home

ミステリの祭典

login
kanamoriさんの登録情報
平均点:5.88点 書評数:2487件

プロフィール| 書評

No.2487 5点 微笑する悪魔
多岐川恭
(2026/07/03 13:50登録)
1984年に光風社から出たノン・シリーズ作品8編を収録した短編集。書誌情報が掲載されていないのでよくわかりませんが、比較的古い作品をまとめたような感じがあります。
裏表紙の内容紹介がやや抽象的ですが、男女関係の軋轢を背景に、様々な罠が仕掛けられた犯罪小説が中心になっていて、表題作の「微笑する悪魔」や「地獄へ行け」なんかが典型的です。気弱な男と多情で強かな女の組み合わせというパターンが多い。ただ意外に定型を外し、読者の先入観の裏をかくテクニカルな作品もあります。印象に残ったのは、色仕掛けで銀行の支店長と融資課長を騙すコンゲーム風の「柔らかい唇」、初期のトリッキーな作品を思わせる「窓の死神」あたりです。
多岐川恭と言うと、1958年の短編集「落ちる」収録の表題作ほか3編で直木賞を取っており短編の旨さには定評があるものの、1960年代前半の面白そうな短編集が文庫化もされず、ことごとく絶版・入手難の状態なのが残念です。2018年に日下三蔵編の中公文庫で「落ちる」と「黒い木の葉」の最初期作2冊のカップリングで傑作選が出ていますが、「死体の喜劇」「悪人の眺め」「夜の装置」の収録作など、まだまだ傑作選の続編の余地がありそうです。


No.2486 6点 後宮の呪術妃
白川尚史
(2026/06/30 12:01登録)
漢軍に一族を滅ぼされた翠玉は、敵討ちのため後宮に潜入するも、病床の皇帝に近づく機会は訪れず絶望していた。
一方、若い女性文官の雪花は、妃嬪の葬儀の様を記録中に遺体の首が切断され別人の頭部が縫い合わされいることを指摘するも、相手にされず逆に高官の怒りを買ってしまう。命を落とす処罰を免れるには、いま後宮で頻発している妃嬪の急死・失踪事件の情報を集めることで放免されると、若い官吏・明達から助け船を出される。「事実を記す」を信念とする雪花は調査を開始するが………。

このミス大賞受賞のデビュー作「ファラオの密室」に続く第2作は、古代エジプト文明に替わって、古代中国(後漢時代)の宮廷を舞台にした、ダブル・ヒロインを主人公とする後宮ミステリです。雪花の父親の冤罪・獄死のもとになった不可解な殺人事件の謎解きや、首の差し替えなどのミステリ要素はあるものの、毒殺や呪術を使った謀略が渦巻く伝奇小説風のプロットなので、読者の嗜好によって評価は大きく変わりそうです。況してや、中盤すぎには、額に呪符を張り付けた跳び歩く死体、咷屍(いわゆる「キョンシー」)の集団が出てくるは、意外な男女のロマンスが事態を複雑にしたりで、まさに「カオス状態」になります。この時代は、皇帝は傀儡で皇太后が実質的にトップ、外戚や宦官が権力を握っていた謀略小説モノに打ってつけな舞台なわりに、そちらの方面にさほど拡がらなかったのは残念です。


No.2485 6点 死の絆 赤い博物館
大山誠一郎
(2026/06/27 14:54登録)
警視庁付属の犯罪資料館、通称「赤い博物館」の館長・緋色冴子と部下の寺田聡が未解決事件などの再捜査を行なう連作シリーズの第3弾で6編収録。文藝春秋社の販売戦略なのか、石持浅海の殺し屋探偵シリーズと同様に、第1作は単行本で出し、2作目からは文庫オリジナルになっています。6編のトリッキーな本格ミステリを収めた短編集を今どき八百円代で読めるのがありがたいですね。

作者が「あとがき」に書いていますが、他のシリーズと比べて設定が現実的な分、よく考えられたトリックが際立っている感じがあり、ホワイダニットの良作も目立ちます。ただ”論理のアクロバット”を追求するうえで、どうしても偶然の活用と強引な推理の飛躍が多くなっているのが気になるところです。
個別に見ていくと印象に残ったのは、動機が独創的な「三十年目の自首」と、最後まで緊迫感があって読み応えがある表題作の「死の絆」、”キャリア警察版の「教場」”を思わせる警察学校を背景にした緋色の若い日の”日常の謎”的な事件「春は紺色」の3篇になります。


No.2484 6点 鬼門の村
櫛木理宇
(2026/06/23 13:50登録)
大学生の友部は、社会民族学の嘉形教授の依頼で夏休みのあいだR県の山奥の村に滞在し、教授が担当しているラジオ番組の怪談コーナーに投稿された実話怪談の整理を行なうことになった。この高額のアルバイトの条件は、昭和30年代に一家六人の惨殺事件が起きた家に住み込むこと、そして注意点としてその土地の水や地元で採れた食べ物を決して口にしないことだった。作業を続けていくうちに、友部は村に隠されていたおぞましい真実に気付いていく。

最初はよくある因習の村を舞台にしたホラー・ミステリかと思っていましたが、あまり謎解きの要素になるような事件が起きることもなく、ラジオに投稿された実話怪談をオムニバス形式で紹介されていくのですが、その合間を縫うように、友部の廻りで不穏な雰囲気が漂い出します。具体的に書かない方がいいのでぼやかしますが、視覚、聴覚、臭覚、触覚を刺激し、怪異が少しづつ読者を包み込む様な書き方は独特な感覚で不思議な読み味があります。
ミステリ的な視点で読んでいると、やや消化不良感がありますが、ホラーとしては十分に及第点を与えられる。


No.2483 5点 対決・開発殺人事件
辻真先
(2026/06/19 16:56登録)
ルポライターの可能キリコは、沖縄のリゾートホテルの高層階のベランダで、銀座のホステス朱美が奇妙な状況で死体で発見された現場に出くわす。一方、ミステリ作家の牧薩次は長野県の別荘地で、対立する二つの企業のリゾート計画にまつわる殺人事件に巻き込まれる。バブル末期を舞台に、薩次とキリコが活躍するお馴染みの長編ミステリ。

日本経済新聞出版社から1991年に「ユートピア計画殺人事件」のタイトルで出版された作品を改題し創元推理文庫で復刊されたものです。
版元の要望なのか、少し時流に合わせた様な経済推理的な要素があって、プロットの方も中盤すぎまで、とっ散らかったギクシャクした感じがありましたが、そこはそれ”ポテト&スーパー”シリーズならではの趣向が関係しているからです。ただ、今作の場合は、その仕掛けがそれほど旨く機能している様には思えませんでした。あと、村の祈祷師の老婆の孫娘が一応の中心人物なわりに、それほどの意味を持ってなかったのは拍子抜けです。


No.2482 6点 瞬きすら許さない
ジョー・キャラハン
(2026/06/17 12:00登録)
休職明けの警視正キャット・フランクが任命されたのは、人工知能の捜査体”エイド・ロック”を使った試験的な捜査班「パイロット・プロジェクト」のチーフだった。ベテラン刑事としとしての直感を重視するキャットと、あくまでも合理的で瞬時にデータ分析が可能なAI捜査体ロックが、相反する捜査手法で、サンプルとして取り上げた二つの未解決失踪事件に取り組むことになるが…………。

刑事とAIのバディ物の捜査小説だと、ひと昔前ならSFミステリに分類されるところですが、ディープ・ラーニング手法による最近のAI技術の進展具合が凄まじく、chatGPTも身近なアイテムになった現状なら結構リアルな捜査小説と言えそうです。そのうち安楽椅子探偵チャッピーなるものも出てきそうw
さてストーリーのほうですが、もともとAIの活用に懐疑的だったキャットと、人間の心情の機微が解らず、その場の”空気を読めない”AIのロックとのすれ違いが面白いところです。捜査のほうは、二つの失踪事件に不可解な共通点が判明してミッシング・リンクものとして劇的な展開になりますが、捜査班の家族が、その中に巻き込まれている状況など安易な偶然の活用が気になります。読み進めていくと、最終的に本作のテーマはAI捜査よりも、犯人側の異様な動機にあるように思われてきました。
CWA(英国推理作家協会)最優秀新人賞をはじめ幾つかの賞を取って、日本でも各種媒体で、宮部みゆき他多くのミステリ書評で取り上げられている話題作で、確かに読み応えが有りますが、社会派的なシリアスなテーマを含め個人的にはちょっと嗜好に合わなかった点があるのでこの評価。シリーズとして続編が書かれているので次に期待したい。


No.2481 5点 消えた犠牲(いけにえ)
ベルトン・コッブ
(2026/06/15 10:00登録)
人気ミステリ作家のリチャーズが出版社を訪ねると、いつもの話し相手で経営者のウィルキンズは不在で、共同経営者のスカーブリックから気分転換な執筆に彼の別荘を勧められ鍵を渡される。しかし、翌日その別荘を訪れたリチャーズが部屋で目にしたのはウィルキンズの刺殺死体だった。
身代りの犯人にされるのを恐れたのか、リチャーズは隣家の管理人夫婦宅に公になっていない本名を使って間借りし、事件の動向を見守り、ミステリ作家の本性で経緯を小説形式の手記にしていく……と、ここまでが第一部で、「探偵物語」と題された第二部に入ると、視点人物がロンドン警視庁のバーマン警部に変わり、典型的な捜査小説になります。

大昔に読んだときには、少ない関係者ながらも、アリバイと動機の両面で仮説を立てては崩れていく、バーマンの犯人を特定しようとする捜査過程が面白く感じたことを覚えていますが、オチを知って読むと、なんか核心部分をあえて避けてモタモタした展開が、やや退屈に感じられますw
植草甚一セレクトのクライムクラブ叢書の中では、確かにネタとしては面白いミステリと言えますが、前半に出てくるある人物の心理描写など普通にアンフェアな部分が気になり、先行作の劣化版ぐらいの評価、絶版のまま文庫化されなかった理由も分かるような気がします。


No.2480 6点 魔都シカモア
イアン・ロジャーズ
(2026/06/11 11:46登録)
吸血鬼や人狼などの怪物が棲む異世界「ブラックランド」につながるポータル(出入口)が各地に出現するようになった世界線。カナダのトロントで超常現象を扱う事務所を開いている私立探偵のフィリックス・レンは、「血まみれの現場から消えた、夫の遺体を探してほしい」との依頼を受けて、事件があったオンタリオ州中部の都市シカモアへ向かう。
その地では六件の連続殺人が起きており、依頼人スーザンの夫ダグラスも、被害者であるとともに、逃げた犯人と見なされていた…………。

オカルト版の「私立探偵スペンサー」とも書かれているが、元妻でアシスタントのサンドラとの漫才風のやり取りや、ワイズラックとジョークを連発する主人公のフィリックスがなかなか魅力的です。
基本的にはモンスター・ホラー(またはダークファンタジー)と私立探偵小説のハイブリッドと言えますが、前半は作者のジョークや遊び心が目立つ。ボストンのフェンウェイ球場近くに出現したポータルの怪物というのはレフトスタンドの「グリーン・モンスター」のことなんだろうw
超常現象情報局(PIA)の捜査官アリスとの捜査が続いたあとの、残り100ぺージを切ってからの急展開が一番のクライマックスで読み応えがあり、ミステリ的な意外性も用意されています。フィリックスを主人公にした短編集もあれば読んでみたい。


No.2479 6点 猫鳴く森で謎解きを
楠谷佑
(2026/06/07 14:48登録)
全寮制の男子校・霧森学院高等部2年の「オレ」兎川雛太(ヒナ)と鷹宮絵愛(エチカ)は寮のルームメイト。夏休みに二人はボランティア部の亜蓮に誘われて、”猫に会えるキャンプ場”にボランティアに行くことに。他校からも生徒が参加しており、高校生計10人でボランティア活動をしていたが、何人かは初対面ではなく、不穏な人間関係が見え隠れしていた。そして、キャンプ2日目、一人の生徒が何者かに殺害される事件が起きる。頭脳明晰な”エチカ”こと鷹宮は、春に起きた寮の事件に続き再び消去法推理で殺害犯人を突き止めようとするが…………。

「ルームメイトと謎解きを」に続くシリーズの第2弾。
多数の学生が集うキャンプ場で発生した殺人事件を、緻密なロジックを駆使して解明するプロットですから、自然と閃いたキャッチ・コピーは、”Z世代の「月光ゲーム」”wです。とは言っても、埼玉県北部には活火山はないので派手なクローズドサークルとはいかず、ダイイングメッセージも出てこない。ましてや今どき手がかりがマッチの軸はないでしょうし。読み進めるにつれ見当違いが分かって来ました。(また、本家は高校生じゃなく大学生だし)。でもひとつ、作業用の軍手というひとつのアイテムだけでなされた中盤のロジック展開は圧巻です。ミステリとしては外連味は乏しく地味ですが、端正な作風は評価されるでしょう。そういえば、最後の最後に夜空に月が出てきました。


No.2478 6点 ハレー彗星の館の殺人
ロス・モンゴメリ
(2026/06/04 11:28登録)
1910年の英国。75年ぶりにハレー彗星が地球に最接近しているニュースが流れている最中、少年院帰りの前科者「ぼく」スティーブンは、謎の手紙に導かれて、英国南西端コーンウォール地方の孤島に建つタイズ館で従僕として仕えることになった。
当主の子爵コンラッドは、彗星による有毒ガスなどのデマ的な被害予測をまともに信じ、屋敷中の扉や窓を密閉させ、さらにスティーブンには嫌われ者の老令嬢”大叔母”ことデシマの世話を任せる。そして、彗星が到達するその夜が明けて、密封された書斎で顔面にクロスボウの矢が刺さった子爵の死体が発見される。

満潮時には本土から切り離されるクローズド・サークルなお屋敷で起きる密室殺人、腹に一物を抱える男女三人の一族親族、怪しげなドイツ人科学者、広大な領地にある迷路などなど、黄金時代の”クラシック・ミステリあるある”な設定とギミックを全部盛りしたような愉しい作品です。
探偵役の車椅子の老嬢デシマと、その手足となって動くスティーブンと探偵小説好きの若いメイド・テンペラスの探偵トリオも注目です。証拠や証言の収集方法にはやや疑問が有りますが、解決編に入る直前の(水力発電機の停止工作による)暗闇の中のサスペンス溢れる展開と轟く雷鳴など雰囲気作りはなかなかです。
作者は児童向け小説の書き手でもあったからか、ライトで読みやすい文章はリーダビリティがあります。


No.2477 5点 花嫁と殺し屋
石持浅海
(2026/06/01 10:00登録)
上場企業の平均年収を目安とした報酬で殺人を請け負う、冨澤充を一応の主人公とした殺し屋探偵シリーズの第5弾。標的の人物の奇妙な行為や、依頼内容に付いたオプションなどの謎に対して、ついつい「推理」をしてしまう、異色な”日常の謎”ものとも言える連作短編集です。
このシリーズを読んでいて連想したのはアメリカ産の二つの連作ミステリ。殺し屋の何でもない日常や殺人の準備と実行シーンを淡々とした語りで描くローレンス・ブロックの「殺し屋ケラー」、もうひとつは請け負うのは殺しではなく盗難ですが、奇妙な依頼対象のホワイと、巻き込まれた事件の謎解きを行うホックの「怪盗ニック」。こちらはシリーズの途中から女性の同業者を登場させマンネリ化を避ける手法も本シリーズと共通していますね。
収録作中のベストは、同業者のシングルマザーの殺し屋・鴻池知栄と冨澤が、新婚夫婦の夫と妻の殺害を各々が同時に請け負う表題作で最終話の中編「花嫁と殺し屋」ですが、作者の作品で時々感じる点ですが、動機に納得感がないのが気になりました。


No.2476 6点 兇悪の浜
ロス・マクドナルド
(2026/05/29 10:08登録)
”ミラー夫人のあのパッとしない亭主”wこと、ケネス・ミラーが何度か筆名を変えて最終的にたどり着いたペンネーム「ロス・マクドナルド」名義で出した第1作で、1956年の作品です。この年には、マーガレット・ミラーは前年に出した「狙った獣」でエドガー賞(MWA最優秀長編賞)を獲っており、翌年にはMWA(アメリカ探偵作家クラブ)の会長に就任しています。今で言うところの格差夫婦?
ロスマクの初期作はほぼ創元推理文庫で出ていて、これらは本国・日本ともにハードボイルド小説としては評判がイマイチらしいということは知っていましたが、このたび創元推理文庫の”名作ミステリ新訳プロジェクト”の一環として田口俊樹訳で復刊されたので読んでみました。
記憶が曖昧ですが、たぶん瀬戸川猛資の「夜明けの睡魔」のロスマク論に感化されたのか、ロスマクは1950年代末にブレイクした内省的で家庭の悲劇をテーマにした謎解き興味の強い作品を中心にハヤカワ版しか読んでいなかったので、初っ端から”拳と拳銃”の暴力・アクション・シーンが続いて出て来てやはりと思いつつ、新訳でも”リュウ・アーチャー”ではなく”リュー・アーチャー”表記なのも違和感がありました。
物語は、マリブ・ビーチにある会員制クラブを中心にしたセレブとヒスパニック系の人達の関係や、ハリウッドを目指し内外から集まる男女などが絡む複数の殺人にアーチャーが関わる話。表面的な構図はよくある内容で、最終盤までは本当に”パッとしない”。重要人物なハリウッド撮影所オーナーのセレブ夫人イゾベルの造形などに、2年後に書かれたブレイクのきっかけと言われる「運命」を連想させるところが有り、またマーガレット・ミラーの影響も窺えます。


No.2475 6点 倫敦スコーンの謎
米澤穂信
(2026/05/25 13:24登録)
”小市民”というスタンスを守り互恵関係にある、高校生の小鳩くんと小佐内さんの二人が出会う”日常の謎”もの4篇から成る連作短編集。
前作の「冬期」で一応シリーズは完結したようですから、今作は番外編になるのかな。時代を遡って高校一年の冬から二年の夏前の時期のエピソードが並んでいます。熱心な読者ではないので、ピントが外れた感想かもしれませんが、以前と比べてライトな学園ミステリ風で、二人のやり取りや、小佐内さんの反応に対する小鳩くんの心の声など、どことなくユーモア成分が目立って来た感じがします。

各編は一応独立していますが、1話目と4話目は、ともに船戸高校の卒業生である芸術家(現代アート作家)のオブジェを巡る騒動で、同じような学園ミステリの似鳥鶏の”市立高校シリーズ”に作風が近づいてきた感じがします。
2話目の「羅馬ジェラートの謎」が個人的には良くできている思う。最初は北村薫の「砂糖合戦」を連想しましたが、それとは違って、これは”伏線回収の美学”という感じで、そこに感心しました。
表題作の「倫敦スコーンの謎」は、いわゆる”チェーホフの銃”である伏線が明白で、真相まで一直線でした。


No.2474 5点 中山七里 短いお話ほぼ全部
中山七里
(2026/05/22 11:40登録)
まさにタイトル通りの作品集で、著者の作家生活15年周年を飾って、今まで本に纏まっていなかった文章を集大成したものです。小説類は、中・短編にショート・ショートを合わして20作品、あとエッセイに他作家作品の解説文と、雑多な内容になっています。
小説のジャンル的には、警察小説、クライムストーリー、歴史モノ、SF、ホラー、社会派、青春小説など、まあこのミス大賞出身作家らしい多彩な内容で、宝島社主宰のアンソロジーに収録されていた作品が多い印象があります。作者の長編のレギュラー・キャラクターの外伝またはスピンオフのような作品があるようですが、それはあまり読んでいないので、よくわかりません。
個別に取り上げていたらきりがないので、以下印象に残こった作品のみを寸評していきます。

「オシフィエンチム駅へ」は、最初に読んだのでインパクトがあった。列車で移動する家族たちのその行く末は?、時代も国名も明記されないのが効果的。
「アンゲリカのクリスマスローズ」は、タイトルから想像できない凄い作品、クリスティの「ABC……」に感化された大量殺人鬼が行き着いたのはチェスタトンのアレという話。ネタバレですが、なんと時代背景は上記作品と共通する。
「ZQN再生」は、バイオ・ホラー+パンデミック・パニック小説と言うような内容で、短いながら中身の濃い作品。
「被告人R365」は、殺人の嫌疑を掛けられた介護ロボットをめぐるSF風の法廷劇で、ロボット工学三原則の抜け穴が意表を突きオチが鮮やか。
最後の中編「ポセイドンの罰」は、東京湾のクルージング船という限定空間モノのフーダニットで、またもやクリスティ・ネタかと思いきや………おっとそうきたか。


No.2473 6点 法月綸太郎の不覚
法月綸太郎
(2026/05/19 13:28登録)
法月綸太郎シリーズの連作短編集としては「〜の消息」以来、7年ぶりぐらいの出版のようで、まあ「消息不明」にならなくて良かった。本作には短編3篇と書下ろしの中編が収録されています。

消去法推理なり伏線の回収なり、ロジック展開を重視する作風なので、まわりくどい説明や、短編の割には複雑な人間関係のものが多く、中にはなかなか本題に入らない作品もあって、初期の頃のキレはあまり感じません。
始めの2編「心理的瑕疵あり」と「被疑者死亡により」は、共に他のアンソロジーで読んでいたので、かえって作者の技巧を再確認する事が出来て良かった。後者の隠されていた構図はなかなかお目にかからないパターンなのでは。
初読の「次はあんたの番だよ」は、ホラーテイストの味付けが効いていて、個人的には好みの作品です。
作者の「あとがき」にも、それらしき趣旨の言及がありますが、長編の「キングを探せ」の影響なのかどうかは分かりませんが、同じミステリ趣向を色々とひねくり回したり、別のアプローチで改変した仕掛けがあって、それが収録4作のうち3編に出てくるのは、さすがに気になります。


No.2472 6点 カーラの選択
ニック・ハーカウェイ&ジョン・ル・カレ
(2026/05/15 14:12登録)
1963年のロンドン。モスクワ・センターが送り込んだと思われる暗殺者が、任務を途中放棄し警視庁に逮捕される未遂事件が起きる。同時に、標的だった初老の文芸エージェントが姿を消した。
英国情報部「サーカス」を指揮するコントロールは、この事案に対処すべく、ベルリンの壁を挟んだ熾烈な諜報戦の、あの悲劇的な結果を受けてサーカスを去ったスマイリーを呼び戻す。

ジョン・ル・カレによるスパイ小説の古典的名作「寒い国から帰ってきたスパイ」の続編的エスピオナージュ。息子のハーカウェイによる作品で、ジョージ・スマイリーとその仲間たちをわりと忠実に再現していて、往年のファンなら楽しめる。(なお、表紙やAmazonのデータは二人の共著のような連名表記ですが、ル・カレは設定の原案者であって、本作の執筆には関与していません)
先に作者ハーカウェイの怪作・特殊設定のSF私立探偵モノ「タイタン・ノワール」を読んでいたので、不安がありましたが、物語の滑り出しの数ページを読んで、文体にはほとんど違和感がなく、しっかりとル・カレしていたので安心しましたw 、 あと「寒い国から~」の主人公アレック・リーマスの運命を始め、同作の核心部分に触れた描写が頻繁に出てくるので、未読の場合は先に読んでおくことをお勧めします。
さて、プロットのほうですが、後年の「ティンカー、テイラー」の時の、ソ連の諜報指揮官カーラの工作によるサーカスの深刻な事態とは違って、今回は引退したスマイリーを呼び戻す状況にそれ程の説得力がないのが気になります。まあ、途中からはピーター・ギラムに任せば良いのでは?という感がありますね。
消えた男、ハンガリーからの移民でソビエトの昔の諜報員ローカの行方を追って、残された手掛かりと元秘書の証言を元に、ベルリン、ウィーン、ブタペストと東欧諸国を飛び回る活動的なスマイリーが新鮮でした。ところで、ウィーンのホテルでアンが会っていた相手は誰だったのでしょうね。


No.2471 6点 ゲノム・トーカー
林譲治
(2026/05/11 10:00登録)
2034年、日本の無人探査機「かいせい」は木星圏近くで奇妙な電波源を発見する。カメラに映り込んだ巨大な黒い影は、人類が始めて遭遇する異星種族の宇宙船だった。彼らは1万6000年前に放たれたホモ・サピエンスの全遺伝情報(ゲノム・データ)を受信し、その発信源を辿って太陽系を訪れたのだという。ゲノムを他星系に送ったのは未知の超古代文明なのか? それとも…………。知的興奮を呼び起こす、人類史✕宇宙SF。

異星人との「ファースト・コンタクト」がテーマという点ではクラークの「地球幼年期の終わり」、1万6000年前の地球(旧石器時代?)からのデータ送信の謎という壮大なアリバイ崩しは「星を継ぐもの」を想起させる側面もあります。
ただ後者の謎については、物語の中盤で海洋調査船がNUMA(海底の金属性物体)を発見してからは、上位レベルの技術知識を持つ異星人(ゲノムトーカーと称される)と日本人科学者たちの交渉が中心になって続いて、ハードSFをあまり読んでいない身には、やや退屈に感じました。作者の持論なのか、ダンバー数を持ち出しての組織論を展開、宇宙空間と海底が主な舞台な割に、地に足がついた展開は「日本沈没」を代表とする和製のハードSFの伝統なんだろうか?
しかし、終盤のある一人の人物による行動が意外な事態に発展する部分は衝撃的ですし、エモーショナルなエピローグも印象的です。


No.2470 5点 降り止まぬ雨の殺人
床品美帆
(2026/05/06 09:34登録)
京都の中京区にある「六角法衣店」の若い店主・六角聡明は、失せもの探しの他、どんな相談にも乗ってくれる辻占い師で名探偵。知り合いの駆け出しカメラマン・安見直行をワトソン役にして過去に幾つか謎解きを行ってきた。
雨の降るある日、森沢レミと名乗る若い女性が店を訪れる。彼女の依頼は、七年前に自動車の転落事故で死んだ妹・聖奈の遺品である青い日傘の「本当の持ち主」を探すことだった。ところが、調査を始めた二人が関係者と思われる人物に接触を試みたところ相手が不審死を遂げ、続いて密室状況下で起きた殺人事件に巻き込まれる。

京都辻占い探偵六角シリーズの第2弾。
デビュー作の前作は同じ主人公ながら連作短編集だったようですが(そちらは未読)、今作は長編です。
辻占い師という探偵役の設定から、てっきり安楽椅子ものの、日常の謎系のもっとライトな作風のものを考えていましたが、犯行動機や事件の裏の構図などは結構ヘビィで、また探偵たちも行動派で、北は福井県の港町から、西は神戸の三宮まで、手掛かりを求め動き回ります。ただ、読み進めるにつれ、気になる点が多々出てきます。まずは現場や先々で目撃される”白いワンピースの女”の正体、これはどう見てもダメでしょう。密室状況下の殺人の大技トリックも物語の流れから浮いている感じがします。作風は、どちらかというと連作短編集のほうがむいているのかな。


No.2469 6点 サプライズ・エンディングス 嘘
ジェフリー・ディーヴァー
(2026/05/01 10:12登録)
先に翻訳出版された「サプライズ・エンディングス 罠」と同じく、電子版でのみ発表されていた作品を日本で独自に編集した中編集で、8編のうち残りの4編が収録されています。
個人的に、最近のディーヴァーの長編は書き込み過多と言うか、長尺を読んでいて疲れてしまう感じがあるので、ある程度物語性があって、意外な展開を楽しめる中編が丁度いい。

最初の「被害者クラブ」は、地方の名門大学で起きた女性教授を被害者とする、性的画像拡散事件をベテラン保安官補が追う捜査小説&フーダニット。作者にしては地味な展開が続くが、保安官補のルーティンワークを伏線にして、最後に現れる裏の構図は独創的で意外性がある。
「忘れられし者」は、懸賞金ハンターのコルター・ショウが登場し、麻薬密売人殺しの罪で逮捕・収監されている青年の冤罪を晴らす。シリーズ長編のプロモーション版のようですが、あまり読んでいないシリーズの主人公の造形を知るのに丁度良かった。
「帰任報告」は、国境の街エルパソ市の麻薬捜査課の刑事たちとメキシコの麻薬組織との攻防戦を背景にして、どんでん返しの連続技が繰リ出される編中で最も作者の本領が発揮された作品です。
最後の「ターニングポイント」は、マトリョーシカ人形を現場に残す連続殺人犯と、家族も標的にされかかる捜査班のネヴィル刑事の視点で語られる物語の、登場人物の立ち位置が終盤に劇的に変転する正に作者のお家芸の作品です。


No.2468 6点 探偵物語
小鷹信光
(2026/04/27 12:16登録)
「私立探偵の工藤俊作さんだね?」………下北沢の雑居ビルにある事務所で受けた電話の内容は、失踪した17歳の少女の捜索依頼だった。相手の低い威圧の入った声と、四日間の期限つきという奇妙な条件はあるものの、高額な報酬にひかれ工藤は依頼を引き受ける。だが、調査を始めて間もなく、少女を誘拐したという何者かの脅迫電話を端緒に、事件は複数の人物が関わる複雑な様相に変わる。(本書裏表紙の内容紹介文を一部抜粋)

昭和54年から55年(1979~80年)にかけて日本テレビ系列で放映された、松田優作主演の伝説的な連続ドラマ「探偵物語」の原案者は、確かに小鷹信光ですが、このたび復刊された創元推理文庫版の巻末の小山正の解説(ドラマ制作の裏話)によると、小鷹は主に探偵のキャラクター設定を提示したものの、ドラマのプロット作りには関わってはいなかったようです。企画打合せ時に、突如として小鷹が小説版を書くと宣言し、TV放映と小説の出版が同時に実現したという経緯があった。このエピソードには驚いた。だから本作はTVドラマのノベライズではなく、小鷹のオリジナル小説になります。匿名でポルノ小説を書いた経験はあったようですが、初めて書いたハードボイルド小説とは思えない完成度の高さを感じます。
ドラマの方は、良くも悪くも松田優作の個性というか存在感が大きく、ハードボイルド探偵のパロディとまでいかないにしても、戯画化した造形が目立った作品。
小説版は、女性弁護士などTV版のサブキャラなどの設定をそのまま活かしながら、翻訳モノで培ったと思われる洒落た比喩表現の多用と、ロスマク風の複雑な家庭環境、「マルタの鷹」を思わせる裏の筋立てなどが、なかなかやるなと思わせます。書かれた時代性も多少関係する違和感が多々あり、昭和の国産ハードボイルドあるあるな浪花節的な展開は、個人的には気になった。

2487中の書評を表示しています 1 - 20