけ補足したい。
本作のキーワードは、「引きこもり」そして「人の善と悪」ということなのかな?
特に後者については、これまでの伊坂作品でもたびたび語られてきた題材だと思う。そういう意味では「お馴染み」。

冒頭から、摩訶不思議な話が続いていく本作。作者独特の言い回しや、とぼけたキャラたちもあり、どんどん読まされていく展開。
で、終盤に入ったところで、種明かし的な場面があるわけだが、辛口の方はここがお気に召さなかったのだろう。
私はというと・・・割と楽しめました。まあ「孫悟空」の部分なんて、馬鹿馬鹿しいといえばそのとおりではありますが・・・
逆に言うと伊坂らしい、伊坂にしか書けないお話にはなっていると思う。(「書けない」よりは「書かない」だけど)

ラスト付近の“辺見のお姉さん”のセリフ。「親が人生楽しめてないと、子はいつまでもジメジメしたまま」云々
そりゃ確かに! でも親はいつまでも子が心配なんですけどね。
そんなこんなで個人的にはそれほど低い評価にはなりません。「仕方ないでしょ」


No.1850 7点 孤島の来訪者
方丈貴恵
(2025/07/21 13:31登録)
「時空旅行者の砂時計」に続く、「竜泉家シリーズ」の二作目。
前作の衝撃(?)が冷めないうちに二作目も手に取ってしまった・・・
単行本は2020年の発表。

~謀殺された幼馴染の復讐を誓い、ターゲットに近付くためテレビ番組制作会社のADとなった竜泉佑樹は、標的の三名と共に無人島でのロケに参加していた。島の名は「幽世島」。秘祭の伝承が残る曰くつきの場所だ。撮影の一方で復讐計画を進めようとした佑樹だったが、あろうことか、自ら手を下す前にターゲットのひとりが殺されてしまう。いったい何者の仕業なのか? しかも、犯行には人でない何かが絡み、その何かは残る撮影メンバーに紛れ込んでしまった。疑心暗鬼のなか、またしても佑樹のターゲットが殺され・・・~

「マレヒト」って・・・(未読の方は何のことか分からないだろうが)
もう、ここまで特殊設定が「特殊」だと、「なんでもあり」なのは当然として、あまりにもゲーム性が強すぎという感覚になる。(もちろん本格ミステリそのものが虚構であり、ゲームと言われればそれまでだが)

前作では「タイムトラベル」をアリバイトリックに応用するという新機軸を出してきたのと同時に、一家惨殺ドロドロという古いタイプのミステリを並立させた作者。
本作でも、「マレヒト」(詳しくは書かない)という超変化球と、孤島の連続殺人というコテコテを並立させてきた。この「並立」は作者の狙いなんだろうな。
いかにしてこの2つを破綻なく並立させるか。これこそが本作のカギとなる。

問題となるのが、作中でも挙げられた14個もの「マレヒト」の性質。
これを如何に読み解くかが読者にとっての試練となるし、反対に作者の創作に当ってのプロットの肝だろう。
うーん。なんか、こんなにクドクド書くのがばからしくなってきた。
ロジックといえばこれほどロジックを重視したプロットもないんだろうな。作者は自身の創造した「特殊設定下」で徹底したロジック、そしてフーダニットの謎を構築する。
これを推理し、解明する喜びを読者は与えられたわけなんだけど・・・うーmm

まあ、でもスゴイことだよ。こんなブッ飛んだ設定を構築できることこそが作者の凄まじい才能。
ちょっと前に読んだ今村氏の「兇人邸」のときにも感じたけど、これこそが「現代の本格ミステリ」だし、古臭いカビの生えた本格をここまで昇華することに成功した例だと思う。

いったいどんな頭の構造してんだろう? 
でも、昨今の特殊設定本格ミステリを次々に読んでいると、新本格に続く、つぎの波、ムーブメントが起きているんだと思ってしまう。ただ、「読み物」である以上、やはり「人間の機微」がいかに書けているか、も大事だとは思います。
(1つ疑問。あれだけ一撃必殺なら、大勢の人間がいたって、恐れずに一撃必殺で殺せばいいのでは?)


No.1849 7点 転落の街
マイクル・コナリー
(2025/07/21 13:30登録)
個人的にも、長い期間をかけて読み継いできている、「ハリー・ボッシュ」シリーズ。
長い間にいろいろ紆余曲折あった本シリーズだったが、シリーズ当初のようなスタイルに戻ってきている感じはある。今回も、様々な苦難、障壁が彼を待ち受けるのだろう。
2011年の発表。

~絞殺死体に残された血痕。DNA再調査で浮上した容疑者は、事件当時八歳の少年だった。ロス市警未解決事件班のボッシュ刑事は、有名ホテルでの要人転落事件と並行して捜査を進めていくが、事態は思った以上にタフな展開を見せる。ふたつの難事件の深まる謎と闇。許されざる者をとことん追い詰めていく緊迫のミステリ~

原題の""The Drop"" 本作の内容はこのタイトルのダブル・ミーニングが憎いほど効いている。
他の方も触れているとおり、一つ目はボッシュ刑事の雇用延長制度に関するもの(→この制度について彼は作中で悩むことになる)。
あと二つは、今回ボッシュが追うこととなる二つの事件。①本来の職務である過去の「未解決事件」、②宿敵アーヴィング元本部長の息子の転落事件、にまつわるもの。
②については、過去作からの因縁の相手、アーヴィングから直々の指名で捜査に当ることとなったボッシュ。現職の市議である彼の背後を調査するうちに、事件の構図が明らかとなった・・・かと思いきや、という展開。さらに、解決したはずの本件が、アーヴィングとのラストシーンでは、更なる深淵に嵌まっていくような感覚。
そして①である。過去の未成年者猥褻事件に絡んで、紹介文のとおり、ひとりの容疑者から事件の捜査を進めるボッシュ。もしかして②とクロスするのかと思いきや、そこまでは今回のプロット外。
ただし、判明した真犯人のおぞましいまでの犯罪に、ボッシュをはじめとする捜査陣も震えることとなる。
ただ、二つの事件で忙殺されるボッシュなんだけど、しっかりひとりの女性とメイクラブしてしまう・・・(ボッシュって何歳だっけ?)。そして、愛娘マデリンとの関係・・・

さまざまな要素が本作に投入されている。
普通なら、ここまでいろいろ詰め込むと消化不良になりそうなところ、さすがのコナリー。秩序だって、整理されて読者の頭の中にもスッと入ってくる。
この辺りがもう、プロ中のプロ作家たる所以なんだろう。私のようにシリーズを通して読み継ぐファンにとっては尚更。第一作から数えてもうはや三十年が経過。それでも色あせないのは、作者の力量、そして生み出したハリー・ボッシュというキャラの熱量によるものだろう。
ただ、作中でボッシュが自身の加齢による衰えを切々と語る場面がある。そう、いくらフィクションの世界でも、ゆっくりとだが時は流れているのだ。人間も生物である以上、それはどうしようもないこと。それでも、前を向いて進んでいく姿。それこそが、シリーズファンにとっては次作へのエネルギーとなっている。そんな読後感だった。


No.1848 5点 ジグソーパズル48
乾くるみ
(2025/07/21 13:28登録)
「小説現代」誌を中心に発表された各短編をまとめた連作短編集。
すべて「私立曙女子高等学院」という名門女子高が舞台。
単行本は2019年の発表。

①「ラッキーセブン」=ひとりの女子高生が考案した新しいカードゲーム。「大富豪」(地域によっては「大貧民」?)のルールを取り入れたゲームなのだが、これがなかなか単純なようで、人間心理をついた奥の深いゲーム。で、なぜか敗者は頸をはねられて殺される設定に・・・。だからみんな必死!(当たり前だ!)
②「Give me five」=舞台はカラオケBOX。二組の女子高生しか入室してないうえに、二組とも曙の生徒。で、合流したとことが、とある生徒が持ち込んでいた高級イチゴが誰かに食べられていた!っていう事件。探偵役の店員は各自のアリバイまで調べだしたし・・・
③「三つの涙」=今度は殺人事件のお話。なのだが、現場のお隣の部屋の娘は曙の生徒で、捜査に当たる刑事の娘も曙の生徒、ついでに被害者が生前最後に訪れたスーパーのレジ店員の娘も曙の生徒だった・・・。そして事件のカギとなるのが「アイスの実」(ぶどう味)です。
④「女の子の第六感」=そりゃ鋭いよねぇ・・・。男ではかないません。
⑤「マルキュー」=曙女子高校には、いわゆる「選抜クラス」があって、それが各学年の9組。それを「マルキュー」と呼んでいた・・・。ということで、9組に編入されたひとりの美少女をめぐるストーリー。みんなが少しずつ協力して、少しずつ分け与えて、少しずつ我慢すれば、きっと成功するっていうお話。
⑥「偶然の十字路」=現場となった校舎の平面図も挿入され、ミステリっぽいお膳立てがされた一編。十字路となっている廊下の真ん中で誰かに殴られ失神した女子高生。容疑者は7人。ただ、途中で思いもかけぬ事実が・・・
⑦「ハチの巣ダンス」=幼馴染のふたり。当然、曙女子高の生徒。ふたりともハーフの美少女。なのだが、最初からどうも主語や文体がおかしいと思っていたら・・・そういうことか。種明かしされてもちょっと分かりにくかったな。

以上7編。
作者・乾くるみ。1963年生まれ。2019年当時56歳。さすがである。女子高生になりきっての執筆(なのかな?)
分類するなら「日常の謎」ということになるのかもしれないけど、どれもラストに気の利いた「ひねり」が待ち構えている。この当りはまさに作者の十八番だろう。
タイトルに「数字」の入った短編集を以前から発表してきた作者だから、これもその一環だろうと考えてきたけど、これって、いわゆる「48」グループのこと?
まあどうでもいいけどね。
(個人的ベストは①。今となっては女子高なんて異世界だよな)


No.1847 8点 地下室の殺人
アントニイ・バークリー
(2025/07/05 13:53登録)
稀代の“迷”探偵ロジャー・シェリンガムが活躍する(?)作者の代表作のひとつ。
ただ、本作と並び称される「最上階の殺人」が個人的に今一つ食い足りなかっただけに・・・
1932年の発表。

~新居に引っ越してきた新婚夫婦が地下室で掘り出したのは、若い女性の腐乱死体だった。被害者の身元さえつかめぬ難事件は、モーズビー首席警部の「被害者探し」に幕を開け、名探偵ロジャー・シェリンガムの登場を待って新展開を見せる。バークリーが作中作の技巧を駆使してプロット上の実験を試みた円熟期の傑作~

これは作者NO.1の面白さ(だったと思う・・・)。
何より、紹介文のとおり、「プロットの妙」である。
新婚夫婦が偶然見つけた地下室の死体。身元を示す物証なし。困り果てたモーズビー警部が相談に訪れたのは、やはりあの男・・・シェリンガムだった。

そして、唐突に始まる「作中作」。舞台は田舎の小学校。「なぜ?」と思ってる読者を差し置いて、経営者親娘と教師たちを巻き込んだストーリーが進行。
で、その「作中作」も面白くなってきたところで唐突に終了。
またもやモーズビーとシェリンガムの推理対決のような形に移っていく・・・

文庫版の巻末解説にも触れられているとおり、ふたりの対決はシリーズ中何度もあり、勝敗は拮抗している。
で、今回は(恐らく)シェリンガムの勝利。
彼の言うところの、「心理」を軸とした推理が功を奏する。確かに、個人的にも真犯人の正体には「アッ!」と思わされた。
でも、まあある意味、意外な真犯人としては分かりやすかった、のかもしれない。
今回はシェリンガムの推理も割とズバズバ的を得ていたし、伏線もまずまず効いていたと思う。少なくとも「最上階・・・」などよりは、全然上だろうと思う。

まあ、最後のシェリンガムの言動はねえ・・・。いかにも、彼らしいよね。
ここが作者の心意気というか、ミステリに対する構え方なんだろう。それはそれとして、十分に佳作と評価。
(「できる」「気の強すぎる」女性は・・・不幸をもたらすね)


No.1846 6点 可燃物
米澤穂信
(2025/07/05 13:50登録)
群馬県警捜査一課の「葛警部」を探偵役に据えた連作短編集。
長編・短編問わず、はたまたミステリのジャンルを問わず、良質なミステリを上梓続ける作者。今回もまた・・・かな。
単行本は2023年の発表。

①「崖の下」=スノボしにやってきた五人組の男女。そのうちの2名が遭難し、ひとりが刺殺体で発見される。ただ、現場には何故か凶器が残されていなかった・・・ 物証をもとに推理をめぐらせる葛警部の頭に、最後に訪れた天啓とは? まさか、あれが凶器にねェ・・・
②「ねむけ」=藤岡市内の夜中の交差点で発生した交通事故。関係者のひとりは、強盗事件の容疑者だった。事故の原因を捜査するなか、現場を見ていたと思われる誰もが、その容疑者が赤信号を無視したと主張するが・・・。これも「葛警部」のカンと拘りが事件を解決に導く。
③「命の恩」=谷川岳に続く緩やかな山道で発見されたバラバラ死体。ほどなく被害者は特定され、容疑者が出頭してきた。事件解決!と思いきや、どこか納得がいかない「葛警部」がとった行動は、現場へ戻ること。そして・・・
④「可燃物」=連続して発生した放火事件。事件は、収集日の前夜、可燃物のゴミ袋に着火するという共通点があった。ただ、折からの湿った天気のなか、大火には至らずにいたが、「葛警部」が捜査を進める中で浮かんだ容疑者は・・・。これは動機にまつわる機微が味わい深い。
⑤「本物か」=伊勢崎市内のファミレスで発生した立てこもり事件。犯人はほどなく判明するが、拳銃らしきものを手にしているのが分かり、「葛警部」たちに緊張が走る。ただ、関係者たちに聞き込みを続ける中、不可解な点が浮かんで・・・

以上5編。
もう、さすがのクオリティである。スゴイね。どんなジャンルの作品でも、一定以上の評価ができるものばかり。
これこそが一流のミステリ作家、ということだろう。

本作は警察小説(なのかな)。なんとなく、横山秀夫っぽい雰囲気で、「葛警部」という探偵役が実に効いている。
短編らしく、込み入ったプロットはないけれど、必ず最後にオッ!という驚きとツイストが待っている、という作品が並ぶ。
成熟したミステリ作家しか書けない作品だと思う。もう少し派手めなトリックやら捻りも欲しいなどという、不満点もあるのかもしれないけど、これはこれでいい味出しているし、作者も「この線」を狙って書いたのだろう。
だからいいのだ。この渋さと、静かさと、上品さで。十分である。
(カフェオレと菓子パンで食事をとる場面が再三出てくるのは「笑い」ポイントなのかな?)(個人的には⑤が最上位。最後の反転がよく効いてて面白い)


No.1845 7点 時空旅行者の砂時計
方丈貴恵
(2025/07/05 13:49登録)
京大ミステリ研出身。綾辻、法月ら数多の本格ミステリ作家を輩出した名門ミステリ研から、またまた出てきた才媛。
しかも「鮎川哲也賞」受賞作である。これはもう、期待しかないでしょう。でもあまりハードルを上げすぎないようにしておこう・・・
単行本は2019年の発表。

~瀕死の妻のために、謎の声に従い、2018年から1960年にタイムトラベルした主人公の加茂。妻の先祖・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族の殆どが亡くなった「死野の惨劇」の真相の解明が、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを吞み込むまでの四日間。閉ざされた館のなかで起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は2018年に戻ることができるのか?~

「いろいろと考えるねぇ・・・」っていうのが、読後の偽らざる感想、かな。
AIとタイムトリップ、そしてバラバラ殺人と一族の惨殺を図る連続殺人事件・・・
新しいものと古いものが詰め込まれていて、そういう意味では、ネタ切れ感の強い本格ミステリに一石を投じる作品だとは思った。
もう少し細かく見ていくなら、まず「新しい方」からで、例の「タイムトリップ」を利用したトリック。
最初は正直、よく理解できなかった。これをどんな風に使ったの?って。探偵役の加茂の推理を読んでやっと理解。
なるほど、要はアリバイトリックなんだね。時空を超えたアリバイトリックって、今までもあったような気はするけど、これは確かに新しいアプローチだろう。タイムトリップの「制約」さえもトリックにうまい具合に使われてて、この辺は作者の工夫や旨さを感じられた。
次に「古い方」だけど、「バラバラ殺人」については、これは・・・高木彬光だよね・・・。まさかあのトリックじゃないだろうなと考えていたら、まさにそのとおりだった。そして、一族惨殺の動機。これはもう・・・何ていうか、古き良き、探偵小説の世界だ。
そういう意味では、真犯人も途中から自明というか、いかにもすぎて、それはそれで、もうひと工夫あっても良かったかとは思う。

あと気になったのは「伏線の分かりやすさ」。文中でクドイくらいに語られるところがあり、「これは伏線だろうな」というのが明白な箇所が多すぎた。これは仕方ないのだろうけど、設定自体が特殊すぎるので、説明部分をどのように作中に混ぜていくか・・・。この当りは改良の余地はあるかも。

巻末には鮎川哲也賞の選評が載っていたけど、審査員が加納朋子、北村薫、辻真先かあ・・・。加納氏なんかいかにも本作を推しそうだな。
賛否はありそうだけど、個人的には作者の「本格愛」が感じられて、好ましく感じた。それとラストシーン。これはこの物語の締めくくりとしてはベストではないだろうか。それだけでも、読む価値あり、と思う。


No.1844 6点 騙し絵
マルセル・F・ラントーム
(2025/06/14 14:30登録)
作者は僅か三作のミステリを遺しただけ、とのこと。
本作は、なんと戦時中の捕虜収容所の中で書き上げたというのだから恐れ入ります。
1946年の発表。

~アリーヌ・ブイヤンジュが祖父から贈られた253カラットのダイヤモンド「ケープタウンの星」。彼女の結婚披露宴の日に、パリの屋敷でこのダイヤを披露することになった。世界六か国の保険会社はこの宝石のために各社一名、警備要員として警官を派遣。ところが、六名の警官の厳重な警備にもかかわらず、ダイヤは偽物にすり替えられてしまう。誰が?どうやって? 謎に立ち向かうのは、アマチュア探偵ボブ・スローマン~

いやいや、これは思わぬ掘り出し物だった。
あまり期待してなかったせいもあるけれど、まさか「読者への挑戦」までも挿入したミステリとは・・・
さらに、巻頭には、本作でメインの事件・謎となる「ダイヤ消失事件」の舞台となる屋敷の平面図までも示されている。
(これは本格好きの心をくすぐるよね)
これが単なるコケ脅しかと思いきや、まさかの(平面図の中に)大掛かりなトリックのヒントが隠されていようとは・・・

ただ、このトリック。かなりの無理筋というか、悪く言えば「適当」なトリックではある。
フランス人らしく、おおらかでラフ、と表現すればいいかもしれないが、いくらなんでも、まずまずの大人数がアノ場所にいて、〇〇でそういうことを行っていたら、さすがに察するというか、少なくとも「変だな」とは感じるだろっ!って思う。
まあ、そんなこと言うのは野暮なのかもしれんが・・・
残りの殺人事件と誘拐事件、飛行船(?)消失事件については、完全に付け足し程度。特記することは別段ない。
後は、他の方も触れているとおり、筆致の軽妙さが光る。時代性を考えれば、これは特筆ものかもしれない。

結局褒めているのか、貶しているのかはっきりしない書評となってしまいました。
でも、冒頭でも触れているとおり、「予想外の掘り出し物」という感想は変わらず。一読の価値はあると思う。


No.1843 5点 ブラックチェンバー
大沢在昌
(2025/06/14 14:29登録)
ノンシリーズのハードボイルド系クライム・サスペンス(とでも分類すればよいか・・・)
文庫版で600ページ超の長尺。恐らくいつもの“大沢節”。
単行本は2012年の発表。

~警視庁の河合はロシアマフィアの内偵中に拉致されるが、殺される寸前「ブラックチェンバー」と名乗る組織に救われた。この組織は国際的な犯罪組織に打撃を与える一方で、奪ったブラックマネーを資金源にしているという。スカウトされた河合は、ブラックチェンバーに加わることを決断。その河合たちの前に人類を崩壊に導く恐るべき犯罪計画が姿を現わす・・・。進化し続ける国際犯罪の実態を抉り出す、クライムサスペンス巨編~

新型コロナが初めて騒がれ始めたのが、確か2019年末から2020年始にかけてだった。
本作の発表が2012年とのことだから、本作が新型コロナのパンデミックを予言したものとは言えない。
恐らくは、それ以前のSARSの流行あたりに感化されたものだと推察。

ちょっとネタバレみたいになってしまうけれど、そう、本作の重要なプロットのひとつは、新型インフルエンザ(本作中ではこう呼ばれる)によるパンデミック。
主役となる元警視庁刑事の河合が、ブラックチェンバーと名乗る非政府組織にスカウトされ、日本の広域暴力団とロシアマフィアが手を組んだ巨悪と対峙することとなる。
なかなか巨悪の実態・実像がつかめず、国内外あちこちで捜査を行い、はたまた推理・推察を繰り返していく展開。

しかし、ある事件関係者の自宅を家宅捜索した際に見つかったのが、新型インフルエンザ治療薬のパッケージで、もう、この時点で凡その展開が読めてしまうこととなる。
ただ、その後もああでもない、こうでもないという展開が続くのがやや冗長。
そう、本作は全体として冗長さが目立つ。
新宿鮫シリーズなどと比べると、どうしてもスピード感やシリアスさが足りないように思えてしまう。
もうひとつ気になったのが、謎の組織として登場するブラックチェンバーの矮小さ。
要は「練りこみ不足」なのだと思うが、当初は犯罪組織の壊滅と強欲に資金奪取することを両立させるなどとカッコいいことを表明していたが、徐々にトーンダウン。中途半端な存在でしかなくなる。

ということで、ちょっと辛口評価になってしまうけれど、さすがに作者だけあって、一定のクオリティはある、とフォローしておきます。
元刑事と広域暴力団の若頭の対決なんかは、いかにも“大沢節”。安定感はさすが。


No.1842 6点 黒野葉月は鳥籠で眠らない
織守きょうや
(2025/06/14 14:23登録)
作者の初読み。1980年ロンドン生れ。弁護士として働く傍ら、小説執筆・・・
本作は若手弁護士・木村龍一を主人公とする連作短編集。
単行本は2015年の発表。

①「黒野葉月は鳥籠で眠らない」=家庭教師の教え子に「不純異性行為」をしたとして父親に訴えられた男の弁護を依頼された木村。被害者との和解を目指したのだが、関係者から事情を聞いていくなかで意外な事実が浮かんでくる。で、「被害者」=黒野葉月が最後にとったある行動がうーん。こんなことまでしちゃうの!っていうもの。いずれ後悔するんじゃないかなあー
②「石田克志は暁に怯えない」=今度の依頼者は弁護士を目指していた頃の木村の友人。弁護士の道を諦め、結婚し、一男を設けた彼だったのだが、息子は重い障害を抱えてしまう。彼には資産家の父親がいるのだが絶縁状態。そんな彼もまた、衝撃的な行動に出る。子に対して親はここまでできるのか・・・
③「三橋春人は花束を捨てない」=一子を設けたにもかかわらず親友との浮気に走った妻。彼の願いは親権を渡さずに妻と離婚すること。浮気の証拠は続々と揃い、無事協議離婚が成立。ただ、その後に裏のカラクリに木村は気付いてしまう・・・。
④「小田切惣太は永遠を誓わない」=超有名現代画家の彼。先輩弁護士の高塚に付き添い、彼の自宅へ訪問した木村は、若く美しい妻の姿を見て・・・。しかし、彼女は「妻」ではなく「娘」だと高塚は言う・・・。「相続」が裏のカギとなるのだが、そうか、養子ってそういう規定があるのか・・・

以上4編。
正直なところ、ミステリとしてはかなり薄味で、弁護士としての「お仕事小説」的な読み物の部分が大きい。
ただ、全編ともラストにそれまでの構図を反転させる「仕掛け」があることが分かり、「ほォー」や「へエー」という感想を抱かせるようになっている。
そういう意味では実に「旨い」作品には仕上がっている。

全体的なプロットは老練なのに、文章としてはまだまだ「若書き」というのが、なんだかアンバランスな印象は受けるけれど、弁護士という自分の属性を作品世界に取り込み、うまい具合にまとめていることは素直に称賛。
ただ、熱量としてはそれほどではないので、「熱い」ミステリが読みたい方にはお勧めはしないかな。
(①~④とも同じ程度の面白さ、クオリティはある。中では④が好み)


No.1841 8点 ヴァンプドッグは叫ばない
市川憂人
(2025/05/17 13:03登録)
大好評の「マリア&漣シリーズ」も重ねて五作目。作品集を挟んだ第五弾は、シリーズ正調の本格ミステリ。
ヴァンプドックと呼ばれる吸血鬼をめぐる大事件に挑むのは、マリア&漣。そして、お馴染みとなったメンバーたち。
単行本は2023年の発表。

~U国MD州で現金輸送車襲撃事件が発生。襲撃犯一味のワゴン車が乗り捨てられていたのは、遠く離れたA州だった。応援要請を受け、マリアと漣は州都フェニックス市へ向かう。警察と軍の検問や空からの監視が行われる市内。だがその真の理由は、研究所から脱走した、二十年以上前に連続殺人を犯した男『ヴァンプドッグ』を捕らえるためだった。しかし、『ヴァンプドッグ』の過去の手口と同様の殺人が次々と起きてしまう。一方、フェニックス市内の隠れ家に潜伏していた襲撃犯五人は、厳重な警戒態勢のため身動きが取れずにいたが、仲間の一人が邸内で殺されて…!? 厳戒態勢が敷かれた都市と、密室状態の隠れ家で起こる連続殺人の謎。マリアと漣が挑む史上最大の難事件!~

これは・・・今まで以上にスゴイ作品に仕上がってる。スケールの大きさでいえば、シリーズNO.1だろう。
紹介文のとおり、同じフェニックス市内で発生するふたつの連続殺人事件。1つは市内を舞台とした広域で、もうひとつは一軒家というCCという狭い空間で発生する。いずれにも見え隠れするのが「吸血鬼」=ヴァンプドックという存在。
連続殺人はごく短い時間帯で次々と起こっていて、それこそ人知を超えた存在でないと、物理的に無理だろ!というレベル。そこまで大きく広げてしまった風呂敷を、どのように作者は回収するのか?
そこに興味の焦点が当てられることになる。

で、今回の解決編がかなりのボリューム。真犯人指摘の時点で、まだかなりのページを余していたので、どんでん返しが繰り返されるのかと予想したけど、その中身の大半は、この現実性を超越した物語を、いかにして現実的なレベルの解法に着地させるのかに費やされている。
正直、ここは相当に我慢のいる読書になった。(ネタバレかもしれんが)本作の裏のキーワードとなる「狂犬病」について、本作中のフィクションでの変異株の話など、これは相当に作りこまないと、読者の納得感は得られないだろう。
では私自身納得したのか?と問われると・・・
そこは微妙・・・ではある。
「あとがき」は真犯人の動機面を補強するためにはマストだったのだろうが、確かにこれがなかったら、少なくとも襲撃犯事件の筋は納得できなかったに違いない。
で、最後の最後で語られる、もうひとつの裏のストーリー。恐らくこんなことじゃないかと想像していたけれど、次作以降どのように関わってくるか? 興味は尽きない。
いずれにしてもスゴイ作家だったんだなあと再認識させられた本作。五作目でパワーアップというのがスゴイこと。


No.1840 7点 あと十五秒で死ぬ
榊林銘
(2025/05/17 13:01登録)
またまた旧帝大出身の高学歴ミステリ作家が贈る実に企みに満ちた作品集。
タイトルにもあるとおり、「十五秒」というのが全ての作品でキーワードとなっている。
単行本は2021年の発表。

①「十五秒」=第12回ミステリーズ新人賞の佳作受賞作(佳作・・・中途半端だな)。猟銃で撃たれ、あと十五秒で死ぬ!という、かなり特異な設定。そんな限界ギリギリの場面にもかかわらず、ふたりの女性(加害者と被害者のこと)が知恵比べを行う・・・って、よくまあこんな設定考えたよな・・・
②「この後衝撃の結末が」=なかなか面白かった。地上波の番組のテロップなんかでよく見るタイトルなのだが、舞台となっているミステリドラマの形をとりながら、まるで「作中作」のようなプロット。更には「タイムトラベル」というSF要素も加えている。読者を煙に巻きつつ、ラストもよく決まっている。①よりもレベルが高い。
③「不眠症」=全体的によく分からん。現実と夢の中を行ったり来たりしたうえで、それが途中からどうも二人の人物と気付く。で、いったい何が真実だったのか? まあそんなの関係ねえようなお話ではあるが・・・。好きな方には刺さりそうな作品ではある。
④「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」=これは・・・もう「あっぱれ!」である。久々にメガトン級の衝撃を受けてしまった。加えて、ミステリの読書史上、最大級のバカバカしさである。これは細かな解説など不要。とにかく「読むべし! いやいや読まないほうがよいか?」人によっては、本作をブン投げる方もいそうだ。

以上4編。
とにかく、こんなの久しぶり。すげぇわ、この作家。
特に④である。これを映像化できたらスゲェだろうな・・・滅茶苦茶シュールな絵になるのは間違いないだろうけど。

いやいや、かなり興奮しております。いやいや、いやいや・・・ 
あと、これを発表させた出版社にも敬意を表します。
(特殊設定にも程があるだろ!)


No.1839 5点 悪魔のひじの家
ジョン・ディクスン・カー
(2025/05/17 12:59登録)
「雷鳴の中でも」(1960年)以来、久々に発表された、フェル博士の探偵譚。
まさにミステリの大家であるJ.Dカーにとって、最後の煌めきという頃の作品(かもしれない)。
1965年の発表。原題は“The house of Satan's elbow”(そのまんまだな)。今回は新樹社版で読了。

~偏屈者の前当主の死後落ち着きを見せていた緑樹館に、新たな遺言状という火種が投げ込まれた。相続人は孫のニコラスとされ、現当主ペニントンの立場は大きく揺らぐ。事態の収拾にニコラスが来訪した折も折、ペニントンは一夜にして二度の銃撃を受けて重態に陥る。犯人は密室状況からいかにして脱出したのか。三度の食事より奇怪な事件を好むフェル博士の眼光が射貫く真相とは?~

単行本の巻末解説者・森英俊によれば、本作はカーの代表作を彷彿させる雰囲気がふんだんに盛り込まれている、とのこと。「曲がった蝶番」然り、「火刑法廷」然り、「三つの棺」然り・・・。確かに、それはそのとおりなんだけど、「随分と劣化したなあー」という間隔は拭えない。

本作のメインテーマとなるのも、やはりカーといえば「密室」というイメージどおりに「密室」なのだが、この密室の解法も「うーん」である。はっきりいうと、これはトリックというレベルのものではない。
〇〇者が(密室のために)こうした、という経緯は一応納得したとしても、あの密室の大家たるカーがこんな密室トリック?を平気で出してくるなんて!って思うんじゃないかな。
そして、もうひとつのカギとなる「幽霊騒動」にしたって、雰囲気づくりにはなっていても、それ以上でもそれ以下でもないという感じだ。
あの人物が空砲で焦げたコートに再度着替えるという理由も必然性がないと思った。

などなどひたすら辛口の評価を書いてしまってますが、本作はミステリ要素以外の方が読み所かもしれん。
老いて盛んなフェル博士や、えらくなったエリオット。いかにもカーらしい、古臭い恋愛要素などなど、カーの不器用さを楽しめる(?)。

まあ代表作と比べること自体が間違ってると言えそう。これはこれで、まずまずまとまってるし、何となくだけど、ミステリとしての骨格が、「横溝正史を欧米風すると」こんな感じになりそうだなと。
(クレイトン・ロースンは本作を贈られて、どんな反応だったのか。気になるところ)


No.1838 7点 煽動者
ジェフリー・ディーヴァー
(2025/05/03 16:48登録)
ついこの前、石持浅海の同名タイトル作を読んだので、その連想から本作を手に取ってしまった。
キネティックの天才「キャサリン・ダンス」シリーズの四作目。
2015年の発表。今回も単行本で500ページの長尺。

~”人間嘘発見器”キャサリン・ダンス捜査官が「無実」と太鼓判を押した男が、実は麻薬組織の殺し屋だとする情報が入った。殺し屋を取り逃がしたということで、ダンスは麻薬組織合同捜査班から外され、民間のトラブルを担当する民事部へ異動させられる。その彼女に割り当てられたのは、満員のライブ会場で観客がパニックを起こして将棋倒しとなり、多数の死傷者が出た事件だった。だが、現場には不可解なことが多すぎた。この惨事は仕組まれたものではないか?独自の捜査を開始したダンスだったが、犯人はまたもや死の煽動工作を実行した・・・~

本作は、複数の事件が交錯しながら展開していく。
その分、読みごたえは大きくなるが、やや分かりにくくはなってしまう。そんな感覚だった。
タイトルのとおり、メインは「煽動者」の事件。作中では本シリーズらしく「未詳」と犯人を呼びならわす。この「未詳」は作者の数多の魅力的な「敵キャラ」と同様、なかなかの個性を発揮してくる。
そして、「未詳」が狙いをつけたのが、よもやの「キャサリン・ダンス」その人。ダンスそのものをターゲットとして、自宅前にまでやってくるほどの執拗さを示す。
このあたりは、映像化すれば最もサスペンスフルなシーンだろうな。

それでもダンスらの奮闘により、「未詳」の捕獲に成功するわけなのだが、「いや、待て! まだページ数が余っているではないか??」という疑問を抱いているところにやってくるのが、次の衝撃波。
なるほど。だから最初から複数の筋立てにしてたのね・・・
まさか冒頭から読者に罠を仕掛けていたとは・・・さすがのディーヴァーである。
今回は、今まで以上に「裏の裏」を使っていたのではないか。敵を欺く前に味方から、というわけではないのだろうけど、読者に見せていた角度が急に変わり、違う角度から見せる手際の良さはさすがというしかない。

今回、いつにもましてダンスの「家族」の問題にも焦点が当てられる。小さい子を持つ母親としての悩み、不安、喜びetc。そして、ふたりの男の間で迷うダンスの姿も・・・
とにかくサイドストーリーもふんだんに詰め込まれた本作。読みごたえは十分と言える。

ただし、もちろん辛口評価をすべきところもある。ひとつは先ほども書いた「分かりにくさ」。脇筋が多い分、登場人物も増え、頭がついていけなくなるところもあった。後は、犯人側のサプライズ感が今一つだったこと。「まさかアイツが・・・」という感覚がどうしても欲しいのだ、ファンは。
それでも高いレベルにはあったと思うし、次作にももちろん期待!


No.1837 6点 世界の望む静謐
倉知淳
(2025/05/03 16:47登録)
死神そのものの風貌を持つ「乙姫警部」と、信じられないほどのイケメン「鈴木刑事」。
殺人事件が起きた場所に必ず出没する(?)迷コンビが贈る、倒叙シリーズの第二弾。
単行本の発表は2022年。

①「愚者の選択」=大人気漫画「探偵少女アガサ」シリーズを手掛ける漫画の大家を勢いで殺害してしまった担当編集者。これはもう、その時点で切腹ものだよな、普通。ただ、本人は悪あがきをしてしまうことに・・・で、当然乙姫警部に目を付けられる。
②「一等星かく輝けり」=往年の大スターが今回の犯人役。もう一花咲かせようと、プロモーターに売り出しの依頼をしたのだが、コイツが悪かった・・・。その結果、殺害に至ってしまう。今回の肝は、犯人の顔が世間一般に知られていること。これが(犯人にとって)悪い結果をもたらすことに。有名人もツラいね。
③正義のための闘争=今度の犯人役も著名人。意識高い系の女性(←嫌いだ)どもに人気の芸能・文化人というやつ。だが、遊び人である夫の浮気を許すことができず(→プライドが高いからね)、浮気相手を殺害することに。今回は乙姫警部が執拗な罠を仕掛けていく。
④「世界の望む静謐」=なんだか意味深なタイトルの最終編。舞台は美術専門の予備校。被害者は事務員で、加害者は講師。しかもイケメンの。いつも最初から犯人の目星をつけて行動する乙姫警部なのだが、今回はその理由がちょっと弱いような気がするが・・・

以上4編。
シリーズ二作目となり、ますます安定感が増したように思う。レベルは高位安定。
とにかく、「乙姫警部」である。(作者としても「猫丸先輩」以来、手応えのあるキャラを得たのではないか?)
毎度毎度、話を聞かれる事件関係者から、さまざまな言葉でその「死神っぷり」を表現させられるところなど、作者の遊び心が伺えて良い。
それともうひとつ大事なポイントが、犯人役のキャラ立ちの良さ。前作に比べてもここがパワーアップしたと思う。

ただ、倒叙ものは「ワンパターン化のしやすさ」が宿命となる。これは二作目でかなり強くなってしまっている。次作があるなら、そろそろ変化球パターンを持ってこないと、さすがに・・・という要らぬ心配をしてしまう。
倒叙ものの人気シリーズも多いだけに差別化は難しいのだろうけど、ぜひ今後も続けてほしいシリーズとなった。
(それにしても、ますます古畑っぽくなってきたような気が・・・。地上波への布石?)


No.1836 6点 時限感染
岩木一麻
(2025/05/03 16:46登録)
「がん消滅の罠~完全寛解の謎」でこのミス大賞を受賞した作者。
今度は「バイオ・テロ」がテーマとなるスケールの大きなミステリを上梓することに・・・
単行本は2019年の発表。

~ヘルペスウイルスの研究をしていた大学教授の首なし死体が発見された。
現場には引きずり出された内臓のほかに、寒天状の謎の物質と、バイオテロを予告する犯行声明が残されていた。
猟奇殺人にいきり立つ捜査陣であったが、彼らを嘲笑うように犯人からの声明文はテレビ局にも届けられる。
事件に挑むのは、警視庁捜査一課のキレ者変人刑事・鎌木。
首都圏全域が生物兵器の脅威に晒される中、早期解決を図るべく、鎌木は下谷署の女性刑事・桐生とともに犯人の手がかりを追いかける。しかしテロは水面下で静かに進行していて――。標的は三千万人! 果たして、史上最悪のバイオテロを止められるか?~

なかなかの力作、だと感じた。ミステリ作家である前に「医師」でもある作者。(最近はこういうスゴイ属性の作家が増えたなあー)
その特性を十二分に活かした作品に仕上がっている。
日本中を恐怖に陥れる犯人に立ち向かう刑事もまた、刑事としては異色、日本最高学府出身、生物学を専攻したという変わり種。そしてコンビを組むのは、空手の達人にして、難病に罹患している若き女性刑事。
なかなかに魅力的だ。

事件の始まりもかなり衝撃。大学の研究所内で、首なし死体が発見されるところから始まる。
そして、中盤からは一転。共犯者が視点人物として登場し、これはもう本格ミステリではなくなった?という気になる。
ただ、そこが作者の仕掛けた欺瞞。
終盤以降は、この「欺瞞」をふたりのコンビが解き明かすこととなる。
で、こんなバイオ・テロを扱っている事件にしては、かなり「普通」の動機が明らかとなる。
ここが問題。
確かにリアリティというか、現実的な解決を重視するならこれもアリだが、うーん。あまりにも矮小化されすぎなのでは?
最後の手記の人物なんて、終盤まで登場すらしなかった人物なのだから・・・
ここがどうしても気になるところだ。

で、本作を読んでると、どうしても頭に浮かぶのが「コロナ禍」のことだ。
本作で犯人が仕掛けた「バイオ・テロ」は、そのままコロナ出現の裏の構図に当てはまらないのか? もちろんさまざまな事情は異なるし、単なるフィクションと現実は比べるべくもないが、素人の私にはどうしても気になってしまった。
知ってる人は知っている、のかもしれないけどね・・・(「知らぬが仏」とも言いますが)


No.1835 6点 魔偶の如き齎すもの
三津田信三
(2025/04/19 14:06登録)
大好評?の刀城言耶シリーズの短編集第三弾。
今回もホラーと本格のハイブリッドが読みどころとなるのだろうか。
単行本は2019年の発表。

①「妖服の如き切るもの」=一風変わった「交換殺人」という趣のふたつの殺人事件。問題は、いわば「凶器のアリバイ」(同じ凶器が同じ時刻に違う場所で使われた?)。時代設定からして、電話線を使ったトリックが有力視されるが、真相はかなり腰砕け。怪奇風味も薄味です。
②「巫死の如き甦るもの」=これはかなり変わったお話。途中まで真のテーマはなんなのか、よく分からなかった。見た目は「人間消失」がテーマだと思わせておいて、最後にアレを持ってくるなんて、さすがにホラー作家だこと・・・。
③「獣家の如き吸うもの」=これは佳作。三人の男が、年代を越え、それぞれ別々に訪れた一軒の屋敷。見るからに「禍々しい」屋敷で、無人のはずの家の中からは異音が聞こえてくる・・・。で、最後には言耶によって現実的な解法が成されるわけなのだけれど、やっぱりそこはホラー風味をまぶしてある。
④「魔偶の如き齎すもの」=コレのみ書き下ろし作品。最終章までは、まあ普通の短編と思われていたのだが、言耶の「行ったり来たり」の推理を重ねるうちに、思いもよらぬ真相が浮かび上がる! で、コレって連作短編だったのね?と思わせておいて、更なる三番底が明かされる。いやいや、これはまいった。

以上4編。
毎度毎度、高いレベルを維持し続ける刀城言耶シリーズ。
短編になってもやはりホラー風味の効いた本格ミステリである。まあ長編と比べると、どうしても作品の深みは落ちるけれど、そこはいろいろな仕掛けが用意されているのだから。
やっぱ達者だわ!
(個人的ベストは・・・やっぱり④)


No.1834 3点 三つの道
ロス・マクドナルド
(2025/04/19 14:05登録)
ロス・マクの長編四作目がコレ。別名義での発表作品。
はっきり言って、かなり読みにくかった。もしかして訳のせいかな?
1948年の発表。

~沖縄沖で神風機に乗艦を轟沈され、移送されて我が家に帰ってみると、妻は裸身で銃殺されていた。重なる衝撃によって完全に記憶を喪失し、生ける屍となったテイラー大尉の精神の闇に、やがて微かな光明を与えてくれた、ハリウッドの女流シナリオライターの愛情。それは果たして真の愛情か。それとも大尉を騙すための共犯者の詐術か。妻の殺人犯人を発見して、自己を取り返そうとする必死の奮闘の前に次から次へと湧き上がる疑問・・・~

いつものリュウ・アーチャーもの、と思って読むと痛い目にあうよ!と書いておきます。
正直なところ、途中で何度も読むのをやめようかと思わせるほど。とにかく、あまりに内省的で主人公の心の中でああでもない、こうでもない、というような内容が繰り返される。
いったい本筋は何なのだろうか?
もちろん、紹介文でも触れたとおり、妻の殺害に関する謎なのだけれど、途中でもうどうでも良くなった感があった。

こんな風な感想を持たれる時点で、ミステリとしては失格なんじゃないかな?
最後まで結局盛り上がれぬまま終了した感じだ。
最近のトランプ関税問題然り、やっぱりアメリカ人の考えは本質的に理解できないのかもね
(あまり関係ないかもしれんが・・・)

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