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ミステリの祭典

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枯草の根
陶展文

作家 陳舜臣
出版日1961年01月
平均点6.67点
書評数6人

No.6 8点 斎藤警部
(2016/05/18 10:09登録)
清廉で学識を感じるが意外と軽いタッチ、しかし不思議と若い風格がある。道尾秀介を思わす人物紹介やすれ違いのギミック多発、そのせいか色んな一々が伏線に見えて嬉しく困った。在日華人ならではの語彙選択や言葉の綾、漢字筆談の件(くだり)も興味深し。“私だけが知っている”を毎週見てるなんてエピソードは流石に萌える。ワトソンがホームズ並みにしっかり働くのも頼もしいぞ。

物語も終盤になって、ちょっとした叙述の戯れがあったのだと気付く。小ぶりだがロジックの積み上げも綺麗。やっぱり、文体の軽さをものともしない底光りする風格があるんだな。そして風格あるものに相応しく、ラストシーンは実に爽やかで印象鮮やかな深みの境地だ。表題の意味を明かす瞬間も完璧。最後、狂おしいまでに言外「だけ」で表現される、ある重要人物の強い意志、気持ちの熱さには泣かされた。 終盤の筆の際立ちにやられた私は遂に8点を献上。
「気違いだと思ってくれんだろうか。」 ← この台詞。。 そりゃ犯人は見えてましたがね。半分だけ。。。。

日本人とは大いに、ではなく少し違う中国人ならではのモラルやプライドの表出や暗示が小説を時に引き締め時に和ませていましたね。舞台は神戸、昭和三十年代中期。 「コーヒ」だの「オーバ」だの、森博嗣かと目を疑う表記も光っていました(古拙笑)。


【最後にネタバレ&逆ネタバレ: 「イニシエーション・ラヴ」を未読の方は何卒お控えを】

本作は「李」という中国人(朝鮮韓国人も)にありふれた姓が何気な隠れ蓑になっていますが、それちょっと「イニシエーションなんとか」に於ける「鈴木」という静岡人(とうぜん日本人も)にありふれた姓のアレのナニを思い出させなくもありませんですな。

No.5 6点 蟷螂の斧
(2016/01/16 13:31登録)
(再読)講談社文庫版・裏表紙より~『舞台は神戸。寒い師走のある晩、老中国人徐銘義が絞殺された。そして5号室でまた……。地方政界の汚職追及に躍起となっている若き日本人記者小島が、一方拳法家兼漢方医なる中華料理店「桃源亭」主人陶展文が、この謎を追うのだが――。ノックスの「探偵小説十戒」の「中国人を登場させてはならない」を見事破った清新な処女作。第7回乱歩賞受賞。』~

トリックに派手なものはないのですが、伏線など細かく丁寧に描かれているとの印象を受けます。真相を犯人の告白に委ねてしまっている点が、少し残念な気がしました。裏表紙及び解説の「ノックスの十戒」に関し、文字通りに解釈しており、主旨を取り違えているような気がしますが・・・。あえて記載するようなことではないような(苦笑)。なお、解釈には諸説あるようですね。東洋人は奇術や魔術を使うからという解釈が多いようですが、当時、低俗なスリラー小説に多く登場していた「邪悪な東洋人」を念頭に置き、小説が低級にならないようにしたのでは?という解釈が妥当なような気がします。

No.4 6点
(2015/12/04 23:06登録)
これもずいぶん以前に読んで、内容をすっかり忘れていた作品です。
作者のデビュー作ですから陶展文ものとしても第1作なわけで、この名探偵についても丁寧に紹介されています。とりあえず本業の中華料理店には、事件関係者を招待していますし、漢方医としては最初の被害者などを診察していますが、お得意の拳法は、少なくとも本作では発揮されません。
鈍い読者でも真相の見当がつくようになってから陶展文の説明が始まるまでが少し長すぎるように思いますが、最初から登場する関係なさそうな2人の旅行者は、最後にうまく事件にかかわるようになっていました。
なお講談社文庫の巻末解説では、ノックスの十戒中の第五「中国人を登場させてはならない」戒めが根拠のないことを証明したと論評していますが、ビガーズによる中国人名探偵チャーリー・チャン初登場は、十戒発表の4年前です。1970年台にもなって持ち出す議論ではありません。

No.3 6点 あびびび
(2015/10/05 15:50登録)
文章に厚みがあるというか、確かな知識で構成されていて、納得させられる部分が多い。犯人、トリックについては、だいたい想像できるものであり、結末は読者の想定内だと思うが、殺意が殺意を呼ぶ展開は昔からのパターンと言える。

神戸が、異文化の街だということを認識させられるくだりも興味深い。

No.2 7点 kanamori
(2010/05/03 23:21登録)
集英社文庫版の桃源亭主人・陶展文推理コレクション、表題作のデビュー長編のほか短編4作収録。
「枯草の根」は文字どおり著者のミステリの原点で、中国から訪日する人物によって過去の秘密が炙りだされるという、以降の作品で何度か使われるプロットが懐かしい。トリック自体は陳腐とはいえフェアな伏線の張り具合はさすがと思わせますし、人物造形と心理描写など豊穣な物語を読んだという満足感に浸れます。
しかし、お目当ては短編の方で、単行本未収録だった「縄」シリーズ3作が読めたのが満足。陶展文が意外と稚気溢れるユーモアの持ち主だということが分かる。
集英社は、「弁護側の証人」の復刊といい、なかなか心憎い仕事をしてくれてます。

No.1 7点 nukkam
(2009/03/10 17:54登録)
(ネタバレなしです) 陳舜臣(1924-2015)といえば中国歴史小説の巨匠中の巨匠で様々な文学賞も受賞していますが初期にはミステリーも書いていました。1961年発表のデビュー作の本書は長編4作、短編6作で活躍する陶展文シリーズの第1作でもある本格派推理小説です。デビュー作とは思えぬほど小説としてしっかりしています。中国人が大勢登場し中国独自の風習も随所で書かれていますが日本に生まれ日本で育った作家だけあって日本社会にとけ込んだ在日中国人の視点で描かれているのが自然でもあり新鮮でもあります。本格派推理小説としての謎解きもしっかりしておりこれはなかなかの良作、時代や国境を超越した作品として今でも楽しめる内容です。

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