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ミステリの祭典

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方壺園

作家 陳舜臣
出版日1977年07月
平均点6.80点
書評数5人

No.5 7点 ぷちレコード
(2024/02/03 22:35登録)
周囲を壁に囲まれた、まるで四角い壺のような箱型の建物で、名高い詩人が殺された。美しいトリック、端正な文体、詩情あふれる9話はいずれも質が高い。謎を解くのは名探偵ではなく、それぞれの人物がそれぞれの心情を持って犯行に相対する。
登場人物たちの心情に踏み込みすぎない冷静な距離感、見事な着地を読んでいて心地よい。ミステリと歴史小説の名手による素晴らしい短編集。

No.4 7点
(2021/02/07 13:46登録)
 昭和37(1962)年11月、中央公論社より刊行された著者の第一作品集。収録は表題作ほか 大南営/九雷渓/梨の花/アルバムより/獣心図 の六篇。以前『獅子は死なず』の評で〈本書の構成は著者の本意ではない〉旨説明したが、新たに加わった「梨の花」「アルバムより」のどちらも密室状況を扱っており、結果として世に出た『方壺園』は「大南営」を除き、ほぼ密室か準密室作品ばかりで固めたものとなった。意図しての狙いかどうかは分からないが、編集方針としてはこちらが正解であろう。各篇のトリック自体は少々物足りないが、エキゾチックな題材と当を得た人間智、加えて歴史背景や描写の確かさで巧みにそれを補っており、戦後初期に於て類例の無いミステリ短篇集と言える。
 表題作の「方壺園」は大唐の元和十三(818)年、安史の乱による疲弊から14代皇帝・憲宗の努力により、一時的に中興した中国・長安における事件で、実在した幻想派の鬼才・李長吉こと李賀の残した詩稿に絡む憎悪と憤懣、さらには遊里における文名をめぐって起きた現実離れのする殺人を描くもの。
 その舞台となるのは高さ十メートル、三楼層の壁で囲まれた、「方壺園」と呼ばれる小さな四阿。都に聳え立つこの〈壺の化物〉の中で、持主の豪商・崔朝宏邸に居候する詩人・高佐庭が刺殺されていた。さらにその一年後、おなじ場所で首をくくって死んでいる洛陽豪門の子弟・呉炎のなきがらが発見される。縁起でもない建物だと、崔はこの際園を壁ごと壊してしまうことにした。その工事のさなかある偶然の出会いにより、司直も匙を投げた怪事件の謎が解かれるのだが・・・
 手を替え品を替え語られる、園内への侵入・脱出方法。絵面的にはいずれもバカミスに近いが、最後のセンテンスで全てを哲学風に昇華してしまった作品。作中年代はこれが突出して古く、他は千年近く下るかほぼ近代以降となる。中では国共合作前の1934年、抒情詩人を兼ねた紅軍の革命家・史鉄峯護送の際に起きた、事故とも殺人ともつかぬ出来事を語る「九雷渓」が、細やかに伏線が巡らされていて出来が良い。
 「大南営」では甲午光緒二十(1894)年の清朝末期、日清戦争に二万の兵隊が出向いた後の空営で一人の将校が殺されるが、トリックよりも探偵役となる上官・王界のキャラクターと、不穏さを孕んだ結末に妙味がある。三字題以外の二篇では「アルバムより」が彫りが深くていい。戦争終結工作のために内密に神戸に招かれ、日本滞在中のある事件以後はまったくの廃人と化した青年政治家・鄭清群。二十数年後消えるように亡くなるまで、遂にその精神は回復しなかった。細長い翡翠を指でもてあそぶ清群の癖と、彼に献身する老女中・阿鳳(アフォン)の姿が印象に残る短篇。タイトルこそ長いが、ラストの意外性と読後感は三字題作品にも通ずる。「梨の花」は密室物のアンソロジーピースだが、トリックが専門的に過ぎてややアンフェア気味。
 トリの「獣心図」は雑誌「宝石」昭和37(1962)年1・3月号に、懸賞付き犯人当て小説として分載されたもの。ムガル王朝四代皇帝ジャハーン・ギールの長子フスラウの死について語った十九世紀末の偽書、「沈黙の館(ハーネ・ハーモシュ)」の引用という体裁を取っている。二重殺人の筋書きは他愛ないが、決定的な手掛かりを最後に詩篇として掲げる試みは、なかなか面白い。インドが舞台の国産ミステリというのも稀少で、この頃だと他には山田風太郎「蓮華盗賊」があるくらいか。いずれも独自性に富んだ、読み応えのある作品集である。

No.3 6点 nukkam
(2018/11/22 20:45登録)
(ネタバレなしです) 陳舜臣はミステリー作家としてデビューしますが後年にはミステリーから離れて中国文学の巨匠として名を残します。そのためミステリー好き読者としては手に取った作品(特に中国を連想させるタイトルの場合)が非ミステリーだったらどうしようと不安を抱くことになるのですが1962年発表の第1短編集である本書はその点ではご安心を、全6作が本格派推理小説です。意外にもトリッキーな作品が多いのですがそれ以上に個性を感じさせるのが時代や舞台です。唐や清時代の中国、果てはムガル朝インドと実に多彩で、現代日本を舞台にした作品でも異国要素が織り込まれています。フィクションと史実を巧みにブレンドしたプロットは短編らしからぬ読み応えがあり、作者が「ペダンチックにすぎたかも」と述懐しているように歴史知識のない私には読みにくく感じる時もありましたが一読の価値は十分あります。多くの読者が高く評価している「方壺園」(現場見取り図は欲しかったけど)はやはりいいと思いますし、トリックは専門的過ぎですが人間ドラマが印象的な「梨の花」も個人的にはお気に入りです。

No.2 6点 こう
(2010/05/09 02:40登録)
 10年近く前購入時、一作目の方壺園の中国人物名が中々頭に入らず10ページくらいで読むのをやめてしまったのですが今読んでも特に問題なく読了できました。
 全体としてオーソドックスなミステリですし文学性というか雰囲気が味わえる作品集だと思います。個人的には「九雷渓」が好みです。

No.1 8点 kanamori
(2010/03/26 23:40登録)
本格ミステリ短編集。
第1短編集のためか、非常にパズラー志向が高く、歴史ミステリと本格ミステリとの融合という点でも成功していると思います。
ほとんどの作品で不可能犯罪を扱っていて逸品ぞろいですが、なかでも、表題作と「九雷渓」が傑作だと思いました。
この当時に発表された短編集ではピカイチではないでしょうか。

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