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ミステリの祭典

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斎藤警部さんの登録情報
平均点:6.69点 書評数:1403件

プロフィール| 書評

No.1403 7点 ゆがんだ光輪
クリスチアナ・ブランド
(2025/10/03 23:20登録)
この世の聖なるものらしきものを、不謹慎たっぷりにユーモアと皮肉の暴走でねじ伏せた(かも知れない)怪作。
ムムからニヤへ、ニヤからハハへ、ハハからギャハハへと至ったあたりで前半の幕が下りる(と記憶している)が、後半に至ってなお傍若無人の傲岸不遜ジャンボリーは続きつつも、 ”一部登場人物” の思慮深さらしきものの顕在化エピファニーはなかなかの肯定的ギアチェンジをも見せつける(ような気がする)。

「なるほど、とおっしゃるが、本当に判っておいでかな?」

ブランド前作 「はなれわざ」 の舞台ともなった南欧某島国にて、聖性を纏った “伝説の女性”(一生テーブルの上で過ごしたとか?)を国際的にも有名にし、あまつさえローマ法王より ”聖人” 認定を受けさせてしまおう、と純な動機や不純な思惑で画策する人々や観光客が入り乱れるお話である。 恋愛模様(#?)もある。 やがて二つの大きな謎が (中 略) 、 全く別種の大きな謎(個人的にはこれがミソ)が別方面の角度からゆるやかに(だがにぎやかに)攻め降りて来る。 この謎に対する、会話と思弁による解決シーンが(一読モヤモヤしたら納得するまで読み返した方が良いですが)実にたまらないのであります。

“すでに息絶えた××だけが、天使のような微笑を浮べ、もはや見ることのできない魂の抜けた目で(以下略)”

この物語の、何かが絢爛たる輝きを解き放ち続ける舞台装置の黄金回廊は .. 目もくらむ程 .. oh ride on time .. 素晴らしい。 もはや雰囲気だけで圧勝しているのかも知れない。 そのくせ、この宗教的にも人道的にも相当に危険な毒素の浸透が止まらないまま、クライマックスは “奇蹟” を迎える。 奇蹟の中にさえ皮肉とユーモア、ユーモアの中にこそ奇蹟と皮肉。 物語の、そして(物語内)現実世界の主導権を握るのはいったい誰(何)なのだろうか。

「すべてが嫌になる」 でしったけ、ちょっと違ったかもですが、そんなタイトルの新本格ミステリのメイントリックを彷彿とさせるというか、匂わせるような流れがありました。
「奈良の女」 とか、たしかそういう邦題のフレンチミステリの有名シーンを思い出させる、印象的な短いシーンもありました。
どちらも、クライマックス “奇蹟” の(以下略)。

タイトル、特に邦題、ぱっと見◯◯◯◯◯な意味としか取れませんでしたが、終わってみれば意外と◯◯◯◯◯な喩え話だったんですね、特に原題。 ただ、それすらどこまで本気で心に刻んでいいのやら、よく分からないのですが。

「セニョリータ、何をそんなに ( 長 い 中 略 ) そして全キリスト教徒のためにも、すばらしい結果を生んでくれるんじゃありませんか ……」

HPB登場人物表、冒頭の人、冒頭の人なのに、鮎川某作における星影龍三以上の “登場しなさっぷり” があまりにもあまりで、笑い転げました。 冒頭の人である事を踏まえると、ミシェル・ルブラン某作のトゥッサン警部以上です。
上記の件、 “逆パターン” の某登場人物との対称をなしている(こちらの方は(以下略))のかも知れません。 だとしたら、表向き以上に、ニクい登場人物表なのだと言えましょう。


No.1402 4点 ミステリーを書いてみませんか
評論・エッセイ
(2025/09/28 09:54登録)
‘新’ 新本格(いわゆる新本格)ムーヴメント発動夜明け前、トリック枯渇危機が本気で論じられていた時代の、朝日カルチャーセンター講義を起こしたものです。

“また再び本格志向ではないか、という言葉も言われているんです。 これはちょうどスカートの長さと同じ(以下略)”

滑り出しから面白く快調、軽い気持ちで読むのに良好。 影響された五人の作家(だーれだ?)を取っ掛かりに、戦前戦後の日本ミステリ史を愉しくサラリとおさらい。 乱歩賞やらSFやら。 ハードボイルド、冒険小説への言及はちょいと鼻ムズ、それも良し。

“ミステリーの場合、多重視点にすることによって、非常に誤魔化しが利くんで”  ← ムフフフ..

構想メモの秘めたポテンシャル、その効能と使いよう。
“読者として見た場合、グーンと筆が伸びているようなところが、もしあるとすれば、そこはあまりメモに詳しく書いてなかった部分だ、と逆に言えるかと思うんですね。”
世に知られぬ新奇な/秘められたネタをトリックに使うなら、前もってくどいくらいの叙述が必須、その上で読者を堂々出し抜く “捻り” が肝腎。
犯人のみならず “探偵の動機” の重要性について要所でピシリと念押ししているのも良きと思いました。
うむ、大なり小なり作家志望さんが混じっているであろう聴衆相手に、なかなか有用な公開オーサーズハックを披露してくれています、斎藤さん。

ところがですね、いいこともいっぱい言ってくれてるんだけど、全体通してみると意外と、心のムズムズ、膝下グラグラの悪い振動(バッド・ヴァイブレーションズ)で語る内容がフラフラする傾向が見られます。 いつの間にやらけぇ~っこうピッピロピーのペッペロペーな話題で右往左往、何気に失礼味のある言葉遣いが目立ったり、語弊、思い込み、何気なセコみ、ブツクサ、大人の舌たらず、言葉のおちょぼ口、どうにもおネガティヴなアレコレが大小レベルでソコカシコに見られるのであります。 そんなわけで、なかなか役に立つ内容を含んではおりますが、一冊の本としては安っぽい感触を拭うこと能わずと言ったところになっちまいます。
(おそらく書き言葉として整理し直していない)講演のそのまんま書き起こしならではの特殊な文体に、諸々の弱さが必要以上に表出しちゃっている、という側面もあるのかも知れません。 よくは分かりません。

“(今後の密室トリックについて) まァ心理的なトリックはそんなにないと思うんですけれども”
↑ そんな淋しいこと言わないでくださいよう・・

‘さいとう・さかえ’ の漢字表記使い分けに関するくだり、肝腎の所で愚かしい誤植がありました。 本作編集の緩いスタンスが象徴されているようで侘しかったなあ、自分も斎藤を名乗るだけにナオサラポテサラ。 その後修正入ったんだろうか。

まー、私の評価は低め抑圧ですけれど、パラパラ読むにはじゅうぶん有効ちょっぴり有益な本です。 安価な古本で見つけたら、一に立ち読み二に購買の価値はありと思います。(私も遠からず売りに出します)
そう! 出遭い頭突然の有名作や自作ネタバレが、特にトリックの章、潜んでおりますので、覚悟の上でご留意ください。

“近所の本屋に行ってみますと、上巻と下巻しか置いてないんです。 (中 略) 「あ、中巻があるんですか」 って書店のおやじさんが言うんですね。”  
↑  これには大笑いでした


No.1401 8点 仮題・中学殺人事件
辻真先
(2025/09/25 17:44登録)
挙げ句の果ては、登場人物一覧に載っていないことがあり得ない登場人物が、登場人物一覧に載っていなかったり(逆◯◯◯?)。 こだわるなあ。 やるなあ。 この野郎。

「仮題なら、知っていますわ。 『かもめの翼は血で赤い』 ……」
「仮題」 と銘打つからには、現時点でいまだご存命の作者が気まぐれで正式タイトル(『輪廻の殺意』 とか)付けちゃう前に読んじゃわなくちゃ、ヤングなうちに読まなくちゃ、と思って、読んだわけです。
「若者じゃよそよしいから、ヤングといおう」

清い中学生の男女が、推理小説を書いたり事件を解決したりするおはなしです。
おっと、小説を書くのは男の方だけでした。
「キリコさんがホームズのつもりなら、ぼくはブラウン神父がいいや」
時代(キャロル解散1975)を考慮してもかなりの癖強文体とは言え、この軽快な文章と筋運びで、いったい読者がどうだまされて犯人にされちまうってんだ!?!? ・・・ と不思議でならないのです。

まあ、二人称主人公(?)というのがたまらない ×× になってましたよね。  “ねえ、リクツだろ?”  ← このコトバ、響いたねえ・・・ 
それと、時刻表晒しの術、まさかと思ったが、本当にそうだったとは(笑)。 この大胆な叙述アリバイ(?)トリック、読者という存在の××を見事に利用したトリック、もっと珍重されて良いと思います。 実生活でも応用しましょう。
まあ、いわゆるアリバイトリック “そのもの” は、実際やるとなったらともかく、小説の中ではほんとうにささやかなナニですけどね。 密室トリックもまあ似たような感じ。 しかも、どちらも登場人物のキャラクターとトリック実行の間に違和感というか、微妙な無理がある。 ところが、実はそこが(以下略)。

三分の二くらい行ったあたりで、これはもしや、アレとアレが実は逆のアレという趣向というかトリックで(nukkamさん仰る “油断のならぬ大胆な仕掛け” とはソレのことでしょうか..)、そこに例の公言された “読者イコール犯人” の精髄がアレヨアレヨと擦り込まれる仕組みなのかな ・・ と想像しましたが、ちょっと違いました。 ただ 【ここから同パラグラフ内は、よみづらいように、ひらがなでかきますが、致命的なネタバレです】      さくちゅうさくとさくのかんけいがとちゅうまでおもってたのとぎゃくだったのはそのとおりでしたね。 でも、どくしゃがはんにんだなんてどはでなぎみっくをぼうとうでせんげんされたおかげでみがまえてなければ、このとりっくにはさいごまできづかなかったかもしれません。

「少年は死によって訴える」  
最後に、裏切られた ・・ わけじゃなかった、ってことがわかった瞬間は、感動したよ。 やるなあ。 この野郎。
小説部分がどこまでか、さえ直ぐにはわからない、って、こりゃ笑わせてもらいました。 旧版を読んでいなかった者の特権でした。 この野郎。

もしかして、本作の(中 略)趣向、プロローグを最後に追加してみた経験、あるいは他作家の作品でそのように想像された経験、からインスパイアされたのではないかな、などと妄想したんですよ。

もっと余計なコトいろいろ書いちゃいたくなるんだけど、やっぱ未読の皆様、イコール神様のことを思うとネタバレ海峡は渡りたくないし、「孤独のグルメ」もそろそろ始まるから、書きませんよ。



と思ったけど、やっぱりこのネタバレ感想だけ言わせてください。

【ネタバレです】


最終的に、どっちが作中作なのか本気で分からない作りに(エッシャーの有名なあの絵のように)仕立ててくれてたら、それこそ伝説の龍になっていたかも。
ただ、それだとシリーズ化が難しくなるかな。 いや、突破口はきっとあるはずだ。 辻先生なら。


No.1400 6点 スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ
知念実希人
(2025/09/24 00:24登録)
スマホみたいな本。 縦/横/厚さもスマホサイズ。 表紙も裏もスマホ風。
開いてみると、左頁に文章、右頁はスマホの画面になっている。

大学サークル 「オカルト研究会」 迷惑系OBの強要で、ネットに拡がる都市伝説 “ドウメキ” なるエンティティの調査を任せられ、不承不承スマホ片手に乗り出す主人公のダーク・アドヴェンチャー。
かなりホラー寄りの雰囲気芬々だが、ホラー感覚欠如の自分でも、この斬新なギミックのポテンシャルを活かした行方知れずのサスペンスは大いに堪能出来た。
廃墟だの変死体だの、監視だの毒を盛るだの ・・・ じわじわ “ドウメキ” に追いつめられる主人公。

「それなら眠れるように お薬を打ちましょうね」

結末が良い。
最終的に◯つの反転と、反転含めて◯つのオチで締めくくられる話だと思うのだが、うち◯つのオチは、ちょっとしたスマホ軸の社会批評になっているのかな。
残り◯つのアレには ・・ 見事にやられました。 最初の方に伏線というか大胆過ぎるヒントが仕込まれてあったのにい~~ やっぱり書き方、見せ方、勢いの付け方が上手いんだね。 露と疑いもしなかった。
社会批評的な側面と、驚きのアレと、どちらに重きを置くか。 それは読者次第ってやつですかね。

あっという間に読めてしまうんで、最初は ‘はー、なーるほどね’ ってくらいだったけど、後からじわりじわりと来るのですよ。 
特にその、アレの効用が意外と深いところまで効いたみたいだぜ?

おっと、重さだけは、スマホより(物理的に)軽い本なんだぜ?


No.1399 7点 無宿人別帳
松本清張
(2025/09/21 23:59登録)
『無宿』 とは 『人別帳』(≒戸籍)から外された者を指す。 矛盾するこの表題は、江戸の街で厄介者扱いされ、やむを得ず犯罪に手を染めがちな彼らを、せめて人別帳代わりの小さな事件簿の中にくるんで弔ってやろうという清張のやさしさ、使命感から来ているのかも知れない。

中身の詰まった短篇十篇。 ミステリ、サスペンス、冒険、ユーモア、勧善懲悪成立不成立の度合いや構成割合はまちまちだが、どれも格調は高くも滑らかな通俗性があり、際立って可読性が高く、読めばあっという間である。

■町の島帰り■ 将軍代替わりの大赦で島から江戸に戻された野州無宿の千助。 その貞淑な女に恋焦がれている悪徳目明しの仁蔵。 仁蔵は千助が堅気の仕事に就くのを妨害する。 そこから話は二転三転。 ご都合を排してなお、この凄まじい結末。 勧善懲悪因果応報だとしても、最兇下ネタの地獄っぷり。

■海嘯(つなみ)■ 江戸中から大量の無宿者が石川島の人足置場に送られた。 能州無宿で漁村出の新太、彼と気の合うびっこの豪傑、甲州無宿の権次や、満期が来ても役人に頼んで留め置いてもらっている若隠居もいる。 やがて表題通り津波が襲い、一旦逃げて再集合せよとの緊急命令が下る。 島に殉死する役人はもとより、江戸中に夥しい溺死者が出る中、新太はまるでヴェネツィアのように泳いで街中へと出る。 落語のサゲほどカラッとしない、わびしいような怖いような、突然のオープン考え落ち。

■おのれの顔■ 牢内二番役の喜蔵は稀代の醜男。 或る日、己の醜さを眼鼻口頬骨と拡大再生産したような更なる醜男が入牢した。 喜蔵はこの顔を見るのが嫌だった。 また或る日、密通罪の優男が入って来た。 牢名主は毎日これに濡れ場の詳細を語らせた。 しばらくして大量の囚人が入り、牢はにわかに狭くなった。 名主は囚人の間引きを喜蔵に命じる。 半年後、出牢した喜蔵は金につまり、牢に出入りした医者を襲おうと企む。 スパンの長い運命に翻弄される男の物語。

■逃亡■ 佐渡の金山から脱走を試みる水替人足の無宿たち。 舟で越後まで行けるのは三名と言う。 初めは二十人を超えた脱走者は、策略に策略を重ね、搾られて行く。 最後のオチ、こりゃあシャクだった!

■俺は知らない■ 憶えのない質屋泥棒の罪状で牢に入れられた博徒、信州無宿の銀助。 やがて彼は、或る仁義を欠いたやり口で放免され、自らをハメた証人の女に復讐しようとする。 結末落とし穴には、銀助も俺も、落とされたねえ。

■夜の足音■ 大商家の出戻りを相手に、奇妙な床仕事を依頼された無宿人竜助。 或るホームズ譚を連想させる、ミステリ度高い作品。 思い切ったエンディングには残酷なユーモアが漂った。

■流人騒ぎ■ 武州小金井村無宿の忠五郎は、軽微な罪で八丈島に流されたが、何年経っても恩赦の報せが無い。 不審に思う忠五郎は或る日 ・・・ そこからの手早い話のうねりと、人情の湿り気とが一体となり、予想外の残酷な結末へと到達する。(この××方法は酷い!)

■赤猫■ 伝馬町の牢に火が回り、囚人は一時釈放。 野州無宿の平吉は、越後無宿の新八に唆され、牢へ戻らず脱走を試みる。 脱走囚八人中、他の六人は捕縛され打首獄門となった。 或る物騒な事件を経て、ばらばらに逃げる平吉と新八。 数年後、人情故に、或る手掛かりを晒してしまう平吉だった。

■左の腕■ 料理屋の下働きと女中に雇われた、老人と歳の離れた若い娘。 本短篇集の中では話の流れが素直で、俗っぽい人情譚だが、やはり清張らしく締まりが良い。 突然の躍動を見せる一幕が鮮烈だ。

■雨と川の音■ 江州無宿の与太郎は、伝馬町入牢の直後から体の不調を訴え、重病人の囚人を収容する浅草溜へと移送された。 そこで二癖三癖ある粗暴な知恵者、房州無宿の市助と出遭い、脱走を唆される。 本短篇集の中では、最もミステリらしいラストシーン。

様々な角度、深度の復讐が叙述される話が目立つが、全篇ストーリーの起伏や進行方向意外性がミソである故、踏み込んだあらすじは、興味を唆る方便となろうところ以外は、出来るだけ書かないようにした。


No.1398 8点 縞模様の霊柩車
ロス・マクドナルド
(2025/09/19 22:15登録)
「これはわたしの事件です。 必要とあらば、自腹を切っても最後までやり通します」

この話は
一人の ‘あかちゃん’ が大事な状況証拠となっているのが良い。 たいへんな救いになっている。
一方で ‘あかちゃん’ は重要な物的証拠をも握っており、そこは本作の表題にも繋がっている。

「きのう、ミサがすんで出て来た人たちは、倖せそうだったわーーとても倖せそうで、平和で」

このアーチャーには肩入れできる。 水のような補助線ワイズクラックが、一々良い。

娘はもうじき、莫大な遺産を自由に出来る身分となる。 彼女が結婚したい相手は素性の知れない貧乏画家。 父親とその後妻がアーチャーの事務所へとやって来た。 激昂する父親を、後妻は宥めようと必死だ。 アーチャーは画家の身元来歴調査を引き受ける。 画家が身を寄せるビーチハウスへと赴くアーチャー。 縞模様の霊柩車が通りかかる。 娘は実母とも逢っている。 屍体が発見され、過去の事件が掘り返される。 登場人物のアイデンティティに混乱が起こる。

「大きな声を出す競争をしましてね。 この紳士が勝ちました」

序盤からアーチャーの言葉遣いが冴えてること。 いい予感しかありゃしねえ。 8点以上確定のグルーヴだぜ。 地の文やらナニやらもズイズイやばくなって行くぜ、ヒヒ。 内省気取りの独白ッチもなかなかだぜ。
美人でないとかなんとか、一気にサスペンスの遥かな峰々を心の瞳に焼き付けたぜ、その横目の観察眼が。
クライマックスに片脚掛けたウグウグが前半から、中盤前から、早くも襲って来るぜ。
ポルシェ、マンゴー、抱水クロラール、おっと、本作二人目のホームズだぜ。

「あなた、女は好き?」
「その拳銃をしまって下されば、本当のことをお答えしますよ」


【【 次のパラグラフは、真相に触れはしませんが、未読の方はムニャムニャ斜め読みされた方が安全です。 淡いネタバレでも避けたい方には、代わりに 「いやいや、怒涛の真相暴露は本当にヤバかったです」 とだけ言っておきます 】】

本作終盤、最高に熱い告白のヒトクサリ×2には目を瞠った! 告白と対話、告白と論争、告白どうしの殴り合い。 長い長い、そして瞬時にして飛び去ったクライマックス。
ところが、最後にもひとつ、弱々しくも重大な追加告白が来た。。
いや、最後と思っていたら、おお、もう一つ、深く清らかな異質の告白が押し寄せた。。!
いやはや、いつまでも終わらない告白の変格マトリョーシカ(ブランド風の告白合戦とはまったく異質)・・ ここまで来ると、まさか真犯人はアーチャーではないだろうな ・・ 流石にそれはないか ・・ とゆったり苦笑している隙に、アーチャーが不意に読者を追い抜いて、挙句、真相はこれですよ・・・・ 参ったな!!
真犯人も割れた後、終盤も終盤、細かい章立ての畳み掛けがひどく効果的で、心に迫るね ・・・ なんて悠長に感心していたのですがね。。(Tetchyさん呼ばれる ”太陽のような娘” の思わぬ再登場と、重要極まりない働きとか..)


「殺人犯人の道というものは、若い頃から決まっているものでしてね。 同様に、被害者の道というものも、若い頃から定められているのです。 その二つの道が交差するところで、凶暴な殺人事件が起こります」

本作、所謂クリスティ 「人間関係トリック」 の表側、すなわち人間関係そのものではなく、裏側にあるミスディレクションの果肉がズワアーと拡がったところに真相隠蔽の大トリックが仕込まれていたんじゃないかと思いますね。 まこれもテニスンの引用ですけどね。

人並由真さんの仰る

> ポケミスには、登場人物の名前一覧がわずか13人しか記載されていないが、自分で実際に人名リストを作ると端役をふくめて約70人もの名前が並んだ(!)。
> ポケミスの人名一覧からは、かなり重要な人物が最低でも10人前後は欠損しており
ですが、わたくしも、70人いたかはともかく、13人はいかにも少ないと思います。 ストーリー上重要な(映像化するなら人気俳優、あるいはブレイク狙いの俳優が充てられそうな)サブ脇役もチョコチョコ漏れていますし、チョイ役でも光ってる人がいっぱいいました。 ステイシー、死ぬんじゃないよーっ!! なんて祈ったものです。 ストーリーにはまるで絡まなくとも、しっかりキャッチしてやりたい端役の台詞もありました。

> 同113ページ最後の「へー」となる心の動き
そこは私も、うっかり引用しそうになったくらいです。

「それ、返していただけません? 大事な手紙ですから」
「すみませんが、警察に見せなきゃなりません」

現実世界にカッチリはまれなかった登場人物が、三人、いや五人はいたって事になるのかな。 もっとかな。

HBらしく登場人物の枝葉分かれが果てしないにも関わらず、不思議とストーリーの幹はすっきり、見通しの良いミステリ小説となっています。
謎明かしにトリッキーな手間を掛けるスリリングな手強さと、対照的にシンプルな真相との取合わせが光る、名作認定も納得の一篇と言えましょう。

最後に、ロビンさんの(ちょっとネタバレ掠る)コメント
> 『容疑者Xの献身』というタイトルが当てはまりそうな、いやそれ以上の
これには膝を打ちましたね。


No.1397 7点 西成海道ホテル
黒岩重吾
(2025/09/16 01:24登録)
釜ヶ崎の隣、西成海道町の格安ボロアパート 「春日荘」 の住人、関係者、管理人、大家、周囲の人々が繰り広げる、どえらいブルージーな人生劇場。 彼らの多くにとっちゃ、こんなん人生ちゃうよ、かも知らんけど。

同著者による、よく似たタイトルの 『飛田ホテル』 は紛うこと無き狭義ミステリの短篇集でしたが、こちらはちょっと違います。
『飛田』 の兄弟篇を期待して第一話を読んでいたら、その結末、足元がスゥッと消えたような意外すぎる着地点。 そこには確かな反転があるのだが、まるでミステリではないような。。 おっと、連関を見せる第二話も同様の ・・ これはミステリの領域にぴったりと身を寄せた ‘日常のサスペンス’ の理想形ではあるまいか。 ウールリッチ 「聖アンセルム923号室」 に通ずるような、ミステリではないがミステリ叢書/ミステリ系列に入っていることが相応しい連作短篇集だと思うのです。 うん、確かに強靭なサスペンスに押され煽られ、あれよあれよと最後の話まで読み尽くしてしまいました。 かなりイヤな感じの男女関係人間関係。 酒に賭博。 希望と絶望と諦観。 怠惰と熱中。 安宿に食堂にスタンドバー。 ぽん引きに街娼。 人情非人情。 射精と小便。 自慰と性交。 ゲスな野郎にあほ野郎。 出ていく奴、留まる奴、消える奴。 喧嘩に騙し合い。 コツコツやったり悪い近道を狙ったり。 時に犯罪。 街では暴動すら起こります。

第一話 虹の故郷/第二話 残夢の花床/第三話 闇に残った茜雲/第四話 果てしない階段/第五話 木枯らしの嗤い

こうして見ると、各話の表題がどれもこれも刺さるんだなあ。 辛い一方だったり、絞り出した明るさがあったり、ねじれた皮肉だったり。 話の内容を無表情に突き放したような表題とも見えるなあ。
第×話のチョイ役氏が、第×話では主役で出てきたり、ある登場人物の意外な諸々が、別な話の中で明かされたり、人間模様のうねりが、連作短篇ならではの熱さをもって切り売りされます。 嗚呼、群像劇。

“あの一杯飲み屋の連中は、何時(いつ)も、こんなことを喋っていたのか”

かつては賑わう庶民の街だったのが、すっかり枯れて陰湿な土地になり果てた ・・・ 以前釜ヶ崎に住んでいた黒岩重吾氏が、良き過去への郷愁を抱きつつ、執筆当時の近隣地区に取材を重ねてものした作品とのことです。


No.1396 8点 日本探偵小説全集(5)浜尾四郎集
浜尾四郎
(2025/09/15 23:19登録)
まず短篇たち、どれを取っても結末に重みがあり、オチなどと軽くは呼ばせない厳粛さがある。 しかもその厳粛に苦いだけでない味わいがあり、そこが良い。
独特の語り口で、トリッキーでディープな “法律” の振る舞いや在り方を俎上に載せた、素敵な作品が並びます。

彼が殺したか  8点
際どく転がるんだよ、結末が。 叙述なんとやらまるで不要の深みには感じ入る。 若き実業家の夫と、名家出身の若妻とが殺害された。 死の淵の夫は、或る男の名前を口にし、息絶えた。。 現代の俺たちにしたら見え見えの真相だぜ、などと思いきや、更に二重底で、しかも高速展開の直感地獄絵図。 何が二重のナニじゃいこのくそ主人公が! しかし本作の麻雀戦記は旨いわ。 むかし流の言葉遣いと表記がまたたまらない。 にしても、清三の面前で清一とは、此レ如何ニ。

悪魔の弟子  7点
紙面を騒がした殺人事件の真犯人は ‘たぶん’ 私ではない、と旧知の地方検事におかしな告白をする ・・・ バランス悪いなー でもすごく面白れー 男色の恨みの顛末はどこいった? 中途から急にシンデレラの罠っぽくなったのはいいが、真相の底、そこまででおしまいか? なのにトータル読後感はすこぶるアッパー。 これはやはり、作品の、ってより作者の気品ってやつの賜物かな。

死者の権利  8点
一代で成り上がった大実業家の息子が、恋愛事件の末に落ちた陥穽。 告白犯罪実話の面白さで推進力抜群。 ミステリらしい捻りもあるが、これがむしろ作者らしい法律論への拡がりを見せる。

夢の殺人  7点
レストランに勤める真面目一方の青年の前に、やはり真面目な性質の恋敵が現れた。 ただ彼は非常な美男子だった。。 作者にしてはちょっと軽いな、と油断しているとその軽みのまま深淵に落とされる、そんな物語の終わり。

殺された天一坊  8点
タイトルの通り、或いはタイトルがネタバレ、なのでしょうか・・・? これは清冽を極めた社会的心理探索劇。 大反転など無くとも充分。 実は主人公二人が完全なるハードボイルド文体で描かれているのが凄味の源泉。 短篇の中ではこれがハイライトか。

彼は誰を殺したか  7点
妻の従弟に殺意を抱く男。 彼もまた或る人物から殺意を抱かれる。 或る地点から法律論に流れこむかと思いきや、殺人論?らしきものにぐいっと引き戻され、そこから先は熱い心理劇の公開。 こんな残酷話にいたずら心が見える。 最後の、小粋な?オチがなんとも言えねえ。 しかし本作冒頭の十二文字、Jリーグファンなら思わず噴き出すかも知れません。  

途上の犯人  7点
列車の中で奇妙な文学的因縁をつけて来る男。 思えば彼には一昨日の夜も市電で遭遇していた。 告白と告発が絡み合い、メタ味もあって躍動する筋運びの末、舞台は警察へ。 余りにエモーショナルな事象を示す、ラストセンテンスの意味する所は何か。


長篇「殺人鬼」は個別に書評済み(9点)。
戦前日本の誇り。 黄金期米英本格推理(中でもヴァン・ダイン)の、意義ある換骨奪胎に成功した巨篇。 読んでみてはいかがです。

巻末の解説に編集後記、さらには付録の、夭逝した氏を悼むエッセイの数々。 どれも素晴らしい。


No.1395 4点 夕暮まで
吉行淳之介
(2025/09/12 11:30登録)
「今日は、なにを食べる」
「鳥がたべたいわ」

十三年に渉って発表された短篇八篇を七篇に再構成して世に問うた、不思議とおだやかな日常のサスペンス連作短篇集。
ただし刊行された本には 一章~七章 と長篇の体で章タイトルが付いている。
実際に読んでみると、基本ストーリーが(ほぼ)時系列順になっている事が手伝い、長篇のような感覚である。
だが、元が短篇として書かれた小説の集合体ということもあり、特に読了後、一篇の長篇(長さは中篇)として横に読んだというより、個々の短篇を透明なスライドにして重ねて上方から縦に眺めたような感覚に包まれるかも知れない。 そこは智と情に訴える興味のポイントだと思う。

ただ、肝心の小説の中身は ・・・・ 人によって好みや評価が分かれることでしょう。
中心となるのは、妻子持ち中年男と若い女との奇妙な関係。 女は男に××はさせる、××はしてくれる、××まで許すというのに、××だけは断固させない(最後のは ‘口づけ’ じゃありません)。
結果として変態的濡れ場が居並ぶ実に不道徳な(?)内容になるのだが、男には彼女以外にも若い女数人との付き合いがあり、彼女らとのおノーマルな関係はあっさりと描かれる。 また年相応な相手との交流もあるが、このあたり、前述の “上方から縦に眺めた” 時の面白い構成要素になっていると思われる。
二度登場する、警官に免許証の提示を求められるシーンや、各々の門限をターゲットとした消極的アリバイ工作(?)のシーンは、良いサスペンスとヴァイブスをくれる。 あとそうそう、あの “バイク” のシーンがね。。

「驚いているんだ。 それで、死んだのか」
「死んだのか、って、聞き方はないでしょう」

刊行時話題をさらったこの本のタイトルから、おじさんと若い女の交際を意味する 「夕暮れ族」 なる流行語が派生したというが、なんと皮相で浅はかな言葉遊びでしょう。 おまけに愛人バンクの名前にまでなりました。 君たちは、分かっていない! なんて、自分も分かっちゃいないくせに、言いたくなります。

そういやかなり昔、吉之助(よしのすけ)というシンガーソングライターがいました。 インタビューで、好きな吉行淳之介から芸名をもらったと語っていた気がします。

この本を買ったとき、お店の方が 「いやあ吉行淳之介はいいよ~う」 と熱く語っておられました。 新刊書店の若い女性だったら引いたかも知れませんが、古本屋でチョイ悪ジジイ風の人だったので、今も良い思い出です。

嗚呼、オリーブオイル。。。


No.1394 6点 暗いところで待ち合わせ
乙一
(2025/09/12 01:34登録)
駅前の家には、病で視力を失った若い女が一人暮らしている。 少し間に父を病で失った。 幼いころ離婚した母は顔も知らない。
その家に、彼女とは面識のない若い男が隠れている。 彼が警察から追われているのは、駅のホームからある男を突き飛ばし、轢死させた犯人と目されているからである。
盲いた女に存在を気取られないよう、男は精一杯の工夫をこらし、努力する。 女には晴眼者の幼なじみがおり、白杖の代わりとなって時々一緒に出かける。 近所の飲食店には知り合いも出来た。 幼なじみとはある日、大げんかをしてしまったようで、それを知った男は心配し、彼女の力になろうとする。

盲者の女と、晴眼者の男。 この二人の立場から描いたカットバック進行はちょいとスリリング。 前者は後者の存在に気づかず、後者は前者に存在を気づかれまいとする。 ささやかな時系列マジックも素敵だ。 訪問者の機微も効いている。
だが、二人の非対称な関係がいつまでも続くわけはなく、やがてちょっとした事象から女は男の存在に気づく。 男もそのことに気づく。 さて次の一手を打つのはどちらか。

「UFOキャッチャーの上手な人なの」

話がそれまでのサスペンス展開一方から、ヒューマン・タッチの恋愛&友情モードへと傾くにつれ、物語を叱咤するスリルの鞭さばきが控えめになった ・・ と思ったらまたすぐ盛り返した。 その弾みの勢いで一気にミステリらしいクライマックスへ突入。 同時にクリスマス・イヴを迎える。

物語の初期段階で、かなり大きなヒントが晒されるゆえ、 ”××” は先刻承知となってしまう方も多いことでしょうが、そこでストーリーのバランスが崩れてしまうわけではないので、大目に見てやってください。
人の裏表にまつわる伏線など少なすぎるように思えますが、それほどに人が苦手な作者なればこそ書けた小説と理解し、ご容赦ください。

目の見えない彼女が ‘念のため’ もらっておいた “写真” とその保管場所が鍵となる流れは、本格ミステリ流儀の手掛かりとは違いますが、なかなか面白いと思います。
彼女がやたら “いざとなったら舌を噛み切って死ねばよい” と独白するのはちょっと笑いました。 いかにもそんなことぜったい出来なさそうで。 だがそれがいい。

エンディングで 「おかあさん」 が胸熱キーパーソンとして再浮上してくれたら、さぞ感動しただろうなあ ・・ どこ行っちゃったんだ ・・ 続編はないのか ・・


No.1393 7点 黒衣の花嫁
コーネル・ウールリッチ
(2025/09/10 21:10登録)
彼女はヒットリストを作った。 目次によれば、対象は5人。 その動機は隠されたまま、次々と目標を達成する彼女。
殺(ヤ)る方法は様々で、中には残酷過ぎるものがあり、ちょっと笑う類のトリッキーなものもある(推理クイズに使われそう)。

『わたし、近頃ね、今までに一度もしたことがないことを、いろいろしているみたいなの』

5人の共通項は見つからず、ミッシング・リンク案件となるが、ある時点でとうとう ”共通の友人” なる危険分子が浮上した。
だが、重大な目撃者さえ逃してやった ‘公明正大’ な彼女は、その危険分子にも手は出さない。

ミステリ興味を高値キープしつつ、各章のフォーマット枠へ上手に話を押し込みつつ、先の見えないサスペンス醸造は上々。 探偵役(上司に厳しい刑事)を中心としたユーモアの差し水も良い。
最後はちょっとしたフーダニット的ツイストからの・・ と思っていたら、ある種フーダニット、ホワイダニット共に120度の角度で反射する二段階ツイスト(!)、これは面白かった。

ただ、智に訴える要素が最後にでんと割り込んで来て、ウールリッチ情緒のような感覚が薄れたようではある。 クリスティ再読さんのコメント “復讐というものの燃焼感がはぐらかされたような印象” にも同感です。

そいや、最高のミスディレクションをキメやがったサブ章があったなあ、ありゃあヤラレました。 そこだけ即再読です。


No.1392 6点 残酷な遺言
島田一男
(2025/09/08 18:50登録)
出版年に見合った昭和五十年代中盤~後半作が大半のようだが、貨幣価値や風俗語で見るともっと昔のような作品も混じる。 まあシマイチ先生は昭和六十年近くでも “ゴーゴーを踊りに” とかうっかり書いたりするからなあ、たしか。
さて昭和五十年代なら8月と共に夏も終わる感覚だったろうが、昭和百年の今年ともなるとまだ9月いっぱいは夏が続きそうだ。 いよいよ昭和三ケタの夏も島田一男でブッ飛ばすんだ。

□□残酷な遺言□□
エキセントリックな遺言状に縛られた三人の女性には、互いの血縁関係無し。 当然事件は起こるが、この遺言状が物語の中でもっと癖強の狼藉を働いてくれたら、更に良かった。 少々デコボコした物理トリック群(陳腐だったり無駄に凝り過ぎだったり)と人情物語のアンバランスが滑稽だ。 ま、あの ”装置” も使いようって事だ。 しかし三つの事件の関わり合いはちょっと面白い。 真犯人の明かし方に宿る、さり気ないやさしさが印象深い。 (色んな意味での..)真犯人をもうちょい見えづらくして、中篇か短い長篇に仕立て直したら、どうだったろう。

□□マンゴー雨の中で□□
東南アジア周遊ツアーの途上、一人だけ水あたりに苛まれた若い女が、後日死体で発見された。 旅行の序盤より、この女を巡っては、男女問わず不審な言動を見せる者が多かった。うむ、ギラつく大胆伏線が却って霧の中の目眩しとして機能した。 水中での物理法則か。。 クリスティ某作にインスパイアされたような感はあるが、このツイストある構造はちょいと分からなかったな。 ラス前からラストに掛け、探偵役ツアコン男子の激しい心の動きが響く。
"明るい星が無数にきらめいている。 これでもあしたは雨だろうか……。"

□□空の女□□
東南アジア周遊ツアーの途上、、 こりゃあ 「マンゴー」 の二番煎じとまでは言わないが、似ています。 探偵役は同じ人。 最後にほのかな人情香を残すところも同じ。 だけど、こっちの方が犯罪の構造に奥行きと、ちょいとばかりウェットな情緒があるね。 役所での調べものが躍動。 タバコの吸い殻の隠れ場所。。

□□おそろしき睦言(むつごと)□□
結婚~離婚~再婚の、無理があるプロセスに培養された殺意。 殺害トリックのミラーリング会話(?)に目くらましされたのは、”復讐の角度” の錯誤。 フラフラした甘い殺意の戯れから、一気にどん底へと叩き落される企みの厳しさ。 しっかしこの死体の発見状況と来たら、笑っちまうくらいヤバいな。

□□蛇眼レンズ□□
不可能興味を纏った盗撮(?)と脅迫(?)事件。 惰性でアリキタリの結末を予感した所を襲った意外な展開、もう一突き予想外の展開、最後は意外過ぎる動機で、されど爽やかに締め。 不完全伏線からの後出し要素とか、ミステリとして何がしかハミ出している感はあるが、このズルいおおらかさに押し切られてしまう。

□□海猫は語らない□□
山形の “飛島” にて旅情殺人ミステリ。 寝台車の若い男女五人組と知り合いになった、釣り人とフォトグラファー。 前出 “東南アジア” ツアー殺人譚x2の日本海版そのものと言ったナニだが、動機はともかく、犯人についてはより繊細な伏線がそこここに巡らされていた。 タイトルが深い。 グッと来た。

□□喪服の結婚式□□
妊娠中絶手術のトラブルで亡くなった高校生と、その復讐を誓う人物。 唐突の異様な出だしが示唆する如く、本短篇集の中では異色作。 世にも不可解な “現場” が如何に生成されたのか、実況敷衍されて終わる。 これが素晴らしく智と情の双方に訴える。 短い枠の中、ストーリーの顔つきが目まぐるしく転回する意欲作。  8点

□□錯乱の部屋□□
ところが最後にもっぱつ、異色作の匂いプンプンの変態オープニング(笑)。 冒頭、”◯女” の言動に、引っ掛かるワードがいくつか.. そして眼が開くトゥイッチ急襲。 シティホテルのルームにて特殊腹上死(?)連続変態殺人事件発生。 そこへ主人公のホテル専務と二人の若い女性との交歓描写が併走し ・・ 誰かが急に安いアパートへ引っ越したとか、懐かしい大学の先生がどうしたとか、思わせぶりだが結局.. グダグダな結末。 惜しいなあ。 あるものの匂いが移った手掛かりはちょっと面白い。

シリーズ物が二作だけ続いたり(しかも中身が妙に似てる)、突飛な異色作x2で締めたり、他にもいろいろコンパイルのアヤフヤなテキトーさが、軽く痛いのだが、それも味。

ところで春陽堂文庫版の表紙絵イラスト、表題作にちなんでいるのだろうけれど、三人の女性が見方によっていずれも “中心” という巧妙な構図がニクいね。 いちばん左(だけど中心)の方が若いころの、というより化粧上手になったころの中島みゆきさんに見えます。


No.1391 7点 黒幕
佐賀潜
(2025/09/06 20:57登録)
「戦争は、相手を殺さにゃ勝てん。 まごまごしとると、赤玉のために、殺されちまうでな」

読了後、タイトルの意味がガッツリ沁みる。 本作、成功ってことだねえ。

舞台は大阪・道修町(どしょうまち)、東京・神田鍛冶町、控えめに名古屋、鍵を握るは淡路島(何故なら..)。
薬品業界の中小プレイヤー、メーカー群に問屋群、大阪と東京のライヴァルどうしが生き残りを賭けて手荒な頭脳戦に突入、ありふれた愛欲や意外な恋愛感情が入り込んで搔き乱し、遂には或る壊滅的結果を見るに至る。

一方の社の売れ筋製品にはあり、他方の製品に無いものとは? エゲツナイあの手この手の面白さはあわや犯罪小説と呼びたくなる感触。 「黒幕」 ともう一人、或る人物の活動経緯を、素晴らしく冴えた明かし方で見せつける結末の突きは強い。 会計用語や厄介な数字の動きも上手に調理。 悪どい創意の躍動また躍動で風起こす、めっぽうエキサイティングな経済サスペンスの逸品と言えましょう。

これはネタバレではありませんが、時系列のちょっとした行き来が見当たりますので、ご注意を。


No.1390 7点 魔術の殺人
アガサ・クリスティー
(2025/09/04 23:37登録)
「あなたにはいきいきとした現実的な感覚があるのよ。 あなたにないのは幻覚(イリュージョン)だわ」

米国在住の旧友と再会したミス・マープルは ”英国に暮らす旧友の妹(富豪)の身辺に気懸かりな空気を強く感じるから、妹家族の中に入り込んで慎重に様子を見て来て欲しい” との依頼を受けた。

主役級夫人、つまり前述 “妹” のクセつよ婚姻歴のおかげでめっぽう複雑な登場人物構成だが、冒頭での人物紹介捌きがさりげなく上手で、意外と混乱はしなかった。 話の進行も巧みに整理されており、スタスタと読みやすい。
そこへ来て、なかなか意外な構造の銃絡み事件勃発。 更にほぼ同時刻、別箇の銃事件で意外な被害者が出た。 大半の関係者はひとつの部屋にいた。 本気で犯人当てに行きたくなる仕掛けだ。

さて夫人の現在(三人目)の夫は非行少年の更生を目指す一種の “少年院” を経営している。 最初の夫の長男(夫人より年上!)も父の遺志を継ぎ、当施設に関わっている。 二人目の夫だけは変わり種の風来坊で ・・・ 他にも、×番目の夫との間に出来た娘だとか、養女だとか、その娘、その夫。 ××番目の夫の連れ子である双子兄弟。 力を持った使用人に持たない使用人。 施設付きのエリート精神科医。 
夫人はどうやら、ある薬物でじわじわと命を狙われているようである。 ミス・マープルもその状況証拠を目(と耳)にしたが、現夫からの断固とした要請で、夫人には秘密にしている。

果たしてこれ以上の被害者は出るのか? そのタイミングは? 夫人の運命と、小説内のミステリ的立ち位置は? ・・ と、何しろストーリーの進み具合がいいもんで興味津々ドコスコ読み進めて行くと ・・ うむ、なかなかにザッツ・ザ・雑な感じの終盤唐突展開に目を白黒させられちゃったり、するかもね。

殺人に纏わる中トリック(ちょっと具体的に言ったらもうネタバレ)はまあ、よく言や小味っちゃ小味の、原理は普通に気づいちゃう類の甘々のねえ、邸宅の間取り図もあからさま過ぎるっぺよって思うしねえ。
しかしながら、誰もが抱いた幻想の大いなる膨らみを、意外な針が一刺しして去って行く風の大トリックの方はかなり良かった。 胸が熱いですよ。
まさか、"逆トリック" ってやつ、狙った?

「ヒンデミット? だれだね、これは? 聞いたことのない名前だな。 ショスタコヴィッチだと! おやおや、ひどい名前があるものだ」

クリスティ再読さん仰っている通り、また了然和尚さんも触れられたように、本作でのミス・マープルは良くない意味で 「名探偵」 らしからぬ所がチョイチョイありますね。 他の登場人物にうっかり探偵役さらわれそうな流れすらあったりして。 まあ彼女は名刺に 「名探偵 ジェーン・マープル」 なんて刷って人に渡すようなタイプじゃないからね(?)。

“それから二人は肩をならべて、家のほうへひきかえしていきました。 その後姿はとても小さく見えて、とても弱々しそうでした”


No.1389 7点 危険なやつは片づけろ
ハドリー・チェイス
(2025/09/02 00:10登録)
おっしゃる通り、危険なやつはとっとと片づけるに限ります。 人間にしろガラスの破片にしろアレにしろ。

「あなたのおっしゃることはこけおどしだと思っています。 いずれにせよ、あなたは死んだほうが安全です」

何しろ雑誌 『犯罪実話』 が読みたくなるのだ。 これで六割方、この小説の勝ちは決まった。 こりゃあ心が躍る。 さあ、会う人会う人を疑ってみよう。
サンフランシスコ近郊、ナイトクラブの女性ダンサー失踪事件を 『犯罪実話』 の記者バディが洗う話。 よくある端緒だが、筆が上手で話が早く、興味深々きびきび読ませる。 いきなり参考人が不審死を遂げるのも味のうち。 探偵役がむやみに気絶しないのも気に入った。 警察との連携が妙にスムゥーズなのはくすぐったいぞ。 得体の知れない私立探偵と、人気雑誌の記者とでは扱いが違うというワケでね。

人並由真さんも言及されている通り、二つのスモールタウンが主舞台となるが、片方の警察は探偵役に友好的、もう片方は敵意丸出しというのがミソ。 もちろんそれぞれ一枚岩ではないのだが、証拠をつかむためには敵地に乗り込まねばならず、だが時々は(時に危険を冒しても)安全地帯に戻って報告なり相談なり一息つく必要があるわけで、また敵地にも “敵の敵” たる味方のアジトがあり、そのあたり探偵の最適移動戦略には図らずも(?)のちょっとしたゲーム性があって面白い。 何よりこの二つの小都市が睨み合う中を往来する探偵役の人間臭いダイナミズムが、この物語に得難い特色と躍動とを供給しまくっている。

「あなたのやりかたは、手がこみすぎていた。 事件は手がこんでいればいるだけ、解きやすくなります。 本筋をつかみさえすれば」

しかし話の進行が、ある意味何もかも摩擦係数低めに行き過ぎで何かが怪しい? 最初にやっと登場した警察トラブルらしき事象も、ツンデレ気質の現れらしかったり、あからさまにユーモア過多?だったり、これは単にそういうお気楽通俗という事なのか、それともおそるべき深い穴があるのか ・・・ なんて前半でモゾモゾしましたがね、、 後半でもちょっと爽やかに進みすぎてないか、ストーリーが、って感じるポイントが無くはなかったけれど、本作の良さの一つがそういうライトでブライトな感覚なのだとは言えましょう。 ただし、多数の被害者引き連れての複雑な事件真相は、いかにもHBな側面は目立てど、たった一つのちょっとしたフックが実に心地よく効いており、そのちょっとしたことで7点のテラスにひょいと乗っかりました。 ガールズに金持ち達の配置とか、画家が登場する意味合いとか、巧いねえ。

「あんたのせいで、とんでもない騒ぎが起ころうとしているのを、あんたに知らせたかったよ」

結末では思わぬ “やり手” が正体を現しました。 が、その前途には・・  ポジティヴヴァイブと一抹の不安、苦味を置き去りにする、厚みのある良いエンディングです。



【最後にちょっとしたネタバレ】

真犯人、まさかあれほどまで “自ら” 手を下していたとは思いませんでしたな。


No.1388 6点 ブンとフン
井上ひさし
(2025/08/31 12:19登録)
売れない作家 「フン」 先生の小説 「ブン」 がまさかのスマッシュ・ヒット。 タイトルロールの 「ブン」 は神出鬼没・変化自在の怪盗さん。 こやつが小説の中を飛び出して現実世界で大暴れ、人々の大喝采を得る。 これが恰好の宣伝となり小説 「ブン」 は何十万刷の大ヒットを記録するが、刷られた分だけ 「ブン」 の分身が大量発生したものだからたまらない。 国境をまたぎ世を搔き乱す 「ブン」 たちは警察から捕縛の対象となり、何故かそこに 「悪魔」 まで巻き込んでハッチャキメッチャキのシュトルムウントドラング大宴会が世界を襲う。 あとは秘密。

戯曲や放送台本を書いていた井上ひさしさんの、小説家としてのデビュー作。 長篇ですがあっという間の掌編感覚です。 SF感覚ほぼゼロの風刺おふざけファンタジー。
ジュヴナイルとして書かれたそうで、もののウィキによれば
>> 1970年1月10日、朝日ソノラマのジュブナイル小説シリーズ 「サンヤングシリーズ」 のNo.18として、 「1億総ゲバ・ヤング」 を謳い刊行された。
との事。 実にゲバゲバナンセンスでギャラクテッィクファイヤーな本なのであります。

数十数年をおいての再読でした。 生意気盛りの当時は 「ゆるいなあ」「ギャグが古いなあ」 とブツクサ思いつつもゆったり読んだものですが、今となっては何もかもゆるくもなければ古くもなく、スタスタと面白く瞬殺読みさせていただきました。 何周か回ったのでしょうか、地球が。 6点でもかなり上のほう。


No.1387 5点 衝撃の1行で始まる3分間ミステリー
アンソロジー(出版社編)
(2025/08/29 13:20登録)
「つまりは、雪密室の要素も持ち合わせているということね」  ← これには笑った

アンソロジータイトルの意外性(?!)に飛びついちゃったけど、掌編ミステリで書き出しのインパクトに工夫を凝らすのは当たり前のことでした。
なので中身は、特に変わったというより普通に面白いショート・ショートが並んだ感じです。
中でもヤラレタのは、遺産相続の話と、殺しの告白の話。 悪賢い刑事の話、灼熱の夢オチ話も刺さりました。
例によって話のタイプはヴァラエティ豊か。 殺人絡み・犯罪絡みを中心に、SFホラーとか、日常の謎とか、叙述トックリ大いに躍動、頭のおかしい人が出てきたり、なかなかの寓話があったり、重かったり軽かったり、まあ普通に色々ですね。 つまらんのも少し混じってましたが、一読の価値はあるでしょう。

「以上が僕の告白だけどーー実は今の話に一つ、嘘があったんだ。 何だかわかる?」


No.1386 8点 流れ星と遊んだころ
連城三紀彦
(2025/08/26 23:32登録)
お前の全てを奪ってやるぜ 連城は眼でそう言うと、静かにキューを突いた。

登場人物表には四人で足りる。 俺だったら七人にする。

花村陣四郎 (花ジン):映画界の大スター
北上:花村のマネージャー
秋葉:元ヤクザ
鈴子:そのツレ
小田真矢:若手映画スター
野倉:映画監督
高松:映画プロデューサー

横暴な年配スターのマネージャー業に愛想が尽きた中年男は、自ら発掘した "原石" をスターとして世に送り出そうと、奇策を繰り出してはもがく。
その道筋は、痛々しく拗れた愛憎模様と、過去の●●●●とに、危ういバランスで裏打ちされていた。
怖ろしく遠まわりなやり方で、全てを告白したのが、この小説だ。

“これはそんな、四十何年間で初めて出逢った一つの夢への、俺の熱いラヴストーリーなんだ。”

はじめから 叙述の揺れに つかまれる
その揺れこそが隠れ蓑 開始七分の一ほどで 夢のように 最初の叙述反転喰らう
ところが 隠れ蓑のはずの 叙述の揺れとギミックの霧が いっこうにおさまらず おいおいやってくれてるじゃないか 遊びの手が早いねえ

「実はもう本当の犯人が告白したんだ」

内容や構造は全く異なりますが、東野圭吾 「悪意」 の読後感に近い、叙述の鬼でした。(フゥ~~) 
文字数多くゴツゴツしたブロックが襲ってくるような文章だけれど、読ませる力が強く、速い読書を途切れさせません。
内省がひたすら熟し、文章の流れに切れ目が訪れない感覚は、ボアロー&ナルスジャックの某作を思わせました。
奔流は衰えず。。

裏表ではなく 三面の反転 か?
120度の反転 または240度の反転 か?
三角関係の筈が 三人しかいないのに 六角関係に発展していないか?

「監督が二度、間違えてあんたの名前を呼んだからさ」

いわく言い難いのですが、小説内の “現実世界” にまで叙述トリックの魔の手を伸ばす、凄い場面がありました。
流石は俺達の連城、なかなかのセンス・オヴ・ワンダーでしたね。

「俺のために犠牲になるなどと考えるなよ。 犠牲になるのは俺の方だ」

そうだ、実はもう一人、登場人物が、いるんだぜ。 (そうだよな?)


No.1385 5点 真夜中の密室 密室殺人傑作選
アンソロジー(国内編集者)
(2025/08/25 10:40登録)
山村美紗■呪われた密室
京都の古い宿を舞台に、小味でたおやかな和風密室譚。 形態と同時に機能を変える小道具使いに、人情と実利、それぞれ複数の動機群が集約される様には膝を打つ。 佳きスターター。  6点

高木彬光■影の男
社長が今にも臨終というその時、つい先頃まで普通に話していた、社長の長男である専務が絞殺死体で発見された! この滑り出しは魅力的だ。 ××やらナニ絡みのトリッキーな動機を期待していると、、 数日後、次なる殺人事件発生。
うむ、密室トリックが平板なのはともかく、動機も結局そんなアレか・・ 書き分けの甘い登場人物の整理が面倒で、ちょっと読書がカサついた。  4点

中町信■動く密室
あの長篇の原型ではないけれど、自動車教習所、そして路上検定ルートが舞台の連続殺人。 となるとこの表題はクルマそのものを意味していそうなものだが、もう一押しのニクいヒネリがある(ネタバレに非らず)。 広いスコープと奥行きがある犯行トリック全貌には唸らされる。 文体のクセを逆手に取ったような?違和感伏線にも納得。 動機と合わせ、何とも割り切れない結末に残響が深い。  7点

泡坂妻夫■ナチ式健脳法  
こりゃつまらん! わかりにくい! 乱筆乱文取り柄無し! 俺たちの妻夫さん、しっかりしてください!
脅迫事件らしきものと雪の足跡とが交錯する話です。  2点

大谷羊太郎■北の聖夜殺人事件  
うらぶれた芸能人崩れの告白。 舞台は戦後まもない頃、地方巡業先の宿。 殺されたのは歌手の若い女。 容疑者に同宿の男女多数。 不可解興味と噛み合った密室トリック(?)は本当にささやかなものだが、ツイストかました真相の意外性と、思わぬ事件背景、信頼出来ぬ語り手の戯れと情深さには心が動く。  6点

天城一■むだ騒ぎ
被害者にまつわるちょっと面白い不可解興味に、密室とアリバイ(ご丁寧に時刻表)。 そこに時を遡る人間ドラマまで盛り込んでおきながら、短すぎる原稿にストーリーも登場人物もせわしなく詰め込まれて話が分かりにくいこと読みにくいこと、そんな余裕無い所に余分な言葉遊びが鼻につく。 こりゃダメダメダーメでしょう。 尺に余裕のある中篇か短めの長篇に直したら、相当イイ感じになりそうなのに。 詩情の萌芽すら在るのに。 もったいない!  3点

島田一男■渋柿事件
シマイチ余裕の軽密室。 ユルユルの器械トリックにありきたりの真相。 頭の弱い昭和の下層犯罪には目も当てられないが、なんつっても文章が良い。 いちおう言っておくと昔の××事務所の話ではない。  5点

鮎川哲也■妖塔記
灯火管制下にも開かれる寄席。 巨大ダイヤモンドを持ったインド芸人が拉致され、消えた 。。。。 三十五年後にようやく明かされた真相には深い陥穽があった。 某と某が◯◯かと思ったら◯◯じゃないというワンクッション意外性、残酷さが重い。 流石は鮎川の(まずまずいい時の)短篇。 ユーモアにまみれつつも、贔屓目なしに締まりが違う。 探偵役登場のマナーもニクい。  7点

私の持っている文庫本は、表紙の「島田一男」が不敬にも「島田一雄」と誤植されています。 プレミア付きでマニアに売るべきか、出版社を脅すべきかで迷っています。


No.1384 7点 目撃者 死角と錯覚の谷間
中町信
(2025/08/23 23:30登録)
確信犯 .. 迷いの無いプロローグ|エピローグに挟まれ、快速で複雑コースを疾走するストーリーの虹色水しぶきを浴びまくる一冊だ。

幼子二人を巻き込んだ轢き逃げ事故の “目撃者” は、旅行先の温泉地にて大地震に見舞われ、死亡する。 “目撃者” の姉はこの死に不審を抱き、夫と共に真相追求へと乗りだす。 妻と夫に警察、三つ巴の探偵役が躍動。 やたらな連続殺人には 「またかよ」 って苦笑してしまうが、全体の感触は普通にシリアス(だが中町流にどこか変)。 探偵夫婦のユーモラスな関係が良い息抜き。 温泉旅行の参加者に、轢き逃げ事故の関係者、なかなか見えない人間関係と利害関係。 矢継ぎ早にミステリの場を襲う事件また事件(そして時に..)は、探偵役各人に仮説立てを促し、その仮説を放埓に打ち倒し、あざ笑うように謎の磁場を大いにかき乱す。

それにしてもやはりどこか香ばしい、どこかヘンな中町信文体が楽しい。 仮に、テラッテラに磨き上がってスムゥーズにも程がある佐野洋文体を基準とすると、中町信文体と来たら表面にダマは浮いてるわ基礎工事に歪みはあるわでドエラい違い。 顔は馬面でちょっと似てるんだけどね。 全て誉め言葉ですよ。

さて終盤が見えてくるあたり、少しずつ真相の片鱗が見えてくるにつれ “その因数分解に、ミステリ上の充分な旨味があるとでも?” なんて疑ってみたりもした。 複雑そうな全体真相も “足し算だけじゃつまらんのじゃが?“ なんて危惧したりもした。

しかし、意外と謎の核心は終結近くまで解きほぐされないままなのだな、と快い緊張を保っていたところ ・・・・ シ、シ、シンプルな核心真相から紡ぎ出されたフ、複雑怪奇な幻想の構築、まったく予想のスコープから外れる “動機” と、その隠匿魂には圧倒された。 いやいや、思い違い勘違いの積み重なりもここまでの建造物に仕上がると壮観だ。 
ただ、真相を構成する各要素が、大きいレベルでもう一押し、カチリと嵌まっていたら更に良かった。

あまりに普通にリアルで(経験者いっぱいおるでしょう)地味な心理的密室トリックもきっちり役割を果たした。 奥がある上に、グインとカーヴを切ったダイイングメッセージの、結果と原因のねじれ現象とか、たまらんわ・・
ささやかなれど効果抜群の叙述の戯れもありました。 ある乗り物や、ある身体的特徴も、しっかり伏線を成していたんだなあ。 感心しましたよ。

読み始めは軽いゲーム小説かと踏んでいたんだが、まさかこんな人間悲劇から、全ての目くらましが派生していたとはね。 読了直後から酔いが回って来ましたよ。。 7点でもかなり上のほう(7.3相当)ですね。

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