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ミステリの祭典

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平均点:6.39点 書評数:1431件

プロフィール| 書評

No.1431 7点 気ちがいピエロ
ジョゼ・ジョバンニ
(2025/07/02 16:48登録)
本書の裏表紙でも訳者の岡村孝一の解説でも、ゴダールの映画にうまくひっかけて「ゴダールの同題の映画の原型となった奔放なギャングの破滅までを元ギャングの作者が生き生きと描く!」と書いていたりする。ウソを書いているわけではないが、そりゃゴダールの映画の原作だと誤解するよ(苦笑)なかなか早川書房も商売が上手である。というか、本当は「ル・ジタン」の原作という方が近い。

「気ちがいピエロ(pierrot le fou)」というのは、そもそもこの本の主人公である、実在のギャング、ピエール・ルートレル(Pierre Loutrel)の異名である。とはいえサーカスのピエロとは無関係で、そもそもピエールという名前の愛称の一つがピエロだったりするわけだ。このルートレルはフランスでは、ディリンジャ―みたいにちょいとしたサブカルヒーローになっていてマンガまであったそうだ。
本書はこのキャラクターを使ってジョゼ・ジョバンニが書いたフレンチ・ノワールのわけで、いや読んでいて面白い。ほぼ一気読み。評者はフランス産ギャング映画は好物だけど、ジョバンニは初読。趣味にはストライク。シモナンやブルトンは訳書が少ないから、一番訳書が多いジョバンニはちょっとやってもいいなあ。

本書はこの「気ちがいピエロ」の家族的な一味、貫目のあるボスのピエール、美男のサブリーダーのリトン、過激な若者のジプシーのジャック、地元情報担当のマルセルの4人組による、現金輸送を狙った強盗事件と、逃亡潜伏とそれに付随するいくつかの抗争事件から一味の壊滅に至るまでを描く。それぞれのキャラはキッチリ立っていて、会話も生き生きしてリアル。さらに話の半分ほどは流行りのバーを経営する堅実派のギャング(金庫破りのエキスパート)であるヤンの身に降りかかった妻の事故死と逃亡生活の話が交差する。ピエロ一味とヤンとどう交差するのか?というのがプロットの大きな興味。
ピエロ一味、ヤンを巡る人々に加えて、ジョバンニのシリーズキャラクターでもある捜査側のブロット警部たちを交えて話が進行する。

訳者は岡村孝一だから、もうそれこそ岡村節は絶好調。下世話で伝法な語り口が心地よい。国定忠治とかそういうものか....というと、いや何かホントに最後なんて水滸伝。


No.1430 6点 気狂いピエロ
ライオネル・ホワイト
(2025/07/01 15:40登録)
ゴダールの「気狂いピエロ」の原作....ということにはなっているんだけどもね。
評者の若い頃は「ストーリーなんて映画を作るための口実に過ぎない」とウソぶくのが映画青年の定番だった。本作だって原作というよりも、おおまかに人間関係と流れを規定するためにとりあえず設定された「筋書き」というくらいのものだ。映画が求めるのはストーリーではなく、映画それ自身の「映画的肉体」と呼ぶべきものだ...評者たちはそんな風に信じてきたわけである。

まあだからゴダールの「ピエロ」で、真の原作と呼ぶべきものは、ゴダール自身の「勝手にしやがれ」なのだし「勝手にしやがれ」のカラー版リメイクと見るのが適切なのだ。マンガの中から飛び出てきたようなカラフルで行き当たりばったりの男女の逃避行であり、ホントかウソか分からないような気まぐれな韜晦と引用の数々。あたかも「原作」は俳優たちが嘘くさく引用する身振りそのものに還元されているようなものである。

そうは言っても本サイトじゃ原作について述べなきゃね。ストレートな悪女クライム物である。中産階級の生活にうんざりした男が、犯罪と冒険の世界に嬉々として巻き込まれ、望んだのかのように破滅する話。主観描写も多いから、ハードボイルドかというとそこまでドライな話でなくて、原題「Obsession(妄執)」そのままに、主人公の悪縁とでもいうべき女に訳も分からずに引きずり回される話。だから愛だの恋だのではなく、セックスだけで結びついていて、「なぜそこまで?」と疑うほどに不条理に主人公が翻弄される。ここらへんクールと言えばそうか。

だから原作にはホワイトらしい銀行強盗はあっても、海岸で顔を青く塗ってダイナマイトで自爆もしない。
すれ違いのまま「永遠」だけは見つからない。そんなもんさ。
(でもさ、山田宏一の解説で「気狂いピエロ」と呼ばれた実在のギャング、ピエール・ルートレルの話が紹介されていて、ジョゼ・ジョバンニの「気ちがいピエロ」はこの男がモデルだそうだ。評者もこれがゴダールの原作だと誤解していた。比較してみるしかないね)


No.1429 6点 不思議な国の殺人
フレドリック・ブラウン
(2025/06/30 22:12登録)
ユーモア、という感覚でもないか。
要するにブラウンの短編作品の延長線上にあって、短編の豪華版みたいな長編だと思う。スモールタウンの週刊新聞発行人(兼編集者)が一晩に遭遇する怪事件の数々、という話。スモールタウンということでロクなネタがなくて、新聞を発行する甲斐もないと嘆くわけだが、前半ではこれでもか!と単発的に事件が起き続け、しかもそれがどれも翌日発行の新聞には載せることができないという悲運wに逢う。夜半からはとんでもない濡れ衣が主人公にかかってしまい、一転追われる立場になり....でも翌朝にはすべて解決。主人公もネタ満載の新聞が発行できてめでたしめでたし、な話。ブラウンらしい楽天主義である。

ホント目まぐるしく事件が起きていく。ジェットコースター的スリラーである。各章の先頭にルイス・キャロルからの引用文があり、夢幻的な雰囲気を作るが...雰囲気作り以上というものでもないか。主人公を幽霊屋敷に誘き出すためのネタではあるのだが。

最優秀助演賞はバーのマスターのスマイリー。なかなかハードボイルドなマスターで渋い。意外なくらいに荒事での活躍を見せるし、主人公をサポートしてくれる!あとウィスキーを遠くから投げ込むように飲むルイス・キャロルのマニアのエフィーディ・スミス。あれ本作女性キャラが端役二人だけでほぼ登場しない!
タイトルからして "night of the jabberwock" だから、「ジャバウォックの殺人」とかそういうのを期待してしまったけどね。細かい辻褄とかそういうことはあまり気にせずに、ひと夜の夢幻劇みたいに読むのが吉かな。


No.1428 8点 通り魔
フレドリック・ブラウン
(2025/06/30 13:27登録)
Wikipedia の執筆者が妙に本作を推しているので、読んでみたよ。
...いやブラウン舐めてた。すまぬ。

もちろん短編の名手だとは重々承知しているのだけど、ミステリ長編は仕掛け先行で解決は竜頭蛇尾、小洒落てはいても小説としての本来の趣きには欠ける...というイメージを持っていた。が本作はそんな先入観を十分覆す力量のある名作。知名度が低いのが本当にもったいない。

アル中気味のシカゴの新聞記者スイーニーは、ブロンド女性だけを狙って刃物で腹部を斬る「通り魔」事件の直後に遭遇する。しかし通り魔を猛犬が阻んだため今回の被害者ヨランダは軽傷で助かった。スイーニーはヨランダに一目惚れをし、ヨランダを手に入れようとアル中から立ち直り「通り魔」の追求に乗り出す。最初の事件の際の小道具として登場した「悲鳴をあげるミミ」と題された彫像が暗示するものとは?

で原題は「悲鳴をあげるミミ」でこの彫像がなかなかサイコホラーな役割を果たす。ブルブル、である。スイーニーが遭遇した「通り魔」直後の現場では、倒れている白衣の女とその背後で唸る猛犬、女は意識を取り戻して立ち上がるがその腹部にはべったりの血が...その時猛犬は伸び上がり、女の背ファスナーを一気に引き下ろして....という印象的な場面あり。ヨランダは事実上ストリップというべきショーのダンサーで、猛犬はまさにショーの相棒。お色気サービスと言わば言え、この場面のイマジネーションが素晴らしい。

比較的キャラ造形の印象が薄めのブラウンだが、本作はなかなか印象に残る人物も多い。ヨランダのマネージャーで、スイーニーは第一の容疑者として念頭におきつつも「共闘」みたいになるドク・グリーン、ミミの作者の変人彫刻家、なかなかのナイスガイであるブライン警部など、キャラもよく描けている。

そして...結末はある程度読者の予想を引っ張りながら、絶妙のひっくり返しがある。「こう、ちゃう?」と思い込みで読んでいくと、まさに引っかかるタイプのもの。純ミステリとして上出来。ガチ真っ向勝負のサイコスリラー。

ブラウンって力量のある作家だよ。マジで。
(けどシカゴの酔っ払いというとマローン弁護士なんだよなあ。そんなにシカゴはアル中が多いのかww。真夏のシカゴで公園で野宿するルンペン親父とスイーニーは昵懇で、このオヤジが見事にオチを締めてくれる。ここらへんは短編作家ブラウンの安定の切れ味)


No.1427 8点 大尉のいのしし狩り
デイヴィッド・イーリイ
(2025/06/28 13:24登録)
イーリイというと、70年代くらいの翻訳ミステリ雑誌によく掲載されていた記憶がある。だから評者も、翻訳冊数は少ないけどもコンプしてやろうと思ったんだ。異色作家は好物だからねえ。

でこの本は、70年代あたりに紹介された作品を中心に、日本での独自編集で編んだ晶文社のアンソロ。「ヨットクラブ(タイムアウト)」の好評を受けた第二弾で15本収録。「昔に帰れ(コミューン始末記)」とか「別荘の灯」といったMWA賞候補作も含んでいる。とはいえ、狭義のミステリ色は強くなく、アイロニーの効いた奇談やホラーが主体。まあこういうカラーって、70年代の翻訳ミステリ雑誌らしいものなのだけどもね。だから評者とかとっても懐かしい...というのが狙いかな。

内容は極めて高水準。ストーリーテリングの妙を存分に味わうことができる。結末を暗示的に終わらせるのがイーリイの好みのようだ。軍隊での復讐譚である表題作は、復讐の主体となるテネシーの木こりたちの郷党的一体感をしっかり描くというかたちで特異性がある。「裁きの庭」はやや例外的にオーソドックスな絵画を巡るホラーだが、完成度は高い。失踪したグルメをグルメ仲間が追いかけが「十人のインディアン」みたいにどんどんと脱落していく「グルメ・ハント」も面白いが、外出するたびにどこかの灯がつきっぱなしになるという怪異を描いた「別荘の灯」はそれとないサイコホラーで、原因はその妻にあるようだし、やはり主婦を主人公とした「いつもお家に」なら、<いつもお家に>という防犯設備を巡って心理的に主婦が追い込まれていく心理ホラー。

といった具合に怪異の有無はともかく、心理的に追い詰められていく恐怖感がイーリイの持ち味で、長編の「蒸発」もそういう怖さが主体だからね。若干それを純化した心理小説にしたら「走る男」「歩を数える」といった妄想話になってくるし、ヒッピーコミューンが想定外に押し寄せた観光客によって崩壊していく「昔に帰れ」の閉塞感もそのようなベースからのものだろう。

だからこそ「登る男」の結末は好き。有史以来の巨木メタセコイアにTVのショーとしてそれに登る「リス男」の解放の話。大好き。

きわめて濃度の高い短編集。


No.1426 7点 ピーター卿の事件簿
ドロシー・L・セイヤーズ
(2025/06/27 16:22登録)
評者はとっても面白かったが、皆さまの評価はイマイチなのが興味深い。

何がいい、といって、要するにホームズ探偵譚にあったような、推理と冒険のバランスがとってもいいんだね。「本格」という言葉で冒険の要素を無視しがちな傾向が散見されるのだけど、ウィムジー卿にそういうヒーロー的要素がしっかりとあって、一見怪異と見える事件にアクティヴに関わって、(疑似)合理的な解決をもたらす。これは物語としての王道だと思うんだ。

まあその解決が「科学めかしたもの」に今となってはなってしまうあたりに弱点があるのだが、伝奇的といっていいようなロマンの味わいがあるのが、なんとも捨てがたい。「無駄話」と言わばいえ、小説としてしっかりと膨らませてあるあたりに重厚な満足感がある。

まあ医学的に突っ込むとかすると、無粋にはなるかな。しかし内臓逆位・可逆な痴呆化の病気・胃袋の奇妙な機能・メッキ技術などなどの悪どくもキャッチーな猟奇のネタが、ヒーロー性をしっかりと備えた「冒険者」であるウィムジー卿によって解明されていく。上出来なヒーロー小説と読むべきだろう。

しかもユーモアもしっかり。最後の中編「不和の種」ならワトスン役はおとなしい牝馬ポリー・フリンダース!トータルで見れば、素敵なお話だと思うよ。

(キュビスト詩人って気になったから調べたら、アポリネールがやっているような図形詩のことなんだな。セイヤーズの興味範囲が窺われて面白い)


No.1425 5点 クイーン犯罪実験室
エラリイ・クイーン
(2025/06/25 15:28登録)
リー存命中に出たエラリー・クイーン最後の正規の短編集。1955年から1966年までアゴーシーやらキャバリエやら男性誌に掲載されたあと、EQMMに再掲載、短編集にまとまった作品集。リーが長編に関わっていない時期の作品もあるから、「推理の芸術」ではリーが短編にも関わっていない可能性を示唆している。

内容的には長めで独立した内容の「菊花殺人事件」と「エイブラハム・リンカンの鍵」の間に、「推論における現代的問題」として4作、「新クイーン検察局」としてショートショート8作、「パズル・クラブ」としてショートショート2作が挟まっている。ミステリとしてはダイイングメッセージなどの暗号謎解き系が多いが、ライツヴィル物が「菊花」と「結婚式の前夜」と2作あって、ライツヴィルの若手外科医コンク・ファーナムが共通して登場する。やはりライツヴィル物はキャラ造形もちゃんとしたものになりやすい。「現代的問題」シリーズは教育・交通問題・住宅難・高利貸などの社会問題がテーマになっていて、新冒険のスポーツシリーズみたいな印象。でも新冒険には遠く及ばないな。

好きなのは「駐車難」「国会図書館の秘密」かな。「菊花」の多段オチみたいな構成は少し面白いが。あと「パズル・クラブ」は今になって読めばアシモフの「黒後家蜘蛛の会」のオリジナルみたいなものかも。クイーンの初出は1966年で、アシモフは1971年だから、アシモフが参考にしたのではないのだろうか。「パズル・クラブ」の後続作は「間違いの悲劇」に収録されている。

一応これで真作の長編と短編集がコンプになるから、クイーンは打ち止めかな。ラジオドラマや外典までコンプするほどのこだわりはない。


No.1424 6点 砂男/クレスペル顧問官
E・T・A・ホフマン
(2025/06/24 11:33登録)
光文社古典新訳文庫から。
要するにこの本は、オッフェンバックの「ホフマン物語」の原作をオペラの順に翻訳したもの。ホフマンでもロマン派幻想ホラー小説の有名作をまとめたことになる。「砂男」は人造人間コッペリアの話だし、「クレスペル顧問官」は名歌手でも歌うことで命を削る女性の話、「大晦日の夜の冒険」はシャミッソーの「影をなくした男」にインスパイアされてホフマンが書いた「鏡像を魔女に差し出した男」の話。

ロマン派らしい芸術愛好もテーマだが、「砂男」は別格だね。「砂男」はよく見ると、前半の「眠らない子供の眼をくりぬく夢魔」としての砂男の話と、後半の人造人間に恋する男の話が、今一つ噛み合わないようにもみえるのだ。だからオッフェンバックのオペラではコッペリア(オランピア)の話で後半に取材するし、あるいは「砂男」と題すると前半の砂男を巡るホラーになる。しかし、この両者の分裂は、主人公を愛するクララが忠告するように、「自分の中に潜む暗黒」を外部に投影した「悪」であるという共通性を持っているわけだ。「インスマスの影」もそうだが、優れたホラーには破綻があるが、まさにその破綻によってより深い真実を示すという、興味深い側面があると思っているよ。

であと乱歩の「押絵と旅する男」って実は「砂男」にインスパイアされたんだな。改めて読み直すとそれがよくわかる。「目羅博士」の義眼趣味もそうかもね。
(あと Paul Berry の "The Sandman" という作品があって、これは前半「砂男」がモチーフのホラー人形アニメ。なかなか怖い。「人形アニメ」というのがコッペリアの話と重なって面白いなあ)


No.1423 6点 子犬を連れた男
ジョルジュ・シムノン
(2025/06/21 22:19登録)
タイトルからチェホフの「子犬を連れた奥さん」を連想するけども...確かに不倫があったりストーカーまがいのことしたりとかの共通点はあるんだけど、強い関係はないかな。シムノンは修業時代にロシア文学をよく読んでいた話があるから、ある程度踏まえる意識はあったんだろうか。

まあ確かに日記書いて自身の思考を自己分析したりする構成自体がロシア文学っぽいところもあるかな。主人公は刑務所から出所してパリの街角の古本屋に雇われた初老の男。最初は金魚を飼ったが野犬収容所からプードル系雑種のビブを飼うようになった。刑余者で余命いくばく?の身の上もあって、世間との交流をほぼ断っている孤独な生活だが、その寂しさを紛らわす...というのも違う気もする。とはいえこの犬のビブがこの小説の副主人公みたいなもので、印象的。さらに言えば、刑余者と知りつつ主人公を雇う古本屋の女主人アンヌレ夫人が好キャラ。老齢で体が動かなくなっているために主人公を雇ったのだが、どうやら街娼から娼館を営むまでに成功した過去があるようだ。そんな女性なので人物洞察に長けている。自殺衝動を持て余す危うい主人公の身を案じつつも、主人公の日記を通じて過去の事件が徐々に明らかにされていく...主人公にとって「真の動機」は何だったのだろうか?

こんな小説だから、ホワイダニットと言えばまあそうか。ペットというのは、アニメだったら主人公の秘めた感情を描写するための暗喩的なツールのわけだし、感情の産婆的な役割を果たす老女というのも、「探偵」の一種と見るべきかもしれないね。

というわけで、ミステリとは言い難いが、ミステリ的な雰囲気だけはちゃんとある。ニアミスでいいと思うし、評者は好き。結末は...シムノン、甘くないんだよね。


No.1422 6点 スローターハウス5
カート・ヴォネガット
(2025/06/21 09:01登録)
11セント綿 40セント肉
余震はまだ続く
こころが崩れるまでは

揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる

しんがりはお前だ
時が経つまで待て
行き着く先には
スローターハウス

ガールズバンドの草分けの一つのZELDAの名曲「スローターハウス」の元ネタだ。この頃のNW/PUNKって「アタマとセンスが抜群にイイ連中が、バカなフリしてやってる音楽」なんて思ってたくらい。ZELDAならバンド名からしてスコット・フィッツジェラルドの奥さんの名前からだし、歌詞に小栗虫太郎や山田正紀からの引用があったりと、「文学少女バンド」の代名詞みたいなものだったな。

この歌は主人公の(強制的)時間旅行者の結婚記念日パーティの余興で唄われた歌。結構歌詞を追加していて、引用したのは追加部分が主体になる。元ネタの方が貧乏を嘆くようなカラーが強いが、ZELDAの方は実存的不安っぽい(苦笑)

いやだからさ、本作の時間旅行って主人公が遭遇したトラウマティックな体験(ドイツ軍に捕虜となりドレスデン空襲に遭遇・戦争の後遺症で精神病院に入院・飛行機事故に遭い自分だけ生き残り、病院に駆けつけて来た妻が別な事故で死ぬ)が、本人の意識の中で脈絡もなくカットバックされていくようなもの。その原因としてUFOに誘拐されて彼らの母星の動物園で飼育されたアブダクション体験があるのかも?という設定。

このアブダクション体験が「SF」としての枠組みを提供しているだけで、事実上PTSDによる辛いフラッシュバック体験を「小説」として提供しているようにも感じる。作者の本人の実体験にも大きく取材しているようだ。大量死を背景に「生きることの意味」が、絶え間ないカットバックによって希薄化され、諦念にによってそれを受け入れる「実存」を描いているとするのならば、ZELDAの歌詞というのもなかなか原作の精神を衝いているようにも感じるのだ。

(印象的なのは人の死に触れる際に、決まり文句のように「そういうものだ(So it goes)」と述べられること。そういうものなのだよ)


No.1421 6点 彼の名は死
フレドリック・ブラウン
(2025/06/18 12:52登録)
殺人者側から事件経過を描いていく、倒叙というかクライムなんだけども、ちょっとした仕掛けが作品のイノチになっている技巧派作品。毛色が違った意味でのアイデア・ストーリー。
各章の冒頭で「彼(彼女・私)の名は○○」とこの章の視点人物が名乗る。本当のキャラの場合もあれば、犯人などが身元を偽る目的で名乗る偽名もあるけどもね。とある事情で殺人を選択した印刷工場主の行動を追いつつ、偶然の悪戯で殺さなくてはならないターゲットが次から次へと登場していくサスペンス。もちろんこの仕掛けの中には、自分が狙われているとは夢にも思わない被害者側もカバーされていて、視点の切り替えによって呑気な被害者側と、対照的に神経質な犯人の心の動きが描かれていく。思わず「考えすぎだろ!」とツッコミたくはなるが(苦笑)
まあ、犯人はかつて妻を殺してバレなかった前歴があり、いわゆる「殺人は癖になる」そのまま。章の切り替えで適度に経過をすっ飛ばすとか、ブラウンの編集感覚とでもいうべきセンスが楽しめる。
狙いは面白いとは思う。着地は大体想定内くらいかな。「狙い以上の面白さ」とまではいかないか。
(ちなみにブラウンの代名詞みたいな小道具である、ライノタイプが本作も登場。キーボードを打つことで、そのまま鉛を鋳造して印刷用の印版を一貫して自動で作成してしまう優秀な機械)


No.1420 6点 続・13の密室
アンソロジー(国内編集者)
(2025/06/17 14:38登録)
渡辺剣次編「13」シリーズって、70年代を代表する名アンソロだ。まあだからこそ正編「13の密室」だと、大正義「密室ミステリ」が連発されることで、アンソロとしては面白くない。なので、「続」の方がしたいんだ(ニヤリ)ラインナップは次の通り。

乱歩「何者」、大阪圭吉「坑鬼」、杉山平一「赤いネクタイ」、双葉十三郎「密室の魔術師」、渡辺啓助「密室のヴィナス」、山村正夫「二重密室の謎」、高木彬光「妖婦の宿」、土屋隆夫「「罪深き死」の構図」、楠田匡介「妖女の足音」、多岐川恭「みかん山」、天城一「明日のための犯罪」、斎藤栄「水色の密室」、佐野洋「大密室」

面白いセレクションである。山村・土屋・多岐川は処女作で、マニアが「自分でも!」という意気込みで書いたことが窺われる稚気とか気負いみたいなものが面白いし、杉山・双葉は映画評論家としては著名でも「え?小説書いてたの?」となるレア作品。さらにいえば高木のものも元々探偵作家クラブの新年会の余興の犯人当てゲームの出題作。プロもアマもこぞって集うお祭りのような企画本という側面がある。これが正編とは全然違うカラーとなっている。

さらにいえば、乱歩・楠田・佐野の作品だと、密室殺人というよりも、考えオチの「考えようによっては密室」という感覚のものである。

まあ「密室殺人」というものは、小説としての扱いが難しい物なのである。アマチュアの蛮勇や勢いで書いてしまうことはできるが、プロ作家となればなるほど、お約束に満足しないのならば「どう扱うといいのか?」に悩むことにもなるのだろう。そういう意味では、環境設定自体が密室でありその密室の崩壊をドラマの頂点として表現した大阪圭吉「坑鬼」が「密室短編ミステリ」のあらゆる意味で頂点なのだろう。

(評者的にナイスな作品は...「みかん山」かなあ。土屋隆夫のは密室以上に画家の生理を扱ったあたりが興味深い。天城は一種のバカミスっぽさがいいなあ。「妖婦の宿」はヤリ過ぎ感がお祭り。
評者その昔、杉山平一先生とはご一緒したことがあったよ。関西の詩と映画評論の最長老、気さくでダンディなお爺さんだった...三好達治・堀辰雄の「四季」派同人だもんなあ)


No.1419 8点 日本探偵小説全集3 大下宇陀児 角田喜久雄集
大下宇陀児、角田喜久雄
(2025/06/15 12:29登録)
2作家合本で、長編はそれぞれ別途書評。でも短編が10本収録していて、名作も目白押し....だったらやや異例ですが、こんな感じで「本」として論評することにしましょう。もちろん長編作「虚像」「高木家の惨劇」は両方とも大好きな作品。
でも「情獄」「凧」「悪女」「悪党元一」(大下)、「発狂」「死体昇天」「怪奇を抱く壁」「沼垂の女」「悪魔のような女」「笛を吹けば人が死ぬ」(角田)という短編の豪華ラインナップも長編に劣らない。

で、大下角田両者とも、いわゆる「本格」の興味からはちょっとズレたところでの面白さというのが、とくに角田の短編からも感じられることになる。大下ならば悪を行う人間の心の奥底の「善性」みたいなものの面白さが通底しているが、逆に角田ならば直接には悪を行わない人間の、心に潜む「悪性」が噴出するあたりの興味が、実は処女作「発狂」から戦後のクラブ賞「笛を吹けば」に至るまで、しっかりとこれも一貫している。まさに合わせ鏡のような面白さというべきである。そうしてみれば「復讐マシーン」として自らを律する男の話として「凧」と「発狂」は好対照でもある。さらに言えば不可抗力的な事故に見せかけて、親友の妻を奪う話の「情獄」「死体昇天」も逆転したかたちで好対照になる。こっちは発表も1年しか違わないようなので、大下が角田から刺激を受けたと見ることもできるのではなかろうか。
まさに解説で日影丈吉が戦前では本格物よりも「変格物に優れた作品が多かった」状況を、

そのかわりに雑誌<新青年>を拠点として、探偵小説という包容力の大きな名のもとに、新しい形式の読物が出現した。探偵小説の変格ではなくて、起源を考えれば、もっと古いところにあるかも知れない、新しい形の小説が花をひらいた。

と総括するのは実に正しいことだと思う。新青年が作り出した昭和初期のエンタメ・ワールドは、海外のどこにもない空前のオリジナルな世界だったと評者は思っている。

そして戦後ともなると大下は「悪党元一」が飄げた市井の悪人、というか今見ればADHDっぽい無責任さで世の中のを渡っていく男の善と悪の話として、善悪が裏表の関係にある人間の真実を告げているのに対して、角田は「悪魔のような女」「笛を吹けば人が死ぬ」の2作で、刑法的な罪にはならない「操り」を行う人間の心の地獄を描いてみせる。角田の2作の到達点なら、クイーンの「操り」の大部分は浅薄なアイデアに過ぎないレベルになってしまう。いやそのくらいに角田の2作が描いた「悪」の世界の深みは、それが「発狂」以来の総決算というべきものだろう。

そうしてみれば「探偵小説」とは日本人が「悪」の問題を正面から扱おうとした、まさに「文学」だったのかもしれない。


No.1418 5点 ゴメスの名はゴメス
結城昌治
(2025/06/14 14:04登録)
和製スパイ小説の草分けとして重要な作品。名手結城昌治、というわけなんだけどもねえ。

昔読んだ時もあまり気にいってはいなかったけど、今回読み直してやはりそれほどには興趣をそそられなかったな。いや読みやすいし、キャラ造形など陰影感たっぷりではあるんだ。もちろん、スパイ小説不毛の日本で、「サイゴンの駐在員がベトナム戦争前夜のスパイの暗闘に巻き込まれる」設定を通じて、日本人に可能なリアル・スパイを追求した作品ということで、日本ミステリ史上での重要作であることは否定できない。

とはいえ、結城昌治特有の「湿度感」が、海外を舞台にすることで、どうもミスマッチしているようにも感じる。主人公が消えた友人香取を追う理由に、香取夫人との不倫関係を設定するとか、ベトナムで駐在記者をする森垣が戦死広報を誤って受けたために日本に居場所を失った元帰還兵とか、そういう「湿度」の設定がこの作品についてはもう一つ機能している感じがしないんだ。
そのためにかどうも「暗躍するスパイの暗闘を垣間見た」というややスケールの小さい話に終わっていると思う。結城昌治の「湿度」は評者大好きなだけに、どうもミスマッチではなかったかと感じてしまう。

まあゴー・ジン・ジエム政権vsアメリカが糸を引く右派軍人たちvsベトミンという三つ巴抗争の中でのスパイ戦が、今となっては分かりづらいものになってしまっている。ややこしい背景と抗争を追うことに生真面目になり過ぎたようにも感じるんだ。言葉が通じにくい外国人をちょっとした描写で生彩を持たせるのって、難しいことだ。

〈中公文庫解説で触れられている、陸軍諜報員としてシベリア・満州で活躍した石光真清の自伝って本サイトでもいいかも...でいえば小栗虫太郎の中編「爆撃鑑査写真七号」は戦前で珍しいリアル・スパイ小説だよ。あるいは城山三郎が海外駐在員の苦闘をミステリ調で描いた「輸出」とかね、リアルスパイの切り口って昭和の御代でもいろいろあったようにも思うんだ)


No.1417 7点 人喰い
笹沢左保
(2025/06/13 23:15登録)
協会賞を獲ってしまったことで、今となってはある意味損している作品かもしれない。

なんて言うのは、やっぱりここら辺の笹沢作品って、人間描写とリアルな社会生活、それにパズラーを合体させるという理想の高さが見て取れるからだ。古典有名作になってしまったことで、今ドキなら「背景が古臭いパズラー」という読まれ方をされがちになって、おそらく作者の意図が伝わりづらくなっているのではと思うんだ。

というのか、これって「点と線」に対するオマージュの側面が強いと思うし、ヒロイン視点で描かれる捜査の引っ張り具合なら「ゼロの焦点」だとも感じる。まあ第一組合・第二組合の対立が海外有名作に引っかけてあるのとかは、小技の部類ではないかとも思うんだが(苦笑)ある意味、この時代にパズラーの最新モデルを清張が提供していたと読むべきだ。そして新たに清張が作り出したサラリーマン層という新読者層にアピールする小説的な内容。
なかなかに歴史的な意義が高い作品だと思うんだ。

個人的には一番感銘が深いのは、ヒロインが姉の指名手配が原因で、勤務先の銀行から退職を迫られる不条理。今なら完全な報道被害のわけだが、昔はこれが常態。さらに言えばストライキの発端となった、結婚した女子社員が強引な配置転換によって退職を迫られる労務管理も、今見れば酷いものである。このような不条理に犯罪という回答を...いやいやそれが逆側からの「人喰い」という究極の回答に転じてしまう。この突出気味だが厳しいアイロニー。青臭さもまあいいじゃないか。


No.1416 8点 虚像
大下宇陀児
(2025/06/13 14:01登録)
いやあ、いいねえ。
大下宇陀児って乱歩高太郎の戦前派二大巨頭と比較して何歩も譲っている印象もある人だが、黙って堅実に「文学派」していたのかも。いや本当に本作は敬服する。それこそ笹沢左保の大先輩くらいに捉えた方がいいのかもしれないや。

というのも、本作は戦後の混乱期を活写していて、それがヒロインの独特のキャラとも絶妙にマッチしているからでもある。海軍中佐が高利貸になり、大学の史学教授が貸本屋になるという「堕落論」的な乱世。元中佐が押し込み強盗に殺され、その模様を縛られて目撃したヒロイン。ヒロインは父の親友の元教授の家に引き取られるが、その義父が強盗犯ではないかと疑惑をもち、秘かに復讐を企む...このヒロイン千春の一筋縄ではない善悪を超越したキャラが素晴らしい。ズベ公、性悪女、ヤクザの情婦と呼ばれても笑って受け流せそうな、「ハードボイルドな女」である。
そして当てつけから婚約者を義姉から奪うことになるのだが、この姉みどりというのがまさに少女小説調の乙女で「美徳の不幸」なのかもね。モラルを超えた「堕落論」的世界と呼ぶべきだろう。まあ狭義のミステリ的な謎は大したことはないが、少女を語り手に据えてリアルに「女子の悪徳」を描き切った筆力と、風俗描写の生彩、周辺キャラのリアリティなど、小説としての読みどころが随所にあり、サスペンスの捌きっぷりも確か。
納得の名作でした。甘めに8点。


No.1415 7点 千利休殺意の器
長井彬
(2025/06/11 11:42登録)
井戸茶碗「筒井筒」「喜左衛門」、肩衝茶入「安国寺」「初花」、加えて鳴海織部の謎と東慶寺「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱」...国宝重文級の茶陶を軸に、その「ご伝来」とその美に魅せられた現代人の執念を重ね合わせにして軽いミステリ調でまとめた短編集。ニワカな評者あたりでさえ、問題の茶器の半分は美術館で実見。本作で取り上げられている「ご伝来」も世上に流布されているものをベースに、作者の想像を補っているもの。だから話のリアリティに欠けることはない。結構よくできた古美術ミステリである。

小説としては、利休の死の真相を推測して描く歴史ミステリ的な興味のものもあれば、現代での密室トリック的興味のある盗難事件とその動機、落魄しても名器をその身から離さなかった執念の話など、描き方も多彩。古美術という魔物への執念、がテーマだが、その執念からうまく身をかわした「ぬくもりの跡」がベストかな。

たしかに喜左衛門井戸の所有者が腫物で祟られるというのは有名な話で、実見してみればお化けでも中に棲んでいそうな「妖器」であることは間違いないよ。しかし、井戸って一見、煤けたような武骨な雑器の類にしか見えないもの。どれだったか草庵の飯茶碗を強奪したという伝説も聞いたことがある...こんなパラドキシカルな美の世界と分厚い伝説的な「ご伝来」、それに群がる人々の野心と物欲。ホントに絶好の小説のネタではあるのだが、「茶道具への理解」という高めのハードルがもったいないところ。儲けもののよく書けた短編集だと思うよ。「原子炉の蟹」の人がこんなピーキーな作品書いているとは思わなかった。

まさに「日本人とは破天荒な美意識を持った民族なのである」。


No.1414 7点 スポンサーから一言
フレドリック・ブラウン
(2025/06/10 17:21登録)
ブラウンって子供の頃に大人気だった覚えがある。星新一ブームの中で「星新一が好きなら次はブラウン」って流れがあったんだ。そんな経緯で昔読んだ。

この短編集の前半はショートショート。後半は文庫50ページ超の「地獄の蜜月旅行」「闘技場」があり、30ページほどの表題作。宇宙戦争を回避するために選ばれた戦士よる決闘で文明の興廃を決めるアイデアでガチSFな「闘技場」は、面白いけどもこれブラウンじゃなくても書けるかな。汎用的なSFアイデアでもはや大古典。

そうしてみると「スポンサーから一言」は何というかブラウンらしい話だとも思う。これは「神さまから一言」でも「地球から一言」でも成立しない話だというのが鋭い。「スポンサー」という曖昧で放置せざるを得ない話者だからこその効果、というのがイイ。スポンサーからのあからさまな誘導には、誰しも反発をおぼえるという普遍の人間心理は、今ハリウッドでまさに起きていることの原因でもあるわけだ。ある意味「永遠のSF」かもしれないな(苦笑)

他の作品でも見受けられるけども、ブラウンって一種のリドルストーリーな傾向があるんだよね。「スポンサー」だってそうだし、あるいはもっとジョーク仕立てにした「かくて神々は笑いき」や「翼のざわめき」もそうだし、ショートショートだと「鏡の間」はそういう合わせ鏡の想像力。矛盾する論理の間で置いてきぼりにされて、読者が戸惑うのをブラウンは意地悪くニヤニヤ眺めている。

とはいえとてもアメリカンなホラ話の良さもあるわけで、わざわざ人類のサンプルにアル中を選んでしまい、動物園に収容された酔っ払いの天国「選ばれた男」とか笑えるよ。

もちょっとブラウン、やってもいいかなあ。


No.1413 6点 ドイル傑作集1 ミステリー編
アーサー・コナン・ドイル
(2025/06/08 13:26登録)
まあ「ミステリー編」という言葉に期待し過ぎない方がいいよね。
一応「ミステリ」でそこそこナイスな作品というと、「消えた臨急」「時計だらけの男」が他のアンソロでもよく取り上げられるわけで、この2作は定番というもの。汽車が線路から消失した謎、走行中の列車の中に忽然と現れた死体の謎といった「ソソる謎」が、犯人の告白で解明される話。まあだからホームズほどにはウケないなあ。でも今回読み直し、「時計だらけの男」って実は同性愛を扱った小説じゃないのかなあなどと深読みする。たしかにホームズとワトスンも怪しいのだがw

でこの延原謙訳で新潮文庫でロングセラーになっている「ドイル傑作集」だけど、どうやらドイルの死の直前1929にドイル自身によって10のテーマ別に編み直されたアンソロが底本のようだ。この「ミステリー編」の最初の6作は、1898-99にストランドマガジンに連載され、1908年に出版された「Round the Fire Stories」という短編集からのもの。それに訳者の好みで「悪夢の部屋」「五十年後」が追加されている。

こうしてみると、ドイルのジャンルは多彩だというのもよく分かる。最近ではドイルの歴史小説の紹介も増えたからね。短編だとO・ヘンリーっぽい人情噺もあるわけで、「五十年後」なんて記憶喪失を扱ったイノック・アーデンみたいな泣ける話。評者の好みは「漆器の箱」。これガチのゴシックロマンスで始まって、人情噺でオチるというもの。ドイルってロマンチックな「情」の作家だったりするんだね。


No.1412 7点 連合艦隊ついに勝つ
高木彬光
(2025/06/06 21:05登録)
「第七の空母」は前振り。これが架空戦記の今回の本命。
というか、架空戦記の草分けみたいな作品でもある。

もし、あの時、指揮官が別な選択をしていたら?

架空戦記ってプロレスみたいなものだから、「ウソ」をどれだけ効果的に使えるのか?が実は見どころ。本作は太平洋戦争の海戦の中で、もし帝国海軍が「愚かな選択」をしなかったら、どうなっていたのかに限定した「IF」を追及している。もちろん、問題の「愚かな選択」は情報不足の中で指揮官が正しい情報を得られなくて、思い込みに引っ張られた結果でもある。ここでタイムスリップした後の時代の戦史に詳しい人間が、指揮官に正確な情報をアドバイスできるとすれば?

・もしミッドウェーで艦載機の雷爆転装をしなかったら?(史実ではそれに手間取り、艦載機が誘爆して空母が全滅した)
・ガダルカナル沖で敵輸送船団を打ち漏らさなければ?
・第三次ソロモン海戦にもし大和が加わっていたら?
・もし栗田艦隊がレイテ湾に突入していたら?

そんな「ウソ」を通じてその戦闘の結末を強引に覗いてみるというフィクションである。とくにミッドウェー&栗田艦隊あたりは戦史のポピュラーな話題だね。だからかなり戦術的なあたりに限定した「もし」なのである。

ミッドウェーで日本が勝っていたら?
こんなIFだとその後の戦史の展開が変わってきてもしまうから、本作では「日本惨敗」の結果が「痛み分け」くらいに緩和された程度。しかし第二次ミッドウェー海戦が起きてやっぱり史実通りに軍艦が沈むということになって、辻褄を合わせていく。「架空」というのはそもそも劇薬だから、作者の慎重さと節度が窺われて好感が持てる。
だからIFによって「こんな場面、見たかったね」を実現している作品だというべきだ。その見地だと、戦艦大和が戦史の中で活躍する舞台をしっかり作って見せているあたりに、作者の思いが見て取れる。現実にはあまりにもったいない使い方しかできなかったわけだから、日本人なら誰しも悔いが残っている。大和の活躍にスカッと溜飲が下せる読者がいるのなら、本作は成功したことになるというものだ。

なので架空戦記としては夜郎自大さがなくて、フェア感の強いものである。戦史に詳しければ...まあそんな人はとっくの昔に本書を愛読しているんじゃないかな。高木彬光としてはメインストリームの著作ではないが、それなりに影響力のある本じゃないかとも思う。その筋の読者の評判もいいようだ。本作みたいな作品だと、高木彬光の小説家としての弱点がまったく目に付かないから、おトクな作品でもあるね。

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