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ミステリの祭典

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無宿人別帳

作家 松本清張
出版日1960年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 斎藤警部
(2025/09/21 23:59登録)
『無宿』 とは 『人別帳』(≒戸籍)から外された者を指す。 矛盾するこの表題は、江戸の街で厄介者扱いされ、やむを得ず犯罪に手を染めがちな彼らを、せめて人別帳代わりの小さな事件簿の中にくるんで弔ってやろうという清張のやさしさ、使命感から来ているのかも知れない。

中身の詰まった短篇十篇。 ミステリ、サスペンス、冒険、ユーモア、勧善懲悪成立不成立の度合いや構成割合はまちまちだが、どれも格調は高くも滑らかな通俗性があり、際立って可読性が高く、読めばあっという間である。

■町の島帰り■ 将軍代替わりの大赦で島から江戸に戻された野州無宿の千助。 その貞淑な女に恋焦がれている悪徳目明しの仁蔵。 仁蔵は千助が堅気の仕事に就くのを妨害する。 そこから話は二転三転。 ご都合を排してなお、この凄まじい結末。 勧善懲悪因果応報だとしても、最兇下ネタの地獄っぷり。

■海嘯(つなみ)■ 江戸中から大量の無宿者が石川島の人足置場に送られた。 能州無宿で漁村出の新太、彼と気の合うびっこの豪傑、甲州無宿の権次や、満期が来ても役人に頼んで留め置いてもらっている若隠居もいる。 やがて表題通り津波が襲い、一旦逃げて再集合せよとの緊急命令が下る。 島に殉死する役人はもとより、江戸中に夥しい溺死者が出る中、新太はまるでヴェネツィアのように泳いで街中へと出る。 落語のサゲほどカラッとしない、わびしいような怖いような、突然のオープン考え落ち。

■おのれの顔■ 牢内二番役の喜蔵は稀代の醜男。 或る日、己の醜さを眼鼻口頬骨と拡大再生産したような更なる醜男が入牢した。 喜蔵はこの顔を見るのが嫌だった。 また或る日、密通罪の優男が入って来た。 牢名主は毎日これに濡れ場の詳細を語らせた。 しばらくして大量の囚人が入り、牢はにわかに狭くなった。 名主は囚人の間引きを喜蔵に命じる。 半年後、出牢した喜蔵は金につまり、牢に出入りした医者を襲おうと企む。 スパンの長い運命に翻弄される男の物語。

■逃亡■ 佐渡の金山から脱走を試みる水替人足の無宿たち。 舟で越後まで行けるのは三名と言う。 初めは二十人を超えた脱走者は、策略に策略を重ね、搾られて行く。 最後のオチ、こりゃあシャクだった!

■俺は知らない■ 憶えのない質屋泥棒の罪状で牢に入れられた博徒、信州無宿の銀助。 やがて彼は、或る仁義を欠いたやり口で放免され、自らをハメた証人の女に復讐しようとする。 結末落とし穴には、銀助も俺も、落とされたねえ。

■夜の足音■ 大商家の出戻りを相手に、奇妙な床仕事を依頼された無宿人竜助。 或るホームズ譚を連想させる、ミステリ度高い作品。 思い切ったエンディングには残酷なユーモアが漂った。

■流人騒ぎ■ 武州小金井村無宿の忠五郎は、軽微な罪で八丈島に流されたが、何年経っても恩赦の報せが無い。 不審に思う忠五郎は或る日 ・・・ そこからの手早い話のうねりと、人情の湿り気とが一体となり、予想外の残酷な結末へと到達する。(この××方法は酷い!)

■赤猫■ 伝馬町の牢に火が回り、囚人は一時釈放。 野州無宿の平吉は、越後無宿の新八に唆され、牢へ戻らず脱走を試みる。 脱走囚八人中、他の六人は捕縛され打首獄門となった。 或る物騒な事件を経て、ばらばらに逃げる平吉と新八。 数年後、人情故に、或る手掛かりを晒してしまう平吉だった。

■左の腕■ 料理屋の下働きと女中に雇われた、老人と歳の離れた若い娘。 本短篇集の中では話の流れが素直で、俗っぽい人情譚だが、やはり清張らしく締まりが良い。 突然の躍動を見せる一幕が鮮烈だ。

■雨と川の音■ 江州無宿の与太郎は、伝馬町入牢の直後から体の不調を訴え、重病人の囚人を収容する浅草溜へと移送された。 そこで二癖三癖ある粗暴な知恵者、房州無宿の市助と出遭い、脱走を唆される。 本短篇集の中では、最もミステリらしいラストシーン。

様々な角度、深度の復讐が叙述される話が目立つが、全篇ストーリーの起伏や進行方向意外性がミソである故、踏み込んだあらすじは、興味を唆る方便となろうところ以外は、出来るだけ書かないようにした。

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