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ミステリの祭典

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平均点:6.20点 書評数:288件

プロフィール| 書評

No.288 6点 魔法人形
マックス・アフォード
(2025/08/18 00:56登録)
うん、これは他の評者も指摘しているように、この作者はクイーンに似ている。
怪奇的設定はカーに似ているが、それがつかみだけで、中盤にふくらませないので、カーっぽくないし、逆に複雑な状況が判明していく段取りはクイーンに近いし、解決部分は「主人公が、どこに着目して真相を見いだしたか?」が説明されて、まさにクイーン的。この解決はなかなか気が利いていて、かなりの加点ポイント。一部はあからさま過ぎてわかってしまったのが残念だが。
途中の展開は、色々残念なところがおおくて、傑作とはいえないかな。
事件が起きるまでは怪奇的雰囲気を盛り上げるが、事件発生後は事件の検討がメインで怪奇的雰囲気は薄れてしまうし、途中の展開は色々明かされるが、見せ方が上手くないのか、なんだか地味。冒頭の不可能興味は残念なかたちで事実が明かされるし、意外な背景状況が次々と明かされるところは、ホームズ時代のようだし、内容が盛りすぎて前振りもないので、納得感が薄い。埋もれてしまうのも、わかる気がする。
でも、文句ばかり書いてしまったが、好きか嫌いかでは、好きなんだけどね。


No.287 6点 奇術探偵 曾我佳城全集
泡坂妻夫
(2025/08/17 22:13登録)
シリーズを通しての感想としては、詰め込みすぎのため、ミステリの興趣が薄くなっている、というところかな。奇術の描写の中で事件が起きるものがおおいが、それらの作品は事件が起こるのが話の中盤になっていて、質疑がなく、即解決となり、あっけなくなっている。
あとは、佳城のキャラがあまりたっていないと思う。佳城がなにを考えているか、伝わるような描写が少ないからだろうな。
他に、佳城を出しておけばシリーズに入れられるので、実験的な作品もあるところは、評価したい。
以下に、各話の寸感。
「天井のトランプ」 奇術の仕掛けとダイイング・メッセージを絡ませた、典型的な佳城譚。まとまりのよい作。竹梨警部が登場。以降、いくつもの作に顔を出す。
「シンバルの味」 壊したものを治す仕掛けをを絡ませた、これも典型的な佳城譚。舞台設定が凝っているのにも、理由があるのもよい。シリーズのベストの1つ。
「空中朝顔」 ミステリでない。短い人情噺。
「白いハンカチーフ」 泡坂妻夫の得意な論理と伏線だが、いろいろ無理が目立つ。テレビ番組のトレースという実験的構成は面白い。
「バースデイロープ」 竹梨警部が登場。事件にほとんど関わらない人物を、主な視点として描く実験作。シリーズのベストの1つ。
「ビルチューブ」 問題のない日常に並行して、裏ですすんでいる事件を終盤で暴く、泡坂妻夫が得意とする構成。事件と関わらないが、「雪まくり」という現象が印象的。「天井のトランプ」の法界と「バースデイロープ」の節子が再登場。シリーズのベストの1つ。
「消える銃弾」 竹梨警部が登場。シリーズで初めて佳城が探偵役として事件を依頼される。奇術の仕掛けが中心なので、鮮やかさに欠ける。串目匡一が初登場。以降は多くの作に顔を出す。
「カップと玉」 暗号解読を軸にした作品。暗号以外はドタバタコメディのタッチ。
「石になった人形」 竹梨警部が登場。奇術の仕掛けが作品の仕掛けと直結している。佳城の立ち位置が特徴的。
「七羽の銀鳩」 日常の謎風の結末に、もうひと捻りするのがよい。その話の落とし方は、いかにも泡坂妻夫の味わい。
「剣の舞」 竹梨警部が登場。冒頭の奇術ショーのエピソードとは、全く別視点で事件が語られ、終盤にきれいにつなげる構成が見事。
「虚像実像」 竹梨警部が登場。奇術の趣向は面白い。事件は、謎と解明より動機に焦点があたっているのが、シリーズでは異色。
「花火と銃声」 竹梨警部が登場。トリックは平凡だが、構成や推理の段取りで楽しませる。
「ジグザグ」 事件が派手だが、必然性は薄いし、趣向や推理にもみるべきものがない。残念な作。
「だるまさんがころした」 謎と解決らしきものはあるが、ミステリは風味付け。ミステリでないジャンルの読み心地。
「ミダス王の奇跡」 手がかりの提示が気が利いている。シリーズとしては、ある仕掛けがあり、重要作。
「浮気な鍵」 竹梨警部が登場。視点人物が途中で入れ替わり、ふたつの話の絡みが興味を引く。トリックはシンプル。最初の視点人物の市塚尚子は面白いキャラ。
「真珠夫人」 事件が起きるが、ミステリ的な推理や解決はほぼなし。あるのは動機の謎だけだで、共感はできるが、小粒すぎる。
「とらんぷの歌」 事件に使われるギミックは面白いが、ミステリ的にはそれだけ。あとは奇術の会の描写を楽しむ話。
「百魔術」 奇術のトリックがそのまま事件のトリックで、ミステリ的にはシンプル。動機が特異で、かつ、ある伏線にもなっているところがポイント。
「おしゃべり鏡」 死体の発見で閉幕という、泡坂妻夫らしいユニークな構成。
「魔術城完成」 やはりこれは、「こんなキャラではないはず」の思いが拭えない。


No.286 5点 ブロンズの使者
鮎川哲也
(2025/08/17 21:43登録)
三番館シリーズをつづけて読んでみた。読んだ味わいは「サムソンの犯罪」と変わっていない。
最初の2作「ブロンズの使者」、「夜の冒険」では、小説の盗作問題を中心に据えたり、尾行から意外な展開が起きたりと、ワンパターンの展開を避けようと工夫している。つづけて読んで飽きさせないのだが、ミステリ的アイディアはかなり小粒。
つづく「百足」、「相似の部屋」は、かなり凝った構成でシリーズでも上位にくると思う。本書のベストは「相似の部屋」かな。
後半の2作「マーキュリーの靴」、「塔の女」は、構成が問題編、解答編ときれいに別れている印象で、潔いほど。ただ解答が、整合性のある仮説の域をでないように感じる。
シリーズを通してみると、初期作と比べて、かなりシンプルになってきている。初期の作では、バーテンダーの推理を元に、探偵が裏取りするパートがある作が多かったが、本書では、バーテンダーの推理をきいて終了となっている。
昔に読んだ記憶では、この後の作では、さらにその傾向が強まり、推理クイズ的になっていったイメージなので、もう読み直さないかなぁ。1作目だけ、いつか読み直そう。
あと、今回読んだのは、徳間文庫版だが、解説が中町信で、「マーキュリーの靴」を三番館シリーズのベストに推していて、「やっぱり、中町信はこういうのが好きなんだな」と微笑ましかった。追記すると、徳間文庫版の中町信の解説の各作品の説明部分は、内容に踏み込み過ぎでネタバレになっているところがあるので、先に読まない方が良い。


No.285 5点 サムソンの犯罪
鮎川哲也
(2025/08/10 02:45登録)
久しぶりに、鮎川短編集を読んでみた。
ミステリ的には、1つシンプルなアイディアを盛り込むだけで、型通りという感じがするが、事件に工夫があり、物語としては楽しませてくれる。
事件の工夫をあげていくと、主人公の探偵が訪ねた先で事件が起きたり、1つの手がかりから複数の解決を展開させたり、浮気調査が別のものに変わったり、短い中に何人ものアリバイ調査をいれたり、ドッペルゲンガーが目撃されたり、ニセモノに化けたところに事件に巻き込まれたりする。
ベストは「走れ俊平」。事件の特異さが際立っていてよい。


No.284 5点 枯草の根
陳舜臣
(2025/06/16 00:44登録)
これは再読。といっても、相変わらずまったく覚えていなかった。
1章で複数の人物の動向並列してが描かれ、どう絡んでいくのかと思わせる。その後もじっくりと人物を描き、事件が起こるのは、300ページ中の70ページというところで、中期クリスティーを思わせる構成だ。
「全体は手堅い作りで、プラス、なにか”ひき”がある」作品というところは、乱歩賞らしい。”ひき”はもちろん探偵役の陶展文。中国人という出自に特色があるが、落ち着いた、ちゃんとした大人といった感じで、最近のミステリのようなキャラ立ちはなく、地に足のついたキャラだ。
ミステリとしては、手がかりをきっちり配置し名探偵が解くというところが、ちゃんとしていて、読み心地がよい。まあ、わかりやすすぎる感が、しなくもない。
作者が書きたかった部分は、動機を語る終章のように感じたが、これはホームズの長編のようで、古典的すぎる。なかなか社会派の動機だが、他のシーンと雰囲気が違いすぎで、違和感を感じた。


No.283 7点 玉嶺よふたたび
陳舜臣
(2025/06/16 00:41登録)
これは好みだ。
ミステリ味は薄いのだが、話の作りは「のっぴきならない状況に追い詰められる男の話」なので、ジャンル分けはミステリとでいいと思う。まあ、でも、読みどころは、主人公と周辺の人物のドラマだろう。陳舜臣が得意とする、近過去の中国を舞台にした話で、異国情緒や伝承が物語を彩る。
特筆すべきはヒロインで、これは魅力的だ。ラストシーンでヒロインの気持ちに焦点があたる構成も見事だが、その中でも、最後の会話で交わされる「もし……ならば、どう表現したらいいでしょうか?」の回答は、ヒロイン像をくっきりと浮かび上がらせていて素晴らしい。
あと、今回、双葉文庫の日本推理作家協会賞受賞作全集で読んだが、解説の後半は、事前に読んでは駄目。ほぼラストまであらすじを書いてしまっている。事前に読まなくてよかった。


No.282 5点 孔雀の道
陳舜臣
(2025/06/16 00:39登録)
この最後に見えてくる全体の構図は、かなり好みだ。とくにヒロインの母の肖像は、印象深いものがある。少し登場人物の心理に無理がある感じはしたが、この構図のためならば、やむを得ないところだろう。
しかし、それ以外はあまりのれなかった。
要因は、物語当初から始まる「真相を探ろうとする昔の事件」があまり魅力的でないことと、主人公の男が事件に関わる動機が弱いので、読むモチベーションもあがらないところだと思う。
現代の事件も起きるので、読者の興味が分散されるし、それだけでなく、途中で登場人物たちも謎解きの意欲がなくなってしまうので、物語の方向性もみえなくなる。このあたりは、ミステリ的興趣は薄く、かなり普通小説よりという感じがした。
まあ、それでも、神戸、富山、長野、広島などを渡り歩くのは旅情があり、中でも、善光寺や原爆資料館のシーンは印象深い。双葉文庫の解説によると、昭和43年に新聞連載したとのことで、原爆資料館のシーンがよいのは、第二次世界大戦の記憶がまだ生々しいからなのだろう。


No.281 8点 秋期限定栗きんとん事件
米澤穂信
(2025/06/15 23:18登録)
再読。これも1回目より楽しめた。1回目は、前作までの「日常の謎」のイメージに強く引きずられて、謎と解決に期待したため、戸惑いが大きかったのだと思う。今回は「連続放火事件を間に挟んで、小鳩くんと小佐内さんが、なにを感じて、どのように行動したか?」を中心に読んだので、実に楽しかった。
「日常の謎」としては、小鳩くんパートの「バス」「泥棒」「トマト」の3エビソードくらいで、これらは謎と解決としては相変わらず小粒。しかも、全体の物語からの位置づけは、「知恵働きをアピールできず、楽しめない小鳩くん」のエピソードといったところ。だからなのか、それよりも小鳩くんパートで印象に残るのは、小佐内さんに言及される何箇所かだった。
やはりこれは、小鳩くんと小佐内さんの物語なのだと思わされる。「自身の感情を感じ取ることができないために、他者の感情もわからない」小鳩くんと、「他者を支配するだけで、理解できないし理解する気もない」小佐内さんの、すこしピントのずれた青春物語だ。
小鳩くんが中丸さんとする会話はすべて「わかってないな、小鳩くん」というものだし、小佐内さんの「雪に足跡をつけるときにどうするか」の会話は、いかにも小佐内さんらしい。
ふたりの関係を描くことにおいては、本作は会心の出来だと思う。「春」「夏」では、ふたりの掛け合いだけだったが、本作でそれぞれに別の相手をあてて、その相手と掛け合いをさせることで、それぞれのキャラクターの「周囲との関係性」を浮き彫りにし、それをふまえて、あらためて「ふたりの関係性」を振り返させる。これにより「ふたりの関係性」は、層を増し、深みを増す。抜群にうまい。
この後に、作者が「冬」をなかなか作れなかったのは、「ふたりの関係性」について、「あらたに書くことを思いつかなかったのでなないか?」と想像してしまう。「秋」を再読した今、あらためて「冬」の「ふたりの関係性」について考えると、「秋」でかたまった内容に、「エピソード0」と「エピローグ」を付け加えただけのように感じるからだ。

アニメ(2025春期)も見たので、ちょっとだけ感想。
原作のページ数とアニメのエビソード数から想定していたが、だいぶ駆け足。小鳩くんパートの「日常の謎」エピソードは、「トマト」以外カット。「トマト」の回のネット感想では「トマトイーター」なる単語が飛び交っていて、ネットの命名力はさすが。中丸さんはキャラデザと声がとてもキュートで、ここは個人的な見どころだった。小佐内さん役の羊宮妃那さんは相変わらずよい。


No.280 3点 裁くのは俺だ
ミッキー・スピレイン
(2025/06/15 23:10登録)
他書評にあるが、ラストシーンはよかった。しかし、それ以外がまったく楽しめなかった。
ストーリーは、行き当たりばったりで、ひとつひとつの面白さも感じなかった。それぞれのシーンは「ニューヨーク・アンダーグラウンド案内」の趣きはあるが、迫真性が感じられないので、いまひとつ。発表当時の同時代の人は、迫真性を感じたのかなぁ?
性描写やバイオレンスは、いまでは、なにものでもない。発表当時はインパクトがあったのか? ほんとに?
ひさしぶりに、読むのが辛い読書だった。


No.279 3点 ビール職人の秘密と推理
エリー・アレグザンダー
(2025/05/11 23:28登録)
ひとつ前に読んだ作品が、分刻みに事件の検討をしていてパワーが必要だったので、軽い本作を読んでみた。
シリーズ3作目だが、1,2作と同様、ミステリは風味づけ。(1,2作と同様なのは、期待通りということで、いいことだけとね)
でも、まあ、するすると読めてしまう。これはきっと、主人公の抱える問題、「仕事の問題(小さなビール工房のやりくり)」、「家族の問題(離婚した元夫と息子との関係)」、「出生の問題(自分は何者?)」、「殺人事件(ちょっと聞きまわるだけだが)」の出し入れがうまいからなのだろう。案外、テクニカルに作られているのかもしれない。
でもミステリ部は、なんの工夫もなく、ダメダメ。ミステリ部を期待して読んだわけではないので、それでいいのだけれど、本サイトでの採点は、ミステリとして1点、お仕事小説として5点で、間をとって3点にしましょう。


No.278 8点 夜と霧の誘拐
笠井潔
(2025/05/05 11:40登録)
期待以上に面白かった。「哲学者の密室」以降の大作の中では、ミステリ的構成は最も充実していると思う。
序盤にタイトル通りに誘拐が起きるのだが、並行して別の事件が語られる。この2つの事件がどう繋がるのか、興味をひかせながら、身代金の受け渡しがサスペンスフルに進行していく。すると、身代金の受け渡しの終盤に、意外な形で事件がつながる。いや、ここからなかなかよい。
さらに、本書の中盤にカケルが提示する構図が、かなり魅力的。途中で気づく人も多いと思うが、私は気づけなかったので、「おぉ、なるほど」と胸の中で声を出してしまった。その上、本書の終盤では、それを踏まえて、何回も構図を変えて見せる。これは力作。
分刻みで事件の進行を検討するので、ここはかなり気合が必要だが、それに見合う読み応えがある。
思想部分について、本作では犯人の動機の拠り所となるものであるが、それ以上に関わっていなくて、判りやすく整理されていて、読みやすい。構成的には、序章、中盤、終章の三箇所で、「バイバイ、エンジェル」のテロリズムの問題を引き継ぐ形で、第二次大戦後の政治的分析が行われるが、それ以外はあまりページを割かれず、事件の進行を妨げない。シリーズの中でもかなり読みやすいと思う
ただ、本シリーズは10作で完結とのことだが、イリイチとの対決はあまり進行した感じはなく、この対決がシリーズできれいに完結するのか、すこし心配になった。


No.277 4点 黒き舞楽
泡坂妻夫
(2025/04/14 01:18登録)
亜愛一郎シリーズの次にでも本作を手にとった読者がいたら、ものすごく戸惑うだろう。ミステリではなく恋愛小説だ。ミステリらしいフックや展開が少しはあるが、最終的にミステリとしてまとまるわけではないので、それらはミステリに擬態するためのものに感じた。
恋愛小説を全然読まないわけではないが、本作は、登場人物の行動に理解が及ばず、あまり楽しめなかった。共感できないだけでなく、なにを考えているかわからない。これはたぶん、相性なのだろう。
たまたま本作を読む直後、日本文化のTV特集番組を見たが、そこに本作を読み解く手がかりがあった。本作では浄瑠璃が絡んでくるが、その番組では能について取り上げていて、日本の文化には「余白」の文化があると説明していた。表情が変わらない能のお面から、鑑賞者が様々な表情を読み取ることで作品が完成する。「余白」を埋めるのは鑑賞者なのだ。
本作は、極めて「余白」が大きい作だ。様々な葛藤があったであろう展開を、ほんの少しのエピソードだけですませているし、各エピソードの描写も多弁ではない。そこで登場人物がなにを感じたか、それを埋める作業は読者に委ねられているようだが、私はどうもよい読者ではなかった。


No.276 5点 不自然な死体
P・D・ジェイムズ
(2025/04/14 01:01登録)
再読。これもまったくおぼえていなかった。おぼえていなくて言うのもなんだが、昔に読んだジェイムズ作は、事件関係者の視点がおおいイメージだったので、ほとんどダルグリッシュ視点だったのには驚いた。
冒頭の「手を切断された死体」という描写や、それに続く「関係者が集まったところに事件発見の知らせが入る」導入など、全編ミステリらしい展開になっていて、ダルグリッシュ視点ということもあり、ジェイムズ作では読みやすい。
だが、展開はミステリらしくても、ミステリとしては、内容にいくつか残念な点がある。なかなかフックが効いている「手を切断された死体」について、切断の理由を考察することは少ないし、全編でダルグリッシュの推理はほぼ語られないし、解決の仕方もミステリ的興趣はない。(ミステリ的興趣としては、ダルグリッシュが潜在意識でなにか気づいたと感じる場面がよいかな。後から考えると、あの症状に対する言及とわかる。手を切断した理由にも、説得力があるのはよいところ)
読みどころは、サフォーク地方の風景描写と、登場人物の人間模様だと感じた。
風景描写はイメージ喚起力があり、1、2作目より断然によく、夜中に墓を暴く場面は印象的だ。恋愛小説家とその姪が、自宅で会話するシーンも味わい深く、3作目の本作から、ジェイムズらしさがでてきたと思う。ジェイムズの定番である「印象的な舞台設定(本作ではサフォーク地方の風景描写)」に加えて、これも定番の「終盤のアクションシーン」が本作にあることも、その理由のひとつだろう。
とはいえ、アクションの描写はいまひとつで、現場の状況、家の配置、登場人物の動線など、読んでいていまひとつわからなかった。前振りがないので、「そんなことが起こる場所なの?」という疑問も感じて、アクションにはあまりのれなかった。
ラストに描かれる犯人の造形は、なかなか強烈だが、全体的には、良いところと残念なところがまだらにあるという読み心地で、後の作を読んだ後では、習作感をおおいに感じた。
1、2作目から引っ張ってきたダルグリッシュ自身の恋愛については、本作でも相変わらず「これ必要だった?」と思うほどで、1作めからずっと、編集からの要請だったのかなと邪推してしまう。本作以降では描かれなくなるので、ラストシーンは、「本作でおしまい」という作者の宣言だったのかも。


No.275 5点 方壺園
陳舜臣
(2025/04/05 20:58登録)
ちくま文庫版で読了。旧版の「方壺園」からの6作は、どれも不可能犯罪を絡めている。表題作はなかなか個性的な仕掛けで面白いが、他はそれほど魅力的な仕掛けではなかった。そもそも、不可能犯罪を扱っているが、不可能性に着目したストーリー展開ではない。
それより、読みどころは世界設定だろう。旧版の「方壺園」からの6作のうち、5作の舞台は現代でなく、4作は日本ですらない。異世界での異常な事件を読むのが、主な楽しみだ。ちくま文庫で追加収録された3作も、ミステリというより歴史秘話といった趣で、あわせて考えると、陳舜臣の楽しみは、異世界での異常な事件が主ということだろう。全体的に、謎と解決といったミステリ的興趣は薄いので、新本格のような作風が好きな人にはあわないとおもうが、ちょっと他にはない舞台設定もあるので、個性的な味わいがある。


No.274 5点 ある殺意
P・D・ジェイムズ
(2025/04/05 17:58登録)
再読だが、これもまったくおぼえていなかった。記憶していたイメージより、かなりミステリらしい構成だったが、構成のわりに、謎解きミステリとしての面白さは感じなかった。
後期のジェイムズとは違い、冒頭から事件が発生し、その後(本編231ページまでのうち)29ページから114ページまでが当日の捜査で、このパートはほぼ尋問になっている。この構成は初期クイーンに似ているので、比較するとジェイムズの特徴がみえる気がする。
クイーンでは、いつ、誰が、どこにいたといった、何が起きたのかに焦点があたっているが、ジェイムズは、誰がなにを考えていたかといった、動機、背景に焦点があたっている。
尋問は細かく描かれるが、検死の様子などは描かれないし、検視官も描写されない。尋問に同席している部長刑事にいたっては数回だけしか描写されなくて、「いたの?」と思うほどなので、もちろん捜査側で議論などはなく、事件の全体を整理するといった部分はない。
このため、謎解きミステリとしての読み心地は、かなり少なくなっている。
作者も、謎にアプローチするのではなく、群像劇がやりたいのだろう。謎解きミステリ志向がある私には、これが要因で、かなり読みづらかった。また、後期に比べると、情景の描写が少ないからか、ビジュアルが浮かばないのも、読みづらさにつながっている。
後半、ダルグリッシュはある調査をするのだが、ここに「気づき」が描かれていないので、突然といった感じがする。クイーンの「神の灯」や「中途の家」にある「気づき」の鮮やかさこそ、謎解きミステリとしての醍醐味だと思うが、そのような演出をする意図はないのだろう。
後期のジェイムズ作ほどの濃密なドラマはなく、謎解きミステリとしての面白さも薄いので、高得点はつけられない。退屈ではないんだけどね。


No.273 7点 11枚のとらんぷ
泡坂妻夫
(2025/03/29 19:30登録)
Ⅱ部は抜群に面白い。ミステリ・ショート・ショートとして、これほどの出来の作品は他にないと思う。
全体の趣向もかなり好き。読み直してみると、キーとなる事(これは数十年ぶりの再読でもさすがにおぼえていた)は、冒頭からそれとなく匂わせてくるし、全編にいくつも振り撒いているのがわかる。解決編での、それらの伏線の指摘は素晴らしく、テンションがあがる。
そのわりに、そこまで高得点でないのは、Ⅰ部とⅢ部にある。Ⅰ部は、(再読では伏線を拾えて楽しめたが)趣向を知らずに読むと、ドタバタを含む奇術ショーなだけで、事件が起きるまでが長すぎて飽きてしまうし、Ⅲ部は、解決編までは奇術大会の模様で、ミステリ的興趣は薄い。この辺、奇術に興味がある人には楽しいのだと思うが、あまり興味がない私は楽しめなかった。
再読で気づいたのは、亜愛一郎シリーズのキャラ「三角形の顔の老婦人」が出ていること。なんで記憶していなかったかなぁ。


No.272 5点 秘密
P・D・ジェイムズ
(2025/03/29 18:31登録)
ダルグリッシュ、最後の事件。作者も最後の事件を意識して書いているのがわかる。ダルグリッシュも「最後の事件になる」(組織替えで立場が変わり、現場から離れる)と考えるシーンがあるし、ラスト・シーンも最後の事件だからこのシーンにしたと思う。
しかし、事件そのものは独立していて、最後の事件である要素はない。
ジェイムズの構成パターンに則って、1部は事件が起きるまでの関係者をじっくりと描き、2部から捜査が始まる。2部の冒頭は、前作「灯台」の冒頭と同様、捜査担当の3人の呼び出されるところからはじまる。スタイルとして、これは読みやすい。
その後の殺人事件という特殊な状況での濃密なドラマは、いつものジェイムズだった。そこが好きな人にはいつもどおりに楽しめるが、ミステリとしての意外性や反転などには、特に惹かれるものはなかったので、高得点はつけられないかな。
ネット検索したら「5部は不要」との意見があった。言われると、物語の作りとしては確かになくてもよいと思える。それでもこの章をつけたのは、ジェイムズが必要だと考えたからだと思う。未来への希望を描いたこの章を、書きたいと思ったのだろう。作品発表時に88歳だった著者の思いを想像するのも興味深い。最後の段落から抜粋しよう。”でも私たちには愛がある。……。私たちにはそれしかないのだから。”


No.271 6点 累々
松井玲奈
(2025/03/29 18:10登録)
1作目を楽しめたので、2作目も読んでみた。期待以上に面白かった。すごいな、松井玲奈。
文章は、ドライで、1人称でも自身を客観視しているようで、心地よい。
ミステリ読みにも、受け入れられそうだ。共通の世界を背景にした短編集という体だが、ある見せ方にミステリ的なセンスがあるし、2、3話目は語り手のキャラクターが少し普通じゃなく、サスペンス小説の導入のような読み心地で、異色作家短編が好きな人には楽しめそう。
読み終わってから考えると、タイトル、表紙(文庫のほう)も、内容を暗示しているようでセンスがよい。


No.270 5点 犯罪カレンダー (7月~12月)
エラリイ・クイーン
(2025/03/09 18:11登録)
再読。前半よりはやや落ちるかな。でもクイーン好きでないと、琴線には触れなさそう。
「堕落した天使」 このころのクイーンらしい人物配置だが、クイーンらしい推理やプロットのひねりはなく、平凡な作。
「針の目」 解決の推理のために誂えた舞台やストーリーといった感じで、緊密感が足りず、肝心の推理もクイズ的でいまひとつ。
「三つのR」 作中にミステリがでてきて、結末もなかなか楽しい。けれど、「犯罪カレンダー(1-12月)」で考えると、ちょっと……とは思う。
「殺された猫」 これも、解決の推理のために誂えた舞台やストーリーといった感じで、緊密感が足りないが、推理は本集で1番よい。
「ものをいう壜」 全体的にバタバタして、とっ散らかってる感じがする。趣向は、有名海外ミステリドラマの1作目を思い出した。
「クリスマスと人形」 クイーンらしさとは縁遠い「怪盗との対決」を楽しめれば、なかなかよい話。仕掛けは手品的。
解説の村上さんもよい。ラジオドラマを紐解いていて、充実している。


No.269 5点 犯罪カレンダー (1月~6月)
エラリイ・クイーン
(2025/03/09 18:09登録)
再読。傑出した作品はないが、安定した作品集。でもクイーン好きでないと、琴線には触れなさそう。
「双面神クラブの秘密」 これはストーリも見るところがないし、推理もクイズといったところで、凡作。
「大統領の5セント貨」 アメリカ史に知識がないと「そうなんだぁ」という感じ。正当な評価はできず。
「マイケル・マグーンの凶月」 盗難に端を発し、別の殺傷事件、待ち伏せなど、次々とイベントが発生し、最後はきれいな手がかりでしめる良作。
「皇帝のダイス」 ややゴシック調の雰囲気で展開し、伏せられた真相を、エラリイはある手がかりからあばく。結構好み。
「ゲティスバーグのラッパ」 かなり特異な状況設定。解決は、エラリイでなくても優秀な刑事ならば出来そうなもの。アメリカの地方の町のメモリアル・デイの雰囲気を楽しむ作品だろう。
「くすり指の秘密」 事件が起きるまでの溜めが、ライツヴィル以降の作劇。短編としての締めはかなり好み。
解説の法月さんは相変わらずよいですね。まず書誌の紹介を行い、「クイーンがクイーンの声色をやっている」との評を引いて作風を示し、クイーンの歴史への傾倒に触れ、クイーンの作風の変遷の中での本書の位置づけに話をすすめる。さらに、本書のノスタルジックな性格を指摘して、本書の意義で締める。さすがです。

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