空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1505件 |
No.1285 | 6点 | ブラッドライン 知念実希人 |
(2021/07/29 19:31登録) 知念実希人の第2作は、医者でもある作者らしい、大学病院に関係した医学ミステリになっていました。 主人公医師冴木裕也の父親が手術中「事故死」したトリックとか、構想の要となる過去の秘密は、医学に詳しくないとわかるはずのないもので、その意味ではフェアではないのですが、このタイプのミステリの場合、これでいいでしょう。読者への説明は、わかりやすく行ってくれています。 『楢山節考』等も想起させ、いつの話だという感じのプロローグ、実は意外に最近の時代だということは、最後近くに明らかにされます。裕也が調査に訪れるこの村の描写は、戦後間もなくの横溝正史でもここまで迷信に囚われた住人は書かないだろうと思われるほどでした。そこはさすがに疑問に思ったのですが、全体的には少々感情表現が大げさすぎるものの、迫力がありますし、特に父親の子どもたちに対する態度の理由には納得でした。 |
No.1284 | 7点 | 下宿人が死んでいく シャーロット・マクラウド |
(2021/07/26 22:48登録) 今回読んだマクラウド作品は、シャンディ教授ではなく、セーラ・ケリング・シリーズの第2作です。発表は『蹄鉄ころんだ』の翌年1980年。自宅を下宿に改造し、下宿人を募る広告を出し、というところから始まるわけですが、そのセーラの奮闘記、また最初は文句をつけていた親戚も、彼女を応援するようになり、といったあたりから、小説としてはなかなか快調に話が進んでいきます。 で、殺される下宿人はというと、登場してすぐにオーソドックスにいけばこの人かなと思っていたとおりでした。ただしこの最初の殺人は事故に思えたのですが、目撃者が現れ、さらに邦題からも予想できるとおり、次の殺人が起こることになります。 巻末解説には、マクラウドは「気合をいれて伏線を探したり、メモをとるのは野暮というものです。」と書かれていますが、フーダニットとしてもしっかりできていて、ミステリらしいトリックが使われています。 |
No.1283 | 6点 | 血とハニー G・G・フィックリング |
(2021/07/22 23:07登録) ヴィクやキンジーの先輩格としての意味のハニー・ウェストの存在は気にはなっていたのですが、今回初めて読みました。夫婦合作で、ペンネームをただG・G・としているのは性別を明示しないためだとか。女性視点も入ったシリーズなわけです。1965~6年のテレビドラマ『ハニーにおまかせ』映像もちょっと見てみたのですが、この役でゴールデン・グローブ賞を獲った主演のアン・フランシスは意外にクールな感じで、ドラマ当時35歳ぐらい、原作より年上です。裸になったりする原作小説よりむしろドラマの方が、後の女私立探偵小説に影響を与えたのではないかという気もします。 本作は第8作ですが、舞台は地元ロサンジェルスを遠く離れたニュー・ヨーク、真冬の吹雪の中を、ネグリジェ姿のハニーが逃げまわるシーンから始まります。事件は様々な登場人物の思惑が絡みあった複雑なもので、最後の方はどんでん返し連続技です。 |
No.1282 | 7点 | 怪奇探偵小説傑作選〈4〉城昌幸集-みすてりぃ 城昌幸 |
(2021/07/19 15:29登録) 1963年に桃源社から出版された28編から成る『みすてりい』を第一部とし、第二部には初収録作も含む26編を加えた掌編(というには若干長めの作品もありますが)集です。ただし、『根の無い話』『幻想唐艸』『不可知論』『実在』は3つのエピソードから成るので、実際にはさらに8編が加わります。 第1部の終りに桃源社版に添えられた乱歩の解説(「跋」)も載っていて、乱歩は本作収録作品を「怪奇掌編」としていますが、明確に幻想的設定の作品は多くありません。肉食植物の『人花』や空中遊行術の『ヂャマイカ氏の実験』等もありますが、『その家』では不気味な出来事にむりやり常識的な解釈もできると主人公が自分を納得させたりして、大部分は一応現実的な作品です。『都会の神秘』(ミステリらしいオチの作品)の最初にオー・ヘンリーの言葉が置かれていますが、実際『道化役』等オー・ヘンリー風の作品もあります。 |
No.1281 | 7点 | 長く冷たい秋 サム・リーヴズ |
(2021/07/16 23:12登録) クーパー・マクリーシュ・シリーズの第1作。本作は原題直訳タイトルですが、その後の3作は原題とは全く異なる邦題になっています。このシリーズは翻訳もある4作だけですが、他にも警察小説やノンフィクションの著作もあるようです。 クーパーはシカゴのタクシー・ドライバー。途中にスコセッシのあの映画についての言及も出てきます。学生時代、片想いだった女が自殺したという新聞記事を読んだ彼が、その事件の真相を追っていく話です。ロバート・B・パーカーの「ハメットの初期の作品のように鮮烈で力強く」という本作に寄せた賛辞を元にした宣伝文句がついていましたが、どうなんでしょう。確かに二人組の雇われ悪党との戦いなど、ハードではありますが、全体的なテーマ性や抒情的雰囲気は、むしろロス・マクにも近いように思われます。 本作は非常に個人的な事件だったわけですが、続編はどうなっているのでしょう。 |
No.1280 | 6点 | Les sept minutes ジョルジュ・シムノン |
(2021/07/12 23:31登録) 収録された『十三の謎』のG.7刑事もの中編3編は、雑誌「探偵俱楽部」にそれぞれ『消失三人女』『将軍暁に死す』『マリー・ガラント号の謎』の邦題で掲載されたことがあるそうです。この中編集タイトルは2編目 "La nuit de sept minutes"(7分間の夜)から採られています。なお、この作品で元将軍が死んだのは実際には午前2時ごろですけど。 このシリーズですから、当然本格派を期待していて、実際、島で次々に失踪する女たち、警察に監視された密室状況、放置された老朽船の不可解な出航と船から発見された身元不明死体、というようになかなか魅力的な謎を提示してくれてはいるのですが、実はそれ以外の点に驚かされました。2編目は、G.7が警察を退職するきっかけとなった事件であり、3編目は私立探偵としての最初の事件という大きな流れを持っているのです。 2編目のトリックは、初期メグレものにも似た発想の作品がありましたねえ。 |
No.1279 | 5点 | 最長不倒距離 都筑道夫 |
(2021/07/08 18:29登録) シリーズ前作『七十五羽の烏』のラスト・シーンで予告された事件を引き受けることになり、スキー&温泉宿にやってきた物部太郎と助手の片岡直次郎。炬燵にもぐりこんだ太郎が「最長不倒距離」(ものぐさの)と呟くのに代表されるユーモアが楽しめる一品です。 つかみの「口絵がわりの抜粋シーン」は最初の2つだけでよかったんじゃないかとも思えますが、その後説明される最近出なくなった幽霊がまた出るようにしてほしいなんて依頼自体、通常のゴーストハンターものとは逆転の発想で、この作者らしいところです。 エピローグ部分を除くと、12月15日午後3時20分に始まり、12月18日午後1時36分に終わる(章題がわりに時刻が示されています)という、短い期間内で完結する「孤立した山荘」テーマ。 部分的には直次郎が犯人だったなんてところもあって、事件を複雑にし過ぎてごちゃごちゃした印象が残ります。 |
No.1278 | 6点 | 災いの小道 キャロリン・G・ハート |
(2021/07/03 07:45登録) マニアック・トリビア満載のデス・オン・デマンド・シリーズのハートが、6年遅れて1993年に開始したヘンリー・O・シリーズの第3作。こっちはずいぶん地味な本格派になっているのが意外でした。さらに意外だったのが一人称主人公で、本名ヘンリエッタ・オドワイヤー・コリンズ、つまり女性です。現代版ミス・マープルなんて宣伝文句に書かれていますが、元新聞記者で、本作の段階では大学助教授になって4年目ということですから、年齢は近くてものんびり編み物をしている村の老婦人とは全然違います。 原題 "Death in Lovers' Lane"、教え子の死体が発見されるのが「恋人たちの小道」と一般に呼ばれている道路ですが、その通称がちょっとした伏線になっていたことが最後にはわかるところなど、なるほどと思わせられます。教え子があまりに簡単に過去の迷宮入り事件の真相を突き止めていたのには、疑問も感じましたが。 |
No.1277 | 7点 | マイアミ・ポリス/あぶない部長刑事 チャールズ・ウィルフォード |
(2021/06/30 19:43登録) マイアミ警察のホウク・モウズリー部長刑事シリーズ第3作は、初っ端からとんでもない話になっています。なにしろホウクがある朝「バーンアウト(燃え尽き症候群)」になって、出勤拒否、娘や同居している彼の部下エリタが話しかけても、ほとんど口も利かないという状態に陥ってしまうのですから。もちろんミステリとは縁遠い展開です。ホウクの視点と、犯罪に巻き込まれることになる穏やかな老人の視点とを章ごとに交互に配した構成ですが、6割ぐらいまではちっともミステリらしくありません。 その後老人の方は、留置場で知り合った男からある犯罪の計画を打ち明けられることになり、ホウクの方も父親の住むリヴィエラ・ビーチ市で静養していたところ地元の警察から協力依頼があったりして、やっとミステリっぽくなってきます。 最後はもちろん2つの流れがつながることになりますが、何とも救いのない結末が心に残ります。 |
No.1276 | 5点 | 悪魔の百唇譜 横溝正史 |
(2021/06/27 00:13登録) これも久々の再読ですが、タイトルの意味と自動車が停められていた場所からの推理以外は、全く記憶に残っていませんでした。最初の被害者の夫として中国人の実業家が登場しますが、むろんフー・マンチュー的なところは全くなく、性格的に若干問題点はあっても、温厚な紳士です。 以前読んだ時はあまり感心せず、本サイトでも評判の良くない作品ですが、再読してみると、事件の全体構造は意外に複雑でしっかりできていると思いました。ただ後半、収束の仕方が雑で、最後の金田一耕助の推理も、全然盛り上がらないのです。ある人物の証言の中に出てくる伏線も、推理の中では言及されません。「いまわしい」とか「まがまがしさ」とかいった言葉も、確かに事件の裏にある百唇譜(実際には36枚)は不快なものなのですが、実感を伴いません。そのあたりはもっとさらりと書いて、真相解明部分を工夫すれば、いい作品になったのではないかと思えました。 |
No.1275 | 5点 | 怪人フー・マンチュー サックス・ローマー |
(2021/06/22 20:26登録) 人気のあった純粋悪役キャラで何度も映画化されたということでは、ドラキュラとも共通するフー・マンチューですが、映画版も見たことがなく、名前だけは何となく憶えていたという程度でした。むろんドラキュラとは違い、普通の人間ではありますが、天才的な科学者だったんですね。原題には Dr. が付いています。風貌は背が高く、目が緑色に光るというのですから、全然中国人らしくありませんが、原作がこうだからこそ、映画では東洋人でなくボリス・カーロフやクリストファー・リーが演じたのでしょう。 科学者らしく、生化学的なアイディアを使って悪事を働いてくれるのですが、成分不明の毒薬や得体のしれない生物など、普通はミステリでは使ってはならないとされるものだらけです。徹頭徹尾荒唐無稽な展開で、二十面相なら一応納得させてくれるようなラストも、論理的説明は全く無視。クリスティーの『ビッグ4』も当然本作を意識してたんでしょうね。 |
No.1274 | 6点 | 愛しのわが家 ナンシー・ピカード |
(2021/06/19 09:06登録) ジェニー・ケインのシリーズ第5作は、彼女が所長を務める市民財団の人事についての問題も出てきます。彼女の補佐役デレクが遅刻常習犯で、残念ながらクビにせざるを得なくなるのです。2人、さらに秘書のフェイにとってもつらい決断なのですが、クビが決まってからのデレクの態度が、中心となる事件に密接に関わってきます。 精神を病んだ人たちのリクリエーション・ホール建設計画を持ち込まれたものの、改装予定の建物で、その近所に住む男が殺されるという事件です。死体はばらばらにされていたとあっさり書かれているのですが、具体的にどうなっていたのかは明確にされていません。そんな残虐なことをした理由は、精神病者の仕業に見せかけたとも考えられますが、作中では一切触れられていません。また第2の殺人では、殺人方法が明確に示されないままです。 その他にも論理的には不満もいくつかありますが、全体的には楽しめました。 |
No.1273 | 6点 | ひねくれアイテム 江坂遊 |
(2021/06/16 20:59登録) 高井信による巻末解説は「〝何でもあり〟の魅力」と題し、江坂游の作品はバラエティ豊富だとしていますが、ジャンル的にはその説には疑問を感じます。少なくとも本書の全48作のうち大部分がファンタジーです。 作者の師である星新一だと『殺し屋ですのよ』等、純粋ミステリも多いですし、『ボッコちゃん』は科学的なロボットSFですが、本書収録作品のほとんどは超常現象、それもテレパシー等の正統派ではなく、その場限りの妙な設定を前提としたもので、つまり作品世界に論理的普遍性・リアリティの必要性を認めない作風なのです。すっとぼけた味わいが楽しめますが、安部公房みたいな不条理というほどではありません。 これも巻末解説に作者がダジャレ好きだと書かれていましたが、確かにそんな落とし方をしたものがかなりあります。なるほどと納得できる結末ではない点で、ミステリ的でない作品が大部分です。 |
No.1272 | 6点 | 死者に捧げるジャズ ジュリー・スミス |
(2021/06/13 09:49登録) ニューオーリンズ市警のスキップ・ラングドンが活躍する警察小説シリーズ第3作。第1作では交通巡査だった彼女も、第2作(未読ですが)の段階で既に刑事になっていたようです。 スキップ視点の他に、主に被害者の義妹メロディの視点からの部分を大幅に取り入れた構成です。死体が発見された前夜、殺人が行われた日からメロディが行方不明になっているというので、警察では彼女が犯人なのか、誘拐あるいは殺害されたのか、疑問を抱くわけですが、実際には自ら行方をくらましていることが、読者にはメロディの視点であっさり明かされます。 16歳の少女視点とは言え、「メロディは孤独だった。完全にひとりぼっちだった。絶対的にひとりだった。」とか、「彼女の瞼がはじけて金銀の星、天の川になり、頭のどこかの太陽から噴き出してきた。」なんて大げさな表現には、うんさりさせられもしますが、事件の全体構造は悪くありません。 |
No.1271 | 7点 | 現金に手を出すな アルベール・シモナン |
(2021/06/07 23:42登録) 原作発表の翌年に製作された、ジャン・ギャバンの代表作の一つとも言われる映画はかなり以前に見たことがあります。その時は前半の食事や歯磨きシーンが不必要で、評判ほどいいとは思えず、記憶からほとんど消えてしまっていたのです。 で、今回その原作を読んでみると、覚えていないにしても、こんな複雑で意外な展開だったっけという感じでした。そこでDVDを再度見てみたところ、ギャング同士の金塊争奪戦という枠組みは同じでも、ストーリーはかなり変更していました。クライマックスは、映画らしい派手な銃撃戦にしてくれていますが、それだけでなく、原作では主役のマックスはリトンとなかなか連絡がとれない設定なのに、映画では最初からずっと一緒です。またマルコの立場も全く違います。なお、脚本化にはシモナン自身もかかわっています。 それにしても、シモナンって長編の邦訳は本作だけなのが残念です。 |
No.1270 | 5点 | モグリ 安萬純一 |
(2021/06/04 22:43登録) 鮎川哲也賞受賞作家の、長編としては第3作に当たるようですが、本格派ではありません。横浜中華街を舞台に、台湾と中国本土マフィアの対立に、無免許医椚田が巻き込まれる、というかむしろ自分からからんでいく話です。タイトルはこの椚田のことで、ブラック・ジャックとまではいきませんが、外科医としての腕は確かです。 台湾マフィアのボスの息子殺害事件の隠された秘密については、伏線となる手紙の内容は、椚田は読んで知っていても、読者には知らされません。明かしてしまえば露骨すぎるのですが、本格派ではないと言ってもどうもね。また、結末に意外性はあると言えなくはないのですが、被害者の左手に関する件の理由説明は、全く理由になっていません。そもそもそんなこと、マフィアの掟の中で許されるんでしょうか。 それでも、なかなかハードな展開は、読んでいる間はおもしろかったことは間違いありません。 |
No.1269 | 7点 | ディミティおばさま旅に出る ナンシー・アサートン |
(2021/06/01 20:50登録) 優しい幽霊ことディミティおばさまのシリーズ第3作ですが、最初の9作のうちなぜか第2作だけは邦訳がありません。それで、本作は「優しい幽霊②」となってしまっていて、訳者あとがきにも、本作が第2作だと勘違いしているようなことが書かれています。このシリーズは次作『~古代遺跡の謎』しか読んでいないのですが、ロリとビルの家庭生活の流れが重要な要素であることは2作読めば明らかなので、途中が抜けるのはちょっとねえという気がします。 今回は幽霊であるディミティおばさまが家を離れて旅をするというので、どういうことかと思っていたのですが、なるほど、おばさまがこの世とコンタクトをとる青い日記を、ロリの義父である大ウィリスが持って、イングランド各地に散らばる親族たちを訪問するのでした。 親族の過去に隠された秘密を探っていく話は、ミステリとしてもおもしろくできています。 |
No.1268 | 6点 | メグレの回想録 ジョルジュ・シムノン |
(2021/05/27 19:27登録) クレイグ・ライスのユーモア感覚は自分には合わないと、『時計は三時に止まる』コメントには書きましたが、シリアスな小説の多い作者による本作には笑えました。「ジョルジュ・シム」のずうずうしさをぼやくメグレ、トランスの殉職の件… 文庫本にしたらおそらく150ページ程度でしょう、普通のメグレものよりも短いのです。もちろんミステリではありませんし(ドキュメンタリー風警察小説と言うのは、さすがに無理があります)、早川書房もよくもこんな異色作をミステリ全集に入れたなと思えます。せめて短編を1つ添えるぐらいのことはしてもらいたかったですね。『メグレ警視のクリスマス』等、候補はいくつもあります。 あと、この作品の著者、ジュール・メグレ名義で出版してもおもしろかったのではないかと思ってしまいました。シムノン自身、メグレものを始める前にはいくつものペン・ネームで小説を書いていたわけですし。 |
No.1267 | 5点 | 光る地獄蝶 愛川晶 |
(2021/05/24 22:49登録) 剣道三段の短大生栗村夏樹のシリーズ第2作。しかし、本作では彼女の剣道の腕前は披露されません。 これまでに読んだ愛川晶の2冊に比べると、シリーズものということもあってか、ストレートな謎解きミステリでした。ただし、犯人の意外性や独創的な殺人トリックがあるわけではありません。私立探偵殺害事件の真相は、ごく当然のものですし、過去の事件は密室ではありますが、毒殺なのですから、不可能性はそれほど感じられません。それより、その過去の自殺と思われた事件の「遺書」の謎が中心です。遺書の中にも出てくる表題の「地獄蝶」とはアゲハ蝶のことであることは、途中で明らかにされます。筆跡鑑定では間違いなく本人のものとされたその文章の持つ意味は、かなり異様なものです。また偽造説の根拠も、専門知識利用とは言え、鮮やか。 ラスト・シーンは、感情的にはそうなるのかなあと思ってしまいました。 |
No.1266 | 6点 | 時計は三時に止まる クレイグ・ライス |
(2021/05/21 23:21登録) 以前光文社文庫から、シリーズ第1作にふさわしい『マローン売り出す』の邦題で出版されていた作品ですが、マローンはこの事件で売り出したわけではなく、すでに辣腕の弁護士として知られているという設定です。 ライスのユーモアには、前に読んだ『幸運な死体』ではほとんど笑えなかったのですが、今回もそうでした。ヘレンが洗濯物のシュートに飛び込むという無茶な行動にも、ちゃんとした理由があるんだろうなと考えてしまうと、おかしみが感じられませんし、その行為に対するマローンたちの反応も、ごく自然な非難だけ。ヘレンとジェイクが酔っぱらってばかりというのも、ユーモアとしては好みに合いません。 しかし、だからつまらないというわけではありません。ヘレンの主導による、非常識な展開になるとはいえ、タイトルどおりの魅力的な謎を持つミステリとしては、犯人の見当はつきやすいものの充分楽しめます。 |