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ミステリの祭典

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平均点:5.88点 書評数:2500件

プロフィール| 書評

No.2500 6点 ビブリア古書堂の事件手帖V ~扉子と謎めく夏~
三上延
(2026/08/18 13:28登録)
栞子と大輔が海外在住のコレクターの本の買取りで不在の夏休み、両親に代わって古書堂を任された県立高校2年生の篠川扉子は、期間限定のアルバイトで高校の後輩・恭一郎と共に留守を守る事になるのだが………。黒いフレームの眼鏡を外せば美人の母親に似た顔立ちで、好奇心と洞察力も母親譲り。だが異なるのは何事にも物怖じしないその性格。お客の特殊な「相談」に首を突っ込まないよう、密かに扉子の監視役にと恭一郎を雇った栞子の思いを他所に、扉子は持ち込まれた古書にまつわる謎を次々と解き明かしていく。

ビブリア古書堂のひとり娘・扉子をメインにした新シリーズとしては5作目で3話を収録。正直なところ新シリーズの方はそれほど熱心に読んでいなかったので、アルバイトの恭一郎が前々作からの再登場ということも途中まで気付きませんでした。シリーズ通算では12作目になる本作は、扉子が店に居るところにアルバイトの男子が登場するシーンで、ああ、これはシリーズ第1作のオープニングで、アルバイト五浦大輔の登場の場面の再現では、と感じました。

1話目のお題は「シャーロック・ホームズの帰還」(岩波文庫、昭和13年初版)
戦時中、南方の戦地で言葉が通じないはずの日本兵捕虜とイギリス軍将校との、ホームズ譚を介した不可解なコミニケーションのハウダニットと文庫の落書きの秘密。まあ「帰還」と言えばアレでしょう。
2話目の「森山大道「写真よ、さようなら」」は、文香叔母さん(栞子の妹)の持ち込みネタで、昭和47年初版のプロの写真集を巡って、復刻版、署名版、贋作などと、関係する男女の思いが錯綜する話で、複雑だけどミステリとしてはなかなか面白かった。
最後は「中原中也「山羊の歌」」がお題で、以前に宮沢賢治「春と修羅」の事件に出てきた初版コレクター・玉岡昴とお久し振りのアノ人物が登場し、今後の不穏な展開を匂わせ終わります。


No.2499 6点 夜の喜劇
東川篤哉
(2026/08/16 13:34登録)
著者初の”ノン・シリーズ短編集”(仮)だそうで5編収録されています。内容的には、倒叙もの、アリバイ崩し、密室殺人、挑戦状付きのフーダニットと、バラエティに富んでいながら、作風はタイトルからも察せられるように、作者の持ち味である脱力系ギャグ&ユーモアが健在です。
昔からノン・シリーズの短編集は避けられがちな風潮があって、西村京太郎、島田荘司、東野圭吾といったベストセラー作家ですら、キャリアの初期に2、3冊しか出していない。東野はたぶん生涯で1冊のみ。(ベストセラー作家だかからこそ?かも) 連作短編集だと、読む方はキャラ読み志向で安心感もある、書く方は設定を一から考え無くていい、編集者も売れるから連作を書くよう勧める、といった事情があったのでしょうか? おそらく米澤穂信の「満願」のヒットで潮目が変わったのでしょう。最近はノン・シリーズの短編集がぼつぼつ出るようになりました。
さて前置きが長くなりましたが、個別の感想は下記の通りです。

「鳥越さんは立派な被害者」は、作者の作品で最近目立って増えてきた倒叙もの、悲惨な笑える話は、やはり犯人視点が効果的なのだろう。コロンボ風のオチもグッド。
「アリバイのある容疑者たち」は、田舎のローカル線を小道具にし”読者への挑戦状”が挿入されたフーダニットものですが、多重解決的なプロットで読者をとことん翻弄させる凝りに凝った作品です。余詰めの潰し方もなかなかです。
「どうか僕を占ってください」は、カリスマ占い師に恋愛相談に来て殺人事件に捲き込まれた主人公という、割りとありがちな話でトリック的にもイマイチと思っていましたが、最後の主人公のセリフがジワる。
「暮林紅子の誤算」は、密室殺人を扱った倒叙ミステリで、ブリテンの例のパロディ短編をより複雑にして捻ったような作品です。
最後の「陽奇館(仮)の密室」も、倒叙✕密室モノだが、最終的に明かされる密室トリックは.、叙述の技巧でカムフラージュされてはいるものの、「あとがき」を読むと、もはや作者も読者からのツッコミを待っている感さえあるw


No.2498 7点 地雷グリコ
青崎有吾
(2026/08/13 16:04登録)
都立頬白高校の一年生・射守矢真兎(いもりや・まと)は、女子高生ながら、勝負事にはやたらと強い。
文化祭の場所取りを賭けた生徒会の役員との罰則付きグルコ・ゲームを皮切りに、次々と現れる強者を倒し、”実践向上(キャリアアップ)”を目指す。だが、ギャンブルはどんどんスケールアップして行く。

今作は学園モノだが謎解きミステリではない。一言でいえば「頭脳バトル」です。
子供の遊びをモチーフにし、それに特殊ルールを加えたゲームの数々、百人一首を使った神経衰弱、独自手を追加した「自由律ジャンケン」、歩数と文字数を入札できる「だるまさんがかぞえた」など、頭脳戦、情報戦、心理戦が繰り広げられる。相手が仕掛けたワナを見破リ、イカサマを暴く、ルールの盲点を見つけるというバトルゲームであり、コンゲーム的な面白さを味わえます。乱暴に言ってみれば、”女子高生版の「麻雀放浪記」w”です。ただ、それからノワールの要素を取り除いて、替わりに青春小説の成分を多めに入れた感じがあります。
3年前に本書が出て評判になりましたが、オリジナル・ゲームによる頭脳戦ということだったので、個人的には、ルールの理解など面倒クサそうだったのでスルーしました。今回文庫化になって手にしましたが、巻末解説の小川哲氏の思いが同感でビックリしました。既存のゲームにこの程度のルールの追加であれば問題はありません。ただ、最終話の特殊設定の「ポーカー」ゲームは、ポーカーの運の要素を抑える一方で、頭脳戦の範囲を逸脱してる感は否めない。


No.2497 6点 ハウスメイド3 最後の秘密
フリーダ・マクファデン
(2026/08/10 11:54登録)
”必殺仕事人のハウスメイド”ことミリーを主人公としたシリーズ、まさかの第三弾。
前科者のミリーは庭師のエンツォと結婚しハウスメイドを引退、今は40代の主婦で小学校高学年の娘と低学年の息子を持ち、一家4人で郊外の一軒家に引っ越して来たのだが……………。

隣人のセレブな妻スゼットは何かとエンツォに色目を使い、夫のエンツォの行動も何処か怪しい。さらに向かいに住む詮索好きで息子に過保護なシングルマザー・ジャニスの言動にもイライラさせられる。全体の半分を占める第一部は、ミリーを狂言廻しにした、ご近所トラブルと子育てトラブル風のエピソードが語られていくファミリードラマ風の展開で、面白くないと言うことはないのですが、前2作とはだいぶ方向性が違う感じがあります。本筋とは関係がなさそうな60代のハウスメイドの登場や、ジャニスの言動などは終盤の急展開の原因の伏線になっている。
とにかく第二部の最後に、ある人物が発する一言が爆弾となってからの急展開がなかなか読ませます。さすがに第1作には及ばないけど、そこそこ楽しめるサスペンスでした。ちなみに、本書の原題は”Housemaid is watching”で、やっぱり松本清張オマージュでした(違)


No.2496 6点 痛苦の聖母
ジョン・ブラックバーン
(2026/08/05 12:00登録)
”血の伯爵夫人”ことエリザベート・バートリの伝説に材を取った新作舞台「痛苦の聖母」が、ロンドンのペガサス劇場でまもなく初日を迎えようとしていた。主演のスーザン・ヴァランスは大女優ながら傲慢・不穏な性格で悪評があった。ゴシップ紙の記者ハリー・クレイは、暗い過去を持つ医師トレントンが彼女の元に出入りするのを目撃する。
また別の日、パブの隣のブースで窃盗団の三人組の、財宝の所在と遭遇した恐怖体験についての密談を漏れ聞いたハリーは、特ダネの臭いを感じ取り、彼らを追跡調査していると、次々と不審死に遭遇する。やがて事件はトレントン医師や女優のスーザンとの関連が見え隠れしてきた。精神科医ミリアムと知り合ったハリーは、悪夢のような事態を防ぐべく開演直前のペガサス劇場に向かう……………。

80年代以降のキングやクーンツが人気を博する前の、モダン・ホラーの先駆者とも言われる英国人作家ジョン・ブラックバーンの1974年の作品です。国際謀略スリラー担当の英国情報部カーク将軍や、バイオ・ホラー担当のレヴィン卿というレギュラーキャラクターが出てこない単発モノなため、かえって先が読めないというか、物語の全貌が分からない。伏線を効かせたミステリ要素が楽しめて、また怪奇趣向の強い作品です。翻訳既刊でいえば「闇に葬れ」に近い感じを受けました。
17世紀のハンガリーの伝説、「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリの悪魔じみた所業と、その後日譚が重要な要素になっていますが、本文で説明があるので知らなくても問題はありません。(ちなみに、島田荘司の「アトポス」にも不必要なほど詳しく書かれているw)


No.2495 6点 ウィリアム
メイソン・コイル
(2026/08/01 14:50登録)
これはネタバレなしでの内容紹介がちょっと難しい作品です。また、どうしても事実と違う記載が入ってしまう。
米国の閑静な住宅街。古風な外観ながら、扉や窓の開閉などコンピューターで制御されシステム化された邸宅で暮らすヘンリーとリリーの夫婦が巻き込まれる惨劇を描いたサスペンス。リリーの元同僚の男女二人をブランチに招いたある日、ロボット工学のエンジニアのヘンリーは初めて彼の手作りのAI搭載ロボット「ウィリアム」を披露した。ところが、突如ウィリアムは妊娠中のリリーに暴力を振うなどして、次々と邸宅のコンピューター制御に異変が起こり始め、彼らは邸宅内に閉じ込められてしまう。そして招待客の二人の姿が何処かに消える。

今年になって、AIをテーマにしたミステリを読むのはこれで3冊目です。まあ、自律型AIの暴走によるパニック小説、スリラーというのは書かれるべくして書かれた作品と言える。SFとサスペンス・スリラーのハイブリッドですが、惨劇の内容はホラーに近い読み味です。ただ、それだけならそれほど新味を感じないが、最後に明らかになる真相は想定の範囲外、まさに衝撃のどんでん返しと言えるでしょう。
内容は全然共通点はないけど、評判になった「ハウスメイド」同様、登場人物が少なく読みやすい文章なので、翻訳モノが苦手な人も抵抗なく読めるのはいい。


No.2494 7点 余命一週間の探偵として
ホリー・ジャクソン
(2026/07/29 14:08登録)
米国バーモント州ウッドストック。地区のハロウィーン・フェアで住民・知人らと交流を持った夜、帰宅したジェットは後頭部を何者かに何度も殴打され意識を失う重傷を負う。脳動脈瘤の破裂の恐れがあり、医師から余命一週間を宣告される。彼女は幼馴染みの親友ビリーの手を借り、残された時間で自分を「殺した」(襲撃した)犯人を見つけると誓う、文字通りの究極のデッドライン物のフーダニット・ミステリ……………。

主人公のマーガレット・”ジェット”・メイソンは、ロースクールを退学し無職でモラトリアムな27才の女性。これまでの女子高生を探偵役にしたシリーズとは設定がやや異なるものの、語り口は同様で、やはりYA(ヤングアダルト)向けのテイストで、600ぺージを超える大作ながらスルスルと読めます。こういう外傷で医学的に余命日数を正確に診断出来るものか?とか、安静にするべきなのに活動的に探偵したりで、確かにツッコミ処はあります。ウッドストック地区という狭いコミュニティが舞台ということもあって、浮かび上がる容疑者が、家族を含め全て身近な人物ばかりというのが、フーダニット物としては、終盤を迎えるところで、ネガティブな予感しか出てこないw
ロスマク風の”家族の悲劇”をテーマとして、その中の人が探偵役だと、ある程度は真相が制限されてしまうのですが、最終盤の多重解決的な展開はやや無理があるとはいえ、なかなか読ませます。そして、好感が持てる青年ビリーの立場などは後味がいいとは言えない。読む人によって色々と感想が別れそうな作品です。


No.2493 6点 死体を無事に消すまで 都筑道夫エッセー集成
評論・エッセイ
(2026/07/24 13:24登録)
日本版「EQMM」誌の初代の編集長にして、創作・翻訳・評論に多くの足跡を残した悕代の知識人・都筑道夫のエッセイ類を、日下三蔵の編集で集成する全三巻(予定)のうち、第一巻の本書はミステリ専門誌に発表された論考を中心に収録されています。1973年の晶文社版「死体を無事に消すまで」とタイトルは同じですが、丸々の復刊ではなく、晶文社版の第一部を収録しながら単著未収録だった原稿が多数収録されているので、全く別物と言えます。

晶文社版の再録部分の「パート1」では、やはり自作の「天狗起こし」(なめくじ長屋捕物騒ぎ)と、物部太郎ものの「七十五羽の烏」をテキストにした、ミステリの創作手法の”講座”というか舞台裏の話が興味深く楽しい。アイデアが意外な方向から舞い降りて来たエピソードは実体験なんだろうか?
「パート2」以降は、都筑がEQMM誌に書いてきた原稿が中心になっていて、”編集ノート”には福島正実や小泉太郎(のちの生島治郎)という当時のスタッフが執筆している回もある。また英米の出版関係のニュースが中心になる「望遠レンズ」は、事実を伝えるだけなのでエッセイ的な要素はあまりないが資料としては必要だろう。
「パート3」の”辛味亭辞苑”になると都筑の持論が多く見受けられるようになっている。ハードボイルドに対する姿勢は当時から変わらない感じがする。また主題の話の途中から話題が横道に逸れていって、ウンチクを披露しながらなかなか本題に戻らないという”都筑節”が全開の処が楽しい。


No.2492 6点 そして物語のおわりに
小松立人
(2026/07/21 11:38登録)
医大生の張田はバイト先の店長に誘われ、友人の久郷と共に離島に立つ店長の父親で大手ゼネコンの会長・柏谷が隠遁する屋敷を訪れる。親族や知人が集まるなか柏谷が余命が幾ばくもないと明かされた翌朝、四肢を切断され池に浮かんだ彼の死体が発見される。さらに柏谷の部下も同様に惨殺されていた。屋敷中の通信設備が破壊され、船も2日後まではやってこない。警察と鑑識が介入出来ない状況下、張田は医学的知識を活かしたある提案をする…………。

鮎川哲也賞最優秀賞受賞のデビュー作である特殊設定ものの前作とは打って変わって、今作は孤島もの+猟奇殺人の王道のフーダニット・パズラーになっています。とくに最近は孤島ミステリが次々と出版されている感じがあって、それらとどういった点で差別化されているかの興味で読んで見ました。
まずホワイダニット面では、なぜ容疑者が限定されてしまう状況下で犯行を行うのか、死期が近い人物をわざわざ殺す理由は?、時間と労力をかけて死体を切断するのはなぜか?の三点はある程度納得がいくものです。で、ある事実を犯人が知ることでスイッチが入るという経緯は、ある古典ミステリを連想させます。ただ、ある程度用意がされていたとはいえ、こんな手間が掛かる複雑な工作を短時間で考えつくものなのかという疑問はありますね。ほとんど事件の解明に関心がなさそうだった久郷の探偵する動機が独特で、解決編前の”ワトソン役の張田には意味が不明な探偵の行動”いわゆる「名探偵しぐさ」や、コロンボの「二枚のドガの絵」のバリエーションとも言える意外な証拠など、内外の古典ミステリの趣向を忠実になぞるオマージュ的な要素も楽しい。


No.2491 6点 どんでん返しミステリガイド
事典・ガイド
(2026/07/17 10:05登録)
「どんでん返し」をテーマにしたミステリの読書ガイドなんて、ずいぶん難しいところを攻めて来たなと思いながら、ヤジウマ根性で眺めて見ました。人によっては「どんでん返し」があるという情報自体がネタバラシらしいけど、最近は書店に並ぶミステリ本の帯には普通にキャッチコピーとしてのキラーワードになっているので、こういったミステリ・ガイドもアリかなと思います。
取り上げている作品は、海外編20作、国内篇40作で、第一部で各作品のネタバレなしの内容紹介。個別のタイトルを挙げるのは差し控えますが、本格ミステリだけでなく、SFからスパイ小説まで、本サイトのヘヴィユーザーならほぼ読んでいる有名作品が多いです。で、第ニ部では、各作品のどんでん返しに至る手法に関してかなり踏み込んだ内容の分析・論考が行われています。このガイド本がどの程度の読者層を想定しているかは分かりませんが、このあたりはガイドというより、ネタバレを含むマニア向けの評論に近い感じがします。なかには目から鱗が落ちるような指摘があって感心させられことが多かった。
書き漏らしましたが、この本の冒頭には著者から大きく「注意!」として、ネットなどの感想・書評に、記載内容について晒すことを禁じる旨の言及があります。なので、叙述トリックやバカミスと「どんでん返し」の関連などを書きたいことがありましたが、控えることにします。


No.2490 7点 隣人
シャロン・ボルトン
(2026/07/15 14:16登録)
イングランド北西部の湖水地方の閉ざされた村。三つの棟が連なるテラスハウスに住む「わたし」は、隣家に移住してきてパン屋をオープンしたアナに近づき、やがて毎年催される教会の怪しげな集会堂から逃げてきた少女を助けるうちに、二人は共に多数の信徒が集まるキャンプ場に興味を持ち、過去に起きた複数の少女の変死に気付く。
一方、一年前のドーセット州では教師を刺した17才の少年が精神科医の女性に執拗に付きまとっていた。どうやら少年はアナと何らかの関係があるように思われるが…………。

いわゆる”信頼できない語り手”による多くの騙りに満ちたサスペンス・ミステリですが、信頼できないのは名前が出てこない語り手の「わたし」だけではなく、隣人のアナをはじめとして表面上の顔が終盤になると次々と変転していく。読者の先入観、思い込みを利用したサプライズが連打される終盤の演出はなかなかのものです。ただ正直なところ、全600ページのうち400ページぐらいまでは、展開がモタモタしている感じがあって、完成度とリーダビリティの点では前作の「身代わりの女」には及ばないかなと感じていました。不穏な雰囲気の村ホラーに、サイコ・スリラーの要素が加わり、最終盤の教会キャンプ場の「ヘルハウス」の場面は圧巻と言えます。巻末解説で川出正樹氏が表現している「嘘を絵筆に秘密を絵具に描かれた大胆かつ巧緻な騙し絵」はまさに言い得て妙です。


No.2489 6点 絞首台のある庭
リチャード・デミング
(2026/07/09 13:40登録)
私立探偵ムーンの事務所に富豪の令嬢グレースが訪れる。会社を経営していた父ローソンを事故で失くし莫大な遺産が彼女と兄ドンに遺されるはずだが、兄は失踪し、グレースの身にも不可解な事故が続発していた。ボディガードを依頼されたムーンはローソン一族の屋敷に乗り込むが、そこには疑わしい人物が勢揃いしていた。

昨年翻訳出版された、正統派ハードボイルド✕本格謎解き物の中編集「私立探偵マニー・ムーン」で評判になった、ボクサーあがりの義足の探偵マニー・ムーン・シリーズの1952年発表の初の長編作品です。
準レギュラー・キャラクターとも言える、殺人捜査課のウォーレン・ディ警視や、ムーンの”もと婚約者”でカジノのディーラーからクラブの女性経営者になっているファウスタ・モレニも重要な役割で再登場します。
先の中編集の収録作はナイトクラブや弁護士事務所など、都会派のハードボイルドの雰囲気が目立ちましたが、今作はアガサ・クリスティなどの英国のクラシック・ミステリを思わせる遺産相続絡みの「お屋敷」もののになっています。
高台にある屋敷の裏側の崖で、グレースの兄が変死体で発見され警察が介入してからは、一族や使用人、関係者の事情聴取と諸々の情報収録などにページが費やされていて(まあ、それらも英国クラシック・ミステリ風でもあるのですが)、中編とは違って、トリッキーでもなく、ゆったりとした展開が焦れったく感じました。終盤近くになって、二組のギャングを相手の活劇・銃撃戦とハードボイルドらしい派手な展開から、最後は関係者一同を集めての、ムーンの「仮説」の披露と、最終的には旨く纏めています。巻末の法月綸太郎氏の解説にありますが、G・K・チェスタトンの詩の一節から採ったタイトルの意味が分からなかったのですが、最後の最後に明らかになります。


No.2488 6点 交番相談員 百目鬼巴
長岡弘樹
(2026/07/06 11:06登録)
県警を定年退職し非常勤で県内各所の交番の相談員(補助員)を勤める60代の女性、百目鬼巴(どうめき・ともえ)を探偵役とする、6編収録の連作短編集。名前は恐そうだが、見た目と性格はいたって穏やか。しかし噂では本部の刑事部長さえ彼女に頭があがらないらしい、県警の上層部はみな、彼女が只者でないと知っている。

これはなかなか面白かった。探偵役の設定がユニークですし、各篇の事案もバラエティーに富んでいて飽きさせない。「ものごとをほじくり返すと、ろくな事がない」と言いながらも、断罪すべきときは容赦がない。
鋭い観察眼と洞察力で、隠されていた罪を暴き、いくつもの伏線を回収のうえ鮮やに謎解きが行われる。若い警官が絡む事案が多いので、「教場」の風間教官を彷彿とさせるところもある。
個別に見ていくと、轢き逃げ事件の目撃者である急死した老齢の外科医が残した手掛かりと意外な結末の「冬の刻印」が個人的にベスト。最後の倒徐形式のミステリ&かなりユニークな手間暇をかけたダイイングメッセージもの「土中の座標」も印象に残った。


No.2487 5点 微笑する悪魔
多岐川恭
(2026/07/03 13:50登録)
1984年に光風社から出たノン・シリーズ作品8編を収録した短編集。書誌情報が掲載されていないのでよくわかりませんが、比較的古い作品をまとめたような感じがあります。
裏表紙の内容紹介がやや抽象的ですが、男女関係の軋轢を背景に、様々な罠が仕掛けられた犯罪小説が中心になっていて、表題作の「微笑する悪魔」や「地獄へ行け」なんかが典型的です。気弱な男と多情で強かな女の組み合わせというパターンが多い。ただ意外に定型を外し、読者の先入観の裏をかくテクニカルな作品もあります。印象に残ったのは、色仕掛けで銀行の支店長と融資課長を騙すコンゲーム風の「柔らかい唇」、初期のトリッキーな作品を思わせる「窓の死神」あたりです。
多岐川恭と言うと、1958年の短編集「落ちる」収録の表題作ほか3編で直木賞を取っており短編の旨さには定評があるものの、1960年代前半の面白そうな短編集が文庫化もされず、ことごとく絶版・入手難の状態なのが残念です。2018年に日下三蔵編の中公文庫で「落ちる」と「黒い木の葉」の最初期作2冊のカップリングで傑作選が出ていますが、「死体の喜劇」「悪人の眺め」「夜の装置」の収録作など、まだまだ傑作選の続編の余地がありそうです。


No.2486 5点 後宮の呪術妃
白川尚史
(2026/06/30 12:01登録)
漢軍に一族を滅ぼされた翠玉は、敵討ちのため後宮に潜入するも、病床の皇帝に近づく機会は訪れず絶望していた。
一方、若い女性文官の雪花は、妃嬪の葬儀の様を記録中に遺体の首が切断され別人の頭部が縫い合わされいることを指摘するも、相手にされず逆に高官の怒りを買ってしまう。命を落とす処罰を免れるには、いま後宮で頻発している妃嬪の急死・失踪事件の情報を集めることで放免されると、若い官吏・明達から助け船を出される。「事実を記す」を信念とする雪花は調査を開始するが………。

このミス大賞受賞のデビュー作「ファラオの密室」に続く第2作は、古代エジプト文明に替わって、古代中国(後漢時代)の宮廷を舞台にした、ダブル・ヒロインを主人公とする後宮ミステリです。雪花の父親の冤罪・獄死のもとになった不可解な殺人事件の謎解きや、首の差し替えなどのミステリ要素はあるものの、毒殺や呪術を使った謀略が渦巻く伝奇小説風のプロットなので、読者の嗜好によって評価は大きく変わりそうです。況してや、中盤すぎには、額に呪符を張り付けた跳び歩く死体、咷屍(いわゆる「キョンシー」)の集団が出てくるは、意外な男女のロマンスが事態を複雑にしたりで、まさに「カオス状態」になります。この時代は、皇帝は傀儡で皇太后が実質的にトップ、外戚や宦官が権力を握っていた謀略小説モノに打ってつけな舞台なわりに、そちらの方面にさほど拡がらなかったのは残念です。


No.2485 6点 死の絆 赤い博物館
大山誠一郎
(2026/06/27 14:54登録)
警視庁付属の犯罪資料館、通称「赤い博物館」の館長・緋色冴子と部下の寺田聡が未解決事件などの再捜査を行なう連作シリーズの第3弾で6編収録。文藝春秋社の販売戦略なのか、石持浅海の殺し屋探偵シリーズと同様に、第1作は単行本で出し、2作目からは文庫オリジナルになっています。6編のトリッキーな本格ミステリを収めた短編集を今どき八百円代で読めるのがありがたいですね。

作者が「あとがき」に書いていますが、他のシリーズと比べて設定が現実的な分、よく考えられたトリックが際立っている感じがあり、ホワイダニットの良作も目立ちます。ただ”論理のアクロバット”を追求するうえで、どうしても偶然の活用と強引な推理の飛躍が多くなっているのが気になるところです。
個別に見ていくと印象に残ったのは、動機が独創的な「三十年目の自首」と、最後まで緊迫感があって読み応えがある表題作の「死の絆」、”キャリア警察版の「教場」”を思わせる警察学校を背景にした緋色の若い日の”日常の謎”的な事件「春は紺色」の3篇になります。


No.2484 6点 鬼門の村
櫛木理宇
(2026/06/23 13:50登録)
大学生の友部は、社会民族学の嘉形教授の依頼で夏休みのあいだR県の山奥の村に滞在し、教授が担当しているラジオ番組の怪談コーナーに投稿された実話怪談の整理を行なうことになった。この高額のアルバイトの条件は、昭和30年代に一家六人の惨殺事件が起きた家に住み込むこと、そして注意点としてその土地の水や地元で採れた食べ物を決して口にしないことだった。作業を続けていくうちに、友部は村に隠されていたおぞましい真実に気付いていく。

最初はよくある因習の村を舞台にしたホラー・ミステリかと思っていましたが、あまり謎解きの要素になるような事件が起きることもなく、ラジオに投稿された実話怪談をオムニバス形式で紹介されていくのですが、その合間を縫うように、友部の廻りで不穏な雰囲気が漂い出します。具体的に書かない方がいいのでぼやかしますが、視覚、聴覚、臭覚、触覚を刺激し、怪異が少しづつ読者を包み込む様な書き方は独特な感覚で不思議な読み味があります。
ミステリ的な視点で読んでいると、やや消化不良感がありますが、ホラーとしては十分に及第点を与えられる。


No.2483 5点 対決・開発殺人事件
辻真先
(2026/06/19 16:56登録)
ルポライターの可能キリコは、沖縄のリゾートホテルの高層階のベランダで、銀座のホステス朱美が奇妙な状況で死体で発見された現場に出くわす。一方、ミステリ作家の牧薩次は長野県の別荘地で、対立する二つの企業のリゾート計画にまつわる殺人事件に巻き込まれる。バブル末期を舞台に、薩次とキリコが活躍するお馴染みの長編ミステリ。

日本経済新聞出版社から1991年に「ユートピア計画殺人事件」のタイトルで出版された作品を改題し創元推理文庫で復刊されたものです。
版元の要望なのか、少し時流に合わせた様な経済推理的な要素があって、プロットの方も中盤すぎまで、とっ散らかったギクシャクした感じがありましたが、そこはそれ”ポテト&スーパー”シリーズならではの趣向が関係しているからです。ただ、今作の場合は、その仕掛けがそれほど旨く機能している様には思えませんでした。あと、村の祈祷師の老婆の孫娘が一応の中心人物なわりに、それほどの意味を持ってなかったのは拍子抜けです。


No.2482 6点 瞬きすら許さない
ジョー・キャラハン
(2026/06/17 12:00登録)
休職明けの警視正キャット・フランクが任命されたのは、人工知能の捜査体”エイド・ロック”を使った試験的な捜査班「パイロット・プロジェクト」のチーフだった。ベテラン刑事としとしての直感を重視するキャットと、あくまでも合理的で瞬時にデータ分析が可能なAI捜査体ロックが、相反する捜査手法で、サンプルとして取り上げた二つの未解決失踪事件に取り組むことになるが…………。

刑事とAIのバディ物の捜査小説だと、ひと昔前ならSFミステリに分類されるところですが、ディープ・ラーニング手法による最近のAI技術の進展具合が凄まじく、chatGPTも身近なアイテムになった現状なら結構リアルな捜査小説と言えそうです。そのうち安楽椅子探偵チャッピーなるものも出てきそうw
さてストーリーのほうですが、もともとAIの活用に懐疑的だったキャットと、人間の心情の機微が解らず、その場の”空気を読めない”AIのロックとのすれ違いが面白いところです。捜査のほうは、二つの失踪事件に不可解な共通点が判明してミッシング・リンクものとして劇的な展開になりますが、捜査班の家族が、その中に巻き込まれている状況など安易な偶然の活用が気になります。読み進めていくと、最終的に本作のテーマはAI捜査よりも、犯人側の異様な動機にあるように思われてきました。
CWA(英国推理作家協会)最優秀新人賞をはじめ幾つかの賞を取って、日本でも各種媒体で、宮部みゆき他多くのミステリ書評で取り上げられている話題作で、確かに読み応えが有りますが、社会派的なシリアスなテーマを含め個人的にはちょっと嗜好に合わなかった点があるのでこの評価。シリーズとして続編が書かれているので次に期待したい。


No.2481 5点 消えた犠牲(いけにえ)
ベルトン・コッブ
(2026/06/15 10:00登録)
人気ミステリ作家のリチャーズが出版社を訪ねると、いつもの話し相手で経営者のウィルキンズは不在で、共同経営者のスカーブリックから気分転換な執筆に彼の別荘を勧められ鍵を渡される。しかし、翌日その別荘を訪れたリチャーズが部屋で目にしたのはウィルキンズの刺殺死体だった。
身代りの犯人にされるのを恐れたのか、リチャーズは隣家の管理人夫婦宅に公になっていない本名を使って間借りし、事件の動向を見守り、ミステリ作家の本性で経緯を小説形式の手記にしていく……と、ここまでが第一部で、「探偵物語」と題された第二部に入ると、視点人物がロンドン警視庁のバーマン警部に変わり、典型的な捜査小説になります。

大昔に読んだときには、少ない関係者ながらも、アリバイと動機の両面で仮説を立てては崩れていく、バーマンの犯人を特定しようとする捜査過程が面白く感じたことを覚えていますが、オチを知って読むと、なんか核心部分をあえて避けてモタモタした展開が、やや退屈に感じられますw
植草甚一セレクトのクライムクラブ叢書の中では、確かにネタとしては面白いミステリと言えますが、前半に出てくるある人物の心理描写など普通にアンフェアな部分が気になり、先行作の劣化版ぐらいの評価、絶版のまま文庫化されなかった理由も分かるような気がします。

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