| 斎藤警部さんの登録情報 | |
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| 平均点:6.68点 | 書評数:1448件 |
| No.1448 | 8点 | 四季 春 森博嗣 |
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(2026/03/28 10:56登録) 「貴方が殺したことは、内緒にしましょうね」 素晴らしい。 叙述の力強い揺らぎとサトルティ。 抑制ある時系列スクランブル。 文章自体がミステリ溶液にぐっしょりと浸されている。 意外な登場人物の妙があり、登場人物混乱の味がある。 AI深化の原理を覗かせるような、予言書の一面がある。 良い言葉のクリアウォーター・ファウンテン。 思い返すたび、深まる叙事詩。 「君は、既に君を支配している」 「いいえ」 殺人事件の謎周りとなると急に話が俗っぽくなったり 大事なところで駄洒落さんが闖入したりもあるが それくらいの小さな疵があって、むしろ良し。 主役の真賀田四季も同様。 その ‘疵’ は 「夏」 以降の謎解きに直接繋がるようである。 「でも、私にはブレーキの必要はない。 周辺との摩擦、そして時間、肉体的な限界、これらがもう充分な抵抗なんだから」 森博嗣の良い所が凝縮された一篇と言えましょう。 |
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| No.1447 | 4点 | ペルシャ猫の謎 有栖川有栖 |
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(2026/03/24 23:45登録) 表題作には期待も高まった。 tider-tigerさんがプロフィールで仰っている > 「双子」 を斬新な手法で料理している作品 (←ちょっと省略あり) だといいなあ、とそれなりに弥生式ドキがムネムネもしました。 でもなあ、終わってみれば他の作品たちにスネ毛が生えた程度の凡庸作だったなあ。 もっと上手く、巧みに、セクシーにミステリをプレゼン出来ていれば、同じメイントリック題材を扱うにしても、ずいぶん違っていたと思う。 せっかく物議を醸すほどインパクトある◯◯(?)トリックなだけに、モッタイナイ。 アカラサマな非ミステリオーラを放つ二作の(片方はそうでもないか・・)日常スケッチには非ミステリ的にフムフムもしたけれど ミステリ枠の作品たちはドレモコレモ押しも捻りも中途半端に弱くって、かと言ってその弱さにこそ深みが在るようでもなく とにかく結末に驚きが無く、話が躍動するでもなく なーんだっかなっ って石ころ蹴っちゃう感じです。 まこんなファンブッキッシュなアリスアリスもアリでしょう。 |
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| No.1446 | 6点 | 三月は深き紅の淵を 恩田陸 |
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(2026/03/20 12:39登録) “「三月は深き紅の淵を」 もいよいよ最終章。” 『三月は深き紅の淵を』 なる表題の、四部構成による小説の稀覯本を巡る、四章構成の物語。 いえ、少し違います。 『三月は深き紅の淵を』 なる表題の、四部構成による(とは限らない?)小説の稀覯本(とは限らない!)を巡る、四章構成(これは間違いない)のブッキッシュなストーリー。 鼻につくようで絶妙に鼻につかない(個人の感覚です)、魅力的なフレーズや考察、想像シーンがそこかしこに溢れています。 四章の長篇という体でいながら、実際は四つの連作中篇といった内容。 が、それだけでもありません。 全ての章に、小説 「三月は深き紅の淵を」 が、それぞれの在り様で登場します。 以下、ストーリーネタバレを少しでも嫌う方は、第二章以降のコメントは読まない方が良いでしょう。 第一章 待っている人々 大邸宅の中、「三月は深き紅の淵を」 の隠し場所を捜す話。 若いサラリーマンと会社の会長、その友人たち。 明るいユーモアミステリ。 第二章 出雲夜想曲 匿名作 「三月は深き紅の淵を」 の作者を明らかにし、出版の秘密を探るため、寝台列車で旅に出る物語。 編集女子二人。 酒盛り旅情篇と、人情・人間派ミステリ。 第三章 虹と雲と鳥と 「三月は深き紅の淵を」 の誕生前史(?)。 高校生を中心に繰り広げられる、陰鬱な恋愛と因縁のイヤミス。 第四章 回転木馬 「三月は深き紅の淵を」 執筆を前にしての、心の準備と心の乱れ(?)。 登場人物は不定(?)だが、謎まみれの寄宿舎(?)で暮らす若い男女が中心(??)。 幻想と現実が流れて入り乱れる構造(?)。 ラストスパートで過激少女漫画風になるのはいかがなものかと、最初は思いましたが、まあ面白いからいいんじゃないですか。 ミステリとしての着地もあったし(但し、第四章としてだけの(?))。 “これはなんだ? 『三月は深き紅の淵を』?” やはり、物語全体の着地点がどうにも見当たらないのは、これだけミステリ匂わせが強い小説としては(実は、個人的には何気に心地よくだが)モヤモヤする。 |
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| No.1445 | 5点 | ダブル・ショック ハドリー・チェイス |
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(2026/03/15 20:45登録) 安いスリルが最高さ ・・・ な~んて上手いこと騙してくれたぜ。 ポリス泣かせのケチな男が生ぬるい完全犯罪を企て、気が付きゃアンビヴァレントな綱渡りに胸焦がす。 1950年代末の米国カリフォルニア。 金持ちの家に最新TVセットを売りに来た男は、車椅子暮らしの初老男性と、その魅力的な若妻とに出遭う。 疑惑が残る事故で不具となり、ウィスキー中毒の夫は、陰険に妻を虐待している。 見かねた営業マン兼エンジニアの男は、そのスキルを活かして初老の夫を殺害しようと決意する。 熱心なボクシングファンの夫は男の口車に食いついて来た。 近所のLPレコードマニアをダシに、アリバイもバッチリだ。 肉欲より恋愛。 お色気ではない恋愛シーン。 この緩さが吉と出たか凶と出たか。 おっと、このワイフも相当やばい奴らしい ・・ 絶妙なタイミングで受け取った、或る “郵便物” の機微。 明白な “違和感” を無視したい勢と、きっちり掘り返したい勢。 思慮の浅い “偽証言” が無責任に創り出す、不可解と混乱。 グラグラのフォローアップも最低の愚かさをまき散らす! そこへ、皮肉な “状況証拠” の突風が体当たりを喰らわす!! 警察と保険会社とが睨み合い、その隙間に真犯人が潜り込む、期待と魅力に溢れた、クライマックス・シーン、のような ・・ 本当の山場はその後に来た。 いちおうの反転はあった。 ヒロインや敵役?はともかく主役の魅力が極薄なのは痛い。 これがミステリの軟さとズルズルの角度で傷つけ合い、さほど芳しくない結果となった。 とは言え、つまらないわけではない。 軽い気持ちでの読み捨てに良い。 |
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| No.1444 | 7点 | medium 霊媒探偵城塚翡翠 相沢沙呼 |
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(2026/03/14 16:17登録) 「本当に、苦して苦しくて・・・・・・」 最終話タイトル、そういう意味だったか! はっはっ、なんなんだよあんたら! にしても “あの” ホワイダニット意外性と、その意外な重さにはびっくりしましたよ!! (と思ったら、あれ、違うの? 無理してソッチに持って行かなくても ・・ それはミステリ的には ‘更に深い’ ってのと違うと思うぞ ・・) 「お約束通り、殺人鬼は引き渡しましたよ」 それまで日常の謎専門だったっちゅう著者にとっては初めての、殺人事件が起きる連作萌え短篇集であります。 美少女霊媒 「城塚翡翠(じょうづか・ひすい)」 は ”霊感” で事件の真相を導き出す。 ミステリ作家 「香月史郎(こうげつ・しろう)」 は後付けの ”論理” を構築し、推理で真相を暴いた体で、真犯人を警察に引き渡す(多少の変化手あり)。 こりゃあ斬新な探偵分業制ではありませんか。 ホームズ&ワトソンではないし、××ダニット毎に探偵役を分けるのとも違う。 必然性の高い、ダミー解決の高難易度ヴァリエーションと呼べるかも知れません。 実際、この珍重すべき解決分業には非常に興味深いものがありました。 ××の向きとその順番を巡る(霊感サポートあってこその)名推理とか、もうちょっとでSOW領域だったかも。 … などと、幾分美化してコメントを書いてみたわけですが、本当のところ、第一話~第三話の事件解決物語は凡庸で退屈であくびの妖精が飛び出しました(前述の準SOW案件は除く)。 そんなでありながら、やたらな高評価を得ている作品ってことは、、 自ずと真相の方向性にメタな予測も立つわけで、でもその方向ってだけでは五冠も獲るには大いに不足なわけで、更に何か、巨大な仕掛けをドラマティックに見せつけてくれないと ・・・ もしかして山田◯太郎の明訓高校殺人事件じゃなくてメイなんとかいう名作に通じるどんでん返しが、長い時を超えて待っているのではとの予感が(或る人物の名前と、そもそもアレのこともあり)走りました。 「真の奇術師は、時間すら支配するものです」 終わってみれば ・・ 安易な叙述トリック風潮を鼻で笑殺する、大胆きわまりない挑戦作でした。 存外に深みと弾みのあるエピローグも光っています。 そこには積み残しの謎も同行しました。 インタールードのアレが、物語の尺的にまあまあ途中参戦というタイミングの妙も、有効な目眩し要素だった気がします。 前述したように、霊感で解決(への近道ヒント等)+ 論理で裏付け(表向きには推理で解決)という組合せで犯人を追いつめる探偵役二人です。 ところが ・・・ 【【 ここから同パラグラフ内はネタバレ±αになります 】】 ・・・ 大真相を明かされてみると ・・・ ダミー解決と見せていたものは、それとは絶妙に異なる、謂わば、偽ダミー解決だった!? こりゃあファビュラスな趣向だ。 重層を成すミスディレクションについてメタ的にセリフで語らせる大胆さ。 駄目押しに、その根幹にまで揺らぎを投与して去って行くって、どういうことよ。 そういったこういったで、探偵役二人(?)がどちらも胸糞(?)というのはなかなかのいやらしさだ。 今まで他の書評でも書いたり敢えて省いたりしたことだけれど、あの ”大反転” と双璧を成す売りであろう “ロジック構築” の披露は確かに流れるようだが、構築に使われた建材一つ一つの単価が安くて、出来上がった真相完成体にいまいち心ゆくまで圧倒され得ない、という無念さはある。 大規模にして緻密ハチミツなミステリの伏線回収はたいしたものだが、前半三分の二強のつまらなさ補償回収までは手が回りきらなかった感がある。 それこそ、山田◯太郎の筆だったら、どうだったろうか。。 なんてディスってはみたものの、やはりミステリ小説としてエポックメイキングな里程標である事は間違いないでしょう。 大したものです。 「もう会うことはありませんが、お見知りおきを」 【【 最後に、致命的ネタバレ 】】 読了後、表紙絵の見え方が全く変わってしまいました ・・・・ |
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| No.1443 | 8点 | 真実の檻 下村敦史 |
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(2026/03/08 02:16登録) “間に合わなかった……” いきなり真相暴露のような悪夢のクライマックスが、不躾に出迎えてくれた。 冒頭の異例の熱さには、緊張の口笛で応えたくなる。(思わせぶりなプロローグをも凍らせる勢いだ!) 主人公の青年は大学生。 母は重い病で入院し、看病に疲れたと言う父とは離婚。 やがて母は亡くなり、遺品整理に実家を訪れた青年の目の前に、自らの出生の秘密を暴露するような一枚の写真が現れる。 暴露の射程は自らの出生にとどまらず、亡き母の人生を根本から激変させた、遠い昔のスキャンダラスな殺人事件にまで及ぼうとする。 過去いくつかの “冤罪疑惑案件” が補助線となり、ストーリーは深堀りされるが、補助される掘り起こしターゲットが何なのか、なかなか見えて来ない。 割り切れないもどかしさがうねり続ける謎探りは、一見もったいぶって不思議な小説構造の中をボブスレーのように潜入滑降し続ける。 中盤の揺さぶりは激しく、結末はちょっと凄い。 『犯人かもしれない人間を知っている。 罪を認めさせるつもりだ』 表立った “社会派” 切り口を、むしろブラウン神父スピリットでギンギンの意外性溢れる逆説が包み込む形のミステリ、と言って良いかも知れない。 構成の妙も確かに光るが、それは “目次” を一見して感じるほど露骨なものではなく、意外とシームレスにスムーズに、飽くまで長篇小説の中を擬似(?)オムニバス短篇が長篇の構成要素として流れて行くといった体のようである。 「不自然なものを枠の中にいびつに押し込もうとしたら、必ず反発があり、はみ出します。 それを見つけて摑むことができれば、全てを引っ張り出せます。 白日の下に晒せるんです」 ホワイダニットの視点では、"無実を訴えない” 理由も相当に深いものがあったが、 “離婚” の理由となるとより狭いレンジの中に更なる深みを覗かせた。 これには足元をすくわれた。 「◯◯◯かどうか、試してみる度胸があるか?」 或る人物への逆説的、致命的疑いが消えない。 だがその動機に見当が付かない。 そんな魅力的な煙幕も長きに渉って張られた。 おお ・・ そうだったのか ・・・ だがしかし、一つの大きな謎が解けて、更に巨大な、しかもより暗黒の沼に沈んでいそうな、それまで巧みに隠蔽されていた、新たな謎が、ま、まさか ・・・ “想像したとたん、思い出が走馬灯のようにあふれてきた。” 最後にもたらされる、あまりにも実務的でありながら高熱を発する、最高のロジック実用の輝き!! これほどまでエモーショナルな “損得勘定” があってたまるか!! なんたる、ミステリの色ツヤに包まれた、玄妙で巧みな “助け舟” ・・ ダメ押しのロジック後日談(?)も旨み溢れて熱過ぎる!! “シャツの上から自分の胸を握り締めた。” たとえ当てられたとしても、当てやすかったとしても、実際わたしも当ててしまったけれど、それでもなお、これほどまでに尊い “意外な犯人” の設定、あり様、隠蔽術、更に未来像は魂こもったレアケースとして充分に珍重すべきと思いました。 最重要(?)な伏線の襲い掛かり具合には、のされてしまう勢いがありました。 チェスタトン×連城のような激し過ぎる逆説畳み掛けと、小説構成の妙とが、これほどまで宿命的に絡み合っていたなんて、思いも寄りませんでしたね。 ちょっとした、ブルージーでヴィヴィッドな情景描写、即物心理描写、光や音、所作や気配の表現等、グッと来るフレーズがそこかしこに見られました。 正義や真実を把握せんとする物言いは、言わずもがなの陳腐な言い草に果てず、人生の鮮やかな指針として目の前の山頂に聳え立っていました。 いっけん蛇蝎キャラのような人物が、仄甘い展開で実は存外にやさしい良い人だった、みたいなちょっとした叙述トリック展開から始まって最後まで続くその要素が、ちょっと浮き上がってアンバランスを醸し出している気もしていましたが、読了してみると、それもちょっと不思議な味わいの大事な演出になっているように見えて来ます。 上記の人含め、魅力的な登場人物群の鮮やかな配置も特筆すべき素晴らしさです。 振り返れば、二つの激熱な不等辺三角関係(点二つは共通)がミステリの場を大いに鼓舞した物語だったと言えましょうか。 社会派と成長小説の要素は確かに存在感を見せ付けます。 ですが(本格)ミステリの力がその二つを程よく上回った作品だと思います。 タイトルに偽り無し! 「私は自分の “病” をこじらせないように心掛けながら、これからも自分にできることをしていくと思います」 【ちょっとネタバレ】 エピローグは、最高に素晴らしい意味で、肩透かしだった! 上記にも通じますが、HORNETさん仰る > それを裏切るもう一枚があってもミステリとしては面白かったのでは、と思う。 これは私も同感で、やっぱり 「もう一枚」 を期待して読んでしまいましたね。 本作の場合、残り頁数のミスディレクション(!?)もあり、いかにも 「もう一枚」 ありそうで実は無い、という逆・意外性がミソなのかな、とも思ったりします。 やり過ぎると社会派と成長小説の熱い側面が見えなくなってしまう、というトレードオフがあるかも知れません。 |
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| No.1442 | 5点 | おしどり探偵 アガサ・クリスティー |
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(2026/03/04 22:15登録) 「真珠は、まだこの家にあるか、すでにこの家にはないか、そのどちらかです」 ↑ 小泉進次郎議員に真剣な顔で語っていただきたい、銘台詞が発見されました。 小手調べが延々と続く掌・短編集、かな、と思ったら、本当にそうでした。 トミタペことトミー&タッペンス夫婦の二冊目。 クリスティでは初期の作。 「投げ縄で捕まえましたよ。 暇な時間に投げ縄を練習していたんです。」 意外と兇悪犯罪組織が登場します。 名家に巣喰う悪意を暴きます。 軽い浮気の虫がうずきます。 おっぺけ失踪事件にずんどこアリバイ勝負。 偽の××に振り回され危機一髪。 時にキラキラ不可解興味(見せ方が巧い!)。 なんちゃって国際スパイにソ連の影。 そげなこげなにお気楽メタ趣向が散りばめられ、ブルボンプチパーティーのような、なんともオヨヨでオチャッピーな本が出来上がりました。 ミステリの本気度は低いですが、すっとぼけユーモアの遍在とパロディ精神とでまんまと乗り切った一冊と言えましょう。(どちらもちょっと弱いんですが(特に後者)、弱いならではの弱い味わいがあります) 「本名をスミスという人は、ほとんど実在しないんですな。 ぼくは個人的にもスミスという人を一人も知らない」 パロディ(というかパスティーシュ)の事で言えば、言及されている方もいらっしゃる様に、現代(日本?)人から見ると 「その元ネタの人、誰ですか?」 となってしまう場面も多く、そのへんはムニャムニャ近代考古学の味わいとするのが吉でしょうか。 よく分からない探偵役を検索してみたら “ちょっとだけクリスティの短篇に登場する人物” だったりもしました。 これには笑ったなあ。 「次回の事件は、ロジャー・シェリンガムふうにいきたいな。 タッペンス、きみがロジャー・シェリンガムになるんだ」 だとよ(笑)。 |
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| No.1441 | 5点 | 腐蝕の街 我孫子武丸 |
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(2026/02/28 01:58登録) “俺以外に生き残る価値のある人間などいるとは思えなかったが、誉められて悪い気はしなかった。“ 平成レトロフューチャー東京冬の陣。 時代は現在より少し前の2024年。 1995年の刊行だから、四半世紀を超えて約三十年後を描いた作品という事になる。 現実歴史との答え合わせは、通貨のインフレ以外はだいたい合っている。 通信関係で、目立たないが微妙な根本的相違があったかな。 社会やテクノロジー進化へのきめ細やかな考察など、光っていたと思う。 そんなレトロフューチャー2024年の東京で、連続猟奇殺人事件(謎の違和感付き)が起こる。 殺し方も悍(おぞ)ましいが、何より奇怪なのは、その犯人が、数年前に処刑された連続猟奇殺人鬼その人としか思えない状況を呈していること。 その殺人鬼を捕獲した警部補が本作の主人公だ。 彼は街の喧嘩の仲裁(?)で知り合ったナイフ使いの売り専少年を家に匿い、連続殺人の捜査で若い女性刑事等と知り合い、肉体派や頭脳派の悪党どもに狙われ、処刑された筈の殺人鬼らしき人物からも命を狙われる。 ここまで6点。 「アフリカか。 楽しそうだな」 仮説のダミーながら、なかなか目からイルカが落ちるすごい殺人動機が語られた。 それだけで7点の蜃気楼が見えた。 しかしながら、一方で芳しくない文章傾向も目立つ。 渋い敵対関係が続くと思われた二人があれよあれよとなし崩しに仲良くなっちゃったり、妙にイージーで雑な進行がスリルを殺ぐ。 深夜アニメのような萌え要素配置もちょっと鼻に来た。 荒廃した大都市のイメージは付け焼き刃でイメージ広がらず定着せず。 ふやけた、可愛らしい下ぶくれのハードボイルド。 甘~~い警察小説。 葛藤の無い、お手軽な冒険譚。 戯言臭いボーイズなんとか。 妙に安定した、安心の犯罪ストーリー。 だが、それが愛おしい、、 と言ってみただけ。 3点かな。 そんなんでありながら(?)滲み出す、或る、あの、ありがちな疑惑。。 “私は裸じゃないとよく眠れないんだ。 …… いいか。 誰にも言うなよ” ところが、終盤クライマックスでは打って変わって … この ”特殊心理描写” はちょっと凄い。 “不自然な演技” の妙味が熱い … 「そいつのことは考えるな!」 … 映画にしたいような燃える名シーンが襲った! … 「普通にしていればいいんだ。 そうだろう?」 … そこでさん付け(ちょっと違う)か … “しかしどうやら、すべては本当のことだったらしい” … なんだおまえ、分かってるんかーー … 「…… 助けに?」 … (たぶん)最高の死に様、死に際で魅せてくれた。 … 「何があったのか説明してもらえますね」 7点かな。 ところがどっこいドンタコス。 この激熱にして狡猾なクライマックスから、極楽地獄の甘々クロージングへと、そんなん聞いてない、あきれた瞬殺のダイヴには唖然とさせられちまった。 やっぱり5点。 “古くさいトリックだった。” だが ・・・・ このエンドだ!!!! オリジナル劇画版 「オールドボーイ」 のような甘酢で引き締める終結と予断したが、違った ・・・・ ・・・・ しかし、物語の評価としては既に時遅し。 ストーリーバランスも崩した。 面白かったから、いいんだけどね。 5点の上の方。 5.3くらい。 “夜は不気味な廃墟のようにしか見えない街だが、朝日の中では引退した老女優のように哀れを誘う。” ← 絵が浮かぶねえ |
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| No.1440 | 9点 | 奇術師 クリストファー・プリースト |
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(2026/02/24 23:45登録) “書き出して早々だが、ここでいったん中断する。” この結末はちょっと … 沸き上がっちゃうよ。。。 瞬間移動、双子、作中作◯◯、隠し事、抜けの多い日記、ニコラ・テスラ、これ見よがしのいやらしさ。 作中作には更にいやらしい注釈まであった。 “重要な情報を省いたのである。 そしていま、あなたは間違った方向を見ている。” 主人公の男はジャーナリスト。 或る日、見知らぬ女から一冊の本が送られた。 女の話では、この本は、ヴィクトリア朝末期から二十世紀初頭にかけて花形奇術師であった、男の先祖が書き記したものという。(幼くして養子にもらわれた彼にはそんな先祖の憶えは全く無い) 更には、その先祖の不倶戴天の敵と言うべきライヴァルだったもう一人の花形奇術師が、女の先祖だという。 男は本を読み始める。 物語は霧の中へと迷い込み、封じ込められる。 “あのようなものを目撃したわたしほど悲惨な人間は滅多にいないだろう。” “どんな問題であれ、全盛期を迎えている奇術師の能力を超えるものではない!” “この秘密を守っていくために、わが人生がどれだけゆがんだのか、××には想像もつかないだろう。” ライヴァル奇術師の二人を縛り付けたものは “瞬間移動” のイリュージョン。 二人の “瞬間移動” は、根本的に異なる原理に則っている(ようである)。 あまりにも余裕を持った、異様に大きく間隔を取った、同一事象の別視点叙述が現れて、ふわっと心を掬われた。 おいおい、この日記はいったい誰が書いているのだね・・ “われわれは友人であるべきだったのに。” 史実から虚構へのタッチアンドゴー、これが実に巧みで、引き出すエネルギーもやたらと大きい。 幅広い奇術のトリック要諦が絶妙にネタバレを避けて敷衍されている逆説的華やかさも本作の美点だ。 だがしかし、いやいや、それどころではないのだ!! この小説の巧緻な企みの行きつく先は!! こんな罪作りな小説構造、読了後、少し間をおいて(すぐに、ではない所が重要)、読み返さずにいられないではないか!! ごく短い最終章の重いこと! 何なんだ、この遠大なる気持ち悪さは・・・・ “空気は驚くほど甘く、表よりもはっきりわかるくらい温かかった。” 叙述ギミックとアレとがこれほどまで強固に深遠に結び付いていたとは!! これはもう、世にはびこる数多の叙述ギミックやアレが甘ったるい戯言に見えてしまいかねないではないか!! むしろ、あまりに堂々とした小説態度が、アレの方までは気付かせないという線までもありそうだ。 窒息させないでくれ・・ そしてアレもナニも軽々と跳び越える、遥かなる、おぞましい真相。 この小説の決め技はいったい幾つあるのだ。 “わたしは独りで最後へ向かうのだ。” .. じわじわと .. 打ちのめされました。 SFミステリというより、幻想サスペンスの傑作だと思います。 『世界幻想文学大賞』 1996年受賞作との触れ込みで、確かにそれも納得ですが、サスペンス型ミステリ小説としても最高の出来なのではないでしょうか。 |
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| No.1439 | 7点 | きまぐれ学問所 評論・エッセイ |
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(2026/02/21 00:30登録) “若さが希薄になれば、抵抗もへるせいか、なかを進む時間の動きも早くなる。” 古き良き時代、昭和と平成の境目に綴られた、思索と提案に古今の “書評” を絡めたエッセー。 幹も枝葉もよく伸びる。 軽いようで重厚洒脱。 常に明るく前向きで、時に驚くほど攻撃的。 ミステリ好きのSF作家である氏が、もう一人の自分とアイデアの短いパス回し(足元でよく変化する)公開練習を見せてくれる。 屡々タッチラインを越えたかと思えば、そこはもう隣のコートだったりする。 特殊なようで実は普遍的な話題を掘り起こすのが上手い。 深いところに手を伸ばす魅力の一冊。 でもまあ、軽い気持ちで読んでくださいな。 つぎの未来は/ジプシーとは/『文章読本』 を読んで/凧のフランクリン/ファシスト人物伝/人生について/エスキモーとそのむこう/老荘の思想/発想法、あれこれ/李白という人/フィナーレ “もっと書いてみたいが、から回りの見本になるばかり。” |
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| No.1438 | 7点 | クロスファイア 宮部みゆき |
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(2026/02/15 20:56登録) 「さっきまで換気扇を掃除していたもんですから」 ジャングルの熱波を走る毒矢の如き、暴力的リーダビリティ。 殺人を厭わない悪質不良少年群を焼殺・圧殺するいきなりのクライマックスシーンは、その復讐嗜虐テンションの綱が少しでも緩む事を、長きに渉って許さなかった。 “彼はこう叫んだ ―― こんなことをしてただで済むと思うなよ!” 隔世遺伝により念力放火能力(パイロキネシス)を持つ若きヒロインの “実力行使” と、連続放火?虐殺事件の犯人と真相を追う警察とのカットバック。 これがいきなりの大きなすれ違いを見せつける。 おかしなくらい手の早い展開。 信長を思わせる躊躇無い制裁の連なりは陶酔を誘う。 ヒロインはやがて彼女を ”獲得” しようとする特殊地下組織からの接触を受け、その渦中で不器用な恋愛ドラマも生まれる。 サブ主役含む重要人物とその人生や過去が次々と登場し、複雑化したカットバックは色彩を滲ませ大いに盛り上がる。 “この女の蒔く種がどれほど大きな邪悪の樹木に成長するか、考えてみなくていいのか。” “この女のせいで誰かが死んだとき、おまえは後悔せずにいられるか。” 物語の進行もまだ浅いうちに、妙に尚早な、或る落ち着きへの布石が見えた。 これはその先に待っている空怖しい何かの、底知れない深さを暗示してるのだろうか、指が震える。 それでも尚、刃向かうもの無くズイズイと傍若無人進行するストーリーの斜め前に、睨みつけられるような違和感が、とうとう、なすりつけられた・・・・ “―― あんたは独りぼっちになってしまうよ。” 不可解な混乱と危機感のど真ん中、滾る復讐への血盟が聳え立つ。 やさしさと暗黒の甘苦いマリアージュ。 物語も後半に入ったあたりから、作者の分身のような中年女性刑事の、やさしさと包容力を抱き込んだ存在感が勢いを増し、それがまるで “まだ見ぬ” 主人公の心まで、物語の中で遠隔操作で解きほぐして行くかの様に見え始める。 このなし崩しの変容は、いったいどうしたことか・・・ “温かな “恋” だ。 ああ、もう見えなくなってしまった。” と・こ・ろ・が・だ! そっちから来るか! ルール違反じゃないのか! と驚きの(しばらく前に読んだ白井智之の某作をはっきり思い出した!)大きな反転。 そこから始まる、内なる大きな展開。 憤怒と勇気と哀切の、最後の××シーン。。。。 誠実な事後処理と、ささやかなクロージング。 「幸せというのは、いつだって点なんです。 なかなか線にはならない。 それは真実も同じですがね」 |
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| No.1437 | 6点 | デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 丸山正樹 |
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(2026/02/11 00:30登録) <今まで、本当にありがとう> <でも、これでお別れじゃありません> <私たちは、いつまでも家族です> 熱いぜ .. 冷たいぜ .. 熱いぜ ... 狭山の公園で発見された刺殺死体は、聾児施設 「海馬(うみうま)の家」 の理事長と判明した。 奇しくも十七年前、被害者の父である、同施設の前理事長も(こちらは施設内の一室で)刺殺体で見つかっている。 十七年前の事件の際、当時事務員として勤めていた警察署内で、臨時に容疑者取調べの手話通訳者として苦々しい仕事をしたのが、本作の主人公。 彼はCODA(聾者の親・家族のもとに育った健聴者)である。 警察事務員を辞して後は夜間警備員として勤める主人公だったが、少しでもペイの良い仕事を求めて手話通訳士の資格を取り、エージェントを通して、クライアントである聾者に銀行や病院へと付き添う仕事をこなしていた。 ある日、裁判所での手話通訳を依頼され、不如意な結果ながらも、或る大きな信頼を得た主人公は、これをきっかけに、聾者とそれを支援する者たちのコミュニティから接触を受ける。 また昔の警察同僚と再会し、その対話の中で、二代に渡る 「海馬の家」 理事長刺殺事件真相解明への意欲を掻き立てられる。 初代事件の犯人とされたのは、主人公が “取調べ” に手話通訳で立ち会った、聾児である娘を同施設にあずけていた、自らも聾者である中年の男だった。 既に釈放されているが、現在行方知れずであるこの男は、今回の事件と何らかの関係を持っているのではないかとの疑いに晒されている。 主人公を取り巻くのは、聾者たちと支援者たち、警察の元同僚に加え、別れた元妻、再婚を考え始めた女性とその一人娘、その元夫、認知症を患う聾者の母、厄介な聾者の兄とその家族、初代事件の “犯人” とその家族、と多岐にわたる。 やがて厄介な謎の壁が立ちはだかる。 十七年前の “取調べ” の際、主人公に向かい強烈な一言を ‘手話で’ 吐いた、容疑者の娘(施設にあずけられていた姉ではなく、健聴者である妹のほう)が、何故か、存在しないことになっている。 死んだとか失踪したのではなく、元からそんな人物はいませんでしたと。 これはいったい何のイリュージョンか。 不可解な謎に悩まされ、私生活のトラブルを抱え、過去からの苦悩を背負いながらも ‘二つの’ 事件の真相解明に心を燃やす主人公。 本作、一方に社会問題提起(あるいは社会の一側面紹介)という要素があり、一方にはもちろんミステリ小説の要素があるが、その二つががっちり嚙み合って “社会派ミステリ” を成しているかと言えば、そこはちょっと微妙な気はする。 だが、社会派の風がミステリ文脈に少しでも吹き込むだけでスリルとサスペンスが段違いに締まっている事実は否めず、どことなく距離があるも結果オーライな共存関係を見せているのではないかと思う。(まあどうでもいいことですかね) 大きな減点対象は、ミステリの核心を成すと思われる ‘◯◯の操作’ に関わる諸々が、その中心的関与者の置かれた立場に照らして、あまりに簡単に行き過ぎているように見えるのと、それとやっぱり結末が、いくらなんでも突発性キラキラのお花畑に過ぎませんかという違和感。 この結末では、せっかくの物語の深い余韻残響にフタをされてしまうような気がします。 結末に至る直前の◯◯◯シーンは、ミステリ的にも文芸的にも誠に意外性と感動に溢れた、トリッキーにして激熱無比の貴重な逸品なのですがね。。 だからこそ、残念! 本作ならではの美点としては、聾者と手話を取り巻く環境の一枚岩でないことがあらためて紹介・確認されていたり、手話の描写が上手く、親しみが自然と湧いたり、その ‘手話’ ならではのちょっとした ‘トリック’ やら泣かせどころ、時にユーモラスなシーンなどが意外性たっぷりな登場をする所が挙げられると思います。 二つの事件の真犯人像とその周辺事項には一捻りした熱さがあり、過去と現在のクロスオーヴァー案件は心に楔を打ち込んで来る。 主人公と元同僚刑事とのラギッドな友情は沁みる。 そもそも警察を追われた理由が凄まじい。 それやこれやで読みどころの豊富な意欲作。 リーダビリティが高すぎて長篇感がやや削られているきらいもありますが、とりあえずササーッと一気読みしてみてはいかがでしょうか。 私のようにNHKドラマで観ちゃったよという人も、臆せずGOしてみましょう。 |
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| No.1436 | 6点 | タルト・タタンの夢 近藤史恵 |
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(2026/02/09 23:02登録) 連作短篇の中に一つ、人情派数学トリックとでも呼びたいちょっとした仕掛けの一篇があった。 まるで島荘人情派バカ物理大規模トリックの “なんちゃって物理” を “ガチ数学” に置き換えて、体感規模を小さくし知的に仕立て直したかの様。 先行評を読むと本作の評価が頭一つ抜けているみたいですね。 タルト・タタンの夢/ロニョン・ド・ヴォーの決意/ガレット・デ・ロワの秘密/オッソ・イラティをめぐる不和/理不尽な酔っぱらい/ぬけがらのカスレ/割り切れないチョコレート キッチン二人、フロア二人(一人は兼ソムリエ)で構成される町の小さな人気ビストロを舞台に、一見とっつきにくそうなシェフがなにげなく解決するのは、客が持ち込んで来る、日常の謎というより、非日常の懐深く迷い込んだ人生上の謎と言うべきもの、が多くを占める。 人生と言っても決して大上段に構えたり、哲学の沼に潜らないのが良いところ。 健康な食欲に訴えるカラフルなフランス料理(バスク含む)披瀝の合間に、シェフが披露する謎解きは、演繹推理というより人生経験からの帰納的解答導き出しの色合いが強いゆえ、少々本格ミステリ性を犠牲にしているとは思うが、その分自然なリアリティが気品高くにじみ出ている。 中には 「え、そんなことをわざわざミステリにするの?」 と思う作もあったけれど、その解決篇では食材や料理の有用な知識に人情の機微がうまく絡められ、決して悪い出来ではなかった。 もちろんミステリ性の高い作もある。 或る一篇では、小さな手料理を舞台に大きな人生上の皮肉が描かれており、結末へのなだれ込み含め、なかなかに胸を打つものがありました。 (そうそう、ちょっと胸糞ファッキンバッドな物理トリックエピソードのやつも一篇あったな!) だがやはり、ミステリとして且つ人情譚として最も響くのは、前述した数学トリックの一篇。 これはもう言っちゃって構わないと思うのだが( 薄 ~ い ネ タ バ レ で も 嫌 う 方 は こ こ か ら 後 を 読 み 飛 ば し て く だ さ い ) “素数” なる、数学的感動以外の感動とは全く縁の無さそうな存在が、こんなにもハートウォーミングなエピソードの中核を成すことが出来るなんて! それもイメージではなく極めて具体的な形で!! 目からイクラが落ちました!!! |
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| No.1435 | 7点 | 最悪のとき ウィリアム・P・マッギヴァーン |
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(2026/02/07 00:52登録) 「元気を出すんだ。 銃を拾え」 このエンディングには唖然 ・・・・・・ なんて照れ隠しを隠して言えば、この結末には、溶かされたよねえ ・・・ してみると、この少し前の、エンディングと同じ二人を主軸とした、センチメンタルな伏線抱えつつハードボイルド風に刺さる名シーンは、ダシに使われた前フリだったって事か! なんたる騙し絵か!!(ちょっと違う) 「覚えていますか。 あんたは、好きな男がめくらで、どうしても気づいてくれないんで、キャバレーに勤めるんです。 そして、すっかりおめかしをすると、その男は大学で知っていた女とは知らないで、あんたにほれこんでしまうんです」 ニューヨーク・シティは冬。 ハメられてシンシンに五年も喰らい込んだ元刑事は、出所するや自分をハメた真の殺人犯を追いつめる仕事に着手する。 矢先に、重要な証人たる友人や、尊敬を集める町の長老格までが殺害された。 港湾労働の現場を背景に、悪事の構造が見え始める。 市警元上司や同僚の協力や訓諭、反目に対立、中には不逞な悪徳刑事もいる。 妻にはアンビヴァレントな感情で離婚を願い入れた。 男臭いギャング社会に息づく女たちがいる。 間借りするアパートには優しいおかみさん。 幾人ものプレーヤーが各其ミステリの持ち場で躍動する全員野球っぷりが盤石のストーリー展開を見せてくれる。 “ケリーはアイルランドの民謡を口笛で吹いた。 そのメロディーが、寒い風の夜のなかを、はっきりともの悲しく聞えてきた。” ↑ 端役ケリーまでが最高のプレゼンスを見せるこのシーン。 好きだなあ。 物語の中には、miniさんご指摘の “日本の時代劇によくあるような人物配置” も感知できるし、クリスティ再読さん仰る “ハードボイルドというより、ヤクザ映画” はまことその通りかと。 直接心理描写まみれの文体のみならず、物語の流れがハードボイルド流儀とは少し違うし、狭い意味で言えばミステリーでもない、だが不思議な事にこれはハードボイルド・ミステリーである ・・・ なんて逆説的に言えてしまうわけでも勿論ない。 しかしこの苦いようで甘いような殺伐人情物語は実に能く読ませる。 人並由真さんの言及された “大家のおかみさんから深酒をすぎした入居者の元郵便局員の世話を頼まれ、その老人の孤独な心情にそっと触れる描写” などは、苦さと甘さのハグし合う本作の象徴的シーンではなかろうか。 なんと言うか、藤沢周平を思い出しちゃいました。 “人はみんな孤独なのだと、考えていた。 そのことを早く悟れば悟るだけ、人間はうまくやって行ける。 しかし、それは悟るに苦しい真理であり、人は、それに刃向おうとする。” |
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| No.1434 | 7点 | ジェリーフィッシュは凍らない 市川憂人 |
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(2026/02/05 01:15登録) 「地球の半径が約六〇〇〇キロメートルですので」 舞台は米国。 「そして何とかもいなくなった」 のガッツあるパラフレーズであり、 「なんとか角館の殺人」 インスパイア案件でもありましょうか。 悪天候と不時着飛行船に閉ざされたクローズドサークル内で、或るミッションを帯びた六人の乗組員が、一人また一人と殺され、とうとう誰もいなくなってしまいます。 中過去(’80年代)パラレルワールドにて、ささやかなSF特殊設定のもと、“事件現場(リアルタイム)” と “捜査現場(事件発覚後)” との時間差カットバックで熱いミステリが展開します。 そこに “犯人の独白” めいたインタールードが何度も挿入され、事件の背景・遠因と取れる過去事象を掘り下げて行きます。 頻出する傍点には、ありがちなハッタリとは訣別済みの、実質への確信的予感が宿っています。 「七人目などいないという結論にならんか」 広い意味でホワットダニットの見えそで見えない、まるでオーロラが旋回する様な全体像隠匿技巧にはずいぶん引っ張られました。 清冽な新機軸ミステリ建造物の中、不意の風穴にベタなミステリワードが吹き抜けて行き、続いてベタな疑惑露呈が追いかける、ナニな展開がありました。 意外なタイミングでの “視点逆転” に、付随する地の文が上々のアシストを見せるくだりも魅せてくれました。 もしやそこに、大きな盲点の “隠れ場所” があるんじゃないのかい 。。。 なんてふわっと考えていたら、、 いやいやそう来ましたか ・・・・ 「言う必要はないぜ、ウィリアム」 派手な叙述ギミックを、一見渋い(?)叙述トリックが、内側から侵食し尽くしたかのような構造の物語と言えましょうか。 すぐに記憶頼みの仮想再読を迫られ、あのシーンやあれやこれに 「そう言やあ確かに。。」 と天を仰いで膝を打たざるを得ません。 主役のバトンタッチ(?)をも手に掛けた真犯人隠匿技はなかなかのものです。 思いのほか重層的な真相は誠に興味深い。 被害者たちはもとより、警察側の人物描写・人間模様もカラフルでなかなかよろしい。 犯人と或る人物の関係性、そしてそれが明かされるタイミング、熱い(冷たい?)ですよねえ ・・・・ 死んだ順番のナニやら、”偽装思惑” の機微の上をトリッキーに綱渡りするあたり非常に面白いけれど、アレ工作がうまく行き過ぎではないかとのリアリティ欠損感は少しあります。 "悪党たち" の謀略と行動にしても、カッチリ納得して吞み込むとは行き難い残留気泡がなめし切れていません。 犯行の道筋に気持ちよくないデッドスペースが感じられると言うか。。 何気に目立つ欠点はそのあたりでしょうか。 それでもなお、四捨五入して7点でもかなり上の方(7.4超)は間違いないですね。 |
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| No.1433 | 7点 | 青春の証明 森村誠一 |
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(2026/01/30 01:40登録) 「あら、ジョン・デンバーが来日するらしいわね」 「なに、ジョン・デンバーだって!?」 ウーン熱いぜ森誠。 語るぜ森誠。 澄ました顔してギラギラだぜ。 三家族、大戦を挟み二世代、それぞれの理由で青春を奪われた者たちの復讐劇によるカットバックは、早々に激しく絡み合い、予断の轍をキリキリと逸脱する。 キーワードは 「卑怯者」 。 ミステリの場では◯つの殺人と、◯つの××が発覚。 戦争、病、歌、バイク、車、山、川魚に山菜、老刑事、不良少年、築地の料亭。 ××動機を巡るミスディレクションには振り回されたが、独特にも程がある結婚動機には驚いた。 流石の森村誠一だ。 ◯つの、全く意趣の異なるダイイングメッセージと、それぞれが果たすストーリー上の役割は興味深い。 ジョン・デンバーの◯や◯◯の件は、面白いけど、実際どうなんだかなと思いますが・・ 「今は日本が、国の歴史はじまって以来の暗黒の時代にある。 こんな時代に死んではならない。 いつまでもトンネルはつづかない。 いつかは必ず抜けられる。 それまで生きのびるんだ」 中盤からふつふつと奔出し始め、終盤に至ってあからさまな暴走を仕掛ける偶然という名の運命(デスティニー)。 だが、意外な線から物証を繋いで真相暴露に至るシンプルなパス切りが気持ちよく、そんな筆の無茶をも許してしまわざるを得なかった。 一見意味不明風な最終章タイトルの意味が赤々と明かされる足早のくだりは熱かった。 それにしたって、最後の対話シーンで、まさかの大オチが暴露されるとは ・・・・ なんたるイリュージョン ・・ そのイリュージョンの浮力で頭が宙を舞ってしまうではないか。 結末の切なさに、別角度からトドメの一撃 ・・ のように見えて、その一方で熱い◯◯と、やはり切ない◯◯ ・・ やってくれるではないか。 “その後は、どんなに語りかけても、夫の返事は戻ってこなかった。” |
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| No.1432 | 7点 | 巷塵 石川達三 |
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(2026/01/24 17:08登録) “取急ぎ右の如く追加御報告申し上げます。 計らずも調査に相当の日数を要したことを、改めて御詫び申します。 以上。 (××探偵事務所)” 巷塵 表題作は以下の掌篇・短篇全十篇から成る連作中篇。 日蔭の家族/被害者は誰か/執念/金の卵を産む鶏/生きることのむずかしさ/破談になった理由/人間の土地/旧悪/たわむれ/復讐 全篇、私立探偵が依頼人に提出する報告書の体裁を取っており、文体は極めてドライだが、行間から勢いよく飛び出して来る愚かで哀しい其々の人間ドラマはどれも呆れるほどウェット。 読書が進む。 洒落を言えば、これぞ本当の 「探偵小説」 となる所だが、趣は少し異なる。 パラミステリの一種とは言えるだろうが、(濃淡はあるものの)ミステリに化けそうな要素が小説の表層にもどかしく現れると言うよりは、突(つつ)けばミステリに成長しそうな要素が小説の奥まった核心に留まったまま 「俺は、ミステリには成らない道を敢えて選ぶが、読者側で、俺がミステリに成った場合の様子を勝手に妄想する分には、一向に構わないぜ .. 」 との意味を込めた低い口笛を吹いているかの様である。 とは言ったものの、実は中に一篇だけ、ストレートなミステリ小説と呼ぶべき作品が入っている。 真犯人と事件全体像の意外性はナカナカで、ミステリ心を唆るちょいトリッキーな構成もニクい。 さて、それはどの作か? 更に言えば、それぞれの案件に対し、一体どこの誰が、如何なる目的で探偵に調査依頼などしたのだろう、というミステリ的興味もひっそりと宿る。 “事件は解決した。 しかし事件が解決すれば万事が解決するという訳ではなかった。” 偽手紙 中年夫婦の夫のもとに、一通の、女性名での封書が届いた。 妻には中身が見えないこの手紙が、夫婦両人に淡いポジティヴ・ヴァイブをもたらす。 短篇小説の見本の様な展開と結末が、何を隠そう悪くない。 タイトルが見た通りの出落ちネタバレか否かは ・・・ 言わずにおきましょう。 手切れ 愚かで容貌の醜い夫婦の間に、突風が吹き抜ける。 余所の女が介入したからである。 日常のサスペンス性はあるがミステリ性は無い、だが心熱くする人情話。 “だが、それとは別に、どうです、あいつに、たった一遍でいい、菓子の一折、うなどんの一鉢、それだけでいいから差し入れしてやってもらえないだろうか。” 生活の智恵 女が独歩で生きるのが難しい時代。 決して男を遠ざけはせず、ちょっとした女の智恵の積み重ねで、街角のパン屋としてささやかな成功を手にする主人公は、早くに夫を事故で亡くし、腕の良い不愛想なパン職人の若い男に頼る。 だが或る日 ・・・ 何かを一変させた重大事を契機に、心の謎が解かれる結末は◯◯◯感動を運ぶ。 誘惑 料亭強盗事件の容疑者は若い男。 本人、被害者側ともに、供述に微妙な違和感が漂う。 掛け値なしのミステリと呼べる一篇。 ラストシーンは、決してスケベというわけではない、と信じたい(笑)。 時の流れ これは ・・・・・・ ! 昔の恋人に産ませた実の息子と、初めて対面する初老の男。 息子のつかみどころ無き塩対応に失望した男は、それならむしろと、昔の恋人の方に会おうとする。 そもそも成人した息子を差し向けて来たのは彼女なのだ。 そこに何らかの愛情が籠っていないという法があろうか。。 「母は馬鹿ですから、案外よろこぶかも知れません」 張り巡らされた理論を、感情の毒が徐々に侵食し、無謀な行動に至る物語。 ラストシーンのような人生経験のある方はいらっしゃるだろうか。 “××はだんだんに自分が収拾がつかなくなって行くような気持に悩まされていた。 ××は事件の解決のために、何をしたか。 何もしなかった。“ |
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| No.1431 | 6点 | 怪盗レトン ジョルジュ・シムノン |
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(2026/01/20 23:09登録) レトンは怪盗ではない。 国際詐欺組織の長だ。 レトンは名前ではない。 詐欺犯罪界の大物 「ピートル・ル・レトン」 の 「レトン」 とは、 「清水の次郎長」 の 「清水」 や 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」 の 「ヴィンチ」 同様、出身地を表す固有名詞である。 季節は冬。 いくつもの国境を越え、パリに到着した列車の中で、タイトル・ロール 「レトン」 の射殺死体がいきなり発見される。 ところがもう一人、同じ列車から降り立った青年が、やはり 「レトン」 と違わぬ容姿を持っていた。 タクシーを拾った青年は近くの豪奢なホテルに入り込み、そこには著名な米国人富豪夫妻が滞在している。 青年は夫婦と繋がりがあるらしい。 ホテルではいっぱしの紳士然と振る舞う青年だったが、外出して場末の酒場に入ると突如として下卑たロシア風の酔っ払いに豹変した。 そして二人の女性との、大いに謎を含む関わりが検知された。 尾行、対決、冒険が続く。 仕事中も酒を飲み、決して飲まれないメグレ。 海が苦手なメグレ。 帽子を飛ばされたメグレ。 間一髪で死を逃れたメグレ。 昏い大過去への旅。 閃光放つ近過去の発掘。 真相追究の炎はじわじわと追い上げ、やがて暗闇の中で燃え盛る。 いやあ、この小説は思いのほか深い。 反転角度の控えめさなど問題にならない。 何だか軽そうな邦題に騙されてはいかんのです! 「火酒(グロッグ)でやしょうな? …… それにご馳走をたっぷりとね」 「それから巻たばこだ。 ゴロワーズ・ブルーをな!」 夥しく挿入される、様々な酒のシーンが良い。 安い酒の肴に食い物がまた良い。 凍える空気の中、何かとストーヴにあたるメグレが良い。 味わいと癒しと柔らかな光を含んだ最終章は最高だ。 メグレ長篇第一作。 小説世界に後年作とのギャップは感じます(特に前半)。 ですがメグレには違和感ありません。 メグレは不変で、周りの小説世界が変わった、あるいは著者シムノンがメグレに振り回される形で変わったのでしょうか。 |
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| No.1430 | 7点 | 祈りの幕が下りる時 東野圭吾 |
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(2026/01/18 01:14登録) “いいセンはいっているが、加賀は何もわかっていない。” 加賀恭一郎自身の事件。 冒頭、加賀恭一郎とは切っても切れない縁を持つ人物の、仙台での過去エピソードが語られる。 その人物と、疎遠になっている加賀恭一郎とを細い糸で結び付ける、第三の人物が存在した。 一方、東京某所にて発見された年配ホームレスの焼死体と、同じく某所のアパート一室で発見された、部屋の住人男性とは無関係と見られる女性の絞殺死体。 女性は本作の一方の主役である舞台演出家(元舞台女優)の旧い友人だ。 男性の方は目下行方不明だが、ホームレス案件との連関が疑われた。 “小学生の頃、同級生の男の子が同じようなことをしていたのを××は思い出した。” ミステリ小説として、ミッシングリンク(&アンミッシングリンク)の置き場所が絶妙だ。 今宵の東野は先ずそこから攻めてきた(かのように見せて来た?)かと期待が高まる。 ちょっとした経緯が大きな影響をもたらしたDNAトリック(アレじゃなくてアッチの方)。 併行して ’物が少なすぎる’ 部屋の違和感の正体明かしも鮮やかだ。 過去と現在と(きっと、未来も..)を繋ぐ、幾つもの悲惨な離婚案件を含む人間関係や事件の錯綜はミステリ興味を強烈に後押しする。 事件の真相を巡って明かされた人間ドラマは相当なものである。 何より、加賀恭一郎の一生に関わる或る謎が解かれた(or これから解かれる?)という所に、限りない重みがある。 “それでもやはり小さな波紋さえ生じないのか。” 「時は金なり常盤橋」 ・・・ 暗号めいた “月別橋づくし” の件、暗号的なものとしては小味な真相だが、そこには充分に泣かせる、明るく切ないドラマ性が秘められていた。(ちょっとした惑わせ叙述も..) しかし、或る人物、いくら深くて強い動機に突き動かされてとは言え、チョット簡単に人を殺し過ぎでないかとの違和感はある。 ソコを上手に小説地馴らししきれなかったのは減点対象。 HORNETさんのコメントで、明記されている通り、はっきり書くとネタバレになりますが ・良心の呵責の件 ・ダミー伏線の件 私もこの二点がちょっと、うまく小説に溶け込んでいないなと感じます。 Tetchyさんご指摘の > 実は私にはここに書かれなかったもう1つの真実があると思うのだ。 なぜ加賀の(以下略) ですが、これには膝を打ちました。 気付かなかった・・ 或る人物が口にした 「幕が下りた後が心配」 なる台詞。 結末を迎えて深い意味を持つかも知れないと思っておりました。 |
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| No.1429 | 6点 | 愛人岬 笹沢左保 |
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(2026/01/15 23:45登録) “Xとは、永遠の別離であった。 そう思うと、ある種の感慨とともに、Xだけに対する愛着が湧く。” 主役は若いOL。 妻子ある男性(先輩エリート社員)と恋愛関係にある。 その男性の親友(金持ちの風来坊)が或る日、京都府は奥丹後半島、犬ヶ岬の海上にて死体で発見される。 同じ場所で同時に、愛妻家で知られる人気文化人タレントの妻が死体で発見された。 密室とアリバイと愛人関係。 愛人関係が密室を生成し、密室がアリバイを生成した。 三位一体トリック。 そこへ “指輪” の謎が悩ましく絡みつく。 瞬殺で偽装心中 “ならず” の不穏と違和感を捲って、意外な容疑者がミステリの場に登場する。 遠方からの証人も現れる。 あちらのアリバイ、こちらのアリバイともに綱引きの手を緩めない。 喉に引っ掛かる際どい物証。 ごく自然に咄嗟の機転、そこで読者に新たな疑惑。 二つの事件(?)の絡み合いは、どちらか一方に集約されるのか、されないのか。 二人の探偵役候補(?)の奇妙に微妙な擦れ違いのような、相反し合いのような、対立に至るような、信頼が息づくような、興味深い関係性。 「 ( 前 略 ) 当然なんじゃないかな」 そこで、わだかまりは消えた・・・ 本当にそれでいいのか・・・ 読者にしてみたら、思わせぶりな疑惑の鈍い光は留まり続けているじゃないか・・・・・・ 最終章で明かされたアリバイ/密室トリックの肝となる部分に向かって、小説の冒頭部から既に大伏線が張られていたのには、唸りました。 だが、仮にこのトリックを(殺人等でないにせよ)実際に実行してみたら 「ほほう、君もやるねえ」 と感心されるだろうが、これが推理小説の根幹トリックと思えば、どこかちょっと弱い。 アリバイと密室が不可分という所に折角のアピールポイントがあるのに、これではいかにも勿体ない。 また、執拗なエロス描写(エロではない、エロスです)が実は上記トリックを成立させる重要な鍵(!)に繋がっているのだが、それにしたって夥しいセ◯クスシーンはさすがにトゥーマッチ、ちょっとしつこい、ミステリ領域から逸脱していると感じます。 「簡単で単純な仕掛けではあるけど、人間の習性と心理をごく自然に応用しているだけに、下手をすると崩すことが不可能なアリバイになったかもしれない」 ↑ 独白文での自画自賛(?)、ちょっと笑いました。 そんなこんなで小説の惜しいアンバランスが結末で露呈された形になったのがナントモで、7点の壁(6.5以上)は惜しくも越えませんが、6点でもかなり上のほう(6.4以上6.5未満)という評価です。 読む価値は充分にあります。 |
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