| 十三の謎と十三人の被告 |
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| 作家 | ジョルジュ・シムノン |
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| 出版日 | 2018年11月 |
| 平均点 | 6.00点 |
| 書評数 | 2人 |
| No.2 | 6点 | クリスティ再読 | |
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(2025/10/14 15:37登録) 「十三の秘密」とトリオになる三部作で、この三部作自体、本名名義にする以前のペンネームでも一番馴染みのある「ジョルジュ・シム」名義の連作短編集である。「十三の秘密」は図面を見て安楽椅子推理をするルボルニュ青年が探偵役だが、「十三の謎」は地方出張の多い刑事G7(ジェ・セットとフランス語読みするのがいいらしい)で、「十三人の被告」はフロジェ判事と、それぞれの探偵役が違うのが面白いところ。「十三の秘密」のルボルニュ青年はお約束っぽい素人探偵だが、G7は行動派の刑事でフランスの名勝地で起きた事件の捜査に駆り出される敏腕、一方フロジェ判事はそれこそメグレ物の取り調べシーンを抽出したような、かなりメグレに近いキャラ。 というわけで、以前「十三の秘密」を評したときに、「メグレファンだったらパズラー短編なんて退屈」って思わず言っちゃったくらいに、推理クイズ的なショートショート集(掲載された図面に基づく推理が多いから結構企画ものっぽい)なんだけども、最後のフロジェ判事ものとなると「メグレまであと一歩!」くらいの気持ちになる。いやショートショートくらいの紙幅しかないんだが、メグレの捜査実録物テイストが、フロジェ判事ものにはかなり強く立ち上る。そりゃパズラーの視点から見たら技巧性は薄いわけだけど、「世の中にはこんなこともあるよね」な納得感をフロジェ判事ものに感じる。 あと面白いのは、第一期メグレ物に親しんでいると、「あ、これメグレ物のこの作品に...」と感じる箇所がいろいろある。しっかりメグレ物の元ネタとして再利用しているんだね(苦笑)「黄色い犬」だって登場しちゃうぞw「ハン・ぺテル」で登場するポルクロール島なら後年の「メグレ式捜査法」の舞台だし、エトルタなら「メグレと老婦人」だしね。 フロジェ判事はG7と比べたらほぼ引きこもり状態だけど、意外に同性愛っぽいネタが多いと思う。「ミスター・ロドリゲス」「フィリップ」がそうだし、「トルコ貴族」はSMネタだからね。こんな頽廃的雰囲気は「深夜の十字路」で再現されているのかなあ。メグレ物では性的逸脱は不倫一本槍なところがあるけど、若い頃は当然色々見聞していて、ネタにしているのだろうな。G7と一作一作の長さは変わらないのに、ぐっとキャラが濃くなり、しかも犯罪にひねりも出てくる。「クイーンの定員」に選ばれているくらいに、独自性が発揮されているよ。フロジェを誘惑しようと脚を組む「ヌウチ」(「可愛い悪魔」かな)とか、残虐な犯罪を犯すサイコ風味の「アーノルド・シュトリンガー」など印象的な被告。女装趣味?という味わいがある「フィリップ」ならばブルボン朝復辟詐欺の件からも「死んだギャレ氏」の元ネタだしね。ギャレ氏風の敗残者ならば改めてまた「オットー・ミュラー」でも描かれる。粗暴な黒人凶悪犯をめぐる「バス」は中期メグレのアメリカ風味の警察小説を連想する。 というわけで、メグレ物に十分親しんだ後の方が、この短編集は面白いと思う。いやまあ、シムノンも一夜にしては成らず、というものか。 (本サイトで「ダンケルクの悲劇」「猶太人ジウリク」で登録されている2作は、この短編集の別訳にあたる。読む予定から評者は除外) |
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| No.1 | 6点 | 人並由真 | |
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(2019/03/04 19:59登録) (ネタバレなし) 1929年から30年にかけて執筆されたシムノンの初期作品で連作短編ミステリの三部作「13(十三)シリーズ」、その二作目と三作目をまとめたもの(第1作『13の秘密』は創元推理文庫からほぼ半世紀前に既刊)。 そういえば『十三の謎』の主役探偵「G7」は、大昔の少年時代にどっかの某・新刊書店で、古書ではない売れ残りのポケミスのアンソロジー『名探偵登場』の第6集を買って「シムノンの作品だけど、メグレじゃないの? 誰だこれ?」とか何とか思ったことがあったような気がする。評者みたいなジジイのミステリファンにとっては、そういう思い出のキャラだ(笑)。 内容の方は一編一編の紙幅が少ないものの、(本書の巻末で瀬名秀明氏が語っているとおり)シリーズの初弾『秘密』から本書収録の『謎』『被告』と順繰りに読んで行くにつれて、初期のシムノンの作家としての形成が覗けるような体感がある。評者はたまたま数年前に『秘密』を初めてしっかり読んだんだけど、その印象が薄れないうちに本書(『謎』『被告』)を通読できてラッキーだった。普通の? パズルストーリーからシムノンらしい作家性の萌芽まで、三作の流れにグラデーション的な味わいがあってそれぞれ面白い。どれか一作といえば、「ホームズのライヴァル」の時代の連作ミステリ的な結構のなかにチラチラシムノンっぽい香りが滲んでくる『十三の謎』が一番よかったかな。「古城の秘密」の王道ミステリ的などんでん返し、「バイヤール要塞の秘密」のなんとも言えない無常観、「ダンケルクの悲劇」のそういうのあるのか!? という幕切れ。それぞれが味わい深かった。『被告』の方もバラエティ感があって悪くないけれどね。 ちなみに前述した本書の巻末の解説は、いま現在、日本で一番シムノンに愛を傾けているであろう作家・瀬名氏による書誌資料的にも貴重な記事で、読み応えたっぷり。これだけでも本書を手に取る価値はあろう。「メグレ前史」の四長編(シムノンがペンネームを確立する前に別名義で書いたという本当の意味で初期のメグレもの。カーのバンコランの『グラン・ギニョール』みたいなものか? 向こうみたいに後続作にリメイクされたかどうかは知らないが)、ぜひ翻訳してください。 まあ、今のミステリファン内のシムノン固定客の掴みぶりを考えるなら、黙っていても数年内には邦訳刊行されそうな気もするが。 |
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