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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.70点 書評数:1367件

プロフィール| 書評

No.1367 7点 新人王
清水一行
(2025/07/03 00:24登録)
“あれは、わしの◯◯――。”

あー、わしはもうトコロ天や。 話が面白過ぎてな、グイグイて中に押し込まれたらー、ミュルミュルッとバラバラ死体になって出て来るんやで。 結末ゆう器ん中にのう。

競輪界が舞台の話です。 年配の競輪選手が、車で帰宅途中の高速道路で不審な事故死(?)を遂げたんや。 そいたら今度は期待の若手選手の出生の謎みたいな話が出て来てね、あれよあれよと殺人事件が起こるのやねえ。 ところがね、この殺人事件は犯人が分かっとるのや、何しろ、さっきの高速道路不審死までひっくるめて、私がやりました言うとるからねえ、犯人さんが。 つまり、こう見えて倒叙ミステリ言うか犯罪小説言うか、そういう代物なのやねえ、この作品は。 熱いでえ、まあ読んでみい。 レースシーンもがっちり心理戦つかんで快調、臨場感ガッツリ、競輪場行きたなるわなあ。 まあわしは投票券は買わんと、レース見ながら酒飲んでウロウロしとるだけやろけどなあ。

爽やかな恋愛模様、地方へ遠征して過去の因縁捜し、直近事件の素人聞き込み、更に最ッ低の嫌ァ~な事件を経てな、それぞれの想い、思惑を抱いてクライマックスの晴れ舞台『小倉競輪場』へと集結する男達。 こん中に一人、コトサラに読者を泣かせに来る男がおるのやね。 んでも一人、キ◯ガイもいてるわけや。。

終盤に至って、いつん間にか探偵役なっとるオッサンが巡らす推理の、ジリジリ来る熱さねえ。 何気に目を引く「トリック」もいくつか見せつけてくれますよねえ。 ほいでラストシーンの人情噺がまた、たまらんのですよ。

東野圭吾が書いてたら、もっと複雑でトリッキーな仕上がりになってた思いますけどな、複雑でトリッキーでイケズな推理小説やったらエエいうわけちゃいますからな。 どストレートなイッコーちゃんのスポーツ親子鷹ストーリーはホンマ、文句なしにシビレさせてくれますよ。


No.1366 5点 軽井沢マジック
二階堂黎人
(2025/06/30 19:48登録)
「だからそれは、二点間の事象の地平面上に生み出されたワームホールの中を、ナイフをベビー宇宙に仮定してですね、虚数時間を使って遷移させることで、容易に解決できる問題なんですよ」
「はあ?」

軽井沢の風景描写は悪くない。 夏場に読むと少しばかり涼みになる。
旅行会社の二人(探偵役美男+ワトソンなり損ない女)が、時の弾みの不測の事態で軽井沢にて途中下車。 知り合いのペンションに宿泊させていただき、都合◯つもの死体が生成される連続事件と向き合うハメとなり、あまつさえ重要参考人扱いをされる。 探偵役は事件解決に協力せんと奮闘するも、ことごとく警察の面々と対立してしまう。 ピンチに陥った探偵役を救いにはるばるやって来た、意外な人物は・・

アリバイトリック、犯人像、事件全体像となかなか興味深い趣向が埋め込まれているくせに、なんだか薄くてガツンと来ない(パコンと程度は来た)。 時々外すが諄くもないユーモアは、ミステリ的には大して助けになってない。 探偵役の変人キャラ付けも、気持ちはわかるが、虚数時間のπ次元ワームホールに於けるハイパークルッキッドヴォラティリティがマージナルに活かされていない。 何もかも、この軽くて薄い文章とのアンバランスが悪い。 こういうスタイルなら、もっと軽いミステリ内容にすりゃいーのに。 でもそこそこ面白かったです。 5.0の壁は越えず(4.7くらい)、惜しくも(!)合格とは行きません。 色々と “傷だらけの軽井沢” ・・


No.1365 6点 刑事弁護士
島田一男
(2025/06/28 21:53登録)
「男好きのする女ですね。 しかも、年増盛りなんでしょう」

夏だ! 海だ! 昭和百年の島田一男だ! 昭和三十年代初頭の南郷弁護士シリーズ短篇を一作目から八作目まで刊行順に並べた一冊だ! 金丸京子助手に板津部長刑事(板チョウ)と交わすSEKUHARA不適切トークもユビキタスに満載だ!
流石に「刑事部屋(デカべや)」ほどの「本格と大衆文学の高次融合」は求め得ないが、起伏あるストーリー展開で倦怠知らずの調子いい犯人当てミステリは快調だ。

“南郷弁護士は、ペロリと、舌を出してみせた。 ―― それから先は、この舌先三寸で悪人を追い詰める …… という意味である。”
   
中には、犯人当ても然ることながら被害者側にトリッキーなミステリの仕掛けが光るやつがあった。 冒頭から事象の謎で引っ張るのがあった。 堂々のノワールもあった(探偵キャラのせいで明るくなっちゃうんだけど)。 一つ、熱過ぎる人情物語と熱過ぎるバカトリック/バカ真相が真正面からぶつかり合っちゃって、揺さぶられた感情の持って行き場に右往左往してしまう意欲作があったな・・
やはり、日本の夏は島田一男だ。 金丸京子助手は意外とボインらしいのだ。

「美術はどうだね?」
「わからないけど、見るのは好きですわ」
「僕の机の右の袖の上から二番目の引き出しに、世界裸体全集が入っているよ」

東京無法街/銀色の恐怖/電話でどうぞ/黒い誕生日/拳銃何を語る/十三度目の女/赤と青の死/ガラスの矢
(青樹社文庫)


No.1364 6点 みな殺しの歌
大藪春彦
(2025/06/27 00:19登録)
内容は暴力のポルノグラフィだが、どっしり構えたハードボイルド文体には眼を瞠る。 弾丸が人体にどんな損壊を与えるか等、医学的に具体的に簡潔に描写してくれるのが良い。 銃器・弾薬とその機能詳細に関する高効率でリアリティ溢れる、何より絵が浮かぶ説明は素晴らしい。

「一時、兄貴は荒れに荒れた生活をして、俺もよっぽど殴り殺してやろうかと思いこんだ時期があったな。 そんなとき、兄貴は君と会ったのだ」

婚約を機にスッ堅気となるため、犯罪組織を抜けようとした兄貴を見せしめの慰み物に弄殺惨殺した七人の腐れキンタマ野郎共を一人残らず、奴らが兄貴にやった如く極限までいたぶって弄んで苦しめてから屠ってやろうと硬い決意を魂に刻んだ主人公。 物語の途上には多種多様の銃器が登場しその本領を発揮するが、中でも主役級はワルサーP38。 所持しておられる方はホルスターにセットして読むと良い。

"あんまり射ちまくったので、耳がおかしくなってきた。"

冒頭の屠りシーンを一読し、こりゃあきっと全篇イェイェイェ・イェイイェイ・イェイ・イェイェイなゴーゴー・ムードの、ドイツもコイツもアンタも豪快爽快殺戮血みどろ硝煙ファンタジーに違げえねえと決めつけていたら、微妙に違った。
てっきり、シ(ヒ)ットリストの標的を一人ずつ地獄に叩き落して行くシンプルな様式のストレス発散物語かと思っていたら、意外と傍流にも伸びるちょっぴり複雑なストーリー。 でも芯はまっすぐだ。

但し、純粋な復讐物語と思い込み主人公に肩入れして読んでいると、まるでこれも必要経費だとばかりに、行き掛かり上、逃亡の都合上、やらざるを得ない "それ以外の" 殺人やら非道行為が多すぎて、嵩じて主人公への反感や疑念まで湧き上がって来る始末。 これは悩ましい。
また、兄貴への愛情と兄貴を惨殺した豚共への復讐心が、特に物語の途中から、物語最大のテーマである割にしっかり表現されておらず、むしろ薄まって来るように見受けられる。 懐かしの平成ドラマ「二十歳(はたち)の約束」で牧瀬里穂演じる主役の "殺された兄貴" への愛情がさっぱり伝わって来なかった事案を思い出した。
あともひとつ、台詞の発話者が誰なのか分かりにくい箇所が何気に多いのが実際的な難点と言えるが、まあ目をつぶろう。


ラス前の予期せぬ友情シーンには思わず頬が熱くなった。。。。 が、な、なんなんだこの、意外な結末!!

【ネタバレ】
てっきり復讐を完了させて、最後は相討ちで主人公もあの世行きだと思ってたら、、おいおい、こいつはもしや、続篇でもあるのか?! (あるそうです)



いいこと教えてあげます。 この小説のBGMにはハル・ブレインのアルバム "サイケデリック・パーカッション" が絶妙にしっくり来ます。 次善策は無音です。

"さきほどまであくびをしていた重傷の鴨は死んでいた。 衣川はハンター帽を脱いで、チラッと頭をさげた。"  ← 少し前からここまでのくだり、沁みたねえ


No.1363 8点 悪魔はすぐそこに
D・M・ディヴァイン
(2025/06/24 23:54登録)
参った。 この真犯人隠匿の巧みさ精妙さには、びっくり仰天というより、しみじみと感心させられました。 やたら◯◯◯◯が多いと思ったら、そういう事(?)でしたか。 若干ネタバレかすりそうなこと言うと、この真犯人とミステリ立ち位置の近い人物が他にも複数いてはるわけで、そのあたりも目くらましの大事な構成要素の一つですね。

舞台は、作者も(教員ではなく)職員として働いていたという『大学』。 近い過去に噴出した、死人まで出たスキャンダル。 今になって「真相を暴く」と豪語した講師が不審な死を遂げる。 追うように殺人未遂や殺人事件が発生。 やがて『大学』の次期名誉学長を迎える式典を延期せよとの脅迫状が届き、新聞紙面を賑わす。

嗚呼、このフーダニット長篇の抱え込む "謎の闇" の広大さは怖いくらい魅力的だ。 物語半ばに至っても、相応の謎解(ほぐ)れをそうそう素直には見せてくれない。

「あら! わたしたち、何か喧嘩の最中だったかしら?」

練られた皮肉のジャスト・ザ・ナニ具合と、心地よく仄薄いユーモアが良い。 まさかそこ、叙述のアレのフックではながっぺがと喉が唸るシーンの締めとか、シーンの途中とか、色々ありました。 然るべき人物なのか意外な人物なのか、際どいお戯れを見せてみるやら、土壇場で思い切ったアクション起こすやら。 肝となる隠された人間関係を、つんのめる様に早いタイミングで明かしたり、そのナニの晒し方がまた絶妙だったり、ありました。 いっけんお飾りのような(?)恋愛緒要素も決定的働きをキメました。
こうした目を引くレトリックだか小説技法が何から何まで「意外な真犯人」の演出だったように思えます。
ただ、その真犯人の明かし方が(折角あそこまで引っ張ったのに)かなり呆気ないとは思います。 そこちょっと残念なのであります。

で・す・が、本作には、まるでその呆気なさをカバーするかの様に、真犯人のみならず探偵役についてもなかなかに深い、そして粘っこい "フー" 興味がじっくりと息づいておるのですよ。 このあたりのバランス感覚にも、ディヴァインの最良の閃きある職人スピリットが光り輝いていると言えましょう。

”どっと笑い声が起こり、足を踏みならす音が響いた。 またしても、ラッパが鳴りわたる。”

ラス前のスペクタキュラーな映画的シークエンス、続く簡潔な暴力シーン(何も言えねえ..)に、ロマンス映画の様なエンディング。 どれも心に残ります。

それと、私ものりりんの落ち着いた解説は好きです。 朝ドラ「あんぱん」に喩えれば次郎さんの様。 これは惚れます。


No.1362 7点 人間の顔は食べづらい
白井智之
(2025/06/20 21:50登録)
… 覇気、旨味、ヤバみ、バイブス、創意工夫のスクリュー攻撃には参った。 更にはラフカットなリアリティも在る(特に前半)。
奇怪にして巧妙な設定のもたらしたミステリ跳躍力と来たらもう宙を仰いでしまう。

「用意してやったぜ。 てめえが童貞を捨てるのはこの女だ」

人気若手大物政治家の邸宅に、合法的に発注した食用人間クローンが送られた。 ”人間の顔は食べづらい” ため、本来なら頭部は切断され工場にて廃棄される筈が、切断された頭部が同梱されており、更には血染めの脅迫状が添付されている。
この事案を含む三つの事件(時系列順に大、中、特大)はどれも悩ましき謎に満ち、カラフルな不可解興味が充満している。 おっと、その前に前哨戦と言える大型事件がもう一つ起きていたのだった。 そいつがまた、ストーリーの中で最高の悪さをしでかしておるんだなあ。

「へへえ……、 たったの一日で、 ずいぶんと捜査が進んでおりやすなあ」

微妙にふざけたり意外性含んだりの登場人物名。 主人公は「柴田和志」で、更にその(以下略)。 意外な被害者趣向(!)も炸裂した。 脳内映像映えするディザスタラスな長い一幕もあった。
グロテスクなサブストーリーの躍動があった。 やりきれない中途参戦の流れもあった。 (← これは、作者が … )
登場人物の知能やら何やらでリアリティ的におかしく感じる所も後半あったが、作者の剛腕ですっ飛んで行きゃあがった。

売りであろう多重解決は、その登場のさせ方が実に巧みで自然でヴァリエーションに富み、必然性も強い(!)。
斬新な "首を斬る理由" も説得力MAX。 前代未聞の筆跡トリックには度肝を抜かれたなあ。
◯◯◯◯選びの妙味も、最後にダーンと弾けたね。

肉食用人間クローンが合法的に工業生産される世界という前提のおかげで、真犯人の意外性が少なからず損なわれた感はある。 痛しかゆし。
最終段階で微妙に過剰侵食して来たやさしさテンダネスのお陰で、物語全体の悍ましさに欠けが生じたと思う。 でもイヤーな感じで物語が終わらずに良かったのかも知れない。
↑ 以上二つの小さなネガティブ要素が作用し、最後の最後にあたらスリルが減速し、それまでずっと8点以上確定を疑わなかった所、7点(最上級の7.4レイヤー)に落ちた。 だがこの作品を燃え立たせる炎は熱い。 作者の持つポテンシャルは疑いようが無い。

「次に会うときは身体じゅうの皮をひん剝いてやるから、楽しみに待ってな!」

※文庫版収録の書下ろし掌編、やりやがったなぁ~って思いますね。


No.1361 7点 日はまた昇る
アーネスト・ヘミングウェイ
(2025/06/18 21:18登録)
短く切り出した刀削麺の様な文と会話が並ぶハードボイルド小説。 ハードボイルド・ミステリではない。
欧州大戦後、英米人の若者男女が休暇でフランスとスペインへ出向き、外国人として享楽と混乱の時を過ごす。
主役の男子は戦争で身体に或る象徴の様な障碍を負っており、これがために生じる、準主役の一人である(奔放とは違う)淫蕩な女子との文学的なほど特権を帯びた関係が、この小説の核かも知れない。

「あたしとあなたとだったら、とても楽しくやっていけるはずなのに」

躍動する人物描写もさることながら、風景や建物、部屋など静物系描写の活きが良く、ありがちな退屈を全面排除している。
中でもスペインの祝祭の描写は素晴らしい。 喧しい音声がずっと聞こえ、匂いも映像もずっと色鮮やかだ。
物語の途上のような、むしろストーリーのワンカットのような、だが狙いすまして希望が解き放たれたようなラストシーンが、とても良い。

(主役へ) 大丈夫だ。 君が既に悟っているように、人生は愉しい事とそれへの予感とではち切れんばかりだ。


No.1360 6点 梅雨と西洋風呂
松本清張
(2025/06/14 21:34登録)
何たる挑戦的タイトル! 清張らしくないタイトル! 変なタイトル!
この取り合わせは一見「セーラー服と機関銃」や「セックスと嘘とビデオテープ」の様に無関係ぽい単語を並べた風ですが、実は梅雨も西洋風呂も「◯◯◯」という、当たり前すぎて気づかない共通点があるのですね。 そこあまり追及するとネタ◯レになるのでやめときます。

「ぼくはな、人と話をするときは、相手の瞳(め)をじっと見とるよ」

癖のある、男が二人、主役級。
主役は、地酒醸造・新聞発行・市会議員と三足の草鞋を履いてダークサイドを闊歩する男。 彼が経営する地方新聞社に未経験で飛び込んで来たのが、もっさり男の準主役。
与党内野党のような、だが保守内革新とは違うスタンスの議員でありつつ、新聞で恐喝まがいの広告取りも行う主役は、件のもっさり男が人好きの良さと意外な如才無さでみるみる仕事の腕を上げたのを幸い、新聞編集は彼に任せ、自らは政敵追い落としと偶然出遭った若い女との情事に奔走する(外から見ていちばん肝腎なお酒はちゃんと造っているみたいですよ)。

「どうだな、××君、目先のことよりも、遠大な戦略というものを考えてみんかなア。・・・・・・」

そこから先は・・・気付けば瞬殺のファストボールサスペンス。 社会派を匂わすパーツは使っとるが、社会派ではない。
どこまで(ミステリ的に)カマトトぶってんだ、とニヤニヤ心配してたら唐突に核心突いて来たり、話を急にグイと前に進めたり、清張らしいストーリー捌きのレトリックが光るが、小説はいたって小ぶり。 人並由真さん言及された通り短篇になじむ類のトリックがフィーチャーされてるけど、このトリックを本当に短篇サイズに押し込んだら、よほど巧く迷彩施さないと読者には瞬殺でバレちゃいますよね。。 映像映えするいいトリックだと思いますけど。 (ネタバレ風なこというと、人間◯◯◯のワンシーンを思い出しました)

ところで私も人並由真さんと同じくカッパ・ノベルスを読んだのですが
> 初版は昭和46年5月30日の刊行
に対し、私の持っている14版はなんと、同じく昭和46年6月15日の刊行です。
つまり、刊行から半月の間ほぼ毎日刷れるだけ刷ったって事ですよね、たぶん。 ビートルズかって感じですね。


No.1359 7点 悪徳警官
ウィリアム・P・マッギヴァーン
(2025/06/12 22:10登録)
「きみの不適格審査報告書だ」

主役 "Rogue Cop (悪徳警官)" ことマイクは街や広域のギャング達とずっぽりのお付き合いで金回りの良い、頭の切れるマッチョなハンサム・ガイ。 同じ街で善良警官を勤める実の弟エディは、大物ギャングに致命的不利益をもたらす行為を断固として遂行する意向だ。 兄に言わせりゃ本末転倒も甚だしい弟の決意を翻させ、風前の灯となったその命を救おうと兄は、弟のガールフレンドやギャング達との連携に駆け引きを保ちながら、弟とギャング双方の説得工作に奔走する。

「だからといって、きみにだけその権利を独占させるわけにはいかんよ。 この町にはエディの兄弟が五千人はいるんだからな」

物語も半ばに差し掛かった頃、重大事件が起きる。 その真相と背景を暴こうと捜査を進める中で、悪徳マイクの内面にもどかしい変化が現れ始める。 ずっと憎んでいた亡父。 亡父の家に住み続ける弟。 ちょっとしたビルドゥングスロマンかと見紛うこの変化こそ、本作の太い柱の一方であり、もう一方の柱である事件の謎解き明かしとは鎬を削った闘いを繰り広げる。

「あんたたちがおしゃべりをしているあいだに、やつらは (中略) 次は (中略) その次が (以下略) 」

斬れるロジックに胸ぐら掴まれるシーンがある。 生死やら準ずる何やらを賭けた決死推理の煌びやかなこと。
クリスピィな嘘吐きの応酬が素敵。 警察同僚たちとの会話や良し。 特に、目上感こそ薄いが頼りになる上司。 早朝の仕事を見せつけられるスリルもあった。
神父との再会のシーン、その会話は沁みた。。。。 そして何かが心地よく緩む、ナイスなエンディング。

文体と言い、事件解決の経緯と言い、ハードボイルドミステリより警察小説の気配が強いが、何故かここはひとつハードボイルドと呼んでやりたい心だなあ。


No.1358 9点 魔眼の匣の殺人
今村昌弘
(2025/06/09 19:21登録)
「ハウダニットにはあまり興味がないんですよね。 犯人がどうにかしたことに変わりはないのだから」

其々の経緯あって、予言者老女が住むと言う『魔眼の匣』なる館(施設?)に辿り着き、外部から遮断された状態での寝泊まりを強いられた、数人の男女。 古くからの「予言」に拠れば、館到着の翌日から数えて二日の間に男・女各二名、計四名がこの地で死ぬと言う。

キャラクター書き分け良し。 ユーモアは好みじゃない。 予告死人枠の趣向は、意外な被害者発生を期待して良いものか ・・・ そう来たか ・・
完全な密室を構成する閂だの完全なアリバイだの、聞こえたはずが無いだのあるだの、ミステリ国の住民たる登場人物が今さら何を言ってるんだか。 ははは。

「なにを今さら。 "ミステリ" を聞かせてくれればいい」

やがて人が死に、、 ちょっとディープな数学的論理パズルが、リアルな意味を持つ、そんな真相追究小手調べの場に早くも引き込まれた。
最終コーナー、真相暴露の場では、いよいよロジックの悪魔が襲い掛かる。 ◯◯成立経緯の機微は、それを見破った推理の暴力をさえ、柔の力で押し返した感がある。 そこへ来て××殺人の、奥深い応用編。 洞窟の深い深い所まで入り込んでおり、これには感服至極。 こっちは逆に、犯人側の事情ロジックよりも探偵側の看破ロジックの方がより熱いな。
やや薄い真犯人像の意外性など余裕で吹き飛ばす、真相暴露ロジックの目も眩む黄金メロンソーダ色の煌めきよ。 こんな真犯人絡め取り戦術は、ちょっと無いぜ。 

更に目眩しが効いて思いも及ばなかった大真相、細かくも大事なところでジグソーのピースが嵌り切らない部分もあったが、本格ミステリ小説と思えばこそ許せた。 しかしそこには高く高く設定された限界も見えた。 限界はそのうち突破すれば良い。

しかしまいったな、この小説全体通しての論理ゲームには得も言われぬスリルがぎらぎらしている。 心理のロジック、物理のロジック、ともに素晴らしい説得力と破壊力。 穴ツブシも堅調。 時計と時刻と時間の "アレ" による真犯人チェックメイトには参りましたよ。 "生活反応" なる言葉にこれほどのミステリ的殺傷性が付与されるとは。。 ささやかな誤認トリックが、結果的に大きな光を放ったな。。
結末近くに至り、傍点が目立つが、傍点無しのフレーズにさえ傍点を振りたくなる箇所がいくつも見当たった。 それだけロジック決め技の群れが濃厚にしてハードアタックな勢いを見せつけて来るのだな。 引用したくてたまらないがどうしても出来ない必殺フレーズの目白押しだ。

特殊設定の使い用も相変わらずドンズバ。 シリーズ次作へと繋がる大ネタも刺さった。 んでまた最後の一パラグラフ、最後の一文が!!
大山誠一郎氏の解説には賛同のみ。 登場人物が少ない事に決定的な意味があるって、その通りですね!
ぷちレコードさんの評された
> ミステリの名探偵はなぜ、警察を待たずに関係者を集めて犯人を名指しするのか。クライマックスでは、パロディとして扱われることの多いこんな疑問に対しても、本作ならではの回答をぶつけている。
本当にその通りと共感いたしました。

個人的には「かなりイイな」と思った『屍人荘』を大きく上回り「相当ヤバイな」クラスの評価となりました。 惜しくも9.0は越えませんでしたが、8.8相当の9点です。

"この先の未来は、まだ予言されていない。"


No.1357 7点 殺人!ザ・東京ドーム
岡嶋二人
(2025/06/06 00:18登録)
「お前のしたことは、野球のみならず、人間の尊厳を汚す行為である。 私たちは決してお前を許さない!」

愉しき瞬殺本。 明るくドライに、胸糞サイコサスペンスの要素あり。
東京ドームこと水道橋ビッグエッグにて伝統の巨人vs阪神戦を舞台に横行する、"ガラスの矢" を使った連続毒殺事件。
狂った暗殺者、彼に "きっかけ" を与えてしまったちょっとダークなTV業界コンビ、そして「警察」の三者を中心に、複雑ながら推進力ゴリ強の短いカットバックを高速で積み重ねる。 最初から最後まで動きの激しいストーリーだが、起承転結の転に至って更に上乗せされる激動感はダブルスチール二連続成功の様に素晴らしい。
傍流の伸びしろがそんな所にまで潜んでおったか! と驚かされる流れもある。 大したアレではないなと見切ってたサブストーリーがある時点からむくむくと結末インフルエンサー候補の前線に躍り出たりもする。 どいつもこいつも、予想外の深みへと驀進しやがって・・!

"返してあげる、という言い回しが、××には気に入った。"   「返してあげる」

各方面で試される誤った推測がもたらす焦れったいスリルに、ストーリーの波に乗って新たな犯罪派生のサスペンス。 野球には、◯◯◯◯◯◯◯ちゅうもんがあるよってにな・・ 運命変わったな・・ 知らぬは××ばかりなりの三すくみだか何すくみだか、んん~~もう分からへんわ。 あぁーーまだもうちょっと、あと数時間ほど読んでいたい。。

「・・・・・・ はい。 前の三人は、僕がちゃんと殺(や)ったんですけど、昨日のは ・・・・・・ あれは間違いだったんです」

世を震わす連続殺人も、三人できっちりやめておいたらどうなっていただろう。 どうせ殺人者の未来は腐っていただろうか。 だけど野球は数字の「3」と契りを結んだゲームだからな。 長嶋さんも見事6月3日に亡くなった。 この小説のジャイアンツは王監督(タイガースは村山監督)だけどね。 ところで本作で描かれる野球試合の臨場感は素晴らしい。 但しどういうわけかオープンエアー球場の風の匂いがするのだが、気のせいかも知れん。

人はそれぞれ事情がある。時にそれは他の者に想像が付かないほどの奥深い残酷さを湛えている。 殺人者の生い立ちを深く掘り下げて、サスペンス小説の形を借りた純文作品に仕立てるやり方もあったかも知れん。 だけど作者はエンタメとしてのミステリが持ち味の人(たち)ですからね、これがいいんです。
とにかく、巨大な犯罪幻想エネルギーが爆音で駆け巡る素晴らしい作品です。 砂煙が上がります。 チャラっぽいタイトルに騙されたらアカんのです。
なおカッパノベルスの表紙絵はネタバレでもミスディレクションでもなく、単なる間違いですね。


No.1356 5点 夜の配当
梶山季之
(2025/06/04 00:40登録)
「経営者ならびにサラリーマン諸君! 会社のことで、困ったことがあったら、どんなことでも相談に来てください」

S30年代後半。 ”トラブル・コンサルタント” なるインチキ会社(?)を隠れ蓑に(?)、産業界~財界人を手玉に取り、アノ手コノ手で違法スレスレの金儲けをワラシベ長者方式に積み重ねる奇妙な脱サラ男。 このアノ手コノ手の経緯がオモロイわけやね。 美女たちを器用に道具使いする彼には、純な恋愛対象の女性がおりました。 裏表あるんは、主役だけやあらへんさかいにな。。

本作の少し後に出た、東京オリンピックをテーマにした同著者の『のるかそるか』に似てる所があったけど、かの作のピッカピカの主役とその行動や志に較べたらこちらの主役の魅力は七掛け程度。 小説そのものはもう少し落ちる。 だが短時間にサラッと読むには悪くない。 中篇感の強いライト長篇(昭和のラノベ/大人のラノベみたいな?)。

「警視庁の者です。 ちょっとお尋ねしたいことがあるので、ご同行願えますか」

これ言ったらネタバレかも知らんけど、、 物語の起伏も呆気なく毒気が抜かれたか ・・ と鼻白んだ直後、なおまた前向きに力強く締まってクローズしたのは良かった。 続篇でも頑張れよ。


No.1355 8点 ブラック・ダリア
ジェイムズ・エルロイ
(2025/06/01 23:59登録)
"私は××が本当に声をあげて泣き出さないうちに家をあとにした。"

こりゃあ持って行かれる。 じいんと痺れます。 ド頭から引き込まれる文章。 意外とユーモアたっぷり。
WW2戦後間もないL.A.で実際に起こった若い女性の惨殺事件にフィクショナルな傷だらけの解答を与え、同時に作者自らの半生の暗黒との決別を試みた(?)、頁数以上に分厚い一冊。 何より読者を迎え撃つ謎の分厚さ、その圧の強さが凄い。 元ボクサー同士の警官二人と、周囲をかためる警察や検察、犯罪者に貧民に富豪の面々。 割り切れない男女関係。 主人公相棒の失踪譚に象徴される、遠くまでよくよく伸びるストーリーは夢のように入り組んで意識を揺さぶる。 ある地点からは時もたっぷり流れ、物語容積の壮大さに想いを馳せれば快い窒息感が空から降りてくるようだ。

”それは、耳にしたくない墓碑銘だった。”

大まかに、前半の明るさから、後半の暗さへと推移。 作者の絶えずがっしりした筆圧には安定より強迫が先行する。 グロは本当にグロい。 狂気は本当に狂ってる。 ラジオや生演奏のビバップに救われるシーンはいちいち沁みた。

軽いストーリーネタバレになるかも知れませんが ・・・・・ 最終章に入る間際から、急に主人公のヒーロー性が薄れて行くのが気になった ・・ と思えば、いつしか狂気のヴィランへと変貌 ・・ そこからまた急旋回でダーティーヒーローに立ち返り、人間と人生とを取り戻す。 某人物が最後まで主人公を裏切らないのはとても良かった。 実はxxxxってことも充分あり得るわけだし。 その人物がいちばん好きだな。

”私たちはみんなそろって敗れた。”  ・・・・

tider-tigerさんもおっしゃる様に、エンディングにはちょっと唐突なくらいの甘さが闖入して来たように見えます。 作者の執筆動機を完遂するために、ここで主人公とストーリーを奈落の底へ突き落すわけには行かなかったのでありましょう。


No.1354 5点 殺人現場は雲の上
東野圭吾
(2025/05/26 11:51登録)
「ビー子、ちょっとやりすぎじゃないの」
「ビー子 ・・・・・・ あなたこんなところで何をしているの?」

タイトルを裏切り、航空機内で殺人事件が起こる話は一篇も無い(って言うとネタバレか?)。 雲の上はおろか地上の機内でも殺人は起こらない(これもネタバレ?)。 もし本短篇集が掛け値なしの面白本と評価されていたら、この点は瑕疵だとか羊頭狗肉だとかイチャモンの定番になっていたに違いない。

何もかも細長いエー子、何もかも丸っこいビー子。 性格も容姿も知能(?)も対照的な二人のデス(と言ったらヤングのみんなに通じなかろう)が国内線周りで起こりまくる不審事をきっかけに、警察と協力して次々と事件を解決する。 中には殺人含む刑事案件も多いが、半分くらい(?)は日常の謎範疇。 このへんも明瞭に書き過ぎるとネタバレになる。 まあふわふわした話が多いけれど、それなりに締まったミステリ要素があり、退屈せずにスッスッと読めました。 ところで、ズンドコ型のビー子はいいとして、優等生で優しいエー子にもう少し個性が光っていたら良かったですね。 どこか思考回路に難があったり、ツンデレだったり、いい意味で発達障害の疑いがあったり的な。

さていよいよこれから真相明かされるぞって時に、普通こういうほのぼのミステリなら起伏少なくさらっと行きそうなところ、何が何だか分からなくなるよな惑わせ目眩しの強いダズラーが襲う(起承転結の転が二回来る感じ)、という傾向は在るようだ。 そこに俺の東野の踏ん張りが感じられる。 そいや意外な、二つの視点で "見えないxx" が登場する一篇があった。 激しいクロージングと優しいクロージング、それぞれに熱い二篇もあった。。 5.4の合格点!

ステイの夜は殺人の夜/忘れ物に御注意ください/お見合いシートのシンデレラ/旅は道連れミステリアス/とても大事な落し物/マボロシの乗客/狙われたエー子

全七篇の中に、"敵を欺くには味方から" 趣向の光るアツい一篇がありました。 そいつがマイベストです。 実写化するなら中島歩に出演して欲しい。


No.1353 7点 『クロック城』殺人事件
北山猛邦
(2025/05/24 13:50登録)
「切り札を隠している場合じゃない。 世界が終わるまで、あまり時間はないんだぜ」

超巨大太陽黒点の影響で磁気嵐に晒される地球は、世界中の電子機器を壊滅的に狂わされ、更には異常気象、暴力の横行、テロと戦争の頻発を経て人類滅亡へのカウントダウンを始めた。 聞いたような話だ。 世界レベルでの警察機能停止を後目に、カタストロフ阻止を目指し闘う武装組織と聖人組織(?)とが鎬(しのぎ)を削る。 そんな中わざわざ「探偵業」を営む主人公は、事務所を武装組織に破壊された或る日、『クロック城』と呼ばれる奇~妙~~な邸宅に住む娘から護衛の依頼を受ける。 探偵には助手のような、彼女のような、実は存在していないような、謎の多い "幼なじみ" が随行する。 荒唐無稽のようでしっかりした雰囲気づくりが良い。 意外と登場人物が多い。 写実的RPGの映像が浮かぶ物語は、高いリーダビリティと、ダブル首無し屍体の発見とを道連れに、スイスイと進む。

「世界の終わりについて、興味がありますか」
「ない」

ところがだ、真ん中あたり、急に絵空事の退屈が襲って来た! 特殊設定のムードやロジックに慣れてしまったせいか? だが、頑張ってもう少し進むと再び物語興味、ミステリ興味の火が灯った。 そこへ来て更に "幻のような" 存在か 。。。? 一方で、だんだん萌え萌えパラダイスみたいな傾向が(このへんは歓迎する勢とマユヒソ勢とに分かれそう)。。 いつの間にか後半も後半のいいあたり、主役級二人の別行動がそれぞれいい感じで、報告業務が淡々とクロスする、そこに宿るミステリのときめき。 連続殺人のタイミングにも、ちょっとした意外性が煌めいていた。

「やっぱり、十分ずつずれた時計は重大なポイントだった」 ← これ・・・・

なー~ーるほど、こいツァ~紛れも無い、物理的物理トリックの錦の心意気を感じるわ ・・・ 何処となくボードゲームで "そういうの "無いのかなと考えちゃった。 しかも、そこにぶつかって来るフーダニットには、"心理さえ" 物理で扱えてしまう、おそるべき裏付けがあるわけだ(!) やはり、終結部の心動かす躍動ったらねえよな。。。

クラクラする意外な "探偵役" 興味には、最後まで割り切れない所が残るのかな。。シリーズ物でもないのに。 ◯◯要素の微妙な伸びしろもある。 罪な小説だ。 ”君は死んだんだ。”

皆さんおっしゃる "頭部切断" にまつわる理由の狂った斬新さにはほんと、真夜中の闇空に向けて 「キチガイーーー!!!」と叫びたくもなりますよ。 人面壁(!!!)のこれまたあまりに狂った、物理的にも心理的にも気色悪い(!!)トリックの方も・・・・

しかしだね、そこらのふつう人間とはじげんが違うはずの "あの人" が語る事件の解読が妙にふつうの人間ぽいつうか、カックン歯がゆいセコさ充満で、そこはギャップ萌えとも行かず、ちょいとさめました。 それでもすぐにまた話を盛り返してくれる作者の筆の底力は頼もしかったです。

何気に「ホッグ連続なんとか」のアレに通じる心理トリック要素とか、「翼あるなんとか」のアレに通じる◯◯とか、ありますね。 それとやはり、ご指摘の方がいらっしゃいますが、ルパンのアレにインスパイアされた可能性はあるかもですね。

フォーレのレクイエムのメロディって、いったいどこの部分を唄っていたのか、少し気になりました。


No.1352 7点 ビブリア古書堂の事件手帖4
三上延
(2025/05/22 09:55登録)
『いいえ』
 彼女はかたくなに言った。
『大輔さんの方がいいです』

長篇もぜんぜんイケるでねえだが~。 いい意味で短篇感はありるれど。 そいや先行の短篇群も、いい意味で掌篇感があった、かも、ちがうかも。
と言うわけで日本を代表する巨乳ミステリも2011年大震災の時を経た。 どちらも○○○○○○○○○○、などと不謹慎な事を言っている場合ではない。

栞子さんの "お母様" と縁のある "わけありさん" より、彼女が所有する膨大な亂步の書籍群(全て初単行本の初版!)を放出する代わりに、或る "特殊金庫" を破って中身を取り出して欲しいとの依頼が来た。 彼女を囲っていた "旦那" が "特殊金庫" を開ける長いアナログ・パスワードを設定している筈だが、彼は既に他界している。 ”旦那” の息子夫婦やその子供たち、更には "旦那" の亡き父の新旧エピソードを引き出し "金庫破り" へと挑み掛かる栞子さんの前に、彼女が蛇蝎の如く嫌う "お母様" が現れた。 

「・・・・・・ 題名、違うんですね」

障碍の種類やら、電話の種類やらに左右される手掛かりの機微。 時の流れ過ぎと、疑い巡らせ過ぎの機微。 "覚え書" のおそるべきトリック、どうりであの・・(これ、実生活でもあったなあ、たしか..) ある施設/インフラの影響。 オマージュとメタ・オマージュの効用。 何より「男と女」ならぬ「男」と「女」の・・・・ そして "口笛" 。。

常道にして王道の××トリックも堂々たるものだ。 或る重要人物の "過去のあやまち" に随~~分引っ張られたものだ。 栞子さんの質問に宿る不可解興味連打はなかなかに強力だ。
最終的に、話の底が広がったよねえ。。。 こりゃあ我が父が本シリーズに嵌ったのもあながち乳のためとも言えないはずだ、チッチッ。

「・・・・・・ 母です。やられました」

もし仮に "エピローグ" が無かったら、最後の台詞の発話者が誰なのか、気になったよねえ。。

ムッと匂って来そうな参考文献一覧には押されるやら、笑うやらでした。
あとがきに "この物語もそろそろ後半です。" なんて、淋しいような、期待を持たせるような告白文を見つけましたよ。


No.1351 6点 ヒッコリー・ロードの殺人
アガサ・クリスティー
(2025/05/20 09:18登録)
ビートルズで言えばペニー・レインの様な、あるか無いかのゴーストイントロを経て直ぐ本題に入る、話の早い長篇。
ロンドンはヒッコリー・ロードに建つ学生中心の寄宿舎は、男子棟女子棟の二つに分かれているが互いの交流もある。 この寄宿舎で男女棟をまたぎ奇妙な連続盗難事件 .. 電球やら靴片方やらホウ酸やら、時には高価な宝石やら .. が発生する。 寮母さんの妹は "秘書" を生業としており、その雇い主がエルキュール・ポアロ。 話を聞いた彼はさっそく寄宿舎へ出向き、詳しい経緯を確認後「警察を呼べ」と警告するが、警察介入より先に人が死ぬ。 死者は、亡くなる直前に盗難の一部を告白しており、いったんは自死と見做されたが・・・・

「こう問いただしてみる必要があると思いますよ ーー "親友はどんなときに親友でなくなるのか" とね」

容疑者はたっぷりだ。 実質容疑者もたっふりだ。 その大半が若い学生で国籍も様々なせいか、話が実にカラフルだ。 時間に厳しそうな日本人やドイツ人が不在なのはある種 "外国人" のイメージ混濁を(ストーリー上)排除するためか? 人種PCの微妙な気遣い/気遣わずも、ちょっと微妙な所はあるが、良かろう。 '55年の作で、気が抜けるおとぼけキャラにアフリカの黒人を持って来たのは、まあまあ勇気が要ったんじゃないのか。

「有色人種はみんなおたがい同志に対して嫉妬深く、それにとてもヒステリックですもの」

連続盗難事件の込み入ったようでシンプルなような不思議な真相は面白かった。 連続殺人のタイミングに凄味があった。 メンタルマジックのような小味で斬れるアリバイトリック良し。 宙に消えた◯◯◯◯は、そこにあったのか・・・

事件の背景は割と早々に見え隠れし始めるにも関わらず、終結ぎりぎりまで隠匿されやっと明かされるこの真犯人意外性は、◯◯回って何とやらと言った所か。 何故だか大型真相暴露の衝撃は控えめだが、その隙間を埋める含蓄は深い。 きちがいは、そこにいた・・・・

「ほう!」 ポアロは長いため息をついた。
彼はさらに、べつの封書を開けた。

若者らしい青いラヴストーリーは結局、ミステリの中の捨てサブストーリーとして押しやられた感が強いけど、私は、記憶に残してあるぞ。 だいたいこのラヴ要素あってこその全体トリックなわけで ・・ おっと、喋り過ぎは禁物だ。
真相の中でも特に残酷な、或るファクターは、エンディングのとぼけた柔らかさが宥めてくれたようです。

一連の盗難事件そのものに関し疑問符が付く点については、虫暮都さんの解析に大いに賛同しました。


No.1350 7点 氷壁
井上靖
(2025/05/18 23:25登録)
「毅然としていろ、毅然と」

穂高の『氷壁』に滑落死を遂げたのは、主人公の山の親友。 三十を出たばかりの独身青年である二人の間には、二人の女性が介在する。 (親友の死の時点で)一人は主人公がつい最近知り合ったばかり、もう一人は近い将来に知り合う事となる。 一人は親友ときわめて微妙な関係だったが、やがて主人公とは更に微妙きわまりない関係となる。 もう一人は親友とごく親しい間柄で、やがて主人公とも親しくなり( .. 以下略 .. )。 親友の死の真相を巡り、マスコミをも巻き込みながら展開する、ちょっと社会派の匂いも漂う長篇。 疑惑の積み重なりは不思議と穏やかで、サスペンスの風も意外におとなしいものだが、衒いのない誠実な文章で綴られる、その中心に知人の疑惑の死を置いた男女の物語は実に吸引力が強く、可読性は高い。

「神よ、おれは嘘は言わなかった! ーーこれは男の臨終の言葉だ」

口が粗く、喰えない奴だが頼りになる、ちょっと阿部サダヲっぽい支店長の存在が光る。(新聞連載時の挿絵を集めた『氷壁画集』に依れば、見た目は随分異なるようだが) この人は本当にいい。 主人公の物語上の後見人であり、コミックリリーフであり、最後までずっとキーマン。

「探偵小説なら、いろいろな考え方ができるということを言ったまでさ。ーー 冗談だよ」

◯◯◯というキーワードでこれだけ社会派ミステリのポテンシャル側に引っ張っておきながら、着地点は意外と人間ドラマの領域に寄っており、◯◯◯の存在がちょっと浮いてしまった感がある。 その割り切れなさこそが小説の奥深さ、とも言えないような気がするが、小説の魅力は充分にあり、いつしかそのへんの靄もすっかり消し飛んでしまっている。

「彼を素直に信じられる、われわれだけで彼を偲びましょう」

或る人物の死を知らされに赴く短い時間の描写、とても良かったな。。
それと最後の一文が美し過ぎて、キラキラし過ぎて、もうだめだ。 重複になるが、なんて美しい(ハードボイルド寄りの)エンディングだろうかと思う。


No.1349 6点 地下鉄サム
ジョンストン・マッカレー
(2025/05/13 16:50登録)
“本格推理小説の合い間に、ユーモア味あふれる絶妙な連続推理コントをどうぞ!”

と古い創元推理文庫の見開き惹句には書いてあるが、たしかに二百ページ足らずの本短篇選集は、勢いで一気に読んでしまうより、何かの折に一篇ずつゆっくり読む事が推奨される。 実際、この本はしばらく放っておいていいかげん恋しくなって来た頃を見計らって次の一篇に目を通す、というやり方がとても良い。

また “本格推理小説の合い間に” と明記されてある以上、これは文字通り本格推理小説と本格推理小説の間に挟んで読むのが望ましいのであって、仮に本格以外のミステリに手を出した場合、たとえば本格度50%くらいのサスペンス小説、同じく30%くらいのハードボイルド小説と続けて読んだのなら、次は本格度20%くらいの冒険スリラーで残りの穴を埋めて、そこでやっと本書の次の一篇に目を通す資格が生じるというものだ。 また、前記の冒険スリラーを読むべきタイミングでうっかりコテコテの本格推理小説を読み始めてしまった場合は、一気に読破してしまうと合計で本格度180%になってしまうので、この問題を回避するに当たっては、例えばその本格推理小説を五分の一だけ読んだ時点(諸君、ここでちょうど本格度100%になる計算だ!)でヒョイと「地下鉄サム」に乗り換えて(地下鉄だけに乗り換えて)、一篇だけ読み終わり次第、したり顔で本格推理小説の方に立ち戻る、といった策が挙げられよう。 他にも色々なやり方が考えられるだろうから、各自自覚と責任を持ってフレキシブル且つセクシーにグローバルに対処していただきたい。

本作は、NYC下町の地下鉄専門スリ “地下鉄サム(Thub-way Tham)” と “クラドック探偵(警察の人です)” が毎回ゲスト(?)を迎えて繰り広げる明るいドタバタ犯罪劇。 ほんのささやかなミステリ風味を浮かべた掌編に近い短篇たちはいかにも昔のミステリ雑誌の彩りと呼ぶに相応しく、手を変え品を変えのアイデア勝負は稚気とさり気ない覇気に満ちています。 翻訳が異様なほどスムーズにこなれているのも特筆したい。 まるで実は最初から日本語で書かれたかの様だ。 運よく見つけたら読んでみて!

サムの放送/サムと厄日/サムと指紋/サムと子供/サムとうるさがた/サムの紳士/サムと名声/サムと大スター/サムと贋札/サムと南京豆(ピーナツ)
(創元推理文庫)


No.1348 6点 シカゴ・ブルース
フレドリック・ブラウン
(2025/05/09 09:30登録)
この読後感! 明るくてさびしくて楽しくて。 かなりやばい事ウヤムヤにして。 シリーズ一作目にして処女長篇は '色々あって' 上々の滑り出し。

「あの男はバカじゃないが、正直者でもない。 そうかといって 'げす' 野郎でもない。 あれがちょうどいいんだ」

シカゴ酒場街の裏通りにて撲殺死体で見つかったのは、給料日の印刷工、ウォレス・ハンター。 その息子で18歳のエド・ハンターは、ウォレスの兄で(エドの伯父に当たる)見世物興行師の '訳知り' アンブローズ・ハンターを頼り、父の死の真相解明に向け困難の道へと足を踏み入れる。 エドには義母のマッジ・ハンター(父の後妻)がおり、その娘にはガーディ・ハンター15歳がいる。 ハンターだらけの狩猟大会が始まりそうで、日本の某人気マンガ/アニメをも思わせるが、伯父のアンブローズがアムおじさんと呼ばれる所などは、もっと有名な日本の絵本/アニメを髣髴とさせなくもない。

アム伯父がカネを攫ませた(!)刑事や、事件現場近くの酒場のおやじ(こいつ何か隠してる..)、容疑者と目される地元のギャングとその手下/情婦等がぞろぞろ登場し、伯父の口から父の予想外に色彩豊かな遠過去が語られ、やがて伯父も知らない◯◯絡みの近過去が明かされ、更には・・・!! この事件真相には ァレッ.. と思う方もおいででしょう。 わたし的には、優しすぎる男の優しすぎる愛情物語としてそっと胸のうちにしまっておきたい '或る真相' です。 それにしても、エドの '心変わり' を経てのラストシークエンスは本当に素晴らしい。 心に残ります。

"ぼくはいきなり泣き出して醜態をさらさないうちに、駅を出た。"

いわゆる英語邦題の 'シカゴ・ブルース' は、マディ・ウォーターズらの音楽とは無関係です。(但し音楽、特に或る楽器は大事な役割を果たす) シカゴの街に沈滞する憂鬱という事のようですが、それにしては、ちょっとカラッと明るすぎる文章肌触りではありますね。 原題は 'THE FABULOUS CLIPJOINT(絶世ぼったくりキャバレー)'。 これもシカゴの街を意味しているようです。 1947年の作だから、シカゴがまだ全米人口第二位(L.A.の二倍くらい)の特大都市だった頃。 

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