ロンドン橋が落ちる |
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作家 | ジョン・ディクスン・カー |
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出版日 | 1984年10月 |
平均点 | 6.25点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 6点 | レッドキング | |
(2022/02/02 00:08登録) 18世紀英国、ダークなお伽の街を上に乗せたロンドン橋。電気はおろかガス灯もない蝋燭と松明の時代、マザーグースかグリム童話、はたまたSF異世界の如き、ファンタジックでグロテスクかつドタバタなミステリ。 仕掛け人梅安トリック付き。 |
No.3 | 7点 | 雪 | |
(2018/09/01 15:23登録) 七年戦争のさなか、1757年。敵国フランスから恋人ペッグ・ラルストンを連れ戻してイギリスに帰還した補史ジェフリー・ウィン。だが彼をパリに派遣した大富豪モーティマー卿の屋敷は愛妾ラヴィニア・クレスウェルに牛耳られていた。彼女は別人のように弱気になった卿を操り、不行跡を言い立て邪魔者ペッグを排除しようとする。取り壊し寸前のロンドン橋のあばら家"魔法のペン"で、再び逃亡したペッグを捕まえたジェフリーだったが、そこで二人は老婆の変死体を発見してしまう。ニューゲート監獄に送られた恋人を救う為、ジェフリーはラヴィニア一味と戦うと同時に、老婆殺しの謎にも挑む。 1962年発表。カーの歴史物としてはニューオリンズ三部作の直前、最後期に属する作品。読む前にはあまり芳しい評判は聞こえてこなかったのですが、どうしてどうして面白いではないですか。 殺害方法は「ああ、アレか」という代物ですがこれはオマケ程度。本書の真価は物語の軸にあります。いわゆる善玉組である主人公ジェフリーと彼の上司である盲目の判事ジョン・フィールディング、そしてペッグの保護者モーティマー卿。この三者がそれぞれ秘密や思惑を抱え、またその秘密が相互に縺れ合ってストーリーを形成しているのです。 ですから味方と分かっていても完全に安心できない。話がどう転ぶか分からない。むしろ悪玉組の方が狙いが直線的なだけ分かり易いくらい(殺人犯人は別として)。その辺りのスリルとアヤを楽しむ小説です。アリステア・マクリーンの「恐怖の関門」とかに近いかな。 時代考証もハンパじゃないし舞台も面白いです。ロンドン橋の上が一種の貧民街みたいになってたんですね。チョイ役で登場する酔いどれで女好きで憎めないローレンス・スターン師は実在の人物。彼の作品「トリストラム・シャンティ」はナンセンス文学のハシリです。18世紀イギリス版筒井康隆みたいな人。 読んだ手応えは最後期でも相当の力作という感じ。ディクスン名義を含めた著作中でも上の下か、悪くても中の上かな。 追記:図書館で一緒に借りてきたヘレン・マクロイ作品に同様のネタが使われていて驚きました。探せばもっとあるでしょう。某時代劇シリーズでお馴染みのトリックです。 本作はむしろプロット主体なので、この部分はメイントリックではなく刺身のツマ程度に判断しておく方が良いかと思います。実際ペッグがニューゲート行きになったのも、老婆の怪死ではなくモーティマー卿の告訴が主な理由ですしね。殺人部分は物語の中心ではないという事です。 |
No.2 | 7点 | 人並由真 | |
(2018/03/31 12:39登録) (ネタバレなし) 18世紀半ば、七年戦争時代のロンドン。25歳の捕使(悪人を捕まえて報酬を得る当時の岡っ引きみたいなもの)ジェフリー・ウィンは、恋人である20歳の美人「ペッグ」ことメアリ・マーガレットが娼婦に堕ちる寸前、売春窟から救い出す。つい先まで熱愛しあって体の関係もあった両人だが、ジェフリーはとある考えからペッグに距離を置くようになっていた。そんな彼氏にペッグは苛立ちを覚え、勝手に悪い仲間と遊び歩いた末、淫売として売り飛ばされかかったのだった。ペッグの唯一の肉親=伯父としてジェフリーも面識がある資産家の老貴族モーティマー・ラルストン卿から、事態の説明とペッグ救出の依頼を受けたジェフリーは、自分自身の複雑な思いも込めて彼女を助け出した。ジェフリーは、まだ自分に不機嫌そうなペッグをラルストンのもとに送り届ける。だがラルストン家は、若くて気丈で妖艶な美貌の妾ラヴィニア・クレスウェルに仕切られており、ラヴィニアは放蕩娘へのお仕置きをペッグに加えようとする。ジェフリーはペッグを逃がし、彼女はジェフリーの実家の使用人だった老女グレース・デライトの家に身を潜めかけた。だがくだんのグレースが変死しており、その殺人容疑がペッグにかかる。ジェフリーはニューゲイトの監獄に送られることになった恋人を救うため、奔走するが。 何十年も前に購入した、未読のマイ蔵書を消化シリーズ。 しかしまあ何というか、ある程度予想はしていたものの、これほどのものとは思わなかった、カーのラブコメ活劇(笑)。冒頭、スカートの中もあらわなペッグを力づくで救い出したジェフリーが、強引に彼女を馬車に放り込んで自分も乗車。その馬車が揺れて体がくっつきかけて慌てて離れ合う場面から、腹を抱えて大笑いした。執筆当時50代半ばのカーは、きっとこういうのをうひうひ言いながら書いていたんだろうなあ。かの『連続殺人事件』に勝るとも劣らない、日本の60年代後半~70年代前半の少女マンガの世界である(笑)。 それでこれ以上なくベクトルの明確なストーリーの上、作中時間の経過も短いため、物語の進みは最高潮にハイテンポ。書き込まれた18世紀の英国の風物にほほうほうと唸りながら、あっという間に読み終えてしまう。 とまれこういう筋立てだし、殺人事件の方はそう広がらないことは、本書刊行当時のミステリマガジンの書評を読んで覚えていたからあまり期待しなかったが、実は最後に、結構おおっ! となるミステリ的なサプライズ=意外な犯人が待っていた。 確かにトリックは、マーチ大佐主役の連作短編ものあたりに似合いそうな小粒な感じだが、伏線や手がかりはかなり丁寧に張られ、本作のストーリーの物語性の方に気を取られていると、うっかり見落としそうな巧妙な手際である。 いやカーの歴史ものはまだいくつも未読、または大昔に読んでほとんど内容を忘れてしまったものもあるけれど、個人的にこれは一冊のエンターテインメントとして『ニューゲイトの花嫁』クラスに面白かったわ(笑)。 ちなみにジェフリーとベッグの間に婚前交渉があることが序盤から語られる(それも憤ったヒロイン自身の口から)など、結構そっちの描写はかなり明け透け。本書は1962年の刊行でカーの後期~晩年の著作だが、当時の英国ミステリ出版界はあのジェームズ・ボンド大旋風の影響で、その手の描写も相応に読者や編集からミステリ作家の多くが求められたんじゃないかと考えたりもしている(なんたってニコラス・ブレイクのナイジェル・ストレンジウェイズだって、恋人クレアの目を盗んで海の向こうのアメリカであんなことしてた時節だしね)。 もちろん時代の流れを口実に、カー本人も書きたがったのかもしれないが(笑)。 ・余談その1:本書は当時、先の『ビロードの悪魔』以来8年ぶりのカーの新訳出版であり、解説で若き日の瀬戸川猛資もその件を話題にしているが、昨今のミステリファンの中には、当時早川から「世界ミステリ全集」の叢書が刊行中だったこと、また本書の少し後に『ユダの窓』『三つの棺』の新訳ポケミス版が出ていることから、実はこの3本をまとめて「世界ミステリ全集・カー編」を刊行するつもりがあったのではないか、と仮説を立てている人がいる。これはなるほど…と思える話で、まだ当時の早川の関係者の中にはご存命の人もいるだろうから、この件の真偽のほどを聞いてみたい。 ・余談その2:ポケミス版の裏表紙のあらすじ解説は「1957年、ジェフリー・ウィンは~」というとんでもない誤植で始まっている。 じゃあ何かい、この作品はスプートニク1号が打ち上げられた頃の事件かい。同じ頃に日本ではミステリアンがモゲラで攻めてきているのかい。まあ『地球防衛軍』と『ロンドン橋が落ちる』は「女をさらう」という一部の物語コンセプトは同じだね。 …あー、我ながら実にどうでもいい(笑)。 |
No.1 | 5点 | nukkam | |
(2014/09/09 11:16登録) (ネタバレなしです) 1962年発表の本書は作中時代を1757年に設定した歴史本格派推理小説ですが、冒険小説の要素も強いことやニューゲイト監獄が登場するところなどが「ニューゲイトの花嫁」(1950年)を連想させます(作中時代が異なるので登場人物はダブリません)。冒頭場面が既に冒険の途中みたいになっており、後になってからどういう経緯になっていたかが説明される展開なのでわかりにくく、そのためかジェフリーとペッグの心理葛藤もどちらに肩入れすればいいのか悩みます。ブルース・アレグザンダーのミステリーで主役を務めているジョン・フィールディング判事が本書で登場しており、どう扱われているのかが注目です(書かれたのは本書の方が先です)。謎解きはトリックが冴えないのが残念です。近代を舞台にした「引き潮の魔女」(1961年)に比べるとさすがに歴史ミステリーならではの雰囲気がよく描けています。昔はロンドン橋の上に住居があったなんてのは新鮮な情報でした。 |