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ミステリの祭典

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ゆがんだ光輪
ハリエット・コックリル(カズン・ハット)

作家 クリスチアナ・ブランド
出版日1959年01月
平均点5.75点
書評数4人

No.4 7点 斎藤警部
(2025/10/03 23:20登録)
この世の聖なるものらしきものを、不謹慎たっぷりにユーモアと皮肉の暴走でねじ伏せた(かも知れない)怪作。
ムムからニヤへ、ニヤからハハへ、ハハからギャハハへと至ったあたりで前半の幕が下りる(と記憶している)が、後半に至ってなお傍若無人の傲岸不遜ジャンボリーは続きつつも、 ”一部登場人物” の思慮深さらしきものの顕在化エピファニーはなかなかの肯定的ギアチェンジをも見せつける(ような気がする)。

「なるほど、とおっしゃるが、本当に判っておいでかな?」

ブランド前作 「はなれわざ」 の舞台ともなった南欧某島国にて、聖性を纏った “伝説の女性”(一生テーブルの上で過ごしたとか?)を国際的にも有名にし、あまつさえローマ法王より ”聖人” 認定を受けさせてしまおう、と純な動機や不純な思惑で画策する人々や観光客が入り乱れるお話である。 恋愛模様(#?)もある。 やがて二つの大きな謎が (中 略) 、 全く別種の大きな謎(個人的にはこれがミソ)が別方面の角度からゆるやかに(だがにぎやかに)攻め降りて来る。 この謎に対する、会話と思弁による解決シーンが(一読モヤモヤしたら納得するまで読み返した方が良いですが)実にたまらないのであります。

“すでに息絶えた××だけが、天使のような微笑を浮べ、もはや見ることのできない魂の抜けた目で(以下略)”

この物語の、何かが絢爛たる輝きを解き放ち続ける舞台装置の黄金回廊は .. 目もくらむ程 .. oh ride on time .. 素晴らしい。 もはや雰囲気だけで圧勝しているのかも知れない。 そのくせ、この宗教的にも人道的にも相当に危険な毒素の浸透が止まらないまま、クライマックスは “奇蹟” を迎える。 奇蹟の中にさえ皮肉とユーモア、ユーモアの中にこそ奇蹟と皮肉。 物語の、そして(物語内)現実世界の主導権を握るのはいったい誰(何)なのだろうか。

「すべてが嫌になる」 でしったけ、ちょっと違ったかもですが、そんなタイトルの新本格ミステリのメイントリックを彷彿とさせるというか、匂わせるような流れがありました。
「奈良の女」 とか、たしかそういう邦題のフレンチミステリの有名シーンを思い出させる、印象的な短いシーンもありました。
どちらも、クライマックス “奇蹟” の(以下略)。

タイトル、特に邦題、ぱっと見◯◯◯◯◯な意味としか取れませんでしたが、終わってみれば意外と◯◯◯◯◯な喩え話だったんですね、特に原題。 ただ、それすらどこまで本気で心に刻んでいいのやら、よく分からないのですが。

「セニョリータ、何をそんなに ( 長 い 中 略 ) そして全キリスト教徒のためにも、すばらしい結果を生んでくれるんじゃありませんか ……」

HPB登場人物表、冒頭の人、冒頭の人なのに、鮎川某作における星影龍三以上の “登場しなさっぷり” があまりにもあまりで、笑い転げました。 冒頭の人である事を踏まえると、ミシェル・ルブラン某作のトゥッサン警部以上です。
上記の件、 “逆パターン” の某登場人物との対称をなしている(こちらの方は(以下略))のかも知れません。 だとしたら、表向き以上に、ニクい登場人物表なのだと言えましょう。

No.3 5点 レッドキング
(2025/01/26 10:11登録)
前回、パトリシア・ハイスミスの「プロテスタント vs カトリック」テーマに濃厚に覆われた作品の事を書いたんで、これも。元々、ジョン・ディクスン・カーに、このテーマに拘った「歴史」ミステリがあるが、カーの場合は両勢力の政治的対立・・主に英国の・・における、カトリック贔屓の表現だった。「生者たちのゲーム」では、倫理的テーマが深層を成してたが、この作品は、もっぱら、社会的構造テーマの物語。カトリック・・「美」と「儀式」と「共同体」の宗教・・に対する、プロテスタント・・「倫理」と「実存」と「権威」の信仰・・の側からの(クリスチアナ・ブランド、一応、プロテスタントの人だよなあ)クェッション(= 謎 =Why)。そりゃ、ミステリにならざるを得んよなぁ、ヒトゴトだけど。

No.2 3点 nukkam
(2021/04/14 19:10登録)
(ネタバレなしです) コックリル警部シリーズ第6作の「はなれわざ」(1955年)は地中海に浮かぶ架空の島国サン・ホアン・エル・ピラータを舞台にしていましたが本格派推理小説としての謎を全面に押し出していて島社会の描写はほとんど目立ってませんでした。しかし1957年発表の続編的な本書(但しコックリル警部は登場しません)はサン・ホアンの社会問題を巡って様々な思惑が交差します。とはいえハヤカワポケットブック版は半世紀以上も前の古い翻訳だし、そもそも架空の国ですから読者は何の予備知識もないし、肝心の社会問題が宗教問題なのでとっつきにくく、何よりもミステリーらしくないプロット展開なのが私には苦痛でした。ようやく第8章で大公が大司教につきつけたとんでもない難題と徐々に準備される陰謀計画で少しずつ盛り上がり、最後の宗教劇的な締め括りも印象的ではありますがもやもやした謎ともやもやした推理の謎解きですっきり感がありません(そもそも私は十分に理解できませんでした)。雪さんのように真価を見出せる読者がうらやましいです。

No.1 8点
(2019/06/14 07:01登録)
 トスカーナの海岸から約二十キロ、コルシカ島の最北端とほぼ緯度を同じくしてグリーリア海上に浮かぶ島、サン・ホアン・エル・ピラータ。"ケントの鬼"コックリル警部の妹カズン・ハットことハリエットは、養い子の従妹ウィンゾム・フォレイと共に、スペインの海賊王ホアンが建国したこの独立国を訪れていた。
 ウィンゾムは島で出会った修道院長イノチェンタに感化され、ペルリティ修道院の創設者、聖女ホアニータの伝記翻訳に携わることとなる。ホアニータの日記を渡された彼女は自身を聖者に重ね、独身生活で培った熱意をもっぱら執筆に費やしていた。
 だが彼女の情熱は壁に突き当たる。公国の支配者である世襲大公ロレンゾが、大公家の血族でもあるホアニータの聖列加入に乗り気でないのだ。ローマに申請し正式な聖人として認められれば、観光産業に依存するこの島全体が潤うというのに。大司教をはじめとする島の住民全員が、それを切望しているというのに。
 無政府主義者の錺(かざ)り職兼宝石商トマーソ・ディ・ゴヤはその気運を利用し、大司教や警察署長、ウィンゾムをも巻き込み大公暗殺計画を推し進めようとする。果たしてカズン・ハットはトマーソの計画を阻止できるのか? そして、公国建設にまつわる大いなる謎とは?
 架空国家サン・ホアン・エル・ピラータを舞台とする「はなれわざ」の姉妹編。前作にひきつづき、クリストフ衣装店のデザイナー・セシル氏も登場します。1957年発表。
 「なぜホアン・ロレンゾ大公は、ホアニータを聖者にしようとしないのか?」という大きな謎はありますが、おおかたの流れはハーレクインロマンス風。大公殿下の不興を買った大主教が中盤、観光客の見守る前で条件付き死刑宣告を受けるというハプニングはあるものの、ストーリーはもっぱら惚れた晴れたでちんたら進行します。
 凝った文章ながらも大丈夫かなこれと思って読んでたらラスト50P、大公の口からカズン・ハットに、公国の大秘密が明かされてからは怒涛の展開。いや、こりゃ申請なんて出来ないよね。ごもっともです。その後の式典での暗殺計画も作者の剛腕が炸裂し、読者の予想を遥かに超える形で決着。ハッピーハッピーの大人の童話で納まる様は、とんでもねえなの一言。
 エンジンの掛りが遅いのが難ですが、「はなれわざ」に勝るとも劣らぬ傑作。「よくぞ訳してくれた」との、北村薫氏の感慨もむべなるかな。ミステリとしてはあまり語られませんが「ジェゼベルの死」以下四大名作に次ぐクラスで、「疑惑の霧」にも迫るのではないかな。

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