nukkamさんの登録情報 | |
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平均点:5.44点 | 書評数:2813件 |
No.2553 | 5点 | ヨーク公階段の謎 ヘンリー・ウエイド |
(2022/09/19 19:28登録) (ネタバレなしです) 英国のヘンリー・ウェイド(1887-1969)は2つの世界大戦では軍人として活躍し、行政長官や治安判事などを歴任し准男爵の地位を継承するなどまさに「名士」と呼ばれるにふさわしい人物でした。ミステリー作家としての活動は余技程度だったそうですが、1926年から1957年の間に長編20冊と短編集2冊をこつこつと発表しています。その作風は一言で言えば質実剛健、警察の捜査を丁寧に描いたクロフツ流の本格派推理小説や倒叙推理小説ですが人物描写ではクロフツを上回っていますし、印象的に物語を締めくくる技術にも長けています。1929年出版の長編第3作である本書は全作品の約1/3(長編7作と短編7作)に登場するプール(Poole)警部シリーズ第1作の本格派推理小説です。医師から健康への警告を受けていた銀行家が歩行中に他人とぶつかり、しばらく後に倒れて死んでしまうという珍しい事件を扱っています。殺人ならどんなトリックが使われたのか、動機はプライヴェート関連かビジネス関連か、誰に犯行機会があったのか、様々な疑問に対して多くの証言が集められ、部下たちを動員しての丁寧な現場検証(現場見取り図は欲しかったです)とプールの捜査は多岐に渡りますがちょっと焦点が定ってない感もあって読みにくく、読者の集中力を求める作品です。エンディングの演出はなかなかユニークです。 |
No.2552 | 6点 | 奥州平泉殺人事件 大谷羊太郎 |
(2022/09/18 13:16登録) (ネタバレなしです) 1992年発表の八木沢警部補シリーズ第10作の本格派推理小説です。第1章では密室殺人事件の捜査に取り組む八木沢たちが描かれ、第2章では登場人物たちが変わってぎくしゃくした人間関係が描かれます。第3章以降はこの2グループが並行して描かれ、やがては融合する展開となります。密室の謎解きを織り込んだのはこの作者らしいですけど古い海外本格派作品で使われていたトリックの使い回しに過ぎず、これだけを評価するなら合格点をあげられませんが本書はトリックより人間ドラマを重視しているのが特徴です。凶器が同じなので犯人は同一人物のはずだが、被害者同士の接点がなくて動機から容疑者を絞り込めない連続殺人の真相が明かされる最終章はなかなか印象的です。 |
No.2551 | 5点 | 思い通りにエンドマーク 斎藤肇 |
(2022/09/16 01:39登録) (ネタバレなしです) ショート・ショート作家として1980年代前半にデビューした斎藤肇(さいとうはじめ)(1960年生まれ)の初の長編作品が1988年発表の本書です。当時は「十角館の殺人」(1987年)の綾辻行人を皮切りに次々と新本格派推理小説の書き手が登場していますが、ユーモア本格派を意識したものとしては我孫子武丸の「8の殺人」(1989年)と並ぶ作品ではないでしょうか。もっとも肩の力を抜いたかのような雰囲気はあるものの派手などたばたとか丁々発止のやり取りはほとんどなく、主人公の空回り気味の捜査もやや単調な感じがします。「読者への挑戦状」ならぬ「作者への挑戦状」を挿入しているのが作者の工夫ではあるのですが推理は結構強引で、よくあれで犯人が反論しなかったなあと思いました。しかし31章で図解付きで説明されるトリックはなかなかよく考えられていると思います(某ミステリー漫画で流用されてましたね)。余談ですが13章の「普通の生活の上では、ワープロを使う必要はほとんどないと言える」という文章は、ワープロ機能搭載のPCが普及している現代とは隔世の感がありますね。 |
No.2550 | 6点 | 殺しへのライン アンソニー・ホロヴィッツ |
(2022/09/14 06:41登録) (ネタバレなしです) 2021年発表のダニエル・ホーソーンシリーズ第3作の本格派推理小説です。殺人犯の正体が明らかになるまでに容疑者たちの様々な秘密が途中で暴かれていくプロットはアガサ・クリスティーの「アクロイド殺害事件」(1926年)やパット・マガーの「目撃者を探せ!」(1949年)を連想しました。椅子に縛り付けられた死体の右手だけが自由な状態だった謎はそれほど感心できる真相ではなかったですね。あと最終章で登場した絵葉書のメッセージが謎のままで終わるのも次作につながるお楽しみ趣向のつもりかもしれませんが蛇足のような気がします。 |
No.2549 | 5点 | 翼とざして 山田正紀 |
(2022/09/11 23:03登録) (ネタバレなしです) 2006年に発表された「アリスの国の不思議」という副題を持つ本書は、作者が自分なりにセバスチャン・ジャプリゾのサスペンス小説「シンデレラの罠」(1962年)と「新車の中の女」(1966年)を書いてみたいと意識して作られました。私はジャプリゾを読んでいないので作者の思いがどれだけ実現しているかはわかりませんけど、「サスペンス、スリラーがどこか一点を境にして本格ミステリーに変貌していく」を目指した作品らしいので読んでみました。作中時代は1972年、舞台は沖縄の無人島で文字通りの孤島ミステリーです。全体の半分を占める第1章に相当する「孤島」の章では主人公の女性が自分が仲間の一人を崖から突き落とすのを自分で目撃するという、不思議な事件が起こります。過去と現在が交互に描かれ、主人公の心は乱れまくりと非常に幻想的です。第2章「殺意の翼」では主人公が交替しますが、不思議な謎は増える一方だし第2の主人公もまた自分がおかしくなってしまったのかと混乱します。しかし終盤にさまざまな伏線が回収されて合理的に謎が解かれるところは確かに本格派推理小説です。異様な動機を読者に納得させるためか登場人物たちの心の揺らぎがちょっと好都合的な手段で好都合的なタイミングに引き起こされている感はありますけど。 |
No.2548 | 5点 | 秘密 P・D・ジェイムズ |
(2022/09/10 02:11登録) (ネタバレなしです) 2008年発表のアダム・ダルグリッシュシリーズ第14作(コーデリア・グレイを主人公にした「女には向かない職業」(1972年)もカウントすれば第15作)の本格派推理小説で、結果的にシリーズ最終作となりました。田舎の荘園を改造したクリニックに顔の傷痕の手術のために入院した女性ルポライターが殺される事件を扱っています。地味で緻密な描写とじっくりした展開は晩年の作である本書でも相変わらずですが、序盤は目立たなかったある人物のとてつもない過去が暴かれる場面は緊張が走ります。その後はまた地味路線に戻ってしまいますが解決は唐突ながらもそこそこ劇的、しかし推理要素はわずかに「一つの事実が証明」に言及しているぐらいでほとんどが犯人の自白頼りです。犯人が判明したあとも完全には納得していないダルグリッシュが動機を追及する展開は東野圭吾の「悪意」(1996年)や「希望の糸」(2019年)を連想させます。もっとも登場人物リストに載っていない人物が大勢登場する過去の出来事の説明は私には難解で、すっきりできませんでした。 |
No.2547 | 5点 | 鬼面の研究 栗本薫 |
(2022/09/03 11:22登録) (ネタバレなしです) 1981年発表の伊集院大介シリーズ第3作で、同年発表の「優しい密室」に登場した森カオルが再登場していますがあちらで17歳(本書ではなぜか18歳だったと回想されています)だった彼女が本書ではもう28歳というのには驚きます。私はこのシリーズに精通しているとは到底言えませんけど、秘境の村を訪れる13人、嵐の山荘状態、見立て殺人に首なし死体、そして「読者への挑戦状」とシリーズで最も本格派推理小説らしい作品ではないでしょうか。ただ理由はネタバレになるので書きませんけど「読者への挑戦状」はなかった方がいいのではと思う謎解きでした。またローカル色の演出ではあるのですが村人の使う方言会話がとても読みにくかったです。講談社文庫版で350ページに満たない分量の割に登場人物が多過ぎで、容疑者として十分に描き切れていないように思います。某英国女性作家が1940年代に発表した某作品を連想させる大胆なトリックはなかなか印象的でしたが。余談ですが第4章(正確には第四課)で嵐の山荘パターンのミステリー作品を紹介してますがアガサ・クリスティーの「スタイルズ荘の怪事件」(1920年)は明らかに誤りで、「シタフォードの秘密」(1931年)と勘違いしたのでしょうね。 |
No.2546 | 5点 | 動く指 アガサ・クリスティー |
(2022/09/02 10:00登録) (ネタバレなしです) 1943年発表のミス・マープルシリーズ第3作の本格派推理小説ですが舞台がいつものセント・メアリ・ミード村でないためか、他の方のご講評で紹介されているように彼女が登場するのは物語が2/3ほど進行してからですし登場以降もそれほど目立っていません。匿名者による悪意と中傷に満ちた手紙がばらまかれて自殺(かもしれない)事件まで起きてしまうというプロットがなかなかユニークで(カーター・ディクスンの「魔女が笑う夜」(1950年)やジョイス・ポーターの「誤算」(1965年)に影響を与えたかも)、匿名者を象徴するかのようなタイトルが秀逸です。現代では手段こそ電子化されていますが匿名という安全圏(のつもり)からの誹謗中傷行為というのは昔もあったのですね(なかなか表面化しないでしょうけど)。ただ本書での匿名の手紙の扱いは微妙で、文面や内容の描写や手紙を受け取った人々の反応描写が物足りないです。主人公(語り手)の探偵行動もどこか淡白で、第2の事件(こちらは明確に殺人事件)が起きても謎解きがあまり盛り上がりません。クリスティーが自薦ベストテン作品に入れた自信作ですが、個人的には可もなく不可もなくの作品です。 |
No.2545 | 6点 | 青じろい季節 仁木悦子 |
(2022/08/30 23:48登録) (ネタバレなしです) 1975年発表の本書は「冷えきった街」(1971年)と共にこの作者のハードボイルド作品の代表作と評価されています。主人公が喜怒哀楽をあまり表に出さなかったり、何者かに殴られて気を失ったり、捜査中に銃撃されたりする場面があるところは確かにハードボイルド風といってもいいかもしれません。とはいえ(直接描写ではないですが)主人公が照れてしまう場面があったり最後は幸福な将来を予感させる締め括りが用意されていたりと非情に徹しているのでもありません。kanamoriさんや人並由真さんのご講評で評価されているように、複雑な人間模様が悲劇の背景にあるところはロス・マクドナルドの影響があるのかもしれませんが、第32章で「単に運がよかったのだとしか思わなかった」出来事にまで細かく推理をするなど本格派推理小説としての謎解きがしっかりしているところはこの作者ならではです。 |
No.2544 | 5点 | 窓辺の愛書家 エリー・グリフィス |
(2022/08/28 17:54登録) (ネタバレなしです) 「殺人コンサルタント」の名刺を持っていた90歳の老婦人の死で幕開けする2020年発表のハービンダー・カー部長刑事シリーズ第2作の本格派推理小説です。アマチュア3人組の捜査とハービンダーの捜査が描かれているのが特徴で、人物描写が丁寧です。ロシアによるウクライナ侵攻より前に書かれた作品ですが、登場人物のウクライナ人がロシア・マフィアに怯える描写は書かれた時代を感じさせますね。創元推理文庫版の巻末解説で評価されている、重要なてがかりや犯人を指摘するための決め手となる描写については前作の「見知らぬ人」(2018年)より進歩しているとは思います。しかしどんでん返しを狙っていたにしても、ハービンダーが上司に推理を報告していながらすぐ次の章で「しばらくまえからあやしいと思ってた」と違う推理を披露しているのは不自然な感じもします。 |
No.2543 | 6点 | ネジ式ザゼツキー 島田荘司 |
(2022/08/25 07:30登録) (ネタバレなしです) 2003年発表の御手洗潔シリーズ第11作の本格派推理小説で、講談社文庫版で600ページを超す大作です。全4章構成で、後の章ほどページ数が増えていきます。第1章が御手洗(舞台が外国のためかキヨシ・ミタライと表記)の1人称形式というのが珍しいですね。もっとも感情をほとんど表さないし、第4章では語り手が友人ハインリッヒに交代しますが、そこでの御手洗は常識的な医学者として描写されています。成長して人間が丸くなったのでしょうけどエキセントリックな言動がなくなっていることは初期シリーズ作品の愛好家からは賛否両論でしょう。第2章の幻想的な物語の「タンジール蜜柑共和国への帰還」まではミステリーらしさがほとんどありませんが、退屈させない語り口は見事です。首を切断された上に首に雄ネジを胴体に雌ネジを埋め込まれた死体の謎解きの奇想天外な発想はこの作者ならではです。 |
No.2542 | 5点 | マーダー・ミステリ・ブッククラブ C・A・ラーマー |
(2022/08/21 10:46登録) (ネタバレなしです) パプア・ニューギニア出身のオーストラリア女性作家のC・A・ラーマーが2014年に「アガサ・クリスティー・ブック・クラブ」のタイトルで出版して2021年に今のタイトルに改題した本格派推理小説です。ミステリ愛好家のフィンリー姉妹がミステリ・ブック・クラブを創立します。メンバーは7人。しかしその中の1人が復讐者としての悪意を秘めていることが読者に対して示唆されており、序盤はクリスティー風な雰囲気があってなかなか楽しめそうな感じがします。しかし失踪者探しがメインの謎解きでアマチュア探偵の捜査ゆえやむを得ないのでしょうが、嫌がる相手を何度も訪問する場面が続くところはクリスティーの作風からは乖離します。事件の鍵を握ると思われる家族の乱れた人間関係が明らかになる展開もクリスティーとは時代の差を感じさせます。27章で披露される推理は根拠に乏しくて強引だし、第三部で明かされる秘密は蛇足にしか感じられませんでした。 |
No.2541 | 5点 | 人事課長殺し 中町信 |
(2022/08/15 23:15登録) (ネタバレなしです) 1993年発表の深水文明シリーズ第4作の本格派推理小説で、同じ会社で殺人事件が3度も続いたのをさすがに不自然と考えたのか今回は社外殺人です(殺される人事課長も深水と別会社の人間です)。深水の推理に対して容疑者たちが自分の無実を訴えるために反論推理をぶつけてくるところが本書の読みどころで、無条件には鵜呑みにできないものの深水の推理は軌道修正を迫られます。この作者ならではのどんでん返しの謎解きが用意されていますが決め手となる証拠の提示がほとんどなく、ダイイングメッセージの謎も含めて一つの解釈に過ぎない程度の説得力しか感じられませんでした。最終章での深水の「もう一度やり直したい」失敗は果たしてどうなるのか気になるところではありますが、本書がシリーズ最終作となったのでそれも確認できません。 |
No.2540 | 4点 | クリスマスも営業中? ヴィッキ・ディレイニー |
(2022/08/11 21:49登録) (ネタバレなしです) カナダの女性作家ヴィッキ・ディレイニー(1951年生まれ)は元はコンピューター・プログラマ-で作家業は片手間でしたが(2000年に作家デビューしたが第2作は2005年に発表された)、専業作家になってからは年2作以上のハイペースで複数のシリーズ作品を抱える人気作家です。2015年発表の本書の舞台は1年中クリスマスの雰囲気を楽しめるクリスマス・タウンのルドルフです(コージーブックス版の巻末解説で紹介されている赤鼻のトナカイの名前と同じ。ちなみに本国ではこのシリーズ、「Year-Round Christmas Mystery」と呼ばれてます)。シリーズ第1作というためか伝統に沿って本書の作中時代は12月となっています。多くのコージー派ミステリー作家がクリスマスを背景にした作品を書いてますが、同じカナダ人作家なら何たってシャーロット・マクラウドの「にぎやかな眠り」(1978年)でしょう。本書と読み比べてもいいかもしれません。ただ残念ながら本書は主人公のメリー・ウィルキンソンが探偵役としては積極的でなくてマクラウドに比べて謎解きが盛り上がらず、推理もほとんどないままに場当たり的に解決してしまいます。動機がなかなかユニークですが、これも後出しで判明しています。 |
No.2539 | 5点 | 呪殺島の殺人 萩原麻里 |
(2022/08/06 22:52登録) (ネタバレなしです) 時代小説や児童文学、ゲームシナリオなどを書いていた萩原真理(1976年生まれ)が2020年に発表した本書は新潮文庫版の裏表紙で「新感覚密室推理」と記載されていて私の好きな本格派推理小説のように思えますがタイトルが私の苦手なホラー小説のようでもあり、手を出すのをためらってましたが人並由真さんのご講評でコテコテの新本格派パズラーと評価されているのでほっとして読んでみました。主人公(語り手)が密室内で被害者の死体と一緒なのを発見された上に記憶喪失になっているという設定です。当然のごとく犯人扱いされますがこの主人公、記憶だけでなく危機感も喪失しているみたいでどこかのほほんとしています。そこが舞台背景とマッチしないと感じる読者もいるでしょうけど、犠牲者が増える後半はさすがに雰囲気が引き締まります。名探偵役のはずの三嶋古陶里が肝心の真相説明の場面で目立たなくなってしまうのが演出的に不満です。密室トリックが新感覚どころか古典的トリックだったのも期待外れでした(まあこれは作者よりも宣伝文句を書いた出版社の責でしょうけど)。 |
No.2538 | 5点 | 曲線美にご用心 A・A・フェア |
(2022/07/30 22:57登録) (ネタバレなしです) 1956年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第15作の本格派推理小説です。序盤の展開がちょっと難解ですがドナルドの大胆な推理(根拠をきちんと説明してくれませんが)で急展開し、新工場の進出検討と土地使用制限解除の妨害工作という政治社会的な話までありますけどすらすらと読めるようになります。終盤には何と法廷場面まであり、ここはもと弁護士だったドナルドが本領発揮です。といっても前面には出ないで別の弁護士のバックアップに徹しており、証人になろうともしません。そこがちょっと回りくどいですけどガードナー名義のペリイ・メイスンシリーズ作品との違いを出そうとしたんでしょうね。解決もペリイ・メイスンシリーズでは絶対にありそうにないユニークな解決ですが、これでは納得できない読者もいるでしょうね。だから最後に「蛇足」章を挿入したんでしょうけど。 |
No.2537 | 6点 | 希望の糸 東野圭吾 |
(2022/07/29 16:56登録) (ネタバレなしです) 2019年発表の加賀恭一郎シリーズ第10作ですが加賀は脇役で主人公は従弟の松宮脩平です。加賀(警部補)は松宮(刑事)の上司として、また年長の親族として松宮をサポートします。殺人犯の正体は中盤あたりで早々と明らかになり(ここは加賀が美味しいところを持って行きます)、後半は犯行動機に関わる秘密を松宮が調べていく展開が「悪意」(1996年)に通じるところがあります。その過程で形成される複雑な人間ドラマは実に読み応えがあり、個人的には文学的でさえあると思います。タイトルも内容をよく反映しています。一方で加賀の出番が少ないことや謎解き本格派推理小説としては物足りないところは(厳密には推理で犯人が判明したわけではない)読者の好き嫌いが分かれるかもしれません。 |
No.2536 | 6点 | 歌うナイチンゲールの秘密 キャロリン・キーン |
(2022/07/27 00:26登録) (ネタバレなしです) 1943年発表のナンシー・ドルーシリーズ第20作です。ハードカバー版での出版にはびっくりです。論創社版の巻末解説では「目の肥えたミステリー愛好読者層にも、このナンシー・ドルーシリーズを改めて評価してもらう機会となるのではないかと期待」と記述されていますが、本来の愛好読者である子どもたちに高額なハードカバーをねだられたら親はどういう顔をするんでしょうね(笑)。初期シリーズ数作に登場していたナンシーの友人ヘレン・コーニングと再会することも本書の特徴ですが、それより印象に残るのは困った人を助けるためのナンシーの捜査が成功したにも関わらず幸福にならない展開で、ナンシーは15章で「謎をといたことを後悔したのは生まれて初めてだ」と悩むことになるのです。最後はもちろん(強引に)めでたしめでたしになりますけど、中盤の重苦しさはジュブナイルミステリーとしては評価が分かれるかもしれません。 |
No.2535 | 6点 | 名探偵水乃サトルの大冒険 二階堂黎人 |
(2022/07/24 15:28登録) (ネタバレなしです) 1997年から1998年にかけて発表された社会人・水乃サトルが活躍する本格派推理小説の中短編4作をまとめて2000年に出版された短編集です。解決が早いのでサトルの天才ぶりが際立っており、「ビールの家の冒険」(1997年)といい、「ヘルマフロディトス」(1997年)といい、証拠品の実物を確認する前によくまあそんなことを思いつくものですね。「『本陣殺人事件』の殺人」(1997年)は横溝正史村というテーマ・パークの舞台まで用意して有名作「本陣殺人事件」(1946年)のトリックに別の真相の可能性を用意した意欲作。謎の魅力も雰囲気もいいのですが犯人当ての謎解きが雑な出来ばえなのが惜しいですね。宇宙人による殺人かもしれない謎が後年作の「宇宙神の不思議」(2002年)を連想させる「空より来たる怪物」(1998年)は発想の逆転アイデアが講談社文庫版の巻末解説で「バカミス的トリック」と評価されていますけど、長編でなくコンパクトに中編のボリュームに収めた点で成功していると思います。 |
No.2534 | 7点 | ナポレオンの剃刀の冒険 エラリイ・クイーン |
(2022/07/22 22:50登録) (ネタバレなしです) エラリー・クイーンは1939年から1948年の長きに渡って放送されたラジオ番組「エラリー・クイーンの冒険」(小説の短編集(1934年)とは別物です)のシナリオ作りに関わっています。本書の巻末解説にシナリオ一覧が載っていますがその数、実に310作!1時間版シナリオを30分版に短縮改訂したものや他人(アントニー・バウチャー)によるプロット作品も混ざってますが、それにしても相当の力を入れていたことがわかります。ラジオを聴く機会などまずない読者には縁のない作品と思っていましたが、2005年にアメリカ本国で「殺された蛾の冒険」というタイトルで15の(クイーンが書いた)作品を収めたシナリオ集が出版されました。日本では2冊に分冊されて出版されましたがその1冊が本書で(もう1冊は「死せる案山子の冒険」)、1時間版シナリオが4作に30分版シナリオが3作、そして別のラジオ番組用の10分版シナリオが1作です。どのシナリオも「聴取者への挑戦」が挿入されたフェアプレーな謎解きで、手掛かりの配置と論理的な推理にこだわった作品が揃ってますがやはり1時間版の方が凝った謎解きを楽しめますね。トリックはオースティン・フリーマン作品からの借り物ながら複雑な真相に仕上げた「悪を呼ぶ少年の冒険」(1939年)、足跡トリックに挑戦した「呪われた洞窟の冒険」(1939年)、ライバル探偵役を登場させた「ブラック・シークレットの冒険」(1939年)はよくできていると思います。30分版では「殺された蛾の冒険」(1945年)の推理の鮮やかさが印象的です。 |