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ミステリの祭典

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ハートの刺青
87分署

作家 エド・マクベイン
出版日1960年01月
平均点6.00点
書評数3人

No.3 6点 斎藤警部
(2025/10/18 14:08登録)
“その刺青は、明らかに間違いだった。”

小銭稼ぎの街角詐欺事件が連発。 一方では女性の水死体が二体、相次いで見つかる。 死体の共通点は ’手’ に遺された特徴ある刺青。
エドらしい(微妙にムズムズさせる)良い演説で始まる長篇。 ちょっと甘く、あっと言う間に終わってしまうが、読み応えはある。 演説は随所に放り込まれ、物語に加速と落ち着きとを同時にもたらす。 ある場面では、地の文でなく重要な登場人物が自ら演説をぶち、一つのハイライトを形成している。

「立派な先生がいなくなるな。 世間から、立派な先生が姿を消すってわけだ」
「そういう見方はいけないね。 おれは州刑務所に立派な先生が来る、と考えたいね」

刺青師1のチャーリー・チャンことチャーリー・チェンがとても良い(刺青師2もいるのがちょっとしたミソ)。 【→→ 厳しく見ればストーリーのネタバレとなるが →→】 最後まで良い奴で被害も受けず(これがもしディーヴァーだったら・・)、要となる役割、象徴的な役回りをしっかり果たしてくれて本当に良かった。 彼がある人物に向け放った、ちょっと失礼ながら温かい台詞が、また別の人物が置かれた状況の真逆に近い所を意味しているのは面白く、構築美の支えにもなった。

「愛はアメリカの最大の産業ですよ。 ほんとうですよ」 彼はにっこりした。 「ぼくはその株主ですよ」

心の病を連想させる、物語上の装飾にしか見えない、ほとんど無意味な或るこだわりを、やむなく棄てた途端に、逃げ場を失った犯人。
折角の◯◯なのに、◯◯と◯◯◯◯◯◯が出来ない、哀れな犯人。
長い目で見れば割に合わない悪事を繰り返してしまう、ばかな犯人。
↑ おっと、叙述トリック入った?

ミュートならではの工夫と、ミュートならではのピンチ。 このへんのサスペンス高値安定なロングシークエンスは発汗を促す。
警察小説らしく、怠惰なバカ刑事のバカ行動がバカサスペンス、ではなく本物のサスペンスを焚き付けるくだり、ベタだが安心安定のハラハラドキドキである。

最後に、ちょっとした叙述トリック(ですよね? 私はそう思いました)が明かされて終わるとはね!

tider-tigerさん
> 楽しい店舗が盛り沢山の雑居ビルって感じ
同感です。 だったらもう一つ二つ事件を並行させちゃいなよユー、なんて思っちゃいますが
> それでもそこそこ楽しく読めてしまえるのがこのシリーズのすごいところ
だし、ここで止めておくのも良いのでしょう。

クリスティ再読さん
> なぜかポケミスの登場人物一覧がテディ・キャレラを落としている
私の読んだハヤカワ文庫旧版(‘76年)でも落とされてます。 本作ではクライマックスのサスペンス醸造主であり、ほとんど準主役なのに、おかしいですね!

ところで旧文庫表紙の女性は、消去法で行くと・・

「フェニックスには、たくさん小鳥がいますわ」  ← この台詞のために、ある登場人物の地元をフェニックスにしたんだろうなあ・・ 良い洒落だと思います。

No.2 6点 クリスティ再読
(2024/12/23 11:29登録)
87の四作目。三作目「麻薬密売人」のラストで瀕死の重傷を負ったキャレラが、見事復帰。シリーズはめでたく継続。というわけで、真の意味でのシリーズ開始作、と言ってもいいのかもしれない。
2〜4作は原題でいうと"The Mugger","The Pusher","The Con Man" と、「強盗」「売人」「詐欺師」と犯罪者の類型が作品タイトルになっている。そういう狙いがあったんだろうね。
というわけで本作だと「ハートの刺青」をした女の死体が川から続いてみつかる話と、ケチな詐欺師の話がカットバック。女殺しも結婚詐欺の凶悪なタイプのわけで、「人生すべて詐欺の連続」という「大テーマ」によるまとまりを狙っている。まあけど、これって「気の利いた人生の教訓」というもので、説教くさいな(苦笑)2つの事件が関連が薄い、というご批判もありがちだが、ここらへん初期の試行錯誤のうちだろう。本作だとハヴィランド刑事の油断がテディのピンチにつながるわけで、「暴力刑事」として不人気なハヴィランドは次の「被害者の顔」でお役御免。ここらへんも初期の試行錯誤が露わなあたりだろう。

とはいえ、テディ大活躍の本編、テディのファンにはうれしいよね。あとクリングくんも刑事としてサマになってきて、クレアとの恋も進展。事件も結婚詐欺で冴えないオールドミスの恋が背景。そんなラブラブな話が人気の理由じゃない?
(でも、なぜかポケミスの登場人物一覧がテディ・キャレラを落としている。失礼ではw)

No.1 6点 tider-tiger
(2015/10/23 06:39登録)
ハーブ河で若い女の水死体が上がった。死体の指には『MAC』という文字入りのハートの刺青が彫られていた。被害者の身元を洗いつつ、キャレラ刑事は犯人を追う。

原題はThe con man(詐欺師)。邦題の方が目を魅くのですが、原題の方が内容を端的に示している。邦題のハートの刺青が作中で謎の一つとなっているのですが、その秘密があまりにもしょぼい。「それだけのことかよ」と脱力してしまいました。
シリアスなものとややユーモラスなもの、二つの事件が並行して進んで行きます。本筋の殺人事件はスティーヴ・キャレラ刑事、詐欺事件は本シリーズ初登場にして黒人のアーサー・ブラウン刑事が担当します。二つの事件は絡み合うことはありません。マクベインの作品では複数の事件が同時進行することが多いのですが、それらが一つに収斂していくような快感はなく、完成度が高いとは言い難い。楽しい店舗が盛り沢山の雑居ビルって感じですね。

この作品はファンの間で評価が高いようですが、実は私はあまり好きではありません。
終盤の緊迫感がどうにも作為的に感じられ、とあるキャラの無茶な行動もちょっと頂けない。
ラストも映像としては美しいのですが、文化の違いというか、日本人男性のほとんどは少し引いてしまうのでは。
まさか、スワロウテイルバタフライ(映画)ってこの作品から着想を得た?
それから、本作の主人公であるキャレラ刑事。どうにも弱みがなさ過ぎて。すごくいい奴なんですよ。でも小説の登場人物としては面白くない。私は他のキャラにスポットが当てられている作品の方が当たりだと感じることが多いのです。作者もキャレラがシリーズの主人公とみなされることに抵抗を示しており、何度かキャレラを本当に殺そうとしたとまで言っておりました。確かにキャレラはいくつかの作品で死にそうな目に遭っています。
刑事ドラマにするにはうってつけの内容かもしれませんが、個人的には87分署シリーズの鼻につく部分が凝縮されている作品でした。
それでもそこそこ楽しく読めてしまえるのがこのシリーズのすごいところなんですが。

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