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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1303件

プロフィール| 書評

No.1303 6点 疑わしきは罰せよ
和久峻三
(2024/11/21 01:14登録)
寒さの中でほんわりするような田舎風の諧謔味が面白い面白い。 人生は生きてみる(或いはやり過ごす)価値があると思わせるほどに面白い。
名古屋地検高山支部の柊茂(ひいらぎ・しげる)検事は、司法試験を(たぶん)受けてもいない、検察事務官からの叩き上げ。 娘は法曹エリートで弁護士。

何しろドラマで主演したフランキー堺さんのイメージが強いもんでてっきり、ズングリがっしりの体格で押しの強い顔力の検事さんだと思ってたんですが、原作では真逆の長身痩躯、と言うよりヒョロ長い弱そうな体形にショボっとした風貌の人物で驚きました。 でも赤かぶとちりめんじゃこが何より好物ってんだから、むしろやせ細ってなきゃ平仄が合わねえってなもんですよね(←日本語おかしい)。

さて一作ずつ。

疑わしきは罰せよ
椎茸栽培のビニールハウスにて一酸化炭素中毒死事件。 死んだのは女房。 自動車修理工場を営む亭主が被告人だが、発言は揺れ動く。 ある意味犯罪実録風なのが意外な、展開と結末。 予測変換で 「宇田川咲は罰せよ」 と出て来た。 アイドルの方ですか?

片眼のジャックを追え
色と欲が絡み、横領と詐欺を噛み合わせた事件へとズブリ。 舞台は神社。 扇の要に陣取るのは、色抜き欲一方らしき稀代の悪党。 ちょっと、話がスルスルと早すぎるよ ・・ と思わせといて、前半と後半とでガラリと色合い変わる。 マッチの擦り方の機微。 殺人教唆の構造の機微。 殺すべき理由の機微。 煮ても焼いてもフランベしても喰えねえ可愛くない悪党が暗躍しやがる。

火魔走る
連続放火事件の捜査はなかなか複雑な様相を見せた。 中でも或る放火に纏わる真相には虚を突かれた。 それは意外な真犯人暴露の道筋にも繋がっていた。 しかし、◯◯◯◯に火をつけるシーンは、びっくりしただよ・・

古銭はもの言わぬ証人
生活に余裕はあるが金持ちにはまだ遠い、欲で眼を眩ますにはもってこいの歯科医師を相手とした土地転がし詐欺に、意外な所で殺しが絡んだ! 弁護士の娘とシビアな親子対決が見られるが、変化球はそれだけじゃなかった。 化学や医学の要素も手伝い、何とも皮肉で奥の深い真相を暴露。

全四篇、柔らかくも厳しい柊検事が良い。 仲間たちも最高だ。
起承転結の「転」が上手い。 刳(えぐ)りの深い、小細工無しのカットバックが上手い。 これでもう真相に向けて一直線、結末見据えて詰めの段階に入るかと思わせて実は 。。 という具合に落とし穴を掘っておくのも上手い。
あんまり言うとアレですが、真相に、或る独特な統一性めいたものは確かにあった。 (要は◯◯と本格の融合みたないな事か。。 あまり単純化もしたくないが。)

角川文庫、高木アキミッつぁんのしみじみ巻末ノートが地味に良い。


No.1302 8点 オデッサ・ファイル
フレデリック・フォーサイス
(2024/11/18 19:37登録)
「今のドイツじゃ、そういう調査はあまり歓迎されない。 いずれあんたにもわかるだろうが」

重いテーマ、重い歴史的背景の割に、中盤の冒険活劇や心理戦でキメるトコが妙に軽くて、敵を追い詰めるルポライターの主人公も屈託の無いご陽気者の様子だし、このアンバランス具合は本作をB級領域へとずいずい押し込んでいる感じがする。 そこんとこ、紛れもないA級作 『ジャッカルの日』 とは大いに違う。 だが、とにかく素晴らしいエンタテインメント大作であるのは間違いなく、リーダビリティも終始爆発している。 面白小説の使命はきっちりと果たしており、文句は全く無え。 最後に明かされる◯◯の意外性はちょっとズルした気もするが、何気にドラマチックな反転をもたらしているわけだし、いいでしょう。 んで、特に悪党側、いろいろと間の抜けたシーンもあるけれど、不思議とスリルを削がないんだよね、無意識に主人公を正義のヒーローとしてシンプルに応援しちゃってるからでしょうか。 実在の人物群がキーマンとして何人も登場する中、主人公のいかにも 「どっこい、この人はれっきとした架空の人物ですよ」 的なフィクショナル・アトモスフィアが或る種のつぎはぎ感を醸しているとは思う。 しかし、しつこい様ですがその要素も本作を駄作にする事は出来なかった、というのがおいらの私見です。    

オデッサとはウクライナの港町ではなく、ある組織の名称(ドイツ語アクロニム)。 何の意味かと言うと。。その綴り ”ODESSA” に大きなヒントがあります。

“そして四十か月後には、イスラエルはたぶん消滅していたことだろう。”

スター・クラブで五人組ビートルズを観たというハンブルク在住の主人公が、「抱きしめたい」 はラジオで聴き過ぎて飽きたと言っているのは面白かったですね。


No.1301 7点 脱獄山脈
太田蘭三
(2024/11/16 21:40登録)
「懲役山岳会だ」

おお、足らんぞう、酒が足らんぞう ・・・ 山と釣りの人、太田蘭三のミステリ第二長篇。
冒頭より爽やかな自然描写が中和してくれたのは、生々しい腐乱屍体のスケッチ。 すかさず今度は ‘きれいな屍体’ の発見で逆説的に爽やかな風を吹かす。

府中刑務所から脱走した四人の男。 一人はオネエの窃盗犯。 一人は詐欺師のオヤジさん。 一人はヤクザの殺人犯。 もう一人、やはり殺人罪で服役する主人公は元警官。 彼らは中央線で西へと向かい、やがて日本アルプス縦走の山中逃亡生活に入る。 中途で一人の若い娘さんと合流し (こいつ、疑うべきなのか・・) 、 物語は転換点を迎える。 前述の殺人×2と、この脱獄劇の間には密接な関わりがあると主人公は言う。

「たのしかったよ。 ほんとにこの山登りはたのしかった。 こんなたのしいおもいをしたのは、生まれてはじめてだった。 …… 俺なんか、生まれてこの方、ちっともたのしいことなんかなかったけれど …… 」

呑み食いと、何気に音楽の話題がチョイチョイ出るのが良い。 “捜査側” の密着ビッタシチキチキ具合もたまらん。 なのに良い意味で少しはみ出たパッチワークのような、レイドバックしたカットバック。 捜査側の一員には、主人公の元同僚である親友がいる。 彼は面長で、ウマさんと呼ばれている。 他にも面長設定の人物が要所要所に妙に多く配置され、また作者は概して面長に好意的である。 俺も面長が好きだ。

「脱獄囚がこの後立山に逃げこんだという物騒な話もあるけれど、あんた方みたいな立派なパーティーもいて、山もいろいろですね」

山中での様々な出遭いと別れと犯罪。 有名無名の山々や有名無名の花々、どれも鮮明に絵が浮かぶ。 最終盤、終わって欲しくなくなっちゃうんだよねえ。。。 ほとんど “歌舞伎” のような最後の見せ場から、◯◯◯にも程があるラストシーンへと雪崩れ込む。 “真犯人像” から言っても構造的に本格推理ではなく、だが間違いなくミステリ範疇に属する、少し市街、主に山岳を舞台とした犯罪冒険小説。 男が疼く暴力シーンも適度にあり。 昔の角川文庫カバーには 「珍道中」 なんて書かれてますが、ユーモアと哀愁の風がほぼ交互に吹き抜ける’70年代終盤の佳き長篇です。


No.1300 6点 変な家2 〜11の間取り図〜
雨穴
(2024/11/14 00:09登録)
「変な家(1)」とは随分異なった感触でスタート。 11の個別案件は間取り図をベースにはしているものの、その内容やアプローチにかなりのヴァリエーションを持たせており単調さは全く無い。 ただ、案件に寄っては、解決しきらないまま唐突に終ってみたり、他の案件と登場人物やら背景やら露骨にかぶっていたりで、目次や帯惹句の助けを借りずとも「どうせ最後に一つに纏まるんだろうなぁ~」感は異様に強い。 だが具体的に何がどう組み合わされるのかは物語配置と語り口の妙で上手に興味深く隠蔽されている。 しかし、いざ「最終章」に来てみると「マトメがマトモ過ぎて弱いなあ」「そのくせ無理矢理なとこ多いなあ」「こりゃちょっと子供騙しだなあ」なんて最初は思ったりする。 ところがだ、ある臨界点に達し、連城を思わせるキッツい反転(盲点だった・・・)を経ると、その反転さえスプリングボードにして更なる真相深掘りの地平へと物語は足を延ばす。 個別案件内で語られた或る「通信手段」に纏わる疑念への数学的・物理学的アプローチ、そこからするすると引き出される真相への道筋は光っていたな。 だがそれも大真相のごく一部なんだ。 思わぬ人情ストーリーの側面も見せつつ、優しい細やかな配慮で時系列をまっすぐに正すパズル解説のような「最終章」だった。 「○○○○」こそ本丸と思わせて、実は更に上位に「○○○○」が位置するってんだからね、ってそこだけでも驚いたのに。。


No.1299 8点 ウェディング・ドレス
黒田研二
(2024/11/11 00:00登録)
ボウッとしちゃうね。。 若い二人の結婚式直前に起きた二重の悲劇。 一見ありきたり気な猟奇的オープニングが終わるや、息つく暇もなく、手が早く意外性に富んだロケットスタート。 憶測諸々唆しつつ、あれよあれよとイヤミス蟻地獄へ。 そこからの満艦飾展開がメリーメリーに過ぎて、イヤミスのイヤよりミステリの面白さが圧倒しまくり。 世間的にも話題となった “やばいアダルトビデオ” を真似た事件が発生し、きちが◯病院に収容された犯人は脱走に成功。 やがて章立ての構成がクッキリ見えた後も、露骨な “違和感” に鋭く突かれてサスペンスと知的スリルの圧力は高止まり。 美貌と高圧的気質とで知られる高名な通俗小説家の存在が浮上。 キーマン複数人が見せてしまう、その蟠りの根源は何なんだろう。 明らかに怪しい人物が一人いる。 いいねえ、読者視点殺意の行ったり来たり、まるで斜めにズレるサイドステップだよ。 ○○を○○○○○ように見せる大掛かりな物理トリックには、際どい所でバカとは呼ばせない心惹かれる美しさがありました。 もう一つの、感動的な “瞬時に消える” 物理トリックも、前後の演出がご都合お涙とは言え、やはり感動的でした。 まさかの “言葉遊び” 手掛かりトリックもあったな。 終盤の一部に限り急に文体が安くなるのは残念(だがすぐ持ち直した)。 少年の活躍する一連のシークエンス、少女?の説得力に救われるそれぞれの場面も素晴らしかった。 主人公の亡母に纏わる過去の謎と、義父の(ミステリ的に大いに有効な)ぐらつく立ち位置。 複数の大きな謎をしっかりキープしたままグリグリと迫り来る感覚はどこまでも熱を放つ。 バイク事故に、スクーター事故。 “二つの” 映像制作会社を取り囲む疑惑の渦。 或る陰謀?の全貌を解き明かさんと協力して調査を続ける若者たち。 推進力ある “喰い違い” カットバックを基調に、暗黒犯罪あり、人間関係あり、密室殺人あり、グロあり、アレあり、見せ場あり、締めに◯◯成就ありと、盛りだくさんの海鮮漁師丼でちょっと具がはみ出してるとこもあるが大満足。 逆説と欺瞞、不屈の心と反転返しの大伽藍。 誰の名前も直接心理も明かさず、仄めかしの文章空間と時間感覚を生かした、眩しく◯◯なエピローグ。 ちょっと可読性が高過ぎるかと思いはしたが、短時間で読了してもアンバランスな短篇感などまるで生じない。 やはりミステリとドラマが充実しているからこそだろう。

シーマスターさんの仰る 「アレにソレが入った凝った構成」 実に言い得て妙だと思いました。
ポッキーが小道具に出て来るお話ですが、ポッキーの日の投稿になったのは偶然です。

【最後にネタバレ】

終盤のかなりギリギリまで疑いを棄て切れず、どうもすみませんでした、牧師さん。 あなたが悪いのではなく、作者が上手過ぎたのだと思います。


No.1298 8点 最上階の殺人
アントニイ・バークリー
(2024/11/09 21:30登録)
「英国の犯罪史に名を残す殺人者全員の犯行日と処刑日をそらんじています」

いんやあ、いちいち面白い! このしつこさが、時を経て今や愛おしい。 言葉のドタバタが最高。 ロジャーのチャラおじぶりと来たら! 愛嬌の無い美人秘書との遣り取りも素晴らしい。 人生には、アントニイ・バークリーのような友人が必要だ。

「本気だったじゃないですか!」

最上階と言っても所謂ペントハウスとはイメージの異なる、4階建てアパートメントハウス(各階2世帯ずつ)の4階に住む高齢の独身女性が、或る夜強盗殺人の被害に遭った。 モーズビー首席警部は、鼻を突っ込んで来た小説家ロジャー・シェリンガムと推理考察の変化球キャッチボールを繰り返し、事件の真相へと迫る。 中盤のあたりから自然と、誰が真犯人(意外な背景等含む)で、どのような真相だったら、バークリーの面目がキッチリ立つのかと無意識に探るような読み方になって来てしまう、そんな素敵にマーヴェラスな小説だ。

“男の真価が問われるのは重大な危機に瀕したときだ。 ロジャーはいま人生最大の危機に立たされていると言っても過言ではなかった。”

“音” に関する証言というか現象?の、思いのほかアツい振る舞い! “紐” の振る舞いのミステリ的爆裂。 死亡推定時刻の機微。 アガサの某技も頭をよぎる。 終盤後半の構造的熱さと来たら、ちょっと無いぜ。 ドタバタし過ぎとは言え、最後の最後の咄嗟の工夫と、それに続くオチ~~終幕が素晴らしい。 ふざけ過ぎの連城三紀彦といった所に違いない(それはどうかな)。

「短編のタイトルだ。 『親の顔が見たい』 ロジャー・シェリンガム作」

早くも多重解決のパロディか。 新本格というよりアンチミステリの始祖か。 ミステリとして随分空疎な中身(?)にも関わらず、このミステリとしての熱さ、痛快さは何だ!! やっぱ見せ方、プレゼンテーションの魔法だよなあ(みりんさん仰る「演出の勝利」) ・・・ いやいや、考え直したら、推理→解決の軸をちょっと螺旋状?に変えてみただけで、きっちりミステリの中身は詰まってるし、落とし前も普通とは違う形なだけで、しっかり付けているじゃないか!!

「ひ――火にくべた?」

愚かな私は、最初の四分の一くらい “モンマス・マンション” を “マンモス・マンション” と勘違いしていた気がします。 題名 ”最上階の殺人” も梓林太郎さんの “最上川殺人事件” と間違える所でした。 それにしても「カエル面」タァなんですか。

“彼はビールを飲み干すと、ふたたび食料貯蔵庫へ行ってグラスを満たした。 今回の事件にかかわって以来、今夜はこれまででいちばん推理がはかどった。 すべてはビールのおかげだと彼は慎み深く考えた。”


No.1297 6点 紅い喪服
佐野洋
(2024/11/03 23:13登録)
一等車の女
先頭打者はショートショート。 横須賀線とホテルのロビーを舞台に、一種の復讐譚。 洒落ちゃあいるがひでえ話(笑)  5点

冷えた茶
妻の過失致死で捉えられた大学教授は饒舌な被告人。 罰金刑で解放された今は、妻の妹と二人暮らし。 その妹が、姉の死に疑惑を抱いている。。   「卑怯だわ」   。。いい時の佐野洋らしいフレンチスタイル。 誰かが何かを隠している心理劇。 終盤、ありきたりなアレかと苦笑していたら、最後の十行足らずでまさかの ・・・ これは効いた。 こりゃキツい。 佐野洋流の連城魂をあっさりスタイルで見せ付ける。 残酷過ぎるじゃないか ・・・・  8点強


団地主婦たちのグラグラ「競馬」イヤサス。 無知と浅知恵のゆるやかな暴走が痛々しい。 ストーリーの分岐点に何気な惑わし。 あ、そこ正直に行くんだ、とか。 あ、そこはほぼスッ飛ばすんだ、とか。 大いにブラックな、ショートショート風の落ち。 サスペンスは結構ありました。  7点

拳銃を持つ女
人々にお金やプレゼントを配る「サンタ」事件?が群発。 タイトルとストーリーの乖離にアレ? と興味津々だったのが呆気なくネタ明かしされてチャンチャン終わり。 拳銃の行き先に事件性を含ませて、長篇まで膨らませたら、、 とも思う  5点弱

紅い喪服
県議会議長夫人の葬儀に訪れたのは、真紅のスーツ・真紅の帽子に身を包んだ妙齢の女性。 これに疑惑を覚えたチョイ悪ブン屋が鼻をつっこみ、意外な人物が亡くなり、地方政界は掻き回される。 ところがどっこいッ ・・・ という話。 なかなか意外で大きな結末だが、ちょっと読めちゃう所もあるね。 とは言えこの●●真相の奥深さはなかなか。  6点強

利口な女
独身主義の女と、離婚歴のある女。 二人は手を組む。 そんなん、うまく行くわけが ・・・ 案の定だよ  4点

氷の眼
有名人ヌード写真が次々と現れる事件。 昭和の中期にまさかのAI絡み案件かと本気で疑うほどの不可能興味、ではありましたが ・・・ そこは意外とアッサリ解決。 だが物語の全体像には力強い逆説が宿る。 佐野洋風チョイエロ版のブラウン神父。  6点強

仲のよい夫婦
二組の夫婦を巡り、捩れた「因縁」復讐譚が更に捩れて、ある意味ミステリの王道を爆進。 カッチリ嵌った結末模範演技も良し。  6点

現代の貞女
一風変わった「告発型遺書」を遺した自殺者は病に悩んでいた様だが 。。 義憤を掻き立てつつ、反転返しが見事に決まった。 これぞ皮肉!な話。  6点強

捨てられた女
電車事故で死んだ筈の前夫が、生命保険の広告写真に!? 女は現夫と共に謎を明かさんとする。 途中、謎のお調子者がミステリの場を掻き乱し ・・・ 割とありそうな真相に、しみじみ明るいようで切ないような、ちょっとした人間ドラマのしこりが花と味わいを添える。  6点

宣誓
鍵の開いた玄関から、紳士靴だけが盗難に遭った。 ミステリと言うよりミステリ風味一般小説の味わい。 文体はともかくテーマ的にはむしろ純文学。  6点

個人的には「冷えた茶」が突出していますが、どれも私の好きな佐野洋です。
文庫巻末の、週刊誌編集者(女性)によるエッセー風解説も風通し良い感じでよろし。


No.1296 7点 失投
ロバート・B・パーカー
(2024/11/02 17:15登録)
“男は就寝前に力をつけなくてはならない。 胸が躍るような夢をみるかもしれない。 みなかった。”

闊達でキラキラしたユーモア横溢。 会話と地の文との軽快なパスワーク。 筋トレと健康を愛する私立探偵スペンサーは 「マーティ・ラブ投手に八百長の疑い微妙にアリ」 とするボストン・レッドソックスのフロントから極秘の調査依頼を受ける。
シンプルに躍動する筋立てと、何気に込み入った思索。 ガールフレンドとの会話は軽快だが、恋人との談論は哲学講義めく。 ノンフィクション・ライターを装い、ラブ投手夫妻と幼い息子の住む家を訪れたスペンサーは、さっそく或る違和感を検知し、それを足掛かりに予想外の方向へと調査を進める。 破壊すべきは悪事の構造。 修正すべきは人生の軌道。 納得すべきは自身の行動。 密室殺人事件が出て来たのは笑った。

「なんだ?」
「握手」

登場人物表には不在だが、暖かいキャロル・カーティスの存在は重要だ。 フロイドの未来に癒しと幸あれかし。


No.1295 5点 5分後に犯人に迫るラスト
アンソロジー(出版社編)
(2024/10/28 01:23登録)
響かなかったトランペット/倉海葉音
卒業を迎えた吹奏楽部長が、突出した才能を棄て引退してしまった後輩を呼び出したのは、過去の不可解な事件を検証するため。 反転返しの結末にうっすら漂う連城スピリット。

壊れた傘は歌わない/千國響香
貴族の養女となった女の他殺屍体が見つかる。 傍らには宝飾が施された豪奢な傘の残骸。 人情派の古典真相。

神様の声/藤月
サイコキラーを追い詰める “歳の差” 男女バディ。 展開の意外性を味わう暇も無く、呆気ない反転。 刑事二人の関係描写に旨味。

クローン探偵と最後の歌姫/雲灯
逃亡した “花形オペラ歌手のクローン” を連れ戻して欲しいと依頼を受けたのは或る “クローン探偵”。 熱い逆説と、寂しく冷たいエンディング。

時効/潜水艦7号
時効が迫る金塊盗難事件を追い続ける、早期退職間近の刑事と、それを見守る上司。 いやあ、これはアレじゃないですか、やられちゃいました。 やけに明るい希望の香るラストが良いね。

あなたに一輪の花を/東堂薫
新進スターの舞台女優が舞台裏で首を絞められ、首飾りが盗まれる。 周りには俳優陣含め怪しい人物が数人。 彼女には毎日、白い薔薇が贈られていた。 古典的人情譚で憎めない結末。

言えなかった言葉/仁矢田美弥
事故で記憶を失った女は、優しく迎え入れてくれた夫への違和感をぬぐい切れない。 彼女は、気分転換に散策していた街中で “以前貴女とお付き合いしていました” という男に遭遇。 いわゆる「〇〇ネタ」を上手に調理。

勿忘草(わすれなぐさ)の呪い/瀬良有栖
若い貴族の女が “欠落した或る記憶” を取り戻すため、執事と共に山を越え困難の末、高名な “魔女” を訪ねる。 おかしな言い方だが “ファンタジー日常の謎” と呼べるかも知れない。

八神探偵の事件簿~山下公園の首切り魔~/猫宮ほのか
山下公園で一息つく男子受験生に近付いて来たのは、医者である父親が雇った新しい家政夫。 最近この辺りでは “首切り殺人事件” が頻発している。 なんなんだこの、ダーク荒唐無稽な展開は・・・


小説投稿サイト 『エブリスタ』 に投稿された優秀作品に “大幅な編集を施した” というショートミステリ9篇。
「全国学校図書館協議会選定図書」 との事だが、こどもたちにこんなもの読ませて大丈夫か ・・ と危惧しなくもない作品がちょっとだけ混じる。

さいきん娘がよく読んでいる 「5分シリーズ」。 私もたまに覗いてみるけれど、中でもこの本はタイトル通りガチなミステリ短篇集。 思わず唸るような作品は見当たらないけれど、大人もそれなりに堪能できる一冊です。


No.1294 9点 幻夜
東野圭吾
(2024/10/26 23:14登録)
「まあな。 『死の接吻』 と一緒や。」

圭吾はん、大胆にやりよったなぁ。 兵庫県西宮市。 大震災の折、これを奇貨とし、絶望から●●へと身の置き場所を遷すべく、或る犯罪に踏み切った主人公。 瓦礫と煙の中、やがて相棒と言える存在に遭い、共に闇の道を切り拓いて行く。 ●●の連鎖は蜜の味やで。 隠したり、仄めかしたり、直接書いたり。 読者には手に取るように見透かせるトリックが、物語内の人物にはまるで分からなかったり。 悪意の乱反射と、咄嗟の急カーブと、時の弾みの乱反射、想定外の緩カーブ。 ホワイダニットの瞬時炸裂と増殖。 ほんと、作者の存在を真っ白に忘れる剛腕絶叫リーダビリティ。 できることなれば大河ドラマのように一年かけて読み切りたい。 ストーリーに関わる事象がふんだんにあり過ぎて、いいぞやれやれやりまくれ、と思ったりする。 いいぞいいぞ地の果てまで追い詰められろ、とも思う。 敵と味方と第三極。 地獄のホワイダニット或いはホワットダニットへの予感がプルプルと顫動し始めるのはどのあたりだったか。 倒叙ミステリならぬ倒叙クライムノヴェルと呼んで良いのだろうか。 嗚呼、清張に読ませたかった。 「白夜行」との噛み合わせもガッチリだ。 ただエンディングだけは、ちょっとどうかね。。。。 しかし逆にこれはもう、続篇(完結篇?)へのシャイな決意表明と見られぬこともない。 こないオモロイ小説、そう無いで。。

“犠牲者六千四百三十四人。 そのうち×××× ・・・ ”


No.1293 6点 吸血鬼
江戸川乱歩
(2024/10/20 22:44登録)
「では、君は、この事件が、殺人事件ではないというのですか」

ほんとそれ。 乱歩さんの通俗はホンマしょうもないでえ~~(笑) 美青年と美中年が子持ちの美女を巡って毒薬決闘するシーンから始まって、硬派じゃない軟派な荒唐無稽のズンドコ展開はくだらない面白さでいちいち腹こわす。 だが火葬場地獄のビダビタした描写は良かった。 丁度その辺りから物語もグインとギアを上げやがり、尻上がりに渋さを増して来た。 ラストクウォーターに至り、地の文のあまりに玄妙な唆(ソソノカ)しに心奪われるシーンも現れる。 至極いい感じである。

「二人? いや、三人ですよ」
「四つ? いったい何を調べようというのです。 誰の死骸です」

やがて眼前に展開される、劇場型犯罪ならぬ、劇場型解決の旋風(by アチチゴゴロ)。 あまりといえばあまりに後出しが過ぎる、秘められた犯行動機も許せよう。 攻守スイッチのバカに激しい最後のドタバタ。 ずっしり来る、中身の濃いエピローグ(最終章)。 これがもし本格ミステリ流儀で書かれていたら、相当ヘヴィな衝撃を齎(モタラ)す真相暴露になっていたかも。 いわゆる吸血鬼が出て来る話ではありませんが、 The Sex Pistols “No Lip” を思い出させる怪人物は登場します。

“どんな美しい娘にもせよ、死骸などに用のあるはずはないのだから”  ← ・・・ どの口が ・・・


No.1292 7点 杉の柩
アガサ・クリスティー
(2024/10/18 00:37登録)
■幼馴染の若い男女が「結婚しよっか」ともじもじ考えてるところに、幼いころ以来の再会となる薔薇のように美しい女(下人の娘)が現れ、静かな嵐を巻き起こし、やがて彼女は屍体となって発見される。
■その少し前に「幼馴染」の女の富豪の叔母 .. 病身でそう長くはないと思われていた .. が医者の見立てより少し早くに亡くなっている。

↑ この二つの死の間に、何らかの連関性は在りや無しや。 疑いは「幼馴染」の女へと浴びせられる。

“冷静にとりみださず、できるだけ短く、感情を交えないで答弁をするということは、なんてつらいんだろう……”

構成の妙スピリットで充満した作品と言えましょう。「本格ミステリの退屈な部分」的なものは徹底排除。サスペンス小説のやり口から借りて来たのか? ハーキーも絶妙のタイミングで登場! その出遭いの相手の立ち位置も最高。
妙に開けっぴろげな恋人たちの会話は、まるでそこに人間関係トリックの新しい地平でも開けているかのように見えました。
「書簡」で埋められた章は、焦点を定められないくすぐりで満ちていました。 それでなくとも手紙の機微、企みが光る一篇でした。
思わぬ所で勃発する探偵合戦も愉し。 使用人階級?に重要人物が配置されているのも何気な何かの誘導かな。
他にも細々した手掛かりやらトリックやらナニやら、小味ながらプチケーキの様にカラフルに並んでいます。(落ちていたラベルの切れ端の件・・)

本作のミソというか大ネタは、アガサ自家薬籠中の「人間関係トリック」を、犯人そのものというよりむしろ、犯行動機の側面推しでナニしたようなアレでしょうかね。 私も実は虫暮部さんと同じ方向の真相を考えたんですよ(但し真犯人とその動機・葛藤については、虫暮部さんほど深くは洞察出来ませんでしたが)。「◯◯の秘密」的なアレについては、あからさまなような、ほのめかしのような、何とも微妙なヒントの出し方なもんで、積極的に「その手に乗るか」とまで行かずぼんやりと疑い続けて終盤いいとこまで来ちゃいましたね。 見事にヤラれました。

んで、裁判シーンのスリリングなこと!!
まあ、真相というか真犯人の人間性がミステリ的にもうちょっとキラキラしていたら、より良かったかな。。 物語としては充分キラキラしてると思いますけどね。 特に結末は。。
ジェラードとランパードが同じピッチに揃った! と思って、よく見たら「ランバート」さんだったのは惜しかったですね。


No.1291 5点 ストロベリーナイト
誉田哲也
(2024/10/14 11:25登録)
品が無い、締りが無い、リアリティが無い、心が薄い、サスペンスが薄い、スリルが無い、しかし退屈も無い!! 深みなど無くってまるで問題無し!! いろんな謎があっさり明かされ過ぎで、もうちょっといやらしく伏線引っ張ってストリップティーズしてくれたらよォ、とは思う。 さっぱり気分が悪くならないおとぼけグロ描写なァ。 でもいいさ。

「その充実感……。 素晴らしいですよ。 世界が拓けて見えるようになるんです」

公園内で発見された謎多き惨殺屍体に端を発し、これと繫がり有リと目される過去の他殺屍体が続々と ”水中から” 発見される。 被害者の一部には “ここ数か月、それまでと打って変わってもの凄く生き生きしていた” という謎めいた共通点が。 やがてダークなネット情報から「ストロベリーナイト」なるミステリアスなヤングフェスティヴァルの存在が浮上。(小説内では語られてなかったけど「苺」はアレのイメージかな?) 警察のいろんな人たちが協力したり個人プレーしたり(比率は体感7:3くらい?)頑張って犯人を追い詰める物語だ(が、警察小説とは呼びたくない)。 何気に章やサブ章をまたぐ時など、それなりに空白の時間を置きたくなる。 意外とそんだけストーリーの彫りが深いって事なのか。。 ちょうど中盤に感動を誘う逸話もあった。。 おっと、終盤に近づきようやくサスペンスらしきものが沸き上がって来たか。。 あれ、すぐ萎んじゃった? しかしまーこんだけの『ダブル(トリプルとは言わせん)暗黒真相』をよくもこんな安っぽい文章、下手くそな暴露方法で台無しに・・と恨みに思わなくもないけど、結末の爆発には軽症くらい負わせてもらった。 あんだけの大きな悲劇を引き出しといてからに、後始末が雑でないか? とは訝しむのだが・・ 「ストロベリーナイト」なんて小洒落たタイトルより「謎のへっぽこ大会」とか「うんこ」とかでいいんじゃないかとヤケクソで最初のうちは思ったけど・・ 悔しいけれど合格点だ(5.3くらい)。 よし、シリーズ続篇、書いていいぞ(何時の何様?!?)!!


No.1290 8点 サウサンプトンの殺人
F・W・クロフツ
(2024/10/09 23:02登録)
「これは、ある生物のように」 彼は快活な調子で言った。「尻尾のほうに針があるようですな」

A社とB社はセメント会社。A社の未来を守るためB社に侵入しヴァイタルな技術情報を盗もうとした二人の社員。ところが時の弾みで、目撃者となった夜警を過失致死。。。 この悪夢の瞬間から紡ぎ出される、創意と工夫と悪意に満ちた右往左往驀進蛇行の顛末は、小説構成の企みこそが色鮮やかな下支え。 第Ⅰ部~第Ⅳ部と進むにつれ主体は A社 ⇒ フレンチ ⇒ A社+B社 ⇒ フレンチ と推移する。 倒叙推理の積み残しがフーダニット、さらには××ダニットへと舞台を変えては炸裂する。 フィジカルなエコノミー、いやインダストリー冒険描写の質実な締まり具合。 頼りになる男と、頼りになり過ぎるロジック展開、あるいはその解きほぐし。 仕事が鬼出来る者だからこそ挑む事の出来たアリバイ工作の、拭いきれぬ一抹の怪しさよ。 A社とB社の間には、あの短篇以来の「9マイル」! シューベルトの「軍隊行進曲」を口ずさむ男! んんーーー その “ヘンゼルとグレーテル” は ・・・ いやいや本作は随分と攻めてます。 溢れ出るスリルとサスペンスとイヤミスと、ドラマチックなツイストにいや増す謎。 試行錯誤には希望という名の置き土産。

やがて訪れた、フレンチ急襲型チェックメイトの、ホトバシる旨みと輝き! 最初のチェックメイトを引いて更に追い詰める、繊毛が微妙に蠢いて弱光を見せるような暗い蜃気楼の晒しっぷり。 その結果なのか経過なのか、涙腺を刺激する “巧まざる” 名台詞もあった。 最後のフレーズの連なり、最高過ぎます。 クロフツは、頑張りました。


No.1289 6点 乗取り
城山三郎
(2024/10/07 22:05登録)
“変わらないのは、桜色を帯びた青井の血色のよい顔、休みなく動く目、弾力のかたまりのような体だけであった。”

。。静謐と心の喧騒が折り重なるような、寂しさと心地良い疲れがおりなすような、忘れ難い不思議なエンディング。
この愛すべきエンディングへたどり着くための、ホットでユーモラスな、軽クライム? 軽ピカレスク? いんゃーァ 爽ピカレスク? 違いますよ! 爽クライム(?)小説でしょう、これは。 日本橋~銀座の百貨店では少し沈んだ老舗「明石屋」を持ち株で乗っ取り、本来のもっとキラキラした店に立て直そうと奔走する若き事業家の青井。 闇屋出身たるこの主人公と、彼に魅了され味方となる壮年~年配の男たち。 狙われた明石屋とその味方に付く老獪な男たち。 両者の間でさまざまな熱を発する者たち。 だが「視点」の位置にあるのは、或る一人の若い女性と言っていいかも知れない。 爽やかな怪人物が二人も登場する贅沢さ。 しかも怪人物ばかりやたらな直球勝負ばかりで面喰らう。 全く異質の主人公候補までシャイな横顔光らせて躍り出る熱い展開さえあった。 物語を追いかけて駆け出しそうになる程の面白さとリーダビリティは相当なもの。

「青井という男は、あらゆる術策を弄して向かってくる。気をつけなくちゃいかん」
“だれもがうなずいた。女将や女たちも、白いあごで弧をえがくようにしてうなずく。”

しかしま、読前は思い込みで「広義のミステリにじゅうぶん含まれる経済クライムノヴェルなんだろうなあ」くらいのスタンスで臨んだのだが、実際に読んでみると、もうちょっと謎を隠しても良さそうなところ、開けっぴろげ過ぎてミステリ風でもない? と感じるところ多々。 ミステリ性の希薄な「不慮の死」が続く所も一般小説っぽさを醸し出しているかも。 とは言え、やはりミステリを読む方に読んで欲しい痛快な一篇でありますね。 まあですな、本作を「犯罪小説」と呼んでは主人公の青井文麿氏に怒られそうなのではありますがね。

「いい逃れはききたくない。いったい、ぼくのどこがいけないんだ。一つ一つ洗い立ててほしい」


No.1288 7点 真夜中の詩人
笹沢左保
(2024/10/02 00:40登録)
「ありとあらゆる野菜、それに肉からとったスープを、レモンとお醤油で味付けしたのよ」

まずこのタイトルは一体何なんだ? 。。。 と戸惑う間も無く、激烈に面白い異形の誘拐物語が始まった。 攫われたのは二人、富豪の子と普通の子。 どちらも身代金要求無し(!!)。 やがて富豪の子だけ無傷で返還。。 一体何なんですか、それ?   雰囲気は普通にサスペンスタッチだが、企画性くっきりの強い謎を次々にババーンと打ち出して来る所は本格/新本格風。 そこへ来て、ストーリーの程よい錯綜ぶりはハードボイルド(ロス・マク?)調かも知れん。

序盤から、まるで何かのアリバイ工作でもその裏に疑わせるような、謎の高速展開。 意外な「被害者」。 疑惑連鎖の渦中へとロジック手探りのセンサーを伸ばす探偵役/主人公?(普通の子の母)の、所々豪快わんぱく過ぎるエピソードが威勢よく降り注いでくれちゃったりなんかしてね、しかも時々弱気の弱虫で。 意外な人が頼りになる探偵役2(あるいは1?)として爆浮上したりね。 いっくら何でもこいつはメタ怪し過ぎるぞォーと光りまくる登場人物の、やたら膨らむキーマン性にも注目だ。 とにかくストーリーにいちいち機敏な動きがあって面白いんだ。

事の大元に位置した “事象“ (諸悪の根源)の、あまりに馬鹿げた悲劇性。 そこから工夫を凝らして繰り出された、ちょっと凄い、豪快とも言える真相。 振り返って見りゃあ大ヒントもゴロゴロしてたわけだが、、 分からなかったよねえ。。 アラは多い。シュっと締まってないネジレや穴も見当たるが、読んでてとにかく面白い。仕掛けて攻める意気を感じる。

最後に、これ言うと鋭い人にはネタバレかも知れないけれど ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 最終章が終わった後、マスコミを沸騰させること必至の大スキャンダルと、 それに翻弄される登場人物たちを思うと ・ ・ ・


No.1287 8点 失踪者
下村敦史
(2024/09/25 22:12登録)
“――俺は気づいたぞ、樋口。”

三つの時系列カットバックで読ませる、雪の山岳サスペンス。 主人公と、失踪(?)した相棒に、脇を固める二人もみな山男。
南米の高山シウラ・グランデのクレヴァスにて発見された、ホラーもしくはSFチックな不可能事象。 こいつが意外と.. 速やかに謎は払拭された! と思ったら、間髪を置かずに沸き上がる、頭がねじ切れそうな程の不可解興味(相棒は、いったい何故..)。 そして染み拡がる故殺の疑惑。 そこからしばらくは 。。。美しい友情や別れ、仕事や恋愛に励んだり、何気に謎追いのシークエンスやらあって、、不意を突いてもう一度、今度はなかなか解けない強烈な不可能興味、覆い被さるように絡みついて同行する新たな不可解興味。 年下のヒーローにヴィラン。 ヴィランが目の前で発した、だが聞こえなかった言葉の謎。 山のビデオ映像に潜んでいた違和感とは何だ!? 逆デジャ・ヴュとは?!

さあ、あの出遭いのシーン、ミステリフレンドリーにして泣けるあのシーン、最高マジ最高。 そして、閃光が刺しに来る、あの再会のシーン、やばかった。 最後もう一つの、”最大の” 再会シーン。 これがあなた、もう言葉にならんのですよ。

ある疑惑については、読者目線の疑惑を上手に二段底の浅い方に誘っていましたね。 見事です。 さてあまり注目されない様ですが、実は、前述の ‘最初の不可能事象’ 発見の少し前に発見されたノーマル事象(若い女性の屍体発見)が、初期段階での有効な(ミスディレクションとまで言えない?)読者の目線を核心からちょっとだけ逸らさせる、淡くも大事な効果を担っていたのではないかと思うのです。

ある人物の本当の人間性が明かされる、一つのクライマックス部分、そのために必要な解決用のピースを嵌めるのに少しばかり隙間が出来ちゃって、結果的に無理矢理ガタンと整えた感はある。そこはミステリとして少なからず減点対象だが、物語としてはただひたすらに熱く、ダメージは最小に抑えられたろう。 やや安易な常套手段に見えなくもない「◯◯の◯」設定だって許せてしまうよ。

終わってみれば、少しネタバレっぽい言い方になるが、主人公も気づかないままに、美しき友情の三角関係が構築されていたという事か(四角とは言うまい)。
心底泣かせる心理的物理トリック(大阪圭吉の某短篇をぼんやり思い出す)は、結局物語の端緒と終結を結び付ける虹だったわけだ。。。。

作者は登山経験無しのまま、徹底的文献調査等だけでここまでリアリティ溢れる山岳ミステリをものにしたそうです。 山に限らず、自分の明るくない分野を徹底的に勉強(リスキリング)して自らのミステリに組み込むのが好き/得意な人の様ですね。


No.1286 8点 ギャルトン事件
ロス・マクドナルド
(2024/09/23 16:35登録)
うう~~ん、この小説は良い。 これは良いロス・マクだ。 ファンでなくとも読んでみるが良い。

死ぬ前に、若いころ家出した息子に会いたい 。。富豪ギャルトン家の未亡人から願いを聞き入れた弁護士セイブルは、旧友の私立探偵アーチャーに捜索を依頼する。 直後、身近の意外な所で殺人が! アーチャーはこの殺人と先の捜索依頼に通じるものを(よしゃぁいいのに?)直観した。 一方、家出息子の帰還は叶わなかったが、その忘れ形見で俳優志望の青年(未亡人の孫)が見つかり、ギャルトン家では大歓迎を受ける。 依頼主にとって案件は円満解決したが、アーチャーだけは満足せずに件の殺人事件、そして「孫」の真偽さえ疑い独歩的捜査を続け、ゆく先々でやくざ者、はぐれ者共の妨害を受ける。 そんな中、弁護士セイブルの妻が精神の病に蝕まれつつあると言う。。

“おなじ時刻の、おなじ双発機だった。スチュワーデスまでが同じだった。どういうものか彼女は前より若くなって、ずっとあどけなくなったようにみえた。「時」はまだ彼女の味方をしているのだった。”

どことなく明るい空気感のある、面白小説オーラを纏ったオープニングから心地よくテイクオフ。 良い意味で模範的ハードボイルド・ミステリらしい、機敏にして複雑、意外性に旨味のある展開が読者を掴んで離さない。 小泉○○郎氏を髣髴とさせる人物に、太宰治っぽい家出息子。 詩人と私立探偵、どちらも「シ」から或いは「P」から始まるんだよな。 温か過ぎて噴き出しそうになるほどユマラスな友情シーンもあった。 良い場面、さり気なく良い言葉のやり取りでいっぱいの作品だ。 登場人物もいっぱいだ。。 いい感じで夢見心地にさせてくれましたよ。

人並由真さん仰る
> 序盤からのサイドストーリー的な殺人事件という大きなパーツの組み込ませ方
おそらくはそれが巧妙に関わってこそ成り立った
クリスティ再読さん仰る
> 隘路
ここに遠くから焦点合わせてじっくりと、何層にも重ねた解決、幅があって分厚い真相に、そこから解きほぐされたような、光明あるラストシーン。
この本は、解決篇の後半だけは、早朝に覚醒して読むのが良いかも知れません。

反転のモトが中盤通してこれだけ大きな位置エネルギーを保ち、最後に運動エネルギーとして一気に解き放つ、そこにハヤカワ・ミステリさんの惹句でもある『人間悲劇の底にアーチャーが見いだした愛と希望』が控えめに輝いている構造、この尊さはなかなか他では味わい難いものがあります。

“ふたりは、老夫婦のように寄り添って午後の影が長くなり夜にとけこんで行くのを待っているのだった。”


No.1285 7点 謎の巨人機(ジャンボ)
福本和也
(2024/09/15 22:51登録)
大量の死人を運んで羽田に不時着したジャンボジェット機。 乗客、乗務員、生き残りは一人もいない。 こんな魅力的な、ある種のバカトリック発動を期待させかねない、物理的規模の巨大な謎を引っ提げて始まる本作。 空港にて異様な非常事態が判明するまでの、現役パイロットであった作者ならではの臨場感張り詰めるハードボイルド描写が実に、読者の襟首を掴みに掴む。 後からちょっとアホな造形の人物や、当時の通俗まっしぐらの展開など登場するが、この渋いオープニングのお蔭で、基底部に在る硬派なイメージはそうそう揺るがない(かな?)。
 
もう一つ、前述の「大量の死人」が実は、或るジェット機から全く別のジェット機へと何処かでまるごと移動させられていたと目される動かぬ証拠が見つかった!! その入れ替えが行われた場所はどこなのか?? 生きたまま入れ替えられたのか!? 全員、あるいは一部屍体となった状態ですり替わったのか?! 「大量の死人」自体の謎に負けず劣らずこっちの不可能興味もギンギンに強烈だ。 

“鉄工所、ラーメン屋、靴工場、映画館のフィルム配達、魚屋の店員、バーテン、自動車の板金修理工と、母親の挙げた職業には◯◯は入っていなかった。”

割と早くに明かされる、とある渋い物理的物理トリックは大歓迎。 おまけに初等数学がその司令塔に位置している。 と思ったらもう一つ、小説的効果のスケールが大きい割に、その作為は実にセコいとも言える、ちょっとおバカな? 物理的心理トリックが! しかも、それってもしや意外と、最後まで当局の誰も気付かないまま闇に・・・って事もあり得るのか? こりゃあなかなか面白い「トリックの立ち位置」と言えるかも知れませんな。 

探偵役らしき人物が警察に追われ続けたり、物語のオープナーたる人物の立ち位置が微妙で気を持たせたり、被害者の中で誰が(小説的に)ミスディレクション担当なのか迷わせ上手だったり、登場人物配置の妙が実に冴えています。 これに繋がって真犯人隠匿の術もなかなか。 或る人物と或る人物とのアレは(故意に?)見え透いてはいたけれど、それでもなお。。

「帰っとくれやす。帰らんと塩撒くで!」

冒頭に現れる、まるでイリュージョンの如く巨大な謎がちょっと尻すぼみに解決されて行くのは・・少しばかり寂しいが ・・・「不可能興味1」が、まるでそんなの常識と言った風にあっさり明かされ、それを踏まえた「不可能興味2」を ・・・( 中 略 )・・・ されどやはりこの島田荘司ばりの大型バカ案件じみたものが、存外質実なじっくり解決へと収束して行く様こそが良いのかも知れん。 きっとそうだ。 リアリティ溢れる航空業界描写のみならず◯◯業界、◯◯業界に裏町業界へと分け入った描写も、そのリアリティはともかく、ぐいぐい読ませる強い魅力があります。 何とも哀れなる「辞世の言葉」と共に消え入るラストシーン、その後ちょっとだけクスッとさせる物的証拠で締めるエピローグ、このあたりも(ちょっと品が落ちる気もするが)実に印象的。

森村誠一氏の巻末解説によると、福本和也という人は現役航空パイロットが作家兼業になったのではなく、逆に、作家の福本和也がその文章に幅を持たせる?喝を入れる?ため航空パイトットを兼業する事にした、のだそうですな。 なんとも豪気な話で、何よりです。


【ネタバレ】
気を配ったであろうちょっとした叙述ほのめかしやギミックが功を奏したのか、もしや、まさか、この探偵役こそ実は。。。 なんて大いに気を揉ませていただきました。


No.1284 8点 刑事部屋(デカべや)2
島田一男
(2024/09/09 23:59登録)
今日は記念すべき昭和九十九年九月九日だってんだから、「刑事部屋1」と同じ九点を折角だから差し上げてえ所だが、、この「2」には、「1」にはまるで無えちょっとした緩みがあってナ、どうしたって八点にマケさしてもらうよ。「1」に較べると妙に話の本数が多い「2」なんだが、後半に行くに連れ短けえ話ばかりになってくる。短けえのはいいんだが、おわり三分の一となるとちょいとミステリの深みが底まで通じてねえような話が並ぶようになってな、寂しかったよ。 とは言え、その三分の一だってじゅうぶん文章のキレはあるし、イキのイイまず上等な短篇ばかりで六~七点は充分キープなんだがね。 

始まって三分の二くらいまでは「1」と同レベルのミステリ深度と高いテンションとシビレるスリルと、もちろん最高の熱い文章力で「大衆文学と推理小説の融合」を高い次元でやっちゃってるディープ・サザン・ソウルが並ぶ。 意外性凝らしたストーリーに人情あり覇気あり殺伐あり。 あれ?推理小説ってもともと大衆文学じゃなかったっけ? ってそりゃ言葉の綾というモノでありましてね。

第一話 信号は赤だ
第二話 妖婦の檻
第三話 安全地帯
第四話 刑事部長(デカチョウ)物語
第五話 殺人環状線
第六話 土曜日の男
第七話 毒蛾の街
第八話 青い顔の男
第九話 死者の呼び声
第十話 地獄への脱走

巻末、「事件記者」役者だった原保美氏による解説、というよりエッセイ、ちょいとふらついた韜晦まじりの人情現場証言は、短いながらもスコープ広く情報たっぷりで、読ませます。

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