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ミステリの祭典

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煉獄の時
矢吹駆シリーズ

作家 笠井潔
出版日2022年09月
平均点7.25点
書評数4人

No.4 8点 麝香福郎
(2024/07/25 20:56登録)
ポーのデュパンものの有名な短編を彷彿させる手紙消失の謎を含む時空を超えた三つの謎にカケルが挑む本書は、全十六章のうち、中盤に置かれた六章分の過去編をカケルたちの活躍する現在編が挟むという重層的な構成を備えている。
消失という現象の本質を「対象に転移した自己消失の可能性」と直観し、手紙と首にまつわる三つの消失事件の謎を解き明かしていくカケルの推理は圧巻の一言。とりわけカケルが謎解きの佳境で提起する「二十世紀の消失現象に生じている固有の偏差」としての「奪われる消失」と「消える消失」という対概念はシリーズの読者ならば注目せざるを得ないだろう。

No.3 7点 ことは
(2024/05/26 12:38登録)
いやあ、長かった。
長さを感じたのは、第二次世界大戦の前後の時代を描いた第2部が、なかなか読みづらかったから。今回、シリーズの他作とは少し違った読み心地だった。
シリーズの他作は、ミステリ部分以外に、哲学/思想談義ががっつり盛り込まれるのが定型だが、本作では、第二次世界大戦の前後の社会情勢やイデオロギー対立がどっぷり描かれていて、哲学/思想談義は、それをふまえて展開される。趣旨をひろいだすと「所有と剥奪の論理が極限に達した時代が近代で、それが大量死を現実化した。それに対して、消失が抵抗の原理となる」というところだが、難しすぎで納得感がうすく感じた。
それだけでなく、第2部の半分以上がその社会情勢やイデオロギー対立の描写で、まるで近代ヨーロッパ史の勉強のようだった。若い頃とは違って、そこも「へぇ、そうなんだ」と思いながら退屈しないでは読めたが、まだ私には積極的に面白いといえるものではなかった。
第1部の事件も地味だし、第2部まで読み終わった時点では、シリーズでは一番面白くないかもと感じた。
(第1部の事件の1つは「首のない死体」なのに、描写/演出が猟奇性をほとんど強調していなくて、事件発生時の時系列の確認にかなりの筆を費やしているから、地味に感じるんだよね)
第3部に入って、新事実がいくつも出てきてから解決編に入る。第1部で謎としてフックしていた「手紙の消失」、「船の出入りの不可能性」の真相は、強行突破的な単純なもので、ちょっとこれはどうなのと一旦は思ったが、解決編の見せ場はそこではなかった。1、2、3部のエピソードが次々ときっちりと積み上がって、大きな構図を描いていくのだ。「手紙の消失」、「船の出入りの不可能性」の真相も、その構図の中にかっちり収まっていく。いや、これは、京極堂シリーズのような構築感あり、非常にに読みごたえがある。
シリーズの上位にはいかないまでも、シリーズの期待値には十分に達した。
それにしても、「連載時は犯人も違った」とのことで、これ以外にないような構築感なのに、連載時はどうなっていたんだ?
あとは、ナディアの精神的問題について、あまり分量を割かれることなかったのが残念かな。それも、今回で回復という状況のようで、次作以降には着目されなさそうだしなあ。
ちょっと気づいたトピックとしては、日本人とユダヤ人の比較について、島田荘司も「ローズマリーのあまき香り」で触れていること。本書では「まったく違う」と書かれているのだが、島田はまったく違う切り口で「類似している」と書いていて、新本格前から活躍する同時代の2人の作家が、同時期に同じテーマを違う切り口で取り上げているのも、面白い符合だなと思った。

No.2 5点 nukkam
(2023/02/14 21:56登録)
(ネタバレなしです) 2008年から2010年の長きにかけて雑誌連載されながら単行本化されたのが2022年となった矢吹駆シリーズ第7作の本格派推理小説です。単行本化に10年以上かけたのは大幅な改訂と加筆があったためだそうです。序盤の展開が意外で、何と「盗まれた手紙」の謎解きをカケルが依頼されます。そしてセーヌ川に浮かぶ川船で発見された首無し死体事件が続きます。中盤でこれらの謎解きは中断されて作中時代が1939年の過去編へと移る展開は「哲学者の密室」(1992年)を連想しました。作中ではこの構成はエミール・ガボリオの「探偵ルコック」(1869年)以来の探偵小説の基本と説明されていますけど。この過去編では「バイバイ、エンジェル」(1979年)に登場したある人物を主人公にして、やはり首切り殺人事件が起こりますが謎解きよりも第二次世界大戦前、戦時中、そして戦後の闘争や革命や武力衝突に関するエピソード(直接的な戦闘描写はほとんどありませんけど)の占める比率が大きいです。哲学議論や思想議論が抑え目な分読み易いとは言え、謎解きに期待する読者には冗長に感じられるかもしれません。現代編に戻るとミステリーらしさも戻りますが非常にややこしい人間関係が紐解かれる謎解きなので私の凡庸な読解力には敷居が高かったです。それにしても同じように首切り殺人事件だった「バイバイ、エンジェル」が随所で回想されていますけど、本書の現代編の作中時代(1978年)からわずか2年半前の出来事だったという設定には驚きますね。出版年では約40年の開きがあるのに。

No.1 9点 じきる
(2022/10/14 15:49登録)
待望の矢吹駆シリーズ7作目。過去作の要素が随所に散りばめられており、このシリーズのファンには堪らない作品でしょう。第二部の過去編が大戦期の重厚な青春小説として非常に楽しめました。
ミステリ部分も、複雑に絡まった事件を解きほぐすカケルの現象学推理は健在で、細部までよく練られています。

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